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百十二話「孤独の痛み」



 ケイティ視点。



 夕食の席に、ただ一つ空いている椅子があったのを今でも覚えている。



 私は実の所、この家の兄弟ではなかった。


 まあよく見れば分かる事ではあるけど。

 みんなの性格も顔も似てないし、髪の色も全く違う。

 でもみんな、私を家族の様に扱ってくれた。


 ……でも、もしかしたら、

 それは私が、物心ついてから10年の間。

 布団で寝たきりだったからだったからかもしれない。


 当時ジャック家も北の街もそこまで発展していなかった。


 だからうちにはあんまりお金が無くって、私の生まれつきの病を治せなかったのだ。

 病の名前は一度も聞かされた頃はない。

 というか、私が聞きたくなかったのだ。


 当時の私は気持ち的にとても辛かった。

 物心ついた時から数年間。

 全身の体の自由が効かず、

 天井を毎日見るだけの生活だった。


 兄妹は数人いたらしいけど。

 最初は現実味がなかった。

 お父さんが必死に看病してくれたけど、

 お金が無かったその当時、病の元から治療する資金はまだなかった。


 父は悔やんでいた。

 だから父は、毎日のように私の部屋に来てくれた。


 二年が過ぎると、部屋に他の兄弟がやってきた。

 最初は一番上のカールお兄ちゃん。

 もう私が見たときは20歳くらいで、大人で、かっこよかった。

 父以外の人と言えば定期的にやってくる医者しかなかいなかったから。

 当時はお兄ちゃんが来るだけで喜んだ。


 カールお兄ちゃんは、外の世界の話をしてくれた。


 次はエマお姉ちゃんがやって来た。

 同じ女の子だと言う事で嬉しかった。

 私と同じくらいの年齢に見えたけど、実際は分からない。

 まあ実際、全く違った(10歳も離れてた)。


 エマお姉ちゃんには知識や魔法を教えてもらった。


 三人いるうちの一番下で一番年が近いゾニーお兄ちゃんが来た。

 歳が一番近いと言う事もあって色々話しやすくって、

 やっと兄弟って感覚を抱いた。


 ゾニーお兄ちゃんは沢山お菓子と絵本も持ってきてくれて文字を教えてくれた。


 いつの間にか物心ついてから五年が経っていた。

 その時点でやっと父の事業が成功し、お金を貯め始めることが出来た。

 そう報告してくれた時。

 私は外を歩けることを夢に見た。

 生まれてからこのかた、まともに歩いたこともない私だ。

 そういう夢を抱くに決まっている。


 そして同時にこんな夢も抱いていた。

 もう一人の兄を見てみたいなと。


 私が生まれてすぐ、どうして兄弟と会わせてもらえなかったのか。


 それはエマお姉ちゃんとゾニーお兄ちゃんがまだ若かったのもあるし、

 他の二人の兄は忙しかったからだ。


 カールお兄ちゃんは剣の修行で王都に行くことが決まっており。

 もう一人のお兄ちゃんは日々、貴族になる為に勉強をしていたらしい。


 私は特に疑問に思わなかった。

 でも今思うと、何かもう一人の兄が来なかったのは理由があるのかなと思う。

 例えば、気まずいだとか。

 まだピンとくる答えは見つけ出せてないけどね。

 エマお姉ちゃん曰く、

 もう一人の兄『ケニー』は人見知りらしい。

 曰く、そのケニーお兄ちゃんはエマお姉ちゃんが誘っても、

 私の部屋に行くのを恥ずかしがって断ったそうだ。

 そういうものなんだなってその時は思ってた。


 そして私は、布団生活六年目を迎えたとき。

 やっと手術を受けることになった。

 資金が集まったらしく、お父さんはすぐ私を部屋からだした。

 初めて見た青空は、今だ私の記憶に酷く残っている。


 検査入院して、一カ月後に手術が行われ、無事成功した。


 だが私はすぐに目覚めなかった。

 その大手術は小さな私の体には負担が大きく、

 麻酔が切れたはずなのに、『三か月』も私は目覚めなかったのだ。


 だがその病は若いうちに直さなければ後戻りが出来なくなる病であり。

 少しの間の辛抱だと、お父さんは説得してくれた。

 私はそれに納得して手術を受けた。


 目覚めると、私は歩けるようになっていた。

 そこから数か月間のリハビリの末、走れるくらいまで回復した。




 これで私は本当の意味で生まれたのだ。

 ケイティ・ジャックとして。





 だが家に帰ると変化があった。

 エマお姉ちゃんはどこか性格が暗くなっていて、

 楽しみにしていたケニーお兄ちゃんは、


 一つのドアという分厚い壁の向こうで、引きこもりになっていた。




 私が神級魔法使いになっても、

 結局、ケニー兄さんには会えなかった。


 いいや、厳密に言えば会ってはいた。

 でも話したことはなかった。

 いくら引きこもっていてもトイレやご飯、出かけるときには玄関を使う。

 そう言う場面で何度か兄を見かけたけど。

 私はそのやつれた兄をみて。

 何も分からないまま話しかけられなかった。


 兄は私と同じだといずれ思うようになった。

 兄の状態を、孤独と言わず、何と呼ぶのか。

 私は分からなかった。


 お父さんに聞くと兄は父のせいで心に傷を負っていると教えてくれた。

 本当なら私は、

 素直にドアなんて開けて、

 会いに行くのかもしれないけど。


 でも、何かが引っかかって私は兄に会いに行けなかった。


 多分、兄が一度もお見舞いに来たことが無かったから、

 どう接すればいいか分からなかったのだ。


 だから私は幼いうちに、分からない物に蓋をした。

 でも気に掛けてはいた。


 だから教師になった。


 私は若いころに心に傷を負った事を聞いていたから、

 お父さんに『そういう子を助けたい』。出来る仕事は無いかと聞くと。

 教師になりなさいと教えてくれた。


 だから、教師になった。


 初めて教鞭をとったのは南の街の学校だった。

 私は自信があった。

 子供が好きだったから。

 コミュニケーション能力はある方だし、魔法学もある程度齧っている。

 神級魔法使いでもあったし。周囲からの期待にも、応えられる気がしていた。

 だから私は『慢心』した。


 失敗した。


 それは他人からすれば失敗ではないのかもしれない。

 でも私は、それを『自分の失敗』だと認めなきゃいけなかった。



 たった一人の引きこもりの子を、結局最後まで助けられなかったからだ。



 その時の後悔を私は忘れた事がない。

 だから私は決心した。




 人を助け、自分を磨く旅をしようと。




――――。



「主に話があるのだ、ケイティ・ジャックよ」


 まさか生きているうちに、

 小さな個室で王様と二人っきりで話す機会があるとは思わなかった。


 それは遥々遠方から届いた一通の手紙。

 私がノージ・アッフィー国のスーモ地方を歩いている時だった。

 宿に戻るとそこには、自分の事をグラネイシャ王の従者と言う、小奇麗な綺麗な女性が待っていた。

 彼女曰く、グラネイシャの王のアルフレッド様が、「あなたに提案がある」と持ち掛けてきたのだ。

 もちろん最初こそは信じていなかった。

 胡散臭い話だと直感的に思ったからだ。

 でも、どこへ行ってもその女性は付いてきて、

 流石に鬱陶しくなったから私はグラネイシャへ大人しく帰った。


 それがまさか。


「話とは何でしょう……王様」


 本当の話だとは誰が思うんだ。


「単刀直入に言わせてもらうと、主には序列の座についてほしいのじゃ」


 どこかぐいぐいとした態度の王様に多少ばかりの不満を感じながら。

 私は気になったことを聞く。


「序列? ……失礼ですが、それは何ですか?」

「序列はいわば最強ランキング的な奴じゃよ。抑止力として置いておる」

「は、はぁ」


 色々話が飛躍しすぎて頭に入ってこない。


 まずその最強ランキングにどうして私が就くのか、意味が分からなかった。

 私は確かに神級魔法使いだけれども。

 それはあくまで趣味の範囲であって。

 私の本業は教師なんだ。


 というか、神級魔法使いなんてエマ姉さんもそうだし。

 なるならばエマ姉さんなんじゃないだろうか?

 ここはいっそ、エマ姉さんの凄さを妹なりにプレゼンしてやろう。

 そう思い切った時だった。


「わしはの、主のその『特異体質』をとても興味深いと感じたんだ。

 ……あ、わしが君の事を知っているのは、まあ君の事を少し調べたからなんだが」


 少し申し訳なさそうに、女性の事を調べてしまった事へのデリカシーの無さを、

 片手を頭の後ろに置き「すまんすまん」と詫びる王様。


 そんな王様を見て、目を点にしている本人がいた。


「え? 何ですかそれ……私ですら、知らないんですけど?」

「え?」

「えっ??」


 どうやら私は特異体質らしく。

 通常、魔法を使用する際の魔力消費が。

 なんと『二分の一』も減らされているらしいのだ。


 結構真面目に実感がなく。

 今まで私すらそれに気づいていなかった。

 それも王様曰く、

 その特異体質と神級魔法に使用する【高純度魔力スペシャル・マナ】と相性が抜群に良いらしく。

 試しに少し本気で魔法を使ってみたら。


「oh…」


 知らない言語が出てきた。


 今まで意識して本気を出したことがあまりなかったから。

 こんな力があると知って、自分でも本当に驚いている。


「その力を、我が国の為に使わんか?」

「絶対お断りします」


 という事で、私はそのまま旅を続けました。

 めでたしめでたし。とはならず。


「一応、理由を聞いてもええかの?」

「いや、いきなり国を守るとか言われても困ります」

「うむ」

「……それに色々胡散臭いし」

「うーむ」

「……私、旅終わったら教師に戻るつもりですし」

「うーーむ」


 いくらそんな悲しそうな鳴き声を出しても、私は動じないぞ。


「そうじゃのぉ、あくまで君がそう言うのならば。わしは止めれんなぁ」


 やっと諦めたように王様は自身の白い髭を触った。


 ……唐突に言われても本当に困る。

 私はそこまで偉大な存在じゃないし。

 そう、むりむり。

 今日の所は帰ろう。


 そう考え私は席を立ったのだが、ふと頭に一つの考えがよぎる。


「……ん、でも聞いてもいいですかね?」

「なんじゃね?」


 私は振り返り、王様と視線を合わせる。


「もし序列になったら。私にどんなメリットがあるんです?」

「そりゃまあ……カッコイイ?」

「真面目にお願いします」


 私は責めるような視線を送ると、「わるいわるい冗談じゃ」と平謝りしてくる。

 私は王様とコントをしに来たのだろうか。


「もちろん、資金的な援助をさせてもらう予定じゃよ。

 いざと言う時に働いてもらうのが前提の話じゃが、まあ、望むことなら大体は叶えよう」

「望むことなら、大体?」


 その言葉が私の中で引っかかった。


「そうじゃ。これはあくまで交渉じゃ。互いのメリットデメリットもここで話していけばよい」

「………」

「主は何が欲しいんじゃ?

 序列になると言う事は、戦いに行かなければいけない場面も出てくる。

 命を賭ける覚悟がある人間なら尚更よいが、わしはそういう殺伐? とした雰囲気は苦手なのじゃ」

「……正直、私は他人を救うために身を粉にするのは向いていません。だから」

「それはピッタリじゃの。

 他人を救うだけの人員は、既に近衛騎士団が賄っておる。要は主の仕事ではない」


 どういうことなのだろうか?


 序列とは、一体何をする仕事なのか、いまいち掴めない。

 いや。多分本当に最強ランキングとして席に名前だけおいて、

 他国への抑止力か何かにするだけなんだろうけど。

 ……どうしてそれを私に?

 私は抑止力になりえる力を、もしかしたら持っているのかもしれない。

 でも私にその重荷は務まらない。

 だって私は。まだ、未熟だから。

 別に完璧は目指していないけど、ただ夢を叶えるにはまだ登らなきゃいけない階段の数が多いのだ。


 ……でも、序列と言う席が、もしかしたら私に成長をもたらすのかもしれない。


 その重荷は私に新しい世界を見せてくれるのかもしれない。

 人を守る。

 国を守ると言うのは、リスクはあるけれども。

 もしかしたら。次のランクへのステップアップに使えるのかも……。


「――――」


 王様はきっとそういう事を言いたいんだ。


 席さえ置いていてくれれば、自由にそれを使ってステップアップしてくれと。

 もちろんリスクがある。

 戦わなきゃいけない時は戦わなきゃいけないのだろう。

 でも、私は私の成長の為に旅をしているんだ。


 神級魔法使いも趣味程度だと認識していたけど、

 実際はその肩書だけで食べていけるくらい凄い存在なのだ。

 言ってしまえば、この旅は私のワガママ100パーセントで成り立っている。


 そして、他にも、序列になるメリットはある――。


 私はその考えを、ただの偽りもなく王様に語った。

 その考えを聞いた王様は。

 面白いと大笑いした。


「お主、お人好しじゃの!!」


 と。



――――。



 時刻 11時43分。

 第二次魔物群討伐作戦 開始から、30分経過。




 ■:魔法大国グラネイシャ・王城




 重たいオルガンの音色が、私の肩に伸し掛かってくる。


 さらけ出された天井から七色の花火がまだ光っている。

 だが、黒い薔薇に覆いつくされて行き。

 徐々に壊れかけの王城が囲まれ、閉じ込められて行くのを音で理解できる。


 そんな中――。


「私は、負けない」

「? あナたは、誰デすか?」


 怯えながらだけど、私は首のネクタイを握りしめながら立ち向かう。

 正直このネクタイが無きゃ私は今声をあげれていないだろう。

 別にネクタイにそんな力がある訳じゃないけど。

 気持ち的な問題で助かった。


「私はケイティ・ジャック!! 神魔、ケイティ・ジャックよ!!」

「お前……」


 横でリザベルタさんがそう呟く。


 恐らく、敵の脅威度が今ぐんと上がり、

 いわゆる覚醒を果たした彼女、いいや、怪物にみんな怯えているのだろう。

 怖いだろう。


 ………。でも不思議と、私は今、怖くない。

 ただあるのは。

 戦うと言う、意思だけ。


「――ふぅ」


 頭に弾丸を受けた事が引金になったのか? 

 明らかな状態変化、『力の覚醒』はどうして起こった。

 彼女の存在自体が、ダメージを受ける事に強くなるのだろうか。

 はは、なら無理じゃん。

 今ここに居るメンバーであの怪物を倒せはしない。

 でも多分、そんなこと誰でも理解できる。


 ――多分、王様は倒す事を目的に置いていない。


 この私達を顕現させるこの剣技も、いわゆる『消耗戦』を持ちかける技だ。

 つまり王様狙いは時間稼ぎ。

 何を稼いでいるのか分からないけど。


 稼げば稼ぐほど、こちらに戦況が傾くと言う事なんだろう。


「ならば、やる事は一つ」

「ン?」

「――リザベルタさん!! 私の詠唱を邪魔させないでください!!」

「――アァもちろんさ!!」


 私は杖を構える。

 うちに感じる魔力の量は明らかに少ない。

 しかし、いま出来る最大限をするためには、

 この数少ない魔力を使用する他なかった。


『――我らに加護を与え、その名を轟かせし王子よ。』


「おらおら、バックアップしろ!!」

「言われなくともっ!」


 リザベルタは邁進し始め、背後にいたロベリアに叫んで命令する。


 黒薔薇の化け物に怯えていた序列達は、ケイティを皮切りに立ち向かい始める。

 ロベリアは怯えながらもリボルバーを構え、

 モーザックは剣を構え立ち上がろうと声を荒げる。

 イブは後ろを見ないように杖を強く握り、

 結界内でカリスは王様にヒールを掛け続けていた。


 みんながみんな、最初こそはリザベルタに鼓舞されていた。

 だが、今では。


 ケイティ・ジャック。その存在が、光となる。


「愚者ノ行進ダわ」


 クラシスのノイズがかった言葉が響く。


 同時にオルガンの低音が場を支配するが、それにも屈しずリザベルタは拳を振りかぶった。

 先ほどの惨状。

 ノーセルの最後を見てもなお。

 彼らにはやらなければいけないことがあったのだ。


「はああああああ――!!」

「っ……」


 一撃、リザベルタの拳はクラシスの顔面を捉えた。

 しかしクラシスはびくともしず、ただ一言。


「鳥の囀リが聞こエるの」

「――ぐっ!!??」


 そんな譫言を口に出すと共に、小さな地鳴りがなり。

 黒い衝撃波がリザベルタを襲った。

 リザベルタの胸あたりに出現した衝撃波はリザベルタを吹っ飛ばし、瓦礫の山に彼女は消えた。

 しかし彼女が場からいなくなったとしても。

 まだクラシスの歩みを止めようと飛びかかる人物は存在した。


『――我らの関係に花を咲かせ、』


「このまま負けっぱなしは癪だぜぇ!! ――【剣技】下刃突きィ!!」


 青髪の青年モーザックは自身の剣を大きく振りかぶり、


「おらああああああああ!!!」

「花ノ匂いガするの」


 しかし響き渡るオルガンの音色が、モーザックの剣をまた振動させた。

 残像を残すくらい激しい振動に剣は震えるが。

 その瞬間――。


「あァ、そこに居タのね。オかあサん」

「――ウ゛ッ」


『――その豪傑の行く先に、その恋路に』


 黒い影が目にもとまらぬ速さで飛びかかるモーザックの溝内に一撃入れる。

 目で捉えることが出来なかった攻撃に思わずモーザックは吐血するが。


「『装備開示』ガガ・マシンガン」


 刹那、銃撃音が室内に響き、

 黄色い光を纏う弾がクラシスに向け15発連射される。

 その弾丸は黄色の曲線を描きながら空気を切り、そのうちの11発はクラシスに命中する。

 しかし弾丸は、


「うそだ……」

「……ドこへ行クの? ねエ、おカあサん」


 クラシスの体を捉え、その衝撃でクラシスはちゃんとよろめいた。

 だがバランスを崩し倒れるまでは行かず。

 まるで、弾丸なんて来なかったように。

 クラシスはまた歩み始めた。


 同時に金属が瓦礫に落ちる音が響き。

 ロベリアは『弾丸がはじかれた』事を直感的に察した。


「もう、人間を辞めたのね。本当の意味で」


 そう確認するように呟き、下唇を嚙みながらロベリアはリボルバーに弾を込める。


『――眩い未来がありますよう、明るい幸せが訪れますよう願います』


 コツコツ、死神は歩み続ける。

 いまだなお歩みを止めないクラシス、彼女へ次に飛びかかったのは。


「ガハァッ、くそがッ」


 赤い鮮血を吐き、咳き込みながら剣を両手で構える男。

 モーザックは最後の特攻を仕掛けようと立ち上がったのだ。


「痛みなんてくそくらえだ、ゴホッ。死ねぼけぇなす」

「……ねェ、どこへ行っタの?」

「ぶつぶつぶつぶつうっせぇなァ、俺の事も、見てくれよナァアア――!!」


 剣を両手で強く握り。モーザックは右足を強く突き出し進みだした。


 【アルフレッドとクラシスの距離、約7メートル。】


「――【剣技ィ】殺奇・紅蓮返しぃぃいイイ!!!!」

「ドぉぉぉおォオおおオおシテ、許しテくれナいの?」


 その刹那、より一層巨大になったオルガンの音色が、地面に落ちている瓦礫を揺らし。

 崩れかけの天井が音を立てて崩壊していく。

 瓦礫の雨が降る中、モーザックは血反吐を吐きながら大きく振りかぶった。


「どウして叩くノ? おかあアアアァァさぁぁぁあああアアアアアア゛ア゛ア゛!!!」

「はあぁぁぁぁああああああ!!!!!」


 モーザックの一撃はクラシスの右肩に衝突する。

 決して刃が食い込むことはなかったが、先ほどの弾丸に比べれば成果があった。


 その一撃は、確かに一瞬だが、クラシスの歩みを止めたのだ。


 互いの言葉の剣幕がぶつかり合い。

 瓦礫の雨が降り注ぎ、そして。


 ――モーザックは欠片になりガラスの様に割れた。


 青色の宝石が死に、欠片が地面に虚しく落ちていく。

 二度目の仲間の死、だがその成果は確かだった。

 クラシスの歩みは止まっていた。


 止まっていたから私は好機と見た。


「――【神技】豪傑恋歌!!」


 地面が抉れ、その中で私はもう一度叫んだ。


「――超越ッ!!!」


 黄色い衝撃波がその場に走り、小さな瓦礫はふわふわと浮遊を始める。

 ぐらりと視界が歪んで。

 感じる魔力がごっそり減ると同時に、クラシスはバランスを崩し瓦礫の山に消える。


「倒れた……」

「まだ、まだ気を抜いちゃダメです!!」


 息を付いたイブ・バダンテールに私はそう強く言う。

 この神技はあくまで視界を歪ませる程度。

 実質的に相手の身動きを封じる技。

 しかし、身を封じたからと言ってこの技は対策が出来る。

 あの怪物が魔法を使えるようには見えないけど、もし使ってきた場合の事を考えて。気を抜いては行けないのだ。


「王様の状態は!? カリスくん!」

「えっ!? えっと、全身の傷はもう大丈夫ですが、体力がもうそこをついています。意識はありますが、いま動くと更に傷が」

「――わしはもう戦えるぞ!! ケイティよ」


 私が背中越しに会話していると。

 結界の中から王様が声を枯らしながら応対してくれる。


「で、ですが。あなたのこの傷は」

「だから大丈夫じゃって、心配性じゃのぉ」

「だってあなたは、死んだら……」


 死んだら終わり。

 そう、私や他のコピー達はまだオリジナルが存在する。

 でも王様は、アルフレッド様は、違うのだ。

 ここでもし死んでしまったら。ここで守れなかったら。

 私は、私は。


「私の目標を叶えるためには、あなたの生存が必須なんです!!」

「……ケイティ」

「あなたが教えてくれたんでしょう? あなたがお人好しと笑ったんでしょ??」

「………」

「なら応えてくださいよ。私の夢、私の目標は、心に傷を負った子を助けて光を見せる事で、そして!!」


 そう、私が旅をしてきた理由。

 誰かを助け誰かを生かす。

 父にそう教わったからじゃない。

 一般論としてそうだからでもない。


 ただ私は、ずっと背いている過去に、ずっと報いたかった。


 救えなかった大事な人を、

 救えなかった家族を。


「……そして、兄を一度殴るんだろう? はっ、はは。そうじゃったなぁ」

「――その通りです」


 だから私は、序列になったんだ。


「主の助けるの対象の中に、わしは、数えられるのか?」

「もちろんですよアルフレッドさん。私は、あなたに感謝しているのだから」


 金銭的支援を家にお願いすることを条件に序列に入ったのだ。

 支援をしてもらった。

 だから私は王様を生かす。


 この戦いで死んで、私は責務を果たすんだ!!


「ケイティ、私だけ魔法の影響を解除できる??」


 唐突に、横からそんな言葉が伝ってくる。

 そう提案してきたのはロベリアさんだった。

 この神技は仕様者以外みんなその影響を受ける。

 私は無事だけど、その他の人は基本的に気分が悪くなっている筈だ。

 イブさんだけはあんまり影響を受けてないみたいだけど。


「一人だけ影響させないようにするのはできません。でも、あなたに中和魔法を使うくらいは」

「それでいいわ、うん……ゼロ距離の弾丸を、あの女に喰らわせてやるの」


 そう言い、ロベリアさんは真っ青な顔のまま前のめりになる。


 さっきの様子から、今のクラシスに銃弾は効かない。

 しかし、ゼロ距離ならどうだろうか?

 ……確かにダメージがあるのかもしれない。

 でもリスクは取れない。

 今のこの状態がこちらにとって有利な状況だ、出来るだけ時間を稼いで――――――。


「え?」

「どうシて?」


 一つ。声が聞こえて来た。


 その声は今まで聞いて来た、禍々しく狂ったような声ではなかった。

 弱弱しく、小さなその声は。

 さながら、泣きそうだけど我慢している、小さな女の子の様だった。


「どうシて、どうシて私だケ。私だっテ、自由に外ニ出たイのに」


「どうシて? どウして私ハッ、外を見れナいノ?」


「どうシて…………」







「どうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシてどうシて!!!!」







 徐々に悲痛感が増していく叫び、それが嫌と言うほど耳に張り付いてくる。


 泣いて

 泣いて

 泣いて

 泣いて、そして。





 私はそれを、笑っている様に感じてしまったのだ。





 余命まで【残り●▲■日】


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