■:魔法大国グラネイシャ・王都王城、
果敢と優雅は同居するだろうか。
そういう私の疑問は、
事の始まりという物は、
ほんと唐突に頭で打ちだされたものであった。
私はただのしがない冒険者であり。
パーティーランクもA級といって。
その実績からみるに。
順風満帆とは言えずとも、
順調に成長をしてきた者である。
私らチームはその日、グラネイシャにて休息と武器の手入れを行っていたが。
事が起こり、我らはこの国の騎士団へと増援にやって来た。
それがある種、私がこの戦いに参戦したあらすじであるのだが。
「っ――――」
言葉を失う剣戟、俊敏な動きが視界の端から端へ蠢き。
また次の瞬間。魔物の断末魔が脳裏をよぎり、また一匹と討伐されていく。
彼女は恐ろしく。
果敢と優雅、どちらも兼ね備えているような剣士であった。
戦場であり。
また雪の影響で水気が多い土地であるが。
しかし、そのラズベリー色と紫色のドレスを着飾った彼女は。
何と男が持つような質素な片手剣を用い、
多すぎる魔物の軍勢に立ち向かっていた。
その彼女の一挙手一投足はまさに優雅でありながら、魔物の首を切り落とす果敢な立ち回り。
これ正しく、果敢と優雅が同居していると言えた。
彼女の名は、『セレナ・グウェーデン』
身分は何と貴族であり、
そして同時に王都近衛騎士団の隊長であると聞き及んでいる。
彼女を見ていて受ける印象にピッタリな身分。
「…………」
私はこのような方の戦闘を見れて、
このような美しい女性が、殺戮を尽くしているこのさまを見て。
まさに眼福を味わうような感動を覚えた。
「おいハールバァン!! 女に見惚れてる場合か!」
人聞きの悪い文句、
とはいえ事実なので私はパーティメンバーの言葉を認め。
もう一度杖を構え詠唱を始めた。
ここ
グラネイシャと言うにおいて南の街とは、
他国との貿易に使われる大きな施設が存在し。
このグラネイシャと言う国で、一番栄えた街と言えば、この『南の街』なのだ。
それがどうして魔物の出現数に影響するかと言うと。
考えれば分かる話、
南側が一番栄えているのだから、
この魔法大国グラネイシャは南側に広いのだ。
魔物はグラネイシャ内全域で出現してるらしいが。
それが本当ならば、必然的に土地が広い南側の魔物数が多くなるのも頷ける。
とはいえ、やはりこちらの兵力はあまりない。
数でさえ負けていると言うのに、このままではじり貧だ。
でもまだ前線は維持している。
何故ならば、
「ふむ、猛攻の勢いにも慣れて来たわね」
「嬢様。油断は禁物ですぞ」
「分かっているわエヴァン。なぁに、少しくらい無駄口を叩くのも許してくれないなんて、全く」
セレナ・グウェーデン。
エヴァン・ダンヴェン。
「激しい戦線、なんて酷い現実なのでしょうか。ですが、この戦いも全て――民の為」
エラ・フォーカス。
そして――。
「おっほ!! いぃーですねいーですね!! やはぁーりっ女型異形種も存在したでありますかっ。さぁ、さぁ、さあ! 始まりますよ始まりますよ。私の踊り、破滅的で乱雑で下品なこの戦いを!」
……えぇと。
一応あの変な方も、あのセレナ様と同じ身分なんですよね……?
ヨークシャー・ケミル。
計4名の『隊長』がこの
それぞれの個性的な戦い方によって、魔物による猛攻を食い止めていたのだった。
――――。
セレナ・グウェーデン。
第七部隊:隊長である彼女は貴族の出でありながらも武芸に秀でおり。
その才能を認められ隊長となった武人。
エヴァン・ダンヴェン。
第八部隊:隊長である彼はセレナの執事でありながらも、彼女の側近として騎士団へ入団。
その際、判断力と体格の大きさからくる頑丈さを認められ同じく隊長となった執事。
エラ・フォーカス。
第十部隊:隊長である彼女は孤児院の出でありながらもシスターとして協会に居た過去があり。
その特異な魔法技術と彼女の精神性から隊長へ抜擢された修道女。
ヨークシャー・ケミル。
第十三部隊:隊長である彼はセレナと同じく貴族の血筋である。
奇人として有名であり。彼の人を寄せ付けぬ個性がとある役職とピッタリであった。
そのため多少変人であるが、隊長として抜擢され、己の剣を奮う奇人である。
噂ではヨークシャー様は元々『序列』に属していたという物もあるが。
当の本人はほとんど過去について話さないため、不明である。
――――。
セレナ・グウェーデン視点。
戦線は保てている。
魔物の数は多いが、負傷者はまだあまり出ていないわ。
一先ずは大丈夫。
でもエヴァンの言う通り、油断なんて許されない。
「――――」
異形種の討伐状況はまちまち。
でもきっと、まだ『異形種』に該当する魔物が襲来するはず。
ならば、わたくしがするべき立ち回りは分かりやすい。
「はっ」
優雅に。
「やあっ」
そして果敢に。
「――――」
剣技、『白薔薇』。
わたくしのしなやかな斬撃は魔物の首を切り取り、中にある核を一撃で仕留めた。
出来る限り消耗を避け、テンポを重視しながら体を温める。
燃費よく、それを意識しながら立ち回りましょう。
「ふぅ」
これで9体目。
でも変。
恐ろしく均一な敵の強さ、
通常魔物から、本来強い個体も見受けられるのに。
まるでいつもわたくし達が任務で相対する魔物とは、全然違うような気がする。
この王都へ誘導され、また王国で同時に大量発生したこいつらは。
質より量を優先されたただの兵に思えますわ。
「もしそうならば……、やはり気を緩むべきではない」
もしかすると。今最も恐れるべき事態は。
わたくし達陣営の戦力が削れることではなく、
「――――」
――こいつらの強さに、慣れてしまう事なのではなくて?
「――世界のマナよ、
――人格なる我ら女神の恩恵いかに、ただ迷える無情な獣ここに現れん。
――裸足となり舞を描き。トトらの破滅の音色を今ここに描こう!」
鬱蒼とした戦場、セレナの前方で自身の魔法書片手に。
詠唱をするのはエラ・フォーカスであった。
彼女は詠唱を終えると共に、魔法書を勢いよく閉じ、またそれを宙へ頬り投げ。
「ここに宣告しよう。滅せよと!! ――【上級連鎖魔法】慟哭乱堂!!」
聖書の詠唱に近い、修道女ならではの魔法。
それこそ彼女の特異な才能である。
詠唱を終えると、まるで地面がうねるように動き出し。
「グィ!?」
魔物の足を、薔薇の棘が貫通し、一瞬魔物の動きを止めた。
「今です!」
「「はあああ」」
エラの合図と共に、隊員である部下が剣や杖を振った。
魔物は倒された。テンポもまるで悪くない。
エラは微笑んだ。
彼女こそ聖女と言えるべき人間であり、またその人間性も聖女と言っても差支えがない。
しかし彼女の清さという物は。
「はっ」
時に、残酷な数秒の、軽快な演出となり。
いわばそれは『血吹雪』と言える鮮血の雨が、その場に降り注いで。
状況を飲み込めぬ騎士や隊員が分散した血を被り。
その刹那の出来事について、
その者たちは一寸の時間が無ければ、
到底理解できないものであった。
「え?」
「……ぁ?」
エラ・フォーカスは、
頭を潰され、
死んだ。
魔物がいた。
白い大地に二本足で直立しており、
獰猛な黒い体毛で身を包み。
細くしわが多い顔を覗かせながら。
その魔物は白い息を吐いて、言葉を紡いだ。
『コノ程度カ』
わたくし、セレナは現れた異常について即刻察しがついた。
あれこそがわたくしが今恐れた『慣れ』の危険分子。
だから、要するに。
「……これからが本番と言う事ですわ」
――――。
隊長が死んだ。
分かりやすい絶望、だがわたくしにとってある意味、予想していた事態だった。
ですがわたくしとて非情な訳ではない。わたくしはたまたま気が付いたから生き残った。
彼女、エラはこの『慣れ』に関する危険に気が付いていなかった。
その差が。この結果を。招いた。
「えらっ……様?」
「うそだろ……」
「あり得ない!! こんな、こんな雑魚に――」
『ガタガタ五月蠅イ』
また血が飛んだ。
雑魚、そんな的外れな言葉を放った少女は、その爪に切り刻まれた。
白い雪景色に浮かぶ赤い血だまり。
その上に立つ、体毛の魔物。
「嬢様……」
「動きが早かった……。隙を見せるべきではないわ、エヴァン」
「……御意」
剣を握る力が全く緩められない。
あの魔物から感じる殺気は恐ろしい。
この戦場に居る全ての兵士、騎士が同じ状況だと肌で分かる。
『アァ、ドウシタモノカ。私ハ、トテモ空虚ダ。心ガサミシイ』
落ち着いたトーンで
戯言としかとらえられない。
が、魔物にしては意味のある単語であった。
まるで言葉を分かっているかのような態度――。
『オォーイ。言葉ハ通ジルンダロ? ナラ会話シヨウ。久シブリニ目ガ覚メタンダ』
魔物は息をするごとに小さく肩を揺らす。
きだる気な言葉は、ふと周りにいる人間へと向けられた。
「「………」」
誰も魔物には答えられない。
そんな勇気があるのならば、きっとそいつは狂人の類なのだろう。
張り詰めた空気の中、まるで喋る事すら許されないような静寂が。
魔物の問いに対する無視へと繋がる。
「――――」
わたくしはそれは危険だと判断した。
「――初めまして、わたくしの名前はセレナと申します」
その状況はあまりにも危険。
魔物の機嫌を損ねてしまえば、もしかするとここにいる兵士を皆殺しにするのかもしれません。
戦力の温存、それはわたくし達隊長の責務。
だからこそ。
この魔物――『異形種』に対しわたくしは対話を進めた。
『セレナ? セレ、ナ。セレセ。セレセレナ。ハハ。イイ名前ダ』
「そう言っていただけて嬉しいです。それで、あなたは?」
『私カ。私ハ『ドドバス』ト言ウ』
「………」
異形種は、まるで自らを人だと言うように口を滑らせた。
いいや知っていた。
魔物の起源についてはもちろん知っていますわ。
しかし。
「――――」
何故魔物となってまで、人としての『自己』を持っているんですの?
『私ハドウヤラ、マタ目覚メル事ガ叶ッタラシイ。人ト話スノモ、何百年ブリカ』
懐かしむような瞳を、人ではない魔物は見せる。
そんな彼にわたくしは、思わず疑問を投げかけた。
「あなたは魔物なのですよね?」
『ソウラシイ』
「では、なぜ人としての自我を?」
ド直球であるが、一番有益な質問です。
この質問次第では、彼らが『敵』なのか『人間』なのかがはっきりする。
でも少なくとも……人を2人殺している時点で、人間とは思えませんが。
『自我ニツイテハ私モ不思議ダ。私ハ遥カ昔、若イ嫁ト娘ヲ残シ戦場へ出向イタ。ソコデ気ガ付クト本能ラシキモノ芽生エテオリ。コノ数百年、人ヲ食ウ事ニ尽力シタ』
「本能?」
『野生ノ物ト言エバ良イダロウカ? 理解デキナイダロウ……ソレコソ正常ダ。……私ハ狂ッタ。ダガツイ数週間前、トアル者ニヨッテ目ガ覚メタ』
「…………」
『彼女ハ魔王様ト何ラ変ワリナイ存在。仕エルベキ、指標』
「それってつまり、死神の話ですか?」
わたくしが聞くと、彼は『如何ニモ』と肯定した。
死神の存在が、魔王と同じ存在。
死神の経歴について、わたくしは存じ上げていないですが。
どうやら想像通り、彼女の内にある物は。
魔王と同じ物だと言う事らしいですわ。
つまりわたくしたちは。
1300年前の大戦争の続きを、していると言っても過言じゃない。
「……お喋りは、そろそろ終いにしましょう」
『何故ダ? 何カ、嫌ワレルヨウナ言葉ヲ言ッタカナ?』
疑問符を浮かべる彼に対し、わたくしは持ち前の剣を彼へ向け。
「無意義。そう判断いたしました」
『……ソウカ、ソレハ、トテモ残念ダ』
剣先から伝う殺意は勢いを増し、
赤黒いオーラが視界に漂うような幻覚を見た。
彼、異形種から感じる人間染みた『悪』の気配は。
わたくしの心臓の鼓動を早めるのに十分であり。
また、その場に居る騎士や魔法使いも、瞬きすら許されないような縛りをかされているかのような状態。
分かり合えない敵。
見えない底力。
感じる邪悪。
そう言う情報が、そういう危険信号が。
戦うべきと言う結論を弾き出した。
「――――っ」
刹那、わたくしの剣先に仲間が突き刺さった。
「かっ……ぁ……はぅ?」
「っ?!」
血が、赤い仲間の血がわたくしの手に伝った。
わたくしが握る剣、『円舞曲』には、
見覚えがある兵士が突き刺さっており、
わたくしの目の前に、訳も分からず苦しむ兵士が唐突に現れた。
息が当たった。
兵士の苦しみ産物である、荒い吐息。
それがわたくしの手に触って、彼は泣きそうな顔を見せてきた。
そんな彼に、わたくしはいった。
「……ごめんなさい」
「ぇ?」
わたくしは謝りながら、剣を抜き、その者をその場に放棄した。
「エヴァン!」
「――御意っ」
その一声で、エヴァンはわたくしが放棄した兵士へ駆け寄った。
助かるかどうかは分かりませんが、エヴァンなら最善を尽くしてくれるはずです。
だから今は。
『引キ抜イタ。非情ナ選択ダナ、セレセレナサン』
「わたくしの名前はセレナだと、言っていますよね――」
わたくしは魔物へ飛びだし、剣先を空へ掲げ、空を切るように振り下ろした。
回避用の魔法は仕込み済み。
剣戟についてもまずは素で殴る。
「お分かりに、なって――ッ!!」
『ハッ』
その瞬間、私は確かに魔物を捉えていたと言うのに。
魔物は突然その場から消え、わたくしは剣を空ぶった。
しかしすぐわたくしは回避魔法を使用し、後ろへ後退する――。
「――はっ!?」
『逃ゲ足ノ速イ』
わたくしが後退すると、魔物は右手を地面に突き刺しながら。
消えた場所に舞い戻っていた。
彼の魔法は一体なんだ?
魔物が使う魔法、その想定を既に超えている。
瞬間移動? それとも消える魔法?
でも先ほど、わたくしへ投げつけられた兵士は確かにあいつが行った。
全く持って奴の移動を目で追えない。
勝ち筋が、見えません。
『――フッ』
「!?」
わたくしの前方へ、唐突に急接近したのはあの魔物。
眼前、目の前に向かって爪を伸ばし。
わたくしに鬼気迫った勢いで――。
やはり移動が追えない。
どういうことなの?
彼は、この魔法は一体なに!?
……わたくしには分からない。
分からない物への対応なんて、出来るのかしら?
「――――」
あぁダメ。
弱音を吐くのは駄目ですわ。
わたくしは麗しきセレナ、優雅であり果敢でなければならない隊長。
冷静になってセレナ。
あいつの動きを見切るのよ、それかこちらが先に攻撃をっ。
「ぇっ」
……いたい?
いたい。いたい。痛い。痛い! イタイッ!
え。
切られた?
わたくしが、こいつに、爪に、切られた。
血?
あ、お腹の当たりから血が出て。
え。
え、
え?
わたくし、しぬ?
『……』
「倒れ姿でさえ美しいとは、これまたあの隊長様にお似合いの幕引きと言えよう」
――――っ。
知らない声が、わたくしの頭上で言葉を紡ぐ。
目を開けない。真っ暗な世界でわたくしは。
わたくしは痛みによる熱に翻弄されながら。
わたくしは。
誰かに、全身を支えられているようだった。
「だ……ぁれ?」
「誰? それまた心外。ただし仕方ないと言えよう。だがここで一考してほしい。真に人から覚えられるべき人間とはどういう人であるか、見た目であるのか言動であるのか。私は疑問に思った事があります。だが考えに至った結果という物は、やはり――下品さでした」
「……は?」
下品?
この方は一体、何を仰っているのでしょうか。
わたくしには到底。
『貴様』
唐突、声色からして異形種であろう声が響いた。
わたくしが耳をこらす必要性すらなく。
あいつの声ははっきりと聞こえて、そしてその声には。
『今、私ノ動キヲ、見切リマシタネ?』
確かな『怯え』が芽生えていた。
第七部隊、隊長セレナ・グウェーデンは。
致命傷とも言える傷を胸に負った。
だが唐突に現れた『紳士』により行われた『治癒』により。
セレナ・グウェーデンは回復した。
その『紳士』は『奇人』であり。
また過去のその肩書は――【序列四位『治癒』】であるその者の名は。
「いいでしょう。さておっぱじめましょう。私のこの『進撃』が、まだ続く間に」
銀髪に長身、端正な顔立ちと青く細い瞳。
露出が高い衣服から透ける腹筋、白い薄着を着込んだ彼の名は。
第十三部隊 隊長、ヨークシャー・ケミルであった。
「あぁなたの心臓へ刻みましょう、この
セレナと同じ
宣戦布告ともとれる戯言を言い放ったのだった。
余命まで【残り●▲■日】