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八十三話「蒼炎の双子と死神」




 見えた、と言ってもいいのでしょうか。

 二人係で使用する【絶対魔法】は強力でした。

 でも、記憶を引き換えにするその魔法だからか分からないけど。

 私、ソーニャ・ローレットは

 ――クラシス・ソースと言う名前をそこで初めて知った。



「死神かぁ……これは面白いじゃないか、ドミニク!」



 渋い声が響いた。

 先ほどまで青い霧が舞っていた中心部に黒いオーラが漂い始め。

 それは顔を上げてから。


「奴が消える時、僅かにだけど魔力の動きがあります」

「……それって?」

「オダマキは魔法を使用し、上空を瞬間移動している」 


 魔力の動き、それは本当に微力だけど。集中すれば感知できる程の物だった。

 私はそれを感じ取れた。難しいけど、慣れれば出来る筈。


 この、オフィーリアと言う偽名を使っていた。

 クラシス・ソースと言う人を信じていいのか分からない。

でも。

 さっき飛び込んできてくれなかったら、私は多分自滅していた。

 自分を見失い。怒りに駆られていた。

 あの場でクラシスさんが来てくれなかったら。危なかった。

 ――助けられたのだ。助けてくれ人を信用しないで、どうする。


「作戦があります。ですがそれは、今のままじゃ出来ない!」

「………なら、どうすれば?」

「あなたの協力が必要不可欠です。お願い。出来ますか?」


 信じてみようじゃない。

 私だって、負けていて悔しい。

 あなたさえいてくれれば、私は――。



――――。



「人になれない物は無いと思うぞ。ただ時間が掛かるだけ」


 それが口癖な父親だった。

 いつも悟ったような瞳をしていて、空をずっと見ている人だった。

 ――私が丁度、3歳か4歳の話だったと思う。

 母親の顔は見た事が無かった。

 物心がついてから、ずっと父親しか知らなかった。


 父はいつも落ち着いていた。

 でも、怒る時が一度だけあった。


 それは。私が魔法を使った時だ。


「――――」


 見れば分かった。怒っていると。

 それか、今思えばだけど。ただ単に、嫉妬していたのかもしれない。


 ――才能と呼ばれるそれを、とことん憎んでいる父親だった。

 父親は不器用だった。

 父親は優しかった。

 父親は怒らなかった。

 父親は、空っぽだった。


 劣等感を募らせていくばかりの父親を、私たちはどうする事も出来なかった。

 見ているしかなかった。

 声を掛けても、それは逆効果になっていた。


 『特別』と『凡人』は、どうしようもない程分かり合えなかったのだ。


 母親の才能を引き継いだらしいが、その母親はいなかった。

 父の支えも子供の私たちだけで。

 でも、その子供たちは『特別』で。

 きっと父親は、苦しかったんだと思う。


 でも、

 父親の最後の時、


「下を向いて、歩こおよ」


 不気味な歌が聞こえて来て、私達の足元に血が流れて来て。

 ――父親の血で、


「――血を、見るためぇえエに」


 父親は、私らを守るために犠牲になった。

 魔解放軍が、場所が邪魔だからと言う理由で辺境の地にあった私たちの村を壊したその日。

 必死になって父親は私たちを守って、死んだ。



――――。



「お話は終わったのかい? 作戦会議にしては短かったがぁ」


 オダマキはそう知っている様に笑う。


「おじいちゃん。待ってくれてありがとうね」


 私は昔を思い出すのを辞めた。

 この魔法でその記憶が無くなるかもしれないけど、

 でも、それでもいい。

 あの時、どうすればよかったんだろうか。なんて考えた事は無かった。

 気にしないようにしていた。

 でも、うん。


「――ありがとう。お父さん」


 最後にそれだけ呟いて、私は自分の杖に力を籠めた。


「――【絶対魔法】ッ!!!」


 霧が噴射された。青く、冷たく、過去のような霧が。

 霧は私をすぐに包んだ。それは視界を遮り、そして。


「――【絶対魔法】フローズン・エンド!!」


 刹那、漂っていた淡い霧が円形に押しつぶされたような風貌へ一瞬で変化し。


「――――」


 ソーニャが右腕を左へ動かすと――。

 連動し、霧は右へ一直線に進んだ。


 先ほどまでは一人だった。自爆、死ぬつもりでソーニャは【絶対魔法】を使用していた。

 だが今回は違う。意思がある。

 戦って勝つと言う気力、

 やる気、

 諦めていない。

 だからだろう。

 ――ソーニャは先程とは違い。

 ――【絶対魔法】を完全に制御していた。


「――ッ!」

「ヌッ!」


 ソーニャは右腕をオダマキに向け思いっきり振りかぶった。

 すると連動するように、青い霧は空へ飛んでいき、オダマキが傍観していた家の屋根へ一直線と向かった。


 そこからは乱戦の様だったと思う。


 ソーニャは何度もオダマキを狙い。オダマキもそれを避けながら隙を狙っている様だった。

 だがオダマキは近づく事が出来なかった。

 先ほど言ったソーニャから半径3メートル程の円形は近づくだけで危険だと理解していたのだ。

 足がやられる。凍らされる。

 そうオダマキは判断していた。


 何度も何度も、ソーニャが攻撃をし、オダマキが魔法でよけを繰り返し。

 その戦闘が始まってから、10分が経過した。

 そこで、転機が起きた。



「……またよけられた……!」


 このままじゃジリ貧だ。

 私が力尽きて倒れるのが早い。

 でも、信じるしかない。とにかく頑張らなきゃ――。


「……あれ、お父さんって、誰だっけ」


 ………。

 誰か思い出せないけど、きっと。

 物凄く暖かくって、優しい人なんだろうなぁ。


「ソーニャさん!」


 その瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。

 クラシス・ソース。彼女の声だった。


「成功しました!!」

「――――――――分かった」


 私はその知らせを待っていた。

 ここまできつかったけど、やっと勝機が見えた気がした――。


「――――来て、クラシスさん!」


 ここからは個人戦じゃない。

 団体戦だ。


「――――分かった!」


 クラシスさんは飛んできた。

 出来るだけ思いっきり私の方へ飛んできて、そして。


『――――』


 頭に何かが流れ込んできた。

 それは、記憶だった。クラシスさんの、記憶だった。

 その瞬間。私の周りに漂っていた霧が――黒い物へ。


 【絶対魔法】は使う人間による。

 これは私の憶測だけど、

 その人が代償にする『記憶』や『生命力』によって高純度魔力スペシャル・マナは質がまた変わる。

 総量もだろうし、効果もそうかもしれない。

 記憶、生命力によっては高純度魔力がまたさらに強力な何かに変わる。


 クラシスさんの記憶、はたまた生命力は凄まじい物なのだろう。


 だからだろう。この溢れてくる邪悪な力。

 ――復讐、憎悪、殺意。

 それが魔力に混ざって、私に直に干渉してくる。


 でも、それには屈しない。


 これはまたとないチャンスだ。


 ――勝てる。



――――。



「――――」


 さっきから子供達は何をしているのじゃ?


 死神は霧に消えたと思ったらまた戻ってきよった。

 確か死神は魔物と魔力を使った周波数で繋がっており、その周波数を使って魔物を操っている筈じゃ。

 ……あぁ、結界か。

 結界でその周波数が遮断され、魔物を呼べないのか。

 そう言えば、死神は単体じゃさほど戦力ではないらしいな。

 ドミニクが言っておったわい。


 ――死神は4年前、ノージ・アッフィー国で“本体”に致命傷を負った。


 だからだろう。死神の本来の力、全盛期ほど単体で戦えないのか。

 弱者になったものじゃな。

 まあだが、それはワシも同じか。

 歳と言うのは残酷でなぁ、体が思うように動かないばかりじゃ。

 こう、戦闘中でも浸ってしまうのも歳だと思う。

 ホっホっホ。


 ――さて、終わらせてやろうじゃないか。


「――見つけた」

「ヌッ」


 瞬間、霧が家に行き渡り、爆発するように家が崩れた。

 死神が関与する【絶対魔法】は強力で、何百年生きてきた死神の生命力はそのまま力に変換されていた。


 もうそろそろこの攻撃にも飽きてきたのぉ、

 面倒じゃが、消耗戦にして終わらせるか――――――。


「――ヌ」

「ちっ」


 そしてその時――。


 刹那、オダマキが魔法で移動した先に、“先回り”するように霧が飛んできたのだった。


「貴様ら………まさか」

「――光魔法『フラッシュ』。高速で移動し、敵の懐へ飛び込む移動魔法。

 あなた使っている魔法ですよね。おじいちゃん」

「………見破ってきたかぁ。面白い!」


 ――その戦闘は、急展開を迎えた。


「――【魔法】煉獄疾風フレイム・ウィンド

「何!?」


 オダマキが逃げた先には、杖を構え座り込みながら詠唱をしている――アリィ・ローレットが居た。


「起きていたのか?」

「これでも早起きなのだ。これで、終わらせる」


 轟音が鳴り響き、オダマキに向け赤い閃光が放たれた。

 二度目の煉獄疾風は流石に予想外だったのだろうか。

 オダマキは【魔法】フラッシュの使用条件である『ヌ』を言えていなかった。

 つまり、空中で体をひねって避けるしかなかった。


「くっ――」


 オダマキはギリギリの所で煉獄疾風を避け、来ていた着物を少しだけ焦がす程度で済んだ。

 だが、それが――隙を生み出した。


「世界のマナよ、大気の熱量を奪い、その姿を、変え給え」


 直後、周囲の温度がさらに下がり、霧に含まれていた水分が全て一点へ集まり。

 それは巨大に、オダマキを影で隠すほどの大きさになってから。


「ここまでか………」

「――さようなら、おじいちゃん」





「――【魔法】アイス・ストーム!!」





――――。



 オダマキを倒す事に成功した。

 倒す、と言っても。縄で縛って後は騎士の人たちに任せようと思う。


「――――」


 あの激戦からいつの間にか20分くらいが経っていたけど、いまだに安心が出来なかった。


 街を随分破壊してしまったし、私もボロボロだ。

 それに【絶対魔法】を使用したのだ。

 私が覚えていないだけど、

 きっと何かを忘れてしまっている。

 何を忘れたのかさえ思い出せないけど。

 その思い出が無きゃ、私達は勝てなかった。


「覚えていない。けど。感謝しよう」

「お姉ちゃん……何を言ってるのだ?」

「気にしなくていいよアリィ。少しだけここを離れるね」


 アリィは肩を貫かれたが、そこまで傷は酷くなかった。


 血も止まっていたし、治癒魔法も良く効いてくれた。

 オダマキは、今縄で縛って持っていた黒刀を遠くへ隠した。

 何なら、刀を折っておいた方がいいかもしれないけど、多分大丈夫だと思う。




「………」

「離れるつもりですか? クラシスさん」


 私が向かったのは路地裏だった。

 さっきの戦闘で一時的に感覚が研ぎ澄まされたからか分からないけど。

 何となくの、人の位置が分かるようになっていた。


「……知られたからには、ここには居れない」


 知られた。

 死神であることを知られた。

 【絶対魔法】は記憶を代償にする。


 あの場面、

 二人で記憶を代償にしようとした、

 その一瞬。一瞬でも接触があったその時。

 その時点で私はクラシスさんの記憶が流れて来て、そこで初めて本名を知った。

 そこら中に張られている。死神に関する情報に書かれている張り紙に書いてあった。

 現在の死神宿主【クラシス・ソース】と言う名前が。


 だから偽名を使ったのだろう。

 自分が死神とバレないように。


「確かにうちにも。死神であるあなたを恨んでいる人が居ます」

「………私の存在を忘れなさい。私がここから消えたら、もうその時点で私はあなたの敵よ」

「黙っておきます。なので。友達になってください」


 その言葉に、クラシス・ソースは勢いよく振り返った。

 改めてみるとやはり黒く禍々しいツノで、でもそれを持っている人は。

 私を助けてくれた、命の恩人なのだ。

 死神でも、こんな私に同情して止めようとしてくれた。

 あの場でアリィを起こしに行ってくれなければ、あの場面では負けていた。


 死神クラシス・ソースは、私の命の恩人でもあるのだ。


「友達ね……お断りするわ。

 私がここに居る事だって、こんなバカげた結界に閉じ込められるのだって殆ど予想外で。

 私は死神と言う、人間に攻撃しようとしている存在なのよ」

「でも、そうだとしても、あなたは私を助けてくれました」

「……気の迷いよ」


 ……気の迷い。

 普通の人は、気の迷いなんかで他人を助けない。

 それは私だから知っている。

 どうして知っているか、良く覚えていないけど。

 誰かが、私に、そうしてくれたように。


「私はあなたが好きなんです。クラシスさん」

「――――」


 もう忘れた誰かに、私は死神を重ねた。





 ≪好きにしろ。クラシス・ソース≫






 余命まで【残り●▲■日】


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