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十七話「魔法訓練 is サヤカ」



 その日はご主人さまから休暇を貰った。


「………」


 昨日、トニーに言われた言葉がずっと頭に残っていた。

 どうしてそんな事を言われたのか、わかっていた。

 明白だ。ボクはトニーから見て、”出来る”奴なのだ。

 出来る奴が、出来ない奴を見て頭を悩ませる。

 複雑な感情なのだろう。

 トニーなら、侮辱でもされているのかと思うのだろうか。

 これはボクの言葉足らずさが良くなかった。

 不機嫌な状態のトニーにその言葉を言うボクも良くなかったし。

 トニーも良くないと思う。


「…………」


 思うけど、

 どうしてボクが、

 トニーにそんな事を言われなきゃ行けないんだ。

 正直に言ってイライラする。

 そんな意地悪なことを言うトニーが分からなくって。

 感情の制御なんて、まだ子供だから出来なかった。


「ここらへんで良いかな」


 さて、家から少し離れた丘へやって来た。

 ここで僕は、自分なりのストレス発散をしようと思う。


「よいしょ」


 ボクは持ってきた一冊の本を開き。

 適当な草むらに移動する。

 そこで杖を出し、杖を草むらに向け。

 その呪文を唱えてみる。


「世界のマナよ、小さな命に進化の加護を与えよ」


 温かい光が杖に集まり、それが小さな雫になると同時に。


「――【魔法】デヴェロプ」


 水滴が落ちるように、その草むらに雫が落ちる。

 すると、見る見るとするうちに草は成長を始め。

 気づけば、ボクの身長と変わらないくらい大きくなった。


 成功だ。


 この魔法は、作物の成長を急促進させる魔法だ。

 使うと、籠めた魔力量によってその植物は成長する。

 だが、籠める魔力量の調整が難しいため、ボクはここで感覚を掴むために来た。


 主に、この魔法を使う時はうちに畑ができたときだ。

 だけど、急成長するからと言って鮮度が良いわけ無く。

 じっくり、栄養分として魔法を使ったほうが美味しい野菜を作れるらしい。

 なので、毎日同じ出力を維持しながら、魔法を掛け続ければ美味しい鮮度のいい野菜が完成すると書いてあった。


「もう一回」


 別の草むらに移動し、ボクは魔力を籠める。

 今度はイメージを鮮明に、魔力量を抑えてから。


「――【魔法】デヴェロプ」


 草むらは成長を始める。

 だけど、それは少量の成長であり。

 特に変化もなさそうに見える。


「魔力調整は完璧かな?」


 今日ここに来て、やりたかった事が一つ終わってしまった。

 これは想定外だ。

 まぁ別に良いか。

 次の魔法に行こう。


「ええっと、ここらへんで良いかな」


 ボクはその足で、またまた少し離れた丘に来た。

 ここならあまり被害が出なさそうだなって思ったからだ。

 ボクは杖を上に構えて、両手を添えた。


「世界のマナよ、大気の熱量を奪い、その姿を、変え給え!!!」


 直後、夏の大気は凍えるほどの温度まで落ちた。

 空気が重くなるのを感じる。

 そして、空気中に現れたのは――。


「――【魔法】アイス・ストーム!!」


 大気に少しだけ飛んでいる水分から熱を奪い、温度を変え。

 その水分を一箇所に集合させる。

 すると見る見ると生まれる氷の塊が大気に現れ。

 それをボクは、発射した。


「――――っ!!!」


 恐ろしい轟音に思わず自分でびっくりした。

 「ひえ」って声が出るくらいにびっくりした。

 丘の地形が一部だけ潰れていた。

 発射した氷塊はすぐに溶け、穴の中には大量の水が入っていた。

 成功、ではあるけど。


「……これは危ないなぁ」


 何かの攻撃手段になると思って試したんだけど、威力がすごい。

 もっと調整出来るかもだけど、まだボクには難しいかな……。

 水分を一箇所に集めるのも集中力がいるし、温度を奪うだけでも一苦労だ。

 集中力を切らすだけで、失敗してしまう。

 普段遣いも悪いので、知識として知っておこうと思う。


 そこからボクは、色んな魔法を試して見た。


「――【連鎖魔法】熱霧」


 水霧の別バージョン熱霧。

 水霧は水を使った霧を作り出す魔法なのだが、熱霧は連鎖魔法だ。

 手順で言うと『その一・足元付近の空気中にある水分の温度を上げる』

 『その二・そこに冷たい水をぶつけ、暑い水蒸気を生み出す』

 これが熱霧の工程だ。

 主に水霧と違うのは、冷たいか熱いかの違いだ。

 熱いほうが、敵にストレスなのかなって思った。

 まぁ、使える場面なんてなさそうだけどね。


「――【連鎖魔法】砂嵐」


 これは説明いらないかな。

 風を起こし、そこに砂を乗せるだけ。

 簡単な魔法だけど、敵の目潰しに使える。

 まぁ、これも使える場面なんてなさそうだなぁ。


 だけど、ご主人さまが言っていた。

 『もしサヤカに何かがあった時、自分で身を守れるようにしなさい』と。

 その一環として結構攻撃的な魔法を研究している。

 使う機会なんてないと思うけどね。

 まぁ、ご主人さまが言うなら気をつけたほうが良いのだろう。


「うーん。あまり攻撃的な魔法は嫌なんだよなぁ」


 ボクだってそんなに鬼じゃない。

 お花は出来るだけ踏まないスタイルで生きているからだ。


「……まぁ、持ってるだけで悪いことはないからいいや」


 魔法は持っているほど強い。

 別に強くなりたいわけじゃないけど、好きなものはいくらでも学びたい。

 ボクはご主人さまが作ってくれたサンド・ウィッチを食べながら思う。

 ……あ、そう言えばボクの家にはトニーが居るんだった。


「……」


 我慢をしたけど、今ボクはため息をつきそうになった。

 ボクだってトニーの気持ちを理解しているつもりだけど、どうしてそんな憎まれ口しか叩けないんだろうか。

 ボクだって人間なんだから、迷惑な話だよね。


「………でも、友達では居たいんだよね」


 今回の事があったとしても、ボクはトニーを完全に嫌いになったわけじゃない。

 嫌いじゃないけど、嫌なことを言われたんだからボクだって言いたいことがある。

 それは人間として当たり前な感情なのだろうか。

 ボクには分からないけど、正直、あっちが謝らなきゃボクは許さな――。


『私は、お前の事を許さないからな。■■■■』


 あっ…………。


「…………」


 嫌な事を思い出した。

 昔の話だ。

 どうしても思い出したく無かった事が今蘇った。

 サンド・ウィッチを食べている手が止まった。

 思わず手が震えていた。

 どうしてものか、ボクはまだ過去に囚われている様だった。


「ボクも、許さないよ」


 誰に言う訳でも無く、ボクはそう言った。

 ボクは、まだ隠している事がある。

 ご主人さまにも打ち明けたことがない。その事を。

 誰にも言う必要もない。

 だから、ボクの中に刻んでおくだけでいい。


「…………」


 ボクは、杖を構えた。


「――【魔法】ブリーズ」


 風が舞い上がった。


「――【魔法】ザ・ストーム!」


 天地一変。夏風が恐ろしく吹き荒れた。


「――【禁忌】デスザーク!!!」


 ――赤黒い閃光が、死神のような悍ましい音を出し。

 空高く打ち上げられた。

 閃光は、擦り切れるようにどこかえ消えていった。


「……」


 魔法は楽しい。

 楽しいから、過去を忘れられる。

 だから、全てを言い終わったボクは。

 ――僕は。


「……楽しいなぁ」



 そこで、”子供”は大きく笑ったのだ。



――――。



 帰り道、ボクは少し疲れた足を動かす。


「よいしょ」


 少し魔法を使いすぎたようだ、疲れがする。

 ここまで思う存分魔法を使ったのは初めてかもしれない。

 そのおかげで、ここまでの満足感を得られた。

 すでに夕日が顔を出し、ボクは獣道を出た先にある小さな土の道を歩いていた。


「……トニー、どうしようかな」


 どうすればいいのか、正直ボク自身あまりわかっていない。

 ボクはどうすればよかったのだろうか。

 いいや、どうしようも無かった気がする。

 あまり難しい事は分からないけど、感情のコントロールが上手く出来ない人はいる。

 ボクも昔はそうだった。

 いや、今もそうかもしれない。

 ご主人さまから離れたくないし、人になりたくない。


「………」


 時々、ボクはご主人さまから本を渡される。

 何でも、本は人に経験を積ませるものだと言っていたからだ。

 内容を理解するのに時間は掛かったけど、今では列記とした読書家だ。

 だからか分からないけど、『感情的になるのを制御出来るようになった?』と言うのだろうか。

 ご主人さまの家に来てからあまり嫌なことも無かったけど、大人になった気がする。


「だけど、本当に大人になったわけじゃないから。ボクはボクが怖いんだよなぁ」


 おもむろにそう呟く。

 今だにボクは理由がないのに行動したりもするから怖い。

 子供ってそんなものなのかもしれないけど。

 なんだか、自分が何をしでかすのかが怖い。


「にゃ」

「ん?」


 その時、声が聞こえた。

 丁度街に入った所だった。

 一直線に家に帰っていたわけではなく、ボクは少し寄り道をしようと街まで来ていたのだ。

 そこで、小さく可愛らしい声がした。


「……猫?」

「にゃあ」


 目を凝らすと、ゴミが溜まっていた場所に小さな子猫が居た。

 全身が黒、黒猫と言うのだろうか?

 でも右目の周りだけが白色の、なんだか可愛らしい見た目をしていた。

 そして明らかにボクを見つめながら。


「にゃ」

「え、なに?」


 ひょっこりと、ゴミの中から顔を出し。

 黒猫はボクの足元に近づいた。


「ひゃ、くすぐったい!!」


 すると、ペロペロとボクの足首を撫でる。

 なんだかその光景が可愛らしくって。

 ボクは、そのままその猫を家に連れて行ったのだった。




 その猫は、後に『マル』と名付けられた。




 余命まで【残り296日】


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