目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
百七話 「第二次魔物群討伐作戦」


 ■:魔法大国グラネイシャ・王城




 初めて入った王城。

 私が小さい頃なら少しはしゃいでいたのだろう。

 思えば私は、小さい頃、

 この王城の一番上の部屋で綺麗なドレスを着ながら舞踏会に参加することを夢に見ていた気がする。

 でも悲しい事に、今の私は全く違う。


「死神くんとは喋ったことがあるが。君とは初めましてかな? クラシス・ソース」

「ええ、初めまして。アルフレッドさん。こんなに手厚い歓迎を貰えるなんて」


 赤い絨毯の上を土足で歩き。

 窓から差してくる明るい七色空には目を向けず。

 正面の巨大な椅子に座っている男に、私は視線を向けた。


 男、アルフレッドの周りには。

 情報通りの人物達が訝しそうな視線を向けて来た。

 数えると、8人。

 序列の7人が玉座の間に集合しているのだろう。

 それと、あと1人は。


「――――」


 そう、ロンドンね。


「で、どうするんじゃ。わしは話に応じたが」

「……すみません。少し、感傷に浸ってしまって」

「呑気じゃな。まあよい」


 アルフレッドは玉座から立ち上がった。

 背負っている赤いマントを羽ばたかせながら。

 どしどしと、玉座があった段差を降り。

 死神とアルフレッドを挟んで中心にある。月光で照らされている円形の机に座った。


「お茶を入れた。話をしようじゃないか、クラシス」

「………」


 無防備な訳じゃない。

 自分は何の武器も持っていないと、堂々とした顔をしているが。

 きっちり罠を張っていたって事か。

 序列の七人が横に待機させて、何かがあったら私をすぐに潰せると。

 それもその序列を、隠す気なしで置いているとは。


 ……それも全部、ロンドンを引き立たせるためかしら。

 面白い。


 黒いドレスを着こなしているクラシスは歩みを始め。

 イスを自分で引き、腰を下ろす。


 クラシスは自身の青い瞳で見ながら、細い手でティーカップを触った。


「勿論毒は入っていないぞ?」

「それを証明できるだけの理由は?」

「わしが王様で、今の状況は国民全員の命を人質にされていると」

「だから毒を入れれないと」


 アルフレッドの言葉にクラシスが結論付ける。

 その様子を見てアルフレッドは笑いながら。


「まあ君は死神だ、人間を既に超えてしまっている。呪いの堕子に効く毒を、生憎親から聞いていないのでね」

「………」


 渋く笑う男に、クラシスは静かにティーカップを口に付けた。

 そして一息ついて、クラシスは目を見開く。


「本題ですが」


 私はアルフレッドの瞳を見た。


「ジーン・グラネイシャとグラネイシャ王国の民、あなたはどちらを取りますか?」

「……中々酷な質問じゃな。わしが孫好きなのもお見通しなのか」


 あなたが孫好きなのは有名な話ですからね。

 私でなくても知ってるくらいに。


「二つの選択肢があります。ジーン・グラネイシャを私に売るか、それとも国民の虐殺を見るか」

「最悪じゃな。言い換えなくても分かるわい。お主はそうやって人の痛い所を突いてくる」


 アルフレッドは不貞腐れながらも考えるように唸りだした。


 もちろん意地悪な言い方をしている自覚はある。

 でも私が死神としてどうするべきか、どうしたいか。

 覚悟は固めたんだ。

 だから老人を虐めてても構わない。


「少し、昔話をせんか、死神」


 唐突、アルフレッドはそう俯きながら語り出した。


「はい?」

「昔話じゃよ。大昔、太古の話じゃ。1300年前の話はお嫌いか?」

「………」


≪聞こう。クラシス≫


 頭の中でそんな声が響いた。


≪良いの?≫

≪俺も、聞きたいんだ。駄目か?≫

≪……あなたがそう言う事なんて珍しい。だから、いいわよ≫


 ぽつぽつ、無音の部屋で、王様は語り始めた。

 それは1300年前の昔話だった。



――――――――――。

※ ※ ※ ※ ※



 世界の意思か、それとも誰かの陰謀か。

 異世界から来てしまった旅人、ココノハラシンペイは一人高原に顕現した。


 彼は最初こそ一人で生活した。

 サバイバル生活と言うのだろう。

 海の横に、瓦礫で家を建て、そこで二年間を過ごした。

 案外、ココノハラシンペイは楽しんでいたと思う。

 私、タタラ・グラネイシャは彼の話を元にこの記録を取っている。

 彼の当時のメンタル状況も含め、ここに記す。


 彼が初めて出会った異世界人。彼曰く、第一村人は、少女だった。

 と言っても少女は人間ではなく。魔族だった。

 少女の名前はオラーナ。

 いずれ魔力と言う未知の物質を発見し、魔法を開発した、云わば全ての始祖。

 そんな人物とココノハラシンペイは出会い。

 そして2人は、冒険を始めた。


 人間と魔族、当時こそ相容れない関係だった。


 なんせその時代は魔王グルドラベルの全盛期。

 だがオラーナは魔族から、迫害され、挙句の果てには追い出された過去をもっていた。

 失敗作の烙印を押された少女だったのだ。

 人間に理解を示すオラーナは、魔族からしたらあり得ない話だったのだ。

 人の地を歩くケダモノ、

 厄災を振りまく最低と強く非難され。

 その時の少女は、孤独だった。

 そこに異世界人であるココノハラシンペイは手を差し伸べた。


 ココノハラシンペイとオラーナは長い間旅をした。


 彼曰く、復讐の旅だそうだ。

 オラーナは自分を追い出した魔族へと、

 ココノハラシンペイは自分をこの世界に呼び出した原因に、

 魔王が一枚嚙んでいると考えたからだ。


 そこで私タタラとも旅の道中で出会った。

 思えばその出会いは、運命の様だったと思う。


 私が魔族だと難癖をつけられ、ギロチン台に送られそうな時に。

 彼は咄嗟に現れ、私をそそくさと盗んでいくように持ち出した。


 まるで物の様に言っているが。

 勿論その通りだ。

 私は物だった。

 生まれた時から物だったのに。

 なぜか私はその時、笑顔で言われた。


「君はどうしたい?」


 これは性だと思う。

 魔族でも人間でも関係ない。生物の性だった。





 数年、一緒に旅をした。

 グラト高原から始まり。


 棘山、

 サザル王国、

 トガト祭り、

 イエーツ小国、

 カラビトン小国、

 コイト村、

 ノークの森、

 アクアの砂漠。


 その旅の中で、時間も経過した。

 オラーナは『魔力』を発見し『魔法』を開発した。

 私は本を沢山読み、知恵を蓄えた。


 その数年間は、とても楽しかったと記憶している。

 ココノハラシンペイが作る料理がおいしくて。

 寝る前に聞かせてもらえる異世界の話もおもしろくて。

 摩訶不思議なアイテムの名前を聞いていて本当に飽きなかった。

 私とオラーナは良く喧嘩していたのだが、ココノハラシンペイはいつも、その喧嘩をなだめていた。そんないつも通りの流れが、私にとって心地よかったのだ。


「――――」


 私がそんな文を書いていると。

 あまり自分を良く書かないでくれと本人から怒られてしまった。

 彼を嫌っている人などいないのに、どうしてそんなに謙遜しているのだろうか。

 また茶々を入れられる前に話を戻そう。


 私もオラーナも個々の力を付けた。

 そして、ココノハラシンペイも。

 剣の道へ進んだ。


 オラーナの技術はいつしか『魔道具』なるものを作った。


 その技術を使い、ココノハラシンペイがゼロから自らの剣を作ったりもした。

 最初こそは何度か失敗し、剣は幾度か折れていたが。

 私が法律の勉強を終えた頃に、その剣はいつの間にか完成した。

 名前はエクスカリバー。

 彼が元居た世界のおとぎ話に登場する名前らしい。


 こうして時を越え、いつの間にか数十年が経過しようとした。


 いつの間にか私たちは既に魔王城の一個前の街まで来ており。

 そこである人物と出会った。


 それが本当の意味での、我々の旅の本当の始まりだと後に知った。


 人物の名は『オフィーリア』。


 ボロボロの服に二本の白いツノを生やした魔族だった。

 年齢は9歳くらいであり。

 目の下にあるクマは今でも忘れないくらい濃い物だった。

 そんな魔族を、ココノハラシンペイは迷わず保護した。

 当たり前の行動だった。


 そんなこんなで、

 魔王城へ攻め込む準備を始めた。


 この旅の終わりに向けてココノハラシンペイは覚悟を固めた。

 魔王城へ乗り込んで。

 私らが魔王と対面したとき。

 魔王を打ち滅ぼす旅の、復讐の、終わりを肌で感じた。


 そして。

 魔王に挑んだココノハラシンペイと私とオラーナは戦慄した。


 なんと、

 ――『魔族オフィーリア』は魔王が『作り出した不死身の傀儡』だったのだ。


 突然生気のない表情で剣を振り、

 影を操りながら空間を支配するオフィーリアを、もはや誰も止めることができなかった。


 『最悪の生物兵器』だとココノハラシンペイはオフィーリアを表現した。


 オフィーリアの力は凄まじかった。

 傀儡とは言え、洗練された剣戟がすばしっこい子供から繰り出されるのだ。

 それに相手はオフィーリア。

 数ヶ月とは言え一緒にご飯を食べたり夜にシンペイの話を聞いたりもしていた。

 そう。仲間なのだ。

 既に我々からししても、彼は仲間だったのだ。


 だから誰も手を出せなかった。

 だから誰もオフィーリアを倒せなかった。


 だからオフィーリアに背中を取られ、オラーナは呆気なく戦死した。


 衝撃的な出来事だった。

 私は、泣き叫ぶココノハラシンペイを、始めて見た。


 どこか余裕があり。

 人生を楽しんでいる様に見えた彼の泣き声は。

 とてつもない後悔と、罪悪感を抱かせるには十分すぎた。


 私達が止めを刺せなかったから。

 オラーナは死んだのだ。

 だが最後、オラーナが錬金魔法で作り出した剣『カルベージュ』が光り輝き。


 剣はオラーナと『融合』した。


 元来、錬金魔法は他の物質を混ぜる物。

 その素材に自分を織り交ぜ人柱になる事で、『魔剣』が生まれたのだ。


 【英剣】エクスカリバーと、

 【魔剣】カルベージュの二刀流で。

 ココノハラシンペイは鬼才な剣技であっという間にオフィーリアと魔王を負かし。

 消し去れない魔王の不死性への対策として。

 魔王を秘匿された祠へ封印した。


 戦いは終わった。

 憎しみが魔王を殺すことは、出来なかった。

 ある意味、復讐は果たせなかったのだ。


 戦いは終わり。

 暗黒の時代が終わり。

 そしてココノハラシンペイは家族を二人失った。


 同時に世界に変化が起きた。

 オラーナは旅の最中、彼女が開発した『魔法』を各地に広めており。


 魔法の始祖、神の少女といつの間にか崇められていたのだ。

 その事実は私の心を少しは救ったが。

 シンペイの心は恐らく。それでは足りなかった。


 魔王はいなくなり。

 魔法は広まり。

 新時代が幕開けを肌で感じた。


 それが、この今の世界だった。

 ココノハラシンペイも英雄と言われたが。

 彼は突如、表舞台から姿を消した。

 私もそこでココノハラシンペイと、一方的ではあったが別れる事になった。




 私は一人旅をし、始まりの地だと言うグラト高原へやってきた。


 そしてそこに街を作り始めた。


 元々人望はあった。

 だから案外すぐ人が住み始めたし、私は案外簡単に成功した。

 知恵を蓄えていたからか。

 各国にも顔が効いた。

 こうして私はこの地に新たな名前を付けた。

 グラト高原も勿論いい名前だが、そこに私は新たな国を作ったのだ。

 だから名前を改めた。


 『魔法国グラネイシャ』。と。


 自身の名前からとった名前だ。

 これからこの国を更に大きくし、新時代の象徴にすると心に誓った。




 そこから数十年が経過した。

 若いころの冒険が遠い物に思えるほど、長い時間を過ごした。

 平和の世の始まり。ではあった。

 魔王の恐怖が無くなり。人々は確実に笑顔になっていた。

 だが。男は、違った。


「久しぶりですね」


 それが50年ぶりに見せる顔かと言いたくなった。


 再会にしてはあまりに唐突過ぎた気がする。

 勝手に自室に入って、イスに座って待っているとは思わなかった。

 彼を見た瞬間に気が付いた。

 彼の赤くなった特徴的な両目をみて、私は気が付いた。

 彼はあれから歳を取っていなかったのだ。

 【呪いの堕子】

 魔王やオフィーリアと同じように、呪いを受けた体になっていた。

 人を越えてしまった姿に少しばかりの後悔を感じた。


 だがそこで私は、オフィーリアを救う為に手を貸してほしいと頼まれた。


 こうして今に至るわけだ。


 私、魔法大国グラネイシャ初代王 タタラ・グラネイシャは。

 今目の前にいる、勇者ココノハラシンペイと共に『過去』と決着を付けに行く。


 この文章は記録であり遺書だ。

 恐らく私は戦いで死ぬ。





 “敵”





 設計上『魔物を操り』。

 自身の『黒い影』を自由に動かせる。

 最強最悪の『死の魔人』。




 過去の決着をつける。

 この文は私の子供、そして孫と受け継いでいく様に手配している。

 最後に親らしいことをしてやれなくて申し訳なく思う。


 だから、私が望む未来が、平和な事を。

 ただただ、ここに願う事にする。





※ ※ ※ ※ ※

――――――――――。



「これが初代グラネイシャ王が残した、遺言だ」

「………」


 話が終わり。玉座の間は静まり返った。

 それは話の内容が衝撃的だったのもそうだし、結構話し込んで、前のめりで聞いてしまった自分に驚いていただけだ。

 だからと言って、私のやる事は一ミリも変わらなかった。


「時間稼ぎに乗るのもここまでですよ。アルフレッドさん」

「やはり筒抜けか」


 思ってもいなかった返答で少し私は驚く。


「で、いつ頃周りの序列さんたちが私に襲い掛かってくるのですか?」

「そうだね」


 アルフレッドは白い髭を触りながら。

 背もたれにもたれかかった。

 ふてぶてしい態度に少し嫌悪感を抱く。


 外ではまだ七色の花火が点灯していた。

 結構時間が経ったと思うけど。いまだ私と王様は膠着状態だ。


「わしも意外と、先祖の遺伝子を持っていると思うんじゃ」

「はい?」

「初代は最後に捨て身の攻撃を仕掛け戦死したらしい。まるで今のこの状況みたいだとは、」


 アルフレッドが最後まで言い終わる前に、私は戦慄した。

 遅い後悔。

 遅い気づき。

 全ては織り込み済みの計画だと理解した。


 寒気が走り。

 私は咄嗟に椅子から飛び上がった。

 だがもう事は始まって、終わっていたのだ。


「思わんかね。オフィーリア」


 瞬間、玉座の間に光が走った。

 閃光が七色に輝き、地面が揺れ、それは確実な開戦の合図となった。


 なだれ込む瓦礫の津波が高い天井を崩し。シャンデリアはうるさく泣きながら地へ落ちた。


 その中で、


 玉座の間に居た8つの人影は、魔道具『夢見鏡』と言う本当の姿を見せた。



――――。



 ■:魔法大国グラネイシャ・王都噴水、初代王の像前



 トニー視点。


 既に結構な時間が経過している気がした。

 この状態で死神のアナウンスが終わり。

 そこからなんの動きも無かった。

 ただ地面に伸びたこの影は俺の足を、そして周りの人を掴んでいた。


 最初は影から逃れようとした。

 杖を足元へ向け、闇の反対魔法である光魔法を使った。

 でもダメだった。


 俺はあまり魔法について詳しくないから詳しい解説とか出来ないけど。

 これだけは分かるって事がある。

 この影は闇魔法じゃない。


 これは、生きている。


「トニー」


 唐突だった。

 影が俺の足を掴んで動けなり数分経った時。


「隠しててごめんね」


 目前の少年、カリス・グレンジャーは唐突にそんな事を言いだした。

 勿論言葉の意味が分からなかった。

 『隠しててごめんね』と言う言葉で、最初俺は混乱した。

 だから、


「どういう事?」


 と言う言葉に繋がる。

 でもカリスは、俺のそんな言葉に答える前に。


「僕の本当の肩書を教えるよ」


 カリスは一方的に申し出て、次に口を大きく開いた瞬間。



 ――視界の端に写っていた“王城”が大爆発した。



「――っ!?」


 地面が揺れと共に影が揺らぎ。

 七色の光が輝き。

 足元がぐらついて、咄嗟に地面に手を付いた。


「――――」


 自分が動けるようになっているのに気づく前に。

 地面は揺れ出し、

 巨大な何かが地面から這い出て来た。


「――ガァア?」


 黒い怪物。

 俺はこの怪物に見覚えがあった。

 数ヶ月前。今にも覚えているあの顔。

 鋭い白い目がギロリと音を立て、2~3メートル程の魔物が影から現れた。


 瞬間、魔物と目があった。

 コンマ数秒の時間軸の中で、俺は咄嗟に杖を取り出した。

 でもそれより魔物の腕の大きな振りかぶりの方が、圧倒的に早かった。

 叩き潰される。切られる。ぐちゃぐちゃにされる。

 そんな思考が走った時。


「僕の名前は『魔士』カリス・グレンジャーだ」


 魔法大国グラネイシャ。序列七位の少年。

 カリス・グレンジャーはそう叫び。


 ――魔物は刹那の一瞬で体が溶け、溶解するのだった。



――――。



 ■:魔法大国グラネイシャ・北の街



 モーリー視点。



「大丈夫カ?」

「え、はい……」


 唐突の出来事だったから私は驚いた。

 でも、黒い影に掴まれた時。

 私は全ての終わりを悟っていた。


 でも、


「あなたは?」

「オレの名前は『怪力』ノーセル・カートリッジ!! 魔物を、スベテ潰スッ!!!」


 背丈は現れた怪物程あり。

 黒一色のそれとは反し青いボロボロの服。

 ガタイが良く、腰に巨大なベルトをした男が。

 怪物を片手で捻り潰したのだった。



――――。



 ■:魔法大国グラネイシャ・南の街



 カロス視点。



「……ガァ」


 七色の閃光が見える窓の先。

 そこで黒い何かがそう息を吐いた。

 同時に、聞いたことがない爆音が連発するように鳴り響いている。


「――――」


 僕、カロスは読んでいた新聞を床に放り投げ。

 メガネを掛け直し。

 身支度を始めた。


 ――ヤツが動き出した。

 そう感じ取った。

 時は来たと即座に理解した。


 机の裏に閉まっていた長物の銃を組み立て。

 最低限ではあるが魔物に対する装備を固めた。

 黒いピチピチの手袋をはめ、タバコを口に咥えながら。

 僕は外に飛び出した。


 勢いよく飛び出したはいい物の、店の前に先ほどまでいた魔物はどうやら通りすぎていたらしい。


「――――」


 だが、変わったことがあった。

 先程まで響いていた爆音が、明らかに近づいているのだ。




 坂道の先、そこで魔物は誰かと戦っている様だった。

 建物の影から様子を見ながら思考を巡らせる。


 何が起こっているのか確かめる必要が私にはあった。

 ユサの為にも。

 今ここでヤツ、ツノを生やした存在、『死神』と言う存在を。


「あらァ? あなた、どうして出てきちゃったのかな?」


 舌なめずりをしているような声が響いた。


 銃声がぱたりと止まっていたことに気づきながら、僕は振り返る。

 背後を取られていた。

 振り返るとそこには、二丁の銃を両手に持ち、頭に被っているカウボーイハットをその人物は触りながら。


「アタシの名前は序列三位『銃士』ロベリア・フェアフィールドよ」


 黒一色の服、長身の背丈。

 赤い瞳が見下ろすように私を見てくる。


「僕の名前はカロス・ブロッドだ。お前は敵か、それとも」


 それとも、と同時に長物を両手で構える。

 銃口を持ち上げ。射撃体勢を取ろうとする瞬間。


「――っ!?」

「危ないわね。そんなもの向けても、アタシは仕留められないわ」


 女は瞬きをする間もなく動き。すぐさままた背後に回られた。

 女の胸を背中に感じ、右耳で囁くように、女は言った。


「あらあら、何だか威勢がいいじゃない。

 威勢がいい子は教師やってた時以降久ぶりかしら。――うん、面白そうな匂いがするわ」



――――。



 ■:魔法大国グラネイシャ・王都 とある喫茶店。



 モールス視点。



「大丈夫ですか?」


 そう長身で茶髪の店員が聞いて来た。


「え、ええ。大丈夫ですけど」



 路地裏の喫茶店だった。

 たまたま見つけた場所だが、ここは落ち着いた雰囲気で好きだなと会話していたのに。

 どうしてこうなった。クソが。


「――――」


 俺、モールスはサーラを抱えるように倒れていた。

 外には黒い怪物がどしどしと足音を響かせながら歩いており。

 テーブルの下に2人で隠れながら、覗き込んでいる店員と会話していた。


「少しの間そこにいてください。どうやら王都で魔物が放たれた様です」


 冷静に店員は解説した。


「魔物? どうしてここに……」


 サーラの言葉だ。怯えていた。

 魔物。何回目だと溜息を吐きたくなる。

 北の街でもこんな事が起こった。

 もう俺たちに安らぎは無いのかね。


「恐らく噂の死神でしょう。ここは僕に任せて、あなた達はそこにいてください」

「僕に任せて?」

「はい。全部一任してください。安心しても大丈夫ですよ」


 男はやけに自信満々に言いながら、俺たちが隠れているテーブルに背を向けた。

 即座におかしいと感じる。

 先ほどまで全然会話に入ったり。

 入れてくれたコーヒーも美味しかったこの店の店員。

 彼がどうしてここまで自信満々に言えるのか。


「お前、名前はなんていうんだ!」


 金髪を揺らしながらモールスはテーブルから半身を出す。


「僕ですか?」


 そんな時ではないことは分かっていた。

 でも、俺は自分のその衝動的な疑問に答えが欲しかった。

 それが自分勝手な行動だとしても。

 そんなものはどうでもよかった。


 長身の男は爽やかなイケメンだった。

 茶髪パーマの髪の毛も、耳の付けている銀のピアス含め。

 今までなんの違和感も抱いていなかったのに。

 その瞬間、その男は確かな色を獲得するように。

 個性が目立って。


「僕の名前はピーター・レイモンです。そんな有名人じゃなくてごめんなさい。では」


 ピーター・レイモンと名乗る男は。

 そうお茶目な笑顔を見せつけ、店の正面から出た。




 ピーターは店を出るや否や、すぐさま徘徊していた魔物と目が合った。


「こんばんは!」

「――ハアアァガ?」


 満面の挨拶に魔物は威嚇で返す


 すっと自身の緑のエプロンにある腰のポケットから杖を取り出す。

 そして彼は魔物に杖を向けて。


「ごめんね。君を痛めつける気持ちはないんだ。でもね」


 魔物は巨大な牙を剝き出しにし大きく叫ぶ態勢になる。

 だがそれが終わる前に、


「お客さんがいるんだ。あまり脅かすのはやめてほしいな。――【神技】」

「――グギュッ」


 刹那、魔物は重力の押しつぶされるように。

 まずは足がぺちゃんこになり。腕が潰され。頭がどれか分からなくなり。

 直径15センチ程の四角形になるまで押しつぶされた。


 詠唱は殆どなかった。

 使用した神技の技名すら口に出さなかった。

 ただ杖を前に突き出しただけで、魔物を押しつぶした男、ピーター・レイモンは。


「懐かしいなぁ、アルセーヌと戦ったのを思い出すよ」


 そう男は思い出に浸りながら。七色に光る夜空を見上げた。


「相変わらずね、ピーター・レイモン」


 ふと話しかけてきた。

 その場にいた誰の物でもない声色。

 それは喫茶店の路地裏から現れ、気さくにピーターへ近づいた。


「イブ、人魔騎士団はいつ頃くるんだい?」


 序列六位『竜人』イブ・バダンテールはピーター・レイモンと合流した。



――――。



 ■:魔法大国グラネイシャ・王城



 静寂が流れていた。

 寒い風が肌に障り。昨日積もった雪が瓦礫と共に落下し、水になり流れていた。

 だからだろう。とにかく、肌寒かった。

 アルフレッドは玉座に腰を下ろしていた。どこか気難しい顔をしながらだ。


「――――」


 そんな中、瓦礫を掻き分け起き上がった人影があった。


「……なるほど、これが【王剣】の力ですか。アルフレッドさん」

「死神にしては想定より傷の治りが遅いのぉ、お主本当に呪いの堕子か?」


 死神クラシスはそう口から流した血を拭い呟く。

 王城は半壊。

 玉座の間を中心に天井は落ち。その衝撃は地震と周囲の人間が勘違いする物だった。


 クラシスは睨むような視線を玉座の間の奥を見つめる。

 奥には、いつもの玉座にふてぶてしく座り。

 全身を脱力させ、赤いマントを椅子に掛けている男。


 そして、手に持った物を見つめているアルフレッドが居るのを視認した。


「序列に護衛させないなんて、命知らずの王ですね」

「長い事生きて来たんじゃ。そろそろ、若い世代に任せる時が来たと言う訳じゃよ」


 そう語るアルフレッドは、一枚の紙を握っていた。


「国を纏める人間がそれでいいのですか?」

「これくらい覚悟が決まってなきゃ、王様は務まらないんじゃよ」

「でも、お孫さんに対しては未練がありそうな顔ですね」


 クラシスはアルフレッドが持っている紙を、孫のジーンの肖像画だと気が付いた。


「……それもそうじゃな。だが、もう老いぼれは、疲れてしもうた。あとは娘、そして孫と継承させるさ」

「絶大な信頼ですね」

「家族だ。信じなきゃ意味がないだろう。そういう君はどうだ、クラシス」

「………」

「君のお母さんは君の目論見通り自殺したよ。君の家、ソース家は既に失脚した」

「それを分かってて私のフルネームを公表したんでしょ? あなたが私のお母さんを……」


 その瞬間、アルフレッドは明らかに怒気を籠めた声で。


「それは行けないなクラシス。お前が母を殺し返した、そこがブレちゃだめじゃろ。全ての行いの動機がブレブレじゃ今のお前の行動が矛盾するぞ」

「………うるさい王様ですね」

「うるさいくらいが、国は丁度いいじゃろ?」


 静寂。

 この会話の間に、外では序列が国民を救いながら戦っている。

 私の魔物、16400体も勿論居るけど。

 序列相手だと流石に数も減らされてきている。

 それに序列の7人だけじゃない。

 王都近衛騎士団も多分外で動いている。

 それ以外も。


 あーあ、完全に読まれてたのかな。

 魔物をこう対策されるとは、正直思わなかった。

 王様もここまで頑固じゃなくって、話が分かる人だと思ってた。

 弱点を突いたつもりだったけど。結果、全部の手札を晒すことになっちゃった。

 私ってバカだな。


 でも。


≪少し無理をするわよ。オフィーリア≫

『ああ、お前の好きにしろ』


「本気を出すかクラシス。良いだろう。我、アルフレッド・グラネイシャが相手をしよう」

「ええ、そうね。そうだわ。あっはは。おじいちゃんには引退願おうかしら」


 アルフレッドは自身の足元に置いた剣を持ち上げる。

 金色のコーティングがされており。七色に光輝く持ち手には七色の宝石が組み込まれていた。


 対してクラシスは。


 黒い影が伸びた。

 ぐるぐる、ぐにゅと空間を蠢き。

 影はクラシスの地面から三本生える。

 それはかつての死神の能力の様であり。

 それをフル活用しようとするクラシスは、片目を赤く染めた。

 その赤は特徴的な模様をしていた。

 同化、


 クラシスと死神は強く共鳴し、その瞬間。


「――――」


 一本だった禍々しいツノは、もう一本生えて。

 大きなツノと小さなツノの歪な姿になり。顕現した。


「さあ、アルフレッド・グラネイシャさん」


 クラシス・ソースはそう微笑んだ。

 薔薇の匂いが漂い始め。

 黒い影は刹那、植物の様な姿へ変貌し。

 そこに黒い薔薇が狂い咲いた。

 終焉。終結。終わりと言う言葉が付いた単語なら何でもその様子を表現できるくらい。


 くらぁいくらぁい薔薇の中、赤い瞳を持ったクラシスは言った。


「これがあナたの、エンドマークよ」




 第二次魔物群討伐作戦と共に、


 王アルフレッド VS 死神クラシスの決戦が始まったのだった。




 余命まで【残り●▲■日】


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?