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八十八話「ノーラン VS フェニックス」




「再戦だ。フェニックス・ルーデンベルク」




 その時、ノーラン・サンライダーは笑っていた。



「また戦えるとは、嬉しい限りだよノーラン??」


 引きつった笑みで、黒髪の青年は煽り気味に言った。

 フェニックスの服装は露出が多く、お腹が丸見えの服を着ていた。そこから覗く筋肉は物凄く、

 青年が動く度に筋肉が反応するのが良く分かった。

 その拳を、素手で受け止めた男がいた。


「お前とは、格闘技場で戦いたかったよ」

「生憎。俺はそんなちっぽけな場所に興味はない!!」

「ちっぽけだと? お前が思う数十倍はやばい奴らがいるんだぞ」

「どうせ俺には負ける。俺は負けを知りてぇ」

「じゃあ、教えてやるよ!!」


「――ぃ」


 風、風だった。

 風だけど、それに押し出されそうな風圧。

 目も開けないような状態だだったが。

 私は腕にある、杖の感覚だけは良く理解していた。


 今、――右腕で殴った。

 今、――空に飛び上がった。

 今、――物を投げた。

 今、――フェニックスに一撃加えた。

 今、――それは空中で三度回った。


 感覚だけで考察するのは初めてだが、その場の勢いで何とかなった。


 目では追えないが。二人の戦闘が理解できた。

 あんな戦い。混血のフェニックスなら耐えれるだろう。

 でも、人間のノーランさんがどこまで戦えるのか。

 きっといずれ限界が来る。

 だが、この戦闘の仕方。あまり格闘技を知らない私でも分かる――。


「押し切る……気ですか」


 ノーランさんはこのまま押し切る気だ。

 自分が倒れて動けなくなる前に、全て終わらせてしまう気だ。

 なら、私はそれをサポートするまで。


「隊長!! それ以上は……」

「指示を、隊長」


 第三部隊の人だろう騎士がそう言った。

 だが、言うだけだった。

 何故なら簡単な事で、その戦いは第三者が入る隙間が無い程熾烈で。

 他の騎士すら目で追えていないのだから、手の出しようが無かったのだ。

 これは二人の戦い。

 闘士フェニックス・ルーデンベルクと、隊長ノーラン・サンライダーの。


「――手を出すな!! 他の者は避難誘導優先!!」


 どこからともなくそう聞こえてくる。

 その声はノーランの声だった。


「戦いの最中に他の人間へ指示かぁ? 俺に集中してほしい所だな!!」


 その瞬間、巨大な土埃が商店街を貫き、それに他の騎士は怯んだ。

 その土埃は、衝撃波だった。

 どちらの衝撃波かは外野からしたら全く不明だが、

 それはこの戦闘がどれほどレベルなのか良く教えてくれた。


「おねがいします……ノーランさん」



――――。



 マズイ事になった。

 フェニックスのこの戦闘の仕方、これは初めてだが俺の動きを完全にコピーしてくる。

 完コピか。

 それがどれほど難しい事か分かっているからこそ、相手が厄介だ。


 とにかく、つまりだ。

 俺の動きはすぐさま読まれ先へ行かれる。

 だからこそ動きにくいが、俺は常に新たな戦術で挑まなきゃいけない。

 頭の引き出しがそこまである方ではないが。

 やらなきゃ、敗ける。


 俺が負けた事があるのは、3度だけ。

 過去も未来も、3度だけだ。


 一人は師匠に、一人はクソガキに。

 一人は、カールさんに。


 そこで敗北の歴史は止まった。

 未来永劫、俺が止めて見せる。

 あの人の意思を継ぐ、カールさんの重荷も俺が背負いたかった。

 ……だが、俺は適役じゃなかった。

 ガーデン・ローガン。あいつが一番の適役だ。

 あの人に託すんだ。俺が持てなかった思いを。


 繋ぐんだ。

 守るんだ。

 報いなんてさせないぞ、アンナ・イザル。


「――っ!!」


 カールさんの元恋人の、アンナよ。

 お前の想いも、お前の遺言も、俺は生涯をかけて呪い続ける。

 繋ぐんだ。守るんだ。死なせない。

 あんないい人を、居場所をくれたあの人を。死なせない。


 ――だから、生きて帰るんだ。


「しね、フェニックス」

「楽しめ!! ノーラン!!」


 フェニックスは楽しそうな顔をしていた。

 きっと、ここまで激しく戦った事が無かったのだろう。

 と言っても俺もない。

 だが、力だけは湧き出てきた。

 きっとあの、人魔騎士団の秘書さんのお陰だ。

 きっと俺の体はもう限界だ。

 だが、その限界を無理やり無かったことにしてる。

 『血流操作』は一歩間違えれば血管が破裂する。

 そんなリスクありきの魔法なのに、今の今まで俺にとってはバフとしかなっていない。


「――――」


 きっと、あの人は相当な魔法使いなのだろう。

 信用してもいい。

 だから。いつもより激しく。しなやかに。淡々と。


「っお……?」

「お前を追い詰める。フェニックス!!」


 フェニックスは三連撃をよく使う。

 例えば一撃目、右腕の振りかぶりだったとするなら。

 二撃目は左手を使った技が飛んでくる。

 そして三撃目は両足のどっちかの攻撃だ。

 これは俺の技をコピーしても変わらない。きっと奴の攻撃の癖だ。

 これを利用し、俺は技を練る。


「――オラッ!」


 一撃目、左手の大振り。

 俺はそれをかわす事でやり過ごす。

 だがすぐさま二撃目が飛んでくるのを俺は理解している。


「――フっ!」


 二撃目、やはり次は右手の攻撃だ。

 これは高速なパンチか。避けるしかないな。


 そして次の攻撃は足だ。

 下からの攻撃で、どうくるのか予め予測する。

 右足なら腕で受け止め足を取ろう。

 左足なら避けるしかないか。左足の攻撃は俺との相性がわるい。

 さあ、どうくる。


「ハッ――!」


 右足の後ろ蹴り。わざわざ体を捻り勢いをつけてきたか。

 これなら受け止められる。

 この次、フェニックスは四撃目を繰り出さず一度俺から距離を取る。

 そこを狙って、俺は拳を振る。

 チェックメイトだ。


 まずは足を掴んだ。

 かといって、掴んだから何がとかは無い。

 すぐさまフェニックスは俺の腕を振りほどく為に行動を取る。

 そこは一旦振りほどかせよう。

 ついでに手首を折ろうとしてくるが、そこはちゃんと理解し対処すればいい。

 対処はそこまで難しくない。


「――ッ!!」

「ふッ」


 腕をすぐさま離し、俺はフェニックスの三撃目を無効化した。

 だが、次の瞬間。


「――な、」

「甘いわノーラン。俺が、四撃目をしないとでも?」


 俺の目の前には、フェニックスの左腕が来ていた。

 ――首を折られる。すぐさまそう思った。でもそうはならないように、俺は回避行動をした。


「ちっ」

「……あ、危なかった」


 ひと時の静寂がその場を支配した。

 砂埃が地面に落ち、周りに立っている人も息を飲みながら目を見張っていた。


 右翼、ボロボロの騎士、この場で唯一フェニックスに対抗できる男。

 ノーラン・サンライダー。

 左翼、ボロボロの闘士、この場で唯一楽しんでいる不死鳥の名の男。

 フェニックス・ルーデンベルク。


 両者は肩を揺らし、白い息を細かく吐き。目にそれぞれの焔を写し、移し。

 冬の風が両者の熱を冷やす――事は無く。


「……お前と戦えてよかったよノーラン。俺は、楽しい」


 フェニックスは疲れた顔をしながらそう言った。

 だがそれは諦めなどではない。それは最後の戦いの前の会話。


「正直に言ってしまえば、俺も楽しい」

「……そうか」

「だが、お前を許す事は出来ない。例えお前が負けを知りたいだけだとしてもだ」

「………そうか」


 両者は肩を揺らし、白い息を吐き終わり。

 目にそれぞれの焔を写し、移し、

 冬の風が両者の熱を冷やす――事は無く。


 ボロボロの街、ボロボロの両者、ボロボロの信念。

 赤と青、人間と人間、正義と悪。

 二人は、どちらなのだろうか。


 ――否、どちらもだ。

 何故なら、どちらも同じ考えだからだ。


 いつの間にか両者は理解していた。

 この戦いに理由などいらない。必要なのは、楽しみだ。

 楽しんでいた。二人とも。



 だが、それは変わった。



「――がんばれ」

「……え?」


 それは、子供の声だった。

 ふと二人が目線を巡らせると、

 そこには泣きながらこちらを向いている6歳くらいの男の子がいて。

 涙をうんと溜めながら、震える唇で。


「がん、ばって! 騎士さぁん!」

「………」


 小さな光は、ノーランにとってあまりに眩しかった。

 そこまでの快楽を忘れさせ、自分が何者かを思い出した。

 ――そしてその光は。


「が、がんばれぇ!」

「頑張ってー!」

「勝ってください!!」

「「がんばれー!」」

「隊長! 信じています!」


 光は色を持ち、より一層輝き始めたのだった。

 その光に当てられ、ノーランは心の底から力が燃え上がり。

 その光に当てられ、フェニックスはつまらなそうな顔をした。


「……一瞬でも、忘れていた俺が恥ずかしいよ」


 ノーランは服を脱いだ。

 ボロボロの服を脱ぎ、文字通り一皮剥け。

 清々しい顔をしながら。男は言った。


「全部俺に任せて、見て居てくれ」


 男は思い出した。自分が格闘技場で戦っていたあの時の自分ではなく、

 自分は今、近衛騎士団の騎士である事に。

 正義である事を一瞬でも捨てかけたが、正義は誰でもなれる。

 ――正義や悪の裏返しは悪と正義。

 方向が違うだけで、それは同じ存在なのだ。


 男は、人の為に戦う事を思い出した。


「いくぞ、フェニックス」

「……その目、ムカつくなぁ」




「思い出させてやるよ。ノーラン」




 一閃、その光が交わった。


 その光は激突し、衝撃波を生み出し。


 地面が揺れ、大地が泣き、風が生まれ。


 男が、笑った。



――――。



 砂埃が酷かったから、どうなったのか私には分からなかった。


「……ノーランさん」


 だが杖から伝わってくる反応で分かる。

 きっと、戦いは終わったのだ。

 私は一気に力が抜け、大きな息が腹から口へ移動し。


「はぁ……」


 ヘナァ、と擬音がなるだろう。

 私は全身の力が抜けて、少しだけ目を閉じた。

 足はいまだに動かないけど、多分私が治癒魔法を使い慣れていないからだろう。

 私はこれでも使う魔法属性は『闇』だ。

 だから、光系統の治癒は向かなかった。


「……まだ、気を抜けない」


 どちらが勝ったのか、まだわからなかった。

 だから私はまた目を開いて、すると。


「――フェエエニィィィイックス!!」


 その瞬間、私から見て奥にある建物が倒壊した。

 そこから顔を出したのは、巨大な男、いいや獣だった。

 立派な白いツノを生やし、輝く緑の瞳がギロリとこちらに向けられる。


「闘牛バーテミウス……?」


 ついさっきまで他の騎士団メンバーが相手をしていた敵がやってきた。

 あっちは……負けたのかな。

 状況はやっぱり最悪なんだ。


「どうなったフェエエニィィィイックス。起きているのは分かるぞフェエエニィィィイックス!!!」

「……んったく、うるせぇな」


 すると、聞きなれてしまった声が応答し。

 砂埃の中から黒とオレンジの髪をした青年が顔を出す。


「くっ、カハハハ!! ボロッボロじゃないかフェエエニィィィイックス!!」

「………」


 実際、誰も目から見てもボロボロだった。

 髪の毛も土で汚れ、疲れ切った顔をしており。全身をだるそうに力を抜いていた。


「フェエエニィィィイックス!! どれだけ人を殺した?」

「……」

「どうせお前の事だから、誰も殺してないのだろう……?」


 ……どうゆう事だろうか?

 ………た、確かにフェニックスは人を殺していないかもしれない。

 危害は加えていていたが、その命までは奪っていなかった。

 まさか本当に、負けを知りたかっただけ?


「俺様が変わりに、殺してやるよ?」

「………」

「フェエエニィィィイックス!!! 何か喋れよ!!」

「ちょっと静かにしてろ――」

「――ア」



 何が起きたのか、分からなかった。

 だがとにかく、今起こった事を説明するなら――。

 闘牛バーテミウスは、一瞬で肉塊へと変貌した。


「え?」

「ずっと前からお前が嫌いだったよ。声がでけぇし」


 そう澄ました顔をしながら、

 フェニックスは闘牛バーテミウスを一瞬で殺した。

 そしてフェニックスは今もなお砂埃が舞うその場へ座り込み。


「お前の事、見てたよ。……どうゆう気分だったんだ? ノーラン」

「――――」


 その瞬間、その場の砂埃が晴れ。

 現れたのは、気絶しているボロボロの騎士だった。


「本当は退屈だったんだ。退屈しのぎで、負けを知りたかった。教えてくれてありがとう」

「………フェニックス?」

「本気でぶつかって分かったよ。俺はお前の信念が好きだ」

「……」

「また戦おう。その日が来たら。ひとまずは、俺はここから去るよ」


 男はそこから去った。

 それは何故か、私には分からなかったけど。

 もしかしたら。本気でぶつかり合った事で何かが伝わったのかもしれない。



 男、ノーラン・サンライダーは。

 男、フェニックス・ルーデンベルクに勝利したのだった。







 余命まで【残り●▲■日】



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