サヤカが家の掃除役に決まってからはや二週間が経過した。
生活は何とか出来ていた。
お金はもう殆どないが、その対策を打っている所だ。
で、お金以外の問題は殆どなくなったと言ってもいい。
家事も料理も教えてもらえた。
サヤカにそれを伝授するのも時間の問題だ。
「………」
まだ俺は、自分がどうゆう状況なのかとか。
そうゆうのを理解していない。
なぜなら実感が無いからだ。
【魔病】
確実に命を奪う。悪魔の病。
絶対、確実に、悪魔の様に命を刈り取る。
だから悪魔の病、だから魔病と呼ばれている。
『一年、発症から一年で確実に命を喰われる』
発症の目安は、俺の右腕に現れる悪魔の記号だ。
現れたのは今から数週間前だ。
そこから病気は進行していく。
珍しい病気だから、どうゆう症状になるのか個人差があるらしい。
まず半年で俺は魔力が使えなくなる。
魔法が使えなくなるのだ。
そこからだんだんと体が弱っていく。
医者は、炎をイメージしろと言っていた。
炎は永遠じゃない。
条件が揃わなくなるとすぐ消えてしまう。
小さく小さく、弱く弱く。
少しずつ弱っていく。
そしていずれは。
音もなく炎は光を無くす。
魔病は、そうゆうイメージだと言われた。
苦しみは無いそうだ。
少しずつ、俺の命を音もなく奪っていくらしい。
恐ろしい病だ。
だが、
まだ俺の余命はある。
生きたい気持ちもある。
今、俺に出来ることをしなければいけない。
「ご主人さま?」
少し心配したように、サヤカは覗き込んできた。
どうやら歩きながら考え込んでしまったらしい。
心配させてしまって申し訳ないな。
「……すまない。少しぼうっとしていた」
「大丈夫ですか? やっぱり今日はやめておきます?」
「いいや、今から行くぞ」
確固たる意志、って訳でもないけど。
そう俺ははっきりと言い切り歩みを進めた。
その片手にサヤカの小さな手を握りながら。
ここ最近のサヤカは幸せそうだ。
家での仕事ができ、そして売られる心配も無くなったからだ。
自分が役に立てていると言う感覚が嬉しいのは分かる。
そして聞いた話によると、この二週間でサヤカに同年代の友達も出来たらしい。
まだ俺は実際に会った訳ではないが、
サヤカが信用しているなら悪いやつではないのだろう。
あいや、待てよ。変な奴じゃなければいいのだが。
ほら? サヤカさんってかわいいじゃない?
………その心配はどんなけ考えても終わらない。
一番は、心配しない事。生暖かい瞳でサヤカを見守ればいいのだ。
「――――」
少し心配をするなら、サヤカを男の子だとは知らない可能性もあることだな。
実際俺も騙された。
今のサヤカは、どう見ても女の子だから勘違いは仕方がない。
と言うか、サヤカは男の子のくせに、可愛いものが大好きだ。
そうゆう所だぞサヤカ、おじさんは心配だ。
「ここ、か……」
呟いたのは俺だ。
「頑張りましょう! ご主人さまなら大丈夫ですよ!」
健気な励まし。嬉しいけど胃がはちきれそうだ。
でもここは、
「……お前の期待に答えられるか、心配だな」
言いながら頭を撫でる。
すると、喜びながらサヤカは心配そうな顔になった。
「ご主人さま、手が……」
「あぁ、いや。気にするな。武者震いだよ」
武者震い。
最近、武者震いに振り回されているな。
サヤカを買った時もこんな感じだったからな。
怯える子羊みたいで可愛いだろ。
……さて、現実逃避はよそう。
ここまで来て何が始まるのか知らない人に向けて。
簡単にここ数日の事を説明しなくちゃいけない。
だがその前に俺は目的地へ到着しした。いや、してしまったの方が正しいかもしれない。
「――あんたが、新入りかいな」
俺の背後からそう声がかかった。
振り返ると、そこにはエプロン姿の少しふっくらした女性が腕を組んでいた。
見た目の特徴で言うなら頭に白いエプロンを巻いている点だ。
全体的に緑と白の服装で、特徴的な訛りをしていた。
そんな女性相手に俺は震える口を使い。
「あぁ、俺がケニーだ。今日からよろし……」
あ、こうゆうのは敬語でなければ行けないか。
「ケニーです。よ、よろしくお願いします」
「ケニーってんのかい。男前な名だね。まぁ、よろしくだ」
そうして俺は、この食堂に雇われることになった。
――――。
数日前の事だ。
「あァ!? 金がねぇだってぇ?」
「……頼む」
さて、どうしてここ数日だけでこいつの玄関に何度も居座り。
前回と同じように、土下座をしているのかと言うと理由がある。
それはかの大陸外にある広大な海より深く、
魔法大国グラネイシャと東部サザル王国の間にある棘山よりも高い理由があるのだ。
「金が無いんだ。貸してくれないか?」
まて、皆の気持ちを代弁しよう。
きっと皆は俺に向かい出来る限りの助走をしつつ巨大な鉄ナックルを装備しヘッドショットしたい所だろう。
だが少し待ってくれ。この話はここで終わらないんだ。
「……お前、変わったと思ってたのに」
落胆するモールス。
当たり前の反応だ。
「何言ってんだ。よく見ろ、俺はケニー・ジャックじゃねぇ。ただのケニーだ」
「性根が腐ってるって事だよケニー。
俺はお前の事情をある程度……病気のことも知っている。
だが、俺らも湧いて出るほどの金はねぇんだ。サーラと俺が普通に生活するくらいの貯金しかねぇーんだよ」
飽きれながらも諭すように言ってくれた。
モールスは案外優しい男の様だ。
モールスはそのまま大きなため息を吐いてから、とりあえず中に入れと言った。
「お前の過去の事情も知ってる。が、今こそそれを乗り越えるべきなんじゃねぇのか」
「……いいタイミングではあると思う。だけど、やはり俺は、怖い」
会話しながら、横でサーラが飲み物を注ぐ。
それを一口だけ貰った。
師匠が入れる紅茶は最高だな。と感想を浮かべるだけ浮かべ。
俺はもう一度考えた。
「……流石に。引きずり過ぎだよな。わかってるんだ俺も」
「尚更じゃねぇか。頑張れよ、出来る限りの補助はするからよ」
俺は過去に、大きなトラウマがある。
それが今、こうして行動を制限している。
そのトラウマのせいで、俺は家に勘当されたと言っても過言ではない。
俺が家に引きこもり、酒だけを飲む原因になった出来事だった。
――――。
「ケニーよ、平民の暮らしを体験してこい」
身長が高い人が、そう言ってくれた。
親父は貴族ジャック家の当主であり、尊敬できる人間だった。
幼い俺はその言葉を聞き、
「はい。お父様」
まだ幼かった気がする。
でも年齢的には10歳後半とか、そこらへんだった。
確か、妹が手術しにいった期間の話だな。
平民の仕事を体験する。
当時の俺からしたらそれは貴重な体験だ。
貴族暮らしの俺が平民の立場に立ち物事を見る。これほど希少な経験、身にならない訳がないと内心ワクワクしていた。
仕事の内容は豚の世話だ。
親父の知り合いが経営していた養豚場へ、住み込みバイトと言う形だ。
期限は一週間。
主な仕事内容は豚の糞の始末や掃除、そして豚にエサを与えることだ。
汚そうで人によっては最悪だと愚痴を零すのかもしれないが。
当時の俺はとても楽しくやっていた。
唯一の欠点にさえ目を瞑れば。
「ブヒー」
「……臭いですね」
「まぁ臭いな。だが慣れだぞ小僧。ほら、これでクソなりにクソを集めてこい」
「………」
養豚場の作業員の悪態。
何となく感じ取っていたが、明らかに俺を目の敵にしていた。
と言っても俺は貴族だ。
この程度の挑発や悪意などに屈しないと思っていた。
「豚はこれを食べるのですか?」
純粋な質問だった。
今思えば少し失礼だった気もするけど、別に子供だったんだから許してくれよ?
「そうだ。それが豚のエサだ。お前はいつも高級な物を食うんだろう?」
半笑いでブタみたいな先輩作業員が言う。
「まぁ貴族ですからね。ですが、ここにいる間はあなた方と同じものを食べるので、よろしくおねがいします」
「……ち」
俺が真面目にそう言うと、
ブタ顔の男は不満そうにブツクサとどこかに去っていった。
幼い俺でも分かる。
あの人の言葉には皮肉が含まれていると。
何故だか知らないが、貴族の俺を恨んでいるような態度だった。
だが人間は十人十色。色んな人が居るのがこの世界では当たり前なのだ。
これもいい社会経験なのだろうと割り切った。
でも翌日、
驚いた。
「息子は迷惑をかけていないか?」
「ええ、それはもういい仕事をしていますよ。
いつも自主的に豚の世話をし、気づいたら糞の始末が終わっているのですから」
違う。
お前がやらせているんだろ。
お前が俺の横でサボりながら豚の後処理をさせている。
そこまで当時は口が悪くなかったが。
明らかな猫のかぶり様に戦慄したのだ。
「………」
だが当時の俺はそんな事ではなんとも思わなかった。
だって、貴族だからだ。
貴族だから寛大であり、優しく居なきゃいけない。
それがこの魔法大国グラネイシャでの貴族のあり方だと思っていた。
だから、ぐっと、その不満を胸に押し込めた。
だが、事件は、案外すぐ起こった。
「おい、跪け」
低い声だった。
恐ろしい声だった。
貴族とか何だとか、関係なく。
俺は子供として、恐怖を覚えた。
俺は必死に、泥にオデコを付けながら土下座していた。
いや、させられていた。
「……」
「聞こえねぇのかガキ。耳に高級な肉でも詰まってんのかクソが」
「………は、く」
恐怖で唇が震えた。
カタカタと歯が勝手に鳴った。
当時の俺にはどうしようも出来なかった。
考えれば分かる物で、小さな子供である当時の俺からしたら。
巨大で恐ろしい人が暴言を吐いてくると言う状況が既に恐怖心を揺さぶってくる事なのだ。
何も出来なかった。
やり返そうとは思わなかったけど、同時にどこで間違えたのか必死に考えた。
「なに下むいてんだよ。視線の先に俺らでもいるのか?」
「そ、そんな事は!……あ、ありません」
跪けとは土下座をしろと言う事ではないらしい。
頭を下にしつつ、上目遣いでその作業員を見ていろと言う命令だった。
見れば見るほど、目が合えば合う程。
その人の悪意の目が恐ろしく見えて震えた。
確かに、俺はその時、小さなミスをした。
本来のエサの量を間違えてしまったのだ。
この養豚場はエサの量を一頭何キロと決めていた。
それを俺は間違えて、少し多めのエサを与えていた。
でも、それだけだ。
それしかしていない。
その前からその先まで、この程度のミスしか俺はしていなかった。
でも、
「ごめ……ごめんなさい」
「あ? 聞こえねぇよ」
「ごめんなさい! ――あがっ!」
腕があった。
手のひらが、顔にがっしりと掴まれていた。
曲がりなりにも男が鍛えているのを知っていた。
休み時間に俺が持ち上げられない程のダンベルを安々と持ち上げたりしているのを知っていたからだ。
だから深く考える暇もなく、俺の頭にはこんな言葉が浮かんだ。
『頭がつぶされる』
「――ッ!」
そのまま、俺の頭は養豚場の壁に叩きつけられた。
「次から気をつけろよ。後、この事をオメェの父親にチクったらただじゃすまねぇからな」
「っ………」
「返事わ!?」
「ひっ……は、はい」
恐ろしかった。
怖かった。
でもその時、ブタ顔の男は、笑っていた。
楽しそうな男の顔を見て。
更に怖かった。
雇われるってこうゆうことなんだろうかなんて思った。
この地獄の日々がまだまだ続くと思うと怖くて耐えられなかった。
でもこれが仕事。
そう、これが仕事なのだ。
本来ではそれは違う。ただの暴力で理不尽なのだけれども、
仕事を知らない俺は“これが仕事”だと強く認識した。
認識してしまった。
だから俺は――未来永劫働けなくなった。
だが、この地獄の日々は、たった四日で終わった。
「息子に、アザができているのだが」
「……な、何のことでしょうか?」
朝、俺が俺の部屋から出ると。
『親父がその男の胸ぐらをつかんで持ち上げていた』
どうゆう経緯でその男の悪事がバレたのかは知らなかった。
勿論俺は男の暴挙を密告なんてしてない。
男の「うらぎったな」って言ってくる視線も訳が分からなかった。
でも、言えることは。
きっと時間の問題だったのだろう。
「昨日お前が息子を叩きつけるのを、私の従者が目撃した」
「……ど、どうして!?」
「これでも監視をつけていたんだよ。私も存外心配性でね」
「……っ」
「で、聞きたいのだが。
お前がさっき持っていたあれは、一体どんな用途で使われるのだろうか。お聞きしたい」
低い声色で淡々と親父は言い放ちながら地面に向けて指を指した。
その言葉に従い。俺もその先へ視線を流した。
今思えば、それが全ての歯車の狂いだと思う。
その先にあるものを見て。
俺は、身の毛がよだつ程の衝撃を受けた。
――斧があった。
何の変哲もない、斧があった。
だけどこの養豚場で、斧を使う場面なんて無かった。
でも、どうして今地面に斧が落ちていて、それについて親父が言及しているのか。
それは、その男と父親が、俺の部屋の前にいることで理解できた。
俺は命を狙われていたのだ。
ただのやけくそで、俺は殺されそうだったのだ。
父親が監視をしていなかったら、俺は今頃この世に居ない。
「――――っ」
恐怖、悪寒、本当の意味でゾクッとした。
思わず尻餅をつくほどの恐怖で、俺は震えていた。
震えすぎて、立てなくなるほどに。
どうしてそんな狂気に男を染めてしまったのだろうと考えた。
考えて考えて考えて、巡らせて巡らせて巡らせて、最初のミスも違う昔会った事もない自分が何か男にした事もない。
で、気が付いた。
貴族とは、恨まれる物なのだと。
「がっ――!!」
「イッ……なっ! 待て!」
その瞬間、親父に掴み上げられていた男が親父の腕に噛みつき。
親父はその一瞬痛みで腕を話してしまった。
バサッ、男が地面に落ちる――起き上がり。
無我夢中に理性のカケラも無いような形相になり。
男はすぐさま斧を拾い上げ。
「――ぃ」
「っ……!?」
俺に男は迫ってきた。
「がああああぁぁぁぁ!!」
正気じゃなかった。
常軌を逸していた。
斧を振りかぶった。
「だ――!」
だけど、そんな俺は。
自分の事なんてどうでもいいと思っていた。
なんなら目の前の男を守ろうとした。
どうしてかは、父親の性格を知っていれば分かる。
「――死の罰を与えよ」
省略した詠唱が聞こえた。
父親は、息子に何かがあったら手段を択ばず事を終わらせるフシがあった。
それほど親バカな、“魔法使い”だったのだ。
「――【禁忌】デスザーク」
赤黒い閃光が、親父の杖から発せられた。
音速で伸びていく閃光は、目の前の男に巻き付き。
その生命を無残に吸い尽くした。
壁に男の死体が叩きつけられた。
全身が白くなり。脱力し。斧が地面に転がった。
死の呪文、禁忌の呪文。
そうだ、父親は、その男の命を奪ったのだ。
「……ぁ」
動悸がした。
耳鳴りがした。
キーンって鳴っていた。
その出来事は、俺の五感を、全て奪った。
その男は、死んだ。
死んだから、何も感じてない。肉塊になった。
どうしてこんな事になったんだ。
どうして。
「俺が……貴族だから?」
瞬間。俺は貴族が怖くなった。
意味もなく、怖くなった。
それから俺は、貴族らしい振る舞いを辞めた。
それから俺は、酒だけを飲む、クソ野郎になった。
――――。
俺はモールスに仕事を紹介してもらった。
ありがたい事に丁度バイトを募集していたらしい。
栄えている中央広場から数分歩いた場所にある食堂、の従業員らしい。
仕事内容は主に、皿洗いや会計と言っていた。
最近覚えたから少し自信はあるが。
緊張はいまだに解けないのが現状だ。
またモールスに迷惑をかけてしまった。
いつか金が溜まったら、モールスに奢ってやるか。
持つべきものは友人って事か。
で、俺は、
「……この通りだ、サヤカ」
「……え?」
サヤカに土下座をしていた。
今、俺は何をしているのだろうか。
確か今日から俺は仕事に行くんだが。
……あれ?どうしてサヤカにお願いなんか。
「別に良いですけど、ボクは家の仕事が……」
きっと、流石にあのサヤカでも引かれているのだろう。
落胆させてしまっただろうか。
でも、俺も弱いところを見せていかなきゃ信用なんてされないか。
これも、サヤカとの関係では大事なイベントなのだろう。
「わかりました。仕事場まで付き合いますよ。まったく、仕方がないですね」
ぷくぅとむくれているが。頼られているのが嬉しそうなサヤカであった。
で、序盤の展開に戻る。ってわけだ。
まぁなんか、大人の階段を四十代で登ったって感じさ。
余命まで【残り345日】