■:魔法大国グラネイシャ・王城
「今年こそは来れて良かった、フレッド」
顔が濃く長身な男は、フレッドが愛称の男であり、
灰色の髭を蓄えた『アルフレッド・グラネイシャ』にそう軽口を叩く。
場所は王城内部、玉座の間だ。
高い天井からは輝くシャンデリアが揺れ、その下には金と赤で装飾された立派な椅子がその場に鎮座していた。
滅多に座られる事のないその玉座は、
王様が座らなくともその存在感を放っていた。
「ようこそ、我が国の建国祭へガルク殿」
「約束していた物が遅くなって済まない」
「丁度間に合ってくれたんだ。本当に良かったよ」
そう物を眺めるアルフレッド。
重々しく美しいその魔道具を見つめ、そして次の瞬間。
「ありがとうガルク・サザル。これで約束を果たせそうだ」
深く頭を下げ、『魔法大国グラネイシャ』の王であるアルフレッドは数秒続けた。
それを冷めた目で見届け『サザル王国』の王であるガルクは息を吐いた。
「ああ……そう言えばミーシャとセイレーンも来ているのか?」
「招待したが来てくれているかは本人ら次第じゃ、
まあ懐かしい顔ぶれを遠くから眺めるくらいはするんじゃないだろうか?」
「確かにあの二人ならそうだろうな、さて、そこらへんを重点的に探すとしよう」
そうガルクが言うとアルフレッドはまさかと言わんばかりの顔になり。
「またかくれんぼのつもりか?」
「探されるのがあいつらの本望だろう。
今回はフレッドが参加しない事を、寂しく思うぞ?」
そう言うガルクにアルフレッドはめんどそうな顔をしながら。
「毎度の如く遊びの様にのこのこと。ったく、探す側の気にもなってほしいわい」
「俺らは年を取っているが、あいつらは違うからな」
「腰が痛いのに探させよって」
そう口を尖らせながらアルフレッドは息を吐いた。
その様子を見てガルクは口角を上げた。
「さあ、祭りの始まりじゃ」
その宣言を傍で聞いていたガーデン・ローガンにより。
宣言は外の人間に伝えられ、
魔法大国グラネイシャ建国祭『
―――――――――。
トニー視点。
数時間馬車に揺られ、俺は王都に足を付けた。
「すごい……」
「トニーくんは初めて来るんだっけ?」
「初めてではありませんけど、こんなしっかり見るのは、初めてかも……」
赤、青、黄の旗がぶら下がっており。
空には熱気球が浮かび上がり魔法大国グラネイシャの紋章が掲げられている。
快晴の青空ではあったが前日の吹雪により雪は積もっており。
雪かきをする光景が見て取れた。
音楽が流れていた。思わず踊り出しそうな、そんな音楽。
俺が降り立ったその場所は街道だ。
丁度道の向こう側に青と白を基調とした、グラネイシャの象徴が良く見える。
王が住んでいる城、王城が、はっきりと視認できる場所だった。
『ようこそ建国祭へ!!』
そんなアナウンスが響く。
『今日は約1300年と続く歴史を持つグラネイシャの建国祭!!
太古の昔、略奪の時代の終わりを皮切りに建国されたこのグラネイシャは、いわば平和の象徴!!
人間と魔族が分かち合い、人の知恵と魔法学を合体させたこの国では様々な技術が進み、
魔法学にも機械学にも精通している本国はまさに、大陸の最先端国であります!!』
そっか、1300年も歴史があるんだ。
学校行ってないから知らなかった。
学校行けば習うのかな?
「トニーくんは一人で回るの?」
「いえ、友達が待っているので」
大丈夫かな?
地図は貰ったし一度行った事がある場所だけど、
初めて一人で歩くから少し不安な部分もある。
「ならここでお別れだ。俺はメルセラと回るから」
「あ、分かりました。では」
ここでモールスさんと別れた。
そう言えばなんだけど、モールスさんはメルセラさんとやけに仲がいい気がする。
あの二人の関係って主人とメイドって聞いてたんだけど。
どうもモールスさんがメルセラさんを特別扱いしているような……。
今更二人の関係に何かしら言う訳でもないけど、
まあ、お似合いだなと。
「………」
考えれば、一人でここに来るの初めてだと思う。
一度サヤカと来たことがあるけどあの時はちゃんと観光とかしてなかった気がする。
ずっと兄さんを探していた。
ピーター・レイモン。
きちんと話したことは無かったと思うけど、少なくとも俺の記憶には深く、その存在が刻まれている。
あの人は天才だ。
俺の血縁であることが怪しいくらい。
全ての事に秀でており、魔法や体術、化学まで幅広い頭脳を持っている。
兄の脳内に失敗の二文字はない。
そんな恐ろしい人だ。
連絡一つないが、多分、王都で成功していると勝手に思っている。
それは、あの兄が何かに失敗して野垂れ死ぬのを想像できないからだ。
俺はその足を使い街を歩いた。
「……懐かしい」
ここは思い出したくも無かった。
でも、思い出した。
路地裏に入っていき、その先にある少し開けた空間。
今回はクマのぬいぐるみはない。
でも、ここには。
死体があった場所だ。
「………サヤカ」
無事なのだろうか。
連絡が無いのは兄もそうだけど、サヤカも同じことだ。
サザル王国に居るなら連絡手段は手紙だけ。
この数ヶ月間一度も手紙は来なかった。
多分忙しいんだろうけどさ。
……せめて説明してほしい。
あの時起こった事の真相を、全て。
いつ再会できるのか知らないけど。
でも、俺は待ってるから。
だって俺らは……親友だろ?
「あれ?」
「あ……」
路地裏から顔を出すと、思いがけない人物と目を合わせた。
その人は俺を見るや否やすぐさま目を見開き。
嬉しそうな声を上げた。
「か、カールさん?」
「君もこっちに来てたんだね、トニー!」
カール・ジャック。
既に白くなった銀髪と整った顔立ち。
少し疲れている様に見えけど、出会った頃に比べたらマシになったと勝手に思ってる。
ケニーの兄ちゃんであり、時々雑談したりする仲だ。
立場とか、年齢も結構離れてるけど俺の中では友達に近い感覚で接することが出来る唯一の人だ。
「どこへ行くんだい?」
「大魔法図書館で待ち合わせしていまして、寄り道してたんです」
「あら、君も大魔法図書館へ行くのか」
カールさんは少し嬉しそうに笑いながら言った。
待ち合わせ、カールさんもしてたんだ。
という事は。
「目的地が同じなら一緒に行かないかい?」
そう提案してきたのはカールさんだ。
否定する理由もないし、それに。
「勿論構いませんよ! 前言っていた王都のお菓子も教えてもらえるし」
「え、あの事覚えてたのか……」
そう残念そうに息を吐くカールさんを横目に、
俺は内心ワクワクしながら
「子供の記憶力、舐めちゃだめですよ?」
カールさんにはお菓子を良くご馳走してもらっている。
その際、お気に入りのお菓子があって、その詳細を聞いた時『王都』と言っていた。
いい機会だ、ついでに教えてもらおう。
「………」
沈黙の時間が流れる。
大魔法図書館へ歩きながら、俺ら二人は会話をしなかった。
なんて言えば良いんだろう。
いつも屋敷では喋っているけど。
今の状況になってから少しずつ距離が出来て行った。
今の状況。
もしかしたら、サヤカとケニーの帰って来ない期間が長すぎたのかもしれない。
正直とても心配だ。サヤカの事が。
サヤカは心の内に何か恐ろしい物を持っている。
人に言えないような闇がある。
でも俺は、サヤカの敵じゃない。
どうするべきかは教えてもらった。
そう、対話だ。
「ケニー達の事、何か聞いていないんですか?」
「……聞いていないよ。悲しい事にね」
「そうですか……きっと無事ですよね」
「分からない。ケイティの元へ向かったなら少しばかり安心していたが、こうも連絡が来ないと」
凍った池の上にかけられた橋を歩きながらそんな会話をした。
心配なのだ。俺もカールさんも。
サヤカとケニーが、すごく心配だ。
ケイティ・ジャック。名前だけは知っているけど顔は覚えていない。
あの戦い、魔物が北の街に来た時に加勢してくれた神級魔法使い。
その人のお陰で戦いは終わった。
それだけ父さんから聞かされている。
その人の元にケニーとサヤカは向かったのは知っている。
どうして向かったのか理由は知らない。
教えてもらえなかった。
「きっと大丈夫だよトニー、ケニーにはサヤカくんが付いている」
「……ふふ、なんですかそのサヤカが保護者みたいな言い方」
「実際そうだろう? ケニーよりサヤカの方が俺の目には大人びて見えた」
「そうなんですか?」
「ああ、俺の目から見たら。どっちもお似合いの……」
「……?」
ふと、大魔法図書館まであと数歩の所でカールさんは上を見上げた。
何を見ているのだろうと俺も見上げたけど、特に変な物は見当たらなかった。
「どうしたんですか?」
「いや、気にしなくていい。少し面倒な人が来ているだけだ」
「………」
その発言に少しだけ引っかかったけど、それより俺は目的地に到着した事へとすぐ気をまわした。
「ふん。見られたようだニャ、でもカールなら問題ニャいか」
大魔法図書館の屋根上に座っていた。銀髪の少女はそう不貞腐れながら零し。
猫の様な速度で別の屋根に移った。
――――。
「トニー!!」
「遅れてごめん。カリス」
久しぶりの大魔法図書館。
相変わらずの圧巻さに思わず緊張する。
だがそんな俺の緊張も、目の前の人物に出会った事で払拭された。
藍色のローブを纏い。
特徴的な皮バックを二個左右にぶら下げている少年。
名前はカリス・グレンジャー。
今の俺の友達だ。
「カリス?」
「あ、団長……」
俺が再会を喜んでいると、横に居るカールさんは驚いたようにそう呟いた。
その反応にカリスも団長と呟く。
「え? 知り合いですか?」
思わずそう聞いてしまった。
「昔の知り合いさ。まさかトニーの友達がカリスだとは思わなかったよ」
「最近良く遊ばせてもらっているんです。団長はトニーと仲いいんですか?」
意外そうな言葉だ。
偶然って時々怖くなる。
カリスがカールさんの事を団長と呼んでいるって事は、もしかして騎士団経由の知り合いって事?
「よせよ。俺はもう団長じゃないんだ」
「今更元を付ける気にはなれませんよ。僕はあなたに憧れているんですから」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。こんなに老いぼれてしまったのに」
そう薄くカールさんは笑う。
あれ? これってもしかして俺が思っているより親密だったりするのか?
するとカールさんは俺の表情を見て何かを感じ取り。
申し訳なさそうな顔をしながら。
「すまないねトニー。俺はもう行くよ」
「え、あ、はい。お気をつけて」
久しぶりの会話だったけど楽しかったな。
お菓子は教えてもらえなかったなぁ。
もう。
「ごめんねトニー。どこを回ろうか?」
そう申し訳なさそうにカリスは両手を合わせながら言ってくれた。
「全然いいけど、どういう関係なの?」
「昔の仕事で会ったことがあるんだ。そこで色々教えてもらってね」
「なるほど、カリス並みの魔法使いなら団長と会う機会もありそうだし」
「う、うん。そういう事」
少し戸惑ったような返答だったのが気になるけど。
別に深く聞く事でもないかと何となく自分で納得する。
カリスとの馴れ初めは最近だ。
北の街で何となく放浪している中、俺に道案内を頼んできたのがカリスだ。
そこでなんやかんや事件があり。
最終的に友達と言う形で落ち着いた。
丁度数週間後に控えてた建国祭を一緒に回ろうと決めたのもその時だ。
あれは中々に刺激が強い体験だったけど。
今ではいい思い出だ。
「どこに行く?」
「そうだね。僕のおすすめがあるんだけど、甘いものは好き?」
カリスは笑顔でそう言ってくれた。
「勿論。大好きだよ」
――――。
「もうすっかり夜だね」
そうカリスの言葉が聞こえる。
時刻は既に夜。でも建国祭はまだ終わらない。
街は虹色に輝いており。あと数分もすれば花火『魔星』が上がる。
魔星は七色の色を放ち、数時間と言う長い時間空で火花を散らす魔法大国の技術を詰め込んだ芸術品だ。その光景を見る事がまずまず珍しい。
建国祭メインイベントの一つでもあるし、俺は見るのが初めてだった。
「楽しみだ」
そう噴水の周りにあるベンチに座りながら言う。
今日はいい一日だった。
サヤカに自慢したいくらい。楽しい日だった。
これからの予定としてはここで解散し、モールスさんが取ってくれているホテルに今日は泊まる事になる。
そして明日の朝、父さんと合流して一緒に回ると言う計画だ。
明日が楽しみだと心の底から思える。
それもそうだし、今日も楽しかった。
考えてみたら俺は友達なんてサヤカくらいしか居なかったし。
こうして祭りと言う貴重な経験を人と過ごせるのは楽しい事だ。
「今日はありがとうね。俺は楽しかったよ」
「いいや僕も楽しかったよ。ありがとうね」
お互いに空を見上げながらそう呟く。
「明日は上手くやれるかな」
「僕は成功するが5割、なんやかんやあって失敗するが4割だと思うよ」
「残りの一割はなんだ?」
「大成功が一割」
「はっ、そう言ってくれると嬉しいぜ」
俺は腕に握っているプレゼントをポッケに入れる。
それと共に空を見上げた。
『間もなく、魔星が打ち上げられます。皆さん、視線を空に』
そんなアナウンスが聞こえた。
花火の時間が来たらしい。
だから俺はその通り、目線を空に向けて。
綺麗な空だった。
黒一色ではなく、まだ残っているオレンジの淡いグラデーションが良く見えていた。
少し肌寒い中。この幻想的な街の中。
それを見れることがとにかく嬉しかった。
嬉しかった。
サヤカとも見たいなと心の奥底で思った。
でも、
『――――』
花火が空に打ち上げられ、七色の発光が輝く前。
その直前。
『――あー』
全てが変わった。
『突然すみません。私の名前は死神です』
その言葉を聞いた瞬間。
魔法大国グラネイシャを揺らがす最悪の事件が幕を開けた。
――――。
「死神?」
俺はそう呟いた。
七色の空を見る前に、その単語が明らかに聞いたことがある物だった。
空には美しい七色世界。
だが耳に入ってくるのは。
『……そうだな。ここはちゃんと名乗っておこうと思います。私の名前は死神クラシス・ソース』
クラシス・ソース……。
聞いたことがある。いや、見た事もある。
そうだ。あの北の街での戦いの時の首謀者がそんな名前だった。
王様が一ヶ月前くらいに発表した存在と同じ名前。
死神。ああ、死神。
……どうしてここに?
『さて、混乱しているでしょう。そんな皆さんに質問です』
死神クラシスは平然とした声色だった。
街に居る人々とは違う反応。何だか声に抑揚があるようなして。
やけに棒読みではなく、微々たる感情が言葉から感じ取れる気がするからだろうか。
聞きたくなくても、話を聞いてしまう。
『”正義”とは何ですか? ”差別”とは何ですか?』
そんな言葉から始まったのは、意味の分からない演説だった。
『私は正義を他人に対する『心遣い』だと思っています。
ですがそれは【平等】ではなく【不平等】に与えられるもの。それは完全じゃない』
『それに対し差別はどうですか? 【不平等】ではなく誰でも差別される。差別はある意味【平等】なんです』
『こんな世界どう思いますか、こんな世界許していいと思いますか。
そう――平等とは不平等の上に成り立つ幻想ッ!! そんな幻想を本気で信じるのが、求めるのが人間!!』
訳が分からなかった。
でも語るたびに感情が籠っていくクラシスの語りは。
どこか心の片隅で、『悲しい』と感じさせた。
どうしてそんな事を思ったのか、どこにそんな要素があったのかは自分でも分からなかった。
でも、
俺は思った瞬間、金縛りにあった様に動けなくなった。
クラシスの演説はどんどんと声が大きくなった。
最初こそは落ち着いたようで、そしてどこか楽しんでいるような声だったけど。
今のクラシスはどこか恍惚そうで。
心の底から今の事態を楽しんでいそうな、そんな言霊を感じた。
『……だから、だから私は復讐する。この国に、この血に、この土地に復讐する』
その瞬間、
「キャアア!!!」
「何!?」
背後で悲鳴が響いた。
俺とカリスが一気に振り返ると、背後にあった筈の噴水は水が止まっていた。
――本来水が出てくる場所から黒い泥が溢れていた。
「――――ッ」
悪寒が走った。
ドロドロブクブクと溢れる泥は地面に触れた瞬間。
影の様に地面を侵食し。
地面が完全に真っ黒になり。空で光っている七色の花火がどこにも反射しなくなった。
一本、手が生えた。
「なんだあれ……」
二本、三本、四本。
真っ黒い、四つ指の腕が影から伸びた。
その様子は不安を煽る物だった。
とにかく気持ちが悪くなる程不気味だった。
そしてクラシスは続けた。
『さて、王様。お話をしましょう。お話に応じてくれれば、私は誰も傷つけません』
その一瞬で理解した。
俺らグラネイシャ全国民は人質にされたと。
――――。
「始まったのう」
アルフレッドはそう呟き、自室にあるベランダへ足を運んだ。
余命まで【残り●▲■日】