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十六話「魔力訓練」



「ええっとね。まずは腕を突き出してから、深呼吸をするんだ」


 その言葉に、トニーも難しそうな顔をしながら手を突き出す。

 そして、サヤカは次の説明を始める。


「深呼吸をしてると。体の中でムズムズしてるのを感じるんだけど、

 それを制御するの。最初は難しいからゆっくりでいいよ」

「……おう」


 サヤカの指示通りにトニーは感覚を辿る。

 トニーは全身に力を入れ、頑張って感覚を掴もうとする。

 だけど、次の瞬間。


「――っ」


 溢れ出したのは、驚く程の突風だった。

 ボクは思わず吹き飛ばされそうになったけど。何とかこらえる。

 これは確か、制御出来ていない状態だ。

 だからボクは、突風を出して戸惑っているトニーに飛びついて。


「――【魔法】ウォーターボール!!」


 ――バシャン。と大きな音がなる。

 上から大きな水の塊が落ちてきて。

 その水の重さで、突風を抑えた。


「あ、危なかったね」

「はぁはぁ……何が起きたんだ?」

「まだ制御出来てないみたい。突発的に魔法が出てくるのは危ないね。早めに制御しなきゃ」


 だけど、トニーは今の魔法の衝撃で立てなさそうだ。

 だからボクは、トニーに肩を貸しながら『ヒール』を掛け。再挑戦させた。


「深呼吸」

「……すぅ……はぁ」


 トニーは大きく深呼吸をする。

 深呼吸をすれば集中でき、集中をすれば魔力の感触を手探りで探すことが出来る。

 それさえ掴めば、魔力の暴走を防ぐことができ。

 自由に魔力を操り、魔法を使うことが出来る。

 のだけど。


「そして体の中で暴れてる感覚があるんだけど、それを掴むんだ」

「……つかむ、つかむ……つか――」

「――っ!!」


 刹那、破裂するように生み出された風魔法。

 さっきの突風より強かった。

 トニーは今度こそ終わりだって顔で泣きそうになっていた。


「――【魔法】ブリーズ」


 ボクは咄嗟に風魔法を使い。

 その周辺の風を支配した。

 勢いがある突風を徐々に慣らしながら、ボクは魔力の暴走を空に流した。


「………」


 これは難しい事になりそうだなって思った。

 感覚でやっている事を他人に説明するのは難しい。

 ご主人さまが上手だったんだ。

 これが、普通なのかもしれない。


「あっ」

「っ!!」


 ボクの「あ」だ。

 そして、トニーは腰を抜かしながら、頬を赤らめた。

 トニーの腰辺りから、流れてくる液体。


 そう、トニーは魔力の枯渇で漏らしてしまったのだ。



――――。



 翌日。同時刻。


「そうそう。そのまま感覚を探して――」

「あッ!!」


 結果は昨日と同じだった。

 トニーは魔力を制御することが出来ず、結局その日も枯渇で漏らした。

 段々とだけど、トニーは不機嫌になっていった。

 結果が出ないと言うのは辛いと知っている。

 ボクだって、トニーにスパルタな事はしていない。

 だけど、どうすればいいか分からなかった。


 次は杖を持たせてみた。

 杖はトニーが親から貰っていたらしい。

 杖は本来、魔法を使う時に魔力の制御を簡略化するための道具だ。

 だけど、魔力を操るのも可能なので、持たせてみた。

 普通に杖も持たせるのもいいけど、その分魔法が暴発する可能性が捨てきれなかったから。

 ボクがトニーの腕を後ろから支えつつ、トニーに再度挑戦させた。


「深呼吸して、大丈夫。魔力を杖に流して、流れてきた魔力を掴むんだよ」

「……ふぅ……うぅ……」


 杖に魔力を流してしまったら、何らかの魔法が飛び出してしまうと言う憶測は当たっていた。

 それを先に理解して、ボクがトニーの後ろで杖にストッパーを掛けるのにも成功した。

 だけど、一番肝心な魔力制御は……。


「……」

「…………」

「……もうやめよう。トニーの体力が限界だよ」

「ちっ、くそが」


 小一時間、杖に魔力を流し続けた。

 だけど、やっぱりトニーは成功しなかった。

 トニーは舌打ちをし、悔しそうに顔をひきつらせた。

 正直、こればっかりはどうしようもなかった。



――――。



「ご主人さま」

「ん?なんだ」


 その日の夜。

 トニーがリビングで寝た後に、ボクは一人でご主人さまの部屋に来た。

 ご主人さまはいつも、遅い時間まで起きている。

 部屋の扉を開くと、いつものご主人さまが居たので話しかけた。


「もしかしたら、ボクは魔法の才能が無いのかもしれません」

「ばか言え」


 コン、と。

 頭を優しく叩かれた。

 叩いた後に、ご主人さまは手を大きく開いた。


「確かにトニーは魔法を掴めていない。だけど、それはお前の力不足じゃないんだよ」


 その手は、ゆっくりとボクの頭に乗った。


 確かに、本来なら施設で一ヶ月から二ヶ月を過ごすらしい。

 だけど。こんなにも上手く行かないと、何か、悔しかった。

 トニーも不機嫌になることが多くなった。

 なんだか、よくわからないけど。焦らされているような気がした。

 これがご主人さまが言ってた。壁ってやつなのかな。


 すると次の瞬間、ご主人さまはボクの頭を撫でた。

 多分だけど、顔に出てたんだと思う。


「お前なら出来る。お前は俺の子だ。だから、自分を信じろ。積み上げたものは、お前の味方になる」

「……ぅ、うへへ」


 不思議と出てきた。その声。

 ボクはこれでも、色んな事があった。

 家族に捨てられて、奴隷として色々されて。

 叩かれて、殴られて、蹴られて。

 だから、優しく頭を撫でられると。

 嬉しくって、笑ってしまうのだ。


「――お前には、笑顔が似合ってるよ。サヤカ」

「っ!!はい!!!」


 悩んでいた心が、晴れる気がした。

 思わず感じる感動に、胸が押された。

 ボクはまだやれるんだ。



――――。



 その次の日から、もう一度特訓は始まった。


「くっ……」

「集中して。大丈夫。何度でもボクが助けるから」


 何度もボクはトニーの背中に立ち。

 長時間の集中の中、トニーの杖が暴発しないように手を緩めなかった。

 正直、ボクに出来ることはこれだけだ。

 一番は、トニーの力量と、気持ちの問題だ。

 だから出来るように教えてあげて、トニーの精神面を安定させようとした。

 お肉をあげたり、水をあげたり、一緒にシャワーを浴びたり、笑ったり。

 だけど、トニーの機嫌は治らなかった。


「トニー……?」

「………」

「大丈夫?」

「……あぁ、大丈夫だよ。もう一回やろう。今度も集中するよ」


 トニーがやりたがった。

 だから、何度も挑戦させた。

 だけど結果は変わらなくって。



 そのまま一週間が経った。



――――。



「ご主人さま……」


 と、シュンとしたサヤカは涙目で訴えてくる。

 俺は驚いていた。

 だって、ここまでサヤカが苦戦するなんて初めてだからだ。

 サヤカなら出来ると思っていた。

 でも出来なかった。

 サヤカが出来ないなら、正直俺にも無理だと思う。

 こうゆう時は、どうすればいいのだろうか……。



 翌日。


「サヤカ。これを読むといいよ。これを読めば、もしかしたらヒントが見つかるかもしれない」


 俺はそう言い、魔法学の本を渡した。

 『魔力について』と言う本と『魔法学:初級』と言う分厚い本だ。

 最初のやつは主に魔力の原理や制御について。

 二冊目は初級魔法の記述についてだ。


「ありがとうございます!!」


 そうサヤカは笑った。

 取り敢えず、サヤカにやらせるのはそのままだ。

 少し心配でもあるが、まぁ大丈夫だろう。

 そんな確証、どこにもないがな。



――――。



「よし」


 ボクはトニーが寝ている横でその本を開いた。

 最初は『魔力について』と言う本だ。

 内容は主に、魔力の起源や発生理由、どんなものなのか、前提として。

 などなど、色んな事が記されていた。


 その一つに、その人間の性格とかがあった。


 魔力学的根拠は無いが、性格によっては魔力の吸収量も放出量も変わると言われているらしい。

 その人間の性格、即ち魂によって。

 魔力の吸い出し口と吐き口の大きさが違うと言う説があるのだ。

 ボクとトニーは、そこまで性格が違うとは思えないが。

 人は誰しも、完全に同じなんてないとご主人さまが言っていた。


 ボクの性格と、トニーの性格はどこが違うのだろうか。

 ……分からない。

 イマイチだが、自分の事をあまり理解していなかったりする。

 ボクは一体、どんな人間なのだろうか。

 ……ご主人さまに忠実?

 ……かわいいのかな?

 ……わからない。


 正直僕はトニーの事を理解できた訳じゃない。

 今のトニーの気持ちはわかるけど、トニーの家のこととか全く知らないし、それはボクには難しい。

 なら、どうすればいいんだろうか。

 ボクは友達のために、何が出来るんだろう。


「………一緒にいる事しか、分からない」


 今まではそれで十分だと思っていた。

 友達とは、側にいて、遊んで。仲間と言われる物だと思っていた。

 だけど、それでいいのだろうか?

 もしかしたら、ボクが鈍感なだけで、トニーって意外と単純だったりするのかな……?

 ……分からない。

 ボクはどうしたいんだろう。

 トニーはどうしたいんだろう。

 ご主人さまなら、どうするんだろう。



――――。



「ねぇトニー」

「ん。どうした」


 短髪の茶髪が跳ねている。

 あれはくせっ毛と言うのだろうか。

 お昼ごはんを食べながら、ボクはトニーに話しかけた。

 今日はご主人さまがお仕事なので、二人っきりだ。


「トニーは、魔法を使えるなら何をしたいの?」


 ボクは、トニーの事を知らない。

 知らないから、知ろうとした。

 最初は魔法からだ。

 魔法は色々出来るし、それでトニーがやりたいことを知ろうとした。


 ――ふと、トニーのご飯を食べている手が止まった。

 止まってしまった。

 何か、空気が変わった。

 今更で申し訳ないが。ボクは、知らなかったんだ。

 そのトニーの顔を見て、息を呑んだ。


「サヤカは、俺を馬鹿にしてるのか?」

「………」


 血の気が引くとは、この事だった。

 サヤカはそれ以降、喋れなくなった。

 トニーは無言でご飯を食べ、サヤカはその衝撃に動けなくなっていた。


 サヤカにとって、その言葉は、恐ろしく、怖く、衝撃的だったのだ。





 余命まで【残り297日】


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