「こんな事も出来ないのか」
ただただそう言われた。
嫌味もなく、意地悪でもなく、素でそう言われた。
そう言った親には悪意がなかったのも肌で感じていた。
「…………っ」
だけど、その時。
俺を見ながら平然とそう言ったことに。
俺はどうしようもない憤りを抱いた。
俺には兄が居た。
兄は優秀だった。
学校でも人気者で、生徒会をしており。
魔法も上級まで使え、勉強も出来て。
ルックスも最高で、女性人気も恐ろしかった。
兄は、親に似ていた。
親は完璧で、父はイケメンで母は美女と言われていた。
そんな人間なのに、感情を出さず、淡々と仕事を捌いていく。そのかっこよさ。
いわゆる、仕事人間と言うのだろうか。
家に帰ってくるのは深夜、仕事に出かけるのは早朝。
俺は親に必要な分だけ金を渡され。それでいつも一人で飯を食べていた。
一人一人一人。ずっと一人だった。
永遠に一人なのかと思うくらい。
ずっと一人だった。
だから俺は外で遊んだ。変な友達とつるんだりしていた。
一人の寂しさを何とかしようとした。
距離的にも技能的にも親と差があったから、俺は孤独だった。
だけど、外へ行く度に、親との距離が離れていった。
――――。
「よぉ、サヤカ」
「…………」
朝日が昇りそうな時だった。
遠くの方から感じる存在感が目に写って。
その白髪が妙に目に焼き付いた。
思ったより、早く追いつかれたことに驚きつつ。
俺はサヤカに話しかけた。
「何しに来たんだよ」
「仲直りしに来た」
「仲直り出来ると思ってるの?」
「うん」
……出会った頃と今も、こいつは同じことしか言わねぇ。
能天気なのも昔からだし、俺が思っている事の180度先の思考をする。
それが当たり前なんて言わせない。
人間はみんなネガティブなんだ。
「俺と友達してても、楽しくないだろ」
「ううん。楽しいよ」
「……俺に殴られても、楽しくないだろ」
「痛いけど、それくらいどうってこと無いよ」
「……俺がおかしくなっても、お前は」
「ボクはトニーの友達だ。それは絶対」
「……」
黙れよ。
うるさいんだよ。
何も知らないくせに。歩み寄るなよ。
お前の声なんて聞きたくないんだ。
お前の、声なんて……。
【トニー、あまりうちのサヤカをいじめるな。気持ちはわかるが、感情のストッパーを持つべきだぞ】
…………。
……あれ、どうして俺はこんなに怒ってるんだろう。
どうして俺はこんなにムカムカするんだろう。
俺の胸にあるこれは。
どうしてサヤカに向かっているのだろう。
「………」
「トニー?」
俺は、何がしたいんだろう。
俺はどうしたかったんだろう。
俺は……ここで何してるんだ。
分からない。
自分が、分からない。
俺は何をしているんだ。
何をしでかしているんだ!?
俺は、サヤカとどうして喧嘩しているんだ。
「……サヤカ」
「ん。なに?」
「……俺は、俺が分からない」
「……?」
「だから、俺は一人になる」
「…………」
「一人のほうがいいんだ。誰も傷つけずにすむなら、それでいいんだ」
俺は、一歩ずつ下がる。
サヤカと距離を取るように、重い全身を動かす。
サヤカの目を見ながら、どんどん距離を取った。
「今までありがとうな、サヤカ」
「…………」
俺は走り出した。
走った。
走って走って。
なんだかおかしな気持ちになった。
心の中から、何かが溢れてきそうになった。
胸が苦しかった。
だけど俺は、丘を全力疾走した。
「あ。んだこれ」
目の前がぼやけた。
熱かった。
泣いていた。
あぁ、俺は馬鹿かって思った。
そして、次の瞬間。
「そんな感動の別れみたいなの、ボクがやらせると思った?」
遠くから聞こえた大声だった。
だけど、その瞬間。
「あッ!!」
地面が泥のように溶けて、俺の右足が埋まった。
抜けようとしても抜けれなくて、その間に白髪の少年はゆっくりと歩いてきて。
俺の目の前に立った。
「……お前、最初からこれ出来たろ」
「出来たけど、トニーを止めようか迷っちゃって」
「全く、能天気なのか、馬鹿なのか」
「じゃあポジティブって事で」
「……はぁ、それでいいよ」
……どうして俺は普通に会話しているのだろうか。
どうしてサヤカに止められて、笑っているんだろう。
嬉しいのか?
そんな馬鹿な。
そんなの、俺じゃないだろ。
俺は、俺は。
「ね、トニー」
「………なんだ」
「プレゼントがあるんだけど、要る?」
「この場面でプレゼントかよ」
「要らない?」
「……」
サヤカは意地悪に笑う。
どうせこいつは、俺にプレゼントを渡すまで出してくれなそうだな。
「何だよ。皮肉ならいらねぇぞ」
「いいからいいから」
そう言うサヤカはウキウキしながら俺を泥から助け。
一つの箱を俺に渡した。
「昨日、マルを拾う前に街で買ってきたんだ」
「なんだこれ」
やけに長細い箱だった。
その藍色の箱を差し出して、サヤカは言った。
「開けてみて」
反応が楽しみそうな表情だ。
こいつ、俺で楽しんでやがるな。
俺は腕を使い。その箱を開いた。
その箱は硬かった。
あ、硬いじゃ伝わらないかもしれないが。
要は高級感があったという事だ。
そのまま、俺は箱の蓋を引っ張る。
すると、中には。
「……これは」
一言で言おう。
これは杖だ。
「本に書いてあったんだ」
そう切り出したのはサヤカだ。
俺と目を合わせず、下を向いたまま言う。
「杖に魔力を通す時、人によって通し方に癖がある。杖はその魔力の流れ方を覚えて、その人に使いやすい杖になるんだ」
「………」
「だから、別の人が使ってた杖を使うのは。魔力制御もそうだし、魔法を使うのにも向いていない」
そうなのか?
知らなかったな。
「……この杖」
「いいでしょ。ボクとお揃いなんだ」
「あぁ、いいな」
白い芯に黒色の持ち手。
一瞬サヤカの杖かと思ったけど、持ち手の形が微妙の違う。
ん。待ってくれ、つまり。
「何の癖もないその新品の杖なら。魔力制御が出来るかもしれない」
「………」
「試す?」
「あぁ、頼んでもいいか?」
その時の俺は驚いていた。
さっきまでのムカムカが無くなって。
俺は普通に、サヤカにそうお願いしていたからだ。
なんだか、俺は恥ずかしくなってきた。
だけどこいつの事だ、俺をおちょくって楽しんでいるのだろう。
サヤカは俺の後ろに立った。
俺は両手を杖に添える。
そして、俺は何日もやっていた集中を。
もう一度、目を瞑りながら行った。
「――――」
胸の内で、暴れているものがある。
それを掴もうとすると手がすり抜けて。
幾度となく暴走していた。
杖を通してからは暴走することが無くなったが。
その暴れているものは、杖を通るだけで制御出来なかった。
暴れていると、わかる。
わかるけど、それは感覚として感じているだけで。
実際に触れているわけじゃない。
「――――」
だけど、今回は違った。
波があった。
杖を通る波があった。
そしてそれを、俺は既に握っていた。
「トニー、ボクに続けて」
「え、は?」
サヤカが後ろでそう言う。
何をするのか分からないけど、俺は身を任せた。
「世界のマナよ」
「せ、世界のまなよ」
杖に波が集まった。
目をつむっていたから分からなかったけど、多分杖は光ってた。
魔力が粒になって。杖に集まっていた。
「美しい世界を作り出し!」
「美しい世界をつくり出し!!」
何か、力がみなぎっていた。
俺の手に、力が集まってきた。
なんだか暖かかった。
サヤカが俺の背中に密着してるからとかじゃなく。
ただただ、俺の胸が暖かかった。
「ボクらに、永久の友情を与え給え!!」
「え、は!?」
「ほら。早く言って」
「いや、恥ずかしいって!!」
「言わなきゃ魔法使えないよ」
「え、これ魔法使ってんの!?」
「いいから!!!」
そのサヤカの強引さに思わず混乱しながら。
俺は心のなかで。
……あぁ、もうどうとでもなれ。
「俺らに、永久の友情を与え給え!!!!!」
――天地一変。豪華絢爛。
「――【魔法】ザ・ユニバース」
「――【魔法】ザ・ユニバース」
何かが発散された気がした。
杖に収束していた魔力が広がったのだろうか。
すると、サヤカが「目を開けて」と耳打ちしてきた。
だから、俺は目を開いた。
「……すっげ」
それは、美しい以外出てこない物だった。
朝日に照らされながら、小さな魔力の粒が空中に浮いていた。
あれは魔法とかじゃなくって、多分魔力を可視化して飛ばしただけだ。
何の属性もなく、何の効果もない。
だけど、ただただ綺麗だった。
美しかった。
眩しかった。
世界だった。
「……魔法って、楽しいな」
「わかる。ボクも最初は同じ事を言ったよ」
俺はその魔力の粒が消えるまで待って。
もう一度杖を上に掲げた。
今度はサヤカの手を借りず。俺自信の力で。
そして、俺は叫んだ。
「世界のマナよ!!! 風を起こし、ささやかな加護を起こし給え!!!!」
その魔法は、サヤカが最初に成功した魔法であり。
俺の暴走を止める時に使ってくれた魔法だ。
「――――」
腕に力が集まっていくのがわかる。
杖に魔力が流れて、美しい曲線を描いているのがわかる。
――詠唱。
魔力を練り、集め、放つ。
そのプロセスを、この詠唱が補ってくれるのだ。
杖に集まっていく未知の感覚を解き放つように、俺は叫びながら杖を思いっきり掲げた。
「――【魔法】ブリーズ!!!!」
刹那、風によって草木が揺れて、トニーの周りの草があまりの突風に剥げた。
風魔法ブリーズは、魔力の放出量によって威力が変わる。
だが、これは純粋な魔力量の強さじゃなかった。
トニーは、風魔法の素質があったのだ。
その日、トニーは。
初めて魔法を、楽しいと思った。
余命まで【残り296日】