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-東④- 百二十九話「遺志」



 ■:魔法大国グラネイシャ・王都王城、東城壁イーストランパート



 ユーリ・シャーク視点。



 真っ白い閃光を纏った男に対し、鋭い歯をぎらりと覗かせて睨む影が一つあった。

 その異形種はまるで生物の粋を超えている様だった。

 無尽蔵かと思われる回復能力、底が見えないその力。

 魔法も人に有害な『禁忌』が多い。

 これまでの異形種と格が違った。


 分からないが、もしかすると。

 この王城に集まっている異形種の中であの犬の様な異形種は。


「ガルル」


 最も『強い』のかもしれない。


 だからこそ、彼は自分の心臓を捧げてみせた。

 真っ白い閃光、感じる魔力。

 それはあの高純度魔力スペシャル・マナに似ている性質を有している。

 いいや、というより。


 あれがきっと、高純度魔力スペシャル・マナなのだろう。


 人の『記憶』や『生命力』を代価に魔力を作り出す。

 それは【絶対魔法】と言われるが。あのモーザック隊長が使っている古剣にはそんな扱い方があったのだろう。

 過去の戦争時に使われたとされる忌物の『血食いの剣』。

 それが現代にある事も驚きであったし、それを好き好んで使う輩がいることも驚きだった。

 あれはとてつもない代償を支払い、力を引き出す。


 今や、『生命力』を犠牲にあの姿になったモーザック隊長は。

 【絶対魔法】を使用していると言っても、間違いではない……!


 故に、危険だ。

 あの人は『余計な気を回すな』と釘を刺した。だが気も回ってしまう。

 もちろんそこまでして戦いに命をかける彼は、正直頼もしい。

 でも同時に、目の前でその頼もしい人物が命を捨てたのは、みていられない。

 これは僕の人間性なのかもしれないが。

 死んでいい人間は、この世界に誰もいないのだ。


 ――だが。それと同時に。

 あの異形種を倒す算段が、殺せる計画が練れない以上。

 そういう奥の手を使うべき段階なのかもしれない。

 要はこの場は。

 既に死線であると。


 ならば。

 彼だけに命を使わせるのは不平等だ。


 僕は剣を構えた。

 坐愚の持ち手を両手で握り、冷や汗が頬を伝うのを感じながら息を整える。

 それにまるで連動するかのように、背後の双子も起き上がって杖を構えた。


「やれるのだ?」


 右腕に触れた緑色のリストバンドが見える小さな腕で叩いてくる彼が、発したのは。

 たった一つの気遣いだった。


 いけるのか。

 まだ戦えるのか。

 そういった意味を込めた言葉であった。


「ああ」


 短い言葉に、出来る限りの力を込めた。

 僕はまた一層、剣を強く握った――――。


 だが、すぐさま彼はこう言った。


「だから」


 それは僕らの誰でもなく、眼前の真っ白い閃光を纏う男が。

 『血食いの剣』を異形種に向けながら、背中越しに言葉を呟いた。

 その言葉は明らかに語気が強かった。


「余計な気を回すんじゃね」

「え? どういう……?」


 そういう彼に僕は混乱を感じた。

 なぜだか。それは言葉通りではない部分――言い方から感じる感覚にあった。


 彼は。

 気にするなと言いたげだった。


 全てに気にするな。そういう感覚も覚えた気がするし。

 別の意味に捉えるなら。


「…………」


 ――邪魔をするな。

 という意味にも感じた。

 だから僕は思わず、どういう? と聞いてしまったが。

 それを待たず。


「――――ツ」


 彼は剣を振った。


「…………は?」


 地面が揺れた。

 雲が晴れた。

 荒れ狂う空気に押し出され、何んとか双子を抱えて守るくらいの行動を起こせたものの、それでもその斬撃を目にすることは叶わなかった。

 斬撃は体に纏った白光を、そのまま発したようなものだった。

 何度か体を地面にたたきつけて、息を吸う事を忘れないようにと必死だった。


 やっと空気が斬撃を終わらせた時、小さな砂が全身を覆っていた。

 体を起こし、目を擦ると、見えてきたのは。

 自分が数メートル離れた事実への認識と。

 まだ多少風が吹いていることと。

 眩く光が点滅していることと。


 見えてきたのは。


 白い人間が立っていて。

 あの強烈な一撃を喰らっても、まだそこで背びれを動かしている。

 異形種の存在だった。


 何も変わっていない。

 衝撃波が僕を吹き飛ばす程の斬撃に、あの時唸った轟音はまだ耳にこびりついている。

 なのに、なぜか、あの異形種は自分の背中にかかった砂を揺らして。

 ガルル。と呟いて。

 その瞳を白い人間へと向けた。


「再生速度が速すぎる? いや……本当に速度が早くなっているのか?」

「ガルルル」

「どうやら倒しきれなかったら、こいつは進化するらしい」


 歪んだ声がそう響く。

 声色的にきっと彼であった。

 ま、まさか、あの異形種は進化しているだと? 

 確かに最初は明らかにダメージを喰らっているかのように体の欠損がみられたというのに。

 今になっては全くその様子がない。


 どういうことだ。異形種にしては歪すぎる。

 一体、どういう魔法なんだ?

 そして、あの男は。



 ――モーザック隊長は何を考えているんだ??



 白い発行体が赤い剣を向け、闇にそびえ立つ黒い命を捉えた。

 黒き物は動き、蠢き、そして息を吐くのをしかと見届け。

 その発行体は。目を細めた。



――――。



 モーザック視点。





 あの日、俺は思い知った。

 例え何度生きようが、例え何度勝とうが、例え何度歩もうが。

 救えぬものが、俺にも存在する。


 それは、少し前の話にもなるんだが。まあ聞いてくれ。


 あれは4年前の話だ。

 当時俺はまだ序列の中でも底辺だったが、それなりの実力を有していた。

 その日はとある任務によって、サザル王国へと出向いていた。

 そこで、暴徒化したとある集団の反乱に、巻き込まれるという出来事があった。

 王城が攻撃を受けたのだ。


 俺達は任務を放棄し、サザル王を何とか逃し。

 お得意の大義という物を掲げ、王城での反乱を真っ向から止めようと剣を振った。

 暴徒の人数は明らかに多く、こちらは少数精鋭とはいえ、明らかに不利な状況ではあったが。

 何とか何百人と切り捨て、そして暴徒は鎮圧された。かと思った。


 そのとき、その暴徒の存在を、はっきりと見たのは、ある程度戦いが静まり返った時だった。


「……殺してやる」

「…………」


 子供だった。

 そいつは、まだ子供で。

 その小さな右手にナイフを持ち、顔には誰のものとしらん返り血がべっとりとついていた。

 まるで醜悪、反吐がでた。


 反乱について俺は何も知らない。

 後から聞いた話によると、その反乱は多少洗脳にも近い形で始まったようで。

 何の正当性もありはしない。馬鹿な大義であったのを知ったのだが。

 俺からしたら、当時、それを知らなかったから。

 どうしてこんなガキが、この場にいるのかについて、頭を停止させてしまった。


 子供を切った事がない訳じゃなかった。

 でもその時、数百人を切り捨てて、俺は疲れていたのもあるだろうし。

 そしてその時、俺は丁度、剣の腕で伸び悩んでいた時期でもあった。

 まあ何が言いたいかというと、ナイーブな時だったんだ。


 だから俺は、少年に対し、一瞬止まってしまった。





 アンナ・イザル。という女性をしているか?


 彼女は赤髪の勇敢な剣士で、

 その剣術は俺よりかは正確で、

 技術も卓越していた。


 きっと序列『剣士』という地位は。

 俺がいなきゃその女がなっていた。

 でもそうはならなかった。

 それは端的に、彼女がそれを望まなかったからだ。

 だから俺にそういう機会が回ってきて、俺は序列になった。


 つまり俺は、彼女の変わりだった。

 アンナ・イザルがどうして序列を断ったのかというと。

 それは、言うまでもなく、彼女が団長と婚約していたからだ。


 強さをもちながら、彼女は幸せを掴もうとしていた。

 その生きざまに、その姿勢に俺は感動さえ覚えている。

 俺より技に真剣で、俺より人生に真摯で。

 その姿勢に俺は、憤りに近い感覚を当時抱いていた。


 彼女がなるはずだった序列という地位を貰ったときも、その憤りを色濃く覚えた。



 さて、話を戻す。

 少年は俺にナイフを突き立てようと足を蹴りあげた。

 暗闇の中で、その血気迫った顔を、俺は未だに覚えている。

 ドスッ。と音がした。俺の体は揺れた。

 不覚を取った。やられた。俺も、子供から刺されるとは。

 なんて頭で浮かべていると。


 不思議と、痛くなかった。


「……?」


 俺は頭を下に向けると。

 そこには赤髪の人間が、少年を抱きかかえるような姿勢で、少年の首に短剣を突き刺していた。


「……アンナ?」

「ガ、は。あなたが不覚を取るなんて、ねえ」


 アンナは少年に止めをさし。

 アンナは俺に話しかけ。

 アンナは少年に心臓を刺されていた。


 俺は瞠目した。

 目を見開いて、彼女を助けようと、したが。

 そのナイフはとても、深々と突き刺さっていた。


「うそだろ」

「だと、よかったわね」

「生きてくれ」

「それは難しいわあ」


 彼女の胸を抑える。でも血が止まらない。

 背後へ助けを呼ぶが、声が部屋に響くだけで誰も駆けつけてこない。

 そんな中、彼女はついに、吐血した。


「おい、アンナ?」

「ごめんなさいね。私も咄嗟だったから、嫌な庇い方をしてしまったわ」

「お、おい」

「はあ、あ。ごめんなさい。私、きっと、沢山の人を悲しませるに、違いないわね」

「いやだから」

「……ごめんなさい。私は、ただ、誰にも死んでほしくなかっただけなの」

「…………」

「……カールに伝えて」


 文字通りの虫の息であった彼女。

 赤い血液を垂れ流しながら、その髪色と同じように、口からを血を吐く。

 目の焦点がぎりぎりあっていて、よろよろと出してきたその右手を、俺は咄嗟に掴み上げるけど。

 彼女の視線が、俺を向く事は無かった。


 そして一度咳き込んでから、血を口から吐き出し、言った。


「先にお空で待っているから、式はそっちで、あげましょ……」


 …………………………………………………。

 ………………………………………………………は。


 あの日、俺は思い知った。

 例え何度生きようが、例え何度勝とうが、例え何度歩もうが。

 救えぬものが、俺にも存在する。


 どうやら俺は。

 戦う才能を持ち合わせていたのに、守る才能は持ち合わせていないようだった。


 だから、こうなった。


 アンナ・イザルは最悪な遺言を残し、亡くなった。

 そして俺はその反乱後、サザル王からも能力が認められ。

 異名『狂乱剣舞』が世界に轟き。


 結果、序列の順位が上がった。



――――。



 俺はあの時から一度も後悔を忘れた事はなかった。

 だから俺はあの日からずっと、鍛錬をやめなかった。

 来る日も来る日も、どうすれば守れるのかを探求した。どうすれば強くなれるのかを考えた。

 どうすれば誰かを守れるくらい強くなれるのか。


 強さを求め、孤独になってもいい。

 誰かを守れない方が、よっぽど辛い。


 だから俺は、戦闘狂になることにした。

 【狂乱】纏い齧り。血弩破死名歌ちどはしめいかは俺が編み出した『血食いの剣』の最終奥義だ。

 この姿では膨大な生命力を使い全てを剣に集中させることによって。

 半端ない力を有すると言うもの。

 俺はこの戦いで死ぬかもしれねえがいい。

 あの未来の英雄である、双子とユーリ隊長を生かせるなら。


 ここで命を使い果たしても悔いはない――ッ!!


「――【剣技】」


 俺はみんなを守る。そのために、ここに立っている。

 もうあんな思いは二度としない。

 誰かを目の前で失う想いなんて、もう御免だ。


「――【剣技】狂乱剣舞」


 閃光を身に乗せ異形種へ刺突をしかける。

 真っ赤な剣が地面を抉り、また強風がふわりと砂を飛ばした。

 そして異形種の脳天に突き刺す事に、成功したが。

 異形種はニヤリと笑みを張り付けたまま、その小さな腕を大きく振りかぶって。


 ドン。と地面にたたきつける。

 でも俺はその場所にはもう追わず、異形種の背びれに手を添え背中につかまっていた。

 居心地は最悪だった。

 異形種は俺が背中に登ったことをすぐ理解し、鳴き声を発しながら体を右往左往させ、ついには前足をどんと地面に構え、またにやりと笑い。次の瞬間。


 全身に迸る魔力の感覚、これはまさに――魔法発動の瞬間だ。


「――【キン忌】コ毒めイ@却」


 背びれから溢れた青い閃光から俺はよろけ、その蟲毒命却から逃れる事は叶ったものの。

 せっかく取った背中を下ろされ、地面に突っぱねていた。

 すぐさま起き上がるが、既に俺の眼前に異形種が立っており、まるで猶予がない攻撃を浴びせようと大きく口を開いていた。


 俺はその口内へ、血食い剣をぶっ刺した。

 ――どうやら口内は柔らかいようだった。

 喉の奥に光が灯る様子を顔面で見届けるが、俺は口内の天井を血食いで突き刺し、そして言った。


「――纏い齧り」


 それは血食いの剣への号令。

 喰らえ。


 血食いの剣は赤黒く光り出し、刹那――異形種の喉奥から光が消えた。

 魔力と命を吸う血食いの剣の餌食となった異形種はどうやら苦しんでいるようだ。

 つまり効力あり。こいつの魔力と命を吸い上げている。

 剣から力の蓄積を腕で感じる。こいつはとんでもない力を吸い上げている様で、俺も少し力が抜けそうになった。


 でも確実に、この攻撃は効いている。

 このままこいつの命さえ吸い上げればいいのだが。

 はて、それは叶うか??


「くっ、うおおおおおお!!」


 声を荒げた。

 剣筋が変形し、血を吸い、命を喰らう。

 光に触れ、灯り、飲み込み、そして気が付いた――――。


 こいつ、人ひとり分の生命力じゃない。


 俺は咄嗟に剣を引き抜いた。

 先ほどまでこのまま全てを抜き取り、全てを喰らうと考えていたが。

 それは叶わないことを理解したからだ。


 ただ、こうなると……。


「――――」


 俺はとりあえず閃光に体を任せ、後退した。

 そして跪きながら、剣を見ると、明らかにその姿は限界を超えている様だった。

 しっかり吸う事は成功した。でも、全てを吸い尽くす前に、この剣の方がぶっ壊れそうだった。

 この剣が蓄積できる生命力を超えている。つまりあいつは――。


「あいつの体、ただの人間じゃああねえ。あいつは」


「死堂ですよ」


 俺がそう独り言を言っていると、背後からそう聞こえて来た。

 振り返ると居たのは双子の片割れで、その後ろにはユーリ隊長ともう片方の双子が居た。


「死堂? そりゃ確か」

「ええ。アリシアで出会った。魔解放軍の。幹部でした」

「……そういうことか?」

「はい。恐らく。あいつは死堂を喰らっている。そして死堂は。鳥籠バード・ケースからの報告によると」


 改造人間。錬金術で人を混ぜて作られた。

 確かその製造理由は報告書では伏せられていたが、そうか。

 錬金術で人間どもを混ぜて作られたキメラだったっていうなら。


 その死堂を喰らったこの異形種は、もしや死堂の特性も有していると言うのか?

 いや魔法を有しているのは確認していたが、その体さえも錬金術という魔法由来なら、或いは。


 ……なら、俺はこいつを一人では倒せない。

 ――どうすれば?




 なんて考えていると、その異形種はふと笑みを浮かべて。

 歌った。


「下ヲ向イテェ、アァ歩コオオヨ」









 余命まで【残り●▲■日】


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