暗い世界。言うならば、悪夢のような異常空間に居たと思う。
私の名前はソーニャ。
今私たちは、魔解放軍の罠にハメられて。
「ここどこなのだ……」
「さっきのアナウンス的に。私たち。魔解放軍に誘導されてたよね」
どこを見ても知らない土地、
状況は最悪だと私は感じた。
何故なら、私やアリィが道を歩く度に感じる違和感。
「人が、居ないね」
人が居ないのです。
私の記憶では、この場所は、中央都市アリシアでは人が多いイメージだった。
だから、この状況が特異で異常で。
「怖いなのだ……」
「がんばろ? 早くナシャ姉ちゃんの場所。へ行けば。きっと大丈夫……」
いきなりこんな事態になり、巻き込まれたからか。
私もアリィも物凄く混乱した。
さっきのドミニクと言う男のアナウンスも不安を煽るような内容だったし。
とにかく、私たちはナシャ姉ちゃんに会いに行くことを目標に動こう。
「おねえちゃん」
「ん? どうしたの」
「人が居る」
「え?」
アリィの言葉に、私は目を凝らしました。
するとそこに、確かに人が居たのです。
「あ……」
「「あ」」
その人と目があって、初めて会うけど。
その人の態度とか、目とかで混乱しているのが分かった。
「大丈夫……ですか?」
「え、ええ。大丈夫ではあるかな」
その人はお姉さんだった。
黒く可愛らしいドレス。でも、泥で濡れていて。
大人の人かと思ったけど、ナシャやアルまでは年上じゃない感じがした。
「――――」
お姉さんが近づいて来た時、私はふと、薔薇の匂いを感じた。
「おねえちゃん、名前を教えてなのだ」
「……名前」
そのお姉さんは困りながら、少し考えるように俯き。
頬を赤らめ。その頭に被っていた黒い帽子を触りながら。
「――おふぃーりあ、オフィーリア。私の名前は、オフィーリアって言うの」
オフィーリアと名乗ってくれたお姉さんは、
私の目でも分かるくらい。
何かを、隠している様に見えた。
――――。
数十分前。
ケニー視点
『さあ、始まりのファンファーレだ!!』
懐かしい声が聞こえた気がした。
あの声、人を嘲笑う趣味の悪い笑い声は。
「ドミニク……?」
「ケニー。知っているのか?」
「魔解放軍の、ドミニクだ!」
サリーは「まさか……」と俯き、
俺は恐怖に震えていた。
その声は多分だが、中央都市アリシア中に響いているアナウンスだった。
一体どんな手段を使ってアナウンスしているか分からないが。
とにかく、この場でドミニクからのアナウンスが聞こえると言う事は。
「――ドミニク・プレデター!!」
サリーは自分を鼓舞するように、そう一人でに剣を握りしめた。
七年と言う月日で一度しか正面で戦った事がない。
言い方を変えるなら、七年程かけなきゃ戦いを挑めない相手が、今目の前に来たのだ。
これはまたとないチャンス。そうサリーは判断した。
だが、次にドミニクが言った言葉で。
サリーの顔が、変わった。
『今から始まるゲームに強制参加してもらおう! アリシアに居る全人間よ!』
その男、ドミニク・プレデターが語り始めたそれは。
少なくとも、その場にいた四人よりも多い。
この都市全体に居る人間2万人程が、衝撃を受けた。
……は?
ちょっと待てよ。
それって、これから起こる事に、無関係の人間が巻き込まれる可能性があるのか?
『ここに、人魔騎士団と魔解放軍との、決戦の火蓋を切らせてもらう! その舞台作りに、まず始めるのは――!』
とにかく、気持ち悪い言葉だったと思う。
だがその言葉は。
やけに嬉しそうに、語られた。
『――死屍累々、殺戮享受! さあ、無差別殺し合い、バトルロワイヤルの始まりさあァ!』
始まりのファンファーレ。
その意味がやっと分かった。
今から始まるのは、正義とか悪とかそんなものじゃない。
――理不尽。圧倒的理不尽が2万人全ての人間に降りかかろうとしていたのだ。
「なに……抜かしてる?」
サリー・ドードは絶望顔でそう言った。
状況は、常に最悪。
………多分だが、全て仕組まれていたのだ。
どこからだろうかと言われると、最初からとしか言えない。
ここに魔解放軍が潜伏しているのも、噂を流したのもきっとあいつらだ。
自ら流して、俺たちをおびき寄せた。
そしてそこで。
――人類史上最悪最低の大虐殺を始める気だった。
「……趣味が悪すぎる……ッ!」
怒り。。
自分の顔をそれらの激情が染めていくのを理解した。
『逃げる手段はない! 外界から遮断する結界をつい先ほどアリシアを包む大きさで張り巡らせた』
『結界は内側から出ることは出来ない! 逆に、外側からも入る事は不可能だ!』
先ほど上空で起こった気象異常。
黒い幕が空を覆って、街の風景は黒い世界へと変貌した。
あれが、結界と言う事か?
『だがぁ! この死のバトルロワイヤルを止める手段はあるぞ人魔騎士団』
「……ッ?」
その希望とも取れる言葉に、俺とサリーは反応した。
こんな絶望的な状況を何とか出来る、止める事が出来る手段があると言われたのだ。
俺らは食いつくように空を見つめる。
『中央都市アリシア:中心エリア『アリシア像』に設置された純魔石を破壊する事で
結界を解除する事が出来る! だから、ここまで一直線に来るのもありだ。がぁ』
確かに、俺らが一直線に中央エリアへ進んで叩き込めば
この理不尽をすぐ終わらせる事が出来るかもしれない。
だが、多分だが、こいつらの性格上……。
『――守る物が多いと不便だよなぁ? 人魔騎士団ッ!』
そう簡単に、安々とやらせてくれる訳が無かった。
「ゲスッ……ゲスの極みがああぁ!」
サリーは握り拳を作り、眉間にしわを寄せて、唾を吐いて。
俺もだし、サリーもとにかく悔しかった。怒りだった。
だから、そう。
終わりの始まりがここで始まったのだ。
――――。
アルセーヌ視点。
『 既に撒いた種はいくつもある! 接触も果たしたメンバーもいる! 』
俺が路地で出会ったのは、とにかく巨大で禍々しい男だった。
不気味な歌を口ずさみながら、ゆらゆらと肩を大きく揺らし。
持っていた棍棒には、赤い血をべっとりと付けながら。
「下を向いて、歩こおよ……」
「おぉーいおい。そんな変な歌聞きたきゃねーよ」
――――。
ソーニャ視点。
『 熱い戦い、赤い戦いが勃発するだろう! 悲惨な結果になるかもしれない! だがぁ! 』
私たちが小さな広場であったのは、小柄な老人だった。
腰に携えた刀が良く見えて、その老人が座っていた場所は。
――人間の死体の山だった。
山の上で、老人は落ち着いた表情で瞑想をしていたのだ。
ふと、老人の小さな瞳が開かれると。
「子供が相手か、ホホ、面白くなりそうじゃ」
「……どなたか存じ上げませんが、是非道を開けて、そこからどいてほしいなのだ」
――――。
ナターシャ視点。
『 健闘を祈ろうじゃないか! そして轟かせようじゃないか! 魔解放軍の名を、ここで! 』
「俺はぁ、負けを知りてぇ!」
道のど真ん中で、両こぶしに血を纏った青年が喉を荒げ言葉を紡ぐ。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。あなたは?」
「近衛騎士団:第三部隊であります。もう大丈夫、後ろへ」
足を怪我したナターシャは、近衛騎士団と名乗る男に助けられた。
その男は、剣を握り、背筋を張ってから。
「勝負だ少年。手加減は要らないよな」
「俺に手加減ン? 舐められたもンじゃねぇか」
――――。
『さあ始まりだ! 始まり、終わり、そして始まる。魔解放軍の力を見せつける為にィ!』
こうして始まった『人類史上最悪最低の大虐殺』
各自の思惑が飛び交い。
衝突や殺戮が始まり。
北の街襲撃時よりも範囲が大きいそれに。
ケニー・ジャックは、どう立ち向かうのか。
『最後に、面白い事を教えてやるよ人魔騎士団』
全て語り終えて、楽しそうな演説も終盤へ差し掛かったと思った時だった。
サリーは既に地面に両手を付けている中。
追い打ちの様に、ドミニクは宣言した。
『人魔騎士団の中に居る人狼を、お前らは見つけられるかな?』
人狼。
=
人に紛れる狼。
つまり、要するに。
人魔騎士団の中に、裏切り者が居ると言う事だった。
――――。
ドミニク視点。
「お、お疲れ様でした……」
「お疲れ様? ――まだ終わってねーよ馬鹿」
その瞬間、奴隷の少女はドミニクに心臓を潰された。
「掃除しとけ」
「ひっ……は、はい」
中央都市アリシア:中央エリア『アリシア像』
歴史あるその場所で、男は祭壇から降りた。
手に付いた血を拭いながら、両目を閉じ、男は準備を始めた。
ドミニク・プレデター。
地位、幹部からリーダーへ移行。
魔解放軍リーダー・ドミニク・プレデター。
「リーダーってのは悪くないが、まだ功績を残せてないからか実感がないね」
「そうゆう物ですか? ドミニク様」
ドミニクが溜息を吐くと、近くに居た側近の女性が近づいてきてそう言った。
「まあそうだよアデラリッサ。僕は地位よりも、功績を生きがいとしているからね」
「ドミニク様が前リーダーを殺してからたったの一週間、
既にここまで大規模な作戦を考えていらっしゃった。それだけで十分功績ですよ」
「………」
「とても感服です。あなたについてきて良かった」
アデラリッサのその言葉に、ドミニクは微笑んだ。
ドミニクは魔解放軍前リーダーを、殺した。
どんな手段を使ったかは本人にしか分からない。
現在の魔解放軍のリーダーはドミニク・プレデター。
形で言えば、ドミニク・プレデターが魔解放軍を乗っ取ったと言い換えても間違えは無い。
まるで、大昔の『魔王グルドラベル』と同じように。
圧倒的実力、圧倒的精神掌握で現在の魔解放軍は形成されていた。
作戦は順調、そう高を括るドミニクだが。
一つ、気がかりな事があった。
「……不完全なオフィーリア」
「なんです? それ」
「昔、魔王様が作った兵器の名前さ。まあただ、不完全でね」
「不完全?」
「あぁ、現代の名前で言うなら――死神だね」
その言葉に、アデラリッサは「あぁ、例の」と呟いた。
「あれが不安要素だな。だが、昔の様には力を使えない筈だ」
不完全なオフィーリア。
その存在は、今。
――――。
ソーニャ視点。
ふと、老人の小さな瞳が開かれると。
「子供が相手か、ホホ、面白くなりそうじゃ」
「……どなたか存じ上げませんが、是非道を開けて、そこからどいてほしいなのだ」
アリィがそう強く言うと、老人は顔色を変えた。
音を出しながら地面へ降り。
私たちより小さいその老人は、刀を引き抜いた。
八十一話「始まりのファンファーレ」
余命まで【残り●▲■日】