飛んだ思い違いをしていた。
良く考えてみれば、神級魔法使いであるケイティが怯えていた相手なのだ。
この男ドミニクが、
「さあ、これからだ。荒すぞぉ」
神級魔法使いしか使えない魔法、『神技』を使えない訳がないのだ。
それもケイティは確か魔法大国グラネイシャの序列五位。
決して神級魔法使いの中でケイティが弱い訳じゃない。
どちらかというと神級魔法使いの中でも上位に食い込む程の強さだ。
そのケイティを上回る力を、このドミニクが持っているのなら。
俺たちに勝算あんのか、これ。
「ちっ、散るぞサリー!!」
「了解ッ!」
サリーにそう指示する。
纏まってちゃだめだと感じたからだ。
ドミニクは先ほどまでの余裕顔から一転、真剣な表情へと変わったのが分かった。
顔を見ないようにしていたから直接見た訳じゃないが、
簡単に言えば、雰囲気が変わったのだ。
ドッと感じる圧。黒いオーラが視界の端で蠢き、男は魔力を集め。
無詠唱でその魔法を繰り出した――。
「――【神技】豪傑恋歌」
地面が抉れた。
黄色い衝撃波、いいや、周囲が黄色い光に当てられたように光り出し。
地面に落ちていた瓦礫や石が何故か浮かび始めた。
重力がおかしいのだ。
そしてドミニクはその腕を前にかざし、
「――超越」
その瞬間、黄色い空間が白黒の世界へ変化を遂げた。
その変化は俺がどこに立っているのか分からなくさせるほど、何だか違う世界に居るような感覚にさせるほどだった。
「アーロンッ! 魔法は使えないか?」
何か反撃をしなければと思った。
この神技の影響か俺はその場から動くことが出来なかった。
だから俺はアーロンに魔法を使えないかと言った。
魔法なら遠距離攻撃も可能だ。それを期待しての言葉だったが。
「ご、ごめんなさい……もう、殆ど魔力が」
疲れ切った顔で、壁にもたれながらアーロンはそう言った。
白髪が血に濡れているのを見て、俺は胸が抉られるような気持になった。
……そうだよな。
さっきの魔道具を使った攻撃。
あれはアーロンの魔力を全て次ぎこんだ会心の一撃だったわけだ。
だがそれが効かなかった。
アーロンの魔力は底を尽き、仲間が一人殺され、俺らは今文字通りのピンチ。
それに他の人魔騎士団のメンバーがくる気配がない。
ここで戦闘をして時間を稼げば誰か来てくれるんじゃないかと思っていたが。
稼げる時間の方が、ドミニクには少ない。
それにもしかしたら、他の人魔騎士団は既に魔解放軍に――。
「駄目だ……ネガティブになるな」
「どうしたケニー。もう俺の力に臆したか」
俺の呟きに、反応するようにドミニクは笑った。
俺から見て前方にいる筈なのに、なぜかその声は頭上から聞こえた。
もう、俺の感覚がおかしくなっているのだ。
五感が全て狂っている。
とにかく、気持ち悪かった。
「てめぇがアルセーヌから聞いてたより強くなってるのが、驚きなだけだ」
「ほぉお、何を聞かされたか知らないけど。兄さんと俺が分かれてもう7年なんだ」
7年か。
そりゃ、期間が長すぎるな。
その間に強くなってても納得な訳だ。
アルセーヌの話では魔法のレベルが高いが油断しやすいとか聞いてたんだが……。
こりゃ、魔法のレベルが高いって話じゃないだろ。
神級魔法使いを超えた存在。
【魔導卿】ドミニク・プレデターと言っても、間違いない。
少しかっこよすぎか?
それともダサいかな。はは。
だが、今はそれどころじゃない。
「考えろ」
考えなきゃいけない。
この状況を打破する方法を。
どうすればいい? どうすれば勝てる?
どうすれば生きれる。
どうすれば俺はディスペルポーションを手に入れれる。
どう、どうすれば――。
「………決めた」
「あ?」
「――【剣技】
残りの魔石全て使用。
俺の血は煮えたぎり、感覚を研ぎ澄ませながら俺は。
突撃を始めた。
足で地面を蹴り、自分の短剣を赤くしながら、
目を瞑り、歯を食いしばり、俺は一直線にドミニクへ飛び込んだ。
そして――。
「あっぶな」
ドミニクは何を判断したのか、その神技を解除した。
白黒の世界が黄色の世界に戻り、そして元の色を取り戻す。
その瞬間、俺は足を滑らし、地面に顔面を強打した。
狂っていた感覚で動いていたんだ。いきなりそれを戻されたら、また感覚がおかしくなる。
でも、これでいい。
最後の魔石は、この神技を解除させることが目的だった。
俺は勢いよく振り返り、背後にいる強面の男に視線を向けた。
そして口を大きく開け。
「サリー・ドード!!」
「ドードは要らない!! サリーと呼べ!!」
「サリー!! 俺はこいつと一騎打ちをする。時間を稼ぐから、お前は他の騎士団メンバーを探せ!」
「なっ!? お前正気かァ!!」
サリーは怒ったようにそう言った。
そりゃ、俺が言ってる事意味わかんねぇもんな。
でもこのまま全員で他のメンバーが来るのを待つのは、少し望み薄だ。
どのくらいで着くか分からない仲間を信じる程、俺は強くない。
サリーに探しに行かせた方がいい。
と言うか、
「騎士団メンバーじゃなくてもいい! 戦力になりそうな奴を加勢させてくれ!!」
「………」
そう。誰でもいいのだ。
とにかく加勢が居る。
俺とサリーとアーロンだけじゃ勝てないのは目に見えている。
だから、誰でもいい。
初対面の人でもいい。
戦力になる奴は絶対この中央都市アリシアには居る。
「お前に任せるよ。サリー」
俺は別に騎士や戦士と言った立派な存在じゃない。
未来に受け継がれるほど勇敢な人間じゃない。
俺は今、生きたい。
この世界で、あの子と共に。
人間はなんにでもなれるんだ。
だから、クソ野郎が、とんでもねぇヒーローになる事も出来る。
半年前の俺に見せてやりてぇよ。
今の俺の、かっこよさを。
「俺の名前はケニー・ジャック!! お前は?」
「……俺の名前はサリー・ドード。英雄の見届け人だ」
お前も、気が利くな。
「頼んだぞ、ケニー」
「任せろ、サリー」
――――。
既に荒れ果てた場所へ変わっていた。
アーロンの魔法で地面は抉れ、瓦礫はドミニクの神技でバラバラに落ちていた。
黒い世界。肌寒いのは変わらなかった。
そんな中、赤い瞳の男は言った。
「お話は終わったのかい?」
俺が戻ってくると、ドミニクはそう首を傾げながら言った。
待ってくれてたのか。お礼を言わなきゃな。
「タイマンしようぜドミニク。もう一度、ガチンコ勝負だ」
「いい顔をするじゃないか、ケニー」
勝算は勿論ない。
あのまま泥沼に戦うくらいなら、思いきろうとしただけだ。
だが、これは捨て身の作戦ではない。
狙いはある。
ずっと目の前の敵に集中しすぎて見落としていたが。
簡単な話、目の前の純魔石を壊してしまえば済む話なのではないかと言う事だ。
純魔石、中央都市アリシアを覆い人々を閉じ込めている諸悪の根源だ。
考えれば俺らは今、中央都市アリシアに居る人間2万人を、人質に取られている状況だった。
だがもし純魔石をどうにかすることが出来れば。
この結界も解除でき、増援とか呼べてしまうのではないだろうか?
探らねばいけない。
純魔石に閉じ込められているであろう少女メロディーも考慮して。
とにかく、考えなければ。
まだ負けは決まった訳じゃない。ここからなんだ。
だが、時間を稼げるかと言われれば何とも言えない。
なんせ俺は先ほど、魔石を消費しきってしまったからだ。
サリーを逃がす隙は作れたが。
ここから時間を稼ぐとなると、それはとても難しい事だ。
「――ふっ!」
とにかく俺は顔を下に向けながら走り出した。
ドミニクと目を合わせると即死。
それだけでタイマンの難しさを分かりやすく説明できる。
だがここで向かわなければいけない。
昔の俺なら怖いと言って腰を抜かしていたかもしれないが。
42歳の俺に、そんなものは無かった。
「はああぁぁぁ!!」
「――っ」
「くっ!」
かわされた。
魔法すら使ってこない。
使うまでもないって事かよ。
「くあああ!!」
「甘い」
その言葉と共に、俺の右脇腹には衝撃が走った。
どこから生まれたか分からない衝撃波に全身を駆られ、4メートル程俺は飛ばされた。
「いっ……」
右のほっぺから地面の感覚がする。
脇腹から血が出ているのが、触らなくても分かってしまう。
少しだけ自信がついたと思ったが。
今回は相手が悪いのか、勝てる感じがしない。
「仲間を逃がすのに格好をつけすぎたんじゃないか? ケニー」
「……うっせーよ」
こちとら、格好つけなきゃやってけねぇ歳なんだよ。
「まあどのみち、増援は来ないよ」
「……どういう事だ?」
俺はその言葉に反応するように、上半身を起こした。
「君の仲間には俺の部下を行かせている。アボットも、死の魔人も簡単には倒せない」
「………………ちょっと待て、今なんつった?」
死の、魔人。
二度目に聞く単語だが、死の魔人『死堂』と言う名前だけじゃ何も思わなかった。
だが、死の魔人と言う単語を単体で聞いた時。
激しい既視感を俺は感じた。
俺はその単語を聞いたことがあった。
確か、イブから聞いたことがあると思う。
死堂じゃない、その名前は――。
「死の魔人『
「……うちの死の魔人はそんな名前じゃないけど。【
と言うか、うちの死の魔人『死堂』はその人物が元ネタで作られた、ティクターの最高傑作だ」
ああ、ティクターの最高傑作ってそいつの事なのかよ。
死堂って名前はヴェネットから聞いたことあるが。
……死の魔人か。
「ティクターは悪趣味だなぁ」
「自慢のマッドサイエンティストさ。なんせ人を魔改造するんだからね」
「魔解放軍にピッタリって訳だな。はは」
笑えない冗談だが、俺は口でそう言った。
ふとアーロンを探すと、少しだけ動いていた。
多分だけど。アーロンも戦おうとしているのだ。
思えばアーロン。自分が力不足なのを理解してケイティに魔法を教えてもらってたな。
だが、敵が悪いよな。
あいつは、ドミニクは、規格外だ。
そうだ。まだ、まだだ。
俺はまだ、戦える。
足は動く、脇腹からは血が流れてるけど、血が出てるだけでこれは軽傷だ。
ヒールさえ貰えばこの傷は治せる。
だから。まだ倒れるべき場面じゃないぞケニー。
俺はまだやれる――。
「さて、時間稼ぎも終わりだよケニー」
「あっ」
その瞬間、視点の上から伸びてきた腕に俺は顎を持たれ。
ぐっ、と。俺の顔は無理やり上に上げさせられた。
そして、
赤い瞳が良く見えた。
その男の顔を。
至近距離からまじまじと見たのは。
初めてだった。
意外と色白で、
顔が整っていて、
耳には銀色のピアスをしていて。
そして、ああ、そして――。
俺はドミニクと、目を合わせていた。
「死ね」
――ドクッ。
余命まで【残り●▲■日】