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十二話「遅めの親孝行」



 窓の外から、知っている人物が走ってきたのは驚いた。

 思わず俺はベットを飛び出し、玄関から出て、その人物を家に招いた。


 サーラ・メルセラ。

 ジャック家元使用人であり、現在はモールスの使用人だ。


 俺の家に入って来た時、たまたまサヤカも起きていたので手伝ってもらいながら。

 ボロボロのサーラをタオルで吹き、汚れた服の代わりに俺の服を貸した。

 その際、俺の服が大きすぎて、ぶかぶかになってしまったのは申し訳ない。


「ケニー様、話したいことがあります」

「それは後でいいから、今は取り敢えず身なりを整えろ。それでも使用人かよ」

「……ケニー様がそんな事を言うとは、なんだかおかしな気持ちになりますね」

「ばかにしてんのか」

「いいえ、褒めていますよ」


 これは多分俺の勘違いだが、サーラが少し笑うようになった。

 俺との会話を楽しんでいる。と言う事なのだろうか。

 まぁそれ自体は良いことだ。


 兎にも角にも、俺はサーラにシャワーを浴びさせ。

 外見も焦りもさっぱりさせた所で口を利いてやった。


「その……えっと」

「……ここに来て言葉を濁すのか?」

「違いますよご主人さま、きっと言葉にしづらい事なんですよ」


 とはサヤカの言だ。

 なんとサヤカは、サーラの気持ちを汲み取り、そうゆう態様をしているのだ。

 思わず大口開けて驚いた。


「はっきり申します」


 悩んでいた様に見えたサーラは、唐突にそう切り出した。


「――グラル様の様態が急変、今夜限りで寿命が尽きると手紙が来ました」

「……そうか、今日か」


 俺は顎に手を添え、考えるように、だがあくまで冷静な表情をする。

 ……きっとサーラから見たら、案外あっさりしていたのだろう。

 正直、もうすぐだと思った。

 だって十五年前の特効薬を打ったあの日から、丁度十五年たったのだ。

 だから、近々だと思っていた。


 だから、俺はすぐに動けるようにしていた。


「サヤカ、準備をするぞ」

「了解しました」

「あ、その手紙はいつ頃来たんだ?」

「えぇっと……手紙は大体一日で届くので、出したのは昨日だと思われます。

 なので……もう当主様は……」

「そうか……じゃあ正面突破だな」

「……はい?」


 おっ、なんだその顔は。

 サーラさん。俺たちが馬鹿なこと言っているような顔で見ないでくれ。

 大の真面目だよ。

 こうゆう自体は想定していた。

 だから俺は、サヤカと何度も話し合ったんだ。


「サヤカ、プランCだ」

「了解しました。杖を取ってきますね」


 きっとサーラさんからしたら、酷く都合がいいと思うのだろう。

 だけど、俺が何のために部屋を散らかしていたのか知らないからそう思うんだと思う。

 最初から俺はそれが狙いだ。

 侵入するために、色んな計画を考えた。

 途中でサヤカが手伝うと言い出したので、サヤカの魔法も借りることにした。


 ジャック家の正面玄関、そこから強行突破をする。


 きっと警備の騎士もいるだろう。

 だが、俺達はそれ用の作戦も用意している。

 俺はあの屋敷を知り尽くしている。

 だから、色々作戦と言う作戦を練れるのだ。


「なぁサーラ。いいやメルセラ」

「……はい」

「お前は、もうモールスの使用人なんだろ?」

「そうですけど」

「じゃあ、あの屋敷には入れないわけだ」

「……その通りでございます」

「じゃあ、お前も強行突破に参加しないか?」


 俺の知識では、限界がある。

 なぜなら俺は、最近のジャック家の警備事情は知らないからだ。

 だから、つい最近まで働いていたメルセラが付いてくれれば。


 俺はメルセラに手を伸ばした。

 するとメルセラは、その手を勢いよく掴み。


「わかりました。――いっちょ、ぶっ放してやりましょう」

「おおう、なんかお前が乱暴な言葉を使うのは新鮮だな」



 こうして俺たちは、その日のうちにジャック家へと歩きだした。



――――。



 さて、作戦後の話をしよう。

 俺はカロスさんから、ある情報を手に入れている。

 いいや、情報もだし、ある物もだ。

 カロスさんは、バーモク病の特効薬を持っていた。

 なぜかは知らないが、カロスさんは病気の名前までは知らなかった。だから、本当にどうゆうルートで手に入れたのかが分からない。


 だけど、確かにその薬は特効薬だった。


 大魔法図書館の本に書いてあった特効薬の名前と、瓶に書いてある名前が同じだったからだ。

 だから俺はそれを、サヤカに打った。

 何がしたいのか、それはただ一つ。


 あの親父に、俺の自慢の子を見せてやるんだ。


 それが今回の目的だ。



――――。



「世界のマナよ、濃い霧を生み出し、我々に姿を隠す加護を与えよ」



 そうサヤカが唱えると、杖の先が青く光る。


「――【魔法】水霧」


 暗いその世界で、青いツブツブが杖に収束し。

 瞬間、発散。

 それは青い光を灯しながら、濃い霧として周りに広がった。


「幻想的ですね」


 思わず目を輝かせるサーラを横目に、サヤカはもう一度杖に力を込める。

 取り敢えず、屋敷周辺は霧で覆った。

 これである程度入りやすくなるだろう。

 同時に、警備の騎士が警戒する。

 だからこそ、息を殺し、集中しなければいけない。


「世界のマナよ、聖なる光を生み出し、罪なきものに眠りの加護を与えよ」


 今度は黄色に光る。これは光魔法だ。

 サヤカは日々、成長していた。


「――【連鎖魔法】眠りの世界」


 瞬間、青い霧に黄色い電撃が走り。

 その電撃は小さく細長くなりつつ。

 びりっと言う音と共に、人が倒れる音が鳴り響いた。


 簡単に言うと、感電だ。

 微量の電撃を人に当て、気絶させる技だ。

 この技は俺の自作でもあるが、それを【水魔法】水霧と合わせることで広範囲に電撃を迸ることが可能になる。

 これはサヤカ自ら作り出した【連鎖魔法】だ。


「……こりゃ、一網打尽だな」


 改めて正門をくぐり、俺達は現状を理解する。

 結果から言うと、成功だ。

 門番から一階部分に居た兵や使用人は気絶しており。

 倒れた時、打ちどころが悪かった者も居ないことを確認した。

 案外あっさり突破出来たと胸を撫で下ろす。


 だが、こんな簡単に貴族の屋敷が突破されてはいけない。

 多分だが、今回は警備が大幅に少なかった。

 なぜだかわからないが、きっと親父が死にかけているからだろう。

 それとも、本当の手練が親父の部屋で親父を看取ろうとしている可能性もある。

 まだ警戒は解けない。


「今のグラル様のお部屋は最上階です」

「おう、これまたお約束な場所だな」

「お約束?」

「あぁ、本を読んでればわかるさ」


 俺はサーラとサヤカと一緒に、一階部分にある階段をゆっくりと進んだ。

 この屋敷は四階建て、そこまで行くには。

 二階から奥にある階段まで行き、そこから一気に四階へと上がるルートが一番だ。と言うかそれしか無い。

 三階は主に書斎や会食場であり、行き来を正面玄関の近くに設置してある。

だから四階へ行くためには、屋敷の奥にある階段を使わなければいけないのだ。


 子供の頃も思ったのだが、すげぇ複雑な設計をしていると思う。


 とにかく俺は陣形を崩さず、懐かしい屋敷を進んでいった。



 何の問題もなく、それから四階へと踏み入った。

 なぜだかわからないが、サーラさんも俺も緊張していた。

 なぜなら、この場所に。あの父親がいるからだ。


 だから、すでに固まった覚悟を再確認して、廊下を進んだ。

 懐かしい光景だった。

 天井は高く、そして壁には色んな絵画が飾られていた。


「…………」


 それから壁をすぅと辿ると、そこには俺の部屋があった。

 何だか、おかしな気持ちになった。

 昔の記憶がどんどん蘇って、胸に溢れる感情を表には出せなくって。

 だからそこはすっと息を呑み、その感情を押し殺した。


「ケニー様」


 話しかけてきたのはサーラだ。

 サヤカに何か相槌を打ち、こちらへ歩いてきた。


「ケニー様が出ていってから、当主様はずっと、あなたの部屋に籠もっていたんですよ」

「……それはどうしてだ?」


 その話を聞いて、俺は驚いた。

 なぜなら、あの親父は本なんて読まないし、俺の部屋に入った所でなんにも無いからだ。

 どうしてだろうと俺は立ち止まっていると。サーラが手を伸ばした。

 そのまま俺の部屋のドアを開いた。


「……っ」


 思わず、息を忘れた。

 なぜなら、散らかっていた本が、山積みになっていた本達が、綺麗に並べられていたからだ。

 丁寧に、ホコリ一つもなく、その光景はまるで図書館を見ているようだった。


「グラル様は、ずっと、あなたの事を思っていたのですよ」

「……あぁ、そうだよな。知ってるよ」


 知っている。知っているから、一言だけ言ってほしかった。

 あんな親父を許せなかった俺の懐の狭さが、今の後悔だなんて誰にも言えない。

 だけど、この部屋を見ればわかる。

 懐かしい部屋が、汚かった部屋が、親父の手によって直されているのだ。

 その光景に、俺は底知らぬ暖かさを感じた。


「…………先へ進もう」

「わかりました」


 そのまま俺達はゆっくりと部屋を離れ、その奥にある親父の部屋が見える位置まで歩いてきた。

 そして、そいつらが居た。


「……侵入者か」

「侵入者にしては、可愛い子と清楚な人とおじさんだよね。なんだか変だなぁ!」


 右翼、巨体な体をしており、その顔には深い切り傷が付いている強面の騎士。

 左翼、細い体にカラフルな衣装、その顔は陽気な笑顔が張り付いており、手には短刀が握られている道化師。


「お前たちは誰だ」

「僕たち? 僕たちはね! 僕たちはね!」

「……なんだ」

「教えてほしい? 教えてほしいよね!!」


 身振り手振りに、適当な事をほざいている。

 第一印象は生意気なガキだった。


「こらヘルク、焦らすな」


 そこへ間髪入れず、強面の騎士は強く言う。

 ヘルク、それが道化師の名前だった。


「えぇー! なんでだよサリー。侵入者なんだから、僕たち暴れられるじゃん?」

「屋敷で戦闘はするなと言われている。契約内容は即時捕縛だ」


 強面騎士のサリー。

 笑いの道化師ヘルク。

 その二人は軽く会話をしつつ、己の武器を腕に構えた。


「サヤカ、気絶させることに集中しろ」

「はい!」


 サヤカは後ろで詠唱。

 俺はこの短剣で応戦する。

 サーラさんの役割はない。

 戦闘向きではないからだ。


「――世界のマナよ」


 サヤカが詠唱を始める。

 と同時に、俺は短剣を構えたまま突進した。


「活きが良い侵入者さんだね。僕たちに剣を向けるなんて、馬鹿の極みさ」

「……ふん。お前がやれヘルク」

「え? いいのー?」

「あぁ、お前なら負けんだろう」


 そう言い、強面のサリーは腰を下ろした。

 と同時に、ヘルクは短剣を起用に回しながら笑う。


「――さぁ、君たちの恐怖はどんな顔なのかなぁ!?」

「てええやああああ!!!」








「――そこまでです、ヘルク」








 その瞬間、目の前の男ヘルクは止まった。


「え、なに。なんですか」

「その方々は当主様の客人です。当主様の願いで、部屋に入れます。そこを退きなさい」


 その男は、親父の部屋から出てきた。

 執事、見たこともない執事だった。


「……は? ここまで本気にさせといて僕に誰も切らせないの?」

「あなた方を雇ったのは私です。私の命令には従ってもらいますよ」


 あの狂気な少年に対し、なんの引けも取らずにそう言い放つ。

 流石にそう言われるとヘルクも渋々と了承し、そのままブツブツと不満を漏らしながら廊下から退いた。


「なんだよサリー、最初から見抜いてたの?」

「俺は知らん。だが、雇用主の命令は絶対だ」

「はいはい。わかりましたよーだ」



 俺は思わず膝をついた。

 短剣を持ち、戦う気で突進した。

 その緊張と張り詰めた糸がぷつんと切れたのだ。

 そんな俺に、執事の男は手を伸ばした。


「始めましてケニー様。私はあなた様が追い出されてから雇用されました。

 名前はありませんが、執事と呼んでくれれば駆けつけます」

「は、始めまして執事。で、あいつらは何なんだ」


 そう言い、俺はあの二人組みを刺す。


「あの方々は護衛です。

 先日から流れている噂の影響で、ジャック家当主が弱体化していると聞きつけ攻め入る連中が跡を絶たなかったのです。なので、あのような凄腕の護衛を雇用していました。刃を向けさせてしまい申し訳ございません」

「……そうか、わかった」

「理解、恐れ入ります」

「…………」

「……親父に、会わせてくれ」

「……はい」


 執事の顔は、曇っていた。

 だって、もうあの親父は半分死んでいたようなものだったからだ。

 そうゆうのは正直予想していた。

 だけど実際に、状況がそう物語っていると。

 俺はどこか、焦ったように胸が痛かった。


「サヤカ、魔法ありがとうな」


 と、サヤカの頭を撫でてあげる。

 嬉しそうにウヘヘと笑ったので、今後とも継続していこうと思う。



 そんな一連の行動をしているうちに、親父の部屋の扉は開かれた。


 そして再会した。


 ベットで寝ていた、懐かしい顔に。





「……よぉケニー、元気そうじゃないか」





 あぁ……。

 そこには、俺が知っている息子の『疲れ』切った顔があった。




 余命まで【残り328日】


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