僕、ゾニー・ジャックは王都・大魔法図書館で作戦に移った。
■:魔法大国グラネイシャ・王都・大魔法図書館。
「大丈夫? 兄さん」
「ああ、俺の事は気にするな。あそこの家も訪ねてくる」
走りながら兄、カール・ジャックがそう息を切らしながら言い。
すぐさま、僕が止める間もなく兄は走り去っていった。
あまりに行動が早い兄に面喰った。
「……無理しないでね」
そう片手を伸ばすけど、もうその声は聞こえていないようだった。
建物の物陰に入る兄を見ながら。
僕は脱力させた片手を下にさげた。
「――――」
どうしてこの日に、死神は来てしまったのか。
考える度にそんな邪念が、思考が頭を埋めつくす。
どうしてこんな日に。
死神は攻めて来たのか。
今僕は、あの死神と言う奴を、――全力で叩き潰したい。
そう思ってしまっている。
これは騎士として恥じるべきなのかもしれない。
これは人間として間違った感情なのかもしれない。
でも、こんなのあんまりじゃないか。
あんまりすぎる。
どうして。
「っ……」
心の底から溢れてくる何かのエネルギーが、ふと持っていた剣を強く握る。
足元から感じる魔物の歩みを、ただただ感じながら。
僕は顔を上げることができなかった。
カール・ジャックが王都に居る時、カール・ジャックが楽しみにしていた今日この日に。
死神は。
やって来たんだ。
僕は知っている。
死神に兄さんは全て壊されたんだ。
腕を失って。全部失って。残った自分の在り方を探していた兄さん。
どうして死神は全て奪っていくんだ。
どうして死神は全て壊そうとするんだ。
「カール兄さん……」
今まで頑張って来た。
守ろうと必死だった。
カーソンやイーソンの事を守れたから、どこか浮かれていたのかもしれないけど。
僕は、ずっと後悔していたんだ。
守れなかった兄を、救えなかった兄を。
もっとも僕は少し前までそんな偉大じゃなかった。
スポットライトにすら当てられない。悲しい人間だった。
サブキャラクターだった。
でも知った。違うって。
僕は騎士。王都近衛騎士団・十五部隊隊長なんだ。
もう言い訳を考えるのを辞めた。筈なのに。
そう。過去は消えないんだ。
「ッ……駄目だ。ここで弱気になっちゃいけない」
僕はふと感じた気配に、そう腕の力を緩めた。
視線を上げると、眼前には魔物が居た。
4~6メートル程の巨体が、黒い息を吐きながらグルルと喉を鳴らした。
街の道のど真ん中、視線の先の店を破壊しながら顔を出してきた魔物は。赤い黒い瞳をこちらに向けた。
その威圧感に僕は強く剣を構えた。
魔物と距離、7メートル程。僕は魔物と目を合わせて、刹那の静寂の後。
「ガアアアアアアアアアア!!!」
「――【装備開示】グレイボール」
そう呟くと共に腰にぶら下げていた二つの球体は光を放ち、空中へ飛ばされた。
カンッカンッと重々しい金属音と共に、その魔道具グレイボールは勢いよく魔物へ直進し。
「ッ――!?」
二度三度の球は勢いを付け何度も衝突する。その威力は魔物の鼻が折れるくらい。
多分人間だと、頭は吹っ飛んじゃうくらいだった。
「アアアアアアア!!」
でも魔物は止まらなかった。減速こそはするけど、まだ向かってきていた。
しかしこれでよかった。
目的は一度、魔物の視界を潰す事だから。
「ガッ」
「――【剣技】はづき切り」
魔物の首の丁度真上に飛び上がった僕は、自分の剣を逆さに握りしめ、首元に突き刺す様に自重で落下した。
切れ心地で言えば最悪だけど、突き刺さった首元はにゅるにゅると動いているのが剣先から伝わってくる。
そんな僕はもう一度剣を握りしめて。
「――【剣技】火我射・葉月切りッ!」
その瞬間、剣先から漏れ出したのは赤い火花だった。
刀身は肉を切る程の炎を放ち、悪臭を発しながら魔物の首を切りやすい物にしてくれる。
後は力任せにしないように、慎重に、素早く。
「――――」
首を切り落とすだけだ。
肉が焼けたような、気分が悪くなりそうな悪臭がした。
同時に僕は切り落とした魔物の首が落ち、地面を小さく揺らすのを肌で感じた。
魔物は崩れるように大人しくなって、体を地面にぶつけた。
やっぱり核を探すのは一度切ってしまう方が手っ取り早い。
この考え方物騒であれだけど、そうした方が何度も魔物を切りつけるより楽だった。
「これで41匹目。もうそろそろ色々慣れて来たけど、こういう場所の慣れは、一番の敵だ」
この魔物についての情報はまだ入ってきていない。
でも多分、この作戦に参加している人はみんな気が付いている。
多分今王都に現れている魔物は、何かがおかしいと。
僕は剣で首の断面図を見つめ、露になったまだ動いている核を見る。
赤い球の様で、一般的な魔物の核にも見えるけど。
よく見ると模様が刻まれているのが分かった。
本当ならそんな模様無くって、ただ純粋な玉って見た目なんだけどね。
やっぱりこの魔物何か違う。
人々を助けるのも今は必要だけど、それより、情報を共有しなければ。
不測の事態に対応できなくなってしまう。
「……考えることが多すぎる」
いや、元々この作戦は少し無茶があったんだ。
いつ来るか分からない死神の襲撃に備えつつ、死神に悟られないように街に溶け込みながら進められたこの作戦。
でも、ここまで順調になっても。土壇場に不確定要素が多すぎた。
死神がどう攻めてくるか、そしていつ来るのか。
そこだけがずっと不確定要素でもあり、そこが賭けともいえる部分だった。。
何故なら戦力がずっと王都や他の街に揃っていることなど、無いからだ。
案外この作戦はガバガバであると僕は感じていた。
潜伏期間中、グラネイシャの外に出ないならば、自由に各地を転々としてもいいと言うルールを騎士側に設けていたのだ。
別にそれは王様がそうしてもいい、別に作戦に支障はないと説明してくれたけど。
あまりそれに納得できていなかった。
「……いや、でももしかしたら。王様の狙いは」
そうだ……なんで気づかなかったんだろう。
どうして配置がバラバラな人を集め、同じ内容の作戦内容を伝えていたのか。
もしかするとこの作戦。
……ふっ、あの時と同じ作戦と言う事か。
「王様は兄さんにリスペクトでもしてるのか?」
「王様が何だってゾニー」
「ひゅ!?」
突然話しかけられたから、「ひゅ!?」って変な声が出た。
こんな状況でそんな能天気な反応、場違いすぎるし。
……普通に恥ずかしい。
「あそこの家も訪ねたが既に逃げていた。多分、ここら一体の人はもういないと思うぞ」
「どうして分かるんだい?」
「俺の感だ。兄の感は鋭いぞ」
一応感が鋭いのは知っているけど。
ケニーの方の兄さんは……どちらかと言うと鈍感だからなぁ。
「分かった。じゃあこのまま移動するよ」
「……良いんだが、聞いてもいいか?」
「なんだい? 時間はあんまりないから歩きながらなら」
そう言い、僕は兄さんと歩き出した。
僕の居るここは、あまり急がなくてもいい場所に当たる。
何故なら避難場所が近いのと、この大魔法図書館は王都中に巡っている水路に囲まれている狭い土地だからだ。
多分、本当に今忙しいのは、恐らく序列達だ。
他の騎士が自由な移動を許されていたのに対し、
序列だけは、自由な移動を許されていなかった。
つまり正式は配置が存在したのだ。
作戦会議を行った王城の中庭で、僕はとある地図を盗み見ていた。
それは序列と王様だけが集められた会議で、僕はたまたまその会議の片づけをしていた。
その時見た配置は、こうだった。
序列一位、序列六位、序列七位――王城を中心とし、三角形に配置。
序列二位――北の街に配置。
序列三位――南の街に配置。
序列四位&部隊メンバーは――東の街~西の街に配置。
序列五位のケイティは今不在だから気にしないとして。
この中で不自然なのは、王都のメンバーだ。
僕が出会ったことあるのは序列七位のカリス・グレンジャーと、序列四位のモーザック・トレスと言う男だけ。
その中のカリス・グレンジャーは有名人だった。
魔法大国グラネイシャの中でも、ポーション作りの面で技術を上げ。
もっともここ数年のポーション技術の革命の中心に居るのは、必ずカリス・グレンジャーと言う男だった。
きっとポーションなどを使った戦闘スタイルで弱くはない筈だ。
だがどうして、王都に六位と七位と言う中途半端な順位の人物をこの王都に置いたのか。
そしてどうして、ここまで全ての素性を隠している一位の存在を王都に置いているのか。
「それは多分、単純な話だぞゾニー」
「え、もしかして何か知っているの?」
あらかた全部話し終えて、そこで僕の考えを披露している時。
兄、カール・ジャックはそう話の間に入ってきた。
「お前がさっき、王様は俺の何とかかんとかって言ってたな。大体理解したよ」
「分かったの? 全部? 凄いね……」
「いや、これでも俺は元団長だぞ? 理解力はある方だし、王様の狙いも何となく分かる」
「ならやっぱり。序列のこの配置は……」
僕がそう聞くと、兄はふと、団長の顔に戻っている気がした。
そんな顔を見た僕は。
どこか心に靄が掛かり始める。
でも、同時に、あふれ出した感情があった。
「ゾニー、お前これに気づけるの凄いな」
兄の笑顔が眩しかった。
空の花火が兄の顔を照らして、どこか幻想的な空間の、水路の橋の上で。
僕はまた気づいた。
気づかされたのだ。
「流石、俺の弟だよ」
今までの僕はなんて愚かだったのだろう。
僕はこんなにも恵まれているのに。
兄はこんなにも前向きなのに。
どうして僕は気づいていなかったのだろうか。
兄は最初から、誰かの為に尽くせる人間だった。
誰かを素直に褒められる人間だった。
例え死神に奪われたとしても、そんな強い軸は何も曲がっちゃいなかったんだ。
「……ありがとう。兄さん」
どこか腑に落ちたような感覚に陥った。
僕が何を感じたのか、何を思ったのか。自分でも分からなかったけど。
何かがスッキリした感覚だった。
何かに気づいたような感覚だった。
だから僕は。
感謝を伝えた。
「そこの二人、近衛騎士団だね」
どこか鋭い声色の人間が、目の前で喋った。
僕とカール兄さんが視線を上げると、そこには武装した白馬に乗っている男が。
見た事のあるエンブレムを胸に彫ってある。
黄金の鎧を着た騎士が、剣を空に向け。
「私の名前は新王都・近衛騎士団、第四部隊:隊長 シェイプ・サイプだ。
さあ、馬に乗り給え。作戦の全容を、共有しよう!!」
――――。
王都近衛騎士団には現在、第十五部隊まで存在している。
第一次魔物群討伐作戦にて、第二部隊から第六部隊までのメンツが負傷したり殉職したりと数が減った。
そこで新たな団長と共に、近衛騎士団内では部隊編成がガラッと変更されたのだ。
『雑貨屋イブ』に設置された近衛騎士団の本部にて指令を送っていた。
王都・近衛騎士団、第一部隊:団長 ガーデン・ローガンは苛立っていた
「……どうして僕が死神と戦えないんだ」
足踏みをしながら、ガーデン・ローガンは自分の親指の爪を噛んでいた。
そんな中、新たな報告がテント内に響く。
「第十五部隊が合流!! これで近衛騎士団は完全集結です」
「分かった。報告ご苦労。王城はどんな状況だ?」
「どうやら王城内で死神と王様が交戦中の模様、詳しい情報はまだ入ってきていません」
「なるほど。ありがとう」
………。
それは私情だ。気にしては行けない。
僕はもう違うのだ。
そうだ、違う、変わったんだ。団長に。
確かに死神に復讐したい気持ちもあるが。今じゃない。
今までの全てを壊してやるのはあまりにも後先を考えて無さ過ぎる。
まだ自制できる範囲だ。
抑えろ。復讐心を。
あの人の言葉を思い出せ。僕。
「よし、全部隊に通達しろ!!」
「ハッ!」
――――。
『――作戦は次の段階へ移行する!!
北の街、南の街、東の街、西の街の各位にもう一度伝える。
作戦は、次の段階へ移行する!!』
■:魔法大国グラネイシャ・東の街。
王都・近衛騎士団、第二部隊:隊長 モーザック・トレス。
第九部隊:隊長 ブランデ・カレンデ。
「オメェら!! このモーザック!! 今から進軍するぞ!!」
「「うおおおおお!!!」」
「あの熱量に、私追い付けないわ……」
「隊長。あれは若いからこそできるのです」
「そ、そうよねカース。また焼き酒するとこだったわ」
■:魔法大国グラネイシャ・大魔法図書館周辺。
王都・近衛騎士団、第四部隊:隊長 シェイプ・サイプ。
第十五部隊:隊長 ゾニー・ジャック。
「休憩はここまでです!! さあ、進軍の時間ですゾニーさん」
「分かりました。みんな!! 頑張ろ!!」
「「はい!!!」」
■:魔法大国グラネイシャ・北の街。
王都・近衛騎士団、第五部隊:隊長 クルミ・ファースト。
第六部隊:隊長 アイチャン・コロレフ。
「ここでうちらの――」
「えェ!? アイチャンの出番ってこと!?」
「……はぁ、自我が強い女め」
■:魔法大国グラネイシャ・南の街。
王都・近衛騎士団、第八部隊:隊長 エヴァン・ダンヴェン。
第七部隊:隊長 セレナ・グウェーデン
「どうやら時間の様ですね。嬢様」
「ええ、そのようですわ。さて、女王のパレードに、魔物はいらない」
■:魔法大国グラネイシャ・王都・南水路出入口。
王都・近衛騎士団、第十部隊:隊長 エラ・フォーカス。
「この美しい都が破壊されるなんて。ですが、それも全て、民の為です」
■:魔法大国グラネイシャ・王都・北水路出入口。
王都・近衛騎士団、第十一部隊:隊長 マリン・ラリリア。
「さあ、来てみなさい!! この私マリン・ラリリアが、悪を駆逐するわ!!」
■:魔法大国グラネイシャ・王都・東水路出入口。
王都・近衛騎士団、第十二部隊:隊長 ユーリ・シャーク。
「僕でどこまで手が届くか分かりませんが。全力を尽くします」
■:魔法大国グラネイシャ・王都・西水路出入口~西の街。
王都・近衛騎士団、第十三部隊:隊長 ヨークシャー・ケミル。
「愚かな。まるで分かっていない。
人生を豊かにするものは何か。金か? 力か?
――全部不正解だ。虚しくなる。
正解は下ネタだ!!! お●〇■!!!」
■:魔法大国グラネイシャ・王都王城前。
王都・近衛騎士団、第十四部隊:隊長 ライジン・サムルイ。
「戦うのは、嫌いだ。面倒だし、疲れるし。でも戦わなきゃ、勝てない……仕事の時間だ」
『魔法大国グラネイシャ外周から円形に、
対魔物専用幽閉結界『ファイトフィールド』を展開を確認!!
これより、【第二次魔物群討伐作戦】を開始する!!』
『――全部隊、前進せよ!!!』
“各地に出現した魔物を王都王城に向け追いやる”本作戦は、
アルフレッド・グラネイシャが直々に考案した。
壮大で最悪な、国全体を使った大規模作戦だったのだ。
余命まで【残り●▲■日】