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間話「石の少女②」



 メデューサは狩人の少年と話すたび、どこか分からないが、満たされたような感覚になった。



「今日は何を仕留めてくれたんだい?」

「これ」


 メデューサは世間一般では人見知りと言われる部類だった。

 彼女は人と話すのに慣れていなかったのだ。

 だからメデューサは、不器用ながらも役に立とうと、こうして毎日狩りに出かけている。

 だが、メデューサは空中に漂う魔力を喰らうだけで生きていける存在に対し。

 人は何かを食べなければ、生きていけない。

 価値観が違うのだ。


「うさぎの頭か、これは食える部分が少ないね」

「そうなの?」


 メデューサから見れば、全て同じ肉に見えるのだ。

 だから、メデューサには人間が分からなかった。

 けしてわかり合うことが出来なかった。

 だけど、狩人の少年は続けた。


「大丈夫だよメデューサ。僕はこれでも料理は得意なんだ。だから任せて」


 その夜、狩人の少年はうさぎの頭からダシをとった汁をごちそうした。

 初めての味に、メデューサは感動した。

 そして、こんな物も作れず理解できない自分を、メデューサは影で嘆いた。




「メデューサ、僕はいいけど、人を殺しちゃいけないよ」

「……なんで?」


 少年は夜に、メデューサへそう告げた。

 理由は色々あった。

 その話を聞くメデューサは、困った顔をした。

 なぜなら、メデューサは人を殺すのに特化していたからだ。

 それ自体メデューサは何も感じず、メデューサは人の命をそこまで重視していなかった。


「……あなたが言うなら、ワタシ、頑張る」


 だけどメデューサは。少年が言うならとうなずいた。

 メデューサも、少年には嫌われたくなかったのだ。

 そのせいで、メデューサはこころを痛めた



――――。



「金目の物を出しな」


 メデューサは焦った。

 なぜなら、いつもの家に帰ると、大人数の大人が狩人の少年を抑えていたからだ。

 状況が分からなかった。

 だけど、その雰囲気から、ただ事ではないことを理解していた。


「僕は金を持っていないぞ」


 苦痛の表情をした少年が口を開く。

 開くと同時に、黙れと言わんばかりの力で一層強く地面に押し付けられた。

 「ぐっ」と言う少年の声に、メデューサの髪は舞い上がりそうになった。


「金が無くとも物はあるだろ?それでいいんだよ。正直に言えば、おじさんたちはお前を痛めつけなくて済むんだからよ」


 男は笑いながら、狩人の少年を殴った。

 殴って殴って、ボロボロになるまで。

 顔が分からなくなるまで。


 メデューサは、最初こそ約束を守ろうとした。

 守ろうとして、殺さないようにして。

 だけど、見逃せなかった。

 メデューサが大好きなあの少年が、今目の前で死ぬのを見ているのか。

 あの男たちを地獄に落とし、少年に絶交されるのか。


 だが数秒後、メデューサは我を忘れたように蛇が舞い上がった。

 そして、メデューサの堪忍袋の緒が切れた。


 ――飛び交うのは閃光。

 鳴り響くのは叫び声。

 男たちは阿鼻叫喚となり。

 自然の緑が喜びを上げた。


「………何をしているんだ」


 狩人の少年が起き上がった時。

 目の前に広がっていたのは、静けさに合わない石像の数々だった。

 死を恐怖し抗おうとした石像が乱雑と並べられていた。

 泣いていた。

 泣き叫んでいた。

 逃げようとしていた。

 だけど、もうメデューサは開眼していた。



 少年は、メデューサに駆け寄った。



「…………」

「……」


 少年はメデューサの前に立ち、恐ろしい形相で言った。


「何をしているんだ」

「……ワタシ、ま、まぁ、守ろうと……して」


 布越しでも伝わってくる怒気。思わずメデューサは口をすくませる。

 全身で何をしでかしたのかを理解して、メデューサは焦った。


「……守ろうとしたの?」

「……はい」

「誰を?」

「……あなた、を」


 すると刹那、少年は勢いよく腕を振り下ろした。


「ひっ……」


 メデューサは驚いた。

 なぜなら少年は、自分の拳を、地面に叩きつけていたからだ。

 悔しそうだった。

 苦しそうだった。


「……どうして」


 少年が小さく呟いた。

 その時のメデューサには、少年の心情なんて分からなかった。

 だけど、やるなと言われたことをやってしまった焦りで。

 気が動転した。


「どう、したんですか?」

「……許せないんだ」

「許せない?」

「君が人を殺したこと」

「…………」


 メデューサは悟った。

 彼の期待を裏切ったことを。

 そして自覚した。

 ワタシは人間とは、渡り合えないと。


「そして」

「……っ?」

「君に、人を殺させてしまった自分が許せないんだ」


 少年は顔を上げた。

 泣いていた。

 目隠し越しで伝わってきた泣き声。

 ぐすんぐすんと言いながら、少年は自分の弱さを呪った。

 少年は、優しかったのだ。


「………ワタシは」


 それを理解すると、メデューサは安心した。

 メデューサは、見せてあげた。


「はい」

「え?」


 少年の手に、何かが触った。


「これは……?」

「あなたが守った、ワタシ達です」


 髪だった。

 綺麗な黒髪だった。

 だが、その一つ一つの髪に、蛇が宿っていた。

 流れるような美しい蛇が、幻想的に、広がるように。

 先の戦闘で、ポニーテールが崩れてしまったのだ。

 その蛇が。少年の腕にするりと乗った。

 そしてそれを、あなたが守ったワタシ達と言った。


「あなたの言葉で、救われた。あなたが今許せないと言ってくれたおかげで、守られた」


 メデューサは、許されたくなかった。

 なぜなら、それ相応の罪を犯したからだ。

 だが、メデューサは自分を罰することは出来なかった。

 なぜなら、罰する方法を知らないからだ。


 でも、殺した罪悪感がメデューサを蝕んでいた。

 だからメデューサは、許されなくていいと言った。

 罪を認め、罰してほしかったのだ。

 だから救われた。だから守られた。


 そして新しい罪悪感がメデューサに植え付けられた。

 それはとても強い力を持っている罪悪感だった。

 少年を悔いさせた自分への罪悪感。


 初めて自分を罰した気がしたメデューサは、




 その日、メデューサは目隠し越しに笑ったのだ。





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