メデューサは狩人の少年と話すたび、どこか分からないが、満たされたような感覚になった。
「今日は何を仕留めてくれたんだい?」
「これ」
メデューサは世間一般では人見知りと言われる部類だった。
彼女は人と話すのに慣れていなかったのだ。
だからメデューサは、不器用ながらも役に立とうと、こうして毎日狩りに出かけている。
だが、メデューサは空中に漂う魔力を喰らうだけで生きていける存在に対し。
人は何かを食べなければ、生きていけない。
価値観が違うのだ。
「うさぎの頭か、これは食える部分が少ないね」
「そうなの?」
メデューサから見れば、全て同じ肉に見えるのだ。
だから、メデューサには人間が分からなかった。
けしてわかり合うことが出来なかった。
だけど、狩人の少年は続けた。
「大丈夫だよメデューサ。僕はこれでも料理は得意なんだ。だから任せて」
その夜、狩人の少年はうさぎの頭からダシをとった汁をごちそうした。
初めての味に、メデューサは感動した。
そして、こんな物も作れず理解できない自分を、メデューサは影で嘆いた。
「メデューサ、僕はいいけど、人を殺しちゃいけないよ」
「……なんで?」
少年は夜に、メデューサへそう告げた。
理由は色々あった。
その話を聞くメデューサは、困った顔をした。
なぜなら、メデューサは人を殺すのに特化していたからだ。
それ自体メデューサは何も感じず、メデューサは人の命をそこまで重視していなかった。
「……あなたが言うなら、ワタシ、頑張る」
だけどメデューサは。少年が言うならとうなずいた。
メデューサも、少年には嫌われたくなかったのだ。
そのせいで、メデューサはこころを痛めた
――――。
「金目の物を出しな」
メデューサは焦った。
なぜなら、いつもの家に帰ると、大人数の大人が狩人の少年を抑えていたからだ。
状況が分からなかった。
だけど、その雰囲気から、ただ事ではないことを理解していた。
「僕は金を持っていないぞ」
苦痛の表情をした少年が口を開く。
開くと同時に、黙れと言わんばかりの力で一層強く地面に押し付けられた。
「ぐっ」と言う少年の声に、メデューサの髪は舞い上がりそうになった。
「金が無くとも物はあるだろ?それでいいんだよ。正直に言えば、おじさんたちはお前を痛めつけなくて済むんだからよ」
男は笑いながら、狩人の少年を殴った。
殴って殴って、ボロボロになるまで。
顔が分からなくなるまで。
メデューサは、最初こそ約束を守ろうとした。
守ろうとして、殺さないようにして。
だけど、見逃せなかった。
メデューサが大好きなあの少年が、今目の前で死ぬのを見ているのか。
あの男たちを地獄に落とし、少年に絶交されるのか。
だが数秒後、メデューサは我を忘れたように蛇が舞い上がった。
そして、メデューサの堪忍袋の緒が切れた。
――飛び交うのは閃光。
鳴り響くのは叫び声。
男たちは阿鼻叫喚となり。
自然の緑が喜びを上げた。
「………何をしているんだ」
狩人の少年が起き上がった時。
目の前に広がっていたのは、静けさに合わない石像の数々だった。
死を恐怖し抗おうとした石像が乱雑と並べられていた。
泣いていた。
泣き叫んでいた。
逃げようとしていた。
だけど、もうメデューサは開眼していた。
少年は、メデューサに駆け寄った。
「…………」
「……」
少年はメデューサの前に立ち、恐ろしい形相で言った。
「何をしているんだ」
「……ワタシ、ま、まぁ、守ろうと……して」
布越しでも伝わってくる怒気。思わずメデューサは口をすくませる。
全身で何をしでかしたのかを理解して、メデューサは焦った。
「……守ろうとしたの?」
「……はい」
「誰を?」
「……あなた、を」
すると刹那、少年は勢いよく腕を振り下ろした。
「ひっ……」
メデューサは驚いた。
なぜなら少年は、自分の拳を、地面に叩きつけていたからだ。
悔しそうだった。
苦しそうだった。
「……どうして」
少年が小さく呟いた。
その時のメデューサには、少年の心情なんて分からなかった。
だけど、やるなと言われたことをやってしまった焦りで。
気が動転した。
「どう、したんですか?」
「……許せないんだ」
「許せない?」
「君が人を殺したこと」
「…………」
メデューサは悟った。
彼の期待を裏切ったことを。
そして自覚した。
ワタシは人間とは、渡り合えないと。
「そして」
「……っ?」
「君に、人を殺させてしまった自分が許せないんだ」
少年は顔を上げた。
泣いていた。
目隠し越しで伝わってきた泣き声。
ぐすんぐすんと言いながら、少年は自分の弱さを呪った。
少年は、優しかったのだ。
「………ワタシは」
それを理解すると、メデューサは安心した。
メデューサは、見せてあげた。
「はい」
「え?」
少年の手に、何かが触った。
「これは……?」
「あなたが守った、ワタシ達です」
髪だった。
綺麗な黒髪だった。
だが、その一つ一つの髪に、蛇が宿っていた。
流れるような美しい蛇が、幻想的に、広がるように。
先の戦闘で、ポニーテールが崩れてしまったのだ。
その蛇が。少年の腕にするりと乗った。
そしてそれを、あなたが守ったワタシ達と言った。
「あなたの言葉で、救われた。あなたが今許せないと言ってくれたおかげで、守られた」
メデューサは、許されたくなかった。
なぜなら、それ相応の罪を犯したからだ。
だが、メデューサは自分を罰することは出来なかった。
なぜなら、罰する方法を知らないからだ。
でも、殺した罪悪感がメデューサを蝕んでいた。
だからメデューサは、許されなくていいと言った。
罪を認め、罰してほしかったのだ。
だから救われた。だから守られた。
そして新しい罪悪感がメデューサに植え付けられた。
それはとても強い力を持っている罪悪感だった。
少年を悔いさせた自分への罪悪感。
初めて自分を罰した気がしたメデューサは、
その日、メデューサは目隠し越しに笑ったのだ。