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八十二話「開戦と必死」



「子供が相手か、ホホ、面白くなりそうじゃ」

「……どなたか存じ上げませんが、是非道を開けて、そこからどいてほしいなのだ」



 アリィがそう強く言うと、老人は顔色を変えた。

 音を出しながら地面へ降り。

 私たちより小さいその老人は、刀を引き抜いた。




 ■:中央都市アリシア・南東エリア




「あなたの名前はなんなのだ?」

「ワシか? ワシの名は魔解放軍:幹部、オダマキじゃ。見てわかる通り随分なご老体なんじゃがぁ」

「――――」


 老人はその刀を見ながら、輝かせながら。

 その舐めるような視線をこちらに向けながら。


「――久しぶりに、人を切りたくなったんじゃよ」

「先手必勝――!」

「ヌ」


 その瞬間、アリィの鋭い閃光が地面を伝い老人の足元へ進み。

 音を立てながら地面が大爆発を起こした。

 赤い閃光が一瞬にして地面を包んだのだ。

 だが、その攻撃を避けていたオダマキは不気味に笑いながら。


「火魔法か。それもこの火力、相当じゃぁないか」

「舐めないでほしいなのだ」


 アリィの白いシャツが浮いて、目線は真っすぐとしていた。


 やる気なんだ。相手は魔解放軍。戦わなければ。

 だから私も前に立って。二人で視線を真っすぐと向けて。



「僕ら・私ら」

「蒼炎の双子、アリィ・ローレットは」

「蒼炎の双子、ソーニャ・ローレットは」



 右翼、炎の壁が燃え広がり地面は高温のあまり溶けていた。

 左翼、寒い空気、青白い霧が地面を伝い。氷の壁がソーニャの右腕に伝って――。


「オダマキ、あなたを絶対に許さないなのだ!」

「オダマキ、あなたを絶対に許さないです!」


 そこに築き上げられていた死体を弔う時間はない。

 双子はとにかく、そいつが敵だと理解し、そう宣言した。


「面白い芸じゃな。流石双子と言うべきか? まあただ、楽しませてもらおう」


 二人の鋭い視線と共に、お遊び感覚でオダマキは刀をそれっぽく構えた。

 そしてその瞬間。


「――【魔法】絶対零度!!」


 ソーニャから繰り出された魔法は地面ではなく空を切り。

 青白い霧がオダマキに向かい勢いよく迫る。


 蒼炎の双子。

 ソーニャは氷、アリィは炎を使う魔法使いであり。

 神級魔法使いとまでは行かないが、それぞれの得意分野で才能を開花させた双子だ。

 そこらの氷使い炎使いとは違い。幼いころから魔法に触れ、親の才能をうまく引き継いでいる。

 その二人は、まさに最強の氷炎使いと言っても過言ではない程――強かった。


「遅いのぉ」


 だが、ソーニャの攻撃を、

 軽々とオダマキは避け、

 余裕面で上空に飛び上がってから。


「――ヌッ!」


 鋭い刀の剣閃が霧を文字通り一閃し。

 その衝撃派は近くにあった店のガラスが割れるほど強かった。

 白い斬撃にソーニャは一瞬油断をするが、それをカバーするように。


「――世界のマナよ。奪う者に死の償いを。

 ――荒く鋭い慟哭の風を巻き上げ。業火な火を立て。我らに炎の加護を!」


 アリィは懐から出した杖を空に向け、地面に衝撃派を走らせながら詠唱を行った。

 一瞬、アリィの瞳に赤い焔が宿った瞬間。


「――【上級連鎖魔法】煉獄疾風フレイム・ウィンド!!」


 轟音が響き、荒波の如く放たれたその一閃は宙へ飛び上がったオダマキへと一直線する。

 本来なら建物を簡単に溶かすほどの高火力魔法なのだが。


「……倒した?」

「――甘いッ!」

「ぎゃア!」


 アリィの言葉と同時に、オダマキの強い声が頭上で聞こえ。

 いつの間にか背後を飛んでいたオダマキに背中を強く蹴らた。


「アリィ!」

「大丈夫、なのだああ――!」


 アリィは態勢を崩しながらも持ち直し、そして。


「ほぉう。これは良い見世物じゃ――!」


 刹那、アリィは空へ放っていた煉獄疾風フレイム・ウィンドを無理やり動かし。

 蹴られてもなお、アリィは飛び上がったオダマキに杖を向けて。


「食らえええええぇぇエエエエエエ――!!」


 閃光は上空で曲がり、オダマキが飛んだ方向へ轟音が響いた。


「カッカッカッカア!!!」


 轟音の中から響いたのは不気味な笑い声だった。

 一度放った魔法を無理やり軌道修正するのは、もう力技と言っていいかもしれない。

 脳筋なその行動に、オダマキも興奮を隠せなかった。


 だが。

 素早い閃光が消えたその瞬間、


「これだから、若いっていいよなぁ」

「ア………え?」


 熱風が晴れて、燃えたぎっていた地面も光を失った。

 その一瞬の出来事に、そこに居る全ての人間が戦慄し。

 瞠目し。

 絶望し。


「まずは一本じゃ」


 アリィ・ローレットの右肩に、老人の黒い刀が刺さっていた。


「あ、アリィ……?」


 あり得ないと言いたげなソーニャの声だった。


 老人の刀は黒い刀だった。

 黒刀と言うべきか。

 暗闇に紛れるその刀は、忍び寄り、静かにアリィの肩を貫いたのだ。


「素晴らしい火力じゃ。魔法の練度も、ワシの時代に存在しなかったレベルだった」

「アリィ……ッ!!」

「だが、経験不足じゃな」


 オダマキは黒い刀を一気に引き抜き、風の様に消えて行った。

 アリィはその痛みか分からないが、そのまま崩れ落ちるように倒れて。

 そこに滑りこむ様にソーニャが入り、倒れ込むアリィを支えた。


「ッ……大丈夫。なのだ」

「さっきから。そう言って大丈夫じゃないでしょ!」


 戦闘は一瞬に見えたかもしれない。

 でもその一瞬で行われていたのは高度過ぎる魔法対決だ。

 本来なら当たったら即死レベルの魔法が連発され、双子の勝率が高い筈だった。

 だがオダマキと言う老人は、異常な程運動神経がいいのか、

 それとも何かタネがあるのか分からないが。

 その魔法攻撃を全て避け、アリィに一撃加えた。


 今までにないくらい必死な声を上げならがソーニャはアリィに自身の杖を向ける。


「――【魔法】ヒール!」

「優雅に治癒魔法を使うのもいいが、これは勝負じゃ、

 今のが一本じゃからあと二本。三本勝負は子供でもルールが簡単で分かりやすい」


 オダマキは既に上空で立っていた。

 楽しそうに、もう一回やってと言う子供のようなテンションで。


「……遊びの、つもり?」


 そんな態度に、ソーニャは声を震わせながらそう呟いた。

 するとオダマキはその言葉を鼻で笑いながら。


「遊びと言えば遊びかもしれないが、これは勝負じゃよ」

「………」

「不満か。それとも不服か。まぁそれも一興じゃ。次は主じゃ、ソーニャ・ローレット」

「っ………」


 アリィも気を失っていた。

 一連の流れを近くで見ていたオフィーリアも手を出せる状況ではなかった。

 息を飲む程の戦い。オダマキと言う圧倒的強者がそこに立っていた。


「――――」


 オダマキはまた小さな瞳を開け、

 見下すような、笑いをこらえるような表情になってから。


「行くぞっ」






「――【絶対魔法】」






 強く、はっきりと宣言されたその言葉に、周りに存在していた魔力は直ぐに萎れた。

 その瞬間、濃い青色の霧がソーニャの周りに噴射された。


「ヌ」


 オダマキはその魔法に反応し、またしても上空で姿を消した。

 今度はソーニャの真横の家の屋根の上に立ち。その様子を眺めるように覗き込む。

 「面白い事をしてくれた」と笑うオダマキの目に飛び込んできたのは。


 ――霧に触れた物は凍り、音を立てながら崩れ去っていく光景だった。


「く、カッカッカッカア! そこまでかソーニャ・ローレット!!」


 オダマキは歓喜した。

 霧の中心部を覗きながら、そこに居る青い少女を見ながら。

 中心部に居る少女は青い焔を瞳に宿していた。


 ――【絶対魔法】


 それはある種【禁忌】よりも罪深い自己犠牲の魔法。

 まず、魔力には純度がある。

 人間の居る、または他の動物がいる場所にある魔力は普通に『魔力』と呼ばれているが。

 例えば、空高く上空や人が立ち入らない洞窟などは魔力の純度に違いが出る。


 【高純度魔力スペシャル・マナ

 それは神級魔法使いでなきゃ作り出す事が出来ない魔力の完全上位互換だ。


 単純な魔力量もだし、威力、汎用性が高く。

 神級魔法使いしか使用できない【神技】にもその魔力が必要不可欠だ。

 だが、その【高純度魔力スペシャル・マナ】を普通の魔法使いが使用するとなれば。それは至難の業。

 それを無理やり引き出す魔法、それが【絶対魔法】。


「っ……うぅ、うう……」


 それは【錬金術】と似ているかもしれない。

 その物の価値を上げ、高純度魔力スペシャル・マナに変換する錬金術。

 ――代償は、記憶、生命力。

 現在ソーニャ・ローレットは自身の生命力と記憶を犠牲に、高純度魔力を生成した状態。


「ウアアアアアアアアアアアア!!」


 人間が使える粋を超えた超人的な存在。

 【絶対魔法】とは、自分を犠牲に自爆特攻を仕掛ける魔法なのだ。


「面白いィ! 若いっていいじゃないか! そこまで振り切れるとは!」


 くるくると笑いながらオダマキは言った。


「自分の兄妹の為に自分を捨てる。なんて儚く素晴らしく気概のある選択ッ!」


 狂うように、歳に合わないくらい楽しそうに笑って、一息ついてから。


「――是非それを、壊したいのぉ」

「ッ――!」


 刹那、鋭い風切り音が爆速で屋根を上り。オダマキの足元まで霧の攻撃が届いた。

 霧の攻撃。それは物凄く勢いがあった。

 通った場所は切り抜いた様に無くなっており、それを見ながらオダマキは「危ない危ない」とステップを踏んだ。


「その年で【絶対魔法】は、体の負担が大きい上、そこまで長い時間戦えないじゃろ。それにお主、既に意識が飛んでおるな?」

「――――ッ」


 再度大きな音が鳴り、今度は霧が建物の根元を抉り始めた。

 凍り、脆くなり、破壊される。

 当たっただけで腕くらい簡単に壊れてしまうと思わせるその攻撃に、オダマキは屈しず。

 またしても身軽にステップを踏み。

 消えて――。


「二本目――!」

「ソーニャさん!!」


 その瞬間、第三者の言葉に霧は一瞬静けさを取り戻し。

 ソーニャの瞳にもう一度青い焔が宿り。


「近づかないで」


 瞬時にソーニャは飛んできているオダマキを視線で捕捉し。

 その言葉に反応するように、応えるように。

 オダマキが迫ってきていた方向へ霧は飛ばされた。


「――ヌッ」


 オダマキは再度空気に消えた。

 だが、変化があった。


「……オフィーリアさん?」

「もうそれ以上すると、あなたが危険、だから」


 オフィーリア。

 さっきのさっきまで完全に手を出せなかった少女だ。

 だが、ここに来て戦闘へ参戦を果たした。


「あなたに関係ない事。でしょ。いいからそこをどいて」

「で、出来ないわ……彼にも反対されているけど、子供が戦っているのを見て、負けそうなのは見ていられないの」

「……じゃあ、どうすればいいのよ」

「…………」

「あなたが戦力になれば。いいじゃない! どうすればいいのよ! こうするしか、オダマキを倒せない!」


 オフィーリアの言葉に、ソーニャは涙を流しながら叫んだ。


 実際そうだ。

 オフィーリアはソーニャが【絶対魔法】を使うまで何もしていなかった。

 魔法すら使わず、加勢にも入らず。

 オフィーリアには戦えない理由があった。

 でも、この状況をオフィーリアは見ていられなかった。

 なのに、何故だろうか。


「――私の記憶を使って」

「え?」


 それは、紛れもない。オフィーリアから発せられた言葉だった。


「二人で一緒に代償を払い続ければ、負担も減るし、何なら高純度魔力をさらに増やせるかもしれない」

「……そんな事したら、あなたが」

「私の事は放っておいて! これでも私、――闇が深いんだから」


 オフィーリアは悪い笑みを浮かべ、それをソーニャに向けた。

 それを見て、ソーニャも何かを察して。


「巻き込んで。ごめん」

「いいのよ。これでも私、結界外では最強なんだから――」






「「――【絶対魔法】!!!」」






「この波長……マズイな……まて、まさかあの女!」


 オダマキは重要な事に気が付いた。

 それはこの戦況を一変としてしまう程、大きな見落としを。


 風に揺られて、オフィーリアの帽子が飛んで行った。

 そこから現れたのは。




 ――黒いツノが共鳴し、死神クラシス・ソースは、アリィと共にオダマキへと魔法を向けた。









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  第十二章 都市編 前編 開幕



    余命まで【残り●▲■日】

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