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百十三話「覚醒」



「どうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシて!!!!」



 徐々に悲痛感が増していく叫び、それが嫌と言うほど耳に張り付いてくる。


「私ハ、私ハ、私だっテ、私モ、私ガ、私だケが」


 取り乱しているその様子は、私達全員に金縛りの様な重さをかしてくる。

 息苦しさを感じて、

 寒気で震えて、

 唾がカラカラになっていって、

 ただその、悲痛の叫びに。

 私は何もしてあげられなかった。


 いいや、出来なかったのだ。

 もうそれは、手遅れの、化身だったのだから。


 きっと彼女は不幸だったのだろう。

 想像もできない恐ろしい不幸が、考えが及ばない絶望が、嫌と言うほど伸し掛かったのだろう。

 捻くれてしまったのだろう。

 生きていけなかったのだろう。

 だから彼女は、叫んでいる。


 腹の底から響く絶叫を、私はただ聞く事しか出来なかった。

 白い世界の中で私は何も出来ない。

 間違えてしまった彼女を、救う事すらできない。

 救いたいから歩いたのに、

 救いたいから見て来たのに。

 どうして。


 ……でも、こうするしかないんだ。

 間違う事もあるかもしれない。

 でも、間違い方を誤った彼女は、止めなければいけないんだ。

 私が、序列が。

 止めなければ。行けないんだ。


「ロベリアさん、頼めますか?」

「……同じ気持ちのようだね。うん」


「――【魔法】幻鏡」


 私は正しい事をする。


「装備かいじ……え?」


 小さく、ロベリアが戸惑う言葉を上げた瞬間。


「――――」


 私の視界で赤い鮮血が破裂した。


「イっ」


 遅れて耳が痛くなった。


 キーンってうるさくって、私は思わず両耳を両手で塞ぎ屈み込む。


 その反動で、私は神技を解除してしまった。

 戻る視界。

 白から黄色、そして灰色の世界へと収束していく。

 その先で目に写ったのは。


「――――」


 彼女クラシスが、ロベリアさんの顔面を地面にめり込ませている光景だった。


「ぅそ」

「嘘じゃないよ」


 この場所の雰囲気にあっていないくらい気軽な声色で、彼女、クラシスは言った。

 薔薇の匂いが私の鼻に障ってくる。

 何もかも理解が遅れていた私は、ただ、見ている事しか出来なかった。

 私は感情の回路が壊れたかのように、ただ恐れる事しか、出来なかった。


「俺がこの人を殺した。あれ? でも粒みたいに消えて、だから人じゃないのかな?」

「………ぇ」

「ねぇね、お姉さん。お姉さんも殺したら、これみたいになるの?」

「……」


 その瞬間、クラシスは気持ち悪いくらいニカッと笑って。

 次に瞬きをしたその時――。


「ひっ……!?」


 風が全身を押してくる。

 私はいきなりの事で驚き、両手で無防備にも顔を守った。

 しかし、特に体に変化はなかった。

 ただ、声が聞こえてきた。


「ん?」

「……ふざけんな、クソが。どうして、こんなにぃ、はえぇんだ」


 灰色の髪の毛が私の前に落ちてくる。

 いつの間にか、私の目の前には人が立ってて、私はやっとその人物の顔を見る。


 瓦礫の山にいなくなったはずの、リザベルタさんだった。


「どう、して……」


 私は唇が震えていた。


「俺様の安否を確認しておくべきだったな女ァ、俺様はまだピンピンしてるぜ」


 変わらない豪快な口癖。

 そして加速する私の動揺。

 言葉すらうまく話せなくなっていて、私はただ独り言に様に。


「……して、どうして!!」


 そう次から次へと呟く。

 そんな私を見ながら、リザベルタさんは口を開いた。


「………悪いなケイティ」

「…はっ……ぁぁ?」


 私の口から掠れた息が音を纏い出てくる。

 視線を下に動かすと、そこには――。


 リザベルタさんのお腹には、クラシスの拳が貫通していた。


 そう。

 私はこの人に庇われたのだ。


「今のうちだケイティ、早くイブの所へ行ってやってくれ」

「………いやっ」

「聞けケイティ。ここは数刻でも時間を稼ぐべきだ。俺様の事は、もういい。だから」

「なぁにぐちぐち喋ってるのかなぁ? 俺が、あなた達に会話を許すと思ったの?」

「ぐっ」


 クラシスの拳がリザベルタのお腹をかき回し始める。

 にくにくしい音が聞こえて来て、見ているだけで痛い光景を、私は凝視する。


「聞け、ケイティ……お前は序列としての使命を果たせ、頼む」

「……」

「おねがいだ」


 そんな懇願も、私の中では懇願に聞こえなかった。

 目の前の状況を受け止めきれなくて、私はずっと目が泳いでいた。

 どうすればいいのか、何が悪かったのか。

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、ただ震えた戯言をずっと呟いていた。


「………はっ、ぁ! リザベルタさ!!」


 そうやって震えた両手で手を伸ばした時、リザベルタの大きな口が開いた。


「――俺様はもう死んでるんだ!!」


 私の震えた言葉を無理やり遮るように、リザベルタは迫真な言葉を叫んだ。


 私はその言葉を、飲み込めなかった。

 でも確実に、その言葉で頭の中で暴れていた情報が一瞬静止する。

 震えていた唇が、泳いでいた目が、リザベルタの言葉に向けられた。


「コピーの俺様は生きてはいるが、オリジナルは既に死んでいる。だから、いいんだ。気にしないでくれ」

「――――」

「お前は、お前のやるべきことをしてくれ。王様を、この国を、この世界を、そして」




「――お前は兄貴を助けるんだろ?」




 そう言われた瞬間、

 私は飛び出すように立ち上がり王様の方へ一直線と走った。


「――っ」


 助けてくれたリザベルタさんに背中を向けて、無我夢中に走り出していたのだ。

 決して見捨てた訳じゃない。

 取り乱していたのは確かだけど。

 私はとにかく、リザベルタさんの言葉に突き動かされた。


 やっぱりあの人は、何か人の心を震え上がらせる何かを持っている気がした。

 最初のあの人の言葉を聞いて、

 初めてあの苛烈なイメージを感じて。


 私はああなりたいと、何となく思った。


 でも今はそんな場合じゃない。


 そうだ、私は兄と話したかったんだ。

 助けたかったんだ。


 私はケイティ。

 兄の事がずっと気掛かりな、ただのブラコンなのだから。



――――。



 アルフレッド視点。



 だいぶ回復はしてきたが、このままではいけないな。


「カリス、すまないな」


 わしにずっと杖を向けてくれる彼にそうお礼を言う。

 すると、少しオドオドしながらも彼は返答をしてくれた。


「い、いいえ。僕にはこれくらいしか」

「お主はもっと自信を持った方がええぞ、主は凄い才能を持っておるんだから」

「……はぁ」


 わしの渾身の褒めに納得のいっていないようなため息をするなぁ、カリス。

 褒め方が下手と娘にも言われたことがあったわい。

 まぁ、そう言うのはカルミラの方がうまかったな。

 そう言えば、毎回カリスには、こんな感じな返答をされていたのぉ。

 実際お主は大成功を収めていると言うのに。

 確かコピーは2年か3年前に行った序列が多いはず。


 つまり、このカリスは、

 自分がいずれ『ポーション学の最先端』に立つことも知らんのじゃ。


「しかしまずいな、もうそろそろ時間切れじゃ」


 内なる魔力が減る一方、剣先から伝わる感覚で宝石たちの崩壊を肌で実感する。

 何人かはやられておるだろう。

 結界の中から外の様子は見ることができんらしい。

 声が聞こえるから会話はできるがな。


「……もうそろそろわしも出なければならないようじゃな」


 言いながらわしは剣を強く握る。


 この王剣もどこまで通用するかいまだ分からん。

 時間自体は稼げているが、終わりが見えないのは中々に苦痛じゃ。

 しかし確実に時間は稼げている。


 確か連絡では、数分から数時間は到着が遅れると聞いている。


 この命を捧げ。

 ここでわしは、彼らの到着を待つんじゃ。

 加勢が無ければ勝てぬ。

 もちろん今この国で戦っている騎士も強い。

 だが足りないのだ。

 魔物がどれほどいるか想定できない。

 第一次魔物群討伐作戦の際も数えきれないほどの魔物が現れていた。

 あの時の惨劇を、数部隊が壊滅するあの悲劇を繰り返したくないのだ。

 あの悲劇の損害は計り知れない。


 もし次あの規模の被害が起きてしまったら、わしは安心して、子に座を譲れんのじゃ。


「……無理だけはしないでくださいよ」


 わしが剣を構えると共に、隣でカリスは小さく呟いた。


「……それは、出来ぬ約束じゃな」

「……僕はあなたに死んでほしくないです」

「知っとる。しかしわしは王じゃ」

「王ならば、民の為に生きるべきでは?」

「馬鹿者、年老りにいつまで国を背負わせるつもりじゃ。カリス」

「………」

「若い主らが次の世代を繋ぐ、それでいいじゃろう」


 この世界も変わりつつある。

 わしが生まれた頃はまだ冒険者などと言う職業は、

 命知らずのアホがやる蛮族の遊びだと馬鹿にされておった。

 しかし今の時代、それは変わってきている。

 冒険者は夢のある仕事という認識が、今のこの世界じゃ。


 ………。

 わしも長く生きすぎた。

 もちろん死に急ぐわけではない。

 時代は移る。だから託したいのだ。

 若く、優秀な人間たちに。


「だから……わしは――」


 その瞬間、結界に何らかの衝撃が走った。


「っ!? 何じゃ!?」

「わ、分かりません。何かが、ぶつかったような?」


 わしは剣を構え片足を立てる。

 まるで何か結界にぶつかったような、そんな衝撃が結界に走ったのだ。

 結界の中から外の様子は全く確認できない。

 だが、恐らくこれは。


「――!? 王様!! 結界が!!」


 限界が来たのだ。この状態の、限界が。


 音を立てて結界が割れる音がした。

 眩い白い閃光が輝いて、わしとカリスはその有様を見て、戦慄した。


「い、イブ……?」

「かぁッ」


 細い体から突き抜けている拳は、赤い鮮血を被っていた。

 その様子は、今結界から解放された二人に衝撃を与え。

 寒気を走らせ。

 恐怖を覚えさせ。

 そして。


「キラキラ、見せてくれよ。俺それ好きなんだ」

「にげ……」

「喋んな」


 グシャッ。

 そんな生々しい音と共に、イブの胸から手が引き抜かれた。

 青髪ロングの髪の毛に赤い血が泥の様にべっとりとついて地面に落ちる。

 こほこほっと苦しそうに咳き込む彼女は、何も出来ぬまま。


「ごめんなお嬢ちゃん。俺、自分が抑えられないんだ」

「っ……はぁ、は」

「バイバイ」

「ア」


 イブの頭に振り下ろされた右足は、イブ・バダンテールの頭部を完全に潰した。


 その時、聞こえて来たぐろい音は脳内で反響して、

 その時、飛び散った血の量は、恐らく一生忘れることが無いのだろう。


 次の瞬間、イブはガラスの様に割れ。宝石はまた一つ壊れてしまった。


 飛び散った血だった物も白い粒に変化し。

 幻想的なその光景は、先ほどの凄惨な光景とのギャップで吐き気を催す程だった。

 そしてクラシスは男勝りな顔をしていた。

 両目を閉じて、その宝石の死を肌で感じている様だった。


 ――まるで、快楽殺人鬼の様に。


 次に瞳を開いた時、完全に染まってしまった赤い瞳に釘付けになってしまう。

 先ほどの陰鬱とした雰囲気が一変。

 そこは恐怖と衝撃が走る惨殺楽園デス・エデンと化したのだ。




「お主は何者だ!? クラシスではないな!!」


 わしはそう問いただすと、その魔人はこちらに視線を向ける。

 瓦礫に片足を乗せながら殺した宝石を気持ちよさそうに感じていた彼女……彼は。

 張り付いたような笑みのままわしに顔を向けてきたのだ。


「俺か? 俺はクラシスだ」

「クラシスには見えんが?」

「ふっ、まあ正確には違うな。俺はクラシスでもあるし、クラシスじゃない」


 意味深なセリフを口ずさみながら右肩を縦にくるくると回す魔人。

 そのまま魔人は答えながら、こちらへ歩み始めた。


 クラシスであり、クラシスではない。

 まさか……!?


「――お主、死神オフィーリアか!?」


 長い黒髪からは薔薇の匂いがして、つぶらな赤い瞳がふるふると揺れている。

 その奥にあるのは読み解けない感情であり。

 笑いながら魔人は、アルフレッドの言葉にこう返した。


「正解だぁ! 俺がこうして表層に現れるのは初めてで、どこか楽しいんだ。あぁ、楽しくて仕方ない!」

「どうしてお前がここにっ……どうして敵対する!! お前はあくまでクラシスに手を貸しているだけなのだろう!?」


 おかしいっ。

 確かにクラシスには動機がある。

 恐らくそれは壊れた母の束縛に対する感情の爆発であり。

 その発散として手段を貸しているのは死神のはず。


 今、体のコントロールを死神が行っているのならば、我々に敵意を向ける必要がない筈だ。


「別に俺だって敵対はしたくないぜ?」


 アルフレッドの訴えにすぐ返す魔人は、まだ楽しそうに笑っていた。


 死神とクラシスは恐らく、『利害が一致した協力関係』じゃ。

 一体どんな利害の一致があったのかは定かじゃないが、


 わしの予想では死神オフィーリアは『生き永らえる事』であり。

 クラシスは『復讐が出来る力を貰う事』だと考えておる。


 だから、死神本人にわしらと敵対する気なんてない筈なのに。

 そうわしは踏んでいたのに。

 なぜだ?


「でもなぁ、王様さんよ。俺は感じるんだ。クラシスのこの激情を」

「激情?」


 言いながら、魔人は華奢な右手で握り拳を作った。


「あぁ、憎しみだ。怒り、憎しみ、後悔、全部が明らかに人間の抱えるそれとは違う」

「それが……主が敵対する理由か?」

「その通りだ」


 魔人は面白そうに大声で語り、両手を広げ歩みを止める。


「この激情は俺に『人を殺せ』と付きつける!!

 俺にこの感情は止めれない。

 俺も俺の意思でこんなことはしていない。

 でも俺は、殺せば殺す程気持ちがスッキリする気がするんだ。

 だから俺は物を壊すし人を痛めつけるし人を殺す。

 この気分は異常なんだろうけどなぁぁあ、今の俺からしたら唇が震えるくらい楽しんだよ!!!」


「――どちらも異常者ばかりと言う訳かッ! 死神ィ!!」


「――その通りだグラネイシャ!! さァ、1300年の因縁に決着をつけようじゃないかァ!!」


 アルフレッドは剣を構え血気迫った顔に豹変し、王剣を両手で強く握る。

 対して死神オフィーリアはとても愉快な笑い声と共に、瓦礫を蹴り上げ姿を消した。


 わしは決して命が二つある訳でもない。

 だが見た感じ、ここには既にわしが出した宝石がいないと見える。

 剣からもなかなか他の連中の反応を感じない。

 故にわしは今、ここで自分自身の身を投じて時間稼ぎをしなければならないのだ。


 散っていったかの序列達よ、感謝する。


「カリスよ!! 主はそこで援護してくれ!!」

「わ、わかりました……!!」


 王様は背後にいるカリスに強い声で啖呵を切る。

 その様子に思わず慌てるカリスだが、置いて行かれながらも杖を構え。


「――【魔法】血流操作!!」


 70過ぎた老体にカリスは魔法をかける。

 メキメキと胸の内から感じる魔法の効果に王様は下唇を噛みながら。


 その瞬間、1300年の因縁の決戦が幕が上がったのだ。


「どりゃあ!!」


 先行はアルフレッドだった。


 王剣の刀身に微量の光が飛び始め、剣を大きく振りかぶる。

 すると――高濃度に凝縮された小さな魔力が、巨大な斬撃となり王城を削った。


「おいおいグラネイシャっ! お前あんまり魔力ないんじゃないのかよ!!」

「何を言っておるかぁ。主にはこの剣技の真骨頂をまだ見せてはいないだろう!!」


 瓦礫の柱の側面に重力を無視しながら立っているオフィーリアに、アルフレッドは右手を勢いよくかざす。

 右手に力を籠め、魔力を集め、そして叫んだ。


「――【剣技】王義、泣かせ滝!!」


 刹那、轟音が鳴り響き、小さな粒たちが瓦礫を持ち上げ始めた。

 斬撃で破壊した瓦礫が意志を持ったように積み上がり始め、それは歪ながら。


 巨大な鎧を着た銅像がその場に二体顕現する。


「――【魔法】王義、戦え石の騎士ストーン・ナイト達よ!!!」


 白い光が瓦礫の中で輝き、それは瞳の代わりの様に瞬きをする。

 顕現し現れた石の騎士ストーン・ナイトは、巨大な地響きと共に前進を始めたのだった。


 少量魔力で使用可能な剣技。

 本来莫大な量の魔力を使用する魔法であるが、王剣で使用する際は別物じゃ。

 しかし弱点がある。

 それは主戦力にならない所じゃ。


 つまり、わしがこの二体の石の騎士ストーン・ナイトを召喚した理由は。


「――死神オフィーリアよ、わしはその命、刈り取るまでェ!」

「――くっくく、これがお前のエンドロールだ!! アルフレッド・グラネイシャ!!!」


 刹那、わしは突撃して来たオフィーリアに剣を振りかぶる。

 一撃目は器用に避けられ、カウンターでオフィーリアは右足を振りかぶる。

 しかしわしはそれに対応し、一度ステップを踏み後方へ下がる。


「ちッ!!」


 そこへすかさず石の騎士ストーン・ナイトたちのカバーが入る。

 大きなアックスの攻撃は流石の死神でもよけなければならないらしく、舌打ちしながら死神も一歩下がった。


「アァ?!」


 その先でもう一体の石の騎士ストーン・ナイトが待ち構え、巨大なハンマーを振り下ろした。


 巨大な瓦礫が真っ二つになるくらいの衝撃が走るが。

 振り下ろした時に流れた煙が消えたとき、そこに死神は立っていなかった。


「上です!! アルフレッド様!」

「くッ! 石の騎士ストーン・ナイト!!」


 カリスの言葉によりオフィーリアが上空に居ることが分かったアルフレッドは、

 迫りくるオフィーリアに対し石の騎士ストーン・ナイトで防御行動を取った。


「はああああああ!!」


 次の瞬間、石の騎士ストーン・ナイトの右手は破壊され、

 オフィーリアのかかと落としはそのまま地面へと振り下ろされた。


 その隙を逃さなかったアルフレッドは剣を突き出すような姿勢のまま突撃し、

 目の前に着地したオフィーリアに王剣で刺しかかる。

 しかし向かっている途中、赤い瞳がアルフレッドを捕捉したのだ。


「覚悟っ!」

「甘いィ!」


 瓦礫を蹴り上げ残像を残さず動くオフィーリア。

 そしてオフィーリアはアルフレッドの正面に姿を現し、華奢な体に合っていない程片足を上げ。


「死ね、アルフレッド!!」


 黒髪が靡き、黒いドレスが擦れ、素足の攻撃がアルフレッドを襲う。

 アルフレッドもその攻撃を見て右足を強く踏み込み剣を下から上えと強く振り上げた。


 カウンターのカウンター、汗が流れて地面に落ちるまで。

 瞬きを許さない戦いが。

 呼吸すらできない戦いが。

 荒波の如く押し寄せ、それに揉まれなお抗う。


 まるで人間ではないオフィーリアの動きにアルフレッドは対応していた。

 恐ろしく早い移動を目で追い。

 恐ろしく強い打撃を避け。

 恐ろしく放っている威圧感を無視し戦っていた。


 まるで全盛期のアルフレッドを彷彿させる戦いっぷりに、死神は更なる娯楽を感じる。


 初代SS級冒険者チーム、『王狐』のリーダーだったアルフレッド。

 彼の力は魔法であるなら神級であるほど強かった。


 しかし、限界は来る。

 最初に受けていた空中からの一方的な攻撃、それに手も足も出なかったのは紛れもない事実だ。

 今や死神は地上で肉弾戦を仕掛けてくるから相手が出来ている、だが。

 もし先ほどの様な戦術を取られてしまったら。

 アルフレッドは負ける。

 必ずだ。


 そして、限界は訪れる。

 老体に鞭を打つ彼の体は、既に悲鳴を上げている。

 人間は無限じゃない。

 命も、力も、体力も、無限じゃない。

 限界が訪れるのだ。


 それは起こるべくして起こった。


「――っぅ」


 アルフレッドは膝をついた。

 体力が切れたのか、体が動かなくなったのか、命が削れたのかは分からなかった。

 その様子を見て宝石の生き残りだったカリスは叫んだ。


「アルフレッド様!!」


 この状態のアルフレッドみすみす逃がすわけもなく、当たり前の様にオフィーリアは突進を仕掛ける。

 すでに石の騎士ストーン・ナイトは二体とも破壊されていた。

 だから防ぎようが無かったのだ。


「――――」


 赤い瞳が暗闇で曲線を描いて、それは確実にアルフレッドの頭を捉えていた。

 緊張が走った。

 いいや、先ほどからずっとここには、酸素がないような空気感をしていた。

 でもその瞬間、その時だけ。

 その場にいた全員の頭に浮かんだ言葉があった。






 『おわった』と。






 暗闇の中で絶命の音が聞こえた。


 血が溢れる音が響いた。


 瓦礫が転がる音が、反響した。


 そして――。


「……え?」

「ま……も、れた」


 ケイティ・ジャックはお腹に穴を開けて、その場に倒れた。


「あ? お前生きてたのかよ」


 オフィーリアの冷たい言葉がアルフレッドの胸に突き刺さる。

 それはもちろん、アルフレッドの心が傷ついた訳じゃない。

 その言葉は、確かに、ケイティが生きていたことの証明だった。

 例えコピーでも、


 その事実がアルフレッドに並々ならぬ衝撃を与えたのだ。


 アルフレッドの握っていたボロボロの剣が光る。

 そしてアルフレッドは、それが近い事を理解した。


「ケイティ?」

「……ぐっ、ェ。よがっだです……」



「………そんな」


 本当にアルフレッドから出たか怪しいくらい、震えた呟きだった。


 泣きそうな言葉だった。

 死んだ、終わったと誰もが思った。

 誰もがアルフレッドは死んだと思ったのに、

 それは違った。


 アルフレッドは守られた。

 何度も何度も、そして最後まで。


「け、イティ……お前は、最後まで、お人好しなんじゃな」

「……わ、ばだしは、じがう。ただのぶ」

「――――」


 ドロドロと赤い血だまりがケイティの服を濡らした。

 口から赤い塊を吐き出し、涙を目に溜めながら何かを伝えようとする。

 その悲痛な様子を見て、アルフレッドは抑えられなくなった。


「ケイティ」


 言葉を投げかける。


「お前はきちんと、兄を殴れたよ。今ケニーは、とても、幸せにしている」


 風の様に流れて、その言葉はケイティの耳へ入った。

 その言葉にはとんでもない意味があった。

 とんでもない力があった。

 そして証明だった。

 証明だ。








「よが……った……」







 ケイティ・ジャックは光の粒となり消えた。



「……綺麗だな、このキラキラ」


 オフィーリアが、雰囲気にあっていない、言葉を吐く。


 何にも思っていないような、何にも感じていないような、人間じゃないその言葉を聞いて。

 アルフレッドは小さく頷いた。


「行くぞオフィーリア」

「――――」


 この剣戟を目で追えたものは恐らくいないだろう。

 その光景を見ていたカリスも、目を回していたのだから。

 音もなくすべてが切れたから。

 何も感じず、終われたから。


 ――その瞬間、アルフレッドの剣はオフィーリアの胸を貫いた。


「ぐっ……はっ」

「ッ……っぐ!!」


 口を歪ませながら両者は嗚咽を漏らす。

 もっともその二つの嗚咽は、違う意味を持っていた。

 どんどん力を籠め、少女の胸に剣を突き刺す王様に、

 それを抜こうと剣を握り、力を籠めている死神。


 油断、それを見極めたアルフレッドにソレは訪れた。


 倒しきる好機。

 殺せるチャンス。

 人を殺めた後の意識の緩みを、アルフレッドは見逃さなかったのだ。


 七色の光を一つ失った王剣は、オフィーリアの心臓に鋭く突き刺さる。

 黒い血液が泥の様に流れ落ちる。

 響く音でどちらが優勢が全く分からないけれども。


 少なくとも、これが最後の戦いなのは決まっていた。


「散れ、オフィーリア!!!!」

「ぐっおおおおお!!!」


 両者、血反吐を吐きながら。

 両者、叫びながら。

 両者、泣きながら。



 戦いの結末は、訪れたのだ。



「……な、に」



 ぽろっと、アルフレッドの腕から剣が落ちる。


「……びっくりしたぜ、ったく」


 軽口を叩くのは、アルフレッドでもなくオフィーリアだ。

 カリスは恐る恐るその状況を一点の曇りのない瞳で見つめる。

 そして、そこで起こった出来事を理解するのだった。



 王剣ナイトエッジの破損により、その戦いは死神の勝利となったのだと。



 オフィーリアは胸に刺さった折れた刀身を抜きながら息を吐く。

 そうだ、剣は最初からボロボロだったのだ。

 折れるのも、時間の問題。

 そう納得してカリスは絶望した。


 オフィーリアのダメージが無さそうに軽口を叩く様子に、アルフレッドは力が抜け、尻を付いた。


「…………」


 ……ここで限界が来るか。


 先ほどからボロボロになっていた王剣、ここで壊れてしまうのか。

 どうしてこんな大事な時に、壊れてしまうのか?

 くそう。

 くやしいの。

 ……。

 でも、わしも出来る限りを注いだ。

 結果はダメじゃったが、わしは全力を尽くせた。


 悔いは、ない――。


「あ?」

「駄目です。この人は、殺させません」


 死を覚悟したアルフレッドの前に、忽然と立ったのは。

 最後の宝石であったカリス・グレンジャーだった。


 もう既に勝敗は決していた。


 なのにカリスは、身を挺してわしの前に立つ。

 よく見てみると、王剣が折れた事によってかカリスの足は消えかけていた。

 ……つまり消える寸前の力を使ってわしの前に立っている。

 もう訳が分からなかった。

 さっきからコピーとはいえ、オリジナルじゃないとはいえ、

 少し命を燃やし過ぎなんじゃないか?

 お前らは。


「お前も殺せばキラキラになるのか?」


 オフィーリアの問いにカリスは震えながら答える。


「……そうです。ですから、この人だけは」

「どうして俺がその要求を飲まなきゃいけないのか分からないなぁ」

「………飲まなければ、あなたには最悪な未来が訪れますよ」


 そうカリスは言い切る。


 脅しだ。

 嘘の、脅しだ。

 はったりだ。


 わしは知っておる。

 震えているその手を、わしは今見ている。

 カリス。

 カリスよ、無理をしないでくれ。

 いいんだ。

 いい。

 わしはもう、ここで――。










「――小僧の言う通り、お前には最悪な未来が訪れるよ。クラシス・ソース」


 一つ、その場に声が響いた。

 どこか強い威圧感を纏ったその言葉に、カリス、オフィーリア、そしてアルフレッドの視線が向けられる。


 七色の夜空を背景に、金色の鎧がたった一人。

 巨大な斧を構えながら、大口を叩きながら。

 現れたのは。


「ガルク?」

「ボロボロじゃないか、フレッド」


 東の王国、サザル王国の現王【ガルク・サザル】はそこに見参した。


「どうして、ここに?」

「かくれんぼが遅れてしまったよ。すまないなフレッド。でももう大丈夫」


 ガルクの言葉を最初は理解できなかった。

 でもアルフレッドは、徐々にそこにいる別の人の気配を感じ取った。


「まさか……お前たち」


 そこに現れたのは。


「全くもって理解できません。そこまで身を粉にし、命を燃やすことに意味があるのでしょうか?」


 執事服を纏い、自身の眼鏡をクイッと持ち上げ、その釣り目が特徴的な男。

 そしてその男の頭には、魔族の証明である立派なツノが生えていた。


 “イエーツの大使” セイレーン・ラベル。



「やけにぼろぼろだニャぁ、アルフレッド。しかしまあ、これだけ遊んでるならミーも呼んでほしかったニャよ」


 猫の様な動作で頭に生えた猫耳を搔きながら、銀髪の赤い瞳が鋭く光る。

 小柄な背丈で汚れた布の様な洋服を着た少女が一人。


 “ノージの旧友” ミーシャ・ラビリス。



「ここからは昔の様に豪快に行こうじゃないか!! 波の如く、破壊を尽くそう!」


 金色の鎧を纏い、サザル特製の魔道具である斧を構えた大柄の男。


 “サザル王国の王様” ガルク・サザル。



 今ここに、『元SS級冒険者チーム【王狐】』のメンバーが再集合したのだった。



――――。



 ■:魔法大国グラネイシャ・王都 ローゼン教会。




「……こいつ、普通じゃない」


 黒い背骨にはトゲが4本生えていて、見た事も無い赤黒い瞳に横へ切り裂いたようなレンズフレアを放っている獣。

 グルグルと喉を鳴らしながら、街の噴水を齧っているその魔物と遭遇していた。


 いや、してしまったのだ。



 ピーター・レイモンとモールス・ダリックは。

 【異形種】に遭遇してしまった。







 余命まで【残り●▲■日】


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