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十八話「喧嘩」



 さて、今日と昨日の出来事を俺の口から説明してやろう。

 昨日、サヤカはトニーのちょっとした嫌味で傷ついた。

 だから今日はサヤカの気分転換とし、俺はトニーの魔力制御の訓練を変わりにやっていたのだが。


「……ちっ」

「どんまいどんまい。そんなもんだよ」


 正直に言おう。

 こいつは才能が無いと思う。

 別に魔法の才能が無いわけではなく、魔力制御の才が無い。

 皆無だ。

 本当に皆無だ。

 だが、比べるのは良くない。

 普通に考えてみれば、サヤカが異常だったのだ。

 これくらいが普通、これくらいが丁度いいのかもしれない。


「もう日が落ちてきたな、サヤカが帰ってくる前に飯を作るよ」

「あいよ。勿論肉だよな?」

「あったりまえよ。サヤカが喜ぶからな」

「だよな、同感だ」


 相変わらずと言うか似ているというのか。

 俺とトニーは波長が合うのだ。

 憎まれ口が似ているからか、性格が似ているからかわからないが。

 同じ、サヤカを大好きな同士、仲良くやっている。


 あと、こいつは別にサヤカが嫌いなわけじゃないそうだ。

 俺の目には、サヤカを気遣う姿が見て取れた。

 多分、まだ感情とか、そうゆうのを人のぶつけてしまうのだろう。

 ま、それは人間誰しもある状態だし。いずれ治るだろう。


「……だがなトニー」

「なんだいきなり。一人ナレーションから突然話しかけてくるなよ」

「どうしてナレーションしてるってわかったんだよ。エスパーか、異能者か」

「お前は本を読みすぎだよばーか」

「……エレメントスは?」

「――絶対負けない。これで満足か」


 トニーはぷいっとそっぽを向きながら、机にお皿を並べ始める。

 この会話内容でわかるかもしれないが、俺もトニーも実は本が大好きだ。

 最近はサヤカにも本を読ませているが、まさかエレメントスと言う本のネタで掛け合いが出来るとは。

 至高の幸せだ。


「だがなトニー、あまりうちのサヤカをいじめるな。気持ちはわかるが、感情のストッパーを持つべきだぞ」

「……あぁ、そうだな」


 難しい事なのはわかる。

 意識して出来ることだとも思わない。

 経験をしてほしいのだ。

 経験、体験で、人は変わる。

 だから、わかってほしい。

 意識しても出来ないと決めつけるんではなく、やらない努力くらいはしてほしい。


「サヤカに謝れよ、それだけでサヤカは喜ぶ」

「………わあってるよ」


 トニーだって、本当はサヤカと喧嘩なんてしたくないだろう。

 今日の凹み具合でわかる。

 これを気に、学んでほしい所だ。



 それから数時間後、サヤカが一匹のネコと共に帰宅した。

 トニーはたまたま裏手に薪を取りに行っていたから居なかったが。

 まぁそれはいいだろう。


「置いてきなさい」

「いやです」


 ……さてと、どうしたものか。

 ネコ自体はいい。

 だが、なんかわからないのだ。

 俺は実は、ネコが苦手だ。

 情緒がわからないし、引っ掻くし、感情が読めない。

 おいサヤカ、そんな風にネコを撫でるな、ネコパンチされるぞ。

 おいサヤカ、どうしてそんな普通にネコを抱きかかえているんだ。

 そのふてぶてしいネコの態度を見てみろ。人間を舐めきっている目だ。

 あいつは、人を殺る目をしていやがるぜ!


「しゃーーー!!」

「……何してるんですかご主人さま」

「……ネコ相手の挨拶だよ」

「そうなんですか?今度から真似しますね」

「嘘だ冗談だ」

「ですよね」


 サヤカが小さく笑う。

 何だか困っているようにも見えるが、まぁ笑い話に出来たから良いだろう。

 その場でサヤカは、ネコの名前をマルと命名した。

 個人的だが、そんな名前よりもっと恐ろしい名前のほうがあっていると思うのだがな。

 例えば、『バーサーニャー』とか『アンブレキャット』とか。

 ……まぁ、サヤカが気に入っているならマルで良いか。

 だが、俺がマルと分かり会える日なんて、永遠に来ないだろうがな!!


「………」


 あ、なんだその目は。

 マルよ、俺を舐めているのか?


「…………」


 するとサヤカが気を利かせたのか勘違いをしたのか。

 マルをはいっと渡してきた。

 否定する事も出来たが、まぁ受け取っておこうとマルを抱きかかえる。

 …………。

 ふむ、ふてぶてしい態度だな。

 ふわふわしてる。

 ここらへんの曲線、いいな。

 ん、柔らかい。

 あ、ここを撫でると。


「ごろごろにゃ~」

「かわいいな」

「ですよね」


 ケニーがネコ堕ちするまでの時間。

 わずか、一分!!!!!



――――。



 その後、薪を取りに行っていたトニーにネコを抱かせ。

 無事、ネコ堕ちを果たしたトニーを座らせ夜ご飯を食べ始めた。

 マルのおかげか、サヤカは笑顔で笑っており。

 トニーもマルのおかげか、何かワクワクしていた。

 俺もマルのおかげか、マルを神格化していこうと思った。

 これだけの短時間で家を掌握するとは、ネコ、恐るべし。


「どうだ、肉は美味いか」

「美味しい!!」


 サヤカは肉を食べながら笑顔で言う。


「実はその肉、小さく切ったのはトニーだったりするんだよ」

「え?トニーがやってくれたの?」


 と、サヤカはトニーに視線を送る。

 トニー、刮目せよ。これがサヤカのハイテンションな笑顔だ。

 かわいいじゃろ。


「……うん」

「ありがとうね。トニー」

「…………」


 分かりやすく照れているな。

 こいつはかわいいぜ。

 トニー坊主も、もっとサヤカみたいに正直になれば良いんだがな。

 あ、でも言うてサヤカはトニーと居る時。あまりべったりじゃないんだっけか。


「ねぇトニー」

「ん?なんだ」


 サヤカが嬉しそうに言う。

 うっきうっきのまま、サヤカはトニーに目線を流して。


「今日ね、一人で魔法を特訓してたんだけどね」


 ――その瞬間、トニーの顔色が変わった。


「…………」

「今、うちでは畑を作ろうとしてるんだ」

「…………」

「だからね、畑を作る時。一緒にやらない?」


 静寂。

 空気が固まった。

 トニーの顔がどんどんと真顔になって。

 サヤカはそれに気づかず、ニッコリしていた。

 だけど、俺は気づいていた。

 多分だけど、サヤカは自分が何をしたのか気づいていない。

 トニーはサヤカに嫉妬をしていたんだ。

 それは別にいい、俺も嫉妬をする。

 だけどその制御が……。


「――――」


 サヤカはきっと、悪意なんてない。

 ただ、嫉妬の理解が無かったのだ。

 サヤカはただ、トニーと一緒に畑仕事をしたかったんだと思う。

 その事を帰り道で思い描いて、楽しそうに帰ってきたのかもしれない。

 だけど、今、それを言うべきじゃなかった。

 トニーの顔が、どこか苛つきを覚えた顔になった。

 そして、口を尖らせて。


「もう、比べられるのはうんざりだ――っ!!」

「……え――ぅ?」


 その瞬間、サヤカが飛んできた。

 もう一度言おう、サヤカが飛んできたのだ。

 サヤカが背中から飛ばされてきた。

 その鈍い音が部屋に響いた。

 殴られた音だ。

 状況を理解するのに時間がかかった。

 トニーが、サヤカに、手を出したのだ。


 大きな音と共に、俺は背中を打った。

 そこからは、俺の意識が朦朧としていた。

 これは、子供の喧嘩だと理解した。

 そんな小さな事で怒ってしまったトニーと、

 自分が飛ばされた事に怒りを覚えたサヤカ。

 いいや、もしかしたら、トニーからしたら小さな事では無かったのかもしれない。


 朦朧とした意識の中で、二人は取っ組み合っていた。

 「ふざけるな」「ばかにしてるんだろ」

 「ボクはどうして」「なにも悪いことをしていないのに」

 小さく頭に入ってくるその言葉は、どっちが発したのか分からなかった。

 ただ一つ、サヤカが俺の事を忘れたように躍起になっていた。

 怒っていた。

 本気で、激怒していたのだ。

 そんなサヤカを見て、泣きながらトニーの髪の毛を引っ張るサヤカを見て。

 俺は、少しだけ怖くなった。


「………」


 しばらくすると、静寂が訪れた。

 静かな中で、一筋の声がした。

 小さな影と、大きな影が目の前に立って。


「――『ヒール』」

「あ……っぐはぁ!」


 ヒールと言う光と共に、俺の意識は舞い戻った。

 だが、その衝撃で胸奥から何かが飛び出しそうになり。


「ご主人さま!?」

「かはっぁ………だ、大丈夫だ。トニーは?」

「…………」


 体を起こすと、そこの有様は酷かった。

 机はひっくり返り、照明は割れて、お肉が壁に張り付いていた。

 俺の腹の上にはマルが寝転がっており。

 心配そうな目を向けてきていた。


 そしてサヤカだ。

 きっと、自分でヒールを掛けたのだろうが。

 よく見ると、所々ヒールを出来ていなく。傷が出ている。

 激しい攻防だったのだろうか。


「サヤカ、トニーはどこに行った」


 今のトニーを放っておくのは危ない。

 魔力制御もまともに出来ていないんだ。どこかで暴走してしまったら……。


「家から出ていきました。もう、あんなやつ。知りません」

「……サヤカ?」

「ボクはもう、友達なんて作らない……」


 それは、子供の短絡的思想に基づいているのだろう。

 深く考えず、ありのまま、その気持ちを口にしているのだろう。

 サヤカは、泣き跡があった。

 泣いたのだ。

 泣いていたのだ。

 泣きながら殴っていたのかもしれない。

 なんだか、サヤカが泣いているのを見ると傷つくな。


「そんな事を言うなよ」

「だって、ボク何も悪いことしてないのに……」

「言いたいことはわかる。だけど、友達ならこうゆう終わり方は良くない」

「……だって」

「気持ちはわかる。わかるけど、そこで耐えて、あいつに教えてやるんだよ」

「…………だって」

「サヤカ」

「――だってぇ!!!!」


 ……。

 その時、初めて、サヤカが怒った。

 俺に向かって、感情をぶつけた。

 初めてだった。

 なんだか、新鮮な気持ちになった。


「サヤカ、冷静になれ」

「…………」

「お前は、どうしたいんだ」

「……」

「…………」

「……トニーと、笑いたいです」

「だよな」


 一時期の感情で、人との溝を作ってはいけない。

 体を怒りに任せると、いいことが絶対に無いんだ。

 それで終わってしまった友情は、それ以降は呪いとなり。

 その二人を永遠に蝕む後悔となる。

 それを正すのも、親だと思っている。

 だから、人一番賢いサヤカに問いかけてみた。

 案の定、賢いサヤカはすぐに頭を冷やした。


「どうするんだ。サヤカ」

「………」


 その目は、やる奴の目だった。

 勢いよく顔を上げると――。


「トニーに会いに行きます」


 あぁ、そうゆうとこ、最高だぜサヤカ。

 それで成長していけ。

 生きて行け。

 お前は間違えるんじゃねぇぞ。



――――。



「あぁ、俺はまたやっちまったのかぁ」



 そうトニーは自嘲気味に笑った。

 俺はまた、サヤカを傷つけてしまった。

 もう朝日が昇ってきやがった。

 俺はあれからどこかわからない方向へ走った。

 走って走って、気づいたらこの灯台の下にいる。

 灯台下暗しってか。あはは。


 と、俺は。

 重い頭を灯台の壁に向ける。

 ざらざらとした石壁、途中から崩れてたり苔が生えてたり。。

 この古びた灯台が、俺の心を表している気がするぜ。


 ……俺はぁ、ただ、比べられたくなかったんだ。


『――こんな事も、出来ないのか』


 それが親の口癖だった。

 出来ないやつと決めつけられて。

 俺は苦しかった。


 ……どうすればよかったのだろうか。

 サヤカを、また傷つけてしまった。



 俺は、もう、後戻り出来ない。





 余命まで【残り296日】


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