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十三話「グラル・ジャックと父親」


――――。



 あぁ……。

 そこには、俺が知っている息子の『疲れ切った』顔があった。



――――。



 俺の名前はグラル。

 グラル・ジャックと言う親父だ。

 一言で言おう、俺はクソ野郎だ。


 小さなときから、俺はある程度規制されていた。

 あれをやれこれをやれ、あれをするなこれをするな。

 それが、親の決め台詞だった。

 それを聞いたから、俺は反面教師として、制限しない生き方を目指していた。


 まずは血にこだわるのをやめた。

 家系の伝統なんてくそくらえだ。

 養子をうちの子供にした。

 何も後悔はない。

 一番やつれていて、悲しそうな目をした子供を選んだ。

 そして、出来るだけの贅沢をさせつつ、色んな教養を学ばせた。


 俺の子供は立派だった。

 俺を慕い、俺の背中を付いてきた。

 そんな可愛い子どもを見ていると、なんだか俺も頑張れた。

 興味は無かったが、俺は地域の産業を発展させた。

 その理由も、子供が居たからこそだ。


 そんなうちにも、問題児は居た。

 名はケニー。

 そいつは確か、やつれているくせに、どこか不満そうな顔をしていたから引き取った。

 そいつは最初こそ誠実で、本当に子供かってくらい真面目だった。

 だけど、俺はどこかで、そいつの言動を理解できていなかった。


 そいつは、血にこだわった。

 そいつは、貴族の誇りがあった。

 俺に無かった物が、そいつには備わっていた。

 自分を献身的に、貴族であろうとする姿勢に、俺はどこか苛立ちを覚えていた。

 なぜなら、俺の背中を見ていなかった。

 そいつは、そんな物に見抜きもせず、貴族と言う愚かな道を選ぼうとしていた。


 ……だが、それも一つの道だ。

 だから、俺はそれを肯定した。

 そいつが貴族の道へ進めるように勉強をし、道を作ってやった。

 その一環で、俺はそいつに平民の仕事をさせようとした。


 養豚場。

 そこが一番の失敗だった。

 俺にだけ顔色を変えていた男に、見事騙されたのだ。

 その時の俺は少しおかしかった。

 なぜなら、ケニーが他の兄妹と徹底的に違い、それに戸惑っていたからだ。

 だが、その不満を漏らせる相手など俺には居なかった。

 だからその不安定な心を、俺はどうにかしようとした。


 メルセラにケニーの監視を任せた。

 そしてメルセラが焦って帰ってきたかと思うと、メルセラは言った。


「ケニー様が危ない!!」




 俺は、男を掴み上げていた。

 俺はこれでも自分の子供を愛している。

 だから、親として、許せなかったのだ。

 子供を守っていたつもりだった。


「がっ――!!」

「イッ……なっ!待て!」


 ここで俺は焦った。

 この男がどんな理由でケニーを襲おうとしていたのかは知らない。

 だけど、何をしでかすかわからないからこそ、俺は杖を引き抜いた。

 だが、この状況でどんな魔法を使えばいいのか分からず。

 そのケニーの顔を見て、泣きそうな顔を見て。

 その顔が、俺がしでかす最悪を怖がっているなんて分からず。


「――【禁忌】デスザーク」


 赤黒い閃光が、その男の魂を焼き尽くした。

 そのまま男は勢いのまま壁にぶつかった。

 そしてその男は、立ち上がること無く、絶命した。


「っ……け」


 俺はそこで。ケニー、大丈夫か。と言おうとした。

 殺して悪かったなども言おうとした。

 なぜならそこまでする気も無かったからだ。

 だけど、ケニーは全てを悟った顔で。


「俺が……貴族だから?」


 ケニーがそれを呟いて、俺は気づいた。

 取り返しのつかない事をしてしまったと。

 俺は、とんでもない事をしてしまったのだと。


 その時の目を、俺は一度たりとも忘れた事がない。



――――。



「親父……」

「……よぉケニー、元気そうじゃないか」


 まず俺は、ケニーが生きていてよかったと安堵した。

 だけど、ケニーもまた、死ぬのを知っていた。

 元気そうだなとは言ったものの、ケニーは疲れていそうな顔だった。

 きっと、ここまで来るのに相当苦労したのだろう。


 ……おっ、少しだけ背が伸びたのか?

 大人っぽくなったじゃないか、これは、いい貴族に……。


「……ケニー、俺はもう駄目みたいだ」

「……どうしてそんな事言うんだよ」


 ケニーは、今にも溢れ出しそうな声でそう言った。


 だってそうだろう。

 ほら、目を瞑れば。

 見えてくるのは、お前の事ばかりだ。

 これが、なんだったかな。

 走馬灯ってやつなんだろ。


 あとは、歳だな。

 少しボケて来たみてぇだ。

 これは嫌だなぁ、子供の事は覚えていたい。

 他の兄妹は、どうしているんだろうか。

 ケニーだけか、この街に残っているのは。

 エマもカールも、ゾニーもケイティも。

 全員別の所で、各自のやりたいことをやって生きている。

 そして、ケニー・ジャック。

 お前だけだよ、やりたいことが出来ていないのは。

 お前だけが、あの部屋に籠もり。

 お前だけが、悪いことをした。


 何度もなんとかしようとした。

 だけど、その度におかしくなっていった。


 まずまず、俺とお前は、違ったんだ。

 全然違った。

 見ている物も違えば、思うことも違うんだ。

 だが、最後にお前が来てくれたのは、少し嬉しいかな。


「なぁ親父、紹介するよ」

「……その子は?」


 白髪の少女……いいや、あれは少年だな。

 少女らしくない顔つきをしている。

 まぁ普通の人が見れば女と見間違えそうだが、あれはカールと同じだ。

 大きくなればなるほど、どんどん男らしくなるぞ。


「サヤカだ。俺の、子供だ」

「…………」


 今、こいつはなんつったんだ。

 子供?コドモ?

 こいつはぁ、予想外だな。

 数年ぶりに俺は目を見開いた気がするよ。

 あのケニーが、子供か。

 まぁ多分、結婚とかしてないんだろうな。

 俺が育てたんだ、そこくらいは似そうな物だ。

 それとも……あれ、ボケてきたな。

 どこか驚いているけど、知っていた気がする。

 あぁ、そうか。一度養子の話は聞いていたんだった。


「サヤカくん、こっちに来なさい」


 俺はそう言うと、白髪の少年は驚きつつ前に出た。

 そして一礼してから、少年は言った。


「ボクの名前はサヤカと言います。血はつながっていないけど、……お父さんとは家族です」


 血はつながっていない。

 それは、俺と同じ道を辿るのか。

 なんだか、俺がお前を無理やり変えちまったみたいで嫌だな。

 別に俺は、お前を追い出したいとか思っていなかったんだ。

 だが、タイミングが悪かった。



――――。



「…………」


 俺は、バーモク病と言う病気にかかった。

 産業関係で必要だった為、新たな土地に出向いた際、俺はある蛇に噛まれた。

 その蛇の名前は知らないが、そこで俺は倒れ、病院で診断された病名に驚いた。


「余命、十五年です」


 そう言われた時、俺はなんだか、寂しくなった。

 自分の命が無くなるとか、正直どうでも良かった。

 気がかりなのが、あの子供たちだ。

 だから俺は、子供たちに、子供たち自身が大好きなもので。

 将来のレールを引いてやった。

 だけど、ケニーだけは失敗した。

 ケニーが魔病に掛かった。

 流石に耐えきれなかった。

 ケニーの気持ちが分からなかったし、それまでのことで色々俺も溜まっていた。

 そして一番が、ケニーに俺の死を見せたくなかった。

 見せてしまったら、本当の意味で、ケニーが生きる意味を無くすと思った。


 だけど、違うって気付かされた。

 それはケニーを追い出して、ケニーの部屋に数十年ぶりに入った時だった。

 積み上げられた本を、読む暇はいくらでもあった。

 俺はゆっくり読んで、消費して、綺麗に並べていった。

 そして俺は、なんだか、無性にケニーに会いたくなった。

 だから俺は言ったんだ。


「ジャック家が終わると言う噂を流せ」


 それは、新たに雇った執事に伝えた。

 サーラは駒だ。

 ケニーを誘き出すための、駒だった。

 これでケニーが来なかったら、俺は一人で死ぬ。

 それかケニーが来たら、俺は最後に遺言を残す。

 そのつもりだった。



――――。



 だけど、ケニーを見ると、もう残すことなど無くなったと思った。


『お前はまだやれる、だから諦めるな。だから、今まですまなかった』


 そう伝える気だったんだ。

 だけど、ケニーの姿を見ると、もう諦めていなくって、成長して、なんだか昔の俺みたいだった。


「くっ……」

「?」


 すると、ケニーは歯を食いしばり。

 俺のベットの横にある椅子に座った。

 そしてケニーは。


「ばかやろう」

「………」

「ばかが」

「…………」

「あほが」


 俺はその言葉に、なんと返せば良いのか分からなかった。

 それは暴言だからとかじゃなく、ケニーの声色がおかしかったからだ。

 泣きそうな声色だった。

 いいや、泣いていた。

 ぼろぼろと流していた。

 ケニーは、『泣いて』いたんだ。


「なんだァ……ケニー、お前は今まで泣かなかっただろう」

「……なぁ親父」

「あぁ、なんだ」

「――今まで、ごめん。俺が、悪かった」

「……そんな事はねぇだろ。お前だけが悪いなんて無いんだから」


 ケニーは。父親の顔をしていた。

 きっとケニーは、俺と同じ道を行くのだとここで理解した。

 それと同時に。俺は考えを改めた。

 俺とケニーは、今じゃ似た者同士だ。


「親父、カロスさんと言う男から伝言だ」

「……カロス?知らない名だな」


 知らない名だった。

 いいや、俺がボケているだけなのかもしれない。

 だが、ケニーの顔を見て、俺は大事な話なんだなって思った。

 そのカロスと言う男の、伝言とやらは。


「『メデューサは、あなたを慕っていました。可愛い赤ちゃんですよ』」

「………」


 あぁそうか。メデューサか。

 懐かしい名前だ、赤ちゃんを産んだのか。

 でも彼女は魔族で……あぁ、そう言う意味か。


「その……カロスに、何をしてもらったんだ?」

「サヤカの分の、バーモク病の薬を貰ったよ」

「……まあ、それしかないか。ケニー、カロスに幸せにしろと伝えろ」

「わかった」


 ……あぁ、足の感覚がない。

 もうこれは、数分後には意識が消えるな。

 これが死か。

 これが死ぬと言うことなのだろうか。

 冷めた死ではない。

 温かい死だ。

 それは、良かったなぁ。


「なぁ親父」

「……どうした、ケニー」


 ケニーはもう泣いていなかった。

 だけど、悲しそうだった。

 いいや、違うな。


「俺を育ててくれて、ありがとう」


 ……光。

 光だと思った。

 眩しかった。

 だけど、目が離せなかった。

 ケニーが、『笑って』いたのだ。

 笑って、ありがとうと。

 その笑みを見ていると、心臓が強く波打ち。

 俺は、目に小さな雫が流れている事に気づく前に。


「お前の名前は、ケニー・ジャックだ」


 本当に、親というのは弱いなぁ。

 疲れて泣いて、笑ってくれれば。

 親は、嬉しいんだから。

 誰だよ、あのケニーに、そんなずるい事を教えたのは。


 …………。


 ケニー自身か。

 はっ、今のあいつならやりかねんな。

 俺と同じ道を行くのか。




 最後にケニーが見た背中は、かっこよかったかな。





 長かったけど、悪くはなかった。




 疲れて、泣いて。





 そして笑ってくれれば良いんだ。





 それだけで、俺ぁ幸せだ。





 俺は言葉を伝えた。

 だけど、すでに口が回っていなかった。

 なんなら、ケニーの叫んでいる声も聞こえなかった。

 静かだった。

 静かで、なにも聞こえなかった。

 だけど、寒くはなかった。

 寂しくはなかった。







 最後に俺は、その言葉を伝えられたのだろうか。






――――。




「――幸せになれ、ケニー」



 親父は最後のそう言い、天命を全うした。




 余命まで【残り327日】


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