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十一話「私がやりたかった事」



 私の名はサーラ。

 サーラ・メルセラだ。


 私は特に特別な出生という訳でもなく。

 代々使用人をしている家系に生まれて、当たり前の用に使用人の技術を叩き込まれた人間だ。

 そのまま私は点々としながら、短いスパンで終わる使用人などをしていた。


「今日からここでお仕事させていただきます。メルセラと申します」


 その日から私は、ジャック家と言う貴族に使用人として雇われることになった。

 ジャック家はこの街、王城から北部に存在している地域だ。

 主に産業などが盛んであり、その片棒を担いているのがジャック家だと言う。


 だが、私の目には、普通の家にしか見えなかった。


「父さん、酒を飲みすぎんなよ」

「あぁ?子供が父親の酒を制限するな。全く、子供は手に負えないな」


 長男、カール・ジャック。

 強い意思を感じる目で物事を見通し、優しく気遣いができる美男子だ。


「お父様、ワインを注ぎましょうか?」

「あぁ。ありがとう」


 長女、エマ・ジャック。

 女としての気品を持ち合わせながら、自分の意思は強く。騎士であるカールにも劣らない信念の持ち主だ。


 単刀直入に打ち明けよう。

 この家には母親は居ない。

 全員、養子だ。

 本当の家族なんて居ない。

 この食卓に座っている三人家族、全員血がつながっていないのだ。


 その事を知っているのは、使用人として歴が長い私と、当主様と、長男長女の四人だけだ。

 他の兄妹にはバレてはいけない。

 そして今後、血がつながっていない事を告げることも無いのだろう。

 なぜなら、血がつながっていなくとも家族。

 恐ろしいことに、当主様は、使用人である私ですら家族だと思っている。

 寛大な心上の考えなのだろう。


 正直、血の繋がりで使用人をしている私には信じられなかった。

 私は別に使用人をしたい訳じゃない。

 ただ、家に強制されて、何となくやっているだけだ。

 だからこそ、信じられなかった。


 どうして養子を貰うのかと当主様に聞いたことがあった。


「寂しいからだ」


 何も恥ずかしがらず、平然とそう答えた。

 だから私は、寂しいとは?と聞いた。

 聞いた後に、不躾な質問だったことを詫びようとしたが。

 当主様は笑って答えてくれた。


「一人だと、ほら、家が寂しいだろ。

 今現状、正当にジャック家の血を引いているのは俺しか居ない。

 なぜなら俺の両親が俺しか産まなかったからだ。

 だから勝手に当主は俺って事になって、それが寂しいから、血がつながっていない養子を迎えている」


 当主様は、婚約などを考えていなかった。

 理由はわからないが、そうゆう人間だったのだろう。


 その話を聞いて、私は驚いた。

 なぜなら当主様は、私と似ていたからだ。

 何となくなってしまって、何となく当主やっている。

 使用人家系だから使用人やらされ、何となく放浪している。

 私と似ていたのだ。



 そしてその日から、私はグラル様に忠誠を誓った。



――――。



「…………」

「…………」


 今のこの状況を説明するためには、色々言わなければけないことがある。

 まずは、ケニー坊ちゃまの存在だ。

 ケニー坊ちゃまはある出来事がきっかけで、部屋にお籠りになった。

 世間一般では、引きこもりと言うのでしょう。


 そしてグラル様は、ケニー様の扱いを理解できていなかった。

 なんでかわかりませんが、ケニー様とグラル様は、どこか馬が合いませんでした。

 だから、こうなった。


「メルセラ……?」

「ご、ご主人様……?」


 私は、グラル様に殴られた。

 取り乱しているグラル様を止めるために入った瞬間だった。

 グラル様も、殴った後に信じられないようなお顔をしていた。

 本意ではなかったのだろう。でも、それが結果的に、グラル様を追い詰めるきっかけになった。




 グラル様がご病気になった。

 栄養剤と偽って、この特効薬を家のものに打てと命じられた。

 私はそれを実行した。


 グラル様の寿命は十五年だと言われた。

 私は悲しんだ。主人の死、はたまた、尊敬している人間だったからだ。

 そしてグラル様は、病気であることを私だけに伝え、みんなに言うなと言った。


 日に日にグラル様は弱った。

 魔力が上手く回らず、暴発したりした。

 それが運悪く別の使用人に当たり、軽い怪我を負わせたこともあった。

 その度に、グラル様は深く後悔した。


 ケニー様が魔病に掛かったと診断された。

 グラル様の顔色がおかしい。

 流石にこれは、重く伸し掛かりすぎたのだろうか。


 グラル様は、病気のケニー様を家から追い出した。

 追い出しただけじゃない。ジャック家を名乗るなとまで言った。

 思わず正気か疑った。

 あのグラル様が、そんな事をするのだろうかと疑った。

 その時だった。


「メルセラ、お前に十年間暮らせるくらいの金をやる」


 そう切り出された時は驚いた。

 なぜなら、そんな事をする理由が無いからだ。

 だけど、グラル様は言った。


「金をやる。だからお前は解雇だ。だが、今すぐではない。

 ケニーを監視しろ。あいつがどこかの路地裏で野垂れ死んでたら、

 俺はもう壊れる。せめて、幸せになっているかだけ教えてほしい」


 グラル様は、追い詰められていた。

 その顔を見て、私は泣きそうになった。

 苦しそうで、悲しそうで、だけど諦めているような目だった。

 家にはもう、ケニー様が出ていったことで、誰も居なかった。

 他の長男様も長女様も、仕事を見つけ独立した。

 もうこの家には、グラル様しか居なかった。


 寂しかったんだと思う。


 だから私は、反対した。

 私はあなた様の近くに居たいと。

 だけど、言ったら殴られた。

 言うことを聞けと、ケニーを死なせたら俺がお前を殺すと。

 その声色は、もうあの頃のグラル様の面影が無くなったように感じた。


 新しい雇い主、モールス様と出会った。

 彼は良い人だった。

 酒癖こそ悪いものの、人への態度も丁寧だし、女として惹かれる気がした。

 だけど私はあくまで使用人だ。

 それに、グラル様もいる。

 だから、私は裏切れない。


 モールス様は、ケニー様の親友だった。

 それはまぁ、モールスと言う男が、ケニー様と知り合いだと言うことは知っていた。

 だって、だからモールス様に近づき、使用人として働かせてもらっているのだから。

 最初からモールスに近づいたのは私の意思だ。

 怪しまれず、ケニー様を監視するためだけだ。


「あ、あぁ。俺はケニー。ただのケニーだ」


 目の前に、ケニー様が来た。

 モールス様の家に、家事を教わりに来たと言う。

 正直信じられなかった。

 昔より口調は荒くなかったし、何なら性奴隷のサヤカと言う子供を育てているらしい。

 私はケニー様が自立している事に思わず喜びを感じた。

 その内容の手紙を、グラル様宛に送った。


 だけど、グラル様の返事は来なかった。

 手紙は帰ってきたのだが、その内容に思わず倒れそうな程の衝撃を私に与えた。


『グラル様が倒れました。

 グラル様は寝たきりで文字も書けません。

 もう長くはないそうです。

 バーモク病を隠していた事は咎めませんが、せめて最後は看取ってください』


 それは、他の使用人からだった。

 使用人たちはバーモク病をそこで初めて知ったのだ。

 他の使用人は慌てていた。

 だけど、私は屋敷に帰れなかった。

 なぜなら、今はモールス様がいるからだ。


 ジャック家が終わると言う噂が流れていた。

 流石に焦った。

 なぜなら噂の中に、病気が入っていたからだ。

 大勢いる使用人の誰かが口を滑らせたのだろう。

 その焦りを、モールス様に悟られたのが運の尽きだった。


「サーラ、お前は親父の従者だな?」


 ケニー様に感づかれてしまった。

 正直に言おう、終わったと思った。

 ケニー様が変わっている事は知っているが、当主様の状態を知っているケニー様は何をしでかすのかわからないからだ。

 もしかしたら暴れて屋敷に無理やり入ろうとするのかもしれないし。

 どうして俺に教えてくれなかったんだって言って私は殺されるのかもしれない。

 何をしでかすか、わからなかった。


「メルセラ、頼みがある」

「……はい」

「親父に会うために、俺は屋敷に忍び込む」

「っ!? 正気でございますか?」

「あぁ正気だ! 正気で正気で! 正気だから親父に会いてぇんだよ!!」


 そのセリフで理解した。

 ケニー様は変わったのだと。

 あの当主様を愛していて、会いたいと言ってくれていると。

 嬉しかった。

 そんな必死な顔をしているケニー様を見ていると。

 驚きと嬉しさが混じった、そんな表情しか出来なかった。


「……」


 だけど、変わったとしても。

 あの当主様の為に、忍び込んでまでやる理由がわからない。

 もしサヤカ様と出会ったことで何かが変わってしまったのだとしても。

 私はケニー様の事をちゃんと信用できていない。


「……坊ちゃまが、そこまでしたい理由がわかりません」

「……そんなもん、あれでも父親だからだよ」

「だからって、あの坊ちゃまが!」


 あの坊ちゃまが。あのケニー様が。

 今更父親に会いたいというのもなんだかおかしい気がした。

 何か心の変化があったとしても、その変化を私は知らない。

 知らない、んだ。


「メルセラ、俺は変わったんだ」

「……変わった?」

「俺は家から追い出されてから、変わったんだよ。それはお前も肌で感じてるんじゃないのか?」

「それは……」


 わかっている。

 変わったことなど百も承知だ。

 だけど、どうしてなのかがわからない。

 あのケニー様が、そこまで心変わり出来る理由が、わからないのだ。


「…………」


 あ、違う。

 ケニー様は今、あの人と同じなんだ。

 今ケニー様の家には、血がつながっていない家族がいるんだ。

 だから、今のケニー様は、私が出会った頃の当主様と……同じなのかもしれない。


 ………。


 なら、何に迷ってんだ私は。

 私は当主様の、そうゆう所に尊敬の念を抱いたんだ。

 協力を断る理由なんて、ない。


「……いいでしょう、協力します」



――――。



 その日の夜だった。

 屋敷から届いた手紙により、私はケニー様の家へ走った。


 久しぶりの月を見る暇も無く、私は街中を走った。


 どうして走っているんだろうと思った。

 最初なんて、すぐ終わる雇用で。

 すぐに別の場所へ行くと思っていたのに。

 私は気づいたら、あの家に魅入られて。

 ここまで人生を尽くしてしまった。


 似ていたと言う理由で、こんなにも必死になれるのか。と、私は驚いた。


 だって今の私は、客観的に見ると酷く無様だ。

 人に尽くすのは美しいことだと思う。

 だけど、それをする美しい理由も無く、ただただ放浪してたどり着いた先が、あの使用人だ。

 私の名はサーラ・メルセラだ。

 一人の女性なんだ。

 特に使用人になりたかったわけじゃない。

 やりたいことは……沢山あった。

 それを我慢して、我慢して使用人になったんだ。

 我慢して使用人になった筈なのに。

 今の私は、自らを使用人と言っているような物だ。


 不思議だ。

 血の繋がりが無くとも、

 人は人を。家族として愛せるのだから。



 気がつくと、聞いていた家の庭で倒れていた。

 正装は全力疾走するのに向いておらず。

 所々が泥などで汚れ、擦り切れ、走る途中で邪魔だった重い服は脱ぎ捨てていった。

 今の私に残っているのは、正装の下に着ていたシャツだ。

 それだけで私は走ってきた。


「はぁ、はぁ、はあ」


 息ができなかった。

 流石に、運動していなかった体にこれはきつかった。


 サーラはボロボロだった。

 いつも整えている茶髪のショートカットはボサボサで。

 ヘナリと、その華奢な体が地面に倒れた。


「――――」


 その時、声がした。

 聞き覚えがあって、知っていて、懐かしい声だ。

 あの優しくて、懐がでかくて、尊敬している人の声だ。

 だから私は、顔を上げた。


「おい。大丈夫か?」


 知っている顔、ではあった。

 だけど。求めていた人間ではなかったのが少し残念だ。

 だけど、今はこれでいい。





 ――私の前には、あの父親によく似た、ケニー・ジャックが立っていた。





 余命まで【残り328日】


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