■:魔法大国グラネイシャ・王城
アルフレッド視点。
王狐のメンバーの参戦により、時間自体は稼げている状態だった。
「くそっ、しつこいんだよてめぇ!!」
「しつこい? それは愚問ですな死神様」
黒髪ロングの髪型で、執事服を纏っているその男、
――セイレーン・ラベルは白いリボルバーを使用し、
オフィーリアに“かわすしかない魔力弾”を撃ち込みつづけていた。
魔族特有の無限にも近い魔力を最大限利用し、
弾を魔力で生成し続けているのだ。
だから無尽蔵に弾がある。
だからあいつの戦い方は決まっている。
「近距離で詰めれば、あなたでも対応は難しいでしょう?」
「ちっ」
「ほら、そこ気が抜けてる」
バキュン。と音が鳴る。
オフィーリアもあの距離まで近づかれて、手も足も出ていない様子だった。
王狐の半分は魔族で構成されている。
セイレーンとミーシャは魔族であり、そして、極めて戦闘能力が高い。
「はぁ~あ」
そんな肝心なミーシャは、その戦闘には参加していなかった。
というか、出来ないのだ。
セイレーンの銃弾は当たる事でその真価を発揮する特別な物。
オフィーリアの細い右手は、既に黒く染まっていた。
セイレーンの魔力弾は【呪い】を孕んでいる。
【呪い】は魔族特有の、“固有能力”みたいなものだ。
相手に与え、相手を蝕むことが出来る卑劣な物であり。
その【呪い】の強さで、魔族間での序列が決まったりしているほどだ。
魔族は弱肉強食を体現したような連中だからな。
「――――」
セイレーン・ラベル。
その【呪い】は、『鬱蒼の呪い』という。
セイレーンが作った魔力弾を身に受けると、
セイレーンの魔力に体が侵食される。
対象の体にある魔力を食い散らかしながら侵食は広がり。
最終的には部位を壊死させるという。
――――。
オフィーリア視点。
「っ!」
「避けるだけで手も足も出ない。それに、戦い方が固まっていませんよ」
「なにッ!?」
「戦うならば戦いを学びなさい。力を暴論ごとく振り下ろすだけじゃ――」
右手に携えた白いリボルバーを回し、息をする暇もなく打ち続ける。
咄嗟、右のリボルバーを上に付き上げ。
言葉の途中に振り下ろそうとした。
その様子を見逃さなかった俺は、右腕そのものを下から上へと突き上げ。
その瞬間、背中から飛び出した影が、セイレーンに向かうが。
「なっ!?」
「一方的な会話になんの意味がある。戦いに必要なのは、キャッチボールをする手札の多さです」
セイレーンは執事服の中にしまっていたもう一丁のリボルバーを取り出し、
右手、リボルバー。
左手、リボルバー。
二丁拳銃のガンマンの様に、セイレーンは銃弾を撃ち込んだ。
その銃弾は俺を捕らえた。
左肩だ。
赤い血が、その場に飛び散った。
だがその痛みに臆する時間はない。すぐさま次の銃弾が発射された。
「キャッチボールする気がないのは、お前のほうだろうがクソ魔族が!」
「……? 何を仰っているのか。キャッチボールをしようとしてますよ? ただっ、あなたがボールを返してこないのです」
「これこそ一方的な会話なんじゃないのかよ!!」
力を“暴論”と例えていたお前が、今まさに“暴論”を振りかざしている。
そう俺は心で皮肉った。
しかし、それを口に出す余裕はなかった。
「抗う努力がたりません。もっと素早く、もっと楽しんで、もっと前を見て」
「くっ、くうううう!!!」
侮辱。
そう感じた。
俺は心の中で憎しみを感じた。
魔族、それは俺の嫌いな物だった。
魔王、それも嫌いな物だった。
俺は嫌いなものが多い。
だからこの男に、虫唾が走った。
遊ばれている。
分かっていた。というか、嫌でも理解できる。
自分が今、遊ばれているということ。
時間稼ぎを悠々と行われているという事。
苦しい。辛い。許せない。
内心穏やかでない。
しかし、そう思っても、まだ手も足も出なかった。
でも気がついた。
――――。
アルフレッド視点。
「時間稼ぎをしろって、ちゃんと伝えてるニャぁ、だから、ちゃんと稼いでくれてるニャんね~」
「あの楽しそうなスーパー矛盾戦闘狂を、久しぶりにみたなぁ! がはは!」
ミーシャの言葉に、ガルク笑った。
ミーシャ・ラビリス。
彼女は銀髪を撫で、猫の様な仕草をしながらそう捕捉をしてくれる。
「……しかしまぁ、よくセイレーンとミーシャを見つけてくれたのう。ガルク」
わしはそう、二人の後ろで言った。
思えばそうじゃ。
かくれんぼをしておったじゃ。
この広い魔法大国で、ミーシャとセイレーンは見つけてもらうために隠れておった。
わしの手助けなしだと、二人とも見つからんと思っとったが。
「今回ばかりは骨が折れた。だが、緊急事態となれば、本気を出したまでよ」
「……ガルク、主はサザルの王なのだから。身の引いた方がいいのではないか?」
「笑止。我がサザル王国は勇敢な戦士ほど歓迎される。戦うはことは見せつけることだ。戦いに、仁義があるのだ」
流石、ガルクの国じゃ。
ガルクの豪快で勇ましい性格にあった国。
そんな国の長に、戦いから身を引けなど、それこそ愚問じゃったな。
「――――」
状況を整理しよう。
今わしは、死神オフィーリアから離れた高所で戦いを見ている。
ミーシャがいやいやかけてくれているヒール魔法もあるおかげで、
戦えないが幾分が自分で動けるようになった。
セイレーン・ラベルとオフィーリアが戦い。
わしとガルクとミーシャ、
そして“コピー”カリス・グレンジャーもまだここに居る。
「どうして……消えないのですか?」
消えかけていた足も復元され、気になったようにカリスは言った。
「消さないようにしておるのじゃ。王剣の役割は宝石との“繋がり”を仲介する役割じゃ」
【王剣】ナイトエッジは、宝石の複数制御のためのパーツだ。
だから別に、王剣がなくとも宝石は使える。
しかし使えるだけで数は出せないのじゃ。
だからナイトエッジを仲介にし、七人の
でも今は、七人じゃない。
もうこの子一人。序列七位だけになってしもうた。
悲しきかな。
でも、悲しむのは戦いが終わってからでいい。
わしは動けぬが、魔力はまだある。
わしの代わりに魔法を行使できるこの子は、わしの代替わりじゃ。
一人より二人、二人より三人。
わしが動けない今、わしのあり余った魔力を有効活用する。
「わかりました。僕も出来るだけ、頑張ります」
「無理だけはしないでくれよ」
カリスも了承してくれた。
という事で、このまま行こうと思う。
……しかし、まだ油断はできない。
セイレーンという戦闘狂が今は相手をしているが、
見るに、死神オフィーリアは何等かの変化を繰り返している。
『これがあナたの、エンドマークよ』
最初の変化は発音の変化だ。
弱体化した力を解放し、黒い薔薇と共に禍々しい姿へ変貌し、
そして――“二本目のツノ”が生えたのがこの時だ。
そして次の変化は、わしが【王の力】で
ノーセルがやられた瞬間だ。
『―
その際は黒ドレスに薔薇が巻き付き、狂い咲いた。
見た目の変化はこれだけだったが。
あの時の圧の変わりようは印象深い。
そして言動も変化した。
明らかにあれは、おかしかった。
『愚者ノ行進ダわ』
『鳥の囀リが聞こエるの』
『どウして叩くノ? おかあアアアァァさぁぁぁあああアアアアアア゛ア゛ア゛!!!』
まるで悪夢の中にいるような言動。
戦いの最中なのに、意識は別の所にあるような。
……悪夢、そうか。
恐らくそこが。
クラシスの精神のターニングポイント。
過去の、悪への道への決定打。
そこさえ解ければ。
そこさえ分かれば。
突破口があるのかもしれん。
その言動の後、溢れ出すように、クラシスは壊れたかのように。
『どうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシて!!!!』
そこだ。
そこからクラシスは表に出ていない。
今は死神であるオフィーリア本人が体を奪っている。
今まで体の主導権はあくまでクラシスに存在した。
しかし、その瞬間、その主導権は変わった。
「……そこで何が起こった?」
感情が溢れ出て止まっていなかった。
疑問が溢れていた。
まるで抑えきれない何かが口から出ているような。
口から出てはいけない感情が口から溢れたような。
言葉になっていない感情が、
納得できていない不安が。
どうして、どうしてと。
「――――」
この七変化には、必ず意味がある。
そう確信した。
この変化は明らかに普通ではない。
何が起こったのか考える必要がある。
【呪いの堕子】について、まだ、調べる必要があるらしい――
「ぐっ!?」
そう結論づけてゆっくり両目を開けると。
すぐ横で。
衝撃波が走った。
「――!?」
瓦礫に亀裂が走って、柱が瓦解する音がして。
やっと視線を巡らせると。
「……セイレーン?」
「っ……ぐぅ」
セイレーン・ラベルが右わき腹から出血をし、横で倒れていた。
すぐさまさっきまで戦っていた下を見るが、やはり勝敗は決している。
わしはその結末を見逃した。
その経過を見ていなかった。
考えにふけっていた。
「………」
赤い片目が、
赤い両目に変化していた。
黒い髪の毛が、
白髪に変わっていた。
長い、白い、彼女の姿は。
死の神というより、まるで――『生の神』だ。
「――――」
彼女はわしをみつけると微笑んだ。
微笑んで。
次の瞬間。
わしの目の前に、いつの間にか白い彼女が移動してきた。
瞬きすらしていない。
その速度は常軌を逸していた。
進化――そんな言葉がわしの頭をかすめたとき。
彼女の口が開いた。
「これがあなたのエンドマーク」
白い天使がそう言うと共に。
血。
血血。
血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血の池。
│
│
│
│
│
│
あ、
死ん
だの
か。
│
│
│
│
│
│
血が、とんだ。
内臓が溢れている。
視界が読み取れない。情景が見れない。
落ちていく。
落ちてゆく。
堕ちていって。
堕ちていく。
なんにもない暗闇に、どんどんおちていく。
お
ち
て
い
く
■■■
■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■「――【魔法】ブリーズ」
「――――?」
風、風だ。
暗闇の中に風が吹いた。
吹いて、そして。上がった。
戻った。上昇した。
落ちていたのが嘘のように、勢いよく上がって――。
「ぐっ――!? この風圧、なに?」
死神の声だった。同時に、わしらがいた高所から落下する音がする。
そして続いて、声が響いた。
「この人たちに何をした。死神」
「……あなたは誰?」
わしが意識を取り戻すと、
そこには、知っている様で知らない、茶髪の男の子が立っていた。
――――。
「……ピーター?」
朦朧とした意識の中で反射的につい呟いたが。
すぐに正気に戻って、わしは頭を回転させる。
「――――」
さっきのは恐らく幻覚、いいや、“精神汚染”だ。
あの死神に何か術を仕掛けられていた。
そう理解できた。
目を覚ますと、その周りのカリスや、ガルクや、ミーシャも目をさすっていた。
みんな精神汚染を受けていた。
みんなやられかけていた。
一体何が起こったのか、徐々に理解できていく。
だが一つだけ、そんな状況で一つだけ、まだ理解できないことがあった。
「お主は誰じゃ?」
「…………今はそんな事、いいんじゃないですかね」
小さな男児だった。
背中は、二つ。服装はそれぞれ違う。
一人の茶髪の男児は、もう一人より背があった。
しかし服もズボンも靴もあまりいい物とは言えない。
もう一人は違った。
黒い血が付いた藍色のローブを纏い。
特徴的で印象的な、皮バックを二つ背中に背負っておった。
その背中は知っていた。
知っている姿だった。
「カリスか……?」
「お久しぶりです王様、作戦実行中にすみません。加勢に来ました」
カリス。カリス・グレンジャー。
それにこの感覚はまさか……オリジナルか?
今この場に、【王の力】によってコピーのカリスが顕現しているが。
この子はコピーじゃない。オリジナル。本体。本人。
序列七位【魔士】カリス・グレンジャーその本人が。
わしの目の前に立っている。
「どうして……ここに来た?」
「あなたに伝えなければいけない情報があるんです。これは、ガーデン・ローデンさんに頼まれました」
背中越しに言葉を発している。
その先にいるのは、先ほどの死神だろうか。
「ガーデンに……何を?」
「………」
「……」
「到着したそうです。南の街に」
到着。その言葉が意味することは、一つだった。
「……やっと来たか、あの男が」
あの男、初めて名前を聞いたのは第一次魔物群討伐作戦の時だった。
まだ覚えている。あの時の事を。
名前を聞いたわしは、すぐその男を王都へ招待し、作戦会議に混ぜてみた。
最初こそ興味だった。
男がどういう男か気になったのだ。
あんな場所で、あんな状況で、近衛騎士団にあんな啖呵を切った男に。
興味があった。
男は下手な男だった。
下手とは、生きることがだ。
変に振り回され、変な正義感を持っており。
そして下手な格好で、わしの前に現れた。
そんな下手な男が、到着した。
ついに帰ってきたのだ。
遠い冒険を経て、長い戦いを経験して、そしてついに戻って来た。
胸の内に溢れたのは歓喜だった。
嬉しみだった。
これほど喜んだのはいつ振りか、そうか、孫が生まれたときじゃ。
この瞬間だけで三年は若返った気がした。
この瞬間だけでわしは、まだ勝ってもいないのに、涙が出て来た。
そして緩んだ口で言った。
「戻ってきよったか、ケニー・ジャック!!」
赤い両目、同じ高さの二本のツノ。
弱体化していた筈の死神は――完全な姿を取り戻していた。
完全な姿、戻ったということ。それ即ち。
「帰って来たんですね? あの方が」
正気を取り戻したクラシス・ソースが、
白いドレスのまま、嬉しそうに言った。
決戦が近づいている。
やっとそれを肌で感じた。
余命まで【残り●▲■日】