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私はかつて、父親だった。
父親というけど、随分と気弱で父親らしくは無かったと思われる。
私は魔法使いとしてイエーツで働いていたが、周りとの能力差に絶望して引退。
その後、バーテンダーとして働いていた。
バーには色んな冒険者がやってきた。
青の騎士団や、A級冒険者。
名がそれなりに売れているパーティーもやってきたことがある。
そんな才能ばかりが集まる場所で、
日々何かを捨てながら、働いていた。
私はどうやら、才能という言葉に嫌われているらしい。
だから、こうも嫌がらせをされる。
別に私はこんな場所で働こうなんて思わなかったが。
店主にうまいように言いくるめられ、こうして虚無に包まれながら、仕事をしていた。
この生活は私に冷たかった。
嫌でも聞こえてくる冒険者の武勇伝、青の騎士団の成果や逸話。
それらの主人公になれなかった私が、
何か、幼いころに見た大きな夢に背いていて、心底嫌になった。
劣等感なのだろう。
しかし、それがしんから醜い感情であることを知っていた。
だから激しく苦しんで、そんな劣情を抑え込んで、仕事に励んだ。
別に私は頭がいいわけではなかった。
私は別に、凄い能力を持っている訳ではなかった。
普通の人なら当たり前に考え付くことが出来なくて、
普通の人の、並みの行動も出来ない愚かさだった。
どうして生まれてきたのかを考えた事があった。
でも答えは見つからなかった。
そんな時だった。
女に抱かれたのは。
無情に、愛も欲もなかったのに、
容姿が好みだったというだけで私はその女に弄ばれ、
そうして生まれた双子を押し付けられた。
女は冒険者の中では荒くれもので、才能はあったが、
傍若無人な態度が身についていて、そのせいで敵が多かったようだが、
そんな事を考えていたかは結局分からずじまいだった。
ともかく、私はこうして双子の父親に、なってしまった。
双子は可愛かった。
最初は別に愛していなかったが、
でも、純粋で綺麗な二人の瞳に次第に心が動かされた。
途端に、働いて、この子達に裕福といかずとも、
並みな人生を歩ませたいと夢をみた。
その時から私は、落ち込まなくなった。
辺境の村に家を買い、そこで暮らしながら、
バーがある街へ毎日徒歩で移動する生活。
それでも私たちは立派に生きていた。
がむしゃらに働いて、双子を私だけで育てた。
ただそれなりに疲労感もあって、
子供二人を同時に育てる必要があったから、
最初は本当に苦労した。
いつも疲れ切っている私の顔が、子供にどう映っているのか、
という妄想すらできないくらいには忙しかった。
でも、この子達にはしっかりと人生を楽しんでもらいたかったから。
愛情というものはしっかりと、注いだつもりだ。
しかし、にわかに絶望してしまう出来事があった。
それは早めの魔力開花が起こったことだ。
子供たちは魔法が使えるようになった。
魔力開花には時期があるが、それには個人差がある。
うちの子供のようにとんでもなく早い人もいるのだ。
私は最初こそ、それなりに魔法の扱いを教えてみせた。
魔力開花が安定したその日から、魔法を教えたのだ。
ただし、すぐに理解した。
この子達には、才能があると。
にわかに怒りが湧き出た。
そりゃ、あの母親だ。冒険者としてそれなりに名前が売れている人の子供。
才能を引き継いでいない訳がないのだ。
でもその時、封印していた劣情が、劣等感があぶれて、子供たちの目に映してしまった。
私が才能を嫌っている事を、表に出してしまったのだ。
憎いという感情を見せてしまったのだ。
その時の事はよく覚えている。今でも脳裏によく過る。
勘違いしないで、その想起は、憎しみや劣等感からではない。
その時の子供たちの顔が、酷くて、忘れられないからだ。
子供たちにも知られてしまった。
私の『凡人』さを。そして、子供たちの『特別』さを。
どうしようもない程分かり合えない。
溝の深さを。
私は、理想の父親だっただろうか。
私はあの子達に父親として見られていたのだろうか。
もう分からない。死んでしまって、ただの曖昧な夢を見ている今では、もうまるっきり、分からない事だ。
この夢の終わりを知らない。
ただ、ずっと見ているこの夢に、たまに、あの子達が映る事がある。
そのたびに、また、父親らしくないことを、思ってしまう
それは自分の欲に溺れて醜態を晒した自分への、戒めの言葉でもあるし、軽蔑の台詞でもあるし。
終わりを求める。
願いでもあった。
『誰カ俺ヲ殺シテクレ』
死堂に喰われ、そして魔物に喰われ、今だ見ているこの悪夢を。
終わらせてほしい。
「はっ。増援が子供だとは聞いてないんだがな」
刹那、見覚えのある子供が、夢に映った。
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