「あなた方、年齢を聞いてもよろしくて?」
「……年齢だと?」
その女は、紫髪のセクシーな美女だった。
服は黒い礼服の雰囲気をしたドレスで、スレンダーなその女はジト目で俺らを見てから。
「答えなさい。答えない場合、あなた方に危害を加える事になるわ」
「………どうする?」
「……」
「………」
サリーは混乱していた。
と言うか、俺も勿論混乱している。
一体何を言っているのだろうかと、二人が混乱していた。
目の前に居る女は早く答えろと言わんばかりの圧を掛けて来て、だから。
「俺は……42歳だ」
「……俺は32歳だ」
答えるしかなかった。
明らかな不審者に、俺らはそう答えるしかなかったのだ。
で、答えてしまった。
答えてしまったから、こうなった。
「あぁ、そう。――偶数、嫌いだわ」
刹那、俺の横顔に三センチ程の傷が走った。
そして遅れて、俺の背後で何かが刺さった音がして。
「――――は?」
飛んできていたのは、とにかく小さいナイフだった。
その一瞬で飛んできたナイフは、俺の頬を一瞬で切っていたのだ。
「アーロン! 魔法――ッ!」
「世界のマナよ、濃い霧を生み出し、我々に姿を隠す加護を与えよ!!」
瞬間、アーロンの杖の先が青色に輝いた。
「――【魔法】水霧」
ボワッと、周りに噴射されるのは濃い霧だった。
とにかく一旦立て直す。
その為には、一度相手の視界から逃れる必要がある。
「サリー! 大丈夫か!」
「かすり傷だけだ。だが、一瞬過ぎてどこを切られたかすらちゃんと把握出来てない!!」
「あれは、投げナイフなのか!?」
「――あの女、ちゃんとした殺し屋だ」
「隠れるのはよして? わたくし、少々乱暴になりますわよ?」
その瞬間、俺らの近くに響いた音は。
何本、いいや、何百本と飛んできていると思われるその音は。
全部、投げナイフだった事に、少し遅めに気が付いた。
「あの女……何者だ!」
「分からないが、只者じゃないぞ――!」
魔解放軍か?
状況的にそれしかないか。
全く展開が掴めない。何も分からない。
見極めなければ。
「――【剣技】
あまり消費したくないが、出来るだけ抑えて使用する。
多分だが、消費で言うなら一度空気中に何かを作りだしたら魔石二個消費する。
現在の魔石残高は13個。
ようは使いどころが大事な訳だが……。
「どれだけ消費を抑えられるか、それが勝負か」
「ケニー! 後ろッ!」
「――ごきげんよう」
――――ッ!
瞬間、俺の背後に衝撃が走り。
目が飛び出そうな程、強烈な痛みが背中を走った。
と同時に、俺は多分数メートルは飛ばされ。道路から外れた土に顔を埋めた。
「霧をどけろ!」
「は、はい!」
サリーの指示でアーロンは杖をもう一度振る。
どうやらあの女には、霧なんて効かないようだった。
「べっ……口に土が……」
どうやら俺は道路わきにあった花壇へ不時着していた。
カラフルな花が折れてしまったのは申し訳ないな。
ただ、霧が晴れた事により。
再度女の姿を確認できた。
「……お前、猿か?」
「失礼ですわね。これでもわたくし、レディですわよ?」
――頭上でぶら下がっていた。
そこに乗れるの?
って場所で、ちゃんと説明するなら言うならば。
赤青黄色の旗がぶら下がった糸の上に、片腕だけを使ってぶら下がっていたのだ。
少しでも体重が掛かればすぐ切れそうな程細い糸。
だが、そこに女はぶら下がっていた。
体重がないかと聞きたいくらい。
違和感しかない光景だった。
誰の目で見ても、それはおかしな事だった。
そしてその女が釘付けになって、気が付いていなかった。
「……ッ、オエッ…!」
「……ご主人様?」
「あら。あなた、無意識に動いたんですの? それはまた、生きる事に必死なのですね」
「大丈夫ッ……だ。左胸に、刺さっただけ……!」
俺の左胸に刺さったのは、鋭い投げナイフだった。
痛い。
が、ダドリューのあの一撃のお陰か、
なぜかあそこまで取り乱さなかった。
だが。
――俺が作り出した盾が、この投げナイフには有効じゃない。
俺は咄嗟に、忌避終劇の守で盾を作った――筈だ。
だがその盾は俺を守れなかった。
つまり、この剣技は投げナイフ相手に無効化されると言う事だ。
「――――」
……無意識に動いた。ね。
そうかもしれねぇな。
俺も、存外生きたいのかもしれない。
おかしいな、少し前まで、死ぬことをなんとも思っていなかったのに。
「………生きて、いいんだよな」
この半年、色々考えてきた。
色んな人に会って、色んな人ともう一度話せた。
それは俺にとってかけがえのない思い出で。
……違うか。生きたい訳じゃない。
ただ、答えたいんだ。
みんなの思いに。報いてやりてぇ。
それはきっと生きる事なんだろうけど、そんな事はどうでもいい。
迷惑をかけた。
心配をかけた。
自分の尻拭いは、自分でやる。
「――【剣技】
――それは、ただ一つの、兄の技。
「ケニー。その技は……」
「ご主人様……」
紅い炎が短剣を包み、大地は震え、血は煮えたぎり。
その男、ケニー・ジャックは、全身全霊全力で女に刃を向けた。
ただ一つの、兄の技。
カール・ジャックの。奥義。
――魔石7個使用。
「アーロン! 援護を頼む」
「は、はい! ……あ、あの!」
「なんだ……?」
「……ご主人様を、よろしくお願いします」
「………当たり前だ」
「――【剣技】
サリーも剣技を使用し、アーロンは詠唱をし始めた。
始まるのは戦い。
人との戦い。
「――――」
「――――」
その瞬間、誰かが言った。
呟いた。
「第二ラウンド、スタートだ」
――赤い塊が女に向かって一閃を描いた。
空気を切るように描かれる閃光に女は目をくらましながら、
「――ッぶね!」
受け流されたのではない。
その火の急接近に女は反応し、反射し、即座に懐から取り出したナイフを6本投げた。
だがそのナイフを、ケニーは反応した。
肉弾戦は殆ど初心者だった筈だ。
だが、ゾニーの稽古とサリーの稽古の結果。
ケニーは新たな才能を発揮した。
それは脊髄反射だ。
ケニーは自らの危機を感じると、意思関係なしに脊髄で反応し。
それを回避する行動を取る。
“無意識で動いた”とはこの事だ。
その才能がいつ発現したのは不明だ。だが、そんな事は関係ない。
脊髄反射をケニーは使いこなせるのか。
それを理解して、織り込み済みで行動できるのか。
――否、出来ていた。
だからその6本のナイフに即座に反応し、体を捻らせ避ける事が出来た。
女はそれを見て、
「ちっ」
舌打ちをした。
と同時に。
「世界のマナよ、大気の熱量を奪い、その姿を、変え給え!!」
空に生成される白いつらら、それが40本程顕現した瞬間。
アーロンは強く杖を振りかぶり。
「――【連鎖魔法】氷の剣!!!」
氷のつららは金切り音を強く鳴らしながら。
女に放たれた。
だが、数を重視した生成。
標的を狙って撃つ事などできない。
「――――」
女は軽々と飛び上がり、アクロバティックに三度バク宙しながらつららを避けた。
だが、避けた先に。
「――【剣技】
「――っ」
サリー・ドードは虚空から現れ、その剣を振りかぶった。
そのまま行けば女の首を跳ねる一歩手前。
そこで剣は止まり。そして――。
「――何ィッ!?」
女は、自身の谷間から取り出した一本のナイフを口に咥え。
それだけでサリーの攻撃を、防いでしまった。
もう一撃サリーが加えようとするが、女はすぐ右手にナイフを握り。
「くっ!」
サリーはぎりぎりの場面で避けきった。
だが、第二撃が女から飛ばされた時、サリーはピンチを迎えた。
【剣技】朧幻影は解除後――しばらく体の自由が効かなくなる。
サリーは地面にそのまま落ち、鈍い音が鳴り響いた。
そこへすかさず女はナイフを4本飛ばすが。
「――【魔法】ブリーズッ!!!」
アーロンの魔法でナイフは飛ばされた。
どうやら風魔法なら飛ばせるようだが、アーロンは今の魔法を思いっきり使っていた。
つまり、下手したら人間でも飛ばせるくらいの風量。
北の街で魔物を抑えた時くらいの風量なのかもしれない。
正直それはアーロンに聞かなければいけない事だ。
どうする? どうすればいい。
俺に何が出来る。
俺に、何が出来る。
「おい女」
「……はい?」
「俺とタイマンしようや」
「え?」
アーロンはサリーへ駆け寄り。
すぐさまヒールを使用する。しばらくは動けないだろう。
だから、時間を稼ぐ必要がある。
「……いいでしょう。受けて立ちますわ」
「――ぶっ飛ばしてやるよ。女」
もう一度短剣を力を籠めて、
……幸い、さっきの7個がまだ続いてやがる。
そこまで長い事時間稼ぎは出来ねぇ。
まず、この戦いの勝利条件を考えろ。
なぜこの女は襲ってきた?
どうして俺らに突然攻撃を仕掛けてきた?
何が目的なんだ?
「――――」
「――――」
刹那、
「――ッ! くううおおおおおおお――!!!」
俺はもう一度突進を仕掛けた。
もちろんナイフは飛んできたが、全て弾き返すか避けた。
光の先へ、そんな気分で、覚悟で。
俺も無力じゃない。
俺にも戦う意思がある。
勇敢かもしれない。
才能があるのかもしれない。
だが、俺はどのみちクソ野郎だ。
クソ野郎はクソ野郎並みに、諦めの悪い事してやるよ。
「早い――」
ケニーの一閃は避けられたが、
女は後ろへ下がる事しかできなかった。
先ほどまでの女の行動からして、真後ろへ逃げるなんて事は無かった。
何故なら――一直線に進んできている相手に、真後ろへ逃げる程無意味な事はないからだ。
「――ッ」
「逃がすかゴラァ!」
女はそこへ逃げるしかなかった。
何故なら、逃げ道が無かったからだ。
女はあくまで正面を向きながら、後ろ歩きの様な態勢でケニーから距離を取ろうとした。
確かに最初は距離を取れていた。
だが、その差は次第に縮まり。
次第に距離は近づき――ケニーは短剣を振りかぶった。
「はあああああぁぁ!!」
「うっ……くッ!」
だが、
「あ……」
あと一歩の所で、ケニーはふらりと倒れた。
簡単な話、体の限界だ。
「……くっそ」
全身の筋肉が約3倍になると同時に、魔法耐性や爆破耐性、その他の耐性が付与される剣技だ。
付与、と言っても、言ってしまえば自強化だ。
魔法の様に与えるバフではなく、それは筋力を無理やり上昇させる際の副効果。
だからこそ、肉体への負担がデカい。
ケニーもゾニーから教えてもらった時、全身をとても痛めた。
だがあれから体力づくりを欠かさず行い。
サリーの稽古もあったからだろう。
ここまでの力を引き出し、使用することが出来た。
だが。
「……ここまでか」
「あなたの戦いっぷりは見事でした。ですが、もう終わりです」
女はナイフを4本片手で持ち、見下すように俺を見てきた。
「……ふん。だが、俺は最後の手段を持っているぞ?」
「まだ。何かあるのですか? なら早く見せていただきたい。あなた方に興味はないので、早めに終わらせたいのです」
「――アーロン。今お前は、何歳だ?」
その問いに、アーロンは最初戸惑った。
だが、諦め半分で。
「……9歳です」
「――――」
言った瞬間、女はナイフをしまった。
余命まで【残り●▲■日】