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-東③- 百二十八話「赫剣」


 ■:魔法大国グラネイシャ・王都王城、東城壁イーストランパート




 ユーリ・シャーク視点。



 蒼炎の双子、ソーニャは。

 中央都市アリシアで。

 『くろいぬ』と邂逅した唯一の人物である。


 情報はこちらまで届いていた。

 敵の一部勢力の情報は、あっても損しないから。

 出来る限り集めるようにしている。


 僕は他の隊長たちと違って力があるわけじゃない。

 可能な限り情報を頼りに戦う。

 だからそういった情報は、とても有益だった。


「っ……」


 まだ、意識が遠い。

 でも冷めなければならない。現実に。


「……あ? 無理に立たなくてもいいんじゃねぇのか」


 乱暴な声色だが優しい言葉。

 でも僕はそんな気遣いを無下にしなければならなかった。


「いえっ、モーザック隊長。僕はまだ、戦えます」

「はっ! いいじゃねえかユーリ隊長。立つならシャキッとしろ」

「ちょっとモーザクさん、怪我人をもっと労わるのだ」

「いいじゃねぇか。自分でやれるって言ってんだ」

「話の通じない。脳筋」

「んだとぉ?」

「今は喧嘩だめなのだ!!」


 僕が立ち上がる間にも、そう3人は冗談を言い合っていた。

 ふぅ。と一息吐いて、僕は剣を構えた。


「――――」


 坐愚はまだ使える。

 まだ心拍数は高いけど、いずれ落ち着く。


「他の2人はどこへ?」

「とりあえず少し離れたところにいるのだ」

「気を。失ってた。でも。もう大丈夫です」

「そっか、分かりました」


 もう一度、ゆっくりと深呼吸を吸う。

 そして目を素早く開いた。


「カァ、ガァ、グウガア」


 目の前で荒い息を吐いていたのは。

 あの犬型の異形種だった。

 幸いまだ仕掛けてきていない。

 ずっとそうだったが、あの異形種は存在感ばかり放つだけで、攻撃を仕掛けて来た事はない。


「仕掛けられますか?」


 と、僕が問う。

 すると彼らは背中を向けたまま。

 背中をぴくりとも動かさないまま。


「うずうずしてるぜ」

「準備万端なのだ」

「やれる」


 力強い3人の受け答えを返した。


 故に僕は剣を強く握った。

 そして坂の先で鎮座しているその異形種に視線を移して。

 改めて、覚悟を固めた。


「では、情報を伝えます。あいつの魔法は精神系に見えて違います」

「ほう?」


 僕の言葉に、モーザク隊長が興味深そうにつぶやく。

 そんな彼を尻目に続けた。


「恐らく、これは勘も多少ありますが。奴の魔法は『喰らった者の魔法を使う』なのではないでしょうか?」

「訳は?」


 ――そんな魔法、聞いた事がない。

 とかそのあたりを言われると思った。


 モーザック隊長は見た目に反して、案外理知的なのかもしれない。


「……報告では、魔解放軍の幹部であった『死堂』という怪物を喰らったあの異形種。そして先ほど僕が受けた魔法は間違いなく報告にあった【禁忌】ダークフィールドでした。ダークフィールドの使用報告があったのは『死堂』のみ。そこに間違いはありませんか? ソーニャさん」


 ダークフィールドの名前をここで回収するとは思いもしなかった。

 記憶の奥底に眠っていて、少し忘れかけていたその魔法。

 しっかり報告書を頭に入れていてよかったよ。


 僕がそう聞くと、ソーニャさんは背中だけでもはっとしたような反応を見せた。

 そして「よく知っていますね」と一言入れてから。

 息をついて口を開いた。


「その通り。ダークフィールドは。死堂の。技。だからあの異形種が使うのは。変」


 その言葉で少しばかり、僕の説の信憑性が裏付けされた。


「それに先ほどから感じるあの異形種の異質さ。口先から感じる死臭は――」

「よーくわかったぜユーリ隊長! つまり、喰った奴の能力を使うって事はア!」


 モーザック隊長も気が付いた。

 そう、もし『喰らった人間の能力を使える』という想定が正しいのなら。

 僕らが今すべき行動というのは分かりやすくなってくる。


 切っても倒れない。

 それはさっきアイチャン隊長とクルミ隊長の攻撃でそれはよくわかった。

 そしてやっと切って来た反撃が、あの魔法。

 ――それが何を意味するのか。


「要はァ! まだ奥の手を隠してるかもしれねぇーつうことだよなア!」


 獰猛な獣のように、明らかな興奮をのせて叫ぶモーザック隊長に。

 僕は心底頼もしさを覚えた。


「――――」


 ならばこれからやるべき行動は決まってくる。

 警戒しつつ。


「相手の出方を見るって事だろォ! まずは俺に切らせてみろ!」


 刹那。

 先手必勝と言わんばかりの勢いでモーザク隊長は食ってかかった。

 モーザックはボロボロの剣に左手を当て。

 そして自分の手を傷つけながら走りだす。


 そして左手を、剣の根元から剣先までぐぐぐと滑らせると、ボロボロだった剣に腕から流血した血が滲んで。

 ――刀身が赤く灯った。


「――【狂乱】血祭り!」


 青髪で空気を押しのけ、身軽な体で大振りをする。

 握る、ひ弱に見えていたボロボロの剣も今や赫剣かくけんとなり。

 そして目にも止まらぬ速さで、異形種へと叩きつけた。



 同時に地面が揺れ、空気が爆発し、特徴的な金属音と共に、空が割れた。



「僕らも別れて連携しましょう。モーザックさんの援護に行きますよ」

「分かったのだ!」

「了解」


 アリィさんとソーニャさんも自身の小さな杖を構えた。

 僕も坐愚を大きく伸ばし、巨大な影を地面に移して。


「く、だ。れえええええ!」」


 さっきより気合を籠めて叫ぶと、坐愚が砂を叩いて突き進んだ。

 空気が動く音がしてから数秒、異形種へ届きそうになるその前。


「はっ!」


 既にその間に、モーザック隊長は異形種に飛びかかっていて。

 刹那――赤い閃光が異形種目掛け駆け巡った。


 煙の中で轟く赤。そしてそこへ振り落とされる僕の坐愚は秒読みだった。

 予想通り僕の攻撃を察したモーザック隊長はすぐさまその場を離れて。


「はああああ!!」


 僕の一撃がしっかりと異形種へ入る。

 もちろん前述したとおり僕の剣に攻撃力はない。ただの邪魔だ。

 でもこうすることで、間髪入れずに。


「――【上級連鎖魔法】タケミカズチ」

「――【連鎖魔法】氷の森」


 培養、生まれた白い木々。

 ただの坂だったその場所には冷気が漂い。

 白い息をはぁと一息つく、間もなく。

 伝う砂煙に感電した眩い物が、電光石火を描いて異形種へ命中した。


 地面が揺れる感覚を両足で感じつつ、僕は坐愚をもう一度上へとあげる。


 まだ異形種からの反撃はない。

 煙でどのくらいのダメージが入っているかは分からないけど。

 でもこの猛攻を、辞めていい理由にはならない。

 あいつにカードを切らせるな。

 死ぬ気で殺せ。


「――【剣技】打て尽き」


 勢いよく左足で地団太を踏んで、僕は。

 坐愚を勢いよく振り下ろした。


「――――は!」


 その坐愚の上に乗っていたモーザック隊長は、にやりと笑みを浮かべ坐愚を離れる。

 上空から勢いをつけながら。青髪の青年は赫剣をまた赤くしながら。


「――【狂乱ッ】殺奇・紅蓮返しぃぃいイイ!!!!」


 一直線と描かれた赤い光がちかちかと、そして遅れて唸る地鳴りに戦慄に近い何かを覚えた。

 おおよそ人間業ではないその破壊力、地面が揺れ泣く程のパワーを。

 1人の男が発揮している事への驚きが刹那に勝った。


 序列。

 その力を僕は確かに誤解していた。


 そう――。

 この国の最高戦力。

 各国への抑止力。

 この世界での“神格者“。


 人の領域では説明がつかない技を容易く使う。それが。それこそが。

 ……序列であるのか。


「頼もしい味方が、いるもんだ」


 一言、呟いたと共に。

 僕の坐愚はもう一度、異形種の脳天を狙い撃ちした。


 坐愚が直撃してすぐ。

 異形種の周りに立ち込めていた黒煙やら白煙が、坐愚により生まれた追い風で飛び交った。

 そこで見えて来た光景というのは。

 またしても異様なものだった。


「――――」


 破裂した頭蓋に滴る脊髄液。

 だがその魔物はやはり、一度たりとも動く事はしなかった。

 魔物の起源については承知している。異形種の特性も把握しているつもりだった。

 でもその様はやっぱり、明らかに異形種とは別種の生物にしか、見えなかった。


 ――、そんな事を考えている間もなく。

 ――、脳髄垂らす異形種へ。

 ――、青い炎を纏った剣を振りかぶっていたのは。


「――【剣技ィ】蒼炎!」


 連続で剣技を発動させる剣士を見た事が無かった。

 だがそこに居た。緻密な魔力を注ぎ、技が抜けきっていない剣を無理やり変え。そして次へつなげる。

 そんな芸当を見た事が無かった。そんな技を始めて目にした。


 青い炎が斬撃となり、上から下へと勢いよく、くだった。


 ボボッという音が異形種目掛け放たれた瞬間。

 先ほどソーニャさんが張ってくれた【連鎖魔法】氷の森をも溶かしていった。

 刹那的な出来事だったのではっきりしない。でも。

 モーザック隊長は確かに剣を奮った時。


「――――」


 吐血していた。


「……ちっ、これでもダメージなしかよ、ゲホっ。ならあれしか、手段はねェなぁ!」


 なんて言葉を吐き出してる彼を前に、僕は半ば思考が停止していた。


 まさか。

 まさかあの剣は。


 自分の血を捧げている時点で嫌な予感をしていた。

 でもそんな規格外な物が存在するなんて知らなかったから。

 噂程度に聞いた事がある。

 あのボロボロの剣について、聞いた事がある。


 血食いの剣。

 使用者の血――いわば命を奪って真価を発揮する古剣こけん


 大昔に存在していた“人側の兵器”。

 あの大戦で使われたその武具の名を。

 僕はいつかの時、本で読んだことがあった。


 そう、最初から、なんでボロボロの剣を使っているのだろうと思っていた。


 確かモーザック隊長の剣はボロボロではなかった。

 前に一度、彼を見た事がある。

 その時は確かに違う剣だった。


 どうしてその剣を、あなたの様な力ある物が使っているのですか?


「――ユーリ隊長」


 なんて僕の心配を、まるで組んだかのように僕の名前を呼んできた。

 そして彼は振り返ると。


「余計な気を回すんじゃねぇーぞ!」


 その一言だけを終えて。

 また彼は正面を向いた。

 それは紛れもなく、モーザック隊長の声だった。


 僕ははっとし、前を見る。

 すると、そこには。


 脳髄が、驚くスピードで治癒していき。

 血肉が飛び散り、液すらも空を駆けて。そして体へ戻っていった。

 異形種が元の顔に戻った頃。

 あの時と同じように。

 異形種は、口を開いた。



「……エ、ヘェ」



 いまだに覚えている感覚が背筋を劈いた。

 悪寒、そして吐き気。それらオーラは精神を揺さぶるような触感。

 そして異形種は完全に口を開いて。

 息を一息つく前に。


「俺はな」


 開いた口の目の前にいたモーザック隊長が、僕に背中を向けながら言葉を紡いだ。


 僕の近くにはあの双子がいた。

 どちらも魔法を詠唱していた。

 あまりのモーザック隊長の連撃の速さに、僕含め誰もついていけてなかったのだ。


 そして開かれる。異形種の口と。

         モーザック隊長の口。


「俺はこう見えても、戦いが一番楽しいんだぜ」


 言いながらその男は。

 剣を回し、自分へ剣先を向けて。


「ッ――――」


 自ら自分の心臓を貫いた。


「――【キン忌】あンせむ@バアア!―ん」


 異形種の口から発せられた禁忌は知っている物だった。

 口内から生成される真っ黒いエネルギーが音を立てて。

 それが発射されたその時に。


「――――」


 まるで時空が歪んだかのような視覚を疑って。その間に。

 双子は二人で防衛魔法を唱えて、僕を庇うように前に立ってくれた。

 風があちらに吸われて、そして音が鳴った。

 何かがぶつかるような音だった。

 少しすると、双子は驚いたような反応を見せて、――防衛魔法を解いた。


 そして見えてきたのは。


「くっ、ふは。この2年でよくここまで来たもんだぜ、俺も」


 声が聞こえた。


 唐突に、突風が僕の前髪をどかして。

 そしてそこに立っていた人影を、僕は、目撃した。


 男はその姿の名前を口走った。

 いわゆるそれは、詠唱であった。


「――【狂乱】纏い齧り。血弩破死名歌ちどはしめいか


 心臓さえも剣に捧げ、安らかな表情を浮かべる男が一人。

 そこで突っ立っていた。

 彼は真っ白になり、何故か伸びていた白髪を揺らしながら。

 全身を纏う赤い鎧を堂々と見せ。

 そして彼が立つ目の前では。


 アンセム・バーンのエネルギーを抑え込んでいた。


「はぁー」


 そしてそれを、彼が、口を開けて。


「ッ」


 ガチンと口を閉じると。



 エネルギーは消えた。



 喰らったのだ。



 その力を知らなかった。

 大戦時に使われた忌武器であると伝えられていたあの剣に。

 そんな使い方があるとは、知る筈もなかった。

 “剣を体に纏う”なんて聞いた事が無かった。


 ふと、彼から一瞥が送られた。

 僕は彼の姿をみて唖然としていたが、その姿をみて、そしてモーザック隊長は。


「――――」


 満面の笑みのまま、口を大きく開け。


「ギ、ギャアアアアアアアアアアハハハハ!!」


 慟哭にしては愉快すぎる。

 そして、叫びにしては、嗤いすぎている。


 序列【剣士】モーザック・トレスという男は。

 命をもって戦いを楽しむ男だったのだ。


「さア、ここからが俺のスゥテェージさぁぁアア!! 異ィ形種!」



 言いながらモーザック・トレスは。

 血に濡れた真剣を異形種へ向け。


 そしてがらがらな声で叫んだ。

 がらがらながらも、よく張った声で告げた。


「死にたがァりにはア、死を与えるのがア、優しさだと思わねぇかぁぁあアア!」


 そんな雄姿をみせる男の眼前に、鎮座していた異形種は。

 鳥肌を立たせるように背びれが動いてから。

 その視線を、男とかわした。


「……エヘェ」


 異形種は歪な笑みを浮かべて。息を吐いた。








 余命まで【残り●▲■日】




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