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-南⑥- 百三十二話「ケニーとアーロンと古の英剣」


 ■:魔法大国グラネイシャ・王都王城、南城壁サウスランパート



 ケニー視点。




≪ヨークシャーの剣が必要だ。どうしても彼にコンタクトを取る必要がある。なにか策はある?≫


 胸の中で語り掛けてくるその声にそう言われた。

 思えば、あのヨークシャーという男の剣はあまり見ないような形をしていた気がする。

 サーベル? って言ってたよな。

 それもなんか、魔剣なんとかって。


≪あれは魔剣カルベージュだよ≫

≪あ? 俺の心の声聞こえてるのか?≫

≪え? うん≫

≪お、おい! やめてくれよ恥ずかしいじゃねえか!≫


 あのね。心の声を勝手に聞いて勝手に答えるのはよくないよ。

 俺が委縮しちまうじゃねえか。

 あんまりお前の事を気にしてると、心で下心すら抱けねえ。


≪うぅ、ごめん≫

≪まあいいさ。それで、魔剣カルベージュって確か≫

≪そう。三神剣の物語は覚えてる?≫


 童話『三神剣 魔王討伐の英雄譚』

 1300年前におこった戦争の結末。

 魔王グルドラベルの討伐には三つの剣が使用された。

 それが【魔剣】カルベージュ。

 【王剣】ナイトエッジ。

 【英剣】エクスカリバー。

 まさか、その【魔剣】カルベージュが……。


≪ああ、あの剣だ。ヨークシャーがもっているあれは、間違いなく魔剣カルベージュなんだよ≫

≪そ、そんなことってありうるのか? 1300年もの間、一本の剣が腐敗だとか? なく使えるものなのかよ≫

≪それを言いだしたら僕はなんだい。僕はほら、【英剣】エクスカリバーなんだよ?≫

≪……確かに≫


 そういえば、俺が割とぬるっと使ってた【英剣】も、実は結構貴重な代物なんだよな。

 別にヘルクからサリーに渡って俺に来た物で、サリーも「お前が使え」って託してくれたものだから何も罪悪感とか思う必要はねえんだが。にしても、こんな貴重な物を安易に戦闘で多用するのは、いささか憚られるというかな……。


≪ちょっと今戦っているんだから静かにして≫

≪ああ、ごめん≫


 エクスカリバーが怒るようにいうと、

 俺の視界はまたぐるりと揺れ、下を見ると、

 飛び上がって来た異形種が目の前を通過した。

 俺の体は空で揺れ、しかし、そろそろ限界のようで、剣を下にしながら落下を始める。

 そうして地面へ落ちる瞬間、剣がまた二度キラリと光り、

 ドオンと衝撃が広がって、俺の腰につけてたポーチから魔石が使用された。



「≪――【上級連鎖魔法】三転楔ウェッジ・ドラフト!≫」



 詠唱、するとすぐさま空気が揺れ。

 空に描いた三角形が収縮し、そこへ飛び込んできた異形種の体をがっちりと掴み上げ、巻き付いた。


≪わりい、俺魔力ないから戦いにくいよな≫

≪ああ、本当にね――ッ≫


 エクスカリバーは疲弊していた。

 息をはあはあとさせている。いや、実際は俺の体が息を整えているだけだが。


≪少しの猶予は稼いだけど、少し魔石を使いすぎた。今のうちにカルベージュをお願いできる?≫

「お、わあ!?」


 そんな言葉を皮切りに、俺の体の制御が俺に戻ってくる。

 突然の全身の感覚よろめくが、すぐ両手をついて、俺は走り出した。

 空では異形種が今か今かと魔法を破ろうと爪を立てている。

 きっと、本当は上級連鎖魔法なんて少量の魔石から得られる魔力で行うものではない。

 だから恐らく、あの魔法は通常よりも耐久性が劣っている筈だ……。


 あまりにも猶予がなさすぎる。


「ヨークシャー! いるか!」


 俺は叫んだ。

 着地した場所がどこなのかはわからなかったが、城壁の近くであるのはすぐわかった。

 砂を蹴り、土で汚れながら、ヨークシャーの名前を呼ぶ。

 一体、いつあの魔法が切れてしまうか分からない。

 だから出来るだけ早く、急げ。急げ。急げ!


 あの男へ!


「は、はあ」


 この場所がどこなのか分からない。

 土が濡れていて、白い雪の残りが地面に残っている。

 俺は勢いで誤魔化していた体の痛みに、思わず打ちひしがれて、

 がっ、と耐え切れずに両手を地面についた。


≪……大丈夫?≫

「……だ、大丈夫にみえっか」


 大丈夫なわけねえ。

 あんな戦い、体が耐え切れるわけなかったんだ。

 苦しい。胸が、心拍数が上がりすぎてる。

 心臓がうるさい。


≪歩ける?≫

「……平衡感覚がねえ!」


 ぐらぐらする。視界が歪んで、体が重い。

 無理をしすぎた。

 どんどん、前に進めなくなってる。前が分からなくなってる。

 くっそ、こんなにも無力なのか。

 俺は、俺はどんなけ無力なんだ。


≪ケニー?≫

「…………――――」


 どうすりゃいい。

 ああ、弱音ばっかだ。

 いいやでもよ、こうなるのも仕方ねえよな。

 俺もずっとクソ野郎でいたんだ。ずっとサボって来たんだ。

 部屋にこもって、ずっとずっと。

 働きもしねえで。


 今更なんだよ。

 でも、だからなんだ。

 いいんだよ今更で、不格好で良いんだよ。


 今からでも人生は変えれるんだ。

 諦めんな。


 頑張れ。


≪…………≫


 頑張れよ。


≪…………≫


 頑張れ、頑張れ、頑張れ。


≪…………ケニー、頑張って≫


「うっっっっっごけええ!!」


 全身が岩のようだった。

 内臓がひっくり返ったような酔いがだんだん回ってきて。

 何かを嘔吐しそうになって、でも口を抑える力がなくて。

 でも、どうにかしなきゃいけないから。

 止まってる暇ないから。


 俺は、叫んだ。






「――ご主人様!」


 その声に、思わず見上げた。

 ずっと重くて、蹲るだけだったのに、その声を聞いた瞬間。

 何故か瞬時に顔をあげることが出来た。


 アーロンが、白い息で過呼吸になりながら立っていた。


「アーロン!?」

「大丈夫ですか!」


 言いながら、俺の方に駆け寄って来た。

 そして体を支えるように手を差し伸べてくれる。

 俺はその小さな手を握り、落ち着くために深呼吸を繰り返した。


「ごめん、ありがとう」

「いえいえ、探してるのはヨークシャーさんですよね? 近くにいる筈ですので、通信を」

「……頼む。うっ」

「ご、ご主人様……」

「時間が……ない! 早く、ヨークシャーを……!」


 俺は吐きそうなものをぐっと飲み込んで、そう急ぐように伝えた。

 助かった。

 アーロンが俺を見つけてくれて、本当によかった。

 くっ、はは。


 俺は安心して、座り込んでから、少し脱力し。

 立ってヨークシャーを呼ぶアーロンを眺める。


「ご主人様居ました! ヨークシャーさん急いでください!!」

「……」


 さっき見た白い雪みたいな髪の毛。

 最初会ったときは、あんなに汚れてて、か弱くて、世間知らずで。

 俺にさえ怯えていたのに。

 今じゃ、こんな大きくなって。

 かっこよくなりやがって。


 はは。

 くっはは。


≪なあ、エクスカリバー≫

≪……ん?≫


 俺は細い目でアーロンを見つめながら、小さい微笑みを浮かべて。


≪うちの子、可愛いだろ≫

≪……ああ。素直でいい子だね。それに、あの子からは≫





≪ケニーの底なしの正義感が、しっかりと継承されている。もう、闇に堕ちる事はないだろう≫





≪ほお? よく知ってるような物言いじゃないか≫

≪まあね。少し心当たりがあるだけで、間違っているかもしれないけど≫

≪……?≫






――――。



「お待たせしました」


 それから数分もしないうちに、ヨークシャーは俺の元へ到着した。

 どうやら異形種が去った後、あのデカい異形種を避けていた通常の魔物が押し寄せて来たらしく。

 その対処を行っていたようだった。

 だが、アーロンが通信で呼び出してから、ここへ来るのはすっごく早かった。


「異形種は空に?」

「ああ、三転楔ウェッジ・ドラフトで拘束して足止めしている。だが、魔法はじきにぶっ壊れるだろう」


 俺は簡潔にそう説明すると、ヨークシャーは細い目、真剣な顔で俺をみつめていた。


「ヨークシャーさんよ、そのサーベルを貸してくれねえか?」


 本題をそう切り込む。

 すると、ヨークシャーははっとした顔になり。

 まるで全てを理解したような顔を見せてから。


「分かりました。扱いは十分お気を付けを」


 と、サーベルを一回転させて、俺に持ち手を差し出した。

 話が早いのはありがたい。っと、俺は右手を伸ばしてそれを受取ろうとした時だった。


「動けるのですか? ケニー殿」

「……ぎりぎりな」

「それに、あんな動きが出来るとは正直驚きました。あなたのあの動きは、序列レベルだ」

「色々あんだよ。あれは、俺の力じゃねえ」


 言いながら、サーベルを受け取る。

 白を基調としたデザインで、持ち手には蛇の様な装飾がなされている。一見、強そうには全く見えないが、それでも、持ち手を握った瞬間、腕から広がるように魔力の波が伝わって来た。


≪……常時魔法が発動しているね≫

≪なんだと?≫

≪カルベージュの特性で、常に魔の物に対しての特効があるんだ≫

≪ど、どういう原理なんだよ?≫

≪彼女の命と彼女の技術、そして呪いの結晶だよ。魔剣カルベージュはただの剣ではなく、人ひとりが剣となった姿。……魔剣カルベージュの元となった魔族の名前は、オラーナというんだ≫

≪オラーナ? それって、魔法を開発した人っていわれてた?≫

≪そうだね。でも、今はそんな事を事細かく丁寧に説明している暇はない。とにかく、この剣は特別で、魔の物に対しての特効がある。その特効が、あの異形種を倒す為に必要なんだ≫

≪なんだか複雑だが、分かったぜ≫


「ありがとうなヨークシャー」


 そうお礼を言うと、ヨークシャーはまた真剣な顔からはっとさせた。

 何だかヨークシャー……ぼうっとしているな。


≪ありがとケニー。まだ無理させるけど、いくよ≫


 その言葉と共に、また体の主導権がエクスカリバーに移った。

 途端に俺は立ち上がる。


「ご主人様……大丈夫なのですか?」


 気持ち悪さやら体の重さやらはあるが。

 それでもエクスカリバーなら俺の体を動かせるようで。

 俺はその場から歩き出した。


 右手にエクスカリバー、左手にカルベージュ。

 エクスカリバーがその状況に、≪懐かしいな≫と独り言を呟いた。

 両手に剣、双剣か。何だかあの三神剣の勇者になった気分だな。


 立ち上がった時、アーロンが心配してくれたが、俺はそれに安易に大丈夫だと言える気分ではなかった。

 なんせ絶賛、気持ち悪いかったからだ。

 ――でも、俺はお父さんだからな。


≪エクスカリバー、振り返ってほしい≫

≪わかってる≫


 俺はアーロンへ振り返った。

 そして彼の顔を見ながら、笑顔を作って。


「大丈夫だよ、少しだけ下で、待っててくれ」


 そう言い前へ進み出す。

 すると――。



 そこにはヨークシャーが立っていて、ヨークシャーの頭上に小さく魔法を打ち破ろうとしている異形種が見えた。



 空は青かった。

 風は冷たかった。

 そしてヨークシャーは言った。


「ケニー殿。あなたはどうして、人を助けるために己を殺すのでしょう?」


 また風が吹いた。

 青空がとんでもなく大きく見えた。

 ヨークシャーは銀髪を揺らして、目をしっかり開けて聞いてくる。


 人を助けるために、己を殺す、か。

 それはな。


「そりゃ、誰かに笑ってほしいだけだよ」


 なんてキザな言葉を、格好つけて吐いた。

 言ってから少し恥ずかしくなって顔を染めちまったけど、どうやらその答えを聞いて。

 ヨークシャーはちょっと笑った。


「引きこもりだったあの方が、とんだ成長をしましたね」

「は!? お前俺の事知ってんのかよ!」

「あはは!」


 ぷつんと何か糸が切れたようにヨークシャーは笑いだす。

 お腹を押さえながら、俺を見て、ツボにはまったように。


「な、なんだよ……!?」


 そしてふと、俺を指さして、ヨークシャーは優しい微笑みを浮かべて。


「お行きなさい。その背中を見せて、みんなに魅せるのです。あなたは光だ。希望だ。あなたは、勇者だ」


 砂が舞った。

 空に太陽が出て来た。

 日光が、俺を照らして、空が澄んでいった。


 目頭が勝手に熱くなる。

 最大の賛美を貰い、俺は胸一杯に嬉しさが溢れた。

 胸が暖かくなった。

 指が震えた。

 そして、自然に笑って、


「お前も立派な背中してるぜ」


 一言、余計な言葉を告げて、俺は剣を強く握って飛び出した。

 刹那、空で魔法が瓦解し、あの異形種が空気を揺らす絶叫をあげて、俺らをぐるりと見つめていた。





「立派でしょうか……このボクも……」


 銀髪の長身男性が、飛び上がったケニーを見て呟き。

 その青い瞳に希望を見て。


「……全く、魅せてくれますねえ」



――――。



 空を舞う。

 剣を両手に携え、俺たちは勝利の妄想をしてみせた。

 全能感があった。空を掌握したような感覚が手先にあって、まるで負ける気がしなかった。さっきのヨークシャーさんの賛美が、アーロンの姿がとにかく嬉しくて、とにかく素晴らしくて。俺はこんな人生だったけど、こんな終わった人生だったけど、もう一度再スタート出来て、本当に最高の気分だった。


 剣を構える。

 空で剣を構えてみせた。

 すると、その剣先に、あの異形種がこちらをギロリと睨んでいた。


「……」


≪エクスカリバー≫

≪…………≫

≪いくぞ≫


「父さん」


--


「幸せになれ、ケニー」


--


 俺はいま、幸せだよ。



 ――疾走、斬撃。

 空を切り裂く勢いで突っ切った。

 だがその剣先を見切ったかのように異形種は己のスピードでそれを避けてみせた。

 避けた後、異形種はすぐ戻ってきて、次の瞬間、『紫ノ剣ムラサキノツルギ』が俺の眼前に発射された。俺はそれを見切るように動き、魔石を使用し、エクスカリバーの一太刀を繰り出すと、空に迸った黄金の斬撃が、全てをかき消してみせた。


 空気が収束し、空を飛び回り、次に荒れ出たのは『影の破片シャドウブレイク』だった。空に数百と展開された黒点は水の雫のように揺れて、即座に臨界に至った。――破裂。


「くっ!」


 轟音、同時に飛び出した黒いトゲは宙を飛び、妙な音と共に俺に向かってくる。

 だが。


「―― 一閃!」


 エクスカリバーを一振りすると、それらは順番に打ち消されて行った。

 ジリ貧。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 距離と取られたまま戦うのはダメだ。


≪――だから、出来る限り≫


「≪近接戦闘に持ち込む――ッ!!≫」


 一閃、空を舞う。そして逃げ惑う異形種を捉え、俺らはそいつ目掛け滑空する。

 王城の上空を飛び、他の城壁の様子が遠めながら見えてくる。雨が降っている場所があれば、黒い何かに取り込まれている場所もあるのが見えてくる。だが、そんな事に構ってられない。あの異形種を仕留める。仕留めて、守る。


 ちなみに空の滑空には魔力が使われているが、その点は少し安心している。

 どうやらエクスカリバーには『魔力を蓄える』効果があるらしく、その蓄える方法と言うのが、『エクスカリバーで打ち消した魔法物質を取り込むことが出来る』そうだ。それもなんと、魔力にある不純物をある程度排除してくれる親切設計だ。

 魔石での魔法行使を怒られた俺にとって、とんだオーバースペックの武器だぜ。


 とはいえ、その蓄えれる量は決して多くねえ。剣技なんかに使ったらすぐ枯渇する。だから、滑空のみにその魔力を使用し、剣技や斬撃には魔石を利用している。まあだから結局、あんまり恩恵を感じないんだが、それでも無料で空飛べるのはデカい(魔石は割と出費がある)。


『くっ、しつこい』


 呟き、異形種はまた『影の破片シャドウブレイク』を空にばら撒く、そして今度は。


『おまけでつけてやるよ、ほら!』


 『紫ノ剣ムラサキノツルギ』もおまけで飛んできた。

 斬撃をあまり使いすぎると魔石がなくなり、あいつへの決定打にかける。それにカルベージュの特効でも魔力を常に吸われてんだ。あんまり長い事戦ってはられねえ。


 でもよおお、どれだけ逃げても、俺の滑空なら追いつけるのを忘れたかあ!


『――!?』


 俺らは滑空で下から回り込み、異形種の行く先に飛び出し、剣を大きく構えて。


「―― 一閃!」


 黄金の斬撃が剣先から打ち出され、ゴゴゴと音割れしながら異形種へ向かう。

 エクスカリバーの一撃だ。


 命中。

 した。


『ぐ、あああああ!』


≪今だ!≫


 エクスカリバーは見切ったように言い、カルベージュを思いっきり構えながら異形種へ突撃をしかける。

 斬撃を出せないカルベージュは近づかなきゃ当てられない。だから、俺らはエクスカリバーの斬撃を喰らいよろめいている異形種に、急接近する――!


「はあああああ!!」


 大きく構えて叫ぶ。そして剣を前へ振りかざすと。

 カルベージュは大きく外れた。


「――ッ!」

『――死ノ三、蛾!』


 刹那、異形種はそう唱え、その周囲に真っ黒い煙がぶわあと漂った。

 周りがみえねえ。

 反応された!


≪まずい……!≫


「!?」


 エクスカリバーは焦ったような言葉を呟き、次の瞬間、すぐさまエクスカリバーの斬撃をふんだんに振った。


≪視界を取り戻さなきゃ、あいつの魔法をうち消せない!≫


 そうか! この煙に乗じて何か魔法を使われたら一巻の終わり!

 避けなきゃいけないんだ。すぐに!


 魔法だ! エクスカリバー!


≪――!≫


「≪――【魔法】ザ・ストーム!≫」


 突風が生まれ、空が灰色に変わっていく、そして鳴り響く雷鳴に身を震わせながら。

 風が全ての煙を連れ去った。

 ぞっとした。

 煙の中には、数えきれないほどの『影の破片シャドウブレイク』が散らばっていた。


「っ!」

『出てくるのが早いなあ! ケニーイ!!』


 ――臨界、破裂、

 黒いトゲが逃げ場なく降り注ぐ。

 流石のそんなすぐに斬撃を発することは出来なくて、俺らは空中でトゲを喰らった。


「ク……」


 痛い。重い。

 この『影の破片シャドウブレイク』とは、体の異変を追加する効力がある。

 つまりどんどん体調を悪くさせるらしい。

 それも……。


「グウ――!」


 喰らいすぎだ。

 何本? 見えてるだけでも腕に5本、腹に3本。

 刺さっているとはいえ痛みはないのだが。一本ずつに体調を悪くさせる効力があるのは厄介だ。思うように、動けなくなる。

 熱っぽい。だるい。視界がぼやける。平衡感覚がおかしい。吐き気がする。

 でも――。


 もうさっき体調を悪くなってんだよなあ!


≪俺の事は気にするな! エクスカリバーあ!≫

≪……しかし≫

≪奴は俺の体の主導権がお前でるのに気づいていない! だから食らわせてやれ!≫


 俺は今、一人じゃねえんだ!


≪ごめん……!≫


 俺の体は動いた。

 意識は朦朧としている。体も重いし吐きそうだ。

 でも、だからなんだ。

 だからなんだよ!


 ――気持ちで負けたら、お終いだろう!?


≪その通りだ、ケニー!≫


『あれだけ喰らっておいて、まだ動けるのか……?』


 異形種は驚いたように言うと、また逃げ出した。

 俺らはそれを追いかけ、空には白い曲線が黒い曲線を追っている姿が写り、

 ―― 一閃、エクスカリバーの斬撃が空を裂き、空気が震え、体温があがる。汗が飛び、空が彩り、音が割れる。

 だが当たり前に、その斬撃は避けられる。


 視界がぐるぐると回る。

 上下感覚がない。

 異形種も俺がバテるのを待っているらしく、こっちの様子を伺うばかり。

 埒が明かねえ!


 何か策はねえか!


≪わからない!≫


 ええ!?


≪あいつを少しでも止めれれば、こっちから近づける。でもあいつもカルベージュのことを知ってるんだ≫


 だからやけに距離を取りやがるのか!


 ならどうすりゃいい?

 いいや、別にスピードでは追いつけるが、それでも決め手に欠ける。

 距離を詰めるっていうのは大いに相手にとっても有利な状況になるし、相手の方が攻撃の種類が多く、俺としても意味もなく突撃するのはよくないと思う。だが出来ることと言ったらそれくらいだ。追い駆けて、追い付いて、一撃、外してカウンター。それって別に得策じゃねえ。むしろこっちの魔石が減っていく一方。なら。どうすりゃいいか。

 いやわかんねえ! でも出来る事はこんくらいだ。もう、追いかけてチャンスを待つしか……。


≪まって≫


 ん?


≪あの光は――≫


 刹那、せり上がって来た光が『炎』だと気が付いて、俺らはすぐ異形種から離れると、その炎はついに、異形種へと命中した。


『ッ、邪魔ものが!』


 魔法。明らかにこれは魔法だ。でも、一体誰がこんな上空に?


 ――いやまてよ、この光には見覚えがあるぞ。

 あの光は印象深い。確か、赤くドロドロとしていて、そして何かと結合した結果生まれる光……エクスプロージョンじゃねえか!?

 アーロン!?


 と下を思いっきり見ると、そこには確かに誰かがいるようで、でもこっちがあまりにも早く動いているので一向に距離が縮まらなかった。

 アーロンに飛ぶような魔法はない筈? でも確か、新しい上級連鎖魔法があって……。

 空を駆ける跳躍グラビテーションでここまで飛んで来たのか?


≪どうだろ、それは分からないよ。その魔法をしながらエクスプロージョンを打てるのかな?≫


 でもどちらにせよ、そう思うしかねえだろ!

 援護射撃があるってだけで、こっちとしては勝ちの一筋が見えるんだし。


≪……ふっ、君といると、本当に負ける気がしないな!≫


 俺らはエクスプロージョンを喰らった異形種へ斬撃を繰り出すが、しかし、それもまた当たらなかった。

 また追いかけっこが始まる。


 どうにかしてあの異形種を止められねえのか?

 さっき使った三転楔ウェッジ・ドラフトは?


≪もう見切られている。さっきからしっかりと警戒されているよ≫


 ちっ、くっそ……。


≪うぅ、ジリ貧だ。どうすればいいんだ≫



 ……エクスカリバーもどうすればいいか分かっていないようだ。

 このままだと異形種から距離を取られ、魔石を使い切る事で地面へ真っ逆さまだ。でも何か見落としている気がする。いや、見落としているというか、ヒントがある気がする。どうすりゃいい。どうすれば勝てる? どうすればあいつを、異形種の動きを封じられるんだ……?


「……まて」


 俺は考えるようにしていると、その視界の端に――赤色の煙弾が見えた。

 まさか。


 間違いない、あれはアーロンが発射した物だ。

 まさかアーロンは、まだついてこようとしてるのか? それに、煙弾? 何だ? どうして位置を教える必要が……。



 ――まさか、なんかあるのか?



≪……!?≫


 エクスカリバー。


≪……ああ、わかったよ!≫


 示し合わせて、俺らはすぐに煙弾の方へ滑空を始めた。

 すると――。


≪……!?≫


 異形種は何かを察知したようで、

 俺らからの反撃を加味したルートで同じく煙弾へと急接近してきた。


 まずい――アーロンに危険が!

 くそ!! これで俺らが反撃できるようなルートで来てくれれば楽だったんだが!


≪今更引き返せないよ≫


 分かってる!

 出来るだけ早く、あの異形種よりも早く、アーロンの元へ。


≪……分かった。少し魔石を使うよ――ッ≫


 その声と共に、滑空のスピードが上がった。

 間に合えええええええ!!


 どちらが先に赤い煙弾の元へ辿りつけるか、それは未知数だった。

 でも、それでも、俺は全力でスピードを出し、魔石も消費して。


「うおおおおおおおおおおおお――ッッッッッ!!!!!!!!!!!!」



 届けええええええええ――!!!!!!!










「――――………ッ」



 空気が途切れて、ぐるんと世界が回る。

 俺の意識は振り回されるように回り、頭がぐるぐるとしながら。

 だが、俺の体はしっかりと動いて。


「―― 一閃!」


 黄金の斬撃が生まれ、急接近する異形種へ浴びせられた。


『チッ』


「ご、ご主人様?」


 ギリギリだった。間に合った。

 こっちの方が、スピードが速かったのだ。

 手持ちの魔石のほとんどを使用したかいがあった。

 だが、もう魔石はほとんど残っていない。斬撃を二度出せるかどうか……。

 いいや、そんな事は考えなくていい。


 俺の胸の中にはあの子がいて、呟きながらこっちを見つめてくる。

 そんなアーロンに俺は安堵しながら。


「な、何かあったのか? ……うっ、煙弾まで出してきて」


 そういうと、アーロンは「あ」と気が付いてから。


「そうなんです!」


 と元気よく言い。


 俺にその『抜け穴』を教えてくれた。



――――。



 全身がとにかく重いし、気持ち悪い。

 だからアーロンには最低限の事を聞いてから、とりあえず一緒に行動しようと言うと、案外まんざらでもない様で、俺に抱かれながらの滑空を承諾してくれた。魔力の余裕がまだあるそうだから、援護射撃をしてもらおう。だが、そうすることによって行動が制限される。


 それは、もうダメージを貰ってはいけないということだ。


 俺は今、あの謎のトゲを受けてすこぶる体調が悪いのだが、エクスカリバーが体の主導権を持っているのでモーマンタイである。しかし、アーロンは違う。気持ち悪くなったら最悪重症。子供だから体が強いかと言われると、大人よりかは強くない筈だ。それに、魔石の数もそろそろまずい。――つまり、次で決着をつけなければならないということだ。


 幸い手札は増えた。猶予がなくなっただけである。

 アーロンが教えてくれた『抜け穴』とアーロンの魔法がここで活きる。

 にしても、それには作戦を立てる必要があったが。

 そこは、俺ではなく、エクスカリバーに喋ってもらった。


≪聞こえる?≫

「ほ、本当に聞こえるなんて」


 どうやら、エクスカリバーを持つとエクスカリバーの声が聞こえるらしい。


≪いまケニーは喋ると吐いちゃうくらい無理をしてるから僕からいうね≫

「はい!」

≪まず、現状やらなきゃいけないことは三つ。一つ、異形種の足止め。二つ、攻撃を仕掛けたときの異形種へのカウンターへの対処。三つ、このサーベルで一撃を与えることだよ≫

「その一つ目と二つ目を僕がやればいいのですか?」

≪それが理想だけど、今回は一つ目だけで大助かりだね。……無理は禁物、君も危なくなったら命第一でね。あいつもさっき、いきなりこっちの動揺を誘うために関係ない奴を皆殺しにしてきた。それくらいの頭は動いているってこと。だからあいつの速さに追いつけるケニーがカルベージュを使うのを恐れ、とにかく距離を取っている。致命傷を回避する為に最大限の対処を行っているんだ≫

「…………」

≪とにかく動きを止める必要がある。そのためには、不意を突かなきゃいけない≫

「――【上級連鎖魔法】空を駆ける跳躍グラビテーションなら、空に留まることが出来ます。今ならまだ魔力に余裕があるし、その時がきたらそれを使って隙を作れますね」


 あ、あんまりお前が無理することは……。


「ご主人様は黙っててください、親バカがすぎますよ」


 お、おうぅ……、真剣なアーロンこわあい……。

 お口は開いてないのになあ……。


「それにアレを突くのなら、僕の魔法行使があった方が心理的にあちらを気を取られますからね」

≪そうだね。僕としても無理はしてほしくないけど。頼めるかな?≫

「わかりました。四の五の言ってる場合では、ありませんしね」


 てな感じで作戦会議は終わる。

 まあ俺がなにか口を挟めるようなものではなかった(気分悪くてそれどころじゃなかった)のだが。この作戦が上手くいけば、あの野郎を倒す事ができる。俺が出来る事はこうやって体を貸すくらいだが、それでも。


 いくぞ、エクスカリバー!


≪うん、もう少しだけ我慢してて≫


 戦闘開始。

 とにかく逃げ回る異形種へ急接近、一気に距離を詰める。

 そして最初のように先回りするような軌道へ移動するが、もちろん異形種はそれを察知しているようで、でもこちらから近づくのを待っていた。カウンターを想定してもいいんだろうな?

 まあどっちだっていい。


「――【連鎖魔法】氷の剣!」


 胸の中で杖を構え、アーロンが唱えると。

 俺らと同じ速度で氷の塊が生成され、それはビュンッと異形種目掛け走った。


『魔法が扱えるから何だと言うか! ――死ノ三、蛾!』


 次の瞬間、またあの魔法を使い、周囲に黒い煙が漂った。

 しかしそれは対策済みだ。


 アーロン!


「――【魔法】ウィンドアウト!」


 突風が生まれ、風魔法が空にある煙に穴をあける。

 ――途端に迸る鳥肌、これは俺の脊髄反射!


『――カハ!』


 な、

≪くっ≫

「ッ!」


 異形種が今度は急接近してきたのだ。

 知能があるのはしっていた。だから何かしら、こっちの想定外を行ってくるであろうとは話していたが。

 まさか、あっちから来るとは。


≪今なら――≫


 いやエクスカリバー、まだだ。

 これは、あいつの罠だ。

 頭が働く奴が無策で凸ってくるはずがねえ! 何かやりに来やがった?

 何だ? 何をする気だ。


『――――』


 刹那、異形種は片手をぐぐと突き出し、なにやら短い詠唱を済ませた途端。

 それは唐突に空気を飲み込み始め。

 ――その光に見覚えがあった。


『――【上オオ級ウ連鎖魔法ウ!】エクスプロージョン!!!』


 まずいっ!!


「――【連鎖魔法】水滝!」


 光が交わり、光線が打ち出されたその瞬間。

 俺とエクスカリバーが為すすべなく死にかけたその瞬間に、アーロンはその魔法を唱えた。

 勢いよく水のバリアが生成され、それは光線をじわあと止めてみせる。

 中和魔法?

 よ、よく咄嗟にでき――。


『――【連鎖魔法ウ】氷の剣!!!』


 ガガガガ。と生み出したばかりの滝が氷と化していき、その塊は鋭く尖ってから。

 俺らの方へ降り注ごうと勢いを付け始めた。

 ――水魔法を凍らせる魔法、エクスプロージョンはその布石か!?


「――【魔法】ブリーズ!」


 アーロンが唱えると。

 ぶわあと前髪が逆立ち、さっきより強い突風がそれぞれの氷のつららを吹き飛ばした。

 こ、これも中和魔法になるのか?


『――【魔法オ】マジック・プロトコル改!』


 その瞬間、俺らの周りを四角形の結界が生成され、それは二度キラリと光ってから、明らかに異常な速度で収縮を始め――。


「――【上級連鎖魔法】炎熱・乱!】


 火魔法と風魔法の連鎖技だろうか。

 熱風を含んだ風を四方へ放つと、何故か結界にヒビが入り、バリン!と大きな音と共に割れた。


「結界は、熱に弱い」

『ぐ、ぬぬ』


 すごい。

 魔法で押している。

 圧倒的な魔法知識、アーロンの方が一枚も二枚も上手ということか?

 まるで中央都市アリシアのアルセーヌを思い出す。


 だがこれは好機、相手がひるんでいる隙に。


 俺はとんとんとアーロンの腕を二度叩いた。

 そしてそれに応対するようにアーロンは頷く合図をして、そして。


 アーロンを空中で放り投げた。


 それもその杖に、――エクスプロージョンを生成させながら。


 異形種は下に落下しながらエクスプロージョンを打とうとするアーロンに意識を向けつつ、俺らから離れるために移動を開始した。


『――【魔法オ】マジック・プロトコル改!』

「言ったでしょ」


 先ほどと同じ結界がアーロンの杖を包んだが、しかし、それにすまし顔で言葉を呟く。


「結界は熱に弱い。だから結界は、無意味」

『――ッ! 影の破片シャドウブレイク――ッ!!』


 空から真っ黒い泡が生み出され、それはアーロン目掛け飛んでいく。

 だがその泡を、俺らが通すわけもなく。


「―― 一閃!!!」


 黄金の斬撃が全てを飲み込んだ。


 先ほどの戦闘スタイルから見るに、あの異形種は何らかの理由で魔法がまるで効かない。

 ではなぜ、今こんなにアーロンの魔法を恐れているか、それは端的に、先ほどヨークシャーに負わされたあのトラウマによるものでもあった。

 要は、魔法という単語への恐怖があるのだ。

 魔剣カルベージュという自分を即死に至らせるものが現場にある以上、

 どんなイレギュラーも馬鹿にできない。

 魔法という概念だけでどんな隙を作りだされるか知ったもんではない。

 しかし、距離を取って戦うのはさっきも行ったからそれの対策を既に練られている。

 故に出来る行動は急接近からの近況魔法攻撃。だったのだが。


 それも玉砕した今、異形種は焦っていた。

 とにかく、カルベージュの一撃を食らわない為にも、

 アーロンの魔法をどうにかして止めると共に、

 ケニーらの黄金の斬撃にも注視しながら戦う必要があった。


 そしてついに迎えたのは『脳のリソースの限界』で、

 全てを加味したうえで動けるほど、異形種は『やしゃ』は賢くなかった。

 いいや、ただの生物的な限界である。

 なんせ魔物は元『人間』。出自が特別とはいえ、『やしゃ』もそれなりに人間である。

 決して魔物は人間を超越した存在ではないのだ。

 だから限界がある。


 一度に注意できるものに限界があって限度があって、

 そこを突かれることを極度に恐れている。

 自分の弱点を恐れるというのは、知能ある者の定め。


 ――そこを狙う影が一人。

 ケニーは距離を放していく異形種に向けて『カルベージュ』を構えた。


『――――』


 手一杯。魔法を警戒しつつ、ケニーらの突撃にも気を遣う。

 アーロンがケニーから距離を取った時点で、どんどんとその『積み』へと状況が変わっていった。迂闊に動くとカルベージュで刺される。変にケニーの真下を落下しているアーロンを殺しにはいけない。だから『やしゃ』は混乱した。


『……ッ!』


 完膚なきまでの戦い。

 全て、全て、ケニーらの手の上。

 異形種『やしゃ』にとってこの状況全てが最悪で不愉快。

 それほど、ケニーとアーロンの力の害悪性が顕著にでている。

 理想主義のクソ野郎と一人じゃ何も出来なかった少年。

 それぞれがそれぞれの理念の元、力を手に入れてしまった。

 もう異形種は逃げられまい。

 もう異形種は助からない。

 どうすればいいか、どうするべきか。そんな問いが堂々巡りと化し。

 ついに異形種は『本格的な逃げ』に徹しようとする。


 だが。

 その時であった。

 魔法を警戒しすぎて、ついに異形種は、

 その場にとどまっていたのだ。



 アーロンが通信を繋げ、今です。と告げた瞬間。



――『サーベル』が光り、カルベージュが啼き、そして地上の銀髪男が唱える。



「――使徒発火、後述詠唱。貫きなさい、岩盤さえも」



 サーベルから蛇の幻影が具象化し、それは天空高く上り、ついにその異形種を捉え。


『――ッ!!』

「うおおおおおおおおおお――ッッッ!!!!」


 一撃を与えたのだった。



――――。



『……ア、アア』


 使徒発火、後述詠唱。

 その剣技を遠隔で扱えたのは、間違いなく、

 ヨークシャー・ケミルと魔剣カルベージュに、

 今のケニーとエクスカリバーの様な『何らかの精神的繋がり』があったからに違いなかった。


「あばよ、哀れな野郎」

≪…………≫

「……」


 魔剣カルベージュの一撃を受け、異形種『やしゃ』は空で泡となって、崩壊した。


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