“ジャック家が終わる”そんな噂が流れていた。
唐突な導入だが許してくれ、これは緊急の話だ。
ジャック家と言うのは言わずもがな、俺の実家だ。
俺の元の名前はケニー・ジャック。
追い出されたことでジャック家を名乗れなくなったが、元はと言えばジャック家の人間だ。
最初にその噂を聞いたのはモーリー食堂だった。
「なぁケニー」
「なんですか。モーリーさん」
「最近巷で噂になってるアレ。あんたはもう聞いたのかい?」
「……噂、ですか」
噂『ジャック家の終わり』
その内容は深い信憑性もなく、ただただ終わるとだけ広まっていた。
元々あんまりいい話のないジャック家だ。
あの悪名高いジャックが消える。という感じで広がっているのだろう。
肝心な終わる理由だが。
………。
理由はわからない。
病気だとか、当主が逃げたとか、ジャック家内でクーデターが起きたとか。
そんな突飛よしもない曖昧な理由が囁かれている程度。
勿論俺には心当たりがない。
上げた三つの理由も身に覚えが無い。
で、だ。
一番重要なのは、
俺がもうジャック家じゃない事だ。
「ご主人さま! ここの掃除はこうするのですか?」
「あぁ、そこは磨くようにすると良いらしい」
サヤカの可愛らしい言葉を聞きながら、俺は考える。
今の俺はただのケニー。ジャックなんて名前がない状態。
だから気にすることでもない筈……何だが。
気になってしまう。
あの親父が、俺を勘当した後に逃げたりするのだろうか。
クーデターだってありえない。
俺たち兄妹は今はこの街に居ないのだ。
前も言った気がするが。
兄と弟は王都で騎士をしており。姉と妹はどちらもグラネイシャに居ない。
だからこそクーデターと言う線はあり得ないと言い切れる。
「ご主人さま! お皿を洗いますね!」
「あぁ、頼む」
当主が逃げるって言うのも正直訳が分からない。
病気なんてそんな様子は最後まで見せなかった。
全てありえない事ばかりだ、なのに。
ジャック家が終わると言う噂が本当に広がってしまっている。
終わると言う噂。何が終わるのだろうか?
もしかしたらあの悪名が消えると言う意味かも知れないし、本当に当主である親父が居なくなるのかもしれない。
考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。
「ご主人さま?」
「っん。なんだ?」
おっと行けない。
考え込みすぎた。
「なんか今日はぼーとしていますね」
「なんでもないよ」
「本当ですか?」
サヤカの丸いお目目がこっちを覗いてくる。
「本当の本当だ。どうだ、料理は美味いか」
今日の料理は簡単ではあるがお気に入りの品だ。
肉を表面だけ焼きそれを薄く切り、カマネギと特性ソースで食べると言う。
少し贅沢な料理を食している。
思えば最近は忙しかった。その自分たちへのご褒美だ。
「ご主人さま」
「……ん? どうした」
「なんか元気がないですよ。何かあったんですか?」
いかんいかん。
サヤカに変な心配をさせると、色々面倒なのだ。
別にサヤカに心配されることを嫌っている訳じゃないが。
心配をかけると言うのは時にして申し訳ない気持ちに苛まれる。
相手が相手だが、少なくともサヤカにだけはあんまり知られたくないな。
まだ子供に対し格好つけたいって言う欲があるのかも。
「――――」
だから俺は自分に言い聞かせる。
俺はもうジャック家じゃない。
そうだ違うんだ。
関係ない話なんだ。
「何も無いよ。サヤカが可愛いと思っただけだ」
出来るだけの笑顔をしながらそう微笑んだ。
「……ボクは男の子ですよ?」
「男の子にも可愛い子はいるんだよ」
真面目に返したんだが、サヤカは「はあ」とため息を付いた。
事実、毎日「ご主人さま!」と元気よく声を掛けられるとなんだか嬉しいのだ。
子供に「お母さん!」とか「お父さん」と呼ばれる感覚と同じで。
『自分がご主人さまなんだ、慕ってくれている。』
と呼ばれるたびに肌で実感してしまうのだ。
言わせている言葉がご主人さまだから少し背徳感があったりもするのだが。
それは最初だけで、今やサヤカのご主人さまは勝手にお父さんと脳内変換されるようになっている。
「そう言えばですね。トニーが最近親と喧嘩しているらしいんですよね」
「ん? あのトニー坊主がか。まぁなんか、生意気だもんな」
そう言うとサヤカはフォークで果物を弄りながら。
「そうですかね? ボクはカッコいいと思いますよ」
「お前、男の子なんだから、同性にそんな事言うなよ」
「言いませんよ。心のうちに秘めている本音です」
本当だろうか……。
将来、女誑しじゃなく、男誑しとかになってそうで怖いよおじさんは。
だが何だか意外としっかりしていそうなサヤカさんだ。
俺はお前の将来を信用するよ。
「そう言えば、トニーは今何歳なんだ?」
「えーと。確かボクと同じくらいですよ」
やはりそうか。
意気投合する点、何となく察していたが。
「……なにか気になることでもあるんですか?」
「いや、魔力開花がまだなんだなって」
サヤカが魔力開花をしてからすでに数日経っている。
そのサヤカと同じ歳のトニーは魔力開花を済ませたのだろうか。
もし、まだなら。
魔力開花したときサヤカ自身で教えてあげてほしいな。
忘れているかもしれないが。
俺は魔病の影響で半年後に魔力が使えなくなる。
だがその前に俺の技術をサヤカに託そうと思う。
別に俺はそこまで魔法学に熱心ではなかったから、教えられるのは、中級と上級の間までだ。
もしサヤカがそれ以上を求めるなら魔法学の本でも買ってやろう。
……それか、学校に入れるってのも。
「ふんふんふん」
それもありだが、なんだかこいつを見ていると。そんな必要無いように感じるな。
今が楽しそうだから現状維持が一番か。
「今日はもう遅い。寝よう」
俺は壁に飾られた時計を見ながらそう言う。
「そうですね。もうこんな時間ですし」
時計では既に十時を指している。良い子は布団に入る時間だ。
ちなみにサヤカはいつもこのリビングで寝ている。
机の横にある大きめのソファが寝床だ。
別に俺の部屋で寝かせてあげればいいじゃないかと一時期思っていたが。
何となく、部屋を与えたくなった。
リビングの装飾などはサヤカに任せている。
実質ここがサヤカの部屋なのだ。
それにこの家、実はまぁまぁ防犯性能がある。
例を含みながら説明するなら、
庭に不審者が入ってきても生体認証で扉を開ける魔石が玄関にある為、
俺とサヤカ意外開けられないようになっている。
だからサヤカは防犯性能を信用しリビングで寝かせていると言うのもある。
俺は二階の自室だ。
ここは俺の、プライベートな部屋。
「さて、と」
自室のドアを開ける。
すると広がってきたのは。
夜景が吹き抜けの窓から覗き込んできて、夜風が俺の髪の毛を触ってくる。
俺目線で左側に大きめの木の机があり。
光の魔石が証明となっている。
魔力を飛ばすだけで明かりを灯せる万能品だ。
吹き抜けの窓の真下には俺の寝床がある。
冬とかは吹き抜けの窓にハメれる蓋で寒さを凌ぐ。
で、右側の石の壁には――。
「噂に関する情報を集めていたら、意外と散らかっちまったな」
右側の壁には数々の紙が貼られており、そこには色んな情報が記されていた。
最も俺の直筆だ。
全てが噂に対する調査の一貫だ。
噂、そう、あの噂についてだ。
「………」
俺はもうジャック家じゃない。
「だがあの親父の気持ちを知りたい」
最後に親父が、一体何を思っていたのか。
俺には知る役目がある。
俺を追い出した時親父は何を考えていたのか、親父は何を望んでいたのか。
更生した俺を見て、なんて言ってくれるのか。
「遅めの親孝行ってやつか。上等だ」
さあ、親孝行をしよう。
――――。
「あの噂なら、俺も聞いてるぜ」
そう言い金髪の男はお酒を飲んだ。
俺はお金を稼ぐようになってから散財癖が嘘の様に無くなり。
今回は一杯だけお酒を飲ませてもらい。話を聞いた。
相手はモールスだ。
ぐっぷ。と大きなグラスを飲み干した後俺は聞いた。
「何か噂について知っているか?」
「えぇっとな。俺が聞いたのは、ジャック家の当主様が逃げ出したってだけだな」
なるほど、モールスはその噂を聞いたのか。
でも親父は一カ月前の段階では居た。
俺の調べでは数年前からあんまり外に出なくなったらしいが。
屋敷の中で使用人越しに存在は確認している。
では、その噂はどこから広まったのだろうか……。
「……あ、お前が家から勘当されたことと関係あんじゃねぇ?」
「え? でも俺は当主じゃないぞ」
「当主じゃねーかもだけどよ。
家のやつが追い出されたって噂が、膨らんで膨らんで、当主が逃げたってなったんじゃねーのか?」
そう顔を赤く染めながらペラペラと喋る。
……確かにその可能性は捨てきれないな。
噂と言うのは広まる度に変異していく。
どんどん過激に、どんどん大きくと。
その結果が当主逃亡になるとするなら腑に落ちる。
だが、だとしたら、他のクーデターや病気の出どころはどこなんだ。
わからん。
何か噂の発端となる出来事が俺の知らないところであったのだろうか。
膨らんだ結果という可能性もあるな。
クーデターも実は俺以外の兄妹が喧嘩しただけとか。
病気も親父が風邪を引いただけとか。
「そう言えば、サーラは病気になったってのを聞いたって言ってたぜ」
「その事を話したのか?」
「やけにサーラが不安げにしていたから聞いたんだ。
あいつが噂を信じるやつだとは思ってぇいなかったが、今回はちゃんと信じてたな」
「あのサーラさんが!?」
これは驚きだ。
意外と噂とかを鵜吞みにしないイメージがあったサーラさんが不安げになるほど。
そこまで噂は広まっていたのか。
下手したらこの北の街に結構広がってしまっているのかもしれないな。
そうしたら収拾がつかないぞ。
そうだな、今はとにかく状況を把握しなければ。
「他にも当たってみることにするよ。ありがとうモールス」
「良いってことよ。俺らは親友だからな」
そう最後に乾杯し、久しぶりのビールを飲んだ。
――――。
翌日。
「私が知っている噂は、あんたに話した時ので全部出さね。
強いて言うなら、ロンドンにも聞いてみな。あいつはこれでも、料理の食材だけは自分で買いに行ってるんだ」
一人で買いに行けるのかよ。
「……そうだったのか。あの人見知りのロンドンが」
「んだ。ロンドンもその噂は聞いてるのかもしれない」
人見知りだから何となくこの食堂から一歩も外に出ていないと思っていたぞ。
だが違うらしい。
元々思っていたが、やっぱり変な奴だなロンドンは。
モーリーから助言を貰ったので。
早速だが俺はロンドンに話に行った。
相変わらず壁越しなのは変わらなかったが、俺が声を掛けるとすぐ返答が帰って来た。
「あ? お前今日はシフト入ってねぇだろ」
「シフト以外でも飯くらいは食いにこさせろ。良いだろ、お前の料理を食べに来たんだから」
「……まぁ別に変わらねぇが。なんだぁ、あのガキ」
疑問そうに、ロンドンは口を尖らせる。
多分こういう場面は指をさすんだろうが、ロンドンは生憎体を出していない人間だ。
だが、ロンドンの口だけで指をさす人物を何となく予測できた。
だから俺は振り返り。その対象に目を付ける。
「こんちには!!」
「こんにちは」
白い存在感が元気よくそう挨拶をする。
可愛いね。本当に。
溺愛はしてないからな、全く持って。
「ここでご主人さまが働いているのですか! すごいですね!」
「ご、ご主人さま? あぁ、ケニーくんなら働いているけど、もしかしてそのご家族さん?」
「家族ではありません。どれ――」
「はい。すとっぷ」
咄嗟に俺はサヤカの口元に手を押し付ける。
モーリーとサヤカの初々しい初対面……のはずが。
危ない危ない。
危うく、サヤカが爆弾発言をするところだったぜ。
モーリーには養子って事になっているんだった。今になってあの時嘘を付いた自分を少し呪う。
「んぐんぐ!!」
「まったく……ケニー、あんたの家族なら最初からそう紹介しなさいな」
「いやいや、初対面でどんな反応をするか気になったもんで」
そう頭の裏に腕を持っていき、申し訳なさそうに謝る。
相変わらず懐のデカい人だ。許してくれて良かった。
そう言えば、サヤカを知り合いに紹介するのは初めてか。
未だにモールスにも見せたこと無いからいつか会わせてやるか。
こんなキュートで可愛く愛らしい子を見せたらあまりの可愛さにハートを掴まれてしまうのではないだろうか。
何だか文章が重複しているが重複している分可愛さが倍増していると考えてくれ。
「モーリー、サヤカにBセットを」
「あーいあい」
お猿さんか?
そんな冷静なツッコミはどうでもよくって、
俺はモーリーさんにお金を渡し、自分の分の注文を終えた。
サヤカの口元に押し付けていた手をどけて。
「サヤカ、少しだけ待っててくれないか?」
「うん! ご主人さまがそう言うならそうするよ!」
「おう、いい子だ」
そんな感じで俺はサヤカと分かれ、そのままカウンターの窓に近づく。
話の途中だったからな。
「あれがサヤカだ」
「……可愛いな」
顔を隠しているロンドンが覗き込むくらいか。
やはりうちのサヤカの可愛いは世界を救うって訳か。
さて、本題に戻ろう。
「噂は聞いたことあるがぁ、俺はクーデターってのを聞いたぜ」
「クーデターか……噂の詳細は分かるか?」
「詳しくは俺も知らねぇ。だが、食材の運搬業者が言ってたことがあってな」
食材の運搬業者か。
なんか、聞き慣れない単語だが。考えるにここまで食材を運んでくれるのだろうか。
なんて便利な業者だ。是非うちも使わせてもらいた――
「ジャック家は当主が死ぬから終わる。って言ってたぞ」
「――――」
死ぬ。
「病気とかクーデターとかでの要因でか分からねぇが、そうゆう結末らしいぜ」
「…………」
「で、どうしてケニーの旦那は。あの“忌み家”を嗅ぎ回ってんだ?」
「――――」
「当主に殺されるぞ?」
――――。
貴族・ジャック家
『ジャック家当主』魔法使い グラル・ジャックは有名な人間だった。
勿論悪い方の有名人だ。
異名は、【癇癪持ちの老いぼれジジい】
何か癪に触ればすぐさま禁忌を使う悪名高い貴族。
それがジャック家。
【禁忌】は人を貶め癒えない傷を残す魔法の事を総じてそう言われる。
俺も過去にその禁忌で親父から守られたことがある。
あの様子を見て分かるだろう。
親父は怒るとその禁忌をすぐに使う人だと言う事を。
今思えば怒りに暴走し使う訳じゃなく、大体は自分の子供が関わるとリミッターが外れる人なだけだった気がするが。
禁忌を何度も使い、それが噂となり。
そんな噂が尾ひれをつけ。
逆らうものは全員殺す、“悪魔の家系”と一部で恐れられていた。
俺があの養豚場であんなに恨まれていた理由はわからない。
だが、きっと、親父があの男に。
何かをしてしまったのだろう。
あの男に復讐心を抱かせてしまったのだろう。
忌み家なんて言われるようになったのは俺が生まれてからだそうだ。
俺が、俺の存在が、どんな影響施したかは知らないが。
俺が生まれたから親父は壊れたのだ。
俺は知っている。あの親父が俺を愛していることを。
俺は知っている。あの親父はやり方を間違えただけだと。
「ご主人さま?」
「……すまない。かっこ悪い所を見せたかな?」
食堂で簡単な夕食を食べ、俺とサヤカは家に戻ってきていた。
だが、昨日から浮かない顔してたせいか。
流石に顔でわかるくらいサヤカに心配されてしまった。
本当に、申し訳ない。
「いいえ、落ち込んでいるならボクの胸でいいなら貸しますよ」
「そのセリフ、俺以外に言うなよ。お前一見女なんだからな」
「ええ、わかっていますよ」
まぁ、減るもんじゃないか。
借りるぞ、サヤカ。
俺は抱き付くようにサヤカにもたれ掛かる。
サヤカの心音が右耳を触った。心地が良かった気がする。
初めての感覚、って訳じゃない。
昔誰かにこうしてもらったような気がする。
太古の昔、本当に大昔の事だが。
死んだ母親かな。
それとも、
「……別に、落ち込んでいるわけではないんだ」
「じゃあどうしたんですか?」
「なんかな、やるせないんだ。わからなくなってしまいそうで、なんだか怖いんだ」
「……それは、ご主人さまが悩むことなのですか?」
「あぁ、息子だからな」
あの父親の汚名は昔から知っている。
だが、見知った人物からそう言われるとなんだかショックと言うか。
わからない。なんだろうか、この感情は。
俺は、何をしたいんだ。
またこれか。
寿命のときもこうなったな。
俺は、一体どうしちまったんだ。
「サヤカ、お前のご主人様は、どうだ」
至近距離にいるサヤカにそう聞いた。
顔が不細工か、何したいのかわかんないクズか。
なんでもよかった。
何したいかわからないから、人にこうだと言ってほしかった。
お前はこうしたいんだ、お前はこうなんだと。
なんでもいいんだ。
「ご主人さまは」
ふと、息が鼻にかかった。
そんなに至近距離だったのかと、閉じていた目を開いた。
「誰かを本気で心配して、誰かのために怒れる。ボクの目標です」
――目の前で白髪をいじりながら、碧眼を優しく開きサヤカは呟いた。
「目標……? 俺が?」
「はい。ご主人さまはボクの目標ですよ」
「どこらへんが目標なんだ。こんなクズになるんじゃないぞ」
「確かにご主人さまは、きっとだらしないんでしょう。
だけど、ボクを買ったときみたいに。誰かを救うためなら、自分を捨ててまでやろうとする」
「………」
「どうしようもない暗闇に、強い光を指してくれたのが。ご主人さまなんです」
「過大評価が……すぎるな」
本当に、過大評価していると思った。
でも何だか。そう言われて。
俺はどこか暖かい気持ちになった気がする。
そこからはあまり覚えていない。
その日、俺とサヤカはリビングで、一緒の布団で眠った。
――――。
「んっ……朝か」
鳥のさえずりが聞こえ、思わず目を擦りながら布団の中から時計を確認する。
数日ぶりに熟睡できた気がする。
気持ちがいい朝。
「………」
どうやら俺はサヤカと一緒にリビングで寝ていたようだった。
何だか不思議な気分だったのは覚えている。
あのまま寝てしまったのか。
またサヤカに迷惑をかけたかもしれない。
これはお礼にお肉でも買ってこなきゃな。
すると、右脇に居た小さな頭がもじもじと動き出し。
「おはようございます、ご主人さま」
「……あぁ、おはようサヤカ」
幸せな朝なんて、いつぶりだろうか。
と心でふと呟いた。
「……ん、なんか温かいな」
「あっ……」
「……? 液体?」
まさかと思ったが、俺と寝て安心してしまったのだろう。
それか単純に我慢していたくせにあの場で俺と寝落ちしてしまったのか。
そう、サヤカは。
サヤカは布団で初おねしょをした。
余命まで【残り331日】