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-東①- 百二十話「咆哮」


 ■:魔法大国グラネイシャ・王都王城、東城壁イーストランパート



 ユーリ・シャーク視点。



 僕は一体、何を見せられているのだろうかと。

 頭を抱える。


「隊長! うちのチーム、負傷者が多くなってきました」

「分かった。カレンのチームの前線を下げようか。負傷者は安全な堀の下水道に連れていきな、そこがセーフゾーンだよ」

「了解しました!! 引くぞ!!」


「近衛騎士団、隊長ユーリ殿、僕らの戦い方は?」

「君ら無所属のパーティーは主にうちのチームと戦ってほしい。だが冒険者パーティーとはいえ無理は禁物だ。陣形が保てないと判断したら下がるように頼みます」

「分かりました! 全力を尽くします」


 僕、第十一部隊 隊長 ユーリ・シャークの部隊は。

 総勢40人を超える大人数の部隊だ。

 本来ならば隊長である僕も、戦力として戦うべきだが。

 この人数を動かすには安全地から見渡せる司令塔が必要だ。


「負傷者も増えているがまだ維持できているな」


 なので僕がその戦場の様子を見て。

 指示を出す係をしている。


「………」


 ここ、東城壁イーストランパートでの戦闘は。

 僕ら十一部隊と、第五部隊、第六部隊。

 そして第二部隊の隊長ながら、序列と呼ばれる男。

 モーザック・トレスがこの場に集合している。

 今の戦闘状況を簡単にまとめると。


 モーザック・トレスは異形種4体を一人で相手し、既に2体は討伐している。


 彼の剣撃と速さに追いつけなかった異形種が居たのだ。

 あり得ないくらい早い速度で、その2体は死体となった。


 その後、異形種が+1体乱入して来たので、実質今は3体を相手にしている。


 そして第五部隊と第六部隊。

 その2部隊が問題なんだが……。


「ははっ、これで1体目だ!」


 クリーム色の長髪にスレンダーな体系をし。

 動きやすいように最低限の鎧で戦いに望んでいる彼女。

 ――第五部隊 隊長 クルミ・ファーストは、自身武器であるレイピア勢いよく振り。

 武器に付いた血をはらいながら言う。


 その言葉に、第五部隊の面子は歓声を上げる。


「流石です、クルミ様!!」

「我らの隊長にかかれば、こんなもの楽勝ですね!!」


 士気が上がる分には問題がないので。

 そういう褒め合いは割と戦場に置いて大事だったりもする。

 こういう状況で切羽詰まっていると、

 足をすくわれるからね。

 でも……。


「はっ、やっぱりあんた馬鹿ね。私は通常10体を一人で倒したわ!」


 青に近い短髪を揺らし。

 まだ幼さが残る体には色んな武具が装備されていた。

 両手には2本の短剣を逆さに握り、口をへの字にして憎まれ口をたたく彼女。

 彼女こそ第六部隊 隊長 アイチャン・コロレフだ。


「何よあんた! 私は異形種を1体倒したのよ!?」

「たった1体? そのくらいアイチャンにもできるっつう」


 両手でやれやれとやりながら、アイチャンがそうクルミに言う。

 するとそれに賛同するように。

 第六部隊の面子は口を揃えて。


「たかが異形種1体で喜ぶなんて、小さい女性ですわね」

「流石ですアイチャン様! その強さ、私戦いながら見入ってしまいました!」


 そんな言葉に。

 肝心な隊長であるアイチャンは。

 割とまんざらでもない顔を浮かべる。

 そんなまんざらアイチャンを横目に、

 クルミは歯をギリギリとさせながら睨みつけている。


「………」


 と言う感じで、別に士気が上がる程度の会話ならばいいのだが。

 どうやら見ている感じ。

 まるでどんぐりの背比べをしているような。

 そんな感じに見えてくるのだ。


 これ、大丈夫なのかな?

 彼女たちと仕事するのこれが初めてだから分からないが。

 ガチな喧嘩ならば仲裁に入るべきだ。


 しかし分からない。

 あれが仲のいいからこそ起こる喧嘩ならば、

 止めるのは無粋ではないか?

 と言っても。

 これでお互い切り合いに発展されると作戦に支障が出る。

 でも僕は彼女たちの事を知らないからなぁ。


 ……まさかこんな状況で、他人の扱いについて考えるとは思わなんだ。


「隊長! 状況報告です!!」

「ナッツか、変化はあったかい?」

「はっ。第二部隊隊長、モーザック様が異形種の3体目を撃破。しかしその場に残っている残り2体に苦戦中です」


 そんな中でもモーザックくんは優秀だ。

 序列に入っているのは知らなかったけども、あの剣の才能は本物。

 僕の中での序列を作るならば。

 彼は第一位だ。


「加勢は入っているの?」

「ナイト部隊が行っています。拮抗状態ですね」


 ナイト部隊ならば大丈夫だとは思うが、

 ……気が抜けないね。

 異形種は相性だと聞いているし。

 危なくなったら是が非でも、あの女性陣をそっちに向かわせるべきだろう。

 例え序列と言えど、難しい相手はいると思うし。


「分かった。現在の通常魔物の数は?」

「最初の確認での通常魔物の討伐は大方なされていますが、ファイトフィールドの収縮に合わせまだ押し寄せている様です」


 なるほど、と僕は持ち合わせの懐中時計を開く。

 ……ファイトフィールド収縮まであと4分か。

 まだまだ長丁場になりそうだ。


「出来るだけみんなの体力は温存させるべきだね」

「承知しました。第五、第六部隊の様子はどうです?」

「以前変わらないよ。討伐数を見るに苦戦はしていない。戦況は保たれている」

「了解しました。では配置に戻ります」

「くれぐれも、危ないと思ったら煙弾を上げるんだ。すぐ向かう」

「はっ」


 と言い、ナッツは去って行った。


 戦況は保たれている。

 それは現状での話であり、未来の話ではない。

 まだ見ぬ異形種が、恐ろしい能力を持っているのかもしれないし。

 ほんと、気が抜けない。


 僕はそのまま戦場の観察に戻った。



「はああああ!!」

「グッグッググ、グ?」


 クルミの、目にも止まらぬ速さの刺突。

 魔物の体に打ち込まれる刀身は。

 あまり巨体の敵に対し有効打ではないように思える。


 事実レイピアと言う武器は、本来対人の方が効果を発揮する。

 しかし彼女のレイピアには特別な力がある。


 魔物に10度刺し、クルミは自身の足で一度魔物から距離をとる。

 そんな彼女を追いかけるために。

 魔物は大きな口を開けながら。


「グガアアアアアア!!」


 咆哮を上げ迫ってくる。

 その瞬間。

 クルミはレイピアを正面に突き立て。


「――【剣技】爆花ばっか

「グッ!? グガアガア!!」


 魔物の体に打ち込まれた魔力が光り。

 戦場に一つの閃光が走った。

 10度の爆破音と共に、魔物の喉元から赤い血が流れ。

 傷口からどろどろと色んなものが垂れる。


 その瞬間を見て、クルミは。


「――【剣技】ミダレノ打チ」


 光がレイピアの周りで灯り。

 その閃光による轟音は周囲に鳴り響いた。

 爆発を纏わせたんだ。


「バイバイ、二度と顔見せないでね」

「アアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 その断末魔の後、静かに魔物は倒れた。

 その時、彼女のレイピアの先端には、赤い核の様な物が突き刺さっていた。

 突き抜いたか。

 凄いな。芸当が。


 本来、近衛騎士団の隊長と言うのは基準がある。

 その基準は割と細かいし、当てはまらない事もあるが。

 代表的なものをあげるなら。


 ・同時に魔物3体を一人で倒せる戦闘力。

 ・半年以上騎士団に在籍していた者。

 ・何かに秀で、突き抜けた才能を持つ者。


 その三つがある意味、代表的な条件なのだが。

 つまり何が言いたいと言うと。


 『近衛騎士団 隊長と言うのは、通常魔物に対し負ける事はない』

 と言う事なのだ。


 あいや、断言はできないな。

 僕は勝てる自信があんまりないし。

 ただとにかく、3体を同時に相手できる技能を持った者が。

 この場に立つと言った感じだ。


 アイチャン・コロレフ、モーザック・トレスも順調に戦闘に勝利している。

 隊長たちの負傷はまだ出ていない。

 最悪この隊長だけでも残っていれば、ここは守り抜ける。

 そう確信できるだけの才能が。

 ここには揃っている。


「…………」


 僕は戦い向きではない。

 でも。

 僕は指揮官には向いている。


 僕が隊長に任命された理由は、

 さっき上げた3つの項目の、二つ目と三つ目によるもの。

 戦闘はからっきしだ。


 でも僕には才能がある。

 この目を使って、

 僕が人間の勝利へと導くんだ。


 ここ東城壁イーストランパートが突破されてしまったら。

 全てが壊れてしまう。

 だから――。



「………………なんだあれ」


 【黒点】。

 一つ、黒点が目立った。

 見える街並みの中で、魔物が通ったことにより倒壊したその建物の。

 瓦礫の上で、四本足で立っている。

 その存在。


 黒い体。背中にはトゲが4本生えており。

 鋭い牙、息と共に揺れる巨体、そして――ここからでも分かる赤い瞳。


「………」


 魔物である事には変わりない。

 だが、その魔物から感じる雰囲気は、常軌を逸していた。

 この距離からでも感じる。

 威圧感。

 不快感。

 そしてこれは――。


「なんか変なのがいるわね」


 その言葉はアイチャン・コロレフから飛び出した。

 流れる魔力の風に、彼女が気が付いたのだ。


 そして次の瞬間、響く咆哮。


「ガアアアアアアアアアアアアアーーー!!!!」


 その咆哮は東城壁イーストランパート全域に響き渡り。

 その場の全員の鼓膜を揺らし。

 髪を揺らし。

 心を掴んだ。

 鷲掴みだった。

 もちろんそれは、心を不安一色にした。


「変な魔物?」

「何言ってるの、変どころじゃないわ。殺気が魔物のソレじゃない。お嬢様はこんなことも知らないなんて」

「うるさいわね! 魔族に言われたくないわよ――!?」

「いいから、クルミ。あんたも剣を構えて。……あれは、レベルが違う」


 クルミの言葉に、アイチャンが冷たく返す。

 その言葉には先ほどまでの余裕がなく。

 アイチャンは剣を強く握りながら、青い顔に汗を流した。

 そして震えた唇で、彼女は言った。


「あれは、獣のソレよ」


 言い得て妙。

 僕はそう感じた。


「チッ、報告に上がっていた犬の異形種がこっちにきたか」


 その異様な雰囲気にモーザックも反応する。


 犬の異形種は、

 報告に上がっていた。


 確か、人魔騎士団の一人が。

 その存在をアリシアで確認したものらしい。

 最初に姿を現したとされるその異形種は。

 その場にいた魔解放軍幹部を、瞬殺したと。


 最重要警戒対象。

 死神もこれに入っているが、あの魔物もまた入っている。


 そのくらいの存在が。

 この東城壁イーストランパートにやってきたのだ。





 その存在は、また口を開いた。
















「下ヲ向イテェ、アァ歩コオオヨ」








 その不気味な歌は、何故だか分からないが。

 その場にいた人間全員の五感を奪い。

 悪寒と共に鳥肌が勝手に立ち上がり。

 そしてその刹那。



 ――その場にいた4人の発狂を皮切りに、その魔物との戦闘が始まった。





 余命まで【残り●▲■日】

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