魔法大国グラネイシャ。
世界地図で見ると、北部に存在する国であり。
魔法学や魔力学に精通している国の中で一番と言われるほどその分野で業績を残し。
それに比例して魔法使いの育成が盛んな事が特徴として挙げられる。
何ならグラネイシャの貴族は全て魔法使いになるとまで言われている。
だからある程度魔法に許容があり。
「魔法と言えばグラネイシャ」と各国の人は言うのだろう。
そんな定めと言うか決まりを俺は跳ねのけ貴族の名前を捨てた。
魔法は使えるが、俺の魔法使いとしての実力は上の下程だろう。
そんなお家柄の話は貴族じゃない俺には関係ない事だ。
だが、仕事が決まってから一週間が経った日。
「ご、ご主人さま……?」
「……ついに来たか」
サヤカが魔力開花した。
突如吹き出した炎は庭の小さな低木を燃やしてしまった。
それが『魔力開花』の次の段階。
『魔力不定期』だ。
「手を見せてごらん」
「はい」
白い手を俺は両手で握る。
「そのままだ、深呼吸をしながら体内に感じる力を制御しろ」
「……はい」
「最初は難しい、ゆっくりで良いから感覚を掴むんだ」
「…………はい」
「……」
「………」
「成功だ。その感覚を保てるように訓練しよう」
『魔力不定期』とは、『魔力開花』によって溢れ出す魔力を制御できていない状態の事だ。
『魔力開花』は、
空中に飛び回る魔力を勝手に吸収し、体に溜め込む器官が完成する事を指す。
ここからは専門的だから詳しくは言えないが、分かりやすく言うなら。
まず『溜まったものは発散しなければいけない』
慣れれば慣れるほど魔法を使わずとも発散できるので慣れた人間からしたら問題ないのだが。
子供はそれが難しい。
例えで言うなら生まれたばかりの赤ちゃんは自分でゲップをすることが出来ない。
だから大人の手助けでゲップを行う。
今俺がしているのは“手助け”の部分だ。
本来なら魔力開花をした場合。
一ヶ月か二ヶ月、あるいはもっと長い期間。
施設で制御できるまで訓練することになる。
子供にとっては辛い。だが一時的に親から話し専門の人にやらせた方が安全なのだ。
何故なら魔力とは未知数な物。
暴発もする。
だが俺はこれでも。
貴族。ジャック家の当主。魔法使いグラル・ジャックの息子だ。
施設に入れずともサヤカに魔力調整を教えることなど出来るのだ。
学んでいたと言う訳でもない。
ただ覚えていたの方が正しい。
俺が初めて魔法を扱えたんだ、忘れるわけがない。
俺は過去を思い出しながら、それをサヤカに実行する。
「まずは風魔法がいい。一番被害が出ないからな」
「はい!」
まだ魔力を発散するのが上手くない。
だから俺が簡単な魔法を教えてやった。
「俺に続けて詠唱するんだ。杖に魔力を流すように、そして風をイメージしろ」
「はい! ご主人さま」
この魔法は小さなつむじ風を作る程度の魔法だ。
水や火と違い周りへの被害があまりないのと、練習に適している難易度だから教えている。
ついでに俺は片腕だけだが。
サヤカには初心者用の杖を買って使わせている。
「世界のマナよ、風を起こし、ささやかな加護を起こし給え」
「世界のまなよ、風をおこし、ささやかなカゴを起こしたまえ」
詠唱。
魔力を練り、集め、放つ。
そのプロセスをこの詠唱が補ってくれているのだ。
「――【魔法】ブリーズ」
「――【魔法】ブリーズ」
刹那、風によって庭の低木から葉っぱが全部抜け落ちた。
そう言えば、風魔法ブリーズは魔力の放出量によって威力が変わるんだった。
完全に失念していた。
サヤカの魔力総量が多くなかったらしい。良かった。
「……ぁ」
「サヤカ!」
気が抜けたように倒れたサヤカを、俺は咄嗟に支えた。
やはりそうなるか。
魔力の枯渇。全身の力が抜け、酷いときはおしっこを漏らすらしい。
それもそうだ。魔力が無くなるのは空腹と似たような感覚。
全身のエネルギーが無くなり吐き気を伴うのだ。
…………。
よし、漏らしてないな。
「――『ヒール』」
とりあえず簡単な治癒魔法を掛けた。
魔力の枯渇はよくあることなのでそこまで心配しなくても大丈夫だろう。
だが何だろうか。この感覚は。
「ご主人さま」
「ん? どうした」
服を引っ張られた。
俺の膝の上で脱力している白い存在感に気を引かれ。
サヤカは頬を赤く染めながら。
「魔法って楽しいですね」
「……あぁ、そうだな」
俺も確か、初めて魔法を使った時は喜んだ。
初めて使う力に混乱しながらだったが。
その実験は楽しくってしばらくは魔法で遊んでいた気がする。
考えればそうだよな。成長だもん。
魔力開花は辛い時期の人間が殆どだが、俺やサヤカの様に、楽しいと感じる人間も居るのか。
サヤカも、一段一段と階段を登っているんだ。
俺も。
――――。
「へぇ。子が魔法をねぇ」
「本当、子供は成長が早いよ」
思わず意外そうな顔をするモーリー。
吹き抜けの天井にある天窓から風が通り。
まだまだ暖かい隙間風が俺の脇を通り過ぎた。
モーリー食堂。
俺は一週間、ここで働かせてもらっている。
最初から感じていたが、ここは案外居心地が良い。
風が気持ちい場所は大好きだ。あの家も街から離れていて風を感じれる場所だから選んだ。
ここ最近の変化と言えば、モーリーと普通に会話が出来るようになった事だ。
雑談と言うのだろうか。和気あいあいと話せて、仕事仲間との仲も良好で。
俺は嬉しいよ。
「私もそろそろ子供がほしいなぁ」
そうほうきを振りながらモーリーは呟く。
「モーリーさんは美人だし、別に男くらいほいほい付いてきそうですけど」
「お世辞は良いんだよ。
私はモーリー食堂のお母さん的なポジションだからか。モテるってより。お母さんと見られるからねぇ」
確かに、モーリーはぱっと見母親のようだ。
母性の塊って感じで。優しいし笑顔だし弱いところを全然見せない。
こういう人間に俺は会ってみたかったよ。
俺に母親が居ればまた変わったのかな。と少し考えてみた。
「おいケニー、俺のネェちゃんにてぇ出したら許さねぇからな」
するとフラっと現れた男にそう言われた。
現れたと言っても勿論壁越しだが。
「出すわけ無いでしょ、サヤカがいるんだから」
そう言うとロンドンは「本当かぁ?」と疑心暗鬼の言葉を吐いた。
一応だがサヤカは『養子』と言う事になっている。
性奴隷として買ったなんて言ったら俺が軽蔑されるしな。
世間体って奴だよ。俺の自己防衛さ。
「ロンドン、料理の出来が遅いよ」
ロンドンと俺の会話を傍から見ていたモーリーはそう冷やかすように口を挟む。
「バカいぇ、出来たから顔だしたんだよ」
ぺっと言いながら、料理をカウンターの窓に置く。
不貞腐れた野郎だ。姉にとことん似てないな。
「はぁ」とモーリーは溜息を吐きながら料理を運ぶ。
するとモーリーがキッチンから離れた瞬間、
「なぁケニー」
真面目な感じだった。
ロンドンのこういう声色は初めてな気がする。
「ん? なんだ」
「……もしネェちゃんに、子供が出来たら、どうなるんだ」
………。
ん? どうとはなんだ。
別に変らないだろ?
「だから……ネェちゃんに子供が出来たら、俺はどうなるんだよ」
「そりゃあ、別に変わらなくないか?」
「変わるかもしれねぇだろ!!」
何だこいつ。何を心配しているんだ?
変な奴……。
「いや身内なら関係変わらないだろ。お前は少し世間を知らなすぎだ!」
思わず声を大きく言ってしまった。
別に怒っている訳じゃないんだが。
顔の見えないロンドンがそういう口調になったのに、同調してしまった。
何だかムキになったみたいで恥ずかしい。
「……まぁお前が言うならそうゆう事なんだろうな。信用するぞ」
ロンドンはどうやら姉のモーリーに何かしらの感情を抱いている様だ。
それが恋かどうかは正味興味が無いし知らないが。
その感情が実るとは本人も思っていないようだ。
でもロンドンは不安そうだ。
何を怖がってる?
あと、なんか知らないが。俺はロンドンから信用されているらしい。
どこから湧いて出る信用なのか知らないが。
まぁ俺は適当に対応するまでだ。
別に冷たくはないだろ?
これが当たり前の対応だ。
「なぁケニー」
すると料理を運び終えたモーリーが開口一番そう俺の名前を呼んだ。
何だか心配してそうな顔だった。
「なんですか?」
「最近巷で噂になってるアレ。あんたはもう聞いたのかい?」
「……噂、ですか」
噂? 知らないな。
でも俺に話してくると言う事は。
――――。
帰り道。
すっかり夜まで労働するようになってしまった。
だがこれが通常業務。慣れるしかない。
だが、
「つっかれた」
まだ一週間だ。慣れるわけない。
あれが一番疲れる。混雑してる時一気にオーダーが来ると頭がパンクしそうになるのだ。
つい最近まで考えるのが大っ嫌いな現状維持主義だった俺だ。
変化の嵐に成長が付いていかない。
だが、最初よりは作業に慣れてきた気がする。
やはり継続とは力だ。
このまま乗り切ろう。
俺は家の庭をまたいた。
風車は軋みながらも回っている。圧巻だな。
道を歩き、俺は重い肩を使い玄関のドアを開けた。
「ただい――」
「ご主人さま!!」
扉が開かれると、俺の言葉を遮るようにし大声が家中に響いた。
家の中を目で凝らすと、白髪の少年サヤカが俺に指をさしていた。
何だ何だと混乱していると。俺の目に入った物が全てを説明してくれた。
「見てください! このお肉を! 隠していましたねご主人さま!
ボクは大きな心を持つので心から許しますが、その代わり今日の夜ご飯をお肉にすることをここに誓ってください!!!」
「……見つかっちゃったか」
数日前、モールスに雇われた記念にとプレゼントされた高めの肉。
いい感じの時に食べようと隠していたのだが。
そう言えば最近、サヤカは新しい場所の掃除を始めたのか。
様は時間の問題だったわけだ。
「………」
フンッ、と息を吐きながら堂々と玄関に立っている。
ああ、なんて可愛いんだろう。
「いいだろう。肉を食うぞサヤカ」
「はい! サヤカは肉をいっぱいたべます!!」
それからと言うもの。
週に三日程食堂で働きつつ。
サヤカに順番に魔法を教えていった。
風、土、水、火。
全ての初級魔法がサヤカは出来るようになっていた。
うちの子は天才だ!
と叫びたいのは山々だか、これがこの国ではまぁまぁ当たり前の事だ。
魔法大国と呼ばれているんだ。
魔法教育がこれほどしやすい場所は他にない。
俺の方はサーラさんと定期的に会い色んな家事スキルを教わっていった。
トイレ掃除、シャワーの魔石の取り換え、天井裏の一掃と数々のスキルを教わり。
それを日に日にサヤカに教え、サヤカの仕事はどんどんと増えていった。
当初こそサヤカに全て丸投げしようと安く見ていたが。
俺も最近は暇な時間、家事をしている。
家事が出来ない天性の体だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
……段々と俺達は充実していく気がする。
これが当たり前と言うのだろうか。
いいやそうだろう。
これが忘れていた普通の暮らしだ。
――――。
「ほら、やってみろ」
「はい」
家の庭で、俺はサヤカにそう告げる。
いい色の青空の日だった。
俺とサヤカは外に出て、少し家から離れた野原へ散歩しに来ていた。
散歩と言っても目的はある。
俺の言葉を聞いたサヤカは杖を掲げ。
大きく息を吸い、叫んだ。
「世界のマナよ、台風を起こし、強大な影響を与え給え!!」
こんなに早くサヤカが上達するとは思っていなかった。
俺の教え方が上手かったと自画自賛したいがここは我慢しておこう。
サヤカには素質があった。魔法使いとしての素質がちゃんと存在したのだ。
天性の不器用とかなんとか言ったが今は違う。
「――――」
刹那、天地一変。
荒れ狂う嵐が風車を揺らし、
立つことすらままならない強風に体を煽られた。
雷が鳴り響き、地面が揺れ、その混乱の中一つの宣言が響き渡る。
「――【魔法】ザ・ストーム!!」
その宣言とともに巨大な雷が轟いた。
指揮者のように杖を操り天候を操る姿。
サヤカの白髪が風に揺られ存在感を増していた。
思わず見とれるその光景。
これは凄い。
「やめッ」
との合図に、その雲は音もなくして消えた。
「……どうでしたか?」
サヤカは恐る恐ると、俺に顔を伺うように効いてくる。
自分でも手応えがあったのだろうか。
でもまだ信用できない。って顔だ。
だから俺が、
「中級取得、おめでとう。サヤカ」
「っ……ありがとうございます!!」
そう言うとサヤカは花の様な笑顔で跳ねた。
中級魔法。【ザ・ストーム】
風魔法【ブリーズ】の上位互換であり。
最初に使ったブリーズと威力が変わり、それは天候を操る程にまで格上げしている。
中級と言うのだからあんまりだと誤解されがちだが。
この世界では冒険者と言う者が居り、彼らでも初級から魔法を使う。
初級でもできれば凄いのがこの世界だ。
その中で中級。立派なもんだ。
分かりやすく難易度順に区別してみる。
【初級】 水の生成や火の生成、単純で応用力のないが簡単なのが特徴。
【中級】 広範囲の魔法、応用力が高く日常生活でも使用できる。
【上級】 広範囲かつ高難易度の魔法。応用力が高く他の魔法と組み合わせると更に強くなる。
そしてもう一つ上に【神級】と言う分類がある。
【神級】 様々な知識を身に着け高度な魔力を生成し使用する魔法。
常人では十年や二十年、悪ければ半世紀学習して習得できるかどうかの最難関魔法だ。
俺が使えるのはせいぜい中級くらいだな。
大体初級、中級が多いイメージだ。
冒険者とかの界隈に行くとまた違うんだろうけどな。
「流石だな。サヤカには魔法の才能があるよ」
「あ、ありがとうございます!!」
サヤカがめちゃくちゃ嬉しそうだ。俺の言葉にニコニコとしている。
だから頭を撫でてやった。
白い髪の毛の触り心地は普通の髪の毛だ。当たり前か。
そしてサヤカがめちゃくちゃ嬉しそうだ。
今後も頭を撫でるのは継続していこう。
「――――」
サヤカにここまで才能があるとは予想もしていなかった。
いいや。俺の教え方が美味かった可能性もあるが。
まぁ、どちらにせよ。中級魔法を扱えるようになったのはサヤカ自身の力量だ。
称賛しなければ。
9歳で中級魔法取得はあまり聞いた事がない。
うちの子は将来、凄い人間になるのかも。
と妄想してみる。
……そう言えば、
「もうサヤカと出会ってから一ヶ月か」
「そんなに経ったんですか?」
サヤカと出会ってからもう一ヶ月だ。
早いのか遅かったのかと聞かれれば何とも言えない感覚だ。
だが少なくとも、この一ヶ月は俺にとってもサヤカにとっても。
沢山な事を知って成長した期間だと思っている。
感慨深く、思い出が多い。
何だか俺の人生じゃないみたいだ。
考えれば、一カ月前まで何となく人生はやり直せないと思っていた。
でも、
「ご主人さまに会えて、ボクは幸せですよ」
「なんだ突然、嬉しいことを言うじゃないか」
「だって、気持ちは伝えるものってトニーが教えてくれて」
「あのガキ、変なことを教え込みやがったな」
なんと言えばいいのだろうか。
これは人生の再スタートなんじゃないか?
「……」
「………」
「ぷっ。はは」
「おい笑うなよ。サヤカが耐えきれなくなったら……っ、俺も」
その日は二人で笑った。
庭で寝転びながら。大きく笑った。
そして、楽しく、幸せな日常に、感謝した。
だが俺は知っている。
幸せには終りがあるんだ。
必ず終りがあるんだ。
その予兆は感じている。
余命もそうだし、最近は怪しい噂が多い。
……何か、状況が大きく変わりそうな気がする。
その状況が変わった時の為に俺はサヤカに中級魔法を教えた。
後付けの動機に聞こえるかもしれないがこれは本当だ。
それ以外の、護身にもなる魔法も教えた。
もし俺に身に何かあっても大丈夫なように。
「サヤカ。1ついいか」
「なんですか?ご主人さま」
次の言葉を考えずに声を掛けてしまった。
これは俺の悪い癖だな。
「生き残るぞ」
「……?」
まだ知らなくても良い。
俺の寿命のこともこの世界のこともだ。
“サヤカは、俺の病気のことを知らない”。
教えていないからだ。
教えるつもりはない。
俺が居なくなった後の事は他の人に託してある。
勿論、反対もされた。
だが、頭を下げたりして同意してもらった。
まだまだ先のことだが。
この幸せが終わる時、サヤカが笑えない世界なら。
俺は、きっと、潔く成仏できない。
「――――」
程々に疲れて。
程々に泣いて。
たまに笑ってくれればいいから。
それだけで、俺は幸せだから。
覚悟は決めた。
まずは最初の問題。
あの優しすぎる。父親の話だ。
余命まで【残り334日】