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六話「真っ当な道」



「モーリー食堂、開店だよ」



 その宣言とともに、店の中に子供たちが濁流の様に押し寄せた。

 その表現は誇張しすぎだと言われるかもしれないが、マジで表現通りなので俺はこのまま進めていく。


 ここは『モーリー食堂』と言う街のはずれにある『食堂』だ。


 俺が紹介された仕事先、そして子供の憩いの場らしい。

 モールスはここの主、『モーリー・ティザベル』と知り合いだったのだ。


「……えぇっと」

「とりあえずケニー。

 あんたは裏にいるうちの弟が作る料理を、決められた番号の席に届けるのが仕事ださね」


 モーリー・ティザベル。モーリーさんはそう俺に指示をくれる。

 もちろん初日だ。教えてもらわなければ俺は何も出来ない。


「わかりました」


 どうやらこの食堂の昼間のお客は、大体が子供らしい。

 子供がよく来る食堂だからそこらの仕事よりは簡単で楽しいとモールスが言っていた。

 別に子供の相手が得意な訳でもないんだがな。

 あいつの中の俺の評価が気になる所だが。

 仕事を始めて二時間。今の感想を述べておこう。


 食堂の中は新鮮だった。

 綺麗に隅々まで掃除された天井は吹き抜けで上を向けば屋根の裏側。

 開放感があるので少し気に入っている。

 大きい椅子もあるのだが、カウンターの端には小さな椅子が収納されており。

 それを知っている子供たちはわれさきにとその椅子を自分で取り自ら座る。


 俺が危惧していた。

 殺伐とし頭を握りつぶそうとしてくるブタ顔はいない様で胸を撫でおろす。


「ご注文は? 今日こそはちゃんとお金を貰ってきたんだろうね、トニー」


 どうやら注文が入る様だ。

 俺は一応、今後の為に耳を傾ける。

 モーリーは優しい声色で子供に話しかけ、注文を聞いた。


「おう、俺の父さんと母さんは今日も仕事だからな。これ頼むよモーリーさん!」

「あいよ、500Gだよ」


 あんな小さな子供が自ら注文を言いお金を出している光景に。

 俺は思わず驚いてしまった。

 俺があんなに小さい時まだおつかいとか買い物が出来なかったからだ。

 今の子は立派だな。

 あいや、俺が貴族だったからってのもあるのかもしれない。

 こいつらとは暮らしが違った。

 そういう点では。少し一般人が羨ましい。


「注文入ったよケニー。これを裏の弟に渡すんだ」

「あ、はい!!」


 おぼつかない手付きで俺はその紙を受け取り。

 俺はすぐさまカウンターにある窓にその紙を伸ばす。

 システム的には注文が書かれた紙を裏のキッチンへ回し、そこでモーリーさんの弟に料理を作ってもらうらしい。

 一応モーリーさんも料理が出来るらしいのだが、

 弟の方が料理の腕は一人前だと自慢げに語っていた。


「あ、あの」

「あいよ、そこに置いときな。俺の料理はすぐできる」


 軽そうな声色だ。

 そのまま慣れた手付きで紙を持っていった。

 腕しか見れなかったな。聞いていた通りだ。


 料理人の名は『ロンドン・ティザベル』

 この食堂の料理人でモーリーさんの弟らしい。

 モーリーさん曰く人見知りであまり表に顔を出さないと言っていた。

 少しだけ開店前に話したがノリは良さそうだ。


「ほれ、パスタだ、一番席だ」

「え? 早くないですか?」


 どうして驚いているのかと言うと、料理は物の一分ほどで完成してしまったからだ。

 料理の腕ってこういう事なのだろうか?


「俺ぇぁはこれでも料理人だ。舐めてもらっちゃー困るぜ、ケニーの旦那」


 との事だ、奥でドヤ顔してそうで少し面白かった。

 ロンドンとモーリー。二人で回している食堂がモーリー食堂。

 ここの料理は量がすごい。

 500Gと言う格安で、食べ盛りの子供が大満足できるほどの料理が出てくる。

 これは子供に人気なのも納得できる気がする。

 子供はとにかく沢山物を食べるしな。

 サヤカももう少し食べ物を食べてもいいと思うのだが、多分だが奴隷時代の癖が残っているのだろう。

 別に否定も肯定もするつもりはない。


 俺は料理を大きめなお盆に乗せ。

 慣れない手付きだがそれを片手で持ち上げた。

 本当なら両手で持てばいいのだろうが、チビ達に舐められたくないものでね。


 案外バランス感覚が難しいがそれを根性でなんとかしつつ。

 俺はカウンターから一番近い席に料理を届ける。


「パスタのお客様」

「あい、俺だ、新入り」


 どうやら俺は早速舐められている様だ。

 キー。と威嚇したい気分だが仕事中なので抑えよう。


 憎まれ口を叩いたチビに料理を持っていく。

 するとそのチビは足を机に乗せ、気取った感じで俺を見つめる。

 なんだ、こいつ態度でかいな。

 まぁだがこうゆうのは掴みが大事って聞いたことがある。

 思い切って会話を……。


「よろしくな、俺はケニーだ」

「ケニーつうのか、いい名前してやがる。俺のパスタを運んできたな」


 堂々と、腕を組みながら。

 その男児は上から目線で鼻を鳴らした。


「気に入った。よろしくケニー、俺はトニーだ」

「…………」


 なんかよく分からんが、このガキに気に入られたらしい。

 ケニーとトニー、響きも似ているし何か共通点でもあるのだろうか。

 それともトニーは俺に何らかのシンパシーでも感じたのだろうか。

 気に入られたのは少し嬉しいのだが、素直に喜べるような態度を取ってほしかったと心で愚痴を零す。

 せめての反撃で心の中でトニー“坊主”と呼ばせてもらおう。

 別にハゲてないけどな。


「ん」


 するとトニー坊主は腕を伸ばしてきた。握手でもしたいのか。


「あぁ、よろしくな」

「お。おう……」


 手を掴んでやった。

 思ったよりそのガキの手が小さい事に驚いたが。

 一番は、トニー坊主が俺の手の大きさにビビり散らかしていたことだ。

 なんか子供って可愛いな。

 サヤカの時も思ったが、子供の相手をするのも悪くはない。


「どうだい」


 俺がレジの方へ戻ってきた時。

 この店の主であるモーリーさんがそう聞いて来た。

 最初、質問の意味が分からなかった。


「何がでしょうか?」

「その下手な敬語をやめなさい。あんたここでは従業員のケニーださ。

 私が知っている従業員ケニーは、憎まれ口を叩きながら子供達の間で人気者なんだから」

「……そうか、なら。どうだい、とはどういう意味だ」

「仕事ってのはどんな気分だい?」


 ……モーリーさんは、モールスから事情を聞いているのだろうか。

 いいや、あいつは簡単にその秘密を語る人間ではない。

 多分だがこのモーリー・ティザベルと言う女性は人を見る目があるのだろう。

 何となくだが見透かされている気がする。

 俺のトラウマも、全て。

 だからか不思議と、言葉がつらつらと出て来てくれた。


「まぁ、悪くはないな。知らなかったよ。こんなやりがいがある仕事は」

「そうかい。それはよかったよ」


 静かにその女性は笑った。

 だがその笑顔はすぐ消えて。


「仕事にかかるよケニー。ここから繁盛する時間さ」

「それは、大変そうだな」


 大変そうと同時に。

 その二人は、楽しそうでもあった。



――――。



「今日はここまでで大丈夫さね」

「色々ありがとう。これからもお願いするよ」


 本来の業務では夜遅くまでやるのだが。

 今日は初めてということで特別に日が落ちる前に終わらせてもらった。

 気を利かせたのか、それとも意地悪の為か。

 流石に後者は無いだろうが。少し怖いな。


「どうだったかい? 初めての肉体労働は」

「いやぁ、腰が痛くて仕方がないな」


 俺は今日、初めてこの場に来て仕事をした。

 結論から言うと楽しかった。

 やりがいと言われるのだろうか。

 そうものを感じて。

 感慨深い。

 何も初めての感覚だからこれに合う言葉が見つからないのだ。

 ただ言えるのは、


 今日はいつもと一味違う気がした。


 過去のトラウマのせいで、俺は仕事に抵抗感があった。

 だが俺はやっと一つ階段を登ったんだと思う。

 なんだか嬉しいのかよくわからない。

 でも今俺は、自分がとても誇らしく感じる。


「シフトだが週に三日間だけさね。繁盛する日だけ」

「わかった」


 モーリーさんは言いながら書類を渡してきた。

 簡単なシフト表と、今後の予定が書かれた書類だ。

 シフト表上部に可愛いマスコットの絵が手書きで書かれていた。

 多分モーリーさんが書いたのだろう。

 可愛いな。


「出勤はこの裏口から来な、ここならいつも開いているから。集合は開店の三十分前に」

「了解だ」


 今回の仕事を振り返ると意外と皿洗いだけではなく。

 料理の運びなどをさせてもらっていた。

 主に俺の仕事は皿洗いだと思っていたが。

 人手は料理を運ぶ従業員だけが足りないらしい。

 この食堂は、料理人のロンドン。

 レジや注文をモーリー。

 そして料理の運びなどを俺がやる。

 三人だけだ。

 他に仕事仲間は居ない。


 だが、この三人で案外食堂は回っていた。

 それはきっと、モーリーの機転とロンドンの技術と俺の肉体で成り立ちそうだ。

 一日しかまだ出来ていないけど。

 ここまで嬉しく、疲れた仕事は初めてだった気がする。


「……いろいろありがとうございます」

「いいさね。あんたも良い仕事っぷりだった」


 肩をパンパンと叩かれた。

 勿論優しくだ。

 そんな首が吹っ飛ぶほどの怪力で「遊びはここまでだ」とか言うタイプだったら俺は戦慄したがな。


 きっと、これがモーリーさんなりの褒め方なのだろう。


「帰り道は気をつけなよ。酒場とか滑り込んじゃだめだからね」

「酒場なんて……」


 別に行かねぇよ金がないんだから。

 てかどうして俺がよく寄り道することを知って……。


「モールスがなんか吹き込んだなっ!!」

「あはは。モールスくんは君のことが大好きみたいだね。

 あんな頼まれ方されたら、私もノーとは言えないよ」


 モーリーは高らかに笑った。

 どうやら俺はモールスに色々世話を焼かせていたのだろう。

 モールスは俺の病気とかの事情を知っている。

 だから手を焼いたのだろうか。持つべきものは友人って訳か。

 本当に感謝しきれない。

 いつかちゃんと、ありがとうと言える様にならなければ。


「じゃあ行きますね」

「あぁ、また次の仕事でね」


 結局、モーリーさんは優しかった。

 あの養豚場のブタのようではなく。

 俺のことを聞かずとも察し気遣っていた。

 こんな人が世界に溢れて居たらと思うけど、そんなんじゃ世界は回らないのを俺は知っている。


 モーリーさんに背中を向けると同時に。

 我慢していた笑みと、どうしてかわからない涙が溢れた。


「……歳だな」


 そうだ、42歳なんだ。

 涙脆くもなるだろう。

 俺はなんで泣いているんだろうか。

 泣いているくせに俺はどうして笑ってんだ。

 おかしいな。あはは。


 なんだか、俺は自分が誇らしいよ。

 こんなのも、俺は知らなかったんだな。


「どうしたんですか? ご主人さま」


 すると、モーリー食堂から歩いて少しのところに。

 見覚えのある。白髪の幼女が立っていた。

 あ、男か。


「サヤカ……待ってたのか?」

「はい。ご主人さまはきっと疲れていると思って」


 朝の弱さを見せてしまったからだろうか。

 心配させてしまったな。

 全く、俺はどこまでろくでなし何だか。


「ありがとうな、サヤカ」

「いえいえ。ボクは貴方の奴隷ですからね」

「ふっ……せめて、友達とかが良かったな」


 こうして俺たちは家に帰る帰路に付き、

 俺は初めての職に就いた。



――――。



「どうでしたか? ご主人さま」


 そう聞いてきた。

 白髪と碧眼が心配そうに覗いてくる。

 最近サヤカには必要以上の心配を掛け過ぎな気がする。

 弱気になるのも時には大切だが、大人なのだから子供のお手本にならなければな。


「楽しかったよ。悪くないな」


 俺は今日また一歩、大人の階段を上がった気がする。


 やはり肉体労働は疲れるな。

 まだ半分の仕事量なのにここまで疲労感が溜まるとは。

 これは体力作りも必要か。

 まあでも、あれ続けていれば自ずとスタミナは付きそうだが。


「いつか、お前にも分かるさ」

「?」


 人と関わると言うのはある意味変化だ。

 サヤカの件もそうだが、モールスやサーラ。モーリーやロンドンもそうだ。

 出会いは人を変える。

 俺が最近実感した事だ。

 この状態を幸せと言うのだろうか。

 それは俺には分からないだろう。


「親父に感謝しなきゃいけないな」

「……?」


 違うか。

 幸せは今に始まったことじゃない。

 俺の人生は基本的に幸せなことばかりだ。

 でも俺はそれを全部捨てて、全部忘れようとした。

 一度の失敗が大きくなった。

 貴族として生きていたら俺はきっと今より優しかったのだろう。

 でも今の俺の目指す場所は貴族じゃない。


「……サヤカ」

「はい、なんですか?」

「今は幸せか?」

「……なんですか急に」


 サヤカは俯いた。

 今までが普通じゃなかったサヤカは。ある意味俺と同じなのだろう。

 待遇は違えど同じなんだ。

 そうなる経緯はきっとまるで違うけど、どこか俺とサヤカには似通っている部分があると思う。

 俺が今この環境を幸せだと感じている。

 サヤカはどうなのだろう。


「ご主人さまに買われてから、ボクはずっと幸せですよ」

「……そうか。それはよかったよ」


 俺はあのトラウマを乗り越えたったことで良いんだろうか。

 正直実感はない。

 未だに働けと言われればどこか足がすくむ気がするし。

 まだあのブタ顔の顔と、親父の冷たい表情が忘れられない。


 だけど確実なのは。

 俺は、きっと最高に幸せなんだろうな。


 幸せとは裕福なことじゃないんだ。

 幸せは意外と近くにあるのかもしれない。



――――。



「あ」


 唐突だが、小さな声が聞こえた。

 それは帰り道。歩いていた時に背後から聞こえて来た声だ。

 声は若かった。

 声はやけに下の方から聞こえて来た気がした。


 俺は振り返った。


「あんた、ケニーじゃない?」

「あぁ、トニー坊主か」

「あ? ハゲてねぇが?」


 悪態をつかれてしまった。

 そう言えば坊主は心の中だけだったな。失敬。


 小さな目に短髪の茶髪。

 そして上から目線の憎まれ口は俺と似ている。

 サヤカとの帰り道、たまたまだがトニーと遭遇した。


「なんであのケニーが、俺と同じくらいの女の子と……」


 うるせーばーか。

 悪いのかよサヤカちゃんと歩いててー!

 いいじゃねぇかよ少しくらいよ!!

 確かにサヤカちゃんは女の子に見えるがな、これでも俺と一緒に――。


「あ!!」


 うわおびっくりした。

 今度の『あ』はサヤカだ。

 驚いたように、トニー坊主を指差しサヤカは驚いた様な顔をした。

 何だ何だ? 


「トニーくん!」

「おま、サヤカじゃねーか!!」


 ……ん? どうゆうことだ。

 どうしてサヤカの名前をトニーが叫んで。


「あ」


 今度の『あ』はまたしてもサヤカだ。

 だが今度は俺の向けられた『あ』だった。

 サヤカはうじうじとしながら言葉を選んでいるように見えた。


「?」


 俺は訳が分からないので訳が分からない顔で返しておいた。

 するとサヤカははっと俺を見つめ。

 何故か赤面してから。


「えっと、最近言ってた友達のトニーくんです」

「……うっす」


 サヤカはなぜか照れ、トニーも腕を頭の裏に置いてから照れた。

 ……ん? なんだこの雰囲気は。

 なんだかわからないが。

 恋人を連れてきた娘を見る父親の気持ちだぞ。


「え、えぇ!?」


 なんか時差があったが。

 遅れて理解できたのでそうゆう反応になった。

 最近サヤカが出来たと言っていた友達は、トニーだったのだ。


「トニーは、こんな遅い時間まで何を?」

「俺は親の帰りが遅いから、ここで……遊んでます」

「どうして敬語なんだ。食堂での態度はどこにいった……?」


 そうだぞトニー。お前のあの態度が恋しいからなおじさんは。

 坊主と呼ばせてくれ坊主と。

 あの態度が無きゃおじさん悲しいぜ?


「いや、なんか……」

「ん?」


 何だトニーよ、言いたい事がありげだな。

 言いたいことは言うべきだぞトニー。


「まさかケニーさんが、サヤカの親だとは。

 確かに聞いてた話とは……ん?でも優しそうな顔してねぇしなぁ」

「俺がケニーだ。サヤカの親のケニーだ。よく見ろ、弱視か。優しそうだろう」

「なんつうか、おっかねぇ顔だな。酒飲んでそう」

「正直な人間は嫌われるよぉ!!??」


 トニーの「おいおい冗談だって」と言う笑い声が響いた。

 サヤカも俺の横で笑っている。

 こりゃ仲がよさそうだ。

 ここ数週間のサヤカさんとの関係より、トニーとサヤカの関係が何だか眩しくって負けそうだ。

 くっ、覚えておけよ!





 あれ、なんだろうか。


「ご主人さまったら楽しそうですね」

「まぁ、そうかもな」


 胸の中にあったフワフワとした物が。

 色を獲得していく。


「サヤカ!お前、いい父さん持ったな!」

「……そうだね。トニー」


 俺の胸に、無色であったモヤモヤが。

 何か、とんでもない強い色に変わっていく。

 そうか、これは欲だ。

 生きたいという欲だ。

 俺はこれを幸せと知っている。

 俺はこれが終わると知っている。

 いずれくるその時まで、俺はこの幸せを、守るんだ。


 守らなければ行けない。

 生きなきゃいけない。

 まだ俺は、やれるのかもしれない。

 普通に生きて、何かを残せるのかもしれない。


 これが、真っ当な道なのか。


 これが、幸せなんだろうか。


 俺は、ケニー。


 人間だ。





 余命まで【残り344日】









 その一週間後、サヤカが魔力開花した。


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