サバイブ・ローガンはとある建物に来ていた。
そこはぱっと見、開けた場所だった。
南海の上、孤立した島に建設された、巨大刑務所。
その刑務所には名前はない。
ただ数々の極悪人が放り込まれ、ここで余生を過ごしていくことから。
『悪の
そんな場所へサバイブは降り立った。
船で二時間。
そこへ行くだけでも数々の検査をし、書類を通して。
サバイブは職員から丁寧に案内され、建物の中に入った。
第一印象は柵が高い。
6~7メートルだと思っていた外の柵は、
どうやら10メートルは優にに超えそうな感じだった。
所々に設置されていた監視用の魔石も常に光っていた。
魔法使いなら誰でも分かる。
あの魔石に引っかかった場合。
恐ろしい目に合わされると。
「ひぇ」
と、サバイブは嗚咽を漏らす。
第二印象は建物が広い事だ。
地下には特別囚人用の牢屋。一階にはただの極悪人の牢屋。そして二階は普通の悪党だ。
一階と二階の違いは犯した罪の重さだ。まぁ、そこまで違いは無い。
明確な違いは、地下の犯罪者だ。
「――――」
サバイブは特別囚人の方に用事があった。
現地でも行われる厳重な検査を更に終え、
サバイブは石の乗り物に乗る。
この世界で乗り物なんて地竜か馬しかないのに、
どうしてか乗り込んだ石は、一人でに降下を始めた。
魔導式範囲型移動用術式。と言ったかな。
「まずは76番ですね。そこから順番に行こうと思います」
降下している医師の上で、そう職員が教えてくれる。
「分かりました。わざわざ、案内ありがとうございます」
「ここでは、お客さんが珍しい。滅多にない客ですから歓迎しなければ」
そう職員は嬉しそうに言うが。
サバイブは刑務所でどう歓迎するんだと真面目に疑問視する。
天井が狭い廊下を歩き。
時には空洞を歩きながら、
サバイブはやっと76番と書かれた牢屋に辿り着いた。
「76番は面談の時間の制限はありません。終わったら私を呼んでください」
そう言い、職員の男は笑顔で部屋を出て行った。
サバイブはとりあえず周りを見回す。
窓もない四角い石の部屋。冷めきった空気感。そこに監視用の魔石が2つと椅子が一つ。
まあ、厳重だな。
ここに一週間くらいいるだけで精神を壊しそうだが。
サバイブは椅子に座った。
そして目の前の鏡に視線を向け、手元のボタンを押した。
――すると鏡は一瞬で透明な板になった。
部屋が広くなった。訳じゃない。透明の板であちら側とは仕切られている。
そして――奥にいる人物がサバイブを睨みだした。
「アデラリッサ・ウルフさん。初めまして」
サバイブがそう言うと、奥にいる人物。
魔解放軍の側近だった『アデラリッサ』は、
渋々とサバイブと一枚板を挟んだ向こうにある椅子に座った。
「……もう話す事なんてないです」
「散々色々聞かれたでしょうが、他にも聞きたいことがあるのですよ」
サバイブが言うと、アデラリッサは溜息を吐いた。
「私は、ドミニク様の行先なんて知りません」
「それは分かっています。だから、今日はドミニク関連ではなく」
「……?」
「死の魔人、死堂の真実を。聞きに来たのです」
瞬間、明らかにアデラリッサの態度が変わった。
拍子抜けとも取れるような顔だった。
そんな顔を横目に、サバイブは続けた。
「初めに、死堂は一体何者だったんですか?」
「………」
「もしよければ答えてくれませんか? 答え次第では、あなたの刑期も」
「私はもうここで過ごします。そんなの、興味はありません」
きっぱりとした物言いでアデラリッサは言う。
「……ですが、答える事は出来ます。せめてもの罪滅ぼしを、私はしたい」
それは一体誰に対しての罪滅ぼしだろうか。
中央都市で亡くなった人へか、それか、自分が正せなかった巨悪に対しての罪滅ぼしか。
サバイブは心の中で不満を呟いた。
だってそれは、あまりにも無責任で、自己中で、そして間違っているからだ。
あまりにも遅すぎる。
そう嫌悪を重ねると共に、目の前の彼女が口を開いた。
「死の魔人は改造人間です」
「改造人間ですか。……錬金魔法でも人を混ぜるのは最難関であり、それに、【禁忌】と並ぶ【禁術】に指定されているのに?」
サバイブが疑問そうに言うと、アデラリッサは分かりやすく表情を曇らせた。
考えるような沈黙の後、アデラリッサは恐る恐ると言う。
「……何が疑問なのですか?」
「どうやってそれを可能にしたのか。と言う点ですよ」
アデラリッサの疑問にサバイブは答えを出した。
淡々と答えるサバイブに、アデラリッサは何だか恐怖を感じ始める。
「そんな事を知って、あなたはどうしたいのですか?」
「まあ、それを医療や技術の進歩、いわば“正しい使い方”を目指していきたい」
とんとんと羽ペンを紙に叩きながら、サバイブは渋い声でアデラリッサを詰める。
だが最後の一言を言った瞬間。
アデラリッサは反射的に瞳をサバイブへ向けた。
「訂正してください。それは正しい事ではありません」
「………」
「それはあなた達にとって都合のいい使い方。それだと本質は、私達と変わらない」
「あなたにそのくらい物事を冷静に見る能力があるなら。
どうしてあのドミニクが、ああなったのか、どんどん気になりますな」
「それは……っ」
サバイブの反論に、アデラリッサは自身の唇を噛んだ。
アデラリッサは物事を冷静に見れる。
この世界では『まとも』と呼ばれる資格がある能力を持っている。
そんなまともな人間でも。あの巨悪を生み出すのを未然に防げなかった事。
不思議でならなかった。
でも知っている。
サバイブ・ローガンは知っていた。
『まとも』のふりをしている狂人も。世の中には存在すると。
「………」
「死堂は、『呪いの堕子』を再現しようとしたのです」
ぽつぽつと、アデラリッサは諦めたように語り始めた。
「呪いの堕子? それは何ですか?」
「私達、魔解放軍もそれを詳しくは知りません。
ですがそれはかの魔王の別名でもあり。
死の魔人は魔王が作った子供を参考にして作られました」
そこまで話したとこで、サバイブは疑問点を発見した。
「……子供? 歴史にそんな存在はいないぞ」
「当たり前です。歴史は、過去を描くもの。しかし、過去からも抹消され、つい最近まで存在が曖昧だった物があります。それが――」
「………死神か」
「……私は深い部分まで教えて貰えませんでしたが。
ドミニクは死神の事を、『不完全なオフィーリア』と呼んでいました」
不完全。と言う言葉にサバイブは疑問を覚えた。
もし今、グラネイシャで猛威を奮おうとしている死神が不完全と呼ばれるのなら。
“完全”は一体どういう存在だったのだろうかと。
“不完全”とはどういう意味なのだろうかと。
「私達、魔解放軍は。死神と魔王の“特性”。それを『呪いの堕子』だと仮定して考えていました」
「特性……魔王と死神の特性」
サバイブは出来る限り思考を巡らせた。
これでも色んな歴史書を読んでいるサバイブだったが。
すぐには答えを出せなかった。
サバイブが考え答えを出そうとしているのを横目に、アデラリッサは先走って呟いた。
「――不老不死ですよ」
「……なるほど、それが呪いの堕子の特性ですか。ありがとうございます」
収穫があったと感じたサバイブは羽ペンを走らせた後、席を立った。
アデラリッサのお礼を言い。
部屋を出ようとしたのだ。
ありがとう。そんな久しぶりに言われた言葉に、アデラリッサは思わず呟く。
「……罪滅ぼしですよ」
その言葉がサバイブの耳に入らなければ、つぎの言葉は出てこなかった。
「…………あなたはきっと、いずれ、そこから出ることになるでしょう」
「………」
サバイブは背中越しに、一枚板を挟んだ向こう側へ語りかけた。
「そんなつもりが無くても。あなたにどんな大罪があろうと。それはいつか許される時が来る。罪を償うと言うのは時間を掛ける物ですが、あなたならきっと大丈夫です。アデラリッサさん。あなたはここから出たら、その力を、人の為に使ってください」
淡々と、無音の部屋でそう語りかける。
サバイブの渋い言葉が終わり。
サバイブはとことこと部屋を出ようとする。
――背中で啜り泣いている音を聞き逃しながら、サバイブ・ローガンは次の部屋へ向かった。