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百五話 「同行願い、そして」




「集まってくださってありがとうございます」


 外は日が落ちかけていた。

 冬風が隙間から流れて来て、暖炉からはパキパチと音が鳴る。

 そんな中、俺は頭を下げた。

 するとすぐさまエマは驚いた様に慌てながら。


「え? 頭上げてよ!」

「いや、無理を言ったんだ」


 無理を言った。

 その通りだ。

 俺は今無理を言って、我儘を言ってここに居る。来てもらっている。

 俺が言った我儘は簡潔に言うと。


「青の騎士団の皆様、単刀直入に言います。

 魔法大国グラネイシャへ一緒に来てほしい」


 青の騎士団の加勢。

 それには大いなる意味がある。

 人魔騎士団のみんなは来てくれると言ってくれた。

 勿論、王都近衛騎士団であるノーラン・サンライダーも例外じゃない。

 だがそれだけじゃ足りない。

 戦力は出来るだけ多い方がいいのだ。


 現在俺の目の前に座ってくれている人物を紹介しよう。


 臨時隊長、エマ・ J ・ベイカー。俺の妹でジャック家の長女だ。

 七区隊長、イアン・ベイカー。エマの結婚相手であり本来の隊長だ。

 金の天使、ニーナ・バレット。天才治癒術士であり是非一緒に来てほしい一人だ。

 彼女の功績を噂程度だが俺は知っている。

 恐らくだが、彼女が居るだけで勝率がぐんと上がると俺は踏んでいる。

 この三人はまだ面識がある。

 だがここで新規の人間が現れた。

 名を、


 七区部隊 構成員、サバイブ・ローガン。

 戦略指揮やバフ系の連鎖魔法を得意とするイケオジ――というのがエマの紹介文。


 それになんと、気絶している俺をニーナと発見してくれた人らしい。

 覚えていないけど。

 ただエマの紹介的に、が実力は本物らしい。


「ケニーの兄ちゃんさんの言いたいことは分かるが、

 お宅には序列と言う頼もしい戦力が居るんじゃないのか?」


 とはサバイブの言葉だ。

 足を組み背もたれに深くもたれながら髭を触る。

 男は悠々と息を吐くようにそう呟いた。


 序列は魔法大国グラネイシャの抑止力だ。

 王様に直々に選ばれた七人がなり。

 自分の身分を隠しながら、いざという時、素性を明かし姿を現すと言われている。


 噂程度の話だと俺もつい最近まで思っていたんだが。

 どうやら、違うらしい。



「序列が居るのは確かだ。だが正直俺には足りないと思っている」

「その理由を聞いても?」

「俺が目指しているのは勝利じゃなく、

 不特定多数のグラネイシャの人間を死なせない事だ」


 はっきりとそう言うと明らかにみんなの俺に対する見る目が変わった気がした。


 意外だっただろうか?

 俺は死神と因縁はあるが、言ってしまえば対峙が目的じゃない。


 死神の対策は王様がやっている事だろう。

 俺が目的にするのはあくまで人命救助。

 救うべき命を救う事だ。


 七人の序列が幾千、それか幾万の魔物を相手に出来るのかどうかは、

 正直不安要素が残る。


「…………」


 俺は、

 俺は出来れば死亡者を出したくない。

 もちろん俺は全能じゃない。

 だから死亡者数0とかは無理だろう。

 馬鹿な願いなのは分かっている。

 でも、この中央都市の様に。

 無実の人間を戦いに巻き込みたくないのだ。


 だからこそ、集結しなければ。

 手を取り合わなければ。


「私は賛成です」


 そう心で思っていると、

 エマは我先に手を挙げてくれた。


 確かエマは救われる命が多い方に傾くと言ってくれていた。

 ……いっちゃ悪いがエマは絶対に賛同してくれると思っていた。

 計算通りになってくれて少しほっとした自分がいるのに嫌悪感を抱く。

 だがまだだ。


「僕はあまり賛同できません。

 勿論、思い入れのあるグラネイシャの危機ですから加勢をしたい気持ちがあるのですが」


 そう真剣な顔をしながらイアンは語った。


 イアン・ベイカーは金髪の男だった。

 エマの婚約者であるイアンとは初対面だ。


 挨拶すらまともにしていないのに、

 こういう場面に突然呼んでしまって、初めましてがこういう形になるのは、何だか恥ずかしいと共に申し訳ない。

 本当ならちゃんと挨拶をしてお茶を交えるくらいの仲になりたかったが。


 現段階ではイアンが必要だ。


 何故なら、俺はイアンは強いのを知っている。

 イエーツ大帝国、七区隊長 イアン・ベイカー。

 肩書だけで伝わる強者感は見た目からも感じる。


 丁寧な物言いに落ち着いた態度。

 思ったよりいい男を選んだようだなエマ。

 お兄ちゃんは少し嬉しいよ。


 イアンをこっちに取り込めればそのプラスは大きい筈。だが。


「正直グラネイシャまでの距離がありすぎています。

 僕は仕事がありますし、そこまで長い間イエーツを開ける訳には行きません」

「それについてはニーナも同意見です。

 加勢したい気持ちもあるのですが、ニーナがイエーツを離れるのは多分上司が許さないだろうし……」


 みんな加勢しに来る気持ちはあるのか。

 やはり話がいきなりすぎたよな……、もっと時間があればよかったのに。

 交渉の時間さえあればもっと考えて話せたのだが。


「僕が向かう、のは難しいかも知れませんが。金銭面の支援なら惜しみません。

 もしお金が足りないならいくらでも出すつもりです」

「その心は嬉しいが、俺が求めているのは人材だ。

 エマの様な神級魔法使いもそうだし、本当ならサザルに居るケイティを回収しに行きたいくらいだ」

「でも……」

「そう。時間がない。なさすぎる」


 時間がとにかくないのだ。

 今すぐにでも向かわなければ建国祭に間に合うかどうかも分からなくなる。

 グラネイシャの加勢に行くには、早めにここから離れる事。

 ここ数日は資金集めと装備の再確認、そして仲間を集めるフェイズだった。

 それでも時間を取りすぎたと言うのに。


「正直、誰でも良いんです。ここに居る誰かが来てくれるだけで助かる人が居るかもしれない」


 少し正直すぎるだろうか。

 でもこの説得の仕方しか今は出てこない。

 俺の語彙力を、文章力を、演説力を今絶賛恥じているのに。

 第一次魔物群討伐作戦時のカール兄さんに憧れるよ。


「俺も賛成さ」


 すると、一風吹いた。

 そう言いながら男は立ち上がると、俺に向けて行った。


「ケニー兄ちゃんさんよ。安心しな、俺が動いた限り青の騎士団の事情は気にしなくていい」

「……どういう意味だ?」


 サバイブ・ローガンは唐突にそんな事を言い始めた。

 本当に不思議な男だ。

 言っている事も、その自信満々な顔も良く分からない。


「って事は、おじさんは今自分で言った通り、上に話を通してくれるの?」


 ニーナはそう嬉しそうに言葉を紡ぐ。

 どういう事だ? 話に置いて行かれているのは俺だけか?


「またサバイブさんに我儘を言ってもいいのでしょうか?」


 イアンまでどうした?

 そんなにこのサバイブと言う男が立場上なのか?

 まさか構成員なんて実際は違うくて、影の支配者的なあれか?

 もしかして俺、もっと腰低くして話すべきだったか?

 既に失礼な要望を言っていると言う自覚があるからこそ皆さんが椅子に座っている中俺は地面に正座していたと言うのに。

 まさか俺、顔も地面に付けた方が良かったり……?


「上には通しておくからいいよ。グラネイシャには、俺の血縁がいるからね。助けてあげたい」

「サバイブおじさんに血縁なんて居たの?」

「ああ、遠い昔の、過去の産物さ」


 懐かしいそうな顔をしている。


 グラネイシャにサバイブの血縁が居る?

 確かフルネームはサバイブ・ローガンだよな。

 誰かいたっけ……?

 なんか居たような、居なかったような……あ。


『王都・近衛騎士団。新団長である、ガーデン・ローガンだ』


 あの小さな子供がこのサバイブと血縁者か……!

 近衛騎士団の新団長の親族。

 関係は何だろうか……。

 サバイブと親子か? ガーデンは小さかったし、あいやでも年齢は知らない。

 でも、サバイブが親だと考えた方が納得できる部分が多い。


「……ケニー兄ちゃんさんよ」

「ん?」

「………」


 目を細めながら俺を見つめてくる。

 何だろうか? 真意が読めない。何かを訴えかけてきているのか?

 ……なるほど。

 言わないでほしいのか。

 過去の産物とまで言うんだ。きっとある種の区切りがあるんだな。


「さて、話は通しておこう。ニーナとイアン、エマはグラネイシャに心置きなく行きな」

「はい!!」

「いつもありがとうございます」

「ご迷惑をお掛けして申し訳ないです」


 何だか話が纏まってしまった……。

 このサバイブと言う男はどういうつもりなのだろうか?

 いや、この際感謝しておくべきか。

 この男のお陰で死ぬ人間が少なくなるなら。



 その日の話は終わった。

 結果として、多分大成功を収めたのかなって思う。

 俺が何かしら頑張ったとか、カッコイイ演説をした訳じゃないけど。

 青の騎士団、ニーナ・バレット エマ イアン・ベイカーが付いてきてくれることになった。

 サバイブと言う男に感謝しなければいけないな。








 と俺は思っていた。

 次の日に備えようと話が纏まり。今日はそこで解散した。


 外に出ると、既に暗くなり始めており。

 アーロンとの待ち合わせがある為教会へ行こうとした時だった。


 後ろから話しかけられた。


「さて、ケニー兄ちゃんさんよ」

「……サバイブ?」


 男は俺の背後に立ち、問いかけるように俺を止めた。

 歩き出して4歩目、男は宿の玄関の明かりを背中に受け、俺は既に月明かりに照らされていた。


「振り向く必要はない。俺に問いに答えてくれるだけで良い」


 そう言われた。

 別に従う訳でもないが、そう言われたので振り向こうにも向けなかった。


「ケニー、お前はどっち側に付く?」

「……質問の意図が分からないな」

「そのままの意味だ。お前は“終わらせる”のか、それとも“始める”のか」

「………」

「死神をどうする気だ」


 何となく。

 質問の意図が分かった気がした。

 でもそうだな。

 これは答えるべきじゃない気がする。


「お前に話す必要があるのか?」

「別にないさ。でも、相手の罪をちゃんと考えて行動することをお勧めするよ」

「……」

「俺の息子は死神を殺す為にグラネイシャへ渡った。所謂、復讐さ」

「そうかよ、でも俺のやる事は変わらない」


 俺のやる事は、変わらない。

 俺はやってやるんだ。


『君からしたら久しぶりか、ケニー・ジャック』


 悪いな。俺は偽善者だよ。

 でもな、決めたんだ。もう曲げるだけの人生にはさせない。


 最後くらい突き進んでやる。



――――。




 晴れていた。

 眩く輝く太陽は俺らを照らし、冬風が全身を震わせてきた。

 そんな中、俺達は馬車に乗っていた。


 向かう先にあるのは戦い。

 激しい戦い、決戦。そう、決戦だ。



 王都・近衛騎士団、第三部隊 隊長 ノーラン・サンライダー 一行。


 人魔騎士団 ナターシャ・ドイド。

       サリー・ドード。

       アリィ・ローレット。

       ソーニャ・ローレット。

       アーロン・ジャック。

       ケニー・ジャック。


 青の騎士団 イアン・ベイカー。

       ニーナ・バレット。



 三騎士団の共同戦線。

 夢の共演が今なされた。

 と大げさなナレーションをしてみる。


 考えてもみれば俺がこの場に居るのが不思議だ。

 俺は半年前まで引きこもりであり。

 ろくでなしであり。

 クソ野郎だった。


 でもどうしてか俺は今、立派な事をしようとしている。


 それは、言ってしまえば俺らしくないのかもしれない。

 でも、俺らしくなくても、それでいい。

 不格好でも良いんだ。


「――――」


『お前が誰かじゃない。今お前が、誰になりたいかだ』


 そんな格言がふと俺の心から飛び出した。

 そうだな、その通りだ。

 全部やり直すんじゃない。

 過去は変えれない。

 だから俺は、今を全力で生きてやる。




 向かう先は魔法大国グラネイシャ。

 俺たちの故郷、俺たちの家がある場所。



 そして――死神との決戦を迎える、ラスボスとの戦いの地だ。



 助けてやる。

 全部、俺の手で、救い出してやる。



――――。



 ■:魔法大国グラネイシャ・北の街


 トニー視点。



 考えてみれば、もうサヤカが居なくなってから、随分時間が経ったと思う。



 数カ月間。

 俺は一人で何となく放浪しながら暇つぶしをしていた。

 外を歩けば、そこは見慣れた風景。

 すっかり冬の匂いがする。

 何だかもう、ケニーやサヤカの事は遠い昔の様に思えてきた。

 勿論まだ友達のつもりだけど。

 こうも居ない毎日が普通になってくると。

 何とも言えない感情に苛まれる。


 今日も今日とて変わりない生活。

 と思っていた。


「おはようトニー」


 お父さんが朝食を作ってくれていた。

 今日も俺が大好きなシチュー、冬だから暖かい物だ。

 朝にしては完璧すぎる。


「おいしかったよ」

「今日は冷え込む、マフラーを付けて行きなさい」

「父さんは来ないの?」

「本当ならトニーと行ってやりたいがすまない。

 今日は王都で仕事なんだ。明日は開けてあるから、明日回ろう」


 父さんは仕事へ向かった。

 俺も街へ繰り出す。


 雪の上を歩いて橋を渡って、凍っている川を見下ろしながら首に巻かれているマフラーを握る。

 今年の冬は冷え込んでいる。

 魔法大国グラネイシャは生粋の雪国、だから積もる時は結構積もってしまう。

 寒いったらありゃしない。

 もう雪を見てはしゃぐのも出来なくなったと思うと、何だか寂しいなと思う。

 歩いていると、視界の脇で雪を全身に被り遊んでいる子供がいる。

 もう俺はそんな歳じゃない。


「トニーくん!! 待ってたよ!!」

「お邪魔しますモールスさん!」

「寒いだろう?」

「はい」


 モールスさんの家の暖炉がパチパチと火の粉を散らしている音がする。

 その音を聞くだけで、心から温まる気がした。

 そう笑顔で返すと、奥から見覚えしかない猫が近づいて来た。


「マル!! 元気だったか?」

「ニャァ~」

「すっかり太ったな」

「ケニーの野郎が世話しないせいさ。ったく、こんなに遅くなるなんて」


 ケニーとサヤカがサザル王国へ行ってから随分時間が経った。

 既に時期は冬、この街に死神が攻めて来てから下手したら半年くらい経ったんじゃないかと思う。

 そのくらい時間が進んだ。経ったんだ。


「モーリー食堂は最近どう? トニーくん」

「相変わらずモーリーさんは休まず働いていますよ。

 料理人の人が王都に出張しているらしいんですけど、その人の分も含めて」

「あの人本当に大丈夫なのかぁ? 流石に体を休めないと」


 月単位で料理人不在の筈なんだけど、モーリーさん休む気ないのかな……。


「俺からも言っているんですが、まだやめる気はなさそうです」

「流石に心配だな。まあ満足するまでやらせよう」

「良いんですか?」

「一度壊れた方が加減を知れるだろう。あの人はそのくらい前向きなんだ」


 そうなのかな?

 モーリーさんの事をあんまり知らないから俺は何とも言えない。

 無理だけはしないでほしいって思ってたけど。


「まあ今日は祭りだ。二時間後に出発だから準備しておいてねトニーくん」

「あ、はい」


 そうだ。

 今日は祭り。


 魔法大国グラネイシャの建国祭。

 その一日目が今日始まるのだ。


「――――」








 余命まで【残り●▲■日】


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