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-北③- 百二十七話「遭遇、間一髪」



 ■:魔法大国グラネイシャ・王都王城、正面外壁フロントランパート




 トニー・レイモン視点。



 話は大体カリスから聞かされた。

 まず今の戦況。

 王城付近の魔物を集合させ、こちらの最大勢力。

 各隊長やカリスと同じ序列達が、魔物を各個撃破していっている。

 これがこの王城付近で起こってる事。


 そしてカリスがファイトフィールド外の本部から仕入れた情報が、――援軍だ。


 援軍の名前は『人魔騎士団』。

 カリスと同じ序列の人が組織したとある組織と対抗するための少数精鋭。

 でもどうやらその組織との戦いは終わったみたいで、

 何故かこの戦いに加勢しに遠くからやってくると言う。

 それもその中には王都近衛騎士団の隊長が居たり、

 イエーツ帝国の方からも援軍がいるらしい……?


 具体的には教えてくれなかったからまあいいか。


 そしてその援軍が到着した。

 そのことをファイトフィールド内に周知させる必要がある。


 でもそれには問題がある。

 一つ、人魔騎士団は南の街に到着したこと。

 王城はこの国の真ん中あたりにあるけど、南の街から王都まで馬で1時間くらいかかる。

 そして王城周辺だけでも一周に30分ほど必要で、その間、援軍はまだ来ていないようなものだ。


 援軍は国に到着した。だがまだここまで辿り着くのに時間がかかる。


 ――その間、何としても王城を死守しなければならない。


 なので、【ファイトフィールド外で魔物を各個撃破していた序列達が】。

【順々にファイトフィールドへ突入している】。


 カリスがファイトフィールドへ突入しようとしていたのはそういう訳だ。


 そこで俺がたまたま合流して、

 何んとかファイトフィールドへ参加できたんだが。


「……ちょっと」

「えぐいかも」


 二人の感想が似通っているのには訳がある。

 それは目の前で起こっている――天変地異がその理由だった。

 雨、風、泥。

 今になってファイトフィールドの淵にあれだけの魔物が引っ付いていた理由が明らかになった。


 あいつらが暴れていたからだ。


『我こそが水神スイシン。この国を亡ぼす存在だ』


 3体の巨大すぎる生命体?

 がその場に並んでいて、その先にいる誰かと会話している。

 誰と会話しているかまでは全く見えない。

 でもとにかく、あれがカリスが言っていた『異形種』というものなのか?


「……カリス、勝てるのかあれ」

「僕は無理だね」

「序列が弱気になってどうするんだよ」


 なんて俺が言うと、カリスは涙目を浮かべながら振り返って来た。

 序列って噂通りの強さじゃないのか??

 いやいや、カリスも魔物をバッタバッタ倒してたし、ビビりなだけなのかもしれない。


 ともかく、今俺らがするべきなのは加勢に入り、そして援軍が来た事を伝える事だ。


「どうするトニー?」

「なんで一般男児に聞くんだよ」

「だって賢いじゃん」

「俺が賢かったら俺の周りにいる奴は天才だぞ」


 俺に判断を委ねられても大分困る。

 まずまず魔物すら今回の件でやっと倒したくらいで。

 元々戦闘要員じゃない。

 何なら子供だし、戦闘経験も皆無。

 間違いなくここにいるプロの騎士団よりかは弱い。


 なのに謎の巡りあわせのおかげで序列のカリスと出会ってしまった。

 後悔はしてないけどさ。

 少しこの引きの悪さは怖い。


 まあ、俺の引きの良さは、サヤカを引いてからずっと終わってたんだろうな。


 この雨の中、それも目の前には想像も出来ない世界が広がってる。

 こんな世界に突っ込むなんて数ヶ月前は想像すらしなかったし、

 魔法もこんなに出来るとは思っていなかった。


 そう思うと、ずっと悲観してたけど。

 俺はお兄ちゃんと同じものを持ってたのかもしれないな。


「――――」


 お兄ちゃんはどこにいるんだろう。なんて疑問を頭から打ち決して。

 とにもかくにも、俺は、騎士団の人に気が付いてもらえるように。


「カリス、魔力を出そう」

「魔力?」

「うん。魔力探知が得意な人が居れば、もしかしたら存在に気が付いてくれるかもしれない」


 難にせよ眼前の怪物から逃げる手段はとれない。

 ここから迂回して別の城壁へ行くのにも時間がかかりすぎるからだ。


 少し希望的観測に近いが。


「確か、ここに配置されてる人は分かるんだよな?」

「うん。一応同期だからね」

「ならその人たちの中に、魔力探知が得意な人はいるの?」

「えっと待ってね……序列の人たちは【神魔】の人くらいで……あ! 団長さんならあるいは」

「団長?」

「近衛騎士団の団長さんだよ!」

「カールさんの後任の人か。これまた引きが良いのか悪いのか……!」


 愚痴もいい加減やめよう。

 そろそろ、行動の時――。


「……なんか寒い?」


 ふと体に当たったのは、肌寒い感覚だった。

 俺はやっと、空を見上げると。


「な、なんだこれ」

「魔法だ」


 カリスはすぐ理解したが、俺は理解が遅れた。

 どうやら――さっきまで降り注いでいた豪雨が氷、空に浮かんでいたのは小さな氷塊だった。

 青白い光が寒い風を誘っていて、その幻想的な光景に一瞬心を奪われそうになったが。

 隣に居たカリスの言葉ではっとした。


「魔法って事なら、やっぱりあのデカいのと誰かが戦って――」


 言いながら、俺は先ほどのデカい異形種へ視線を移すと。


「……え?」


 そこにはもうあの異形種の姿はなく、次の瞬間。

 地面が揺れて、全身に劈くような殺気がした。


「おい……何が」

「戦ってる。団長が」


 俺が周囲を見ながら少しビビっていると、カリスはどこか見えない方角を見て行った。

 周囲は氷塊による青白い光と、冷気によって視界が悪くなっていた。

 でもどうやらカリスには、視界が悪い中でも。

 向こう側で起こっている戦闘を確認できている様だった。


「団長さんが戦ってるのか? 一足遅かったのか?」

「いや、でも多分気が付いてる」

「……気が付いてる?」


 その言葉でやっと俺は気が付いた。

 そう、カリスからは既に、魔力が漏れ出ていたのだ。

 俺がそうこうしているうちに、カリスはとっくに計画を実行していた。


「どうして分かる?」

「この感覚は忘れられない。自分の魔力を察知された感覚なんて、いついらいだろう」

「そ、そんな感覚あるのか?」

「普通はない。でも相手の掴み具合と、相手の魔力理解が凄い場合は別だ」


 ちょっと何言ってるかわかんねぇけど。

 要は高度な技術があれば魔力を察知することが出来て、それも察知されたことも気が付けるって事か?

 俺が知ってる魔法じゃねぇ……。


「間違いなく団長に気が付いてもらえた。なら多分、この氷塊は――」


 順々と喋りながら物事を理解していくカリス。

 流石プロ、序列様だ。

 俺なんて一般人より、普通に頼もしい。

 まあそうだよな。

 俺、変な正義感で飛び出しただけだし。


「――――ッ」


 ――刹那、肌を伝った魔力の刺激が、頭上の氷塊に反射した感覚を抱いた。


 ……自分でも結構鮮明に魔力を察知できた。

 初めての感覚? こういう感じで信号を感じるのか。


 でもこの感覚って――。



『この周辺にいる誰かへ伝える! 氷の塔まで走って来い! そうすれば保護できるから!』


 な、なんだこれ!?


「氷塊から声が聞こえる?」

「……なるほど! 氷塊を魔法で通信用魔石にしたのか? でもその応用は魔力伝達が良好すぎて」

「カリス? ちょっと」


『もし何か動けない理由があるなら、この魔石に向かって話しかけてください! 情報を交換できれば、僕も助けられるから!』


 えぇっと、多分この声は俺らの事を探してるよな?

 でもカリスはぶつくさうるさいし。

 ええい!


 俺は隠していた体を晒し、目の前の氷塊を片手でがっしり掴んだ。

 そして手のひらから感じる魔力を元に。


『……聞こえますか?! 俺の名前はトニー・レイモンと言います。そして少し離れた場所に序列の子も来ているのですが……』


 じ、自己紹介からは少し変だったよな。

 でもいきなりで何言えばいいか分からなくて……。


『……え、トニーくん?』


 ん? この声、どこかで聞いた事ある気がする。

 でも思い出せないな。


『トニー!? トニーくんなの?』

『え。俺の事を知っているのですか?』


 いや、ここはもっとまともな事を聞くべきなのに。

 口下手なのか俺って!?


『知っている、でもそれは後でだ。もし戦線離脱出来る場所にいるなら街の方へ、そして出来ないなら場所を教えてほしい』

『いや、実は、ここに団長さんがいるって聞いて来たんです!!』

『え? 自分からここに来たの!?』

『はい! 団長さんに伝えるべきことがあります』


 そう、伝える事。援軍がやってきた事を、今度こそしっかりと言葉にして。

 俺は。伝えた。


『――人魔騎士団が南の街に到着したそうです! ここまでの到着が遅れていますが、すぐ駆けつけてきます!!』


「トニー!! そこは、危ない――ッッッッ!!」


 伝えた刹那、真後ろから体を晒して出てきたのはカリスだった。

 俺は脊髄反射で振り向くと、カリスはとても必死な顔持ちをしていて。

 なんのことか理解できない俺は。


「ぇ?」


 なんて腑抜けた声が出た。


「――――」


 影。

 俺の頭上に覆いかぶさったのは、間違いなく影だった。

 周りの氷塊がどんどん破壊されて行って、気が付くと。


 俺の真上には巨大な掌があった。



 その掌は、俺が立っていた場所に、巨大なクレーターを開けるほどの打撃を加えた。


 俺?

 あれ、なんでそんなこと分かるんだろう。


「……ここは」

「あまり動かない方がいいよ、見知らぬ少年」


 はっとした。

 俺はその声を全く知らなかった。

 でも間違いなく、俺はその人に、助けられていた。

 あの刹那、異形種の掌が落ちてくる出来事でも。

 俺を救う事が出来た人物。


「ゾニー・ジャック隊長を責めないでやってくれ、これは異形種の注意を引ききれなかった僕らの責任だ」

「あ、あなたは?」


 眼前で俺を抱えていた人影は、カリスより少し大人くらいだが。

 それでも見た目が幼い人で。


「僕かい? ガーデン・ローガン。団長さ」


 そう、彼は、近衛騎士団の団長様だったのだ。


 空を駆けながら、氷塊の中を掻き分け進む。

 その中でお姫様抱っこされるような姿で、俺はこの人に運ばれていた。


「い、一体」

「魔力伝達が良すぎた。あいつらも大分焦って来ているようで、連絡先を増援だと勘違いしたみたいだ。だから真っ先に潰しにかかった」

「えっ。うわ」

「あまり慣れないうちは喋らない方がいい。舌を噛む。それに、捕まりな」


 その言葉に思わず両手に力を籠めると、その瞬間。

 ぐわんと一回転した。

 空と地面がどちらにあるのか、平衡感覚がおかしくなった。

 だが回ってる最中、横を素通りした巨大な物体を。

 視界に収める事しか出来なかった。


「少しおちょくりすぎた。いや、そんなつもりは毛頭なかったんだけど、巨体のくせに核がでかくないのが悪い」

『破滅せよ、我らを侮った罪、ここで』


 ガーデン団長が呟くと共に、ドスの効いた言葉が耳を障って来た。

 白い冷気で視界が良く見えなかったけど。

 何故か俺の背後に。――とんでもないデカさの巨人がいるのが伝わって来た。


「これが、魔力を察知するということ?」

「あまりやりすぎるともっと怒っちゃうから気を付けな」

「……は、はい」

「とりあえず、援軍が来てくれるのは分かった。伝えてくれてありがとう」

「あ」


 そうだ、俺の仕事は援軍を伝え加勢すること。

 あの氷塊への言葉は。

 どうやらこの人にも伝わってるようだった。


「ただ、いかんね。君を助けるしかなかったから助けた物の、逆に下ろす機会がなくなってしまった」

「えっと、すみません」

「いやいいんだ。君がいなかったらカリスくんはここへ来れなかっただろう。援軍の情報が来ること自体、僕の予想から外れていた」

「……はぁ」

「まあ何、安心はできないかもしれないけど、何が何でも君の命は守るから安心してよ」


 安心してよと優しく言われるけど――

 それ喋ってる間に何回攻撃を避けました?

 4回くらい回ってて酔いそう……。


 あぁいや、俺は今足手まといになってるんだ。

 少しくらい自分で考えろ。


「俺、降りますよ! 風魔法は得意なんで、着地くらい――」

『見つけタ』

「はぁ」


 え。

 あれは、眼?

 赤くて、黒くて、そしてデカい存在が。

 俺の目の前に忽然と現れた。

 そして、ガーデン・ローガンは、ため息を吐いた。


「【祭儀】」


 刹那。


「――――」


 全身が震えあがる気配を感じて、俺は全身が固まったような感覚を覚えて。

 そして。

 禍々しい気配を、目に捉えた。


 それは鎌だった。


「――歪」


 一刀、両断。


 眼は次の瞬間に、入った線の通り切断されて。

 そしてその大きな影は、また冷気の中へと消えていって。

 同時に。


 ぽつりと、頬に水が垂れて来た。


「また雨が降って来たね。ゾニー隊長も限界か。これならいいかな。降りるよ」

「え」


 言いながら俺の答えを待たず、唐突に高度が下がっていった。


 そしてやっと地面が見えて来たところで、

 俺は腰を抜かしながらも自由の身となった。

 冷気がさめてきて、生暖かい温度の雨がまた降り注ぐ。

 でも今度の雨は、最初にこの場所へやってきた時よりも、優しい雨だった。


「――――」


 そしてだんだんと見えて来た巨大な影に。

 俺は絶句した。

 ――1体、巨大な異形種が、氷像と化していたのだ。


「三神の1人、水神スイシンさんは体が水だった。だからゾニーの魔法にこちらから干渉して」


 ガーデン・ローガンは俺に背中を向けながら。

 堂々と言い放った。


「核ごと壊死させた」


 そう、この人たちは本当に。

 あの巨大な異形種を1体、殺して見せたのだ。

 その右手に、悪魔の様な鎌を掴んだまま。

 男は意気揚々と、告げたのだった。


「さて、あとは二人だね」







 余命まで【残り●▲■日】


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