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九十六話「魔眼対策」



 ■:中央都市アリシア・中心エリア『アリシア像』



「俺はケニー・ジャックだ。次こそ、お前を許さない」

「前より威勢がいいじゃないかぁ、行くぞ」


 ケニー・ジャックとドミニク・プレデターは、二度目の邂逅を果たした。


「アーロンはヴェネットのヒール! サリーと俺は話した対策を守りながら戦うぞ!」


 俺は咄嗟にそう叫ぶ。

 戦闘。ドミニク・プレデターとのラスボス戦だ。

 とにかく俺は短剣を構え、ドミニクの顔を見ないように距離を取った。


「……つまんないの」

「――【剣技】忌避終劇の守!!」


 対策。それは、魔眼の対策だ。


 俺がその事をアルセーヌから聞かされたのは、あの夜だった。



――――。



「今、なんつった?」

「だから、ドミニクは俺の弟なんだ」


 お酒を飲みながらアルセーヌは唐突にそんな事を言い始めた。

 俺はその時冗談半分だと聞いていた。


「奴は俺と同じ、『死を齎す魔眼』って言うのを持っている」

「………なんだそれ。聞いたことも無いぞ」

「もしお前がドミニクに誰か大切な人を殺されていたなら。

 その人の死因は『心臓が破裂』じゃなかったか?」

「……なんで知ってんだよ」


 嫌でも思い出す後悔。

 あの猫キャロルの死は俺にとって永遠に根ずくほどの後悔だった。

 それをどうしてアルセーヌが知っているのだろうか。


「簡単な話だ。『死を齎す魔眼』で殺されたんだよ。

 俺も同じ目を持っているから分かる。それの方が、証拠を残さないからな」


 な、なんか中二病みたいな事を言い始めたぞこいつ。

 死を齎す魔眼? なんだそりゃ……。


「……死を齎す魔眼って何なんだよ」

「文字通り魔眼だよ。

 でも希少で、強力で、今の所多分この世界で俺とドミニクしか持っていない魔眼だ」


 な、なるほど。

 えっと、つまりだ。

 その魔眼の力でキャロルは殺されて、その魔眼をお前も持っていると……?

 そらまた唐突過ぎる話だな。


「もしその話が本当だとして」

「………」

「どうしてお前はドミニクの敵になっている?」


 もし本当に兄弟なら。この状態はなんか違和感ないか?

 まあ俺も兄弟と仲が良くなかった時代もあるから分かるが……。

 少なくとも、今こうして互いが敵同士、戦おうとしている意味は分からなかった。


 確かにドミニクは現在誰が見ても『悪側』に居る。

 もしそれを許せないアルセーヌの気持ちが『弟を止めたい』と言う行動原理なら理解できる。

 そうゆう類なのだろうか?


「ただの罪滅ぼしだよ。深い意味はないさ」

「それ、酒の席じゃなくっても十分深いと思うけどねぇ」


 と、俺は久しぶりにお酒に浸りながらそう言う。

 少し体が火照ってきたな。意外とこいつとは会話が弾んで楽しいもんだ。

 ………。

 まあ今ここで詳しく聞くのは野暮と言う物なのかもしれないな。

 こうゆうのは段階を踏んだやる物だ。

 今はやめておこう。


「で、その魔眼が何なんだよ」

「お前に魔眼の弱点を教えてやるよ」

「弱点? 何だそれ」

「簡単だよ」



――――。



「ドミニクの顔を見るな! 見たら最後、俺らは死ぬ!!」

「了解!!」


 アーロンはヴェネットの治療を始め、俺とサリーは剣を持ってドミニクに切りかかる。


 死を齎す魔眼。一見それは最強の魔眼だ。

 だがその魔眼が発動するのには条件がある。

 それは、目が合う事だ。


 死を齎す魔眼は相手と目が合う事で発動する。

 だからこそ、極論ドミニクの顔を見なければいいのだ。

 ドミニクの顔を見ないようにしながら、攻撃を仕掛ける。


「てやああ!!」


 この弱点にはもう一つ欠点がある。

 それはドミニクと目が合わなきゃいけないと言う事は、

 一度に複数人を対象に魔眼を使用できないことだ。

 つまり。俺とサリーは交互に別方向から攻撃をし続ければドミニクに捕捉される事はない。

 魔眼を完全に封じる魔眼対策の作戦。

 この作戦はとても難しく、一度の失敗ですべてが終わる。

 誰かが欠けると、一気に不利になる。


「――っ」


 目が合いそうになったので俺は思いっきり顔を横に振った。


「ちっ」

「オラッ!!」


 その瞬間、ドミニクの背後からサリーが剣を振りかぶった。

 こんな感じで俺とサリーがタイミングをずらしたり相手の視界から良い感じに外れれば。

 ドミニクに勝てるかもしれない。


 だが問題はある。

 この戦い方は、言ってしまえば消耗戦だ。

 俺らが先に倒れるか、ドミニクが力尽きるか。

 俺らが今狙っているのは、他の騎士団メンバー。

 ナターシャ、ソーニャ、アリィ、アルセーヌの参戦だ。

 誰でもいい。誰かが来ることを望んで、


「少しうざいな。悪いけど、邪魔させてもらうよ」


 刹那、俺の目からドミニクは消えた。


「え」


 そして、背後から聞こえてきた声はアーロンの物だった。

 勢いよく俺は振り向くと、

 ――アーロンの頭に、ドミニクの片手が乗っていた。

 掴みかかるように、掴み上げるように。ドミニクはアーロンの白い頭を握っていた。


 マズイ。マズイマズイまずい。

 少しでも油断してドミニクの瞳を見てしまったら。見てしまったら――。


 頭にビジョンが浮かんだ。

 あの猫が死んだその瞬間のビジョンが浮かんだ。

 その時の感情を、激情を思い出した。

 嫌だ、嫌だ。


「見るな――ッ!」


 俺は腹からそう叫んだ。


「………」

「……」

「若い子の反射神経は侮れない訳か」


 アーロンは咄嗟に、自分の目を瞑っていた。

 ドミニクは心底歪んだ顔をして、そして。


「………こうなるわけか」

「えっ」


 途切れたような。息を止めるような声が聞こえた。

 アーロンの声だった。

 ――――――――――あ。





「最後まで踊ってくれてありがとう。さよなら」

「ええ、お元気で、ドミニク様」





 掠れた声が最後に響いた。

 黒い瞳と赤い瞳。

 その瞬間、二人の目は互いを見つめていた。


 ヴェネット・ハッグは、ドミニク・プレデターと目を合わせたのだ。


「ぁ、あぁあぁぁぁあ」


 血が噴き出した。

 赤が飛び散った。

 紫の彼女が、赤い血で塗りつぶされた。


「あああぁぁぁあぁぁあああ!!」


 血が流れていた。

 アーロンの白い髪に、赤い血が飛び散った。

 少年の碧眼が曇った。

 耳鳴りがした。


 そして俺が遅れて気が付いた。


 ――その絶叫はアーロンの物だと。


「ドおミニクゥッ!!!」


 俺は考える前に走り出していた。

 剣を握りつぶす程の力で持ち、沸騰するような感情に任せて。


「お前もうざいなぁ、ケニー・ジャック」


 ドミニクは勢いよく振り返ってきた。

 危なかった、もう少しで目が合う所……――。


 ドミニクの指から、赤黒い光が眩い程輝き。空気が枯れるのを感じた。

 禍々しいそれは恐ろしい轟音を鳴らしながら、


「――ぁ」

「――【禁忌】デスザーク」


 全てを飲み込むようなエネルギーを感じた。

 知っている魔法だった。それはとてつもない力、エネルギー。

 眩しい程の絶命の魔法。


「危ない!! ケニー!!」

「くっ」


 俺は咄嗟に、地面へ魔法行使を行った。

 魔石1個使用。――【魔法】フラッシュだ。

 光の速度で俺は避け、放たれた黒いエネルギー弾はそのまま音を抉りながら空気へ消えた。


「避けるのが上手だね。ケニー」

「アーロンッ!! ヴェネットに治癒魔法を掛け続けろ!!!」

「は、はい!!」


 アーロンは必死に呪文を唱えた。

 途中でそれじゃ間に合わないと判断し、腰にあるポーチから物を漁ろうとする。

 でも腕が震えていて、中から色んな道具を落とし、

 泣きながら治癒実ヒールフルートをヴェネットに噛ませる。

 ヴェネットの顔は………。


 その様子を見て、めんどくさそうな顔をするドミニク。


「だから、させないって」

「はあああああ!!」


 ドミニクのその一言と共に、サリーは大きく振りかぶりながらドミニクと距離を詰める。


「――っ」


 ドミニクはその一瞬、サリーの攻撃を防御した。

 何をしたか分からなかったが。俺の目には空気で止められたような……。

 まさか。


「――【手刀】忌避終劇の混」


 忌避終劇をドミニクも使えるのか?

 いや、最初から俺は飛んだ勘違いをしていた。

 最初から。ずっと、最初から――。


 ドミニクの一番の脅威は魔眼だと、どうして思っていた……?


 先ほどから見るに奴は杖を使わず腕から魔法を使用している。

 それに殆ど、無詠唱だ。


 無詠唱魔法は魔法の練度に関係する。

 殆どの魔法使いは詠唱を省略するのが精一杯の筈なのに。

 魔族だからだろうか。ドミニクは。

 魔法を殆ど、ノーアクションで使用することが、出来る。


「風よ、歌え」

「ん?」


 その声は、小さな嗚咽を含んでいた声だった。

 俺が振り返ると、アーロンは。

 先ほどばらばらにしてしまったポーチの中身にあった、そのお守りを見下ろしていた。


 ……あれは確か、ケイティから貰った魔道具。


「風よ、叫べ」


 そういうと、お守りに埋め込まれていた緑の宝石は応答するように光った。


「何をしているんだい? あまり子供をいたぶるのは得意じゃないんだ」


 ドミニクは自分の服を治しながら、アーロンへ足を進めていく。

 アーロンはずっと地面に落ちているお守りを見つめながら、涙をぽつぽつと落としていた。

 その横には、もう動かなくなった死体があった。

 ヴェネット・ハッグ。彼女は、敵だった。

 でも、同時に、仲間だった。

 仲間だったんだ。


 敵でもあったし、仲間でもあったし、最終的には心を開いてくれていた。

 どうしてなのか俺には分からないけど。

 きっと、何か彼女の中で動いたんだ。


 そんな仲間が、死んだ。

 死んでしまったのだ。

 命を奪われた。あの男に。

 ドミニク・プレデターは、ヴェネットを殺した。

 仲間を、殺した。


「風よ壊せ。風よ狂え。風よ集まれ。風よ、風よ風よ風よ!!」

「この魔力量は……」


 お守りは強い光を放った。

 閃光、俺らの目が潰れるほど強い光だった。

 緑の光が白く輝いた。その瞬間。


「――【魔道具】風を誘うペンダントよ、あの男を殺せ」


 ど、ド。

 ドドドドド。と言う轟音が小さな音を皮切りに放たれた。

 アーロンの殺意が籠ったその言葉。殺意と言うのは時に人を変える。

 今のアーロンを表すなら。暴走している。


 地面が抉れた。

 土が飛び散り、石の道は音を立て崩れた。

 竜巻の様に、はたまたそれより上位の物。

 ――巨大な台風の様なソレは、ドミニクを確実に捉えていた。


 あのお守り……いいや、風を誘うペンダントにそこまでの力は無かった筈だ。

 空気中にある魔力を風に変換するのがペンダントの力だと聞かされていたが……。

 違うか、アーロンの魔力を風に変換したのか。

 別に空気からしか魔力を取り込めない訳じゃないのか。

 だからこの荒業は、アーロンの全魔力を注いだ。


 ――最初で最後の、会心の一撃だと言う事。


 空気が静けさを取り戻すには時間が掛かった。

 ずっと風が吹いていた。冷たくも、熱くもなく、生暖かい風が吹いていた。

 抉れた地面は、下手したら40メートル先まで地面を抉っていた。

 俺とサリーは見ている事しか出来なかったが。

 覗き込むように、そのクレーターを見ると――。


「――――」


 土埃の中から、赤い瞳が光った。


「――【神技】ザ・プロテクト」


 神級魔法使いにしか使用できない。

 神技と言う魔法を使用して、生き延びたドミニクが立っていた。


「さあ、これからだ。荒すぞぉ」







 余命まで【残り●▲■日】



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