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百十一話「王の力」


 ■:魔法大国グラネイシャ・王城


 アルフレッド視点。



 既に、体が叫ぶような痛さを放っていた。

 いかに体が衰えたか、それを痛感する。

 わしもある程度若い頃は、名の馳せた冒険者だったのに、

 どうしてか。


 やはり人間は、老いに抗えないのか。


「クラシス、もう随分女性らしくなくなったな」

「黙りナさい。私はこれでいいの、ヨ」


 人間と言う形を、枠を超えてしまった彼女は。

 黒い影を翼の様に伸ばし、崩れた王城の中を破壊しながら突き進んでおった。

 縦横無尽、右往左往と飛んで、そしてわしに突撃してくる。


 どうやらわしは彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。

 実際挑発しているつもりはあったが。

 そこまでとは思わなかった。

 まあでも、これでもまだわしが思い描いた筋書き通りじゃ。


「……ナイトエッジをもってしてもこの力差」


 わしが使っている剣は1300年前から贈り物。

 『王剣』ナイトエッジだ。

 七色の宝石が魔力を増幅し、持ち主に驚異的な身体能力を授けるという言わば魔道具なのだが。

 その力をもってしても、苦戦している。


 呪いの堕子の力は強大だ。

 強力な不死性と再生能力を持っている彼女は、どれだけ戦っても倒せない。

 災害と形容しても問題ない存在だ。


 だがつい最近、

 最後の呪いの堕子であった『不完全なオフィーリア』は、

 とある出来事により、極限まで弱った。

 その弱り様は、自らの影を伸ばせなくなる程だ。

 なんでも、ノージ・アッフィー国にて、かの魔剣にツノを折られたらしい。

 その情報は公にはされなかったが、元冒険者チームの一人が独自で入手し、わしに流してくれた。


 わしはすぐさま好機だと理解した。

 1300年前の因縁に決着を付けられると考えた。


「こりゃ……本当に弱体化しとるんか」


 甘かった。

 そう言わざるを得んかった。

 彼女の力は想定を遥かに超えていた。


 弱体化事態はしている。

 だが、ここまで力を引き出せる器を既に見つけていたとは。

 こんなに強い憎悪を抱いた少女を見つけることができていたとは。

 はっ、うまくはいかんものだな。


「ぐっ」


 刹那、わしの脇腹に黒い影が衝突し体が宙に持ち上げられる。

 こう空中に持ち上げられると流石のわしも何も手出しできない。

 こうなってしまうと、さっきから王城を破壊しながら飛び回っている。クラシスの方が有利なのだ。


「あっははははハ!!」


 狂った笑い声が周りから聞こえてくる。

 聞こえた瞬間、わしは空中で防御態勢を取った。

 次の瞬間、全身に激痛が走り。何かが右から左、左から右へと移動するのを肌で感じる。


 早すぎる。

 目で追えない。

 目すら開けない。

 ナイトエッジの身体能力増加が無ければ、首の一つくらいとうの昔に無くなっていた。


 空中で蜂の巣にされ、それでも何とか生き残ったわしは重力のまま地面に叩き落される。

 先ほどからこんな攻撃ばかりだ。

 反撃すらできないとは。悔しい限りだ。


「はっ、はっ……っ」


 こんな時に浮かんでくるのは孫の事じゃ。

 わしも存外、孫大好きおじいちゃん何だろうか。

 いやまあ、そうか。

 ははっ。


 別に元々勝つつもりはなかったが、走馬灯で孫の顔をみせられちゃあ。

 抗うしかないようじゃな。


「――【剣技】王の力」


 ナイトエッジには力がある。

 代々王族しか使用できない剣技、特別な技。

 継承するたびに形が変わり。

 繋ぐたびに力が増えた。

 それがこの剣技。


 いまこそ、使うべきだ。



 その瞬間、王都の中心部から瞬く間に広がったのは金色の光だった。



「立て、進め」


 王剣ナイトエッジは金色の光を放ち、七色の宝石が空中に飛び出した。

 その宝石は一つ一つが形を獲得し。光を纏いながら、それは人型へと変化し。

 その場に『顕現』したのは。












「序列一位【魔神】リザベルタァァ!!」


 少し掠れ気味だが、元気な声をしている女性が瓦礫に足をドンと乗せ、




「序列二位【怪力】ノーセル・カートリッジっ!」


 自身の巨体で大きな影を作り、自信満々な表情をしている大男、




「序列三位【銃士】ロベリア・フェアフィールドよ」


 黒いカウボーイハットを被り。大きな二丁拳銃を器用に回す女性、




「序列四位【剣士】モーザック・トレス!!」


 自慢の青髪を触りながら、剣を肩に置き悪い顔で笑う男、




「序列五位【神魔】ケイティ・ジャック!」


 大きな三角帽子に奇麗な茶髪、少しオドオドとしたように瓦礫に降り立った女性、




「序列六位【竜人】イブ・バダンテール」


 堂々とした態度で長髪の濃い青髪を揺らし、見下すように鼻で状況を笑う女性、




「序列七位【魔士】カリス・グレンジャー」


 一番背が小さく、二つの鞄を両脇に抱えガラス瓶を構える少年。




 ――その場に現れたのは魔法大国グラネイシャの『序列の幻像』。




 もちろん本人じゃない。

 どんな奇跡があろうとも、この場に序列の彼らが駆け付けるわけじゃない。


 だが彼らはここに居る。

 なぜか。

 それは彼らが、代々受け継がれてきた錬金術で生み出した、コピーだからだ。


「『七色騎士レインボー・ナイツ』よ……ふるえ」

「「――了解」」


 『【剣技】王の力』は、人の記憶を保存することが出来る魔道具で切り取った序列のコピーをその場に顕現させることが出来る力だ。

 切り取るには序列達に話をつけ、記憶を貰わなきゃいけない。

 これまでの経験。魔法の知識。外見の特徴。

 そして彼らの記憶の全てを写す事で序列レベルの実体を持った幻影を生成できる。

 この剣技の最大の強みは、一度切り取ってしまえば媒介となっている宝石が割れない限り。


「――【剣技】嵐羅愚アラグ!!」


 ――そのコピーは戦ってくれるのだ。


 一番に飛び込んだのは青髪の男、モーザック・トレスだった。

 彼の重い一撃は地面を貫きその衝撃で彼は空中へと飛び上がる。


 彼らはわしを守ってくれる。

 そして、戦ってくれるのだ。


「面白い宝石でスね。そレ」

「――ッ!?」


 空中にいるクラシスはそう不気味に笑い。

 その瞬間――強い打撃音と共にモーザックは地面に叩きつけられる。

 だがモーザックは無事だ。

 剣からそう伝わってくる。


「ああ、一回きりの、奥の手だ」


 一回きり。

 一度きり。

 割れてしまったら戻せない宝石を使った。これが奥の手だ。


「ふフっ」


 その瞬間、クラシスの小さな笑みと共に、

 空中で巨大な鐘が鳴り響いたような音がした。


「ぐっ――」


 思わずわしは両耳をふさぐ。


 音?

 音の攻撃?

 音波か!?

 そんな攻撃ができるのは初耳だ。

 この1300年の間で一度も確認されなかった能力。

 ここでその手札を切ってくると言う事は、考えがあると言う事。


 ――まさか!?


 わしは自分の持っている剣を見る。

 金色の持ち手に豪華な飾り、そして伸びる剣先は少し欠けていた。

 こっちも限界か、と思った瞬間。


「気づきよったのか弱点に」


 考えすぎな気もするが、考えるにこうとしか思えん。


 このままいけば、音響が響く度に状況は悪化する。

 強い音波の影響で崩れかけの王城は更に崩壊し、耳を潰されることによるタイムラグも発生する。


 それに、音波は金属に伝わり、超振動となり、その影響で剣が強く震える。

 恐らく目的は剣を破壊するか、わしの手から剣を離させる事だ。


 ――剣を『壊す』か『手放させる』事でコピーを全員消せることに早めに気づかれてしまった。


 早すぎる。

 やつ、流石は死神に取り付かれている女の子じゃ。

 頭が切れる。

 それにあいつらの思考は二つある。

 常に死神とクラシスが思考するから、わしに分が悪いのは当たり前だ。


 1 vs 2と言う人数不利。

 でも、もう違う。


「くっ」


 しかし、この弱点を突かれてしまったらわしはもう終わりだ。

 どうすればいい。どうすれば勝てる。

 いいや、勝つ事なんてどうでもいい。せめて時間稼ぎをするのじゃ。

 わしの目的は命を持って彼女を消耗させ時間を稼ぐこと。


 一途の希望をこちらに向かっている連中に掛けて、わしは命を燃やさなきゃいかん。


 くそう。

 早う来てくれ、ケニー・ジャック。


「ギリギリの戦いに、なりそうじゃの。……リザベルタ!」

「おう!!」


 王様の言葉にいち早く反応したのは、掠れた大声の持ち主。

 アルフレッドに背中を向け、リザベルタは空中で動き回るクラシスを視線で確認し。


「――俺様の活躍の機会、潰すわけには行かねぇなァ!!」


 両手を広げ、まるで威嚇する獰猛な獣の様にリザベルタは唾を吐く。


 彼女の名前はリザベルタ。

 序列一位にして『魔神』の称号を持っている正真正銘の化け物だ。

 もちろん宝石のコピーだから恐らく弱体化はしているだろうが。

 今は最強の彼女に色々任せた方がいいじゃろう。


「頼むリザベルタ。ここに居る序列を纏め、戦ってくれ」

「王様ん状態は嫌でも伝わってくるぜ? コピーってのはこんな感覚なんか、きしょくわるい」

「はっ……わしより20歳も若いのだから、頑張ってくれよ」

「70超えてんのに無理しすぎだ王様。死ぬつもりか」


 あながち間違えていないがな。


 しかし、わしも無理をし過ぎた。

 さっきの空中追撃が未だに響いておる。

 と言うか、あれで死なない方がおかしいのだ。

 全く。

 頑丈な体しおって。


「おい序列達!」


 リザベルタは逆立っている灰色の髪の毛を揺らしながら、老体に似合わないくらい口を大きく開ける。


「あ、あの人が一位なのですか?」

「はっ、始めて見たけど。結構おばあちゃんなんだね」

「おばあちゃんではない、俺様だぁ。

 俺様はその気になりゃ銃弾でさえ止められる。銃弾止めれるばばぁはいると思うかァ?」


 カリス・グレンジャーとケイティ・ジャックは物珍しそうにその人物を見る。

 二人は一位と初対面だった。


「久しいねリザベルタ、相変わらずあんたは強情な女だ」

「お? まだくたばってなかったか、ロベリア・フェアフィールド」

「アタシが生きているかどうかはアタシ(コピー)には何とも言えないけどね」


 彼女たちはまるで因縁があるかのような雰囲気を漂わせ短い再会を済ませる。

 何故ならば、やはりその含みのある会話も、すぐに終えることとなるからだ。


「私がマまり長話をさせるト思うの?」


 宙で静観していたクラシスはついに言葉を発し、同時に再度大鐘が鳴り響くような音が響く。

 今度の音波はどこか不快感が強い物だった。

 同時に、影が二三本、王様目掛け伸びるが。


「これが意味のない長話に見えたならば、あんたは相当なあほうだぜ死神さんよ」


 何か勝ち誇ったように灰色の髪を揺らすリザベルタは言う。


「何ヲ?」

「目的は達成した。竿が大きすぎた気もするが、あらかた俺様の計画通りだぜ」



「――魔法が使える奴は後方支援っ! 結界が使える奴は王様を守れっ! 俺様についてこれる奴は俺様に合わせろっ!」



 その言葉が現場を走った瞬間、

 それまでただ立っていただけだった序列達は一斉に行動し始めた。


「王様、あんまり魔力がないので強い治癒魔法は使えませんが」

「カリス。悪いけど時間がないわ、あなたごと結界で閉じるわよ」

「も、問題ありません」


 序列七位、カリス・グレンジャーは杖を取り出し治癒魔法を王様に使用し。

 序列六位、イブ・バダンテールは髪留めをほどき杖を振ると、

 王様とカリスの周りに四角形の結界を生成する。


 宝石のコピー達はそれぞれ魔法を使用可能だが、肝心な魔力はコピーできず。

 剣を持っている持ち主、アルフレッドの魔力を肩代わりし使用している。

 つまり現在アルフレッドは、七人分の魔力を全て肩代わりしている状態。

 『魔力は術式の源』そして宝石の機能には魔力が必須だ。

 剣を壊されてもアウト、魔力が切れてもアウト。


 つまりこの奥の手は、究極の消耗戦を持ちかける賭けなのだ。


「『神魔』は後方支援をしてくれ、あんまり魔力は使うなよ」

「どうして使っちゃいけないのか分かりませんが……一位の言う事ならば善処します!!」


 序列五位『神魔』ケイティ・ジャックはぐっと拳を握りしめ、杖を構える。


「ノーセル、モーザック、ロベリア」

「っ」

「ア!?」

「ふふっ」


「俺様についてこい。ここからが、――魔神様の活躍だァ!!」

「うグっ!?」


 刹那、地面が揺れる。

 同時に誰かの嗚咽が響いて、序列達は上を見上げ、戦慄した。

 突き上げた右手は確かに獲物の脇腹を捉えており。

 『魔神』リザベルタは笑顔のまま、目にもとまらぬ速さでクラシスの脇腹に拳を打ち込んでいた。


「今だモーザック!!」

「捉えたぜ、――【剣技ィ】蒼炎!!」


 剣から青い炎が斬撃となり、下から上へと勢いよく登る。

 炎が空気を飲み込むボボッと言う音がクラシス目掛け向かった瞬間、影はすぐさま伸びて。


「うるさっ」


 再度鳴り響く大鐘の音、次は崩れかけた王城の窓ガラスを全て破壊し。

 さっきより不快感が増した鐘の音は向かってくる炎をかき消した。


「かき消すなよクソが! っ、剣が」


 モーザックはぐっと両手で握っていた剣を強く握る。

 その轟音による振動は、剣が残像を残すくらいに揺れ、思わず手から剣が飛び出しそうなものだった。


「この程度でスか、魔神はァっ!?」

「――っ! まだ初撃だばーろ。ロベリアァ!!」

「『装備開示』ハンターライフル」


 リザベルタはもう一度クラシスの脇腹に一撃入れ、

 クラシスは影を伸ばし次の攻撃準備をする。

 流石にリザベルタでも重力には抗えないようで、

 リザベルタは背中から地面に落ちる、瞬間のを狙いクラシスは右手を前に突き出すが。


 クラシスの追撃より速い攻撃が存在した。


「はぁ、全く。アタシ、スナイパーは苦手なのよ?」


 瞬間、耳を劈く音が鳴り響き、空中に血しぶきが舞った。


「――――っ」


 その弾はクラシスの頭を貫通した。


 空中でクラシスは全身を脱力し、バランスを失ったように落下し音を立てて瓦礫に落ちる。

 弾丸はどうやら『頭』を貫通したらしい。


 光る黄色の線で構築されたライフルは一発切りの銃弾を打ち切った後、

 光は空中に散り、元のリボルバーに戻る。

 ロベリアはリボルバーの弾を取り出し、おもむろに右手を開く。


「あまり無駄遣いは出来ないわね。でも、うん。私なら百発百中よ」


 同時に青い光が集まり、それは手のひらに一発の弾丸を生成された。


 宝石の力で顕現したコピー達の武装は、もちろんコピーである。

 だからこそ、弾を使う銃には多くの魔力を使用してしまう。

 弾ですらコピーなのだから。

 全てアルフレッドの魔力を使用し顕現させているのだ。

 だから無駄使いが出来ない。


「しかしロベリア、腕が落ちたかァ?」


 背中越しにリザベルタはそう問う。


「少なくとも上がってはいる筈だけど? ま、オリジナルの方がもちろん強いだろうけどね」

「はっ、相変わらず減らず口を叩く野郎だぜ」

「それはお互い様よ。リザベルタ」


「おいお前ら!! まだオワッテナイゾ!!」


 迫真なノーセル・カートリッジの叫びに、その場にいる全員が振り返る。

 するとそこには、――まだ黒い影が蠢いていた。


「こりゃバケモンじゃねぇか」

「こ、こんなの。どうやって……」

「ケイティ・ジャックさんよ、あれは倒せる代物じゃないんだぜ」


 モーザックはまだ動ける力がある存在に恐怖し。

 ケイティ・ジャックは思わず腰を抜かし弱音を吐く。

 そのケイティを見て、リザベルタは不敵に笑った。


 ここまでの戦闘でケイティは手を出せなかった。


 理由は二つある。


 一つ目は、隙が存在しなかった。

 リザベルタが飛び込まなければクラシスは姿すら捉えられなかったし。

 何より魔法は、莫大な魔力を使用してしまう。

 だから躊躇ったのだ。

 躊躇ってしまったのだ。


 そしてもう一つの理由は。

 死への恐怖だ。


「どうせ俺らはコピー。壊れてもオリジナルが死ぬわけじゃねぇ」


 まるでケイティの腹の内を理解したようにリザベルタは言葉を紡ぐ。


「……でも」

「でもじゃねぇぞ。ここは死ぬのを恐れない人間がいる場所だ。

 死に物狂いで王様助けて、あとは全部オリジナルに任せようぜ」


 老けた顔、だがその肌は目を疑うほど白かった。

 どこか筋が通った青い瞳をしており。

 自分より年を取っているのに、そんなカッコイイセリフを吐ける人物が。

 ケイティに向かって振り返る。


「なんの為に序列になったんだ、ケイティ」

「……わ、わたしは」


 ――黒い影が空を泳ぐ。

 勢いよく飛び出した影は王城の天井を貫通し、先ほどよりも強かった力がオーラとなり序列達に降りかかる。

 その瞬間、瓦礫が粉々になり。


 中から、薔薇の香りが皆の髪を触った瞬間。


 頭に穴を開けたままのクラシスは、ツノを更に伸ばしていた。


「アアアァァぁ、虫唾が走ル」


 更に人の域を超えた見た目になって登場したクラシスは、

 頭を撃ち抜かれたのに地に足を付けていた。

 場に威圧感が伸し掛かり、冷たい空気と暖かい空気が交互に襲い来る。

 それは覚醒だと言えるほどの変化だった。

 黒薔薇は更に根を伸ばし、王城の所々に黒薔薇が狂い咲く。


 その場にいるメンツはその様子を見届けながら。


「今度は俺のデバンダァァァアア!!」


 最初に走り出したのはノーセルだった。

 『怪力』ノーセルと『魔神』リザベルタはある意味パワー系だ。

 この序列の中で一番魔力消費が少ない。

 いわゆるコスパがいい人は誰かと言われれば。

 それはこの二人だった。


「はあああああァァァァ!!」

「フふっ」


 巨大な拳の一撃、しかしそれは防がれた。

 まるで生き物じゃない動きをするクラシスの右手に、『怪力』ノーセルの攻撃が防がれたのだ。


「な、ニ」

「あマぁイ」


 まるで背中を意地悪に撫でるようにその言葉はノーセルの耳に入り。

 その瞬間、クラシスは左手をノーセルのお腹に突き出した――――――。


「なに?」


「え」


「……何も聞こえねぇぞ」


 突然、無音になった。


 世界が静寂に包まれた。


 ただただ周りの序列の声が聞こえるだけで、いきなり、空気が圧縮された様な感覚を皮切りに。

 世界から音が消えた。


 だが、すぐに音は戻った。

 徐々に音量が上がっていく世界に、序列達は畏怖する。

 何故ならばその背景でとある旋律が鳴り響いていたからだ。


 ――それは突如、悲痛の叫びの様な音色を奏でた。


「――コれがアなた達ノ、エンドマーク」


 重たい“オルガン”の音色が。

 その場にいる序列達の体を蝕んだ。

 中にはオルガンの音に顔を真っ青にし血を吐く者もいた。

 『竜人』イブ・バダンテールはその恐怖に血を吐き、歯を鳴らしながら震え。

 『魔士』カリス・グレンジャーはまるで凍えているような感覚を抱き、

 温度差に腹の底が気持ち悪くなる。


 そして『神魔』ケイティ・ジャックが、やっと言葉を発した。


「ノーセルさん……?」

「……やられたか」


 オルガンの重たい音色の向こうで、壁が崩れ落ちる振動が足に来る。

 どうやら強い衝撃が壁に与えられたらしく。

 その瓦礫の中から、光っている粉が舞っていた。


 その光景を見て、場は騒然とした。


 それは音もなく壊れていた。


 それは音もなく死んでいた。


 それは音もなく割れていた。


 その光っている粉の正体は、断末魔すら吐かなかった。

 仲間の割れた宝石の残骸だったのだ。


 ケイティはその光景に思わず片手で口を塞ぐ。


 コピーの彼らからしたらそれは死だ。






 曰世 し

 く界 か

 、に し

 か魔 カ

 ノ法 の

 氷を 氷

 鬼広 鬼

 はメ は

  新 自

  時 身

  代 ノ

  を 剣

  も に

  タ 魂

  ら を

  シ 封

  た ジ

  。 込

    め

    眠

    ル

     」



 誰かの言葉が頭に響き、

 思わずアルフレッドは両手で頭を抱える。


 それはまるで『悪魔の囁き』。

 一方的に推し付けられる不快感はアルフレッドにとって苦痛であり。

 たちまちそれは恐怖へと変貌した。


 他の序列も耳を塞ぐ。だが決してその言葉は塞がれず、頭に投げかけられる。






 曰の しい

 くち かま

 、に しだ

 か築 かソ

 ノか のの

 勇れ 勇魂

 者ル 者は

 は王 ハ現

 旅国 自世

 をの らに

 し起 も残

 人源 魔っ

 々デ 王て

 ヲあ とい

 救り 同る

 っ、 じ。

 た魔 道 

 。王 ニ

  を 落

  退 ち

  け  、

  タ

  本

  物

  の

  英

  雄

  。

      」


 邪悪な何かを全身で感じた。

 黒い漆黒の、淀んだ泥が頭から被るように。

 まるで喉の奥が気持ち悪くなるように。

 体がとてつもない拒絶反応を出すくらいに。


 ただただ、それは、魔王と呼べるほどに。


 純粋な恐怖だった。



 曰新 し1

 く時 か3

 、代 し0

 かの か0

 の最 の年

 国先 国ノ

 王端 王時

 ハ国 はを

 国と 過終

 をシ 去え

 作て をて

 り名 終も

 発を わ 、

 展馳 ラま

 サせ せだ

 せタ る目

 、。 こ的

    とヲ

    が果

    出た

    来せ

    ズて

    。い

     な

     イ

     。

      」




 アルフレッドは瞳を開けた。

 また音が聞こえなくなっていた。

 結界に守られながら、恐る恐る、アルフレッドは外を見る。


 すると見えてきたのだ――。


「――――」



 その姿は形容が、難しかった。


 漆黒の薔薇は黒ドレスに巻き付き、狂い咲いていく。


 コツコツ、とヒールの音を鳴らしながら。


 纏う威圧感と陰鬱感と、どこか発している上品なオーラが結界越しに肌を触った。


 それをひとたび見てしまえば。

 もうその鬱くしさに絶句するだろう。


 『死神』でもなく。

 『死の魔人』でもなく。

 1300年前と言う長い間で数々の異名をつけられた彼女は。

 いまや彼女を形容するには過去の名を漁るしかなく。

 その名前の中で合致する物を選ぶとすると――。



 ――死を運ぶ憤怒。

 ――赫怒の姫。


 その名を、


 一騎当千。

 古今無双。



 【― 古き死の神インタクネータ ―】



 クラシス・ソースは、壊れた。


 知ったから。見たから。喋ったから。


 人のターニングポイントは意外とそこらへんに転がっている物だ。

 ただ、それは転がっているだけで。

 自ら寄ってくる事なんて決してない。

 それを拾う為に腰を落とす努力と、それを拾い上げた時の感情が大事なのだ。



 これはクラシス・ソースの。

 復讐の物語である。














「私は、負けない」

「?」


 一つの光が。

 一つの言葉が、その場を支配する。

 六個の宝石の中で。

 紫色の宝石にコピーされており。

 今まさに父のローブを風に揺らし、

 癖毛が空気に煽られ、姉からのプレゼントの三角帽子を必死に片手で抑え、

 三人のうちの一人の兄から貰った緑のネクタイを片手で握りながら。




 序列『神魔』ケイティ・ジャックは、ただ一人死神に立ち向かった。





 余命まで【残り●▲■日】


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