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間話「死の魔人-後編」



「何してんの!!」


 ひょろがりの男はそう言いながら、細い腕を掴んだ。


 場所は路地裏。

 赤い光が上から少しだけ見えて、外からは絶叫が良く聞こえていた。


 掴んだ相手は長い白髪を揺らしながら。

 ゆっくりと振り返った。


「なに?」


 整った顔の女性。

 ジェローニ・エレフは顔を傾げた。


「どこ行く気だ。今は逃げるべきだろ!」

「逃げた所で良い事なんかない。ならせめて、八つ当たりしたい」

「死の魔人にか? そんな事出来んのかよ!!」

「出来る。舐めないで。私はこれでも魔法使いよ」

「……だ、だからって」


 ひょろがりの男は止めようとしていた。

 ジェローニの向かう方向を見れば、何をしようとしているのか、分かってしまったのだ。


 ひょろがりの男は必死に「行かないでくれ」と言う顔をした。

 それは別にナンパをし女で遊ぶ最低なクズ男だからじゃない。


 ひょろがりの男は、純粋に、死んでほしくないからだ。


「本当に逃げるべきなのはあなたでしょ。

 名前も知らないけど、ミルクを奢ってくれたから死んでほしくないわ」

「結局ミルクのお代払ってねぇよ!

 死の魔人が来なければお前の奢ったことになってたがな!!」


 そう必死に言うと同時に、ひょろがりの男はジェローニの手をさらに強く握った。

 その反応に、ジェローニは驚きながら。


「……ありがとう。でも、もう遅いの」


 俯きながら、白髪を靡かせた。

 火の粉が飛んできた。

 死の魔人は刻一刻と迫ってきていた。


「どうして?」


 ひょろがりの男は先ほどとは違い。

 真剣な眼差しでそう聞いた。


「――――」


 その言葉に、女は懺悔するように言った。


「息子を、私が殺したからよ」


 鐘が鳴る様だった。

 鐘がなり。音が響き、全身に雷が落ちてくるような。そんな感覚だった。

 ひょろがりの男はそこで怖くなった。

 だから、手を放してしまった。


「さようなら」


 ジェローニは路地裏から出て、街の中心部へ向かった。



――――。



 男は普通に歩きながら、向かってくる街の自警団を捻り潰した。


「白髪の子、白髪の子……」

「止まれ――ッ!!」


 男はぶつぶつと呟きながら向かってくる数人の男を。

 黒い液状の物を操り。


「アッ……」

「確かここら辺なんだよなぁ? 家なくないか?」


 男を潰し。何度も液体で殴り。

 トガトが潰れたように、人を捻り潰した。

 そんな男の目の前に、ジェローニは飛び出した。


「あ、白髪だ」

「あなたが死の魔人【幻像マーヤー】ね」


 長い白髪を揺らしながら、ジェローニは目を見張った。

 その先には、黒髪でもこもこの上着を着こなした長身の男が居て。


「君白髪だよね。白髪の子と関係あるかな?」

「……何を言っているの?」

「いやさ。僕の後継者を探しているんだけど、

 将来的にその白髪の子って奴に僕の力を預けた方がいいらしいからさ」

「………その白髪の子の名前は?」

「君やっぱ知ってるの!? ちょー使えるねぇ。確か名前は……」


 男は考えるように空を見つめ始め。

 ふと、アイディアが下りてきたような顔をしたその瞬間。


「んー?」

「――【上級連鎖魔法】超豪弾丸イゴルニク


 白髪の女、ジェローニ・エレフは。

 杖を取り出し。唐突に死の魔人へ攻撃を始めた。

 音速のスピードで繰り出される魔法弾は、確実に死の魔人の頭を捉えていた。

 だがその弾丸は、唐突に生えてきた黒い液体に邪魔され。


「なぁーんで攻撃してくるのかな?」

「ただの八つ当たりよ」

「……はぁ、いい迷惑だね」

「私、めんどくさい女だからさ」


 ジェローニは完全な八つ当たりだった。

 白髪の女ジェローニは、仁王立ちをしながら。


「あっそ。じゃあ死のうか」

「逆に殺してくださいって感じだわ」


 焼けクソのねちっこい。最悪なクズ女。

 それがジェローニ・エレフと言う女だった。


「――【上級連鎖魔法】超豪弾丸イゴルニク

「もう見た」


 音速の弾丸が飛び出し、だが先ほどと同じように魔人は液体で防いだ。

 飽きれながらもう一度頭を狙って飛んできたその攻撃を、さっきと同じ位置で防いだ。


「あのさぁ、せめてもっと凝らして」


 そう溜息を吐きながら言う死の魔人。だが。


「あ?」


 液体を解いた瞬間、そこに白髪の女は立っていなかった。

 そして刹那、


「――【魔道具】針の巣」


 死の魔人を三角形で囲む様に展開された魔法陣。

 三か所に刺された巨大な針に閉じ込められた死の魔人は、その急展開に追いつけなかった。


「――っ!」


 死の魔人は手遅れだったが、“あの女はやばい”とやっと理解した。


 足が動かなかった。

 黒の液体ですぐさま針を破壊したが、破壊しても魔法陣はそのままだった。

 棒立ちで動けなくなった所に、すぐさま別の詠唱が響き渡った。


「――【上級連鎖魔法】モリアーティの画策」

「――【上級連鎖魔法】喉の渇き」

「――【上級連鎖魔法】蛾羅蛾羅」


「トラップ魔法か? 自強化? 聞いた事ない物ばかりだぞ……?」

「ねえ死の魔人さん。どうして私はめんどくさい女だと思う?」


 刹那、死の魔人の目の前に女は姿を現し。

 白髪を揺らしながら、前髪が勢いよく浮き上がった。

 ――紅い瞳をしていた。

 白髪に紅い瞳はアンバランスだった。

 でもその姿はどこか艶やかであり。

 妖艶であり。

 不思議な魅力を持っていた。


 その姿を見て、死の魔人は気が付いた。


「そうかそうか。お前が白髪の子の親か」

「………黙りなさい」

「お前があいつの親なんだなぁ! ガキを出せ!!」






「アーロンはもうここには居ないわ」






「……は?」


 死の魔人は驚いた。

 固まったまま、ジェローニの顔を睨んだ。

 だけどジェローニは、微笑んで。


「私の所にいるより。ああなった方が、幸せなのよ」

「………」


 沈黙が流れた。

 風が流れた。


「――――」


 そんな中、死の魔人は、黒い液体をジェローニの背中に突き刺していた。


「ハッ……ァ」


 吐血。熱い物がジェローニの口から溢れた。


「残念だったよ。死の魔人の座は、まだまだ俺の物だってことだ」

「……わ、私を殺しても、なにも、変わらないわ」

「変わらない? 何がだ」


 死の魔人はもう虫の息であるジェローニに、そう笑いながら言った。

 でも次の瞬間、死の魔人は静止した。


「お前は誰にも愛されない。お前は誰にも認められない。お前は、お前は」


 その言葉は死の魔人には痛い物だった。

 ズキズキと刺さって、震えて、怒りが溢れて。



「――私は、お前の事を許さないからな。死神」



「――あァ、そうかよ。じゃあ死ね。白の魔女」



 女は恍惚な笑みを浮かべ、死の魔人の目をずっと見つめていた。

 死の魔人は気味の悪さから。

 黒い液体に指令を送った瞬間。


「――【魔剣】カルベージュ」

「――ハっ?」


 刹那、死の魔人の腹に、その剣が突き刺さった。

 黒く巨大な刀身に、禍々しいオーラを放ちながらその場に顕現したのは。

 【魔剣】カルベージュ。それは何百年前からの贈り物だった。


 黒い刀身が貫通し、血が溢れ、そして。


「あ、アあァァアアアあああ!!!」

「――ッ」


 死の魔人はその痛みか、それともそのショックか分からないが。


 加減を忘れたように――、

 女を真っ二つに裂き。上半身と下半身を地面に投げ捨てた。


「治れ!! な、なおれぇ!!」


 だが死の魔人の傷は癒えなかった。

 魔剣の特性だった。

 両手で顔に酷い掻き傷を作りながら。発狂しながら。


 死の魔人、ベリリウム・レイレーンは、

 オフィーリアの力を半分失った。



――――。



 燃えた街がまだ見えていた。


「――――」


 痛いとか、そういう感情は案外なかった。


 足の感覚とか、

 もう腕の感覚すらなかったと思う。


 血の味がして、

 何だか涙が出てきちゃって。

 でもやっと解放されると思うと嬉しくって。



「は――――ぁ」



 呼吸が心地いと、初めて思った。


 ずっとこんな安らぎを求めていた。

 もう音が何も聞こえなかった。

 でもそれが幸せだった。


「――――」


 もし来世があるなら、さ。



「は―――ぁ」



 普通の女の子になりたいし。


 普通に趣味を見つけて、恋愛して、



「は――ぁ」



 家事とか覚えて。

 家を買って、

 風車とか見える家を買って、

 猫を飼って、



「は―ぁ」



 子供をちゃんと、

 育ててあげたかったな。



「――――ぁ」
















 そしてジェローニ・エレフは死んだ。





 そして現場にあったはずの【魔剣】カルベージュは、発見されなかった。



――――。



「それが君の見た、ジェローニ・エレフの最後であっているのかい?」


 晴天の日だった。

 オシャレな椅子に座っている男女が居た。

 男は魔族で、飲みなれない紅茶を手に付けちょびっとだけ飲む。

 それを見ながら青髪色白の魔法使いは面白そうに笑った。


 魔法大国グラネイシャ。

 雑貨屋イブ。


 そこには一人の魔族が客として招かれていた。


「あの時の事は衝撃的過ぎて忘れた事はねぇ。

 でもな、あの出来事があったから俺は頑張ろって思ったんだ」

「その結果が外で待っている妻子ね。幸せ者じゃない?」

「苦労ばかりさ。でも、悪くはねぇ」


 魔族の男はしっぽを振りながら笑った。


「でもどうして今頃あの女の事を知りたいってなったんだ?」

「まあ仕事だよ。お金を貰っているから守秘義務でここから先は言えないかな」

「そりゃそうかよ。まあ、久しぶりにこの話ができてよかったよ」


 筋肉質になった男は椅子から立ち。

 出口へと歩いて行った。


 店のドアが開き。魔族の男は自分の子供に抱き付かれ。

 子供を担ぎながら坂道を下って行った。


「なるほどぉ、サヤカの出生はこれで判明した。あと追加で知れた事もあるし」


 すると青髪色白の魔法使いイブは、自分の三角帽子を触り。


「死の魔人は最後にジェローニの死体から手帳らしき物をを取っていた。

 そこから父親の名前を見たとするなら、あれがサヤカくんの父親の名前か……」


 まるで魔族の男の記憶を見たように、イブは言った。


「さて、今回は少々骨が折れたし、依頼料は弾ませるか」








 間話「死の魔人」 ―完―


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