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-東②- 百二十四話「魔法騎士と魔族騎士と」


 ■:魔法大国グラネイシャ・王都王城、東城壁イーストランパート



 ユーリ・シャーク視点。



 ――発狂。


「うわああああああ」

「かァ、ぁ、あああああああ。アあ」


 聞こえる絶叫が空に流れ、振動として鼓膜に触れてくる。

 全身が唐突に重くなって。

 両足が何かに捕まれているような、そんな感覚を覚える。


 錯覚であるのは分かっていた。

 頭では理解していた。

 でも僕は、動けなかった。


 耳に届く、忌まわしき歌声。

 感じる気配が、呼吸を難しくさせる。


 まだ遠くにいるその存在。

 だが、既に、ここまで殺気が迫って来ていて。

 それにあてられた騎士たちは、泡を吐きながら白目をむいた。


「……格が違う」


 どす黒く乾いた皮膚に、牙の如く生える背びれが4本。

 針の様な鋭い牙が、獣を噛み砕く事に重きを置いたように散乱している口内から。

 白く熱い吐き息がモヤの様に広がり。

 その大きな、犬の様な巨体が、グルルと体を捻らせる。


 今までの異形種とは全く違う。

 あれから感じるのは知らない感覚。


 最重要警戒対象。

 命名される理由も、うなずける威圧感。殺意。


「――ッ」


 その中で一人飛び出したのは、青に近い短髪を風に乗せた人物。

 魔族でありながら騎士である。

 アイチャン・コロレフであった。


「ナ!?」


 その突撃に驚きの声を上げたのはクルミ・ファーストである。

 だが、驚きの声が響いた瞬間、

 既にアイチャンの2本の短剣はあの魔物を捉えていた。



 が。



「グアァ――」

「あっ」


 刹那、犬の様な異形種の口が、あり得ないくらい開かれて。

 神速に近かったアイチャンの動きを見切ったかのように。

 犬はまるで誘うように、少女を捕食しようと向かった。


 アイチャン・コロレフもそこまでの対応力は想定していなかったのか。

 漏らすような驚きの声をあげる。

 僕がその事態に焦りを覚え、「ダメだ!!」と声を出しかけたが。


 ガゴンと、勢いよく閉じられた顎の中には。

 青髪の魔族は見えなくなっていた。


「……あんたの方が早いじゃない、人間風情で」

「何よあんた。あんたこそ焦るなんてらしくないよ」


 何と、異形種から数メートル離れた場所に。

 アイチャン・コロレフを抱えていたクルミ・ファーストが座っていた。


 目に見えなかった。

 捉えられなかった。

 僕は見過ごした。

 見逃した。


 どうやらあの一瞬で、食われかけたアイチャン・コロレフを。

 何とあのクルミ・ファーストが助けたようであった。


「……っ」


 思わず固唾を飲み込む。

 二人の隊長の動きは、同じ隊長である僕でも驚きを隠せなかった。

 神速。

 それを纏った場面を見る事なんて、こんな場面で無ければあり得ない。

 僕も隊長の一角であるものの。あんな芸当、出来るわけがない。


 いいや、そんな事を考えている暇はない。


「――動ける者は動けない者を救出しろ!!」


 やっとの思いで僕はそう命令する。

 すると周りの騎士たちは冷や汗をかいたり、苦悶の表情を浮かべながらも。

 従おうと体を動かし始めた。

 そんな中、僕は少し前へ進み、そしてしっかりとあの異形種を睨みつけた。


「くっ」


 威圧感から感じる吐き気は、最悪な印象をもたらしてくる。

 あんな化け物に向かって言ったあの二人は、一体どんな精神をしているのか気が知れない。


 僕の視界内で二人はお互いに立ち上がり、武器を構えながら、二人はまた異形種を見つめた。


「勝算は?」

「ない。でもやるしかないでしょう?」

「そう、上出来」


 アイチャンの言葉に、クルミは自らの覚悟を表明し、その言葉にアイチャンは安堵した。

 どうやら二人は、引き続ぎあいつの相手をするらしい。


 ……ならば僕は。


「お供してもいいでしょうか」

「ん? あなたは……」


 遠くで言った僕の言葉に、クルミ・ファーストは驚いたような言葉を呟いた。


「分かりました。ですが、無理だけはしないでくださいね。ユーリ隊長」

「……ええ」


 気休めの言葉に、僕はそう告げる。


 この状況で、僕が後方支援なんてあってはならない。

 そう心の中の理想の隊長像が囁いた。


 僕は自分の剣を持った。

 そして剣先を目の前に持ってきて、表面から自分の表情を伺う。

 ……なんて怖がっている顔なんだろう。

 でもやらねばならない。

 僕は隊長であると共に、この場のリーダーである。


 怖いけどそれは理由にならない。僕らはこの国の最後の砦。

ここで負けてしまったら国が終わる。


 死んでも守らなきゃいけない。


「――【装備開示】坐愚」


 剣に纏わる魔力がもとに、煌びやかに光る剣先。

 剣先から瞬く閃光が。いざ始まらんとする戦い模様を描いた。


 剣が弾性のように伸び縮みし、僕の剣は伸縮自在の武器へと姿を変えた。


「――――」


 火蓋を切ったのは僕の剣の一撃であった。

 空を切りながら振り下ろされた10メートルの刀身が、犬型異形種に向かって叩きつけられた。

 その衝撃は凄まじく、地面に響いた轟音と共に――。


 白い閃光が虚空を切り裂き、

 剣を真っすぐ向けながら異形種へレイピアを刺したのはクルミ・ファーストであった。


 砂煙が舞うその坂道の中。

 唸り声一つ漏らさぬ異形種の右腕は、その刺突の餌食となる。

 突き刺さった鋭いレイピアをその黒い瞳にうつし、クルミは叫んだ


「――【剣技】爆花ばっかッ!」


 3度の爆破音と鳴り響く金属音。

 特徴的な金切り音が場に轟き、犬の異業種の周囲に衝撃波が走った。


「――ふっ」


 一撃を食らわせたクルミ・ファーストは。

 また上った黒煙の中から、後ろ飛びでアイチャンと同じ位置に戻った。


「唸り声一つ上げないのね……ッ」


 レイピアを振って赤い血を払うクルミ。

 真っ黒い右腕が胴体から離れ、確実に切断された右腕を我々は視認した。

 ――だがそれを見て感じる事は。ヤり損ねたという確信であった。


「手が千切れたのに、他の異形種より口下手ね」

「別種。って言われても信じるわ。異形種はここまで個体差があるのね、アイチャンびっくり」


 ギザギザの歯で苦笑しながら、双剣を逆手持ちしているアイチャンは青髪を揺らす。


 ダメージを与えている。

 少なくとも、視界に入っている情報では、あの異形種は硬い訳ではない。

 ならばやる事は分かりやすい。


「二人とも、このまま攻めます」

「……おっけー」


 僕がそう言うと、アイチャンは苦笑のまま了解する。

 そして僕はその瞬間、弾性の剣をもう一度空へ掲げ。


「――下れぇ」


 ドゴン。

 黒い犬に向かって振り下ろした一撃。

 地面が少し揺れ、大きな打撃音がその場に響いた。

 同時に。


「――【連鎖魔法】砂嵐」


 杖なしの詠唱を行い、その場に初級土魔法と初級風魔法を起こす。

 風に乗せられ土がその場に立ち込め、――その隙間を突っ切っているのはアイチャンであった。

 連携は初めての相手だが。

 それなりの実力を持っていればある程度やりたいことが分かってくる。


 アイチャン・コロレフ。魔族。

 短い青髪に色白の幼女体系である彼女は、ブラウンの可愛らしいシャツに風を受け。

 双剣に青い閃光を纏わせながら異形種へと突進を仕掛ける。


「はあああー!!」


 砂煙は単に、異形種からのカウンターを考慮した場合の目くらまし。

 こちらは魔力の残存を気配で探れるからこそ、目さえ潰されなければ、ある程度位置を把握できる。

 ここが開けている土地で無ければそんな芸当無理な話だが。

 幸いここは何の変哲もない坂になっている荒野。

 砂煙があったとて、あの異形種の魔力は目に見える。


「――――」


 僕は全ての攻撃を彼女らに任せる気はさらさらない。

 経過を見るにあの犬の異形種に知性があるように思えない。

 先ほど言語の様な物を発していたが、それにしてはあまりに動きがない。

 だからようは、気迫だけの化け物である可能性があるということ。


 僕は砂煙の中、駆けだす。

 弾性の剣は大きさこそあるが打撃力はそこについてこない。

 僕のこの剣はいわば『見掛け倒し』の化身。

 どれだけ巨大に伸ばし叩きつけても、見た目通りのダメージを与えられない。

 何故なら単に“質量”は変化していないからだ。


 状況を変える事に特化した子供だましの武器。

 指名手配された魔族との戦闘では全く使えない。

 知能がある相手からしたら、そんな小手先造作もない。


 でも僕はこの剣が好きだ。

 何故なら。


「――っ」


 剣をまた伸ばした。

 同時に僕が捉えたままにしている場所に、青い閃光が瞬間的に走り。

 続くように斬撃が砂煙越しに放たれたのを感じた。


「――【剣技】」


 言葉を吐くと共に右足で地団駄を踏み。

 両手で剣の持ち手をぐぐぐと持って行きながら。


「――平手打ち」


 巨大なひらぺったい剣の刀身が、砂煙をどかし異形種へと叩きつけられた。

 名一杯の力を籠めたからか知らないが。

 砂煙が晴れたその場所で異形種は少しよろめいた。


 その姿はどうやら。

 先のアイチャンの攻撃をモロに受けている様で。

 体の各所から傷が流れていた。


 そして砂煙が晴れたその刹那、白い閃光に身を任せ、煙の中から姿を現した存在が。

 ――自身のレイピアを用い、血気迫った顔で叫んだ。


「――【剣技】ミダレ打チッッッ!!」


 光が、レイピアの周りで点滅し。

 生まれた閃光による爆音は周囲に鳴り響いた。

 特徴的な刺突音がその場に響き渡り、黒い異形種の顎下へとモロに攻撃が入る。


 そう、僕はこの剣が好きだ。

 何故ならば――この剣で作る隙こそが、仲間へのサポートへ転じるからである。

 何もかも小手先の技で技術もくそもない力であるが。

 それでも僕は、僕より強い彼らの道になる。


 隊長の癖に志は低いが、それでも、そういう在り方を許してくれたあの人の為に。



 カール・ジャック団長の為に、僕は自らの在り方を疑わない!



 僕は収縮した剣をまた伸ばし始めた。

 一撃を食らわせようと気持ちを確実に込め。

 そして次の瞬間――。





「……エヘェ」



 足のつま先からせり上がるようにゾクゾクと登ってきた悪寒は。

 やはりその場に居た全ての人間に、植え付けるように広がって。

 嫌な音を出しながら、口を開けた犬の異業種は。

 その明らかな声を用いて……。






「――【キン忌】ダぁーク*フぃールド#」






 その言葉が脳裏に響いた刹那、まるで暗闇に包まれるように、全身の力が抜け。

 気が付くと背中に地面を感じていた。



――――。



 救えない自分は、一体どうやって人生に示しをつければいいのだろうか。


「剣を握れ」


 何かになるための努力をしてきた。

 誰かに認められる。凄い奴になりたくて。

 僕は積み重ねるだけの毎日を過ごした。


「……」


 でも、どこも明るく無くて、何も見えない闇を歩いている感覚は。

 耐えがたい苦痛であるのは。

 分かり切った話であった。


 どれだけ剣を磨いても、どれだけ真剣に精神を磨いても。

 身にしみて感じる上達はある物の、何かが足りない虚無感が。

 全身を支配してならなかった。


「師範」

「どうした、ユーリ」

「僕はいつになったら二級の試験を受けられるのでしょうか?」


 っていうといつも、答えづらそうな顔を見せる師範を見て。

 薄々と僕は気が付いていた。


 それだけじゃない。

 同じ時期に剣の道へ入った知り合いが、どんどん僕より先の試験へ挑戦する様をみて。

 抱く違和感と勝手な不快感が、幼い自分を蝕んでいた。


 やっぱり薄々気が付いていた。

 僕は才能がからっきし無かったんだ。

 の癖にいっちょ前に抱く嫉妬心が、たまらなく気持ち悪かった。


 自分への気持ち悪さ、周囲に置いて行かれる焦り。

 その時の僕は荒れていた。

 荒れ果てていた。


 覚えている。

 あの苦しみを。

 あの苦みを。


 自分への苦しみ。

 周りへの僻み。

 憔悴していく自意識。


 今。

 苦しい。



 汗がきもい

 剣が重い  体が痛い

   頭がまとまらない

 だれにも  はなせない


 きもちわるい

 吐きそうだ

 ぼくは最低だ  ひどいおとこだ  ひとでな

 し






「はあ、ああぁ。ああ」


 こんあにんげんがいきていていいわけがない

 はやく

 このけんで

 しのう
















「君はどう生きたい」


 いきなりそんなふうに声をかけられて、僕は上を見上げると。

 そこに立っていたのは、久しぶりにみる男であった。


「お、お久しぶりです。先輩」

「ああ久しいね。ユーリくん。調子はどうだい」

「調子ですか……」


 僕は右腕を左手で触りながら。


「いいですよ。順調です」


 うすっぺらい嘘を吐いた。


「……そうは見えないんだけどね。無理をしている顔だ。俺はその顔をよく知っている」


 なんて見透かしたように言いながら、眼前の銀髪の男性は屈んできた。

 そして彼は、僕の頭に右手を添えた。


「無理をしているな」

「していません」

「そんな顔で言う嘘を誰が信じる?」

「だから無理なんてしていないんです。勘違いは、いい迷惑です……」

「…………勘違いで済ませるものか」


 沈黙の末、男の口から吐き出た言葉は、やけに怒気が籠っているように感じた。

 僕はその声に驚いた。


 関係値で言ったらただの先輩後輩だ。

 同じ門下生であるというだけの関係。


 親しい間柄では決してない。

 ただ一度一緒に、たまたま万引き犯を捕まえたと言うだけの関係だ。

 それから同じ門の下にいると知った彼はなぜか、

 こうして卒業してもここへやってきて僕の相手をしてくる。


 そして今男は僕に対してキレながら、いった。


 でもだから何だ。

 そんなこと言われても変わらないし、僕のモヤモヤがどうにかなるわけではない。

 だから僕は涙をこらえながら、自分の気持ちを殺した。


「何様なんですか」

「……」

「あなたは僕の、僕の何を知っているのですか。何を、知っているんだ」


 そう言うと男は黙り込んだ。

 気が付くと僕は握り拳を作っていった。


「何が分かるんですか。何が僕の、僕は僕が、気持ち悪くて仕方がない。僕は、ぼくはっ」


 分かる筈もない。

 理解できるはずがない。

 この感情は、この苦しさは、僕が醜いから。

 僕が終わっているから。

 人でなしだから。


「……俺はお前の様な人を知っている」

「…………」

「自分がなりたい理想と、自分が抱いていた何かが相乗効果でぐちゃぐちゃになる。そんな人間を俺は知っているし――救えなかった」


 その最後の言葉を聞いた時、何故か僕は顔を上げた。

 ぼくより背が高いこの男は。

 銀髪を下げながら見せる男らしい顔持ちは。


 何故かその時、崩れていた。


「苦しいよな」

「……」

「気持ち悪いよな」

「…………何が」

「誰にも言えない気持ちがある。それは誰かに言って否定されるのが怖いからだ。でもその感情は、きっと、誰かに吐き出さなきゃどうにもならない感情であるのも自分で分かっている」

「何を」

「俺は君ではない」

「…………ッ」

「でも君を助けたいと思っている。君には立派になってほしいって、君は優しいから、損しないでほしい」

「……エゴだ。そんなのあなたのッ」


 抑えきれない胸の激情が、無意識に手を上げていた。

 作っていた握りこぶしが。目の前の男に向かって振り上がった。


「――っ」


 でも男は僕の拳を右手で掴み上げた。


「いいんだ。君は君でいい。君は君の個性がある。己を曲げる必要はない。己を呪う必要もない。必要なのは己を大事にする事だよ」


 言葉の一つ一つが、僕の頭の中に染みていく。

 そんなの綺麗事だと分かっている。

 ――でも。


「焦らなくていい」


 その言葉は僕にとって、とても、響く言葉であった。



――――。



 心の支えなんて、僕はこういった小さな一幕で収まっている。

 人によってはたったの数秒であるかもしれないが。

 それでも、僕にとってこの数秒がどれほど大切だったか。


「――――」


 絶望の中、どろどろとした混濁の意識の中、この心の支えである一幕を思い出して。

 僕は少しだけ瞳を開くことが出来た。


 まだ気持ち悪い。

 でも僕は、自意識をしっかりと持っている。


 僕は暗闇に佇んでいた。

 何もない空間――僕はそんな異空間に立っていた。

 意識を確立して、やっとの思い出僕は瞳を開けれたが。


「ぐ――」


 全身がだるかった。

 僕はすぐ両手で地面を触れた。

 ――体が、熱を出している様に苦しい。

 そうだ。僕らはあの犬型の異形種と戦闘を繰り広げていた。

 意識が途切れるその瞬間、聞こえたあの詠唱は確か。


 ダークフィールド。

 僕は知らない魔法だ。だが危険なものであるのだろう。


「抜け出さなければ」


 まだ戦いは終わっていない。

 この魔法がどういった物なのか現状理解も出来ていないが。

 とにもかくにも動かなければすべてが終わる。

 僕らがここを守り切れなかったら作戦の全てがパーになる。

 王様の時間稼ぎも失敗に終わる。


 堪えろ。

 立つんだ。


 加勢が来るまで僕らは生きていなければならない。

 僕は。僕は――。


 歯を食いしばって、全身を無理やり起こす。

 剣なんて握れなかったが、突き動かすように両手両足で立ち上がろうと苦労する。

 黒いどろどろが全身の自由を奪っているような、そんな感覚であったが。

 僕は立たなければならない理由があった。


「う、ううぅううう!!」


 視線を前方へやっと向けると、そこにはあの犬型異形種が居た。

 そして犬型異形種は――口をぱくぱくとさせながら、僕と目が合った。


「ああああああ、うわあああああああああ――」


 立て。


「はああああああああああああああああ」


 立て。


 誰かの為じゃない。自分の為に。

 僕は立たなければならない。

 あの人が守ったこの近衛騎士団を、あの人が愛したこの国を、自分の為に――。


 立て。

 立て。

 立て。


 ブチチ、なんて音を出しながら体の何かが千切れる。

 そんな痛々しい物を耳で聞きながらも、僕は血気迫った顔で、とにかく、必死に。


 僕は僕。

 全ては自分の為に、誰かを助ける。


「はあああああ――ッッッ!!」



 暗転。



 ――僕が完全に立ち上がった刹那、空に亀裂が走った。

 崩れ行く空と地面に、徐々に軽くなる体を直に感じながら。

 目の前の犬型異形種が一瞬よれると。







『誰カ俺ヲ殺シテクレ』







 細々とした、疲れ切ったようなおとこの声が、耳に入った気がした。

 そして同時に。



「所かまわずぶっ壊したくなる。つうのが俺のわりぃ癖なのは、分かっているんだがな」



 荒々しさを孕みながら、豪胆な様子がうかがえる人影が一つ。

 僕の目の前に立っていたその男性は、

 白いズボンに黒いシャツ、そして青色の髪の毛を揺らして。

 そのボロボロの剣を――犬型の異形種に向けて。


「こんな堂々と俺らの仲間を結界に閉じ込められたら、加減を忘れるじゃねぇか、クソ犬」


 序列二位。剣士。

 モーザック・トレスがそこに立っていた。


「どうしてこちらに……」


 ひねり出した疑問を、モーザックは背中で聞いていた。


「こっちくんのが遅れて悪いな、ユーリ隊長。俺は俺で忙しかったんだが、やっと数匹の害虫を駆除で来たんでなぁ」

「……は、うぅ」


 安心してしまったのか、全身の力が抜け。

 僕は地面に倒れた。


 そんな僕には一度も振り返らず、男モーザックは続けた。


「――おいおい、随分いたぶってくれたじゃねぇかクソ犬」


 怒気を含んだ声は、その場に居た全員を震え上がらせる。

 そしてモーザックは剣を構えた。


 狂乱剣舞の十六夜の摩。

 果てしなく続く破壊の連鎖の一介を担う男が一人。

 剣をその犬へと向け、そして次の瞬間。




「ねえお兄さん。僕ももちろん、加勢するけど、文句なんて、ないのだ?」

「私達。きっと。あの異形種には借りがあるから。あんまり連携とか出来ない」


 ――現れた二つの声は、ユーリからすると全く身に覚えがない声であった。

 ――その戦場で実際に立っていた二人は、

 ――モーザックの後ろから現れ、杖を握っていた。


「「――――」」


 水色のズボンに白いシャツ。

 両手には水色のバンドを巻いており、

 黄色い靴下と水色に近い靴を履いている。

 丸い瞳に長めの髪を束ねたおさげを肩から流している女の子らしい――少年。


 薄いピンクのズボンに白いシャツ。

 可愛らしい茶色の長髪を両肩に垂らしたジト目の彼女は、

 黄色い靴下にピンク色の長靴を履き。

 癖毛が目立つ頭髪に少し開いた口元、

 そして可愛らしい髪飾りを付けた――少女。


「はっ。増援が子供だとは聞いてないんだがな」


 なんてモーザックの呆れた言葉を聞きながら。

 二人は一瞬、互いに相槌をうって。


 そしてすぐ目の前へと視線を向けた


「僕ら・私ら」




 【人魔騎士団】            【人魔騎士団】

 構成員――アリィ・ローレット。    構成員――ソーニャ・ローレット。




 二人の増援がこの東城壁イーストランパートへ集結し、そしてモーザックと並びながら。



「蒼炎の双子、アリィ・ローレットは」

「蒼炎の双子、ソーニャ・ローレットは」


 その決め台詞を轟かせた。


「この国を守りに来たのだ!」

「この国を守ります!」




 人魔騎士団の増援が、やっと現着した。







 余命まで【残り●▲■日】


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