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百三話 「――の夢」



「あい。おにーさんの足は完治。リハビリもなしで歩けるみたいだね」



 そう金髪の幼女、ニーナに言われた。

 最近見る顔が金髪の奴すぎて、もうそろそろ目が痛くなるぜ。

 別に感じるのは安らぎだから良いんだがな。


 腕も動く、足で立てる。

 それだけで俺は少し前を向けた気がした。

 ケニー・ジャックの完全復活だ。


「もう行くの? まだ休んででも……」

「俺もやらなきゃいけないことがあるからな。ここまででいいよ」

「そういう事なら別に止めやしないけど。まだ元気じゃないんだから安静にね」

「おう」


 そう言い俺は数日お世話になった部屋を出た。

 肌寒い感覚を全身で感じ、俺は久しぶりの外へと繰り出したのだった。



 現在の状況を整理しようと思う。


 死神クラシス・ソースはグラネイシャ陥落を目論んでいる。

 それは3日前、ソーニャが発見した魔石に声明が残されていた。


『私の名は死神。ここに私は宣戦布告を始める』


 そんな言葉から始まった。


『建国記念日に行われる祭にて、私は手持ちの魔物を総動員し陥落に向かう。

 現在グラネイシャと通信が出来ないと思われるが、それは私が妨害している。

 こうしてお前らに声明を残しているのも理由がある。チャンスを与えるためだ』


 あのおしとやかそうなクラシスの声だと信じられないくらい、その言葉には重みがあった。


『勇者は殺した。氷鬼もこの世に居ない。後はお前だけだ』


『時間はない。馬を出せ、地竜を使え、私を止めてみろ。1300年前からの因縁に今かたをつける』


 これが死神クラシスの声明の全文だ。

 不明点とかは色々あるが、やらなきゃいけないことが明確になった。


 まずは早急にグラネイシャへ向かう事。

 そしてグラネイシャにこのことを知らせなければいけないのだ。

 恐らくこの現状をグラネイシャの連中は知らない。

 死神が操っている手持ちの魔物の数なんて分からねぇが、多分、前回のより多い気がする。

 前回のもギリギリだったんだ。

 今回も、死人が出る。


 目指すは魔法大国グラネイシャ。俺たちの、家だ。




 まずはメンバーを集めなきゃいけない。


 死神の声明は青の騎士団、この場に居る王都近衛騎士団、そして人魔騎士団が知っている。

 仲間を集めなきゃいけない。

 人魔騎士団の奴らもみんな来てくれると心強いが、どうなるか分からない。

 王都近衛騎士団は来るとして、人数は多い方がいい。

 青の騎士団メンバーも、来れる人が居るなら来てほしい。

 いいや、俺がここ数日部屋で引きこもっていたから知らないだけで、既に対策組織的なのがあるのかもしれない。

 せめてエマにちゃんと話を聞くべきだった。


「――――」


 青の騎士団は正直手伝ってくれるか分からない。

 でも……そうだ、そう言えば。

 前回、魔物200体をエマとケイティの二人が【神技】で倒していた。

 だから、神級魔法使いなら大規模の魔物群でも一網打尽に出来るのか?

 ならエマを連れて行くべきなのか?

 ケイティはまだサザルに居るのだろうか。

 と言うかケイティは無罪になったのか? どうなった?

 あれから色んな事がありすぎて、そして今考えることが多すぎて。


「……吐きそうだ」


 少し足元がふらついて来た……。

 どこか休憩できる、知っている場所は……。



――――。



「え?」

「あ、ナターシャ。いたのか、久しぶりだな」


 いつの間にか人魔騎士団の本拠地だった家に居た。

 家の中に入るとそこには、久しぶりに見る気がする顔があった。


 ぼさぼさな髪の毛が目立って、らしくない程やつれている女。

 ナターシャだ。


「お前、そう言えば大丈夫だったか?」


 思い出してみれば、

 最後にナターシャはドミニクの絶対魔法に巻き込まれるような場所に居た気がする。

 ここに居るって事は無事だったんだろうが。

 どうやって?


「私はある程度、闇魔法を使えるのですよ。

 あの絶対魔法は闇魔法を媒介にしていなかったけれども、

 危機を察知して魔法で逃げるくらいは」

「中々お前もやるんだな。横、座るぜ」


 言い忘れていたが。

 ナターシャは自分の机を背に、床にお尻を付け座っていた。

 地面にはコップや食器、お酒の空瓶とかが転がっていた。

 誰がどう見ても荒れていたのだ。


 俺は横にある酒の瓶をどけ、そこに腰を下ろした。

 なんで荒れているのだろうか。

 アルセーヌ関連なのは明白だな。

 そう言えば、ナターシャとアルセーヌは元々同級生らしいじゃないか。

 と言う事はアルセーヌとある程度仲が良かったと。

 まあ変な憶測は不毛か。


「話くらいは聞いてやれるぜ」

「………うん。ありがとう」

「なんでこんなんなってる。女性らしくないぞ」

「……なんて言えば良いんだろう。自分が、嫌いになったのかな」


 これあれだな。メンタルやられている人の声だ。


「それまたどうしてだ?」

「…………私が、裏切ったの」

「裏切った?」


 そこから、ぽつぽつとナターシャの懺悔が始まった。

 人魔騎士団の人狼。

 魔解放軍側へ寝返った存在はナターシャだった。

 最もその内容を聞いて、

 確かに裏切ってはいるかもしれないが、そこまで重要な事じゃない印象を受けた。


 ドミニクは何をしたかったのかと考えてみると色々浮かぶ。


 もしかしたら、ドミニクからして第一の脅威がアルセーヌだとしたら。

 第二の脅威はナターシャ・ドイドだったのではないだろうか。

 考えてみればアルセーヌが通っていた学校にナターシャは通っていた。

 それ即ち、ナターシャもある意味特別なのだ。


 ドミニクはあの学校に行こうとして、でもダメだった。

 だからこそ、ドミニクはあの学校卒の人間を、

 ある程度は危険視していたのかもしれない。


 あの学校の事は詳しく知らないが、

 普通に生きて来て行けるような場所ではない気がする。

 あの学校へ行っていただけで、何かが“特別”なのだ。


 ドミニクの人狼発言。

 それはナターシャのメンタルの弱点を突く、

 腹黒い作戦だったと考えるのが妥当だ。


 奴も中々策士だなぁ、

 そうじゃなきゃ魔解放軍ではのし上がれないのかもしれないが。

 それに奴も自分のメンタルの弱点を突かれて負けたふしがある。

 自業自得だ。


「で、裏切りのせいでアルセーヌが騎士団に来て、結果アルセーヌが行方不明になったと」


 少しすすり泣きながら、ナターシャはそれに頷いた。


 まあそれは同情するよ。

 自分のせいでアルセーヌが消えたなら、俺でも自分を責める。

 そうだなぁ、これは俺がかけられる言葉が限られているな。


「ナターシャ。お前はそこまで悪い事をしたとは思えない。

 お前は確かにドミニクの口車に乗った。だがそれは、アルセーヌも望んでいたんだ」

「でも、でもさ、この結果を望んでいたの?

 アルセーヌは、本当にこういう終わり方を望んでいたの?」

「……それは」

「違うでしょ? もっとハッピーな終わり方を望んでいた。きっと最後に、彼は絶望していた」

「そうは見えなかったよ」

「………でも」


 不安だろうな。

 怖いだろうな。

 でも、多分だがアルセーヌは全部計算していたと思うんだ。

 最後の最後の最後の誤算以外は、全部予想通りだった。

 捕まるのもきっと、あの場に効率よく辿り着く打算だったと思う。

 全部全部、アルセーヌ・プレデターはあの場を制御していた。

 ずっと、最初から。

 最後以外は多分、あいつの想像通りになっていた気がする。


 ……あいつは間違いなく、家族の事になるとへまをする天才だったんだ。


 俺はきっと託された気がする。

 最後の誤算の結果を、今こうして。


「――きっと大丈夫だったよ。アルセーヌは最後に、みんなに感謝していた。

 アルセーヌは責任をみんなに押し付けるほど最低じゃない。

 自分の責任を、ちゃんと認めて、最後には満足していたと思う」

「………」

「だからナターシャが今言うべきなのは懺悔じゃなくって」

「――――」


 ナターシャは俺に振り向いた。その涙目を俺にやっと見せた。


「前を向こうよ、それが多分、アルセーヌが残した願いだ」



――――。


『もしかしたら、自分の行いに悔いている者が居るのかもしれない』

『もしかしたら、自分にとっての悪夢を呼び覚まされている者がいるのかもしれない』


『でも、俺なら分かる』


『あいつらは、人魔騎士団だ』

『立ち上がれ。奮い立たせろ。信じろ。挑むことを諦めてはいけない。』


――――。



 その言葉を俺は、アルセーヌから託された気がしたのだ。



――――。



「リーダーに連絡を取ってみるわ」

「え?」


 ナターシャが泣き終わり。

 数時間隣に座ってやった。

 ある程度ナターシャも落ち着いたので、

 俺はアーロンを探しに行こうとした時。

 そう服の袖を掴まれながら言われた。


「連絡取れるのか? どうやって?」


 確か、グラネイシャへの通信は死神によって妨害されている筈。

 なのにどうやって……?


「リーダーなら繋がるかもしれない。詳しくは説明できないけど、時間をかければ……」

「……と言うか、リーダーって誰なんだ?」

「………通話が繋がればきっと、リーダーが全部説明します。

 最初からネタ晴らしは自分でやりたがる人なので」


 まあそういう事ならいいか。

 いやいいのか?

 未だに人魔騎士団のリーダーとやらに会ってないが……。

 厳つい男の騎士とかが出てきそうで怖いな。


「とりあえずアーロンを探させてもらうぞ」

「分かったわ。リーダーと連絡が取れ次第、あなたを呼ぶ」

「まあ了解だ」

「ちなみに、アーロンくんはずっと家の奥にいるけどね」

「……え?」


 俺はその瞬間、背筋に寒気が走るような視線を感じた。

 勢いよく振り返るとそこには、白髪の少年がドアから覗き込んでいるのを発見し。


「あえ、アーロン……」

「……」


 唐突すぎて俺も言葉を失ったが。

 そんな俺をつゆしらず。アーロンはドアから全身を出した。

 とことことゆっくり、俺の前まで歩いて。

 白髪が俺の目の下まで来た。


 ……少しだけ、背が伸びた気がする。


「――――」


 苦労させてしまったな。こんな子供に。

 髪の毛がボサボサだ。しばらくはシャワー入ってないもんな。

 でも、何だろう。

 髪の毛がボサボサで少し全身が汚れていても。

 最初の、一番最初の、アーロンを買った時に比べたら。


「おかえりなさい。ご主人様」


 花の様な笑顔でそう言った。


 誰がどう言っても、今のこいつは俺の子供だった。


「ああ、ただいま」



――――。



「メロディーは元気か?」

「既に回復はしていますが。まだ病院で治療を受けています。

 ニーナさんの話によれば、もう数日すれば外くらいは歩けるだろうと」


 肌寒い外、時刻は昼間、二人で道を歩きながらそう会話をしていた。

 周りの惨状は歩きながら見て回った。

 特に目的のない散歩だったが。

 魔解放軍がどんな被害をもたらしたのか、見て回ることが出来た。


「最近みんなはどうだ?」


 俺は後ろを歩いていたアーロンにそう聞くと。


「アリィとソーニャはやっと褒められてきたと喜んでいました。

 サリーさんは会えていませんが、多分元気だと」

「また消えてんのかぁ、いつの間にか消えるのはサリーの得意芸って事か?」

「ふふ。そうかもしれませんね。また、ひょろって出てきますよ」


 笑いの風が吹く。

 またこうして冗談を言えて、何だかおじさんは嬉しいよ。


 取り敢えずみんなの顔をみたいな。

 そのみんなの中には、勿論グラネイシャの連中も含まれている。

 トニー、モーリー、ロンドン。

 カール、ゾニー。

 サザルに居るケイティにも会いたいな。


 大きな戦いが終わった。まだ後始末が終わってないけど。

 今はとにかく、家に帰ってぐっすり寝たいな。


「……お前は、グラネイシャへ行くか? アーロン」

「当たり前ですよ。家に、帰るんですから」

「そうか。また戦いになるぞ?」

「戦いには慣れません。でも、夢が出来たんです」


 そう、いつの間にか俺の前を歩きながら、背中で語ってくれた。

 俺は驚いて、それが口に出て。


「夢か……お前に、夢が出来たのか」


 少し驚きだ。

 でも、夢くらい当たり前だ。

 俺だって昔は夢があった。立派な貴族になると言う、今からじゃ想像できない夢だ。

 夢、夢か。そっか。はは。


 立派になったな。


「応援するよ、アーロン」

「はい。ありがとうございます」


 沢山の事が変わった。

 沢山、沢山だ。

 このアリシアに来てからもだし、全部が始まったあの日からもそうだ。

 少しだけ寂しくなるな。

 もうアーロンが、親離れしそうだ。

 早くはないか?

 まあでも、悪くはないな。


 ……アーロンと出会ってからやっていなかったが。

 久しぶりに、タバコを吸いたくなった。


「寒くなったなぁ」


 そう言いながら、俺はベンチに座った。

 その横にアーロンは座って、


「ええ、もう、ご主人様とは長くなりましたね」


 さっき歩きながら買ったコーヒーと、サンド・ウィッチを片手に。

 アーロンも同じ装備で座り。


「本当になぁ。確か、初めて出会ったのは春の終わりだったよな?」

「確かそうですよね。僕はご主人様に襲われかけたんですから忘れるわけがありません」

「ぶふっ!?」


 はむっ、とアーロンはサンド・ウィッチにかぶりつく。

 俺はコーヒーを啜り。でもアーロンの言葉に思いっきりコーヒーを吹き出しながら。


「うるせぇなぁ、お前が女みたいなのが悪い!!」

「今考えると、笑い話に出来ますね」


 アーロンは意地悪に笑いながら。そう満面の笑みで笑った。


 はは、そうだな。

 もう笑い話に出来るくらい。時間が経ったんだ。




 笑いの風が、突風が巻き起こった。




――――。



 人魔騎士団のリーダーと連絡が取れたのは、その日から4日後だった。




 余命まで【残り●▲■日】



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