――――。
あぁ……。
そこには、俺が知っている息子の『疲れ切った』顔があった。
――――。
俺の名前はグラル。
グラル・ジャックと言う親父だ。
一言で言おう、俺はクソ野郎だ。
小さなときから、俺はある程度規制されていた。
あれをやれこれをやれ、あれをするなこれをするな。
それが、親の決め台詞だった。
それを聞いたから、俺は反面教師として、制限しない生き方を目指していた。
まずは血にこだわるのをやめた。
家系の伝統なんてくそくらえだ。
養子をうちの子供にした。
何も後悔はない。
一番やつれていて、悲しそうな目をした子供を選んだ。
そして、出来るだけの贅沢をさせつつ、色んな教養を学ばせた。
俺の子供は立派だった。
俺を慕い、俺の背中を付いてきた。
そんな可愛い子どもを見ていると、なんだか俺も頑張れた。
興味は無かったが、俺は地域の産業を発展させた。
その理由も、子供が居たからこそだ。
そんなうちにも、問題児は居た。
名はケニー。
そいつは確か、やつれているくせに、どこか不満そうな顔をしていたから引き取った。
そいつは最初こそ誠実で、本当に子供かってくらい真面目だった。
だけど、俺はどこかで、そいつの言動を理解できていなかった。
そいつは、血にこだわった。
そいつは、貴族の誇りがあった。
俺に無かった物が、そいつには備わっていた。
自分を献身的に、貴族であろうとする姿勢に、俺はどこか苛立ちを覚えていた。
なぜなら、俺の背中を見ていなかった。
そいつは、そんな物に見抜きもせず、貴族と言う愚かな道を選ぼうとしていた。
……だが、それも一つの道だ。
だから、俺はそれを肯定した。
そいつが貴族の道へ進めるように勉強をし、道を作ってやった。
その一環で、俺はそいつに平民の仕事をさせようとした。
養豚場。
そこが一番の失敗だった。
俺にだけ顔色を変えていた男に、見事騙されたのだ。
その時の俺は少しおかしかった。
なぜなら、ケニーが他の兄妹と徹底的に違い、それに戸惑っていたからだ。
だが、その不満を漏らせる相手など俺には居なかった。
だからその不安定な心を、俺はどうにかしようとした。
メルセラにケニーの監視を任せた。
そしてメルセラが焦って帰ってきたかと思うと、メルセラは言った。
「ケニー様が危ない!!」
俺は、男を掴み上げていた。
俺はこれでも自分の子供を愛している。
だから、親として、許せなかったのだ。
子供を守っていたつもりだった。
「がっ――!!」
「イッ……なっ!待て!」
ここで俺は焦った。
この男がどんな理由でケニーを襲おうとしていたのかは知らない。
だけど、何をしでかすかわからないからこそ、俺は杖を引き抜いた。
だが、この状況でどんな魔法を使えばいいのか分からず。
そのケニーの顔を見て、泣きそうな顔を見て。
その顔が、俺がしでかす最悪を怖がっているなんて分からず。
「――【禁忌】デスザーク」
赤黒い閃光が、その男の魂を焼き尽くした。
そのまま男は勢いのまま壁にぶつかった。
そしてその男は、立ち上がること無く、絶命した。
「っ……け」
俺はそこで。ケニー、大丈夫か。と言おうとした。
殺して悪かったなども言おうとした。
なぜならそこまでする気も無かったからだ。
だけど、ケニーは全てを悟った顔で。
「俺が……貴族だから?」
ケニーがそれを呟いて、俺は気づいた。
取り返しのつかない事をしてしまったと。
俺は、とんでもない事をしてしまったのだと。
その時の目を、俺は一度たりとも忘れた事がない。
――――。
「親父……」
「……よぉケニー、元気そうじゃないか」
まず俺は、ケニーが生きていてよかったと安堵した。
だけど、ケニーもまた、死ぬのを知っていた。
元気そうだなとは言ったものの、ケニーは疲れていそうな顔だった。
きっと、ここまで来るのに相当苦労したのだろう。
……おっ、少しだけ背が伸びたのか?
大人っぽくなったじゃないか、これは、いい貴族に……。
「……ケニー、俺はもう駄目みたいだ」
「……どうしてそんな事言うんだよ」
ケニーは、今にも溢れ出しそうな声でそう言った。
だってそうだろう。
ほら、目を瞑れば。
見えてくるのは、お前の事ばかりだ。
これが、なんだったかな。
走馬灯ってやつなんだろ。
あとは、歳だな。
少しボケて来たみてぇだ。
これは嫌だなぁ、子供の事は覚えていたい。
他の兄妹は、どうしているんだろうか。
ケニーだけか、この街に残っているのは。
エマもカールも、ゾニーもケイティも。
全員別の所で、各自のやりたいことをやって生きている。
そして、ケニー・ジャック。
お前だけだよ、やりたいことが出来ていないのは。
お前だけが、あの部屋に籠もり。
お前だけが、悪いことをした。
何度もなんとかしようとした。
だけど、その度におかしくなっていった。
まずまず、俺とお前は、違ったんだ。
全然違った。
見ている物も違えば、思うことも違うんだ。
だが、最後にお前が来てくれたのは、少し嬉しいかな。
「なぁ親父、紹介するよ」
「……その子は?」
白髪の少女……いいや、あれは少年だな。
少女らしくない顔つきをしている。
まぁ普通の人が見れば女と見間違えそうだが、あれはカールと同じだ。
大きくなればなるほど、どんどん男らしくなるぞ。
「サヤカだ。俺の、子供だ」
「…………」
今、こいつはなんつったんだ。
子供?コドモ?
こいつはぁ、予想外だな。
数年ぶりに俺は目を見開いた気がするよ。
あのケニーが、子供か。
まぁ多分、結婚とかしてないんだろうな。
俺が育てたんだ、そこくらいは似そうな物だ。
それとも……あれ、ボケてきたな。
どこか驚いているけど、知っていた気がする。
あぁ、そうか。一度養子の話は聞いていたんだった。
「サヤカくん、こっちに来なさい」
俺はそう言うと、白髪の少年は驚きつつ前に出た。
そして一礼してから、少年は言った。
「ボクの名前はサヤカと言います。血はつながっていないけど、……お父さんとは家族です」
血はつながっていない。
それは、俺と同じ道を辿るのか。
なんだか、俺がお前を無理やり変えちまったみたいで嫌だな。
別に俺は、お前を追い出したいとか思っていなかったんだ。
だが、タイミングが悪かった。
――――。
「…………」
俺は、バーモク病と言う病気にかかった。
産業関係で必要だった為、新たな土地に出向いた際、俺はある蛇に噛まれた。
その蛇の名前は知らないが、そこで俺は倒れ、病院で診断された病名に驚いた。
「余命、十五年です」
そう言われた時、俺はなんだか、寂しくなった。
自分の命が無くなるとか、正直どうでも良かった。
気がかりなのが、あの子供たちだ。
だから俺は、子供たちに、子供たち自身が大好きなもので。
将来のレールを引いてやった。
だけど、ケニーだけは失敗した。
ケニーが魔病に掛かった。
流石に耐えきれなかった。
ケニーの気持ちが分からなかったし、それまでのことで色々俺も溜まっていた。
そして一番が、ケニーに俺の死を見せたくなかった。
見せてしまったら、本当の意味で、ケニーが生きる意味を無くすと思った。
だけど、違うって気付かされた。
それはケニーを追い出して、ケニーの部屋に数十年ぶりに入った時だった。
積み上げられた本を、読む暇はいくらでもあった。
俺はゆっくり読んで、消費して、綺麗に並べていった。
そして俺は、なんだか、無性にケニーに会いたくなった。
だから俺は言ったんだ。
「ジャック家が終わると言う噂を流せ」
それは、新たに雇った執事に伝えた。
サーラは駒だ。
ケニーを誘き出すための、駒だった。
これでケニーが来なかったら、俺は一人で死ぬ。
それかケニーが来たら、俺は最後に遺言を残す。
そのつもりだった。
――――。
だけど、ケニーを見ると、もう残すことなど無くなったと思った。
『お前はまだやれる、だから諦めるな。だから、今まですまなかった』
そう伝える気だったんだ。
だけど、ケニーの姿を見ると、もう諦めていなくって、成長して、なんだか昔の俺みたいだった。
「くっ……」
「?」
すると、ケニーは歯を食いしばり。
俺のベットの横にある椅子に座った。
そしてケニーは。
「ばかやろう」
「………」
「ばかが」
「…………」
「あほが」
俺はその言葉に、なんと返せば良いのか分からなかった。
それは暴言だからとかじゃなく、ケニーの声色がおかしかったからだ。
泣きそうな声色だった。
いいや、泣いていた。
ぼろぼろと流していた。
ケニーは、『泣いて』いたんだ。
「なんだァ……ケニー、お前は今まで泣かなかっただろう」
「……なぁ親父」
「あぁ、なんだ」
「――今まで、ごめん。俺が、悪かった」
「……そんな事はねぇだろ。お前だけが悪いなんて無いんだから」
ケニーは。父親の顔をしていた。
きっとケニーは、俺と同じ道を行くのだとここで理解した。
それと同時に。俺は考えを改めた。
俺とケニーは、今じゃ似た者同士だ。
「親父、カロスさんと言う男から伝言だ」
「……カロス?知らない名だな」
知らない名だった。
いいや、俺がボケているだけなのかもしれない。
だが、ケニーの顔を見て、俺は大事な話なんだなって思った。
そのカロスと言う男の、伝言とやらは。
「『メデューサは、あなたを慕っていました。可愛い赤ちゃんですよ』」
「………」
あぁそうか。メデューサか。
懐かしい名前だ、赤ちゃんを産んだのか。
でも彼女は魔族で……あぁ、そう言う意味か。
「その……カロスに、何をしてもらったんだ?」
「サヤカの分の、バーモク病の薬を貰ったよ」
「……まあ、それしかないか。ケニー、カロスに幸せにしろと伝えろ」
「わかった」
……あぁ、足の感覚がない。
もうこれは、数分後には意識が消えるな。
これが死か。
これが死ぬと言うことなのだろうか。
冷めた死ではない。
温かい死だ。
それは、良かったなぁ。
「なぁ親父」
「……どうした、ケニー」
ケニーはもう泣いていなかった。
だけど、悲しそうだった。
いいや、違うな。
「俺を育ててくれて、ありがとう」
……光。
光だと思った。
眩しかった。
だけど、目が離せなかった。
ケニーが、『笑って』いたのだ。
笑って、ありがとうと。
その笑みを見ていると、心臓が強く波打ち。
俺は、目に小さな雫が流れている事に気づく前に。
「お前の名前は、ケニー・ジャックだ」
本当に、親というのは弱いなぁ。
疲れて泣いて、笑ってくれれば。
親は、嬉しいんだから。
誰だよ、あのケニーに、そんなずるい事を教えたのは。
…………。
ケニー自身か。
はっ、今のあいつならやりかねんな。
俺と同じ道を行くのか。
最後にケニーが見た背中は、かっこよかったかな。
長かったけど、悪くはなかった。
疲れて、泣いて。
そして笑ってくれれば良いんだ。
それだけで、俺ぁ幸せだ。
俺は言葉を伝えた。
だけど、すでに口が回っていなかった。
なんなら、ケニーの叫んでいる声も聞こえなかった。
静かだった。
静かで、なにも聞こえなかった。
だけど、寒くはなかった。
寂しくはなかった。
最後に俺は、その言葉を伝えられたのだろうか。
――――。
「――幸せになれ、ケニー」
親父は最後のそう言い、天命を全うした。
余命まで【残り327日】