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百話  「ケニー・ジャックと二人だけの家族」





 開戦五分後、


 ■:中央都市アリシア・中心エリア『アリシア像』



 男達、“魔眼”が効かない二人組は。

 ドミニクへと挑んでいた。


 俺が剣を振ればアルーヌの魔法が後ろから飛んできて、

 俺が負傷したらアルセーヌは逆に前に詰め、俺はナターシャからの治癒を受ける。

 ナターシャも一応この戦闘に参戦しているが。

 でも、魔眼無効化の俺らとは違い。ナターシャは魔眼の効果をもろに受ける。

 だからこその後衛だ。


「………ッ!」

「――【神技】ロンギヌスの槍!!」


 白い魔石によりパワーアップしたドミニクは手ごわかった。

 【神技】や【上級連鎖魔法】が飛び交い。

 流石に近づいて連撃を永遠とやると言う荒業は通じなかった。

 やはりさっきのあれは、ドミニクが俺の事で動揺し、そこを突いたから出来た訳だったのだ。


 魔眼が効かない。

 と言うのがそこまでドミニクにとって驚くべきことだったのかは知らないが。


 魔眼なしでも、ドミニクは脅威だった。


 神級魔法使いと言う存在がどんな物か。

 類まれなる魔力操作も勿論の事、術を使う為には沢山勉強し、沢山学習して、沢山練習して覚えなきゃいけない。

 神級魔法と言う物は簡単に才能などで出来るものじゃない。


 だからこそ、【神級魔法】はこの世で一番難しく強力である魔法なんだ。


 そこらへんの事は身内に神級魔法使いがいるから俺も知っている。

 そんな簡単に、使いこなせるようなモノじゃないんだ。


「ケニー! 走り続けろ!!」


 アルセーヌのそんな声が聞こえた。

 その瞬間、俺の足元に青白い魔法陣が出現し。


「うおおお!!」


 俺は思いっきりその場所から走る。

 でもまだターゲットは外れていないのか、魔法陣は次々と足元に生成され。

 背後で抉れる重低音がしはじめ、流石に焦りながら。


「ひぇえ~!」


 ふざけている訳じゃない。

 くっそ怖いのだ。


 止まるだけで俺の体が無くなると考えると、流石に冷や汗が出てくる。

 今までだとその場の雰囲気とかで頑張れたが、今回の敵は一発一発が致命傷レベル。

 流石に根性だけじゃ戦えない。

 それと戦闘が結構長引いている。

 集中力が切れた訳じゃないが、流石に疲労を感じてきている。

 連戦続きすぎるな。


 元々付け焼き刃の、その場しのぎの剣術だった。

 そこまで長い年月運動し鍛錬した訳じゃない。

 まあだが、付け焼き刃にしては頑張った方か……。

 流石に体力の限界を感じて来たぞ。


 でも、


「アルセーヌって、あんな戦い方するんだな」


 直立不動。

 アルセーヌ・プレデターの戦闘スタイルを命名するなら、それだった。

 ずっと止まっていた。ずっと立っていた。

 そしてドミニクの攻撃に。的確に。


「――【上級連鎖魔法】水柱の笠」


 【神技】ロンギヌスの槍を上級連鎖魔法で打ち消せるのは初めて知った。


 と言うか、なんて言えばいいのだろうか。

 そうだ。『必殺を必殺にしない』だ。

 あの言葉をそのままの意味で実行している感じ。

 この神技はこの魔法で止めれる。これはこの魔法とこの魔法を混ぜて使えば防げる。

 そんな超すご技を淡々とこなしている様に見えたのだ。


 もしそうなら、アルセーヌ・プレデターと言う男の底知れぬさが何となく分かる。


「私も、初めて見ます」

「ナターシャさんも初めてなのか? やっぱ、あれは異常だよな」

「……でも、アルセーヌならあのくらいは平気でやりますよ」

「そうなのか?」

「学生時代もそうでした。彼はなんせ、主席候補だった生徒3人、

 上級連鎖魔法の使い手だったり、

 将来『神級魔法使い』になるだろうと言われていた3人を。

 たった1人で負かしてしまう程、規格外でしたから」


 流石、ドミニクの兄と言うべきか。

 アルセーヌはドミニクの数倍先を行っている様に、今は見える。


「……そりゃ、とんでもねぇな」


 元々底知れない人間だとは思っていた。

 初対面の時俺に向けていた差別の感情。

 今ならあの理由が分かる。


 多分、アルセーヌは最初からこの状況を望んでいた。

 ずっと、最初から。


「どうして、倒れないんだ……」

「……倒れるわけには行かないんだ」



 ――兄は弟と決着をつけるために、この場所に居たのだ。



「ケニー!!」

「……なんだ、アルセーヌ!!」


 立っている男が声を荒げた。

 背後にいる俺に向け、言葉を紡いだ。


「お前がドミニクを倒せ。俺はバックアップをする」

「別に俺が出る幕じゃないだろ? お前1人でも勝てるんじゃないのか?」

「いいや、俺が今ドミニクを止めたら、ダメなんだ」

「……?」


 良くわからなかったが。

 でも、そういう事なら。


「ナターシャさん。これ、何だと思いますか?」


 そう言い俺は腰のベルトに挟んでいた棒を差し出す。

 するとナターシャは少し触ってから。


「これは魔道具の格納モードです。どこでこれを?」

「いやな、アーロンと離れる時手渡された。『サリー』からの預かり物らしいが」

「……とにかく、これを使用するなら。強く握りながら『装備開示』と叫んでください」

「それだけでいいのか? 了解した」


 これの使い方、そういう感じなのか。

 まあでも今はまだ出さないかな。

 適材適所。

 出すべきタイミングに、切り札として。


 俺は武器を持って前に出た。

 両足が少し重かったが。引きこもり時代に比べると軽かった。

 崩壊したその場所で、俺は剣を握った。

 ドミニクは頭に血が上ってように、歯をむき出しながら俺に視線を写す。


「何をしにきた?」


 震えた声で、ドミニクはそう言った。

 雪が、積り始めた。


「お前を倒しに来たんだ」

「何故? なんの為に? お前には関係ないだろ?」


 関係ない? 関係しかないだろ。

 お前は俺の仲間を二人も殺したんだ。

 ヴェネットは俺の、友達だった。敵から始まったが、最後には信じあっていた。

 キャロルは俺を小馬鹿にしていたが、ギルドの看板娘だった。彼女に救われた人をあの場には居たんだ。

 それをお前は全部壊したんだ。

 だからこそ、俺は関係がある。


「アルセーヌ。俺にはお前らの事情はよく分からない。でも、これで良いんだな」


 最後に、俺は振り返ってそう聞いた。

 するとアルセーヌは隠れた片目を俯かせながら。


「――――」


 いいや、その瞬間、自分の前髪を手でかき揚げ。

 俺に赤い瞳を見せ、覚悟を決めたように。


「――――」


 初めてちゃんと見るアルセーヌの顔。

 片目が魔眼のその素顔は、とても整っており。

 そして、やつれていた。

 一応俺より年下の筈なのに、男は、疲れ切ったように。

 でもその一瞬、一時だけ彼は少しだけ歯を出し。絞り出すように。言った。


「頼む」

「………」


 了解した。


「おじさんと遊んでくれるか? ドミニク」

「仕方ないなぁ、八つ裂きにしてやる」


 俺は持っている短剣を両手で握りしめ。

 走り出した。


「はあああ!!」


 思えば、こんな経験をするなんて一年前の時点じゃ思いもしなかった。

 一年前、いいや、半年前まで俺は無職で引きこもりで最悪なクソ野郎だった。

 なのに今俺は、人の為に戦っている。

 どこから俺の歯車は狂ったのだろうか。

 やっぱり。あの子かな。

 でも、悪い事ばかりじゃなかった。

 あの子に出会わなければ、俺は今剣を握っていないし。

 あの子に出会わなければ、俺は家族と向き合う事すらしなかった。

 全部が正しく素晴らしい人生だったとは言えないが。

 少なくともこの半年は、本当に幸せだった。


 きっと、俺が死ぬことになっても。

 もうあの子なら、アーロンなら、問題なく生きていけると思う。

 まだ死ぬかどうかは分からないけど。

 こんな俺でも変われたんだ。


「――――」


 過去を恐れない者が、本当の強さを手にする。

 過去を忘れない人間だけが、過去に打ち勝てるんだ。


 俺はクソ野郎だ。ただ、マシになったクソ野郎だ。


「――はああああああああッ!!」

「同じ手はもう通じないぞケニーッ!!」


 俺が声を荒げだすとドミニクは叫ぶように腕を地面に付け。

 向かってくる俺に対し、魔法を行使し始めた。


「――【神技】豪傑恋歌!!」

「――【魔法】幻鏡」


 一瞬黄色の世界に見え、足元が狂いそうになったが。

 アルセーヌの魔法により普通の世界へ戻り。いや、これは多分俺の視点だけに魔法を掛けたんだ。

 だから俺はこの神技の中を、魔法の補助ありだが突き進める。


「――【神技】インタクネータの怒り!!」

「――【連鎖魔法】森の宴」


 ガイコツのバケモノがドミニクの背後に生成され。

 青黒いオーラを纏いながらその霊は俺に迫って来た。

 だがアルセーヌの魔法のより。緑の風が吹き。暖かい空気が肌に触れ。

 ガイコツの傀儡は泡の様に飛ばされ消え失せた。


「ッ! 来るなあぁ!」

「はあああああ――っ!!」


 空気を切るように、一閃がその場に走った。

 俺は短剣を横へ勢いよく降り、だがドミニクはその攻撃を避け。


「――【禁忌】デスザーク!!」

「――【剣技】忌避終劇の守」


 アルセーヌの剣技により。

 放たれた青黒い閃光は、硬質化した空気に弾かれた。

 それを突っ切り。俺はもう一連撃する。

 今度は懐まで近づき、首を狙った一撃。だがそれをドミニクが。


「――【魔法】水霧!!」


 青い霧がその場に勢いよく広がり。

 甲高い音を立てながら次の魔法を発動させようと腕を光らせた。

 ドミニクは霧へ消え。俺の一撃は空気を切るだけで不発に終わった。

 だがその瞬間、


「――【魔法】閃光弾」


 アーロンから貰った紫の魔石を使用。

 霧の外で光を灯らせ、その時見えた影に向かって。


「そこかっ!」


 影に向かい唾を吐いた瞬間、俺は上着に隠していた物を数本投げた。

 投げるのは初めてだが、軽く投げやすかった。

 でも命中率に関しては流石に練習とかしてないからゴミだった。


 でも、

 とにかく何本も、勢いを付けながら投げ。

 そして。


「アッ……」


 聞きたくなかった不快音と共に、ドミニクから漏れ出したのは情けない声だった。


「やっと当たったか」


 霧が落ち。その場には腹を抑えている男ドミニクが居た。

 ヴェネットの投げナイフを、少しだけ拝借していたのだ。

 数の力はやっぱりすげぇぜ。


 なあドミニク。


「これで終わりだ」

「っ、くっそ」


 投げナイフが命中した影響で霧の中でもドミニクの姿を視認できた。

 ドミニクは自分の腹に刺さったナイフをそのままにし。

 俺を強く睨みながら。


「――【神技】ザ・プロテクト!!」


 青白いシールドがドミニクを包み。アーロンのペンダント攻撃を防いだ魔法を展開する。


「――――」


 俺はあの魔道具を構えた。

 サリーからアーロン、そして俺へと届いたあの魔道具。

 なんの魔道具かは分からないけど。

 でも握ると分かる。力が、ある気がするのだ。

 この魔道具には凄まじい力がある。元々は誰の物だったのか分からないけど。


 持っているだけで、凄まじい勇気が胸の内から這い上がって来るのだ。


「――【装備開示】」


 そう叫んだ瞬間。

 なぜか、剣から何かが流れて来た。


 ぐるぐるとしたその何かは、色を持ち、情景を想像させ。

 そしてそれが記憶だと言う事に気が付いた瞬間。


 俺は自然と、武器の名前を口に出していた。







「――【英剣】エクスカリバー!!」


「なにっ!?」


 片足を前に踏み出し。

 俺は展開した魔道具を両手でガッチリつかんだ。

 黄金の刀身が光り輝き、それは神々しい音を奏でながら。


「おらああああ――ッ!!」


 刹那、【神技】ザ・プロテクトはその剣により打ち砕かれた。


 ガラスが割れるように。

 岩が砕けるように。

 本来割れる筈のないその神技を、【英剣】エクスカリバーは、


 一刀両断してしまったのだ。


 バリアの崩壊の勢いで背後数メートル程飛ばされるドミニク。

 バリアは無くなった、だから俺はトドメを。


 この悪夢を終わらせる、トドメの一撃を――今!




 ――紫の魔石全て使用。




「――【剣技】炎龍レッド・ドラゴン!!!」



 腹の底から燃え上がる炎を感じ。

 吐き出すような勢いで口を大きく開け。

 みんなから受け取った。

 大事な大事な物たちを全て使い。


 カールからは優しさを。


 エマからは友情を。


 ゾニーからは剣術を。


 ケイティからは勇気を。


 アーロンからは変化を。


 モールスからは気遣いを。



 全部全部、貰い物ので、そしてすげぇ力を持っている。

 かけがえのない。

 覆しようのない。

 光を貰った。


 貰い物ばっかであれだけどなぁ。

 それでも俺はこの貰い物を生涯大事にする。

 疎んだ過去も、見えない未来も。

 俺は生きていく。

 そして、俺は。


 俺はもう、一人じゃないんだ。


「――なあ俺、笑えよ」




 金色の斬撃は迸る熱と共にドミニクへ届き。



 その戦いは終わりを迎えた。




――――。



 致命傷を負ったドミニクに、アルセーヌは近づいた。


 苦しそうに、何度も呟きながらドミニクは詠唱を行おうとしていた。

 でもなぜかうまくできなかった。

 なぜなのかは分からない。

 でも俺の目には、とにかく戸惑い。

 苦しんでいるドミニクの姿があった。


 ドミニクへ勝利した。

 でもそれは、気持ちがいい物じゃなかった。


 雪の様に、俺の不快な気持ち積もっていった。


 勝利したのに。

 勝ったのに。

 なぜか、不思議な気持ちだった。

 結界は破れ、幹部も倒し、ラスボスであったドミニクも自分の手で倒した。


 どうしてだろう。


 ああ、そうか。

 最初から分かっていなかった。

 この男、ドミニクが何を考えこんな事態を招いたのか。

 そこに納得が出来ていないから。

 俺はまだモヤモヤしているんだ。


「もう終わりだ。ドミニク」

「……ぅる、さいなぁ」


 アルセーヌの言葉に、ドミニクは血を吐きながら言った。


「全部、全部全部。にいちゃんが、わるい」


 ドミニクは唇を噛みながら、そう言い放った。

 どういう事だろうか。


「ああ、そうだな。俺が、全部、全部全部悪かった」


 アルセーヌはドミニクの恨みを認めた。

 やはり。この兄弟は複雑なのだろう。

 昔の俺と、俺の家族のように。

 なんらかの因縁や愛憎が、この兄弟の首に鎖として繋がっている。

 悲しいな。


「なぁ~、にいちゃん。まだだぜ」

「なに?」


 ――刹那、恐るべき轟音と寒気と共に。

 俺らは巻き込まれた。


 地面が消え、

 空が消え、

 空気が消え。

 そして。


「――【絶対魔法】」


 ドミニクのその言葉が、最後に耳に残った。



――――。



 僕は兄が嫌いだった。



 僕は兄に遅れながらも学校へ通い。

 普通の魔族として生涯を過ごす予定だった。


 うちはある程度広かった。

 屋根は見上げるほど高いし、

 書庫には壁一面本が並んでいたし、

 料理はおいしいし。

 でも、この家にいる間、僕はずっと息苦しかった。


 僕はずっと、兄のせいで息苦しかったのだ。


 兄の名は、アルセーヌ・プレデター。

 プレデター家は僕と兄しかいなかった。

 母親は事故で、父親は病で倒れた。

 兄が8歳。僕が2歳の時の話だ。


 そのせいか。僕は【愛情】と言う物ををあまり受けずに育った。

 でも八年母と暮らし。【愛情】をこれでもかと知っている兄は。


 誰も超えられない天才になった。


 劣等感と言う物を感じたのは、結構早い段階だった。

 兄が魔力開花し、それと同時に才能が花開いた。

 平然と魔法を覚え学習し、すまし顔で使う兄が羨ましかった。

 きっと僕も魔力開花すれば、兄と同じになれるのだろうと胸を躍らせた。

 でもやはり、現実は違った。


「ぼっちゃま!」


 気を失い。

 僕は魔法すら出せず失禁した。

 僕の華々しい人生の始まりは、失敗という文字でその矢を放ったのだ。


 1年かけてようやく魔法を行使できた。


 兄に出遅れたがまだまだ出来ると意気込んだ。

 でも。


 六年、兄とのブランクがあった。


 勝てるわけもなかった。

 簡単に置いて行かれた。

 当たり前の事だけど、出遅れたことは当時の僕にとって、苦痛だった。

 高望みしすぎていたのかもしれない。

 でも兄が出来たことを僕がなぞれないのが、僕の心の焦燥感を加速させた。


 こうして、どんどん目標が遠のいていった。


「アデラリッサ。僕、何が悪いと思う?」


 そう、ピンク髪のメイドに聞く。

 メイドは笑顔のまま、考えるようにして答えた。


「そうですね。まずは、勉強をして、知識を蓄えてみましょう」



 ―#―#―#―



 俺、ケニー・ジャックはドミニクの精神世界に居た。

 いた、つってもよくわかんねぇと思うけど。

 理解が遅れているのは俺も同じだ。


「……アルセーヌ、これ、何を見せられているんだ」

「分からない。が、少なくともこれは、確かにドミニクの記憶だ」


 横に立っていたアルセーヌも、驚いた様に言う。


 黒い世界に立っていた。

 どうして俺らが無事なのか一瞬分からなかった。


 確か、絶対魔法は媒介となった魔法になって効果が変わはず。


 今俺らはドミニクの記憶を追体験している……これは何を媒介としているんだ?

 そしてどうして俺らは無傷なんだ?


「……恐らくだが」


 横でアルセーヌが口を開く。


「これは“死を齎す魔眼”を媒介とした【絶対魔法】だ」

「それ、マジで言っているのか?」

「俺の魔眼が、さっきから痛い。

 さっきから、この空間と共鳴するように疼いている。

 それに俺らが無傷と言うのも、魔眼を媒体とした絶対魔法と考えれば納得できないか?」


 信じられない話だ。

 原理は不明だが。

 確かにそう思えば腑に落ちる。

 落ちてしまう。

 ドミニクは絶対魔法と唱える前、魔法の詠唱が出来る様には見えなかった。

 消去法で魔眼が絶対魔法の媒体となったとしたら。

 この状況も納得できる。


 でも、どうして記憶を見ているんだ?




 ―#―#―#―



 兄と同じ学校を目指した。


 兄と一緒に、同じような道へ行きたかった。

 ……が、半分くらい。

 あと半分くらいが劣等感による感情。

 『見返してやる』って言うどうしようもない感情だ。

 その激情に任せて、僕はオラーナ魔法学校を目指した。


 まず前提に、

 オラーナ魔法学校は学校側からの招待が無ければ入学が出来ない。


 完全招待制の学校なんてここくらいだが。

 魔法の才能がある人間が招待され、将来大物になるように教育される。

 そこに行ければ、僕も兄と同じように“魔法の才能”があると言ってもいいんじゃないかと考えたのだ。


 勉強を始めた。

 体力が無かったから運動を始めた。

 必死に勉強して、

 必死に魔法を覚えて、

 必死に活動して、

 近所の町のゴミ拾いをして、

 善行を重ねて、


 そうして毎日を過ごして、過ごして。




 三年待っても招待状は来なかった。


「……やめよ」


 目指すのを辞めた。

 そこで僕は折れた。

 三年も学校に入らず、僕は時間を無駄にしたのだ。

 その喪失感と兄への尊敬入り混じった愛憎が、今後一生人生についてくる呪縛となった。


 兄は家を出ていった。

 兄は、学校を卒業した後、自由にほっつき歩いて遊び始めた。

 才能があると散々言われ。

 将来は大物になると周囲から期待の眼差しを向けられていた兄は、

 ただ1人の男として旅を勝手に始めたのだ。



 僕は、兄の、全てに嫌気がさした。


 これは僕の中にあった理想が、何一つ叶わなかったから。

 僕の中に存在した夢が、目標が。

 簡単に崩れ落ちたから。

 やっぱり高望みだったんだと理解しても、

 僕は胸のモヤモヤを晴らせるほどの答えを見つけていなかった。







 今から七年前。

 付き合っていた彼女と別れた。

 理由は、相手の浮気。


「――――」


 そして僕は初めて片目の魔眼を使って人を殺した。


 ずっと生まれてから付けてきた黒い眼帯を外し。

 初めて血が噴き出す光景を見届けた。

 スッキリした。

 でも、気持ち悪かった。

 腕が血で濡れて、どうしようもない程吐いた。


「私が、後片付けをします」


 アデラリッサが居なかったらその場で自分の喉を裂いていた。

 なんの為に生きて来たのかが、分からなかった。





 で、

 朧げに思った。




 兄に復讐をしようと。


 その時のモヤモヤは、もう手がつけられないほど濁っていた。



 ―#―#―#―



「……中々な人生だな」

「………あぁ」


 ドミニクの人生は不幸続きだった。

 ずっと、恐ろしい程、環境が最悪だった。

 人にも恵まれなかった。

 運も悪かった。

 だからドミニクは、メンタルが弱かったのだろう。

 戦いの最中に感じ取ったあの違和感はそういう事だったのだろう。


「……本当は、あいつの為に家から出て行ったんだ」

「え?」


 呟いたのはアルセーヌだった。

 何となく感じていたが。

 やっぱり、兄弟ですれ違いがあったのか。


「俺があいつにとって悪影響だったのは知っていた。だから、家から出た」

「……それが、この結果と」

「家から出るときアデラリッサにドミニクの日常を約束させた。筈なのに」


 結果、ドミニクの不幸は止まらず。

 他の外的要因が重なり。こうなったと。

 悪役にも悪になる背景があると言うが。

 これは、見ていて辛すぎるな。


「………」


 ドミニクに同情するよ。


 もちろんお前がしたことは許せないけど。

 でも、過去の事は、お前が被害者だと思う。

 誰も悪くない。

 “加害者が居ない悲劇”。

 いやでも、あえて加害者を言ってしまうならば。


「……やっぱ俺が悪かったのか」

「……」


 アルセーヌは堕ちた声で脱力する。


「弟が魔解放軍に入った事を知った時。止めなきゃ、って思った」

「………」

「でも、止められなかった。お陰でこのざま。

 アリシアの人は死に、誰も幸せにならない終わり方をした」


 誰も幸せにならない終わり方。

 魔解放軍は目的を果たせず敗北し、アリシアの人々は深い傷を負った。

 勝ったが、最悪の結末になった。

 これ以外の最善は無かったと思う。

 だが、この結末は誰も救われない。

 最悪なエンドとなった。


「……でも、最後の最後で分からなくなった」

「……?」


 アルセーヌは弱弱しく呟く。

 アルセーヌとぼとぼと俺の前に歩き、黒い世界に対し小さく息を吐いてから。


「俺はずっと、お前は俺を恨んでいると思っていた。

 でも、この記憶を見る限りそうは見えない」

「――――」

「……ごめん。俺は多分、また、とんだ思い違いをしていたみたいだ」


 そうか。

 アルセーヌからしたらドミニクから嫌われており。

 それもドミニクを追い詰めているのは自分だと理解していた。

 ドミニクはアルセーヌと同じ場所に立ちたいだけなのに、アルセーヌはそれを思い違っていた。

 最初の最初の最初から、

 きっと、思い違い、

 勘違いをしていたのだ。



 ドミニクはアルセーヌと同じ高さから世界を見たかった。


 アルセーヌは頑張って登ってくるドミニクを見て、逆に遠ざかった。



 それは、なんつうか。

 悲しすぎるだろ。

 どっちも報われなさすぎだ。


「………」


 でもどっちかにきっかけがあれば。

 もしかしたら変わったのかもしれない。


 どちらかが、何らかのきっかけで、ちゃんと腹を割って話す事が出来れば。

 たらればになってはしまうが。


 どのみち全部手遅れだった。


「そういう事なら、俺がちゃんと……」

「……?」


 俺の前に居たからよく聞き取れなかったが。

 アルセーヌは何か覚悟を決めたように拳を握った。


「ケニー、話がある」


 この流れで、突然アルセーヌはそう俺に視線を向けた。

 それはとても真剣な眼差しだった。


「……なんだ?」

「お前はここを出たら、俺は死んだと言ってくれ」

「は?」

「このままじゃドミニクの【絶対魔法】は広がり続ける。人死にが出る前に、俺が終わらせたい」

「………」


 俺は何かを言おうとした。


 頭の中で言語化出来ない何かを、言おうとした。

 でもその言葉が口から出る事は無かった。

 何も言わなかった。

 言えなかった。

 目の前にいる。

 死ぬつもりのアルセーヌに、

 何も言ってやれなかった。


「沈黙は肯定と捉えるからな」

「……っ」

「そしてケニー。これはお前に託す『使命』だ」

「――――」

「お前はもし、何か不幸な事が続いて、捻くれてしまった奴が悪の道へ進むのを見たら」

「――――」

「止めてやってくれ。殴ってでも、どんな手を使っても。俺が出来なかった事を押し付けてしまうが」


 そうだ。

 きっかけだ。

 きっかけは自分で作るのは難しい。

 だが他人からなら、きっかけは簡単に出来る。

 この二人に足りなかったのは。

 きっかけを作ってくれる友人だ。

 そうだな、俺がやってやるか。

 それくらいなら、大歓迎だ。


 殴るのは苦手だけど、居ることなら出来るから。


「――――」


 今俺が出来るのは、それくらいだから。

 それくらいの事しか、出来ないから。


 もしかしたらこの二人を救う方法もあるのかもしれない。

 でも、もう、全部が手遅れだった。

 ドミニクは人を殺す禁忌を犯したし。

 アルセーヌは弟を理解していなかった。


「でも」


 何だか分からないけど。

 頭では納得した筈なのに、俺は口を開いた。


「さっきお前はドミニクを殺すのをためらってた。

 だから俺に、託したんじゃねぇのか?」

「………」

「お前は価値がある。

 お前はすげぇ力がある。

 お前はすげぇ才能がある。

 ここでお前が死ぬのは、少し、違うんじゃないか?」


 見ていれば分かる。

 アルセーヌ・プレデターはとてつもない力を持った人間だと。

 彼はきっと、近いうちに伝説を残す。

 とんでもない程、びっくりするほどの伝説を。

 そんな器を持っている。

 それはきっとドミニクにも言える事だが。

 彼はその力を悪の道で使ってしまった。


 ただとにかく俺は、

 アルセーヌはこんな場所で死ぬべきじゃない。

 そう思ってしまった。


 ……でももしかしたら。

 ただ単に目の前で死んでほしくないと言う願いの後付けなのかもしれない。


「……俺じゃなきゃ行けないんだ」

「………」


 その声は、既に覚悟を決めた男の声だった。

 それを聞いた瞬間。

 俺の体は小刻みに震え始めた。


「俺が弟を正せなかった。向き合えなかった。だから、俺が終わらせる。もうビビらない」


 やめろ。


「だからさ。お前に託すよ」


 やめてくれ。

 死なないでくれ。


「………ッ」

「こんな事、託してごめん。使命とか言ったけど。そんなに重大に思わないでほしい」


 俺の様子を見て流石にアルセーヌはそう言った。

 でも、やめてほしいのは変わらなかった。


 言ってしまえば。

 それは自己防衛だった。

 目の前で救えたはずの命が死ぬのを、俺は見ていられなかった。

 苦しかった。

 どうしようもない程、息が出来なかった。


 アルセーヌが前に進みだした。

 黒い海を進みながら、靴を黒く濡らしながら。

 ゆっくりと俺から離れて行った。


 俺は手を伸ばせなかった。

 目に溜まった熱い涙が溢れそうになっても、

 どれだけ悔しくて歯を食いしばっても、

 叫びたいくらい伝えたくても、


 俺は手を伸ばせなかった。


「なぁ、ケニー」


 アルセーヌは暗闇で振り返った。


 笑いながら、微笑みながら、アルセーヌは言った。


「全部忘れた弟を、助けてやってくれ」

「……まて、それってどういう――ッ!?」


 その瞬間、視界は光に包まれた。









――――。




 過去を恐れない者が、本当の強さを手にする。

 過去を忘れない人間だけが、過去に打ち勝てる。


 その言葉通り。

 過去を恐れたドミニクは本当の強さを手に入れられなかった。


 長い長い。長すぎる悪夢が終わった気がした。


 黒い海は無くなり。

 白く染まった雪景色が目に写った。

 そして、俺は寝そべっていた。


「――――」


 少し肌寒い空気が流れて、雪が空から頬へ落ちて来た。

 悲しみと寂しさを心に抱きながら。


 この長すぎる戦いは、終わりを迎えたのだ。














――――。



「たいちょー、これ重傷者じゃないですかー?」


 甲高い声。

 金髪萌え袖の幼女が言った。

 気絶しているケニー・ジャックを座り込みながら見下ろす幼女の後ろから。

 背が高く、顔が整ったイケオジが歩いて来た。


「こりゃ重傷だな。見たところ最悪の事態は免れたように見えるが」


 渋い声が響き。男は幼女の横に座り込んだ。

 すると、幼女は首を傾げた。


「……もしかしたらこの人、さっき保護したあたしくらいの子が探してた人なんじゃないですかー?」


 その言葉にイケオジは項垂れた声を出した後。

 ハッとした顔をして。


「確かにそうかもしれんな。聞いていた特徴とも一応合っている。

 優しそうな顔かどうかは俺には分からんが。髭や髪型はそうだな」

「おじさん人を見る目ない?」

「そりゃおじさんだからな。老眼だよ老眼」


 幼女のからかいにイケオジは自嘲しながら返した。

 幼女はすぐさま杖……の様なペロペロキャンデーを取り出し。

 治癒魔法を使用し始めた。


「まあとにかく、一旦は保護が優先だ。それで問題無いですよね? 隊長様」


 そうイケオジが振り返り言った。

 そこには。


 ――儚げに、凛とした女性。

 金髪の髪で、緋目が鋭く輝く美女が居た。


「ケニー……?」


 名を、

 ――青の騎士団:臨時隊長、エマ・ J ・ベイカーと言った。



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