白い世界だった。
粉雪が降りしきり、終わりの黒が終わったその世界で。
私らは死堂の結界に閉じ込められていました。
だけど、その一瞬。
「大丈夫かアリィ!!」
「……さ、サリーさん」
何が起きたのか覚えていなかったけど。
私、ソーニャ・ローレットは地面に倒れていた。
そしてその場は、
「ここは……」
「ここは中央エリアの近くだ! お前ら、ここで捕まっていたのか」
■:中央都市アリシア・南中央街道
サリーは悔しそうにそう口を噛んだ。
何が起きていたのだろうと私は思い出そうとしてみる。
が。
「――ッ」
「……ソーニャ?」
思い出そうとした瞬間、私は頭に電撃が走るような痛みを感じた。
「あんまり無理するななのだ。兄ちゃんが付いてる」
「うん。ありがとうお兄ちゃん」
周りを見回すと、近くの花壇にクラシスさんが座っていた。
少し疲れたような顔だったのが心配だけど。
多分、私の方が重傷だった。
寝転がりながら口を開き、
クラシスさんに話しかけようとした瞬間、サリーが言った。
「あまり会話している暇は無いぞ」
深刻そうな言葉が響いた。
サリーさんの背中がこちらを向いた。
一体何をしているのだろうと目を凝らすと。
「なに、あれ」
「死堂だ」
ぐにゃ、と言う文字が一番あっているのだろう。
中央街道の道から離れた、商店らしき家が跡形もなく崩れていた。
その瓦礫から、その男、
その男『死堂』は時空を歪ませながら、人の姿から逸脱した何かになっていたのだ。
「………」
ぐるぐると歪みながら、まるで人の姿に戻ろうとしているような。
そして、死堂の頭上。崩壊した建物の屋根の上に。
「お取込み中の様だけど申し訳ないねぇ」
渋い声で、下から見ても分かる長身の男だった。
茶色を基調とした服の下から赤いシャツが見え。
背中に長い銃を担ぎながら、髭を蓄えた顎を触っている。
「お前、今までどこに居た。ダドリュー」
「おめぇはサリー・ドードじゃねぇか。生きてたのか」
どうやらサリーさんとダドリューと言う男はどこかで面識がある様だった。
「アデラリッサ。死堂の状態がおかしいがぁ、これ大丈夫か?」
『死堂の状態は逐一報告しなさい。あと、あなたの相棒は作戦に失敗したようね』
屋根の上で、ダドリューは手にしていた魔石に向かって会話をしていた。
あれはまさか、通信用の魔石?
「グレゴリーがあの女に負けたとぉ? そら、信じられねぇ話だな」
『セカンドプランもサードプランも失敗した今、あなた方や私たちに全ては掛かっているのですよ』
「知っているさ。それよりグレゴリーは無事かぁ?」
『無論。合図を待ちなさい』
「りょーかい」
灰色の風に吹かれながら、男は通話を終えた。
通話を聞いている間、私はアリィの治癒魔法を受けていた。
と言っても、少し疲れただけでどこか怪我をしていた訳でもなかった。
だけど、何故か、アリィは私から離れようとしなかった。
「お兄ちゃん?」
「――――」
無言だった。
どういう事なのか分からなかったけど。
悪い心地はしなかった。
「っ」
その瞬間、サリーは剣を握った。
サリーもボロボロだ。右腕からは血を流し、砂や泥で汚れた服。
それでもなお、戦おうとしているのだ。
結界が解けた今、まだ戦いは、続こうとしていた。
「待てよサリーぃ。今、面白れぇとこなんだ」
「……これが面白いかね」
すると、私はやっと気が付いた。
ダドリューとサリーが向いた先。そこは開けた場所で、そして。
「ケニーさん?」
私たちの先、道を真っすぐ行った場所。
そこには一つの像が倒れていた。
そう、そこは。
中央エリア『アリシア像』だったのだ。
――――。
女神の像が倒れた。
ま、正確に言えば純魔石の崩壊。
アルセーヌの錬金術の範囲がそこまで行っただけだが。
作戦と言うか、ごり押しと言うか。
俺の時間稼ぎも全て成功した。
俺、ケニー・ジャックの正面には。
腕を下に付き、汚れたイケメン面で睨んでくるドミニクが居た。
そして――。
「全員集合ってか」
白い世界。
小雨が積り始め、瓦礫が白に塗りつぶされそうになったその瞬間。
――ッ。
瞬間、走ってきた影に、その場にいた全員が戦闘態勢を取った。
だがその影は着地に失敗したように、勢いに任せ体を転がしながら。
砂を飛ばしながらその女性は顔を上げた。
「アルセーヌ……」
「……ナシャ。どうしたんだその怪我」
ボロボロになったナターシャが、中央エリアへ滑り込んできたのだ。
髪は乱れ、服は破れ、肌色が見えている。
きっと、激しい死闘があったのだろう。
ナターシャと共に滑り込んできた影があった。
一つは緑の巨体で、数時間前に俺らの前に現れた男。
そしてもう一つは知らない女だった。
「クッ――!」
「グレゴリー。一旦休みなさい。あなたが欠けると勝率が下がるわ」
「……了解ィ」
その女はグレゴリーに指令を出している様だった。
ショートボブのピンク髪で、その服装は正装だった。
正装。その姿、どっかで見た事あるな。確か。
『私の名はハイド。以後、そう及びください』
ベイカー家の使用人。
俺の家に派遣されていた、あの執事に似ている服装だった。
あの女、ヴェネットから聞かされた幹部の特徴の誰とも合致しない。
誰だ?
すると、思わぬ人物の言葉があった。
「アデラリッサ!! お前は、どうして、ドミニクを止めなかったんだ!!」
それはドミニクの先の祭壇。純魔石があった場所から響いた声だった。
あまりに必死な声だったので一瞬気が付かなかったが、
その声は、アルセーヌの物だった。
「お前に弟を任せた筈だろアデラリッサ!! なぜ?」
「……申し訳ございません。ですが、結果論、あれは最善では無かったのですよ」
申し訳なさそうに、女アデラリッサは言った。
その言葉に、口を歪めるアルセーヌ。
少し息を吸ってから。
「っ……そうか」
と、悔しそうにアルセーヌは言った。
どういう事だろうか……?
結果論? 最善?
と言うかアデラリッサとアルセーヌは身内と言う事か?
待て待て、どこからどこまでが繋がってるんだ?
アルセーヌとドミニクが兄弟なのは知っているが、この女とはどういう関係なんだ?
「ゴタゴタ、うっせんだよ。……兄ちゃん」
すると、やっと起き上がった男、ドミニクがそう言った。
俺もクタクタで腕がパンパンな状態だが何とか立っている状態だ。
そこまで長い時間ドミニクに連撃を食らわせていた訳じゃない。
実際、4から5分程度だったと思う。
アルセーヌの純魔石への干渉が思ったより早かったのだ。
そして感じた。
ドミニクは焦れば焦るほど、弱くなる人間なのだと。
要するにだ。ドミニクはメンタルが弱い男だと言う事。
「――――」
サリーがアリィやソーニャを助けたのは見て居れば分かった。
ドミニクは万全な作戦で俺らを捕らえ、迎え撃っていたのだろう。
奴の作戦はどこから歯車が狂ったのだろうか。
だが、少なくとも。
これで全員集合だ。
「全面戦争って訳か。ケニー」
ドミニクはまだ諦めていないような目をした。
「そう言う訳だなドミニク。俺らは殆ど全員無事で、お前んとこは結構やられちまったな」
思えば、この場に人魔騎士団が全員集合していると言う事は。
魔解放軍に襲われても、何とか勝利を収めてきたと言う訳か。
誰も欠けずに、ここまでこれた。
いわば、奇跡だ。
「うっせぇよ……だが、これで心置きなく」
ドミニクは立ち上がり。そして。
――再度魔眼を開眼した。
その瞬間、その場に大きな音が鳴り響き。
ドミニクの背後に巨大な何かがせり上がってきて。
「これが、始まりのファンファーレだ」
純魔石の下に隠していた『巨大魔石』。
その魔力が地面を揺らし、狂わし、そして。
「……こりゃ、とんだ仕掛けだぜ」
白い魔石。
魔石は色によって純度が分かる。
純魔石は『虹色』だが、虹色の一歩手前。それが『白』だ。
白が眩く光り輝き、それは一点にまとまり。魔力の塊へと具現化し、
巨大な音を鳴らしながら地面を伝い。――ドミニクへ。
「さあ、始めようじゃないか」
人魔騎士団 VS 魔解放軍。
決戦の火蓋が切られた一瞬だった。
――――。
開戦4分後、
■:中央都市アリシア・南中央街道
サリー視点。
「大丈夫ですか!?」
と、白髪の少年は桃髪の少女を背負いながらそう詰め寄ってきた。
俺の名前はサリー・ドードだ。
現在、南中央街道にてアリィとソーニャと知らない少女を守りながら、屋根の上に居る男に対し警戒をしている。
ケニーとナターシャとアルセーヌはドミニクと戦闘を始めたようだ。
原理は分からないが、どうやらケニーはドミニクの魔眼が効かないらしい。
そして同じく魔眼が効かないアルセーヌと、後衛のナターシャに分かれて戦闘をしているようだった。
白髪の少年、否、アーロンは困ったような顔をしていた。
アーロン。無事だったか。
「その子は?」
「この子がメロディーです! 疲弊している様なので戦線離脱させたくって」
そう必死な顔で訴えてきた。
開戦してからまだそこまで時間は経過していない。
まだここから安全な場所へ移動させるには困難な状況だ。
それに、タイミングが悪い。
「流石に、女の子くらい逃がす時間をくれないか? ダドリュー、グレゴリー」
そう名前を言うと、俺の目の前であぐらをかいている二人組は大きく息を吐いた。
「悪イガァ、誰モ逃ガサセハシナイサ」
「まあそういうことだぁ。はて、子供を守りながら戦えるかなぁサリー」
緑の男、グレゴリー・ドラベルはニヤリと笑い。
灰色のガンマン、ダドリューは長物の銃を構えた。
向こうも現在進行形で戦闘が勃発しているが、こっちももう始まりそうだ。
アリィは戦えるが、ソーニャはまだ完全じゃない。
それにまだ『死堂』もいる。
俺の剣技で結界を壊し、壊した衝撃で気持ち悪い姿になっている死堂を攻撃した。
その結果の豹変っぷりだったんだが。
「……」
まだ死んだ訳じゃない。
奴はまだ動いている。死の気配が背筋を走るのが分かるんだ。
つまりこの場で俺らが何とかしなきゃいけない敵の数は4人。
ゴブリンのグレゴリー。
ガンマンのダドリュー。
まだ動かないが生きている死堂。
そしてその上から俺たちを眺めている女。
ピンクの髪の毛をした、執事服を纏っているあの女。
……どうする?
勝てるのか?
こっちは今。
アーロン、疲れているがまだ戦える。
アリィ、一応万全。
ソーニャ、まだ立ち上がれない。
知らない少女、戦力にならないとみる。
これ、勝てるのか……。
最悪、リーダーに救援を求めるのも視野に入れるか。
……ダメか、あの人は今グラネイシャに居る。
求めた所で、短い遺言を伝えるだけか。
「少しいいですか、サリー・ドードさん」
「あ?」
ふとそんな声を出してしまったが、別に俺に他意はない。
だが、思わずそんな声を出すのには理由があった。
ツンとする薔薇の匂いに気が付き。
知らない声に戸惑っただけなのだ。
俺は振り返ると、知らない少女が立っていた。
なぜか頭に布を巻いていたが、理由は分からなかった。
ただとにかく、顔が整った女だった。
それに……どこかで見覚えが。
「私とソーニャさんで、あの魔人を食い止めます。なので他の敵は」
「お前、戦えるのか? そうは見えないが」
「これでも。結界が解けた今なら腕に自信があります」
「……信用してもいいのか?」
俺は一瞬迷った。
全く知らない女に、いきなり自分は戦えると言われても困るし。
俺はそれに対し、簡単に了解と言えるほど無責任な男じゃない。
だが、それは一瞬だった。
何故なら、女の目をどこかで知っていたからだ。
騎士なら誰しもが知っている目だった。
それはでまかせじゃない。覚悟が決まっている時にする瞳。
だから俺は任せることにした。
「悪い。任せる。ソーニャをよろしく頼む」
「分かりました。ただ、少し我儘なのですが条件があります」
「……言ってみろ」
「死堂以外の敵を引き付けてください。出来るだけ遠く、中央エリアから離れて」
それはまあ、我儘なこった。
だがそこまでの自信を信用して出来るだけの事はしてやろう。
これでも色々落ちたが、俺は近衛騎士団の隊長だったんだ。
忘れた事はない。
ヘルクの最後の時を。
「了解した。ここから、サリー・ドードの暴虐を、始める」
俺は剣を捨て。
腰に付けていた持ち手を右手でガッチリと掴み。
「――【装備開示】グレートアックス」
詠唱を叫ぶと同時に俺はその持ち手を引き抜いた。
その瞬間、持っていた持ち手の重量が唐突に増え、黒い刀身が露になった。
【魔道具】グレートアックス。
破壊力は随一。
前と後ろに巨大な刃が付いた黒曜石の斧だ。
久方ぶりに振るうその巨体を俺は持ち上げ、そして、
「負けっぱなしは癪に障るなのだ」
「僕も手伝います。サリーさん」
「アーロンはダドリューを、俺はグレゴリーを叩く」
アーロン、アリィ、サリー VS アデラリッサ、ダドリュー、グレゴリー。
クラシス、ソーニャ VS 死堂。
――――。
開戦10分後、
■:中央都市アリシア・南中央街道
ソーニャ視点。
雪が降り始めてしばらくたった。
もう地面に少しだけ雪が積り始めた。
寒い。とやっと分かるくらい。私は落ち着いていた。
サリーさんとアリィ、アーロンは少し離れた場所へ移動した。
サリーさんの追撃とアーロンアリィの魔法攻撃は凄まじく。
あの敵も下がるしかなかったのだ。
そして今、私は。
「ア、クッ……ヘア」
「もうそろそろね……」
そう、クラシスのため息が聞こえた。
「……本当に、大丈夫なの? 確かに結界は解けたけど、あいつ強いよ?」
クラシスさんはずっと私にヒールを掛けていた。
死堂が起き上がり、完全復活するまで時間があったのだ。
その間で私はだいぶ回復した。
これで戦える。
「ソーニャはそこで静かにしてて。死堂は私が倒す」
「え、そんなの無理だよ!!」
無理だ。
絶対に。
だって、だって。
死堂は強いし、まだまだ恐ろしい力を絶対に隠し持っている。
そんな相手に一人で戦うなんて。
言ってしまえば、無謀だ。
「大丈夫よソーニャ」
クラシスさんの黒いドレスが揺れた。
少し寒そうな服装の彼女が、私の目の前に立った。
杖も何も持たずに。彼女は死堂に視点を合わせた。
「ア――ガガ。クルデ。エエ、ア、アーハルト」
知らない人間の名前を口に出しながら、
狂ったように。壊れた人形の様に。
死堂は立ち上がった。
人型とは言えなかった。
黒い影の様な物を纏いながら、二個ある白い光、目の様な物が顔を作っていた。
禍々しく、罪深い魔人。
その魔人に女は憐みの感情を抱いた。
――同じ“魔人”として、罪深き被害者に終わりを。
「――キメラ型簡易移動用・デーモン」
詠唱でも何でもない。
ただの名前をそう口に出しただけで、雰囲気が変わった。
黒いオーラ。くらぁいくらぁい雰囲気が漂った。
ネガティブになるくらいの雰囲気に息を飲み、そしてその時空の狭間に。
黒いゲートが開き、そこから大型魔物――否、ストロング・デーモンが顔を出した。
黒い体。背中にはトゲが4本。
鋭い歯、臭い鼻息、そして赤く細い瞳。
戦慄。戦慄した。
死神クラシス・ソースがどんな能力を持っているのかは知っている。
何故ならグラネイシャで発表された、死神の情報で全て載っていたからだ。
だがこれは、どこにも載っていなかった。
移動用のゲートを開き、そこから魔物を呼び出すなんて、初耳だ。
それにあれは、ストロング・デーモンじゃない。
昔見た事があるけど、そんなものより大きかった。
どちらかと言うと目の前にいる死堂に似ている存在。
キメラ型……もしかしてクラシスは、魔物を品種改良するように――。
「――キメラ型強化戦闘用・デーモン。目の前の紛い物を食い殺しなさい」
大きな音がした。
地面が強く揺れ、不気味なオーラが地面を伝い。そして。
「ガアアアアアアアアアア!!!」
「死堂、これがあなたのエンドマークよ」
そんなクラシスのセリフと共に、
強化戦闘用・デーモンは巨大な口を開き、死堂を食い殺した。
本当に一瞬だった。
その怪物が死堂を食らい。租借し。
おぞましい死堂のオーラは消え、そこに新たに、禍々しいオーラが現れた。
死神クラシス・ソース。
いいや、死神と言う存在は。
私たちが苦戦したあの男、死堂を、
「――――」
死神クラシス・ソースは、本気で世界を変えるほどの力を持っているのかもしれない。
――――。
開戦9分後、
■:中央都市アリシア・南中央街道、入口
サリー視点。
灰色の風が吹き、砂埃が舞い落ちた。
少し先は大きな広場だ。敵を追いこむ様に、俺は道を防ぐように立っていた。
「苦し紛れにしてはぁ、頑張るじゃないかサリー」
ダドリューはだるそうに、緑の巨体に隠れながらそう言った。
「舐めるなよ。これでも俺は王から直々にエンブレムを貰ってるんだ」
俺は隊長に任命された時、エンブレムが掘られた時計を貰った。
今思えば俺に似合わないと思うが。
王のセンスはどこか尖っていたからな……。
俺の背後にはアーロンとアリィが居た。
後衛として魔法を行使してもらっている。
グレゴリーに関しては力技に持ち込めば案外戦えることがこの短時間で判明した、が。
問題はダドリューだ。
ダドリューは銃を持っている。制度に関しては分からないが、常に銃を警戒すると気がそがれる。
一応。アーロンに銃の対処を任せているが、今の所進展はないそうだ。
くっそ、難しいな。
さっきまでの目的はあくまで時間稼ぎだった。
だが今は違う。目的はこいつらの撃破だ。
どう攻めれば勝てる?
「……サリーさん。銃の仕組みを何となく理解してきました」
「本当か?」
ふと、背後からそんな声が聞こえた。
銃の仕組みについてはアリィから説明を受けていたらしい。
現在、策を考えながら戦っている感じだ。
現在ある策は二つある。
まずはグレゴリーに力技で押し切り、一撃を入れる隙を作る事。
グレゴリーも無敵な訳じゃない。
ゴブリンは巨体な体が特徴だが、
でかいからこそできる力技や巨大な武器を使う事が出来るだけ。
ダメージを食らわないとかそういう能力はない筈だ。
だから隙を作り、俺の攻撃とアーロンかアリィの魔法攻撃をぶち込むことで倒すことが出来る筈……。
だがこの策にはダドリューの無効化が前提。
どの策でも一番の壁はダドリューだ。
ダドリューは銃と言う武器を使っている事から、ある程度距離を無視することが出来る。
残弾数は不明。
弾切れを狙おうかと思ったが、
奴はグレゴリーに身を隠し滅多に攻撃を仕掛けない。
伺っているのだ。最高の狙撃タイミングを。
「………」
現在状況は膠着状態だ。
言ってしまえばこいつらの思惑通り進んでいる。
先ほどから、あの執事服の女の姿がない。
二人なら抑えることが出来るが、三人目となると難しかったのだ。
誰かの加勢へ向かったのか、はたまたこちらの機会をうかがっているのか。
一応後ろの二人にはあの女の奇襲を警戒させているが。
今の状況、どちらが有利不利を言うなら圧倒的にこちらが不利だ。
どうするべきか、
「ボットッシテンジャネェゾ、サリー!!」
「考え事してんだ!」
巨体がぶつかり、俺の両腕とグレゴリーの両手がガッチリ捕まる。
互いに目を睨みながら同じような力で押しあっているのだ。
そこにすかさず。
「――【連鎖魔法】氷の剣!!」
「――【魔法】紅蓮花!!」
氷のつららがグレゴリーへ進み、豪華な炎が地面を伝った。
だがその攻撃をグレゴリーはサリーを突き飛ばし魔法を回避した。
「ヒャッハ!!」
グレゴリーが避けた瞬間、
ガチャ、と銃を構える音がした。
すぐさま横へ視線を向けると、ダドリューは銃先を俺に向け。
「ここでか!?」
今まで使ってこなかった弾丸を今使おうと背筋を伸ばした。
やはり硬いグレゴリーをタンク役として使う訳か。今回のグレゴリーの攻撃は囮。
ケニーと雑貨屋で戦った時と同じような戦法を取るか。
だが、
「今!」
「世界のマナよ、凍てつく世界樹に、その芽を潰さん力を与えよ!!」
アリィの合図と共に、見知らぬ詠唱が響く。
連鎖魔法か。
「――【連鎖魔法】氷結の樹!!」
刹那、ダドリューの銃の真下から根を張るように氷の枝が勢いよく生え。
ゴッと言う音と共に銀の弾丸が放たれ、上空に弾丸が飛んだ。
その瞬間を見逃さず俺はグレゴリーの腕から離れ、ダドリューへ一直線に――。
「え……?」
「――ッ」
背中に痛みが走った。
俺の足は止まり、ぐっと両足で直立したまま静止する。
その瞬間すかさずグレゴリーの猛攻が飛んできて――。
「――サリーさんッ!! 危ない!!」
そんなアリィの必死な声が響いた。
「――――」
「……受ケ止メタカ。オレト互角ニ、力自慢デキルジャナイカサリーィ?」
俺は握っていた武器、グレートアックスを地面に捨て、
緑の拳を、両手で抑えていた。
ひどく不格好だが、とにかくこれで攻撃は抑えられた。が。
「悪いなぁ。魔法が発達してる世界なんだ。
魔法と科学のハイブリッドとか、考えなかったのかぁ?」
魔法と科学のハイブリッドね……、
最初に対峙した時、気づけなかったこちらの落ち度か。
背中、いいや、右肩か。
熱い何かが背中に流れ出して、それは流血していることを暗示していた。
俺は命中したのだ……ダドリューの銃に。
ダドリューが銃に使っている銃弾、その名は【魔法弾】。
使用者の魔力操作により空中で操作できる弾で、
高度な魔力操作が要求されることからただの銃使いでは使いこなせない一品。
「銃弾が曲がるなんて……聞いてねぇぞダドリュー」
「言ってねぇんだもん。知るわけねぇだろぉ?」
そう意地悪に笑いながらダドリューは走り出した。
俺とグレゴリーが互いに手を掴みあいながら膠着している。
その右を回りこむ様にダドリューは走り出し、俺のま右に立った瞬間。
「アーロンさん! 防い――」
「――ダメよ」
そんな優しい声と共に、俺の背後で誰かが倒れるような音が聞こえた。
「……遅いじゃないかぁ、アデラリッサ」
「思ったより奴隷が散っていたのよ。無理やり集めるのに時間が掛かったわ」
俺が背後に振り返ると。そこには――。
「やめ、放して……」
「っ……」
ボロボロの男女がアーロンとアリィを地面に押し付けていたのだ。
その男女は虚ろな目をしていた。髪は荒れていて、泥は付いていて。
そして背後に、あの女が立っていた。
ピンクの髪をした執事服の女が、指揮棒のような物を持ちながら立っていた。
アデラリッサと呼ばれていた女の背後には、まだ奴隷が数人立っていた。
「……どういうことだ」
「おめぇら、いつから錯覚してたんだよ。魔解放軍はお前らみたいに少人数じゃないのさ」
確かにその通りだった。
実態が不透明な組織、それが魔解放軍だ。
だからこそ。相手の数をちゃんと理解していた訳じゃなかった。
幹部以外にも、一般構成員は居るのか。
それもこいつら。多分、全員奴隷だ。
どこに居た? いや、考えるに…………。
「っ……」
「考える時間は無いぞサリーぃ。
お前は俺の銃弾を食らい、お仲間も俺らに捕まった。で? まだ手はあるのかい?」
「…………」
「俺らの構成員は146人の奴隷&魔族と幹部9人。そしてリーダーのドミニクに獣使いのアデラリッサ」
「……………」
「勝算があるなら、聞きたいなぁ、サリー?」
……こいつ、煽るの大好きだな。
ったく、どうしたものか。
俺も長くは戦えない。背中のキズから血が今も流れているし、二人も捕まっている。
「――――」
どこから歯車は狂ったのだろうか。
普通にしていれば近衛騎士団で安定した稼ぎをし、好きな人を養えたのに。
結局好きな人は守れず、ヘルクに支えてもらいながら日々を過ごしていた。
なのに、どうして、神は俺から物を奪う?
なあ、ヘルク。
ごめんな。
俺が死ぬべきだったんだよな。
お前は生きるべき人間だったよ。
お前は帰るべき場所があった。
なあヘルク。
意外と俺さ、お前の話が好きだったんだ。
結局、最後まで、本当の名前を聞けなかったな。
『名前、いい感じのあるかい?』
『名前? そうだな……』
『………』
『……ヘルク、ヘルク……ドードとか?』
『それだと君と名前が同じじゃんか』
『そんな事言われても俺に名前のセンスがあると思うか?』
『ったく、そうだな。じゃあ――』
『異世界の訪問者、ヘルク・クラクってどうだ?』
あの時は、照れくさくって言えなかったけどさ。
その名前。語感良くって好きだったよ。
「まけ――」
「その戦いで、どう足掻き、何を残すのか。それが騎士の努めであり」
瞬間、声が聞こえた。
その声は聞き覚えがあった。どこか優しく、陽気で、楽しそうで。
一番優しい青年の言葉が――。
「……おめぇらは」
「どうやら俺らは、名乗る必要があるようだね」
ダドリューの驚いた声がし、優しい青年と違う、勇敢な声の人が喋った。
「名乗っても知っているかどうかは知らないが。まあ名乗った方がそれっぽい訳か」
俺は痛む背中を無視しながら。
声の方に視線を向けると。
そこには、――二人の男が立っていた。
「魔法大国グラネイシャ王都・近衛騎士団、第三部隊:隊長 ノーラン・サンライダー」
「と、俺、チーム名『黒猫の
一人は、知っている顔に頼もしいイケメン面。上半身半裸でキズだらけの筋肉を見せてくる男。
右のレンズが壊れている丸渕メガネをした男が、ニヤリと笑った。
一人は、巨大な大剣を背中に構え、威圧感を感じる表情をしている大柄の男。
目が白色で顔は豚、そして魔族の男は“
その代表している男二人の背後に、まだまだ数えきれないほど人が立っていた。
そうか……結界が解けたのだ。
増援が来るのが早い気がするが、
このまま時間を稼げばもしや……。
「戦闘経験のない146人 VS 経験豊富で死線乗り越えて来た俺含む部隊メンバー7人」
「幹部3人 VS サザル王国の迷宮で賞金稼ぎをしていた現役のチーム俺含めた14人」
二人はそう言いながら武器を取り出し、そして、
『――優しい人はみんな助ける。それが“僕達”の目標だ』
「さて、後半戦のスタートだ」
後半へ続く、
余命まで【残り●▲■日】