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十九話「魔法の美しさ」



「こんな事も出来ないのか」


 ただただそう言われた。

 嫌味もなく、意地悪でもなく、素でそう言われた。

 そう言った親には悪意がなかったのも肌で感じていた。


「…………っ」


 だけど、その時。

 俺を見ながら平然とそう言ったことに。

 俺はどうしようもない憤りを抱いた。


 俺には兄が居た。

 兄は優秀だった。

 学校でも人気者で、生徒会をしており。

 魔法も上級まで使え、勉強も出来て。

 ルックスも最高で、女性人気も恐ろしかった。


 兄は、親に似ていた。

 親は完璧で、父はイケメンで母は美女と言われていた。

 そんな人間なのに、感情を出さず、淡々と仕事を捌いていく。そのかっこよさ。

 いわゆる、仕事人間と言うのだろうか。

 家に帰ってくるのは深夜、仕事に出かけるのは早朝。

 俺は親に必要な分だけ金を渡され。それでいつも一人で飯を食べていた。


 一人一人一人。ずっと一人だった。

 永遠に一人なのかと思うくらい。

 ずっと一人だった。


 だから俺は外で遊んだ。変な友達とつるんだりしていた。

 一人の寂しさを何とかしようとした。

 距離的にも技能的にも親と差があったから、俺は孤独だった。

 だけど、外へ行く度に、親との距離が離れていった。



――――。



「よぉ、サヤカ」

「…………」


 朝日が昇りそうな時だった。

 遠くの方から感じる存在感が目に写って。

 その白髪が妙に目に焼き付いた。

 思ったより、早く追いつかれたことに驚きつつ。

 俺はサヤカに話しかけた。


「何しに来たんだよ」

「仲直りしに来た」

「仲直り出来ると思ってるの?」

「うん」


 ……出会った頃と今も、こいつは同じことしか言わねぇ。

 能天気なのも昔からだし、俺が思っている事の180度先の思考をする。

 それが当たり前なんて言わせない。

 人間はみんなネガティブなんだ。


「俺と友達してても、楽しくないだろ」

「ううん。楽しいよ」

「……俺に殴られても、楽しくないだろ」

「痛いけど、それくらいどうってこと無いよ」

「……俺がおかしくなっても、お前は」

「ボクはトニーの友達だ。それは絶対」

「……」


 黙れよ。

 うるさいんだよ。

 何も知らないくせに。歩み寄るなよ。

 お前の声なんて聞きたくないんだ。

 お前の、声なんて……。


【トニー、あまりうちのサヤカをいじめるな。気持ちはわかるが、感情のストッパーを持つべきだぞ】


 …………。


 ……あれ、どうして俺はこんなに怒ってるんだろう。

 どうして俺はこんなにムカムカするんだろう。

 俺の胸にあるこれは。

 どうしてサヤカに向かっているのだろう。


「………」

「トニー?」


 俺は、何がしたいんだろう。

 俺はどうしたかったんだろう。

 俺は……ここで何してるんだ。


 分からない。

 自分が、分からない。

 俺は何をしているんだ。

 何をしでかしているんだ!?

 俺は、サヤカとどうして喧嘩しているんだ。


「……サヤカ」

「ん。なに?」

「……俺は、俺が分からない」

「……?」

「だから、俺は一人になる」

「…………」

「一人のほうがいいんだ。誰も傷つけずにすむなら、それでいいんだ」


 俺は、一歩ずつ下がる。

 サヤカと距離を取るように、重い全身を動かす。

 サヤカの目を見ながら、どんどん距離を取った。


「今までありがとうな、サヤカ」

「…………」


 俺は走り出した。

 走った。

 走って走って。

 なんだかおかしな気持ちになった。

 心の中から、何かが溢れてきそうになった。

 胸が苦しかった。

 だけど俺は、丘を全力疾走した。


「あ。んだこれ」


 目の前がぼやけた。

 熱かった。

 泣いていた。

 あぁ、俺は馬鹿かって思った。


 そして、次の瞬間。


「そんな感動の別れみたいなの、ボクがやらせると思った?」


 遠くから聞こえた大声だった。

 だけど、その瞬間。


「あッ!!」


 地面が泥のように溶けて、俺の右足が埋まった。

 抜けようとしても抜けれなくて、その間に白髪の少年はゆっくりと歩いてきて。

 俺の目の前に立った。


「……お前、最初からこれ出来たろ」

「出来たけど、トニーを止めようか迷っちゃって」

「全く、能天気なのか、馬鹿なのか」

「じゃあポジティブって事で」

「……はぁ、それでいいよ」


 ……どうして俺は普通に会話しているのだろうか。

 どうしてサヤカに止められて、笑っているんだろう。

 嬉しいのか?

 そんな馬鹿な。

 そんなの、俺じゃないだろ。

 俺は、俺は。


「ね、トニー」

「………なんだ」

「プレゼントがあるんだけど、要る?」

「この場面でプレゼントかよ」

「要らない?」

「……」


 サヤカは意地悪に笑う。

 どうせこいつは、俺にプレゼントを渡すまで出してくれなそうだな。


「何だよ。皮肉ならいらねぇぞ」

「いいからいいから」


 そう言うサヤカはウキウキしながら俺を泥から助け。

 一つの箱を俺に渡した。


「昨日、マルを拾う前に街で買ってきたんだ」

「なんだこれ」


 やけに長細い箱だった。

 その藍色の箱を差し出して、サヤカは言った。


「開けてみて」


 反応が楽しみそうな表情だ。

 こいつ、俺で楽しんでやがるな。


 俺は腕を使い。その箱を開いた。

 その箱は硬かった。

 あ、硬いじゃ伝わらないかもしれないが。

 要は高級感があったという事だ。

 そのまま、俺は箱の蓋を引っ張る。

 すると、中には。


「……これは」


 一言で言おう。

 これは杖だ。


「本に書いてあったんだ」


 そう切り出したのはサヤカだ。

 俺と目を合わせず、下を向いたまま言う。


「杖に魔力を通す時、人によって通し方に癖がある。杖はその魔力の流れ方を覚えて、その人に使いやすい杖になるんだ」

「………」

「だから、別の人が使ってた杖を使うのは。魔力制御もそうだし、魔法を使うのにも向いていない」


 そうなのか?

 知らなかったな。


「……この杖」

「いいでしょ。ボクとお揃いなんだ」

「あぁ、いいな」


 白い芯に黒色の持ち手。

 一瞬サヤカの杖かと思ったけど、持ち手の形が微妙の違う。

 ん。待ってくれ、つまり。


「何の癖もないその新品の杖なら。魔力制御が出来るかもしれない」

「………」

「試す?」

「あぁ、頼んでもいいか?」


 その時の俺は驚いていた。

 さっきまでのムカムカが無くなって。

 俺は普通に、サヤカにそうお願いしていたからだ。


 なんだか、俺は恥ずかしくなってきた。

 だけどこいつの事だ、俺をおちょくって楽しんでいるのだろう。


 サヤカは俺の後ろに立った。

 俺は両手を杖に添える。

 そして、俺は何日もやっていた集中を。

 もう一度、目を瞑りながら行った。


「――――」


 胸の内で、暴れているものがある。

 それを掴もうとすると手がすり抜けて。

 幾度となく暴走していた。

 杖を通してからは暴走することが無くなったが。

 その暴れているものは、杖を通るだけで制御出来なかった。

 暴れていると、わかる。

 わかるけど、それは感覚として感じているだけで。

 実際に触れているわけじゃない。


「――――」


 だけど、今回は違った。

 波があった。

 杖を通る波があった。

 そしてそれを、俺は既に握っていた。


「トニー、ボクに続けて」

「え、は?」


 サヤカが後ろでそう言う。

 何をするのか分からないけど、俺は身を任せた。


「世界のマナよ」

「せ、世界のまなよ」


 杖に波が集まった。

 目をつむっていたから分からなかったけど、多分杖は光ってた。

 魔力が粒になって。杖に集まっていた。


「美しい世界を作り出し!」

「美しい世界をつくり出し!!」


 何か、力がみなぎっていた。

 俺の手に、力が集まってきた。

 なんだか暖かかった。

 サヤカが俺の背中に密着してるからとかじゃなく。

 ただただ、俺の胸が暖かかった。


「ボクらに、永久の友情を与え給え!!」

「え、は!?」

「ほら。早く言って」

「いや、恥ずかしいって!!」

「言わなきゃ魔法使えないよ」

「え、これ魔法使ってんの!?」

「いいから!!!」


 そのサヤカの強引さに思わず混乱しながら。

 俺は心のなかで。

 ……あぁ、もうどうとでもなれ。



「俺らに、永久の友情を与え給え!!!!!」



 ――天地一変。豪華絢爛。



「――【魔法】ザ・ユニバース」

「――【魔法】ザ・ユニバース」


 何かが発散された気がした。

 杖に収束していた魔力が広がったのだろうか。

 すると、サヤカが「目を開けて」と耳打ちしてきた。

 だから、俺は目を開いた。


「……すっげ」


 それは、美しい以外出てこない物だった。

 朝日に照らされながら、小さな魔力の粒が空中に浮いていた。

 あれは魔法とかじゃなくって、多分魔力を可視化して飛ばしただけだ。

 何の属性もなく、何の効果もない。

 だけど、ただただ綺麗だった。

 美しかった。

 眩しかった。

 世界だった。


「……魔法って、楽しいな」

「わかる。ボクも最初は同じ事を言ったよ」


 俺はその魔力の粒が消えるまで待って。

 もう一度杖を上に掲げた。

 今度はサヤカの手を借りず。俺自信の力で。

 そして、俺は叫んだ。


「世界のマナよ!!! 風を起こし、ささやかな加護を起こし給え!!!!」


 その魔法は、サヤカが最初に成功した魔法であり。

 俺の暴走を止める時に使ってくれた魔法だ。


「――――」


 腕に力が集まっていくのがわかる。

 杖に魔力が流れて、美しい曲線を描いているのがわかる。


 ――詠唱。

 魔力を練り、集め、放つ。

 そのプロセスを、この詠唱が補ってくれるのだ。


 杖に集まっていく未知の感覚を解き放つように、俺は叫びながら杖を思いっきり掲げた。




「――【魔法】ブリーズ!!!!」




 刹那、風によって草木が揺れて、トニーの周りの草があまりの突風に剥げた。

 風魔法ブリーズは、魔力の放出量によって威力が変わる。

 だが、これは純粋な魔力量の強さじゃなかった。

 トニーは、風魔法の素質があったのだ。


 その日、トニーは。

 初めて魔法を、楽しいと思った。




 余命まで【残り296日】









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