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九十三話「移る絶望と三人の子供」



 ■:中央都市アリシア・中央噴水前



 ケニー視点。



「もう殆ど人が居ないな……」


 逃げたのか、それとも何かあったのか。

 想像もしたくなかったけど。そこはとても寂しい場所になっていた。


 暗い結界の中で、未だ噴水は水を出していたが。

 それを周りで見ている人も居なければ、地面にはパンや楽器や服が散乱していた。

 そして誰一人、人が居なかった。

 ここは俺が中央都市アリシアへ来た時通った道なんだが。

 その時と比べると目も当てられなかった。


「アーロン。その女に、この場所に配置された幹部は居るかと聞いてみてくれ」

「分かりました」


 アーロンは少し疲れたように白髪を揺らした。


 現在俺らは。

 サリー・ドード。

 アーロン。

 そしてヴェネット・ハッグと言う女と行動を共にしている。


 言ってしまえばそれは成り行きでこうなった。


 ヴェネットを俺は少し疑ったり。あまり信用しないようにしているが。

 ここまで3時間くらい一緒に移動して来て特に何もなかった。


 だがまだ気を抜けない。

 違う可能性も考えたりしてみた。

 例えば、ヴェネットがこちらに寝返る事が、魔解放軍にとって織り込み済みの作戦だった。

 とか考えてみた。

 その可能性もあるな。

 ヴェネットのこの性格をドミニクが把握していない訳がない。

 つまり、ヴェネットが寝返る事に何らかのメリットが魔解放軍にあるのだろうか。


「わたくしは知らないと言っていますわ。他の幹部の配置など、覚えていませんよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 アーロンよ。お前は丁寧だな。

 もう少し疑いを持ってみたらどうだ。

 まあだが、まだ幼い子供に疑う事を教えるのは早い気がするな。


「なあアーロン。ヴェネットはどこ出身なんだ?」


 強面の目が光る。

 まだサリーの顔にアーロンは慣れていないようだった。


 この3時間くらいはずっとこんな感じだ。

 質問をして情報を引き出そうとしながら移動している。


「わたくしは奴隷出身ですわ。親の顔も本当の名前も知りませんの」


 紫の髪を揺らしながら、平然とそう答えた。

 すると、その言葉に反応したのはアーロンで。


「え? ヴェネットさんは元々奴隷だったんですか?」

「ええ、そうです」

「何というか。僕も元々奴隷だったので気持ちは分かります」


 アーロンは薄く笑いながらヴェネットにそう言った。

 確かに、共通点と言えばそうだな。

 どんな場所で何をしていたのか知らないが。

 少なくとも、アーロンはヴェネットに思う所があるのかもしれない。

 だが、まだ信用するべきじゃないぞアーロン。

 人は疑い深い方が長生きするからな。


「……アーロンさんは奴隷だったんですの?」


 突然。アーロンの言葉を聞いたヴェネットは驚いたようにそう言った。

 おっと、なんか食いついたぞ。


「そうですよ。ご主人様が僕の事を助けてくれなきゃ、ここに居ませんでしたから」


 おい待てアーロンよ。

 お前無意識に俺をどっこいしょしてる自覚はあるか?

 正直に言って信用していないヴェネットにそこまで教えてほしくないぞ?


「……そうですの」


 すると、ヴェネットは俺の顔を見ながら興味深そうに喉を鳴らした。

 で、次の瞬間。


「襲われませんでしたか? 純血を散らされたり……」

「アーロンは男だよッ!! 俺見てそれいうなクソ女!!」

「いや、アーロン様が男性なのは知っていましたが。心配で」

「つうか男の純血ってなッだよ!! 俺がそんな奴に見えるのか!!」

「はい」


 正直な女は嫌われるぞ!!

 くそが!


「おい。もうすぐ中央エリア『アリシア像』に着く。各自戦闘準備をしておけよ」


 あまりふざけるな。と釘を刺すような発言だった。

 サリーのそのスルースキルは何なんだよ。ったく。



 中央エリア『アリシア像』。

 そこにはドミニクとこの都市を覆っている結界の核である『純魔石』があるはずだ。

 そこに行き、俺らの目的は結界を解く事が目的だ。


 とはいうが。

 実際問題、俺らは結界をどうやって解くかまでは考えられていない。

 なんせ情報が少なすぎるのだ。

 そんな状態でここまで来て勝算があるのかと言われると、正直不安が残る。

 だがここまで来てしまったんだ。

 本当なら他の騎士団メンバーを探して合流したかったが。


「純魔石についての情報も、結界の種類すらもまだちゃんと分かっていない。

 もう少し、議論を重ねるべきなんじゃないか?」

「確かにケニーの言う通りだが。正直、情報が足りない。それに時間もないんだ」

「……そうだが、俺結界を解くの自信がないぞ?」

「ご主人様やサリーさんがドミニクの気を引いてくれれば、僕が色々やってみますよ。

 とにかく、不利ですけど挑むしかないんです」


 と、前を向いたアーロンから諭されるように言われた。


 あれ? 俺よりアーロンの方が状況を理解していたりするのかな。

 それか結界を解く算段でもあるのだろうか。


 ま、どちらにせよ自分の子供は信じよう。

 信じるのが親の仕事だ。





 しばらく歩くと、ちょっとした気配に俺が気が付いた。


「ご主人様?」

「どうしたケニー」


 気配に足を止め。俺は探るようにその場所を見つめる。


 周りの奴らが突然止まった俺を心配するが、今はそれどころじゃなかった。

 ……やはり。何らかの気配がした。


 俺は少し歩き、その気配の方向へ足を進めた。


 周囲には霧が出始めていた。

 その場所は言うなら路地裏の方だった。

 肌寒い隙間風が流れて来て、みずみずしい雰囲気のその場所で。


「………ッ」


 三人の子供が蹲りながら。震えていたのだ。


「おい! ここに子供がいるぞ!」


 子供。そう。

 逃げ遅れた子供が居たのだ。


 一人は女の子だった。

 ピンクの可愛らしい服を着ており。その手に小さなクマのぬいぐるみを強く握っていた。


「……た、たすけてください」


 上目遣いで女の子がそう言い放った。


 子供の内二人は男の子で、ボロボロの服装をしており。

 見ただけで分かったのは『孤児』だと言う事だ。

 何でそんな事分かるのかと言うと、その服装はもし親が選んでるとしたらセンスがない程ダサく。

 あいや、もし親が選んでたら失礼過ぎるな。

 でもボロボロ具合とやせ細っているのを見る限り。孤児育ちっぽかった。


 まあそんな事はどうでも良くって。

 一番の問題は。


 ……どうするべきか。


「俺は助けるべきだと思うが、サリーはどう思う?」


 そうサリーに意見を聞くと、目を瞑りながら


「悪いが今そんな暇はないと俺は思う。助けたい気持ちは分かるが、時間が無い」


 苦渋の決断だろうか。

 少しつらそうな顔をしながらサリーはそう言った。


「僕は助けたいです……でも、サリーさんの意見も分かりますし」


 確かにこの場面で子供の相手をするのは大幅な時間のロスだ。

 考えてみれば、きっと騎士団メンバーなら中央エリアへ今も向かっている。

 出来れば早めに合流したいが。合流するのも難しい状況だ。


 一番現段階で望ましいのは、『中央エリアで一斉に人魔騎士団が集合する事だ』


 だからこそ、ここで時間をロスする事は、

 もし他の騎士団メンバーが先に中央エリアへ到着し、戦闘を始めていたとしても。

 その加勢に入るのに時間が掛かると言う事だ。

 それを考えて、サリーの時間ロスが痛いと言う意見にも理解できる。


 でも、この子供を安全な場所に連れて行かず、俺らは良いのだろうか。

 俺らが離れた後。もし魔解放軍にこの子供が見つかったら。

 もし何かが起こって、子供たちに危険が迫ったら……。


 俺はどうすれば良いのだろうか?



――――。



 選択を間違えると言うのはとても辛い事だ。


 ――『たすけて』


 その声がいまだに僕の頭に残っている。


 メロディーと言う少女を助けられなかった。

 その後悔がずっと胸に残っているんだ。

 悔しい。悔しかった。

 とにかくつらかった。


「………」


 あの場で僕は選択を間違えた。

 その結果、僕は何も出来ず何も助けられず終わってしまった。

 今度はその失敗を失くしたい。

 だから今、目の前で助けを求めている子供たちを。正直に言えば助けたい。

 サリーさんの反対があっても、助けたい。

 それがもし、間違った選択だとしても。


 助けてと言う声を無視する事が、僕にとって“トラウマ”なのだ。


「ご主人様。僕、助けたいです」


 助ける。今度こそ、助けて見せる。


 『ヒーローになり損ねた、落ちこぼれだろうな』

 と言うドミニクの言葉を。撤回させたかった。


 ここに来る前まで、僕には力があるから、弱い人を助けたいと思っていた。

 でもそれは慢心。過信していた。


 僕は基本的に無力で。目の前の女の子すら助けられなかった出来損ないだ。

 ヒーロー。弱き者を助け、盾になる存在。

 小説の世界で良くいる。カッコイイ背中をしている存在。

 僕はそれになりたい。

 なって、変わりたい。


 ずっと思っていた。僕は奴隷の頃から変わったと思っているけれども。

 変わった僕でも、変化した僕でも、まだまだ先へ行きたい。


 僕は。


「え? あれ?」


 すると、突然ご主人様が戸惑ったようにオロオロし始めると。


「どうしたケニー?」

「あの子達、どこ行った?」


 え?


 そのご主人様の言葉でそこにいる全員が戦慄した。

 そう。子供が、消えていたのだ。

 三人固まって身を寄せ合っていた子供が。

 忽然と、消えてしまった。


「さ、探してきます!!!」

「おい! まて!」

「俺も探してくる」

「ケニーまで!?」


 言わなくても分かる。

 子供がこの場所で消える危険性が。

 現在中央都市アリシアは魔解放軍に占拠され、攻撃を受けている。

 子供だけが歩いていて無事に入れるかどうかと聞かれれば危うい。

 とにかく、危険すぎるのだ。

 ご主人様もそれを理解していた。


 僕はサリーさんの静止を振り払い。

 “霧が濃い”路地裏に足を踏み入れた。


「あ、アーロン様!!!」


 その時後ろの方から聞こえた。

 ヴェネットさんの声を、僕は無視した。



――――。



 少し走ってきて、僕は後ろに誰もいないことに気が付いた。

 ご主人様もサリーさんともいつの間にかはぐれていた。

 路地裏は霧が籠っており。

 肌寒い空間で、僕は一人立ち尽くしていた――。


 目の前にあるのは、分かれ道だった。


「……なに、これ」


 右は暗闇だった。

 禍々しい何かを感じ、肌寒い空気はそこから来ていた。

 体のどこかが拒絶反応を出すように。

 僕は右側の道を無意識的に嫌がった。


 と言うか、潜在意識の底から、その場所を嫌がっていた。


 それに対し、左側はまた違った風景が見えた。

 左側は“サーカス”だった。

 コミカルな音楽が流れ、暖かい空気と共に甘い香りが優しく漏れ出していた。

 見えるのは赤と白のテント。

 その先にまるで楽園でも広がっているのではないかと錯覚するほど、向こう側は楽しそうだった。

 楽しそう、だった。


 どちらに行くかなんて、明らかだった。

 右側に何かあるかと言えば何も見えないし。

 左側には明らかな建物があり。人が居る気配もする。

 だから僕は。


「……あれって」


 左側の道に入った時、路地を抜けた先にある物が見えた。

 木製の椅子に座っている。小さな何かが居た。

 人型、とも取れたけど。

 近づけば近づく程、それは人型ではなくなっていき。


「クマのぬいぐるみ?」


 その椅子にはクマのぬいぐるみが座っていた。

 そのクマのぬいぐるみに、どこか見覚えがあった気がした。

 良く考えてみると、それは。

 怯えていた三人の子供の内の一人、女の子が握っていたぬいぐるみにそっくりだった。


「――――」


 それと気づいた瞬間、僕は走り出した。

 何故なら。元々僕はその子供を探してここに入っていて。

 その手がかりが目の前に現れたからだ。

 僕は走り出し、その場所へ行こうとした瞬間。


 クマが腕に持っていた。青色の箱が開いた。


『さあ、今宵のサーカスは異色だよ』


 足が、動かなくなった。

 思いっきり顎をぶつけて、僕は地面の感触をオデコで感じた。


『異色で異なる豪華なキャスト! 

 そこから繰り出される狂乱一色! 見るのは青空か、それとも血の池か!』


 足の先からゾクゾクと何かを感じて、ゆっくり意識が遠のくのを感じた。

 視点がぐるぐると回って。何も感じれなくなって――。


『始めましょう。素敵な映画を。

 始めましょう。素敵な絶望を。

 このピエロ『ティクター』が、観客皆様を――』

「ぁ――?」


 意識が途切れる最後の瞬間。

 僕の目に前に、小さな靴が移った。

 そして僕の頭上で誰かが笑って。そして言った。


「素敵な終末に、ご招待しますよ」



――――。




「んだぁ? この分かれ道」


 俺の目の前には、二手の分かれ道があった。





 余命まで【残り●▲■日】




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