「再戦だ。フェニックス・ルーデンベルク」
その時、ノーラン・サンライダーは笑っていた。
「また戦えるとは、嬉しい限りだよノーラン??」
引きつった笑みで、黒髪の青年は煽り気味に言った。
フェニックスの服装は露出が多く、お腹が丸見えの服を着ていた。そこから覗く筋肉は物凄く、
青年が動く度に筋肉が反応するのが良く分かった。
その拳を、素手で受け止めた男がいた。
「お前とは、格闘技場で戦いたかったよ」
「生憎。俺はそんなちっぽけな場所に興味はない!!」
「ちっぽけだと? お前が思う数十倍はやばい奴らがいるんだぞ」
「どうせ俺には負ける。俺は負けを知りてぇ」
「じゃあ、教えてやるよ!!」
「――ぃ」
風、風だった。
風だけど、それに押し出されそうな風圧。
目も開けないような状態だだったが。
私は腕にある、杖の感覚だけは良く理解していた。
今、――右腕で殴った。
今、――空に飛び上がった。
今、――物を投げた。
今、――フェニックスに一撃加えた。
今、――それは空中で三度回った。
感覚だけで考察するのは初めてだが、その場の勢いで何とかなった。
目では追えないが。二人の戦闘が理解できた。
あんな戦い。混血のフェニックスなら耐えれるだろう。
でも、人間のノーランさんがどこまで戦えるのか。
きっといずれ限界が来る。
だが、この戦闘の仕方。あまり格闘技を知らない私でも分かる――。
「押し切る……気ですか」
ノーランさんはこのまま押し切る気だ。
自分が倒れて動けなくなる前に、全て終わらせてしまう気だ。
なら、私はそれをサポートするまで。
「隊長!! それ以上は……」
「指示を、隊長」
第三部隊の人だろう騎士がそう言った。
だが、言うだけだった。
何故なら簡単な事で、その戦いは第三者が入る隙間が無い程熾烈で。
他の騎士すら目で追えていないのだから、手の出しようが無かったのだ。
これは二人の戦い。
闘士フェニックス・ルーデンベルクと、隊長ノーラン・サンライダーの。
「――手を出すな!! 他の者は避難誘導優先!!」
どこからともなくそう聞こえてくる。
その声はノーランの声だった。
「戦いの最中に他の人間へ指示かぁ? 俺に集中してほしい所だな!!」
その瞬間、巨大な土埃が商店街を貫き、それに他の騎士は怯んだ。
その土埃は、衝撃波だった。
どちらの衝撃波かは外野からしたら全く不明だが、
それはこの戦闘がどれほどレベルなのか良く教えてくれた。
「おねがいします……ノーランさん」
――――。
マズイ事になった。
フェニックスのこの戦闘の仕方、これは初めてだが俺の動きを完全にコピーしてくる。
完コピか。
それがどれほど難しい事か分かっているからこそ、相手が厄介だ。
とにかく、つまりだ。
俺の動きはすぐさま読まれ先へ行かれる。
だからこそ動きにくいが、俺は常に新たな戦術で挑まなきゃいけない。
頭の引き出しがそこまである方ではないが。
やらなきゃ、敗ける。
俺が負けた事があるのは、3度だけ。
過去も未来も、3度だけだ。
一人は師匠に、一人はクソガキに。
一人は、カールさんに。
そこで敗北の歴史は止まった。
未来永劫、俺が止めて見せる。
あの人の意思を継ぐ、カールさんの重荷も俺が背負いたかった。
……だが、俺は適役じゃなかった。
ガーデン・ローガン。あいつが一番の適役だ。
あの人に託すんだ。俺が持てなかった思いを。
繋ぐんだ。
守るんだ。
報いなんてさせないぞ、アンナ・イザル。
「――っ!!」
カールさんの元恋人の、アンナよ。
お前の想いも、お前の遺言も、俺は生涯をかけて呪い続ける。
繋ぐんだ。守るんだ。死なせない。
あんないい人を、居場所をくれたあの人を。死なせない。
――だから、生きて帰るんだ。
「しね、フェニックス」
「楽しめ!! ノーラン!!」
フェニックスは楽しそうな顔をしていた。
きっと、ここまで激しく戦った事が無かったのだろう。
と言っても俺もない。
だが、力だけは湧き出てきた。
きっとあの、人魔騎士団の秘書さんのお陰だ。
きっと俺の体はもう限界だ。
だが、その限界を無理やり無かったことにしてる。
『血流操作』は一歩間違えれば血管が破裂する。
そんなリスクありきの魔法なのに、今の今まで俺にとってはバフとしかなっていない。
「――――」
きっと、あの人は相当な魔法使いなのだろう。
信用してもいい。
だから。いつもより激しく。しなやかに。淡々と。
「っお……?」
「お前を追い詰める。フェニックス!!」
フェニックスは三連撃をよく使う。
例えば一撃目、右腕の振りかぶりだったとするなら。
二撃目は左手を使った技が飛んでくる。
そして三撃目は両足のどっちかの攻撃だ。
これは俺の技をコピーしても変わらない。きっと奴の攻撃の癖だ。
これを利用し、俺は技を練る。
「――オラッ!」
一撃目、左手の大振り。
俺はそれをかわす事でやり過ごす。
だがすぐさま二撃目が飛んでくるのを俺は理解している。
「――フっ!」
二撃目、やはり次は右手の攻撃だ。
これは高速なパンチか。避けるしかないな。
そして次の攻撃は足だ。
下からの攻撃で、どうくるのか予め予測する。
右足なら腕で受け止め足を取ろう。
左足なら避けるしかないか。左足の攻撃は俺との相性がわるい。
さあ、どうくる。
「ハッ――!」
右足の後ろ蹴り。わざわざ体を捻り勢いをつけてきたか。
これなら受け止められる。
この次、フェニックスは四撃目を繰り出さず一度俺から距離を取る。
そこを狙って、俺は拳を振る。
チェックメイトだ。
まずは足を掴んだ。
かといって、掴んだから何がとかは無い。
すぐさまフェニックスは俺の腕を振りほどく為に行動を取る。
そこは一旦振りほどかせよう。
ついでに手首を折ろうとしてくるが、そこはちゃんと理解し対処すればいい。
対処はそこまで難しくない。
「――ッ!!」
「ふッ」
腕をすぐさま離し、俺はフェニックスの三撃目を無効化した。
だが、次の瞬間。
「――な、」
「甘いわノーラン。俺が、四撃目をしないとでも?」
俺の目の前には、フェニックスの左腕が来ていた。
――首を折られる。すぐさまそう思った。でもそうはならないように、俺は回避行動をした。
「ちっ」
「……あ、危なかった」
ひと時の静寂がその場を支配した。
砂埃が地面に落ち、周りに立っている人も息を飲みながら目を見張っていた。
右翼、ボロボロの騎士、この場で唯一フェニックスに対抗できる男。
ノーラン・サンライダー。
左翼、ボロボロの闘士、この場で唯一楽しんでいる不死鳥の名の男。
フェニックス・ルーデンベルク。
両者は肩を揺らし、白い息を細かく吐き。目にそれぞれの焔を写し、移し。
冬の風が両者の熱を冷やす――事は無く。
「……お前と戦えてよかったよノーラン。俺は、楽しい」
フェニックスは疲れた顔をしながらそう言った。
だがそれは諦めなどではない。それは最後の戦いの前の会話。
「正直に言ってしまえば、俺も楽しい」
「……そうか」
「だが、お前を許す事は出来ない。例えお前が負けを知りたいだけだとしてもだ」
「………そうか」
両者は肩を揺らし、白い息を吐き終わり。
目にそれぞれの焔を写し、移し、
冬の風が両者の熱を冷やす――事は無く。
ボロボロの街、ボロボロの両者、ボロボロの信念。
赤と青、人間と人間、正義と悪。
二人は、どちらなのだろうか。
――否、どちらもだ。
何故なら、どちらも同じ考えだからだ。
いつの間にか両者は理解していた。
この戦いに理由などいらない。必要なのは、楽しみだ。
楽しんでいた。二人とも。
だが、それは変わった。
「――がんばれ」
「……え?」
それは、子供の声だった。
ふと二人が目線を巡らせると、
そこには泣きながらこちらを向いている6歳くらいの男の子がいて。
涙をうんと溜めながら、震える唇で。
「がん、ばって! 騎士さぁん!」
「………」
小さな光は、ノーランにとってあまりに眩しかった。
そこまでの快楽を忘れさせ、自分が何者かを思い出した。
――そしてその光は。
「が、がんばれぇ!」
「頑張ってー!」
「勝ってください!!」
「「がんばれー!」」
「隊長! 信じています!」
光は色を持ち、より一層輝き始めたのだった。
その光に当てられ、ノーランは心の底から力が燃え上がり。
その光に当てられ、フェニックスはつまらなそうな顔をした。
「……一瞬でも、忘れていた俺が恥ずかしいよ」
ノーランは服を脱いだ。
ボロボロの服を脱ぎ、文字通り一皮剥け。
清々しい顔をしながら。男は言った。
「全部俺に任せて、見て居てくれ」
男は思い出した。自分が格闘技場で戦っていたあの時の自分ではなく、
自分は今、近衛騎士団の騎士である事に。
正義である事を一瞬でも捨てかけたが、正義は誰でもなれる。
――正義や悪の裏返しは悪と正義。
方向が違うだけで、それは同じ存在なのだ。
男は、人の為に戦う事を思い出した。
「いくぞ、フェニックス」
「……その目、ムカつくなぁ」
「思い出させてやるよ。ノーラン」
一閃、その光が交わった。
その光は激突し、衝撃波を生み出し。
地面が揺れ、大地が泣き、風が生まれ。
男が、笑った。
――――。
砂埃が酷かったから、どうなったのか私には分からなかった。
「……ノーランさん」
だが杖から伝わってくる反応で分かる。
きっと、戦いは終わったのだ。
私は一気に力が抜け、大きな息が腹から口へ移動し。
「はぁ……」
ヘナァ、と擬音がなるだろう。
私は全身の力が抜けて、少しだけ目を閉じた。
足はいまだに動かないけど、多分私が治癒魔法を使い慣れていないからだろう。
私はこれでも使う魔法属性は『闇』だ。
だから、光系統の治癒は向かなかった。
「……まだ、気を抜けない」
どちらが勝ったのか、まだわからなかった。
だから私はまた目を開いて、すると。
「――フェエエニィィィイックス!!」
その瞬間、私から見て奥にある建物が倒壊した。
そこから顔を出したのは、巨大な男、いいや獣だった。
立派な白いツノを生やし、輝く緑の瞳がギロリとこちらに向けられる。
「闘牛バーテミウス……?」
ついさっきまで他の騎士団メンバーが相手をしていた敵がやってきた。
あっちは……負けたのかな。
状況はやっぱり最悪なんだ。
「どうなったフェエエニィィィイックス。起きているのは分かるぞフェエエニィィィイックス!!!」
「……んったく、うるせぇな」
すると、聞きなれてしまった声が応答し。
砂埃の中から黒とオレンジの髪をした青年が顔を出す。
「くっ、カハハハ!! ボロッボロじゃないかフェエエニィィィイックス!!」
「………」
実際、誰も目から見てもボロボロだった。
髪の毛も土で汚れ、疲れ切った顔をしており。全身をだるそうに力を抜いていた。
「フェエエニィィィイックス!! どれだけ人を殺した?」
「……」
「どうせお前の事だから、誰も殺してないのだろう……?」
……どうゆう事だろうか?
………た、確かにフェニックスは人を殺していないかもしれない。
危害は加えていていたが、その命までは奪っていなかった。
まさか本当に、負けを知りたかっただけ?
「俺様が変わりに、殺してやるよ?」
「………」
「フェエエニィィィイックス!!! 何か喋れよ!!」
「ちょっと静かにしてろ――」
「――ア」
何が起きたのか、分からなかった。
だがとにかく、今起こった事を説明するなら――。
闘牛バーテミウスは、一瞬で肉塊へと変貌した。
「え?」
「ずっと前からお前が嫌いだったよ。声がでけぇし」
そう澄ました顔をしながら、
フェニックスは闘牛バーテミウスを一瞬で殺した。
そしてフェニックスは今もなお砂埃が舞うその場へ座り込み。
「お前の事、見てたよ。……どうゆう気分だったんだ? ノーラン」
「――――」
その瞬間、その場の砂埃が晴れ。
現れたのは、気絶しているボロボロの騎士だった。
「本当は退屈だったんだ。退屈しのぎで、負けを知りたかった。教えてくれてありがとう」
「………フェニックス?」
「本気でぶつかって分かったよ。俺はお前の信念が好きだ」
「……」
「また戦おう。その日が来たら。ひとまずは、俺はここから去るよ」
男はそこから去った。
それは何故か、私には分からなかったけど。
もしかしたら。本気でぶつかり合った事で何かが伝わったのかもしれない。
男、ノーラン・サンライダーは。
男、フェニックス・ルーデンベルクに勝利したのだった。
余命まで【残り●▲■日】