「アーロン、集中して」
「はい。分かっています」
不安定なそれを正し、全身の集中を目の前に向ける。
淡い緑の光が輝き。そこで欠損した部位を癒していた。
教会の外、医療テントの中で僕は杖に全意識を集中させていた。
とても難しい作業だった。
例えるのが難しいけど。
アンバランスな魔力を丁度いい出力へ調整し、ちゃんと治癒を正しい場所にかけなきゃいけない。
手先でも頭の中でも集中する。マルチタスクと言うのだろうか。
「………」
ふと光が途切れ。
黒一色の服をした僕より少し背の高いシスターは細目のまま言った。
「治癒、完了しました。欠損した足は無い為くっつける事は出来ませんが、これで一先ずは大丈夫です」
治癒を受けていた男の人は起き上がった。
足を自分の手で触りながら、足首から下がない自分の足を見てショックを受けたような顔をしていた。
でも男の人はそれを飲みこむ様に受け入れ。
「あ……ありがとうシスター」
「いえ、主なら同じことをしますから」
息をつく間もなくそうマチルダは言った。
「………」
二人係で行う治癒は別に初めてじゃないけど、
僕の治癒とマチルダさんのグレート・ヒールを掛け合わせるとなると少し緊張したなぁ。
実際少し難しかったし……。
それに、これはとても辛い事だ。
「き、君の名前はなんていうんだい?」
「………」
足を失うと言う事は、想像するだけで恐ろしい。
歩けなくなったりすると今後の生活に支障が出るだろうし。
でも、僕は全力で――。
「アーロン。聞かれているでしょう?」
「あ、すいません。アーロン・ジャックと言います」
と、僕は頭を下げる。
すぐに男の人に頭を上げてと慌てられた。
申し訳ない。
「アーロンちゃん? あいや、でも少しだけ男前だから男の子かい?」
「え、あ。はい。男です」
「治してくれてありがとうね。君も色々辛いだろうけど、頑張ろう」
「はい!!」
頑張ろう。
と言う言葉を聞いた瞬間、僕は勢いよくそう叫んだ。
「元気がいいね」と男の人は言って、そこから去って行った。
「忘れては行けないことがあります」
男の人が松葉杖で去ったあと、僕はマチルダさんにそう言われた。
「あなたは彼を、救う事も出来た。言葉の救済も勿論手を抜いてはいけません。
ですが、あの足を失わないように出来たかもしれないんです」
「分かっていますよ、マチルダさん。胸に刻んでおきます」
「………」
僕にもっと力があればできた事。
分かっている。
――――。
「ちゃんとお仕事出来てるの?」
「……びっくりした」
そう笑顔で聞いて来たのは、アリィ・ローレットだった。
時刻は夕方、教会の外で休憩時間だから、雪が解けた地面に座って休んでいたら。
後ろの壁裏から現れたアリィに、唐突に話しかけられた。
「多分……出来てるとは思うけど」
「じゃあなんでそんな浮かなそうな顔なの?」
と言いながら横に座って来た。
「分からない。ずっと、最近はこんな感じで」
「あれじゃないの? ケニーに会えてないからとか?」
「いや、ご主人様は関係ないんだ。
でもなんて言えば良いんだろう。壁に当たったみたいな」
自分の感じていることを言語化するのは、中々に難しいな。
「壁?」
「目標と言うか、夢が出来たんだ。
だからそれの為に頑張ってるけど、早速に『きついな』って思う場面があって」
「あーそれ辛いよね。分かるよ、気持ちは」
複雑で難しい感情。
目標、夢、その先に何があるか、それになる為に何が必要か。
僕の曖昧な悩みに、アリィは小さく頷きながら共感してくれた。
「でも正直、それでくじけてるようじゃ一生目標には届かないんじゃない? 今が踏ん張り時だよ」
「――――」
そう言われて、その通りだと思った。
この程度でへこたれてちゃ僕は夢を叶えられない。
確かにそうだなぁ、
今何が必要かと言われれば、この辛さを克服できるメンタルなのかな。
でもどうすればいいんだろう。
僕は僕で、メンタルもあんまり強くないし……。
「……そうだよね。ありがとうアリィ」
「どうって事ないさ。僕らは友達だからね」
この数日で色々変わったことがある。
まず僕は魔法や魔力操作の腕を買われ教会にて怪我を治したりする仕事をしている。
アリィやソーニャ達は瓦礫の撤去や火が必要な場所へ行ったり氷が必要な場所へ行ったり。
まあ色々と、僕に比べて忙しそうだ。
サリーさんは何やらノーランさんと青の騎士団らしい人と話していた。
話していたから、声とか掛けられなかった。
でも元気そうではあった。
他にはナターシャさんとはあんまり会話出来てないけど、
騎士団の家? って言い方で良いかな。
最初に来た家に一人で帰って何やら作業をしているらしい。
アルセーヌさんは行方不明だ。
まだ捜索活動はしていると思うけど、もうそろそろ潮時だと思う。
今のアリシアには一人の人間を探す余裕なんてないから。
メロディーは現在青の騎士団の人に色々見てもらっている。
魔石の中に閉じ込められていたのだ。体に何らかの異常があったら、大変だし。
ご主人様はエマ? って人に教えられたけど。
今はとにかく、治療優先らしい。
しばらくは会えないと言われた。
エマさん事態は昔から面識があるから信じていいと思っている。
「………」
ご主人様に会えないのは少し寂しいけど。
昔みたいに不安になる事は無かった。
多分ご主人様なら大丈夫だろうなって感じに思っている。
サザルに居た頃ならそうはなってなかったと思うけど。
成長かな。
「時間だから行ってくる! アーロンもあんま無理すんなよ!!」
「うん!! アリィもね!!」
そう笑顔で手を振りながら、僕はアリィと別れた。
さてさて、お仕事に戻りますか。
教会の正面入口から入って、中に入る。
中に入るとそこは少し蒸し暑く。常に魔道具、冷房にて冷たい空気が送られている。
外は寒いんだけど、人が密集していたし、教会って場所によってはあんまり換気が出来ない。だから少し蒸し暑かった。
そんな人込みの奥で名前を呼ばれた。
「アーロン、遅いですよ」
そう黒一色の服を来たシスター、マチルダさんだ。
何だか態度が冷たいと言うか、当たりが強いと言うか。
そんな人が今の僕の世話係だ。
「……はい」
「仕事に取り掛かりなさい。怪我人はまだまだいるんですから」
そう語彙を強めに言い放ち、僕に背中を向け歩いて行った。
壁は高いなと、そう思った。
――――。
今日も仕事が終わった。
夜更けの方だったと思う。
でもまだ食料の配布とか、料理の無料提供は終わっていないのが救いだ。
少し肌寒くなってきたけど、まだ厚木は持っていなかった。
だから白い息を吐きながら、僕は食料と料理の無料提供を受け取った。
カァレーと言う料理だった。
トガトやニンビンと言う野菜が細かく切られ入れられており。
食べ応えは抜群でおいしかった。
受け取って僕は地面に座り込む。
「……はむ」
おいしい。
泣けるくらいおいしいのだ、これが。
疲れているからかなぁ、辛いのが染みわたる。
本当ならトニーとかと食べたいけど。
「………」
まだグラネイシャへ帰る目途は立っていない。
いつかは帰るだろうけど、まだ帰れないだろう。
少し色んな事がありすぎた。
前みたいにトニーと会話できるかと思うと、少し不安だ。
僕も辛い経験をした。
だからだと思うけど、昔より物事を良く考えるようになったと思う。
「確か、ここらへんに」
と言い僕は腰に付けていた短剣を取り出す。
紫の持ち手に鋭い剣先。これはヴェネットさんの短剣だ。
そしてもう一つ。小さく折りたたんであって腰からお尻にぶら下げてた物を広げる。
アルセーヌさんの、カウボーイハットだ。
「………」
カウボーイハットは最後に、魔石の足元で別れを言われた時に貰ったものだ。
もしかしたら、これはアルセーヌさんの形見になるのかもしれない。
……いいや、そういうのはダメだよね。
ふと、折りたたんでいたカウボーイハットを被ってみた。
ふと、閉まってあったナイフを触ってみた。
広場の端っこで、僕は少しだけ、悲しい気持ちになった。
でもそんな気持ちになったところで何も変わらない。
変えなきゃいけないのは。僕だ。
僕を変えなきゃいけないんだ。
今が踏ん張りどころ。
「がんばるぞ……」
「そんな勢いよく食べたらお腹を壊すよ」
すると、唐突にそんな声が上から聞こえてきた。
驚きすぎて少しビクッ、ってなってしまった……恥ずかしい。
気を取り直して、僕は上を向いた。
「ノーランさんとソーニャ……?」
一人は大きな影だった。
ボロボロの筈なのに元気そうな顔で、あの丸渕メガネは無くなっていた。
一人はさっき見たような顔だった。
少し汚れているロングスカートを履き、初対面の時より女の子らしくなった。
流石双子だな。ソーニャはアリィとそっくりだ。
「やっほ、久しぶりだねアーロン」
「元気だったかい? 顔を出せなくてすまないね」
久しぶり。
本当に久しぶりだ。
あの戦いが終わってから、久しぶりの再会。
ずっとみんな忙しかったんだ。
「最近どうなの? ノーランさんとか忙しいんじゃ?」
「そうなんだよねぇ、なんでか分からないけど、ずっとグラネイシャと連絡が取れないんだ」
「連絡が取れない?」
サザル王国でも同じような事になっていたと聞く。
一体どうしてだろうか。
連絡用の魔石の通信を切るなんて方法、聞いた事がないけど……。
「と、あとは」
そうソーニャが前ののめりになり。
僕の方へノーランさんの膝の上に手をついて近づいて来た。
あ……。
「ん? どうしたの」
「いやっ、続けていいよ」
「この魔石なんだけど、私と最後の戦ってくれた……オフィーリアさんが落としていったものなの」
「オフィーリアさん?」
最後に戦ってくれた……あ、確かに黒髪の女の人が居た。
あれ誰だったんだろう。
それも、死堂? って言うバケモノをソーニャと一緒に倒した筈。
って事は、強いのかな?
「まずそのオフィーリアさんって誰なの?」
と、僕はソーニャに聞いてみた。
でも聞くと瞬く間に困った顔になって、ソーニャは言った。
「口止めされているの。言わない約束で、来てもらったから」
口止めか。訳アリなんだろう。
そういう人も少ないくないから納得できる。
「……そういう事ならまあいいよ。アリシアで出会った人?」
「うん。結界で閉じ込められて、何も出来ないと怯えていたから来てもらった」
「そうなんだ。その人の落とし物?」
見てみると、確かに魔石っぽかった。
片手で握れるくらいの長方形っぽい形。
色は紫、でも光は青色で淡い。
普通の魔石だ。
魔力の純度は光の色、魔力の属性は魔石の色だから、これは闇の魔石?
魔力もちゃんとある。空の魔石じゃない。
属性が闇だからあんまり構造とか分からないや。
「これね、昨日までは魔力が流れてなかったの」
「え? 流れてなかったの?」
「うん。でも今日になって、中から魔力を感じるようになった」
「魔石の自動魔力回復ってあり得る話なのか? と俺のとこにソーニャちゃんが相談しに来たんだ」
と、ノーランさんは説明してくれる。
魔石の魔力回復なんて聞いたことがない。
随分前に魔力学の本を読んだことがあるが、それにも魔石の魔力回復については無かった筈。
じゃあ、どういう事なんだろう。
「何か昨日にしたとかないの?」
「特にしてなかったと思うけど……強いて言うなら初めて外に持ち出したとかかな」
「外に持ち出した……ね」
外に持ち出した結果こうなったのは、可能性としてはあるが。
一体どういう経緯でこうなったのか、少し説明が出来ないな。
でもこの状態、どこかで見た事あるような気がする……。
「……あ、これって通信用の魔石なんじゃない?」
「え?」
考えてみれば、この光り方や形が通信用の魔石に見えたのだ。
雑貨屋コーディーの時持っていた魔石と光り方や形が似ている。
今はもう無くしちゃったけど、見覚えで言ったらそれだ。
「あ、確かにそう見えるね……」
「どれどれ」
と、ノーランさんは腕を伸ばしてきたので僕は渡した。
もしこれが通信用の魔石なら、そのオフィーリアと言う人物と会話が出来るのではないだろうか。
あいや、でも受信だけしか出来ないのかもしれない。
それに今日になって唐突に光り出したのも何だか変な話だ。
……でも、もし何かを受信したから光り出したとかなら。
その魔石に、既に何かオフィーリアさんの言葉が――。
「――コネクト」
ノーランさんがそう魔石に放った瞬間。
魔石から音声が流れ始めた。
『――――』
それは、聴き間違えようのない。
『私の名前は死神』
完全な、
『建国記念日、私はグラネイシャを陥落させる』
宣戦布告だった。
余命まで【残り●▲■日】