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■:中央都市アリシア・商店街エリア
ナターシャ視点。
荒れた場所になった。
売られていた果実は踏まれるか地面に転がり。
ガラスは割れ、屋台は崩され。
――そんな中で。
「俺はぁ、負けを知りてぇ!」
道のど真ん中で、両こぶしに血を纏った青年が喉を荒げ言葉を紡ぐ。
「大丈夫ですか?」
ふと聞こえてきた言葉に、私が自分の無事を理解した。
「……え、ええ。あなたは?」
「近衛騎士団:第三部隊であります。もう大丈夫、後ろへ」
足を怪我した私は、近衛騎士団と名乗る男に助けられた。
その男は、剣を握り、背筋を張ってから。
「勝負だ少年。手加減は要らないよな」
「俺に手加減ン? 舐められたもンじゃねぇか」
その男は、自身の銀髪を揺らしながら。鎧を鳴らし歩いた。
私、ナターシャ・ドイドは。その時足を怪我していた。
状況は最悪だった。
突然現れた男、闘士フェニックスと名乗る男。
黒髪をした青年が拳を振りかざしていた。
そして私たちの周りには逃げ遅れた住民が身を潜めており。
ここで暴れられたら、一般人にも危害が及んでしまう可能性があった。
私も戦おうと思えば戦えるけど。
ここで私の魔法は、使えない。
他の一般市民の避難を遮ってしまう。
とにかく、どうにかしてこのフェニックスと言う青年を止めようとした時。
その男が現れた。
正確には、男たちが現れた。
「こちらへ! こちらに騎士団が護衛中の教会があります上! そこへ避難をしてください!」
「怪我人はこちらへ! 私たちがあなた方を守ります!」
近衛騎士団:第三部隊。
そう、部隊。それは20人程で構成されたチームであり。
市民の避難誘導や、他の魔解放軍――闘牛バーテミウスとの戦闘を二個先の通りで繰り広げている。
そっちの事も気になるけど、今はそんな事より。
「気を付けて! その男、只者じゃないわ!」
「……そんなの、見れば分かります」
見れば分かる。
実際その通りだ。
その青年。フェニックスは明らかに異常だった。
私の見立てでは、ただの人間じゃない。
あの力は。パワーは。
「フェニックス。貴方、魔族と人間のハーフでしょ」
「あァ? なぜわかる?」
「昔、同じ様な人と会った事があるからね」
私の言葉に、フェニックスは怖い顔しながら舌打ちをした。
魔族と人間のハーフ。混血の青年、闘士フェニックス。
だからだろう。
「騎士さん! その男は魔法が効きません!!」
「ま、魔法が効かない?」
「きっとハーフによる特異体質。あの体に魔力なんて流れていない!!」
魔族とは、魔力を司る種族。
人族とは、知恵を司る種族。
その両方の特徴が交わる事は――決してないと言われている。
だからこそどちらかが反発しあう。その結果、魔力を持たない。
いいや、“魔力に関する攻撃が全く効かない”存在が生まれる。
それが混血の特異体質。
「魔法がダメでも、剣なら」
男は剣を構え、力を籠めた。
次の瞬間。男は剣を振りかぶって――。
「てええやあああああ!!」
「甘めェ!!」
ゴリンと言う、耳が破裂しそうな音がそこらに響いた。
金属音が鳴り響き、それに続いて何かの落下音がそこに響いた。
――剣が、折れられていた。
「くっ……」
「俺の拳は鋼よりかてぇ、魔法も剣を効かない。最強の闘士だぁ俺はぁ!」
追い込むような言い草でフェニックスは騎士に一撃入れる。
お腹に食い込む様に拳はめり込んで、騎士はブハッと口から唾液を吐き出した。
騎士は一気に私の後ろの方まで飛ばされて、壁に背中を叩きつけた。
フェニックスは本当に人の粋を超えているほどの怪力を持っていた。
そしてその性格から分かる、好戦的な態度。
魔解放軍も一筋縄では行かない。
「くっ」
すると騎士は自分の背中が壊した壁から抜け出すと。
「陣形オレンザ」
刹那、呟くと共にその男の周りには他の騎士が即座に陣形と取れる配置に付き。
一人は負傷している男のヒール。もう三人はフェニックスに切りかかった。
「――だからぁ、俺に剣を効かねぇって!!」
「はああ!!!」
「俺らが時間を稼ぐッ!」
三人は剣を振りかぶった。。
だが、案の定その三人も剣を折られた。
耳が痛くなる高音が響き、三人の騎士の猛攻はフェニックスに軽くいなされ、二人は蹴られ一人は屋根の上に飛ばされた。
アクロバティックな動きをしながらフェニックスは余裕顔で言う。
「つまらん。俺に負けを教えてくれる猛者はいねぇのか?」
青年は胸を張りながら、ため息をした。
王都・近衛騎士団でも歯が立たない相手。それはつまり。私でも歯が立たないと言う事だ。
あの男は無敵、勝てる方法が、分からない。
勝ち筋すわ見えない敵は初めてだ。
と言うか、最初から見極める時間を与えてくれない。
考える猶予が無いのだ。
こうゆう敵が一番厄介かもしれない。
最初から殺す気の拳を繰り出す敵は、こちら側に打開策を考えさせないのだ。
「………」
足さえ怪我していなければ、何とか私も戦えたかもしれない。
騎士と協力して加勢出来たかもしれないけど。
私が不甲斐ないせいで、市民を守る事に専念し過ぎた。
これは不覚だ。
きっと、みんなに迷惑をかけている。
――こうなるって知らなかった。知っていれば、何もしなかった。
私の不始末だ。私が片付けなきゃならないのに。
アルセーヌともティクターを追っている最中にはぐれた。
そしてきっと、魔解放軍の目的は“アルセーヌ”だ。
彼の目の力を魔解放軍……ドミニクが欲しているなら。
きっとアルセーヌに本命を向かわせて、私達他のメンバーに仕向けた敵は時間稼ぎをさせている筈。
だから早く、こんな奴倒して行くべきなのに。
「……どうして足が動かないの」
ヒールを掛けても、足が動かなかった。
どうしてか、分から、ない。
自分でもどうすればいいか分からない。
きっと今の私は冷静じゃない。
ずっと、呼吸が止まらない。
早い呼吸が止まらない。
「――大丈夫ですか?」
「えっ。あ、あっ」
「過呼吸気味ですよ」
そこには、先ほどフェニックスに飛ばされて背中を壁に埋めた騎士が立っていた。
と言うか。よく見たら最初にフェニックスに立ち向かった男だった。
――その男は、鎧を脱いでいた。
――その男は、丸渕眼鏡を掛けていた。
――その男は、鋭い目をしていた。
――男は、フェニックスに拳を突き出した。
「……ほぉ、面白れぇ」
フェニックスは男を見て微笑んだ。
逃げ遅れた市民、他の騎士も含め見ているしか出来なかった。
男は自身の鎧を自ら脱ぎ、眼鏡を地面へ投げ捨てた。
鎧の下から現れた筋肉は私の倍あるようで、
男は肩を鳴らしながら。
黒髪を掻き上げ、鋭い視線、堕ちた声で言い放った。
「勝負だ少年。――手加減は、要らないよな?」
「アぁ、ゾクゾクするじゃねぇか」
殺意。いいや、闘気と言うべきだろうか。
男は明らかな闘気を纏い。それをフェニックスに向けた。
その対応にフェニックスも楽しそうに構え、そして――。
「――闘士、フェニックス・ルーデンベルク」
「――王都・近衛騎士団、第三部隊:隊長 ノーラン・サンライダー」
男、ノーラン・サンライダーはそこで初めて名乗り。
拳に力を籠め、刹那――。
「――ッ!!」
「オラッッ――!!」
文字通りの殴り合い。
激しい攻防だった。
フェニックスの拳に飛ばされていたノーランだが。
鎧を脱いだことによって防御力が減っている筈なのに、なぜかフェニックスの一撃に怯まなくなっていた。
ノーラン・サンライダー。聞いた事がある。
元地下格闘技の選手であり。
元近衛騎士団:団長、カール・ジャックに勧誘される形で近衛騎士団へ入る。
そこで剣を習い。
数々の暴力事件を起こしてきた『
拳だけで撃破、牢屋へ送る。
王都・近衛騎士団の中でも一番の有名人。
それが――ノーラン・サンライダーと言う男だ。
本当に激しい攻防だ。
空気を切る音が響いて、後ろ蹴りやバク宙などと言うアクロバティックな動きをノーランをする。
それに翻弄されるようにフェニックスも防御に徹するが、すぐさま。
「それは見切ったぞぉ!!」
フェニックスはノーランの蹴り、足をキャッチした。
そのままフェニックスは足の関節へチョップを食らわせようとするが。
「――ッ!」
「なッ!?」
刹那、体を思いっきり捻り。フェニックスの腕からノーランは抜け出した。
ノーランは次の瞬間、その勢いのまま近くに壁へ進み。そこを蹴るようにして。
「んだそれ、お前すげぇ、な――ッ!!」
壁を蹴る勢いで殴るがそれをフェニックスは軽々と避ける。
避けられた後、ノーランは地面に転がりながら立ち――。
「ア? お前それはずる――」
「しね」
ノーランは今までにないくらいドスの効いた声でそう言うと共に、
建設途中の家、そこに置かれていた外壁用のレンガを思いっきり投げる。
レンガは魔法の様な速さで飛ぶが、フェニックスは。
「オラよ――ッ!!!」
拳を前に突き出し、大きな音を出しながらレンガを粉砕した。
「効くわけねぇだろ。鉄でも折れるんだぞ」
そこから熾烈な格闘は続いた。
一度バク宙したり、壁を蹴りながら移動したり。地面に倒れるギリギリの高さで体を傾けたり。
それに対応するようにフェニックスも動きがアクロバティックになっていった。
対等な戦闘、そう見えた。
だが。
「――っ……」
私の目で見ても明らかな事があった。
それは、ノーラン・サンライダーが明らかに疲れていたことだ。
肩を細かく揺らしながら、大きく息をしていた。
「なんだァ? もう力切れかノーラン」
「生憎、俺も歳なんだよ。体力はあるんだが、体がこれ以上動かない」
ノーランはそう言うと、勢いよく膝をついた。
するとフェニックスは一気に冷めた顔をして。
「結局お前もそうなのかよ……つまんねぇな」
「………っ」
もう限界だと言わんばかりの風貌だった。
言ってしまえば、悪あがきすら出来ない姿。
きっともう消耗しきってしまったのだろう。
もしかしたら。と思ったけど、やっぱり駄目だった。
フェニックスは無敵な程強かった。強すぎるのだ。
私も、どうすればいいのか分からなかった。
昔っからそうだった。
冷静に判断できるのはいつも自分が安全な場所にいるから。
今みたいに、戦場のど真ん中に居ると。
ずっと動悸が止まらない。
「………」
状況は最悪だった。
商店街で繰り広げられていた激しい戦闘は既に終わり。
闘士フェニックスが、第三部隊:隊長 ノーラン・サンライダーは敗北した。
フェニックスは呆れたように、再度逃げ遅れた人に目を付けた。
青年は人を傷つける事に、何も感じていないかのように――。
ああ、ダメだ。
頑張らなきゃ。
私のせいでもあるんだ。
私が今回の事態を招いたんだ。
私の不始末だろ、私が何とかするんだ。
ナターシャは足の怪我を一度忘れ、息を飲みながら杖を突き出し。
「――【魔法】血流操作」
「っ……?」
ナターシャは自分の事を諦め、そして杖を――ノーランへ。
赤く光る杖の先端はノーランの血液を操作し、そして。
「私があなたの体をサポートする。出来るだけ壊れないように調整するから」
「………」
「戦って、ノーランさん……!」
私にはこれくらいしか出来ない。
でも、これが出来るならこの状況では上出来だ。
確かにフェニックスには魔法が効かない。
だが、魔法による“肉体へのバフ”は別枠の筈。
あとは……。
「ノーランさん……立ってください!!」
「………」
「あなたしか、きっと、フェニックスを倒せません……!」
この場で対等に、フェニックスと戦えていた男。
それはノーラン・サンライダー。
魔法大国グラネイシャ・王都・近衛騎士団、第三部隊:隊長の……。
「……あなたは?」
「私はっ」
私の名前は――。
「人魔騎士団:秘書 ナターシャ・ドイド!! 魔解放軍に抗う、勇気ある騎士団よ!」
「ガタガタ喋ってんじゃねぇよ!!」
刹那、闘士フェニックスはナターシャに振りかぶった。
先ほどから大声で喋っていることが気に障ったのだろうか。
フェニックスは先ほどとは違い、手加減なしでナターシャへ振りかぶり。
そして――。
「――じゃあ、騎士団仲間ですね」
「ッ! おまえ!?」
大きな打撃音が響いた。
それはフェニックスの拳が私に直撃した音、ではない。
それはフェニックスの拳が、その男の拳に止められた音だった。
「再戦だ。フェニックス・ルーデンベルク」
その時、ノーラン・サンライダーは笑っていた。
余命まで【残り●▲■日】