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-北②- 百二十三話「殴るような雨の下、闘う」


 ■:魔法大国グラネイシャ・王都王城、正面外壁フロントランパート



 ゾニー視点。



 僕はその場から動けなかった。

 その異様すぎる光景に、何もかも理解が追いつかなかった。

 体が氷のように固まって。

 増援に来たはずなのに、見ている事しか出来なかった。


 ――ゾニーの瞳には確かに天変地異が写っていた。


「……」


 雷鳴が酷くうるさかった。

 地面が酷く、うねっていた。

 大雨が酷く、空を切るような音が常に鳴っていた。


 大地を司り、空を司り、天地をわがものにした二人の神と。

 世界に絶望し、大雨を降らせている一人の神は。

 まるで全てに怒り。

 何もかも破壊しようと叫んでいるようだった。


 その生物の見た目は神々しかった。

 全長30mはありそうな巨体。

 そして、禍々しく、強靭な印象を持たせる黒い槍を握り。雷を操る異形種。

 その者は自身の名を名乗っていた。


雷神ラシン』。


 その生物の見た目は土のゴーレムの様だった。

 巨大な両腕は円柱で構成されており、その体は魔物と言うより遺跡のゴーレムに見えた。

 しかしその言動には理性を感じ。

 その黄色い瞳には確かに、我々への怒りを宿していた。

 その者は自身の名を名乗っていた。


地神ジシン』。


 その生物の見た目は存在しなかった。

 あるのは、本来魔物の喉元にあるとされる核だけだった。

 ただその核はとても巨大な水柱の中に存在し。

 その水圧は地形を変え、街を破壊しながら迫ってきていた。

 先からここら周辺で起こっている豪雨の元凶はあいつだった。

 その者は自身の名を名乗った。


『我こそが水神スイシン。この国を亡ぼす存在だ』

「カタコトな言葉以外も喋れたんですね。あなた方は」


 そう言うのは、近衛騎士団 第一部隊 団長であるガーデン・ローガンだった。

 ガーデン・ローガンは小さな鎧を身に着け、整った顔立ちをしている少年だった。

 実際、年齢は20歳と若手だが。

 この少年は、カール・ジャックの後継として。

 現在の近衛騎士団をまとめている人物であった。


『お前は何者だ? どういう大義を持ち、ここに立つ』

「大義? 大義か。僕に大義はないよ」

『では、なにゆえ、お前はそこに立つ』


 三神はそう問う。


『我ら三神の前に、なにゆえお前は立ち、行く手を拒む』


 何故阻む。なんて、我々人間からすれば簡単な話である。

 だがあいつら異形種からするに、やはり、理解できないものなのかもしれない。

 なんて僕が思っていると、先に声を上げたのはガーデン・ローガンであった。


「簡単な話だ。国を守る。それから」


 言いながら片手を上げて、ガーデン・ローガンは言う。



「僕はこの国に復讐をしにやってきた。その邪魔をお前らがするのならば、この場でお前らの首を切り落としてやろう」


 その異形種三体に、ゾニーは身震いを覚えるほどの恐怖を植え付けられている。

 しかしそんなゾニーとは対照的に。

 ガーデン・ローガンは違った反応を見せた。


 強い言葉だった。たった一つの平凡な剣を魔物に向けながら。

 何にも阻まれない真っすぐな視線でその異形種たちを見つめ。

 次の瞬間。


『ならば、ここで朽ちよ』


 雨に雷が乗り、雨に地面が歪み。

 その異様な攻撃は全方位から伝って、たった一人の少年へと向かった。






「かっ、面白イ」


 刹那、一人の男が、少年の前に立った。


 全ての異様な攻撃は、地震と共に消え失せた。


「――――」


 何が起こったのかゾニーは最初理解できなかった。

 異次元すぎるその空間は、理解を遅らせるのに十分すぎた。


 そこには一人の男が立っていた。

 その人物に見覚えがあった。


 大柄の男で淡い青のシャツ、そして腰に大きな皮のベルトを巻いている大男が。

 右手を地面に振り下ろしながら登場した。


 男の名前はノーセル・カートリッジ。序列二位【怪力】の男であった。


「ここで一人で戦うツモリダッタカ、ガーデン」


 大男は背中を向けながら、背後の団長に声をかける。


「そんな事はないよ。でも、一人でも別に今のは止めれた」

「にしては時間がカカッテイルヨウジャナイカ」

「説教は後にしよう。客人がいるだろ、ノーセル」

「……その通りダナ。全く、お前は可愛げがない」


 なんて他愛ない会話を、あの威圧感を放っている異形種の前で話しているさまから。

 伺える強者感が垣間見えていた。


「三人を相手に戦エルカ?」

「もちろんだ。団長の腕を信じてよ」

「別に信じてはいるさ、だがそれを組ンデモ相手ガ強敵ダ」

「分かっている」


 言われながら、ガーデンは持っていた剣を、その場に捨てた。


 そして――『とある長い武器』をその手に構えた。


 長い武器。

 槍かとも思えたが、それにしては質素な装飾だ。であるならば、何だろうか……?


『その小さな槍で何ができると言うか。我々はどうやら、少々見くびられ』

「見くびってないよ」

『……』

「これが妥当の武器選択なだけだ」


 そう言いきって。ガーデンは小さく息を吐いた。

 次の瞬間、その瞳に何かを灯した。


「――【装備開示】」


 唱えたその瞬間だった。

 周囲の雰囲気が一変したのは。


『――!?』

「ほウ」


 陰鬱な圧がその場に広がって、胸の内がざわざわと騒ぎ出す。

 頭のてっぺんから足の先まで順番に悪寒が歩いてきて。

 右腕が無意識と、自分の胸を触って、意味もないのに心音を抑えようとしていた。


「――――」


 その刹那、ガーデンの握っていた武器の【装備開示】が完了した。

 その武器は槍じゃなかった。


「――悪魔鎌デビル・サイス


 ガーデンの体に合っていない。そんな長さの【大鎌】がその手に展開された。


 『魔道具』悪魔鎌デビル・サイスはその業界では有名である武器だ。

 鎌自体の扱いが難しいとされるが。

 その武器自体に『魔道具』とは別種類の『魔法的処置』がされており。

 『万物を無慈悲に切る。恐ろしい鎌』と言う事から。

 悪魔鎌デビル・サイスと名付けられている代物であった。


「珍しい物持ッテルンダナ」


 ノーセルが意外そうに言う。

 僕も初めて存在を視認した。噂程度の産物であった悪魔鎌デビル・サイス

 何でも切るというから有名であるが、その逸話は実話なのだろうか。


「これを買うのにどれだけ苦労したか、いくら払ったか」

「流石の財力ダナ」

「見くびらないで」


 なんて、自身の富を平然と語る口は、言葉をつづける前に正面を向いて。

 眼前の神々に視線を移し、薄ら笑みを浮かべた。


「もらいたいね」


 言った途端、その姿は消えた。


「えっ」


 僕が驚きの声を上げる。その瞬間、悪魔鎌デビル・サイスから流れていた魔法的気配が消えたのだ。

 あれらから漏れ出していた陰鬱な気配は、恐らく悪魔鎌デビル・サイスの特異性によるものであると予想するのだが。

 それら魔法的気配が、そんな一瞬で消えるのも驚きであったし。


 次に瞬きをしたその瞬間、その魔法的気配が現れた事にも驚いた――。


「ム」


 異形種の一人、『地神』の前で、先ほどより増した気配を垂れ流しながら。

 空に飛び上がったガーデン・ローガンは、

 鎌を大きく振りかぶって、大きな口を開いた。


「――【祭儀】盃!!」

『のうのうと攻撃を通すと思うか、人間』


 その間合いを視認した地神は、淡々と言葉を吐き。

 巨大な腕を、向かってくるガーデンに向けたが。


「安々と防御させると思うか、異形種」


 ガーデンはそう微笑み。

 鎌を持っている手の逆である左手を空中で突き出し。


「こんな道具を知っているか!? ――【魔道具】夢見手鏡」


 左手首に巻き付けていたその装備は、ガーデンの言葉を聞くと。

 紫色に瞬く輝いて、その瞬間。


『なに!?』

『消えた……?』


 消えた。

 魔法的気配も。

 ガーデンも。

 空中で突然、消えた。

 眼前の魔物三体も、どうやって消えたのか分からないような声を出した。




 しかし、ゾニーはその時、違和感に気がついていた。




「……いない?」


 いつの間にか、その戦場から“ノーセルさん”も消えていた。

 どこに行ったのかと目を凝らすが。

 やはりどこにも見当たらなかった。


 さっき言っていた魔道具、聞いたことがある。


 【夢見鏡】は鏡に一度写したものをその場に再現することが出来る『魔道具』。

 元々は魔道具の発掘地であるサザル王国で発見されたと言われていたが。

 グラネイシャに来ていた?

 と言うより、


 ――そうだ、そう言えば。

 いまこのグラネイシャには、サザルの王様。『ガルク・サザル』様が来ているんだった。

 まさか、……アルフレッド・グラネイシャ様は。

 サザルから『魔道具』を持ってきてもらったのか?


「見失うのも」

「無理ハナイ」


 二人の重なったセリフが空を掻き、その言葉に異形種たちは。


『な!?』

『どこだ。のうのうとしよって、揺らしてやろうか』



「――【剣技】朧幻影ファントム・ミラージュ



 雷神の頭上に魔力が漂い。――空に亀裂が走った。

 その中の虚空から、巨大な鎌が顔を出し。重力のまま、ガーデンは。


「――【祭儀】盃ィ!!」


 空中ででんぐり返しをしながら、雷神の頭蓋をカチ割った。

 ガゴン! という鈍い音がした。

 目を見張ると、雷神のガイコツの様な頭蓋骨にひびが入っていた。

 ――いいや、あれはヒビとはいえない。あれは切断だ。

 どうやらその鎌は名の通り、その巨大な頭を切り裂いていた。


『グガア、アアアアアアアアアアアアアア!?』


 轟く絶叫、頭蓋が切られ、思考が追いつかぬ雷神。


「――【祭儀】満月ッッ!!!」


 その慟哭の中、その技名が、また空気を震わせた。


 鎌を横に回転しながら切りつけ、首元に傷を負わせた。

 そこから鎌は相手の肉に入り込み。

 回転の勢いで雷神の全身を下るように、切り裂きながら下り始めたのだ。


『アアアアアアアアアアアアア!!!』


 避けていく骸の体。思考が追いつかぬ雷神は、刹那、むやみやたらと雷を周囲に落とし始めた。

 しかし体を伝い全身を切り裂いているガーデン・ローガンの速度は、

 人間の僕でも追尾することが難しいと思うほど、神速であった。


『やらせるものか』


 地神が、ガーデンに反応した。

 地の神は急いで、硬い土の様な右腕を雷神に突き出し、突如、魔力の流れが爆発的に広がった途端。


 ――地面から土がせり上がって、それら土柱はガーデンへと特攻をしかけた。


 大地そのものが蠢く。

 巨大な土や石の塊が空に向かって打ち上がり。

 この世の摂理を無視した、巨大な事象を始めて目の当たりにする。

 あのレベルの投石ならば街一つ壊すのも容易い。

 そんな規格外な物が、たった一人に向かって撃ち込まれた。


「――ッ!!」


 ただその投石は、一人の序列によって壊されることとなった。


『また貴様か、何をした!?』

「二度もやってやったのにマダ分カラナカッタノカ!!」


 ノーセル・カートリッジは見えない速さでガーデンとの間に入り。大きな口で地神を煽る。

 そんな地神は豪快で騒音な声を腹の底からあげ。


『くッ!! うるさいうるさいうるさい!! こんな筈は、ないのだああああああ!!』


 子供の駄々の様な叫び声がその場に響き、

 それに応答するようにノーセルは叫んだ。


「ない? 起こっているではないか。現実逃避をスルトハ、随分人間臭イナァ」

『くそッ、死ね』


 地神はドンと右足で地団太を踏んだ。すると、また魔力が爆発的に蠢いて。

 地面が裂かれると共に、土の柱が四方八方から生み出され。

 それら神々の決戦は、更に激化していく。


『死の三、絶死雁壁――ッ!』


 言葉が紡がれると共に、空でかき乱される魔力たちは。

 生え散らかした土柱に纏わりつき、それら土らの温度を上げ。

 赤くドロドロと溶けだしたそれら柱たちは、いざ雷神の命を脅かそうとする騎士らに向けられた。


 ――土の柱が雷神に伝うガーデンに命中し、同じように、雷神も地面に倒れた。


 ゾニーから見た時、確かに数多の土の一角が、彼を捉えた事は間違いなかったのだが。

 だが次に見えて来た光景こそが、やはり真実であった。


「おいガーデン。初動で一人やれないのは、相当ヒビクゾ」

「分かっているよ」


 僕の目の前に現れた人影は、間違いなくあの二人であった。

 それも先ほどより僕に距離が近い。

 一体、あの二人がどうやってあの土の柱から逃げたのか。

 まるで想像が出来なかった。


「そこにいるのは、ゾニー・ジャック隊長だろう?」

「えっ」


 突然僕の名前を背中越しで呼ばれた。

 ずっと居たの、バレていたらしい。


「はっ、はい」

「戦闘への参加は、難しいか?」

「……すみません。僕の力だけでは」


 加勢を期待されたけど、僕はあんな規格外と戦った経験はない。

 目の前にいる二人が化け物だと差別したくなるほどだもの。

 僕だって本当は、隊長となったんだから、戦いたい。

 でも分かる。

 あれら怪物どもと、感覚で、僕は全く違う存在であると。

 全力を出すとかいっておいて、あのレベルの敵は無理だ。

 死に急げと言われたら違うけどね。


 でもきっと、カール兄さんやケニー兄さんなら問答無用で突撃しているんだろうな。

 まぁ、カール兄さんはまだしも。

 ケニー兄さんはきっと勝てなくても突っ込むけど。


「分かった。では頼みたいことがある。団長命令だ」

「――!? はい」


 僕が申し訳なさそうに、力になれない事を悔んでいると。

 ならばこうしようと。ガーデン・ローガン団長は新たな提案を言ってくれた。


「恐らく、ゾニー隊長以外にも周辺で隠れている人間がいる。それも、多分騎士達ではない」


 その言葉を聞いて、僕は目を丸くして驚いた。

 この神々の土俵を見ただけで。

 僕は怖気づいてしまった。

 似つかわしくないこの舞台に立っているのが。

 とても馬鹿らしくなったのに。


 それでも僕の様に、経過を観察している人間がいると言う事にも驚いたのだが。

 その僕以外の観覧者が――騎士ではないという推測に、まるで共感できなかった。


「ゾニー隊長」

「はいっ……!」

「彼らを見つけて、保護してほしい」

「俺らがこの異形種ヲ叩キ潰ス」


 保護してくれ。

 僕以外の、巻き込まれてしまった一般市民を保護する。

 ……簡単に言ってくれるな。


「……分かりました」


 僕は確かにさっきまでここで動けなかった。

 でもそれは、まるで、ただの腰抜けのようなものじゃないか。

 やらねばならない。戦わなければならない。

 僕が目指す僕となる為、僕は全身全霊を。


「尽くす」


 走り出した。

 最後にガーデン団長は、僕から見て左側を指さしてくれていた。

 のでそっち方向に向かって、駆けだした。


 同時に鳴り始めたこの世の終わりの様な轟音が、走り出した僕の真横で鳴り。

 そして体の芯に通る悪寒と鳥肌が、戦闘の激化を物語りつつ。

 僕はそれでも、生存者目掛け走り出した。


 地面を両足で踏み、剣を腰に下げながら。

 土で靴を汚して、大雨の中走り出した。


 雷音が轟いて閃光が視界の端で走った。

 地面が揺れ動き視界内から何本か土柱が生成され、右側へと消えていく。

 あちらで何が起こっているのか。

 まるで想像できない。


 そして、みたところで、何が起こっているかなんて理解ができないのだろう。

 僕はとにかく走った。

 視界の中に映るかもしれない、生存者を見つけるために。

 その瞬間であった。


「――うわっ?」

「ちっ」


 目の前に土の柱が突き刺さって、土柱の上に乗っていた人影は。

 右にいるであろう存在に向け、不機嫌そうに唾を吐いた。


 だがその人物は、すぐに表情を変えて、笑顔になって。


「がっはは!」


 鎌を器用に回しながら、その人物はまた影になって消えた。

 奇跡的に、僕に土の柱は刺さらなかったが。

 その一瞬のアクシデントに足を取られそうになった。

 横では、想像も出来ない戦いが、繰り広げられている様であった。


「誰かいませんか!!」


 僕は叫ぶ。

 自分に出来る最大限の叫びを、肺にある全ての酸素を用い行った。

 唐突に雨足が強くなり、強風が僕の体を揺らし始めた。

 雷鳴が上空で鳴り響いて、起こる地震と慟哭らしき地鳴りが耳にこびりついた。


「っ……誰かぁ! 隠れているんでしょう!? 避難しましょう!!」


 頼む、出てきてほしい。

 あの威圧感を纏った異形種どもと同じ土俵に居たくない。


「……」


 ――そう、怖いのだ。

 あのレベルの戦いを見た事も聞いた事も無かった。

 カール兄さんは大地を抉ったり雨を降らせたり雷を落とせる敵と、戦った事が、あるのだろうか……?

 もしあったのなら、是非足の震えの止め方を教わりたかったな。


「――――」


 まだ見つからない。

 走り出して、どのくらいが経過したか分からない。

 自分の中に焦りらしきものが芽生えている。

 横ではまだ激闘が繰り広げられている。


「――――」


 ……そんなんでいいのか。


「…………」


 僕はそんなんでいいのだろうか。

 弱音ばかり並べて、言い訳ばかりが溢れて。

 それが本当に。

 僕がなりたかった。

 僕なのか。


 思い出せ。

 僕の家族たちを。


 みんな凄い才能を持っている。輝かしい色彩を持っている。

 でも僕はそんなものがなかった。

 だからずっと、僕は僕を卑下していた。

 でも、あの日。


 【自己否定は、『考える』を放棄しているのと同じだ】


 覚えている。

 そう言われたことを。

 認識した。

 捻くれていた自分を。

 思い出せ。

 思い出せ。

 僕は一人ではなかった。

 僕は、本当に、何の色彩も、何の才能も持ち合わせていなかったのか。



 思い出せ。



 僕は隊長だろう。



「――【剣技】ささやかな悲鳴」



 僕は立ち止まって

 腰に掛かっていた剣を両手で持ち上げ。

 僕は言葉をでそれを実行した。


 魔力を起こし、それに舞う雨は長い事降り注いでいる。


 だからこそ――空高くにある長年使われていなかった魔力が、地上にやってきている。


 兄の魔剣、五月雨を思い出す。

 あれの能力は、雨の魔力に作用し、水に治癒魔法を付与させる神業である。

 あれを、思い出していた。


 魔法術式を思い出した。


「――【魔法】五月雨・改」


 雨の魔力に作用し、治癒魔法を籠める五月雨とは打って変わり。

 僕が雨に作用させた魔法はささやかな悲鳴だ。

 制御が慣れない。だが不格好ながらも、周辺の雨へ作用している。

 ぶっつけ本番の魔法なんて人生で初めてだ。

 でも、あんなけ近くで見ていたこの魔法を、兄の切り札を、僕流に。


 氷が、生まれる。


 魔力を伝い、空から降り注いでいた雨は、氷へと変化を遂げる。


 液体から個体への凝固。

 そしてその個体に秘められた魔力純度は。


『恐らく魔石並みの魔力量であり、言ってしまえば、空から無数の魔石が降り注いでいるのと同義』


 僕は走りながら氷を空で作った。

 そして、ほぼ魔石の『氷魔石』を操り。

 僕はその場に。


「おいありゃ……」


 ガーデン・ローガンは空を見上げ、驚いた声を上げる。

 そして次の瞬間、楽しそうに笑った。


「やっぱり元団長の推薦は正しかったみたいだな。……よかったなカールさん、遅咲きにもほどがあるが」


 そこに立ち上がったのは、空高く上る『氷の塔』であった。


 降り注ぐ雨の洪水量。

 そして含まれていた純度の高い魔力がなければ、なせない芸当である。

 言い方を変えるのならば、状況が整ったからこそできた技とも言える。

 だがしかし、これほど大規模な物を使用するには。

 果てしない技術が確かに必要だ。


 魔力を遠隔で操作する魔法術式は高等テクニックである。


 ゾニーにはそれら技術があった。

 師範である【氷剣の達人】マークスは、既にその才能を見抜いていた。

 繊細なる魔力操作からなせる細やかな御業は。

 もう既に、その力だけで。


【序列にならべるほどの強さを有している】


 ガーデンは安心した。

 遅咲きであったものの、しっかりと成長したと理解したから。

 元団長の置き土産の一つが終わったと、胸をなでおろした。



――――。



 氷の塔は、元はと言えば小さな純度が高い魔力の塊である。

 だから、それを一か所にまとめ。

 それを使って。

 また新たな魔法を描く。


 かといって変に新技を使うのは早計である。

 単純に初めて使う魔法を、ぶっつけ本番している時点で僕の技量の容量はパンパン。

 だからっ、やる事と言ったら。


「解釈を広げて、範囲を倍にする」


 魔法術式をリアルタイムで弄るのは初めてだ。

 でもやってみると、案外弄れる。

 元々座学をしていたからか術式には詳しい。


「ふっ――――」


 氷の塔から半径数十メートルの雨を、全て氷魔石へと変換してやる。

 大丈夫。タイミングを合わせよう。

 術式理論に矛盾はない。


「――【魔法】五月雨・改」

『なに?』


 刹那、氷の塔を中心にして、周囲に降り注いでいた雨は、瞬く間に氷へと変換され。

 水神が戸惑いの声をあげたのが聞こえるが。

 ――魔石を作れると言う事は、魔石の構造すらも氷で再現できる。

 ならば出来る事は、本当に、幅が広がる。


 想像の粋を出なかった妄想が、実現不可能とされてきた新魔法が。

 この状況であるから、僕は再現できる。

 僕は指揮者だ。

 僕は魔法使いだ。

 僕は騎士だ。


 僕は隊長だ。


「――――」


 光に包まれて、周辺に漂う氷魔石は、その構造を変化させた。


 僕が行ったのは魔石の構造の改変。

 どういう風に改変したかと言うと――――【通信用魔石と同じ構造に作り替えた】


 僕は息を吸った。

 肺に、満足に空気を取り込んで、そして目の前の魔石に向かって叫んだ。


『この周辺にいる誰かへ伝える! 氷の塔まで走って来い! そうすれば保護できるから!』


 僕が叫んだ途端、その声が反響するかのように全方位へ声が広がった。


 通信用の魔石の原理は簡単だ。

 魔力の周波数というものを利用した簡単な術式であり。

 魔石の種類によって、送信と受信がまた違うが、どちらも触ったことがあるからこそ再現できた。

 ぶっつけ本番にしては上出来すぎる。

 あの時、ベイカー家で支給された通信用魔石を観察していたのがここで活きるとは。


『もし何か動けない理由があるなら、この魔石に向かって話しかけてください! 情報を交換できれば、僕も助けられるから!』


 通信と受信が両方できる魔石をここまで量産して空に浮かせていれば。

 どれか一つから応答がある筈。


『――――』


 頼む。

 お願いだ。

 生きていてくれ。

 応答してくれ。














『聞こえますか?! 俺の名前はトニー・レイモンと言います。そして少し離れた場所に序列の子も来ているのですが……』

『……え、トニーくん?』


 トニー・レイモン。

 その名前に聞き覚えがあったし、何ならとても身近な存在であった。

 兄のケニーの息子の友達であり。

 一度一緒に王都へ向かった事がある筈。


『トニー!? トニーくんなの?』

『え。俺の事を知っているのですか?』


 知っているもなにも……。

 ……いまはそんなことしている場合ではないか。


『知っている、でもそれは後でだ。もし戦線離脱出来る場所にいるなら街の方へ、そして出来ないなら場所を教えてほしい』

『いや、実は、ここに団長さんがいるって聞いて来たんです!!』

『え? 自分からここに来たの!?』

『はい! 団長さんに伝えるべきことがあります』


 トニーくんはどうやら何か目的があったようで。

 僕が情報を処理するのを待たず、その台詞を口走った。





『――人魔騎士団が南の街に到着したそうです! ここまでの到着が遅れていますが、すぐ駆けつけてきます!!』








 余命まで【残り●▲■日】


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