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-西①- 百二十二話「天才の凡人」



 ■:魔法大国グラネイシャ・王都王城、西城壁ウェストランパート



 ブランデ・カレンデ視点。


 剣を握り、うるさい戦場のど真ん中で、皮肉にも痛感することがあった。


 歳をとればとる程に、私は周りに置いて行かれる。

 私と同期だった筈の知り合いはどんどん上に登っていき、

 私がやっと隊長になった頃。


 彼女はもう首が痛くなる程、見えない場所に立っていた。

 ロベリア・フェアフィールド。

 んったく、私を置いていきやがって。


 でもそんな彼女に置いてかれるのはもう慣れたはず。

 でもなぜ私は今これほどまでに気持ちが落ち込んでいるか。

 それはつくづく、明白であった。

 どうやら私と言う人間は。


『全く、乱暴が好きな魔物たちだ』


 天才と称される者に囲まれる運命らしい。


『イブ』

『言われなくとも』


 茶髪長身の彼は、空を飛びながら杖を振る。

 上空から全体像を見渡しながら、あんなに距離では離れているのに何故か頭に声が響く。

 何らかの魔法なのは分かっている。

 でも、嫌でも彼の声が頭に響いてきた。


『4班、一度引いて』

『……はいっ』

『4班の穴を2班に入ってもらって、入れ替え時のカバーはブランデさんに頼みます』

『ええ、了解したわっ』


 彼の名前は確か、ピーター・レイモンでしたっけ。

 こんな戦場でまさか、初耳の魔法使いがいるとは思わなかったし。

 それに何よ彼。『神級魔法使い』じゃない。

 私は剣を振りながらも、そう不満を抱く。


 私達、第九部隊のメンツは一応は玄人揃い。

 この王都近衛騎士の中でも古参が多く在籍するエリート。

 だがまあ、現実って奴は酷い。

 玄人だとか古参だとか気取っているが。

 実戦投入が少なさすぎて生き残った死にぞこないと言った方が、幾分か当てはまる。


「カース!! ハルベ!!」

「はっ、――【魔法】怒涛」

「――【剣技】魔我撃ちっ!!」


 私の掛け声に、訓練された動きを当てはめる二人。

 カースの私への強化魔法、そしてその間を稼ぐハルベの攻撃魔法。

 私はその隙に剣の握り方を空中で変え。


「はあああ!!」


 目の前の魔物の喉元へ刃を押し込み、黒い血を全身に被りながら。

 この魔物の核を剣で突き刺した。

 うまく一匹を倒せたが、まだ魔物は続々とやってくる。

 いつ終わるかなんて明言されなかったこの戦い。

 今、ここ西城壁ウェストランパート以外の城壁でも戦闘が起こっているのは知っているが。

 その中でもきっと、ここは死人なんてでないのだろう。


 飛んでいる彼、ピーター・レイモン。

 そして彼の指示に従う序列六位の『竜人』。

 その中にいる年長者で一番弱い私。


 なんて居心地が悪いのかしら。


『ブランデさん! 手が空いているなら2班へ加勢を! 異形種です!』

『……ええ』


 心中複雑だわ。

 こんな私、傍から見たら嫌味な女なんでしょうね。

 そんな事言われなくても分かっている。

 才能を言い訳に嘆くなんてみっともない。


 でも誰でも才能には嫉妬する。誰でも経験する小さな絶望。

 それこそが――才能。


「――――」


 ピーターの指示通り。

 私とカース、ハルベとその他の騎士たちは2班の援護に向かった。

 戦火の中を進み。鳴り響く地鳴りと残る雪を黒く濡らしながら。

 私は2班の元へ直行した。



「……どういうことよ」


 2班はほぼ壊滅していた。


「「……カハ、これは、つまらない」」

「……あんたは」


 目の前で仲間の首を握りつぶしていたのは。

 下半身は馬。

 灰色の肌に人間の様な腹筋。

 人間の様な両手が生え。

 そして羊の顔に赤い眼差し。


 この魔物の正体は見ただけで一目瞭然だった。


「……異形種」

「「なんだ。俺はそう呼ばれているのか? くっ、カハ。人をまるで化け物みたいに言ってくれるじゃないか」」


 赤い眼差しを私に向けながらそう言うが。

 その刹那には、私は剣を振っていた。


「「ほう。判断がいいな」」


 人によっては誉め言葉であったが、

 この魔物の喉元を切れなかった時点でそれは誉め言葉ではない。

 私が放った一閃は、羊の右手に素手で捕まれた。


「――【魔法】怒涛っ!」

「「ふむ」」


 だがその光景を見逃さなかったカースは、私が求めていた魔法を瞬時にかけてくれる。

 ……体の力の増幅を感じる。

 少しの魔力を代価に支払い、私の力を右手に収束させ。


「――【剣技】ッ!!」


 雷天動機らいてんどうき――ッ!!


 再度振りかぶった剣は確かな衝撃波を生み、連なる地面や雪をふっ飛ばした。

 だが。ざっ、と鳴り響いた剣戟であったが。


「――――」


 手ごたえがなかった。


「っ、【魔法】ウィンドアウト!!」


 前方へ打ち出した風魔法により、私は敵の間合いから即座に離れる。

 剣を前に構えたまま、いつでも攻撃を放てる、または防げるように姿勢を維持しつつ。

 改めてその異形種を睨みつけた。


「「……ふむ」」

「た、隊長……」

「報告をお願いするわハルベ」

「……分かりました。ご無理なさらず」


 目を見て言葉を交わさずとも、声色だけ真意を読み取ってくれる。

 そういう点で仲間と言うのはいいものであると思うが。

 今はそんな場合ではない。


「……硬すぎる」


 ……あの異形種、異様に硬い。

 それに、それだけじゃない。あいつはおそらく、驚異的な瞬発力がある。

 一撃目が素手で掴まれたのは見ていたから分かっていたが。

 恐らく二激目の雷天動機も素手で止められた。


 異形種と聞いて色んなタイプがいるのはもちろん知っている。

 そして異形種は、独自の魔法技術を扱うとも聞き及んでいる。

 そのイブ・バダンテールの情報が真実ならば、この異形種の魔法を見極めねばならない。

 だがそんな事、今はそこまで関係なかった。

 何故なら、恐らく。


 あいつは魔法なんて使わずとも、あの瞬発力と硬さを誇っていると。

 私は直感していたからだ。


『――報告を受けました。そちらの状況はどうですか?』


 早い通信だ。ハルベの報告はやっぱり早い。


『……増援をお願いします。出来れば手練れと言うか、すぐ死なない自信がある方を』

『分かりました。こちらから詳しい場面を視認していないのですが、そちらの異形種の推定討伐難易度は』

『SSS級です』

『把握しました。すぐ向かわせます』

『今すぐ来てほしい。この戦線は数分と持たないから』


 と枕詞を付けてはみるも、その返答はピーター・レイモンから来なかった。


「ははっ、あっちもあちらで忙しいらしいわね」

「「お仲間との通信はどうだった?」」


 私の独り言に、目の前の異形種が知ったように告げた。


「聞こえていたのか? 魔物風情が聞いていても、面白くなかっただろうに」

「「別にそうでもないけどね。でもまぁ、ここに新しい遊び相手が来ることは、すこし楽しみだ」」


 魔物はその場から動かないが、

 私は剣を前に出しながら間合いを計りつつ右へ動く。


「魔物の癖に大分悠長に喋るのねぇ? 他のはカタコトすぎて聞き取れないってのに」

「「俺だって不思議だよ。ここまではっきりと人間時代の人格が表に出てくるとは思わなかった」」

「いまさら人間気取り? そのいかつい顔を人間に戻してもらってから、してもらえる?」

「「手厳しいな。お前の長年の勘ってやつか? こういう場合、増援が来るまで時間稼ぎをするのが鉄則だと思っていたのに」」

「私にとっての会話が気楽なものだったらそうしたかもね」


 誰かとの会話が嫌いなわけではない。

 ただ、こういう規格外の敵に対し、会話で時間稼ぎを行う程。

 私の器に余裕はない。


「カース」

「御意――【魔法】破堤甲冑!」


 【魔法】破堤甲冑。

 術者自身に使用することはできないが、

 他人にかけることで真価を発揮する魔法だ。

 かけられた対象は生身でありながらも鉄の鎧を着たような防御性能を持つことができる。

 だがデメリットとして、

 術者本人が他の魔法を使用できなくなるという物があるが。


「――【剣技】ッ!」


 そんなもの私の猛攻で守って見せる。


 雷天動機ッ!!


 剣に纏った光魔法が閃光を生み出し、剣先に生まれた闇魔法の収束が魔物へ当たる。

 通った軌道には白い残像が残り。剣先からは紫のオーラが漂う。

 眼前の魔物へ放った剣戟であったが。


「「同じ技か」」


 次は避けられた。

 体を左へ動かし、異形種は軽口を叩きながら動物の四本足で走り出す。

 だがそんな異形種を見逃すわけもなく。


「――【魔法】フラッシュ」


 私は剣を前へ真っすぐと向け、足先に魔力を放って飛び出した。

 移動した魔物へ向けての追撃であるこの攻撃にも雷天動機が乗っている。

 だが魔物はそんな攻撃を意にも返さず。

 平然と私に背中を向けながら言った。


「「程度が知れるな女。その剣先で何が切れると言うか。俺を果物か何かだと?」」

「――っ!」


 瞬間私ははっとした。

 そして自分の直感を信じ、剣を上に投げ、左足で強く地団太を踏み、勢いをそのまま右足へ伝え。


「はあああ!!」


 周し蹴りを魔物へ与えた。

 もちろんダメージになってるとは思えない。何なら私の足が折れるかと思った。

 だがもし私の直感通りならば、こいつの硬い皮膚にあの姿勢で剣を向けたならば。

 ――剣が、折れていた。


「「いい一撃だ。体術も嗜むのか」」

「あぁ! 嗜む程度だがな!!」

「「いい趣味だ」」

「うるせぇ!」


 言いながら地面を蹴り上げ、フラッシュの応用で空中へ飛び上がる。

 そして投げていた剣を空中で掴み。

 空中で周りながら魔物へ向かって。


「――【剣技】蓮切りッ!!」


 魔力を纏わせた剣技は空から斬撃となり地面へ降り注ぐ。

 空気を呑むような灰色の斬撃は真っすぐとは飛ばず、その途中で分裂し地面へ着弾した。


「「ふむ」」


 一瞬であったが舞ったのは砂埃であり、雪も同じく宙へ飛んだ。

 異形種が下の状況を見た後、また空を見渡したが。

 既にブランデは空中におらず。


「――――」


 異形種の足元へ潜り込んでいたブランデは、その剣に全ての力を籠め。

 その細く、力強い足へと剣を振り下ろした。


「……ちっ」


 切れなかった。

 足の関節を狙ったつもりだが、ここもどうやら硬いらしい。

 でも剣は折れなかったし、少しは手ごたえがあった。

 まだ希望が――。


「「いい判断であるな。……だからこそ、残念だ」」


 ――っ!!

 刹那、異形種は自身の馬足で強く地団太を踏んだ。

 ……危なかった。なんて反応出来たからと安堵はしていられない。

 分かっていた。この異形種は先ほどから、わざと攻撃をしない。

 それは恐らくわざと自分の力を制限しているから。

 その理由は予測するに。

 楽しむためだ。


 そのまま異形種は続けて二度三度四度と私の頭を狙い地団太を踏む。

 私は異形種の動きなんて読める筈がないので、自分の頭の位置を常に動かす事を意識し。

 地面に背中を付けながら両足で体を回し、間合いから離れようと四苦八苦する。


 ドンドン。一回の地団太で地面は軽く揺れた。

 あんな威力の足蹴りが顔面にぶつかった場合、重症なんかじゃすまない。

 一触即死。命の駆け引きだ。


「「活きのいい人間だな、動きがまるで予測できん」」

「同じことを同じように返すわ! もう少し手心がほしいけどもね!」

「「これ以上の手心なんぞ、わざと切られるしか思いつかんッ!」」

「くっ――、はっ!」


 言いながら続く地団太の連撃、単純な足蹴りなのに当たれば即死。

 全く、イーブンじゃないわぁ!


「ッッ!」


 地面を蹴る力に再度フラッシュをかけ、私は勢いよく地面を蹴り上げた。

 その刹那、振り下ろされた馬の足蹴りが地面を軽くえぐる。


 あっぶない……!

 このタイミングで逃げ出してなければ危なかった。


 逃げた先で剣を地面に突き立て、そこを軸に両足を地面につけた。


「大丈夫ですか!? 隊長」

「無傷ではあるけども、あいつ攻撃が通らないっ」


 時間にして数分も経ってない。

 でも息もする余裕がないほどの戦いだった。

 その中で与えられたダメージはほぼないし、こちらも少し手札を晒した。

 全く持って不平等だ。


「「もう終わりか? となると、そろそろこちらから責めた方がいいのだろうか?」」


 異形種は息を整えてる私を見て、首を傾げながら続ける。


「別にいいけど、私は死ぬまで戦うよ」

「「意気込みがいいな。そこまで期待しない主義だが、それでも全霊をもってお前を屠るとしよう」」


 と言った瞬間、ぐっと覇気が流れて来て、私は全身が強張るような感覚を覚え。

 剣を強く握った、その瞬間。


「「……なんだ。よかったじゃないか」」

「……え?」


 一息、異形種は覇気を唐突に抑え、そう言った。

 私は訳も分からず言葉を漏らすが。

 次の瞬間。








「遅れてすみませんブランデさん、いま現着しました」



 その声に振り返ると、そこに立っていたのは。

 端正な顔立ちに茶髪を兼ね備え、革靴で地面を踏みながら杖を右手に携えた。


 男、ピーター・レイモンだった。


「「手練れ、またはすぐ死なない自信がありそうな男が来てくれて」」


 異形種は男の登場に、意味深な笑い声をこぼしたのだった。



――――。



「ピーターさん!? 指揮系統はどうされたんですか!?」


 背中を向けながら申し訳ないけど、

 私は背後にいる彼へそう投げかけた。


「指揮はイブへと任せました。彼女は後々大役が控えているので、今の内から体力を温存してもらっています」

「な、るほど。分かりました」

「……して」


 彼は言いながら、ザッと足を地面に食い込ませて。

 真剣な面持ちを見せながら私の右隣へ立ち。


「勝機はありますか?」

「……現状何とも言えませんし、この話をあいつの前ですること自体」

「「俺は気にしないぜ? 楽しませてくれれば何でもいい」」

「……なるほど。では探る形で動きましょう。とはいえ、僕もあまり自信がありません」


 天才の癖にそんな弱気なのか。

 まあ色んな奴がいるのは分かっている。

 私はまた不満を想いながらも、

 少し後ろへ下がりピーターと肩を並べた。


「戦術はどうします? 奴の体は、私の剣では切れない」

「なるほど……分かりました。魔法で援護します」

「……あいよ」


 どうせなら魔法でぱぱっと倒してほしかったけど、それは無理か。


「――――」


 実際、強力な魔法を放ってお終いならとても楽だ。

 でも問題なのは、――この異形種が何の魔法を使えるのか。という点。

 この世には『魔法を跳ね返す魔法』も存在している。

 もしそういう系統の魔法が、あいつの有する魔法であるならば。

 変に魔法を放った瞬間、死ぬのは私達だ。


 だから。

 魔法で高火力一掃は夢があるが、実は現実的ではない。

 現実的な案は、即ち前衛の私が後衛に支援してもらうこの形だ。


「行きます。――【魔法】血流操作 【魔法】爆哲 【魔法】オブシディアンアーマー!!」


 瞬間、重ね掛けされた魔法により、私は内に溢れる力を自覚した。

 そしてその全てを掌握し、一息ついてから。


「はああああ!!」


 剣を上に持ち上げ、叫びながら突進した。


「――――」


 今の所、全く持って見えてこない勝機。

 この天才の参戦で、どれだけ状況が変わるか分からない。

 だがここは挑むしかない。

 私達凡人に許された、天才と並ぶ唯一無二の方法。

 それは【挑む】ことだ。


「――【剣技】ぃっ!!」


 私は言葉を紡ぎ、息を吐いて、剣に魔力を纏わせた。



 その瞬間だった。








「「足らん」」









「へっ!?」


 足らん。その言葉を聞いた次の瞬間。

 私の目の前で堂々と立っていた異形種が姿を消した。


「――――ッ」


 すぐ回りを見回す。

 振り返って分かったことだけど、ピーターも同じように驚いて探していた。

 どうやら私だけが見失った訳ではないようだ。


「「どこを見ている。こちらだ」」


 私らが混乱していると、ほとんどすぐ、そんな声が脳内に響いた。

 ――刹那。


「……ぇっ?」


 ささやかでとろけるような感触が、私の頭上に落ちた。

 小さい雫。そして何か生暖かい、液体だろうか。

 私はその感触に小さな声を漏らす。


 そして見上げると。

 私の頭上に、異形種はいた。


「「――――」」

「…………」


 浮遊魔法なのは一目瞭然であったが、同時に目に入って来た物があった。


 丸い、ボールのようなものが二つ、異形種の両手に握られていた。

 そしてよく見ると、影になって見えにくくはあるが。

 ボールの様なものには凹凸があって。


「……」


 そこから、液体が垂れてきていた。

 戦慄、ともに走る理解が私の脳天から足の先まで突っ走る。

 鳥肌、ともに走る激情が、握っていた剣を更に強く握らせ。


 気づくと私は。

 喉がズキズキと悲鳴をあげていた。













 それはカースとハルベの頭部だった。










――――。



 殺す。


 ここまで鮮明に、何かに対して、殺意を持ったことは。

 きっと生まれて初めてだろう。


「……なぜ?」


 泣きそうな声で、私は言う。

 体は今にでも。目の前に降り立った異形種の首を取りたかった。

 でもそんな状況でも。……いいや、そんな状況だからこそかもしれないが。

 私はどこか冷静であり。

 冷静に、殺したかった。


「「足りないと、判断した」」

「なにが?」

「「お前の力が」」

「……わけわからない」

「「説明の意味は、あるっちゃあるか」」

「……」

「「挑発だよ。お前の殺意をくすぶる、悪魔の囁きだ」」

「それに何の意味がある?」

「「お前の力を知りたい。先ほどの判断の良さから見るに、お前は俺とやり合うだけの器であると判断した。だからこそ、お前を俺と同じ土台にもってこようと思った」」

「………………」


 挑発。

 言葉の意味は理解していたが、この状況にあてはめるのに時間がかかった。

 なんせ、そんな事を喜んでする敵に出会った事が無かったし。

 この長年の経験の中で、現実を生きていく中で、私はそんな敵があり得ないという経験を得ていたからだ。


 だから理解が遅れていた。

 そして驚愕していた。


「「説明が足らなかったか? 俺はお前と殺し合いたいんだよ。名も知らぬ女騎士」

「……ブランデ・カレンデ」

「「……なに?」」

「私の名前よ、ド畜生」

「「そうだったか。では今後そう呼ぶとしよう。して、俺の名前はジード。仮名は『はかい』だ。……ふむ、もう一つサービスだ」」





「「――俺の所持する魔法は二つ。

 一つは浮遊、そしてもう一つの魔法は【絶対無視アブソリュート・イグノー】だ。

 “魔力を含んだ攻撃を全て無視”し、ノーダメージとなる。

 ……ここまで言えば、お前がどうするべきか。皆目見当がつくだろう」」





「魔力を含んだ攻撃を全て無力化……? 【絶対無視アブソリュート・イグノー】なんて魔法、聞いた事もない……?」


 なんて背後で、顔面蒼白なピーターが言う。

 だが私にはもう関係なかった。


「あぁ、分かった」

「……ブランデさん?」


 私の異形種への肯定に、血相変えたピーターは私の名を呼ぶ。


「ここは冷静になるべきです。このまま奴と続戦しても、こうなったら勝機が怪しい。……それを一番理解しているのはあなた自身だった筈だ。あなたの経験が、あなたの体験が、あなたの知恵が――」


 ピーターはそう必死な声色で説得の言葉を投げかける。

 が。


「そんな事、分かっている」

「……ならば」

「でもねピーターさん」


 私は、自分がどうするべきか。

 頭の中でふんわりと理解した。

 もちろん、怒りに支配されて、冷静さを欠いている訳ではない。

 何なら私の思考は。

 さっきよりある意味スッキリしている。


 剣を握った。

 片手で握っていた剣を、両手で掴んで。

 自分のポニーテールを解いて。

 小さく息を吐いて。

 両足に力を入れて。


 最後に振り返った。


「……今なら、手を伸ばせば、あなた達に届くのかしら」

「――――?」


 きっと、その言葉なんて凡人の言葉であって。

 分からない人には微塵も理解されないような言葉なんだろう。

 そんな事分かっている。

 でも、言わなければいけなかった。


 卑屈なんてくそくらえ。



「――――ッ」




 さあワルツを踊りましょう。

 私が連れて行ってあげるわ。


 あの王城の社交界へ、赤と金色のダンス会場へ。

 キラキラ並ぶ料理を脇に、回る薔薇の花のように。

 踊りましょう踊りましょう。


 ただしこれだけは覚えておいて。

 これだけはあなたに分かってほしいの。

 それは秘密であり、それは私の恥ずかしい部分ことなのだけども。


 さぁ手を取って、耳をこちらへ。




「――私の社交界は、ちょっぴり乱暴よ」

「「……そうか、ならば、一踊りしてやろうじゃないか」」




 ――【装備開示】雷同覇気百目鬼大剣らいどうはきどうめきたいけん


 ブランデが心で唱え、剣を強く握ったその瞬間。


 剣が突如として紫色の閃光を放ち。

 形状が変わり。

 彼女よりデカく、彼女より重く、彼女より禍々しい。

 そんな【大剣】が地面に突き刺さった。



――――。



 剣の名前は持ち主が決めるのではなく、その剣の打ち手が命名するのが通説である。

 その剣の名称は【雷同機らいどうき】。


 ここで、魔道具の説明を詳しくしよう。


 通常剣とは鋼をうって制作されるものであり、本来なら魔法を纏わせる事は叶わない。

 しかし1000年前に新しく生まれた技術【魔道具】が、その常識をひっくり返した。

 剣に魔法を織り込み、その中で新たな姿を見せれるようになる剣。

 それこそがこの世界における武器の【魔道具化】である。


 魔道具になる場合、その剣は二段階の違う姿を有することとなる。

 それもその全ての形状変化に【魔力】は関係ない。

 もちろん種類によっては関係する物もあるのだろうが、少なくともブランデの【雷同機】は違う。


 【魔道具】とは【魔力】で作られるものではない。

 魔道具は“魔力なし”で魔法術式を酷使する事が出来る、そういう技術であるのだ。

 もちろん、全ての魔法術式を組み込むことは無理な話であり、組み込むと言ってもそれ自体が剣の作り手の力量にもよってしまうのだが。

 なんにせよ、これが【魔道具】という物である。


 そして魔道具の二段階ある違う姿、

 それらは武器に組み込まれた魔法術式の『露見度』が要である。



 その露出度の数値によって、名称がある。それこそが今まで出て来た。

 一段階、『装備開示』である。

 そして二段階は、『魔剣化』と言われている。



 ブランデが使用する【雷同機】が組み込んだ術式は【魔法】雷天動機。

 『雷天動機』使用時に発生する斬撃について、それらは魔法で作られる魔力生成物質であるから、まあ、この異形種には通用しない。

 だがその『雷天動機』が露出した形態である。

 【雷同覇気百目鬼大剣らいどうはきどうめきたいけん】は。

 物理的に術式を剣に反映し、露見度が向上した結果、本来の姿の【大剣】へと自らを昇華する。


 無論、その攻撃に魔力は乗らない。

 形状変化をしただけなのだから。

 剣から大剣へとなっただけなのだから。



 だから、その物理攻撃は、異形種にとっての致命傷となる。










――――。



「「いい武器じゃないかァ! 魔法を剣に組み込むなんて、俺の知らない技術だァナぁ!」」

「くっちゃべってる暇あるなら、体を動かすべきなんじゃない?」


 刹那、振り落とした大剣が地面を揺らした。


「――――」


 大剣を振り下ろし、異形種とほぼゼロ距離で体を動かす。

 私と異形種の体格から近距離戦闘のアンフェアは明確だけども。

 それでも私のこの大剣は、

 どうあがいても近距離戦闘しか向いていない。


 大剣を横へ振った。

 勢いよく振ったから、生まれた風圧で風切り音が鳴る。

 流石に当たるのをマズイと判断したのか、異形種は一歩後ろへ下がった。

 やはり、奴は私の剣を警戒している。

 先ほどまで私は剣が通らない奴を“硬い”と思っていたが。

 それは奴の魔法による物だと分かった今、魔力を含まぬ私の攻撃を避けているという現実だけで。

 ――奴に私の攻撃が通る事を意味している。


 誘いこまれない程度に追い詰めよう。


「はあああ!!」


 声を荒げながら、左にある振ったばかりの大剣を地面に突き刺し。

 私は棒高跳びするかのように空へ飛んで。

 空中で大剣を右手に振り上げ。


「――――っ!!」


 地面に思いっきり叩きつけた。

 走る衝撃波。しかしやはり四本足だからだろうか。


「「残念だ」」

「ブランデさん! 危ないっ!!」


 異形種にはかすりもしない。

 その瞬間、声がして、右へ振り向くと。


 異形種が右足を後ろに引いていた。


「っ!!」


 ガン。と鈍い音と共に衝撃が走り。

 私は数メートル程飛ばされた。

 咄嗟の判断だったけど、大剣でガードできたので無事ではあったが。


「痛いわね……!」


 全身がズキズキってしている。

 体がさっきより明らかに重い。

 あっちからも、しっかり攻撃してきたと言う事は。


「「ほう、防いだか。これは中々」」


 あいつもやっとやる気になったって事ね。


 私は大剣を右手に持ちながら、異形種に向かって駆けだした。

 雪を蹴りながら進む、冷たい風が肌にぶつかって、頭の中で在りし日のワルツが響いている。


 ここは私の社交界、捨てた過去、嫌だった過去の。


「――――」


 唯一、楽しかった瞬間。


「ははっ」


 空がよく見える。

 地面が柔らかい。

 体も暖かいし、気分がなんでかいい。

 おかしいな。

 仲間を殺されたんだけどな。


 ……うん。

 私はしっかり、殺されたことを怒っている。

 あいつを殺したいほど、憎んでいる。

 でも、同時に。


 年甲斐もなく、全部どうでもよくなって、私は今笑っている。


「「楽しそうだな、ブランデ・カレンデ」」


 なんていう異形種に、大振りを振りかぶる。


「くっ」


 しかしその大振りは命中しず、異形種はまたもや目にも止まらぬ速さで右へ逸れた。

 その瞬間。私はなぜか、思考するよりも先に。


「――【魔法】煙幕っ」

「「ほう」」


 白い煙が私を中心に広がり、高さ4メートル……まるで雲のように、煙が広がった。


「「視界を潰しに来たか」」


 魔力が入り混じった攻撃が無意味なのは知っている。

 でもこういった視野に影響を及ぼす魔法ならば、意味がある。



――――。



 はかい視点。



 白い視界、硬い地面――。

 だがこの空間は間違いなく、俺らの空間。


「「はっ……!」」


 ――煙幕。

 いや、冷静に考えれば分かる話ではあるが。

 こんな咄嗟に、この至近距離で使ってくるとは思わなかった。

 おかげで見失ったな。

 この女、思っていた通り、俺を楽しませてくれるじゃないか。


 ま、とにもかくにも、俺もマジになるべきかぁ!


 ――【死ノ三】ッ!!!



「「――破声ェ!!」」



 腹いっぱい空気を取り込み、それを圧縮して口から吐き出す自作の技!

 その波動は空気さえ振動させることができ、この程度の煙幕ならば。

 安々とどけれる!!


「「さぁ、どこにいるブランデ!!」」


 俺は周りを見回した。

 半径5メートル程の視界がクリアになった。

 ……が、女の姿が見えない。

 どこにいきやがった……――――。


「「上かァ!」」


 先ほどから明らかに走ってくる音がしないと思っていたが。

 そこから予測するに、空!


 俺は唾を飛ばしながら見上げると、

 そこには大剣を下に突き刺すような姿をしながら落下する女がいて。

 刹那。


「「グッ――――!」」


 恐ろしい程の速度で俺の右手を切り落とした。


 切られたっ。

 俺が反応できないスピードを上空で作られた……!?

 くっふふ。

 どうやってやったかは知らんが、なんにせよ、こいつは面白い!


 スローモーションの世界。

 俺の目の前で、俺の手を切り落とし、微笑みを浮かべる女は。

 次の瞬間。


「――っ」


 下に突き刺すような大剣を右足で蹴り上げ、

 空中で回しながら自身の左手に持ち手を移し。

 笑みを張り付けたまま、女は大剣を、俺を真っ二つにする気で横に振った。


「逃げたか!」

「「っ、くふふ」」


 俺はそれには反応し、浮遊魔法で空中へ逃げた。


 上空から女を見下ろすが、浮遊はただ浮かんでいるだけに過ぎず、最初の上昇は俺の脚力依存。

 だから、流石に咄嗟すぎて高くは飛べなかった。

 それに不味い事に、浮遊魔法には弱点があり。

 それはただ飛ぶための魔法であるから、空での自由が効かない事だ。


「「――――」」


 さあどう対応する。

 この好機を、どう掴む。

 どうやって俺を殺す?

 どうやって俺を破壊する?

 破壊を尽くして最後に破壊される。それこそが俺の宿命。

 魅せてくれ、魅せてくれよ……。


 やってくれよブランデ・カレンデぇ!!

 俺も全霊をもって、お前も全霊を尽くして。



 殺しぃ、合オうじャぁアアあないか!!



「――――」

「「――――」」


 目を見開いた。

 めぇがかっぴらいた。

 俺の下で女が、次にとった行動は、俺の予想すら超えた行為。


「――【剣技】雷天動機ッ!!」


 言いながら、生まれた斬撃から発せられる轟音が地面を震わせ。

 その最中に、その中心にたっていた女は。

 ――技を地面にたたきつけた。

 地響きが蠢き、地面が凹んだ。

 地面だった瓦礫が、大きな破片となり。

 土のクレーターが即座に広がった。


 “地形が変わる程の衝撃で、地面が凹み、土の破片が飛び散り”。

 女は最後、上に向かって微笑みかけて、白い煙幕に包まれた。


 先ほど女が使用した煙幕かと勘違いしたが、すぐに気が付く。

 この煙幕は少し毛色が違う。

 恐らくあの女ではなく、背後で俺に怯えていた茶髪の男がサポートで起こした魔法だ。


「「こういう時に気が利く男だな」」


 狙い、それは恐らく。

 俺はこのまま下に落ちるしかない、だからこそ下の地形を変化させた。

 クレーターのように凹んだ地形、そして飛び散る破片。

 同時に、下の現状を覆い隠すような白い煙幕。

 まさか俺が宙に飛んでいる間に、戦いの舞台を変えてしまうとは――。


 発想の転換。

 あの天才肌は恐らく経験からくる直感によるもの。

 獣を刈る目をしている。

 俺らを確実に殺せるような。

 経験を、フルで利用し、俺を殺そうとしている。


 良い!


 浮遊魔法がそろそろ切れる。

 さあ何を見せてくれるか。

 何を描いてくれるか。

 どんな舞踏会を開いてくれるだろうかァ。



「「ははっ!!」」



 白い煙幕に体が全て入ったその瞬間。

 煙幕内で走った黄色い閃光が俺の視界を掠った。

 俺は地面に着地する直前に。


「「――破声うおおおおおお!」」


 流石に360度に放つことはできないが。

 その閃光に向かって俺は破声を放った。


 しかしそこに居たのは。


 茶髪の少年が、

 俺に向かって、

 杖を向けている光景だった。


 それに、魔力の収縮を肌で感じて――――――。





「――【上級連鎖魔法】エクスプロージョン」





 その詠唱を皮切りに、空気を破壊するような魔力の動きを目に収め。

 俺に向かって放たれた高圧エネルギーが。

 体を包んだ。


 【絶対無視アブソリュート・イグノー】。

 その魔法により、決して通らぬ魔法攻撃。

 だからその攻撃には意味はない。

 そしてそんなこと、とうの本人らも分かっているはず。

 つまりこの魔法攻撃は――明らかなブラフだ。


 もしこの魔法がブラフであるならば、魔法が無意味に終わった今この瞬間。

 俺が一番意識していない真後ろに――女がぁぁあ!!。


「「――――っ」」






 ……いない。だと。







「経験上、強者ほど自分の死角を一番の弱点だと思ってやがる。それ自体は、経験的にあってはいるんだろう」


 声が聞こえた。

 右、左、どこにいるんだ。

 分からない。分からないがいる。

 俺の近くに。


「実際この状態自体も間違っちゃいねぇ、だが忘れたか」


 ――――気が付いた。

 俺はとんだ思い違いをしていた。

 さっき魔法を行使した男が、真に俺に張ったブラフは魔法攻撃による隙などではなかった。

 それは。





 “地面がある位置だ”。





 あの男は俺から少し離れた場所に居たから、

 さっき女が作ったクレーターの外に立っていた。

 だが俺が今いるこの場所は、まさにクレーターのど真ん中で。



 だからきっと、


「自分の真下が死角になるなんて、まずまずないからなぁああ!!」

「「――――っ!!」」


 ブランデ・カレンデは俺の真下にいる――ッ!



 大剣が俺の腰に食い込んだ。

 そのまま俺の肉を切り、俺の上半身だけを残して、下半身が地面に倒れて。

 俺は確かに、再生に時間がかかるほどの。

 重傷を負って。




 クレーターに倒れた。



――――。






「おとうさん!」


 青空が、雲一つない青空が広がっていた。

 山頂に近いこの小屋には俺含んだ家族が暮らしていて。

 焚き火用の薪を切りながら。

 息子に話しかけられた。


「どうした?」


 暖かい風が吹いて、風が森の木々を揺らす中。

 青空が蠢きながら。地面の草が躍る中。

 俺の腰くらいの身長しかない息子が言った。


「さっきハウラが、おとうさんに見せたい物があるっていっていたよ。棘山のほうこうの……」

「あぁ、あのあたりか。分かった。変な動物に襲われては危ない。今からお父さんが向かうよ」

「うん! 行ってあげて」


 という何ら平凡な会話をして、俺は斧を置いて。

 そして……。


「……ん?」


 丘から降りるとき。

 後ろの小屋から。

 息子が鳴らしているであろうオルゴールが聞こえて。

 それを尻目に、俺は森へ入った。






――――。



 空が見える。



「「……」」

「…………」

「「殺さんのか?」」


 静かな空間であった。

 このあたりはどうやら辺境であるらしく、だからか知らないがとても静かだった。

 でも地面は揺れている。

 揺れるほどの戦闘が、各地で、起こっているのだろう。


「「――――」」


 俺は今、トドメだけ刺されずに地面に背中をつけている。

 核はまだ潰されていないが。

 でももう体は、再生に時間を要する程。

 瀕死である。


「情報があるなら吐いてもらおうかなって」


 顔が見えないが声だけで誰かは分かった。

 ブランデ・カレンデだ。


「「……やけに冷静だな」」

「私はずっと冷静だったよ」


 どうやら、もう一人いた男の方は前線へ戻ったらしい。

 気配を感じない。

 考えるに、俺から情報を聞くためだけに、

 ブランデ・カレンデはここに残っているのだろう。


 俺は息を整え、自身の体に魔力の粒が集まるのを感じながら。

 脱力した全身のまま、俺は空気を吐くように呟いた。


「「何をききたい?」」

「他の異形種の事で、何か知っている事は?」

「「……危なそうな奴が3体いる。俺も詳しくは知らないが、影の中で潜んでいる時に感じた気配が凄まじかった」」

「そいつらの特徴は?」

「「犬の様な異形種、仮名は『くろいぬ』。自身を神と信じてやまない『さんしん』。そして、終わりを求め彷徨い続ける『やしゃ』……」」

「まって、その仮名ってなに?」

「「……仮名とは、異形種同士の仮の名前だ。俺の仮名は『はかい』。似つかわしくないとは思うがな」」

「なるほど……知性があるからこそ、名前がつけられているのか。というかやけに教えてくれるじゃないか」


 なんて意外そうな声色で言われた。

 ……確かに、俺は何をしているのだろうか。

 俺の主は本能で理解している。理解している。あの、あのお方。

 でもなぜか。

 今の俺は。


「「分からない。なぜかお前たちを助けたいと思う。なんだろうな。これが俺の人間の人格だったんだろうか」」

「…………」

「「よく覚えている訳ではない。でも、何となく……息子と娘がいた記憶があるんだ」」

「異形種というか、魔物は元人間なんだよな」

「「ああ。異形種は、魔物に他の物を錬金術で混ぜ、そのうえで元の人格をベースに魔法術式を刻み込む儀式を終え生まれる」」

「魔法術式……? それって、魔道具を作る時と似ている……」

「「お前らの時代の技術なのだろう。俺には到底、理解できない。俺が知っている時代は、ずっと、1300年前だ」」


 魔法術式の刻み込み。

 それら技術は恐らく、先ほどブランデ・カレンデが見せてくれたあの剣と同じなのだろう。

 ……その技術を俺の体に施す。生物兵器もいいところじゃないか。

 なんであんな奴に従わなければならなかったのだろうか。

 どうして俺は、あんな奴を“王”として認めていたのだろうか。


 そして、この記憶はなんだ。

 この感情は。


「「……俺は家に、息子と娘を残していた」」

「――――え?」

「「よく覚えていないんだが。俺は息子にいわれて娘を探しに行ったんだ。そこで、突然暗闇に包まれて……」」


 俺は気が付くと、魔物になっていた。


 自我がない中、俺は人を殺すことを本能で覚えていたから。

 人を襲ったのを覚えている。

 惨い記憶だ。今にでも忘れたい。

 俺は、俺は知らぬうちに、生物兵器となったんだ。


「そう……あんたも災難だったんだね」

「「あの時なにが起こったんだ? 俺は、ただ森を歩いていただけだと言うのに、一体、何が……」」

「大昔、今の4大国以外に2つの国があった」


 俺が、混乱したようにいうと。

 頭上でブランデ・カレンデが語り出した。


「もう名前すら失われたその国は、今のグラネイシャと同じくらいの領土を持ち、同じように栄えていた。でもある日、今のノージ・アッフィー国の場所で魔王が誕生して、周辺国の国民を全て人体実験の材料にしたんだ」

「「…………」」

「国規模で行われたその実験の末に、――【魔物】は生まれた」

「「ならば俺は、それに巻き込まれたというのか?」」

「恐らくはそう。これがグラネイシャに残るもっとも古い文献で、今これを知る人間はほとんどいない。誰も、1300年前の昔話なんて興味がないからね」

「「……そうか……ならば、息子と娘も同じように」」


 魔物へとなっている可能性があるということか。

 ……ああ、愛しの子供たちは。

 もう殆ど、死んでしまっているという訳か。


「「……っく、くふふ。これもまた、運命か」」


 俺は無力だった。

 この人生に意味なんてなくて、俺の命と人生と、息子と娘の全ては。

 きっと今の時代までに残る負の遺産、

 人を襲い続ける【魔物】として。

 侮辱され続けるのだろう。


 そうか。

 くっ、ふは。

 のろうぞ、運命。



「運命ってのは凄いよ。私もそれを実感している」



 俺が両目を閉じて、自死を選ぼうと魔力を弄り出したその瞬間。

 また、頭上でブランデ・カレンデが言葉を零した。


「……私は運命が嫌いだった。人によって違う運命。生まれる優劣とか、そういうのが嫌いだった。生まれで振る舞いを強制される運命も嫌だった。能力値で区別されるのも嫌だった」

「「…………」」

「でも今、この瞬間だけは、運命って奴に感謝しているんだ」

「「何故だ?」」

「あんたに会えたからさ」

「「……好敵手だったのか? それは、よかったな」」

「違うよ。そういう意味じゃない」


 読めない空気に、俺は戸惑いを隠せなかった。

 この女が何を言っているのか、皆目見当がつかなかった。

 何を言いたいのかも、何を想っているのかも。

 全く分からなかった――――。









「私の祖先、貴族カレンデ家の最初の当主の名前は『ハウラ・カレンデ』と『カルカ・カレンデ』って言うんだけどさ」

「「…………なに?」」


 その瞬間、刹那、脳裏に溢れだしたのは。

 確かなる記憶だった。


「「――――」」


 思い出した。

 俺の息子の顔を、俺の娘の顔を。

 腰までの高さしかなかったあの子達の背丈を。

 そして――あの子達の名前を。


「貴族カレンデ家の祖先は代々、魔物を討伐する騎士団を運営していた。その中で、伝承として残されているエピソードが、さっきの国が魔物化の実験にされたっていう話。そしてそれと」



「ジード・カレンデと言う。魔物になってしまった父親の話だよ」



「「……それって、つまり」」



「ああ、あんたの名前はジードだったんだろ? さっき聞いた時はすぐに思い出せなかったんだけどさ、お前の今の息子と娘って単語を聞いて思い出した」



「「――――――――」」



「だから要するにさ。お前の息子と娘は生きていて、父の血を絶やさぬ為に子孫を残した」



「そして今、この国へ襲撃しにきた狂ったお前が、子孫である私と出会う」



「「――――そうか……、そうだったのか」」



「……運命って怖いよな」














「「あぁ、驚くほどに、運命ってやつは気まぐれだな」」



 俺は全てを理解して。

 自分の魔力で。

 自分の核を潰した。








――――。



 ブランデ・カレンデ視点。




「勝手に逝きやがって……」


 私の目の前には、もう魔物の姿はない。

 先ほどの『はかい』と言う異形種は。

 チリとなって、魔力の粉となって消えてしまった。


 正直、戸惑っている。

 自分の祖先が目の前にいて、その祖先が私の友と呼べる仲間を2人殺した。

 少し複雑だ……だけど。


「それは、今考える事じゃない」


 全てが終わってからまた考えよう。

 全てが終わってから、またあいつを恨もう。


 全てが終わってから、私は私のすべきことをしよう。


 私は天才ではない。

 私はいわゆる凡人。


 だから結論を遅らせる事しか出来ない。

 いまこの状況で、私は、不格好ながら生き残るしかないのだ。


 この国を守って、生き残るしかないのだ。





 余命まで【残り●▲■日】


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