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三話「教育」



 さて、俺が出かけていた間に起こったことを簡単に説明してやろうではないか。


 ここからがサヤカの回想だ。


「よし、これで掃除ができる!」


 家の中で意気揚々と両手を伸ばし、

 ガッツポーズをしているのはサヤカ本人だ。

 健気で子供らしいな。

 一時間探してやっと見つけたほうきで喜んでいるのは微笑ましいことだ。

 俺が教えるのを忘れたのは反省ポイントだ。

 ごめんなさい。


 やっとの思いでほうきを発見し、いざ陣上にと言ったところで事件は起きた。


「う、うわっ――!」


 まずはここ。

 時刻は俺が出かけてから2時間後の話だ。

 階段のホコリを払っていたはずなのに。

 おかしい、サヤカの足が宙を舞っている。

 どうやら足を滑らしたようだった。

 結構な位置から落下したようで、中々に豪快な音が鳴り響いたことに間違いない。


 結果、サヤカはそのままリビングに落下。

 最悪怪我は無かった様だ。子供って凄いな。

 と、感心している場合じゃない。

 問題はここからだ。


「ほうきが……」


 そう、何ということだろうか。

 ほうきが天井に突き刺さっているではないか。


 構造的にありえるのかと疑問が飛び出したか。

 どうやら古い木材を使っていた天井だからか。

 ちゃんと貫通していた。


 で、ここからサヤカとほうきの戦いが始まる。


 どうやらサヤカは。

 驚くほど不器用な男の子だったのだ。

 なんとかほうきを引き抜こうと階段上で飛び上がるが手が届かず落ち。

 はしごを持ってきてもはしごから階段にどんっと行ったり。

 なんか、話を聞くだけで危なっかしくて、怪我がないことが奇跡のようだった。


「で、今に至るまでほうきを引き抜こうと頑張ってたら」

「ご主人さまが帰ってきました……本当にごめんなさい」


 俺が結論を出すと共にサヤカもそう付け加え、謝罪した。


 あの場面、俺が扉を開けた瞬間にサヤカが突っ込んできたのは。

 階段上から普通に落ちてきた所にタイミング悪く帰宅したからだったからか。

 いや、普通に落ちてきたってなんだ。

 と言うか、こいつの体はどうなってんだよ。

 普通アザとか出来ると思うんだが、服をめくっても怪我は全く見当たらない。

 ぺちぺちと触っていたら恥ずかしがられたくらいだ。

 俺が変態認定された事意外、特に外傷が無かった。


 さて、


「この荒れようは……」


 そう。一番の被害者は俺でもなく。

 リビングだ。


 机は真っ二つに裂け(多分机に着地した)、元からあった食器も少し割れている。

 壁に飾ってあったどこの絵か知らない絵画も階段下に落ちてる。

 そしてホコリも舞っている。

 なるほど、これは重症だ。


 数時間前の、意気揚々としていたサヤカさんに今の現状を見せたいくらいだ。


「サヤカ、お前は一度外に居てくれ」

「……わかりました」


 サヤカは落ち込んだ声でしぶしぶと玄関のドアから出ていった。

 悪いな、一旦一人にさせてくれ。

 考え事に慣れていない俺だ、視線があるだけで何だか気が散る。


「さてと」


 やはり物事とは上手く行かない。

 俺が夢見ていた考えが現実になる事はあるのだろうか。

 恐らくサヤカは天性の不器用。

 一人にするだけで何をしでかすかわからない。

 いや、俺にも今回は非があるな。

 奴隷だった子に教えようとすることではなかった。

 反省だ。


「……どうしたものか」


 せめて家の家事くらい。と思っていたが。

 家事も出来ないとなると流石に俺も頭を悩ませる。


「だからって、俺も掃除とか家事とかやったことねぇんだよな」


 そうだ。俺だって小さな子どもに家事を教えられるほど。

 家事スキルがあるわけじゃない。

 だからこそ、どうすればいいかわからなかった。

 これが最初の壁ってやつだろうか。


「とりあえず、簡単に片付けるだけ片付けるか」


 サヤカを外に出したままにしとくわけには行かない。

 時間は待ってくれないのだ。

 俺の寿命もそうだ。

 だから、どうすればいいかを考えなければいけない。


 あっ。そういえば。


「サヤカ? いるか」


 と、玄関から顔を出す。

 するとすぐ前に立ったままの子がいた。

 やっぱ存在感凄いな。


「は、はい。ごめんなさい」

「違う。謝ってほしいわけじゃないんだ」


 あ、何だかサヤカが泣きそうな顔している。

 もしかしたら外に出す判断は良くなかったかもしれない。

 変なプレッシャーと言うか。

 俺が怒っているって思わせちゃったのかも……。

 最悪だ。空振りが過ぎるぞケニー。


「とりあえず。これ、買ってきたから着てみてよ」

「えっ」


 と俺は買ってきた袋をサヤカに手渡す。

 本当なら家の中で渡すべき何だろうけど、今渡すべきだなと判断した。


「――――」


 サヤカは中の物を見て目を輝かせた。


 お前は喜んでいる顔のほうが可愛いな。

 それを大切にしていこうじゃないか。


 袋の中身は簡単な作業着と可愛らしい服だ。

 簡単な作業着。

 と言っても、汚れてもいいような服だ。

 あと、可愛らしい服。白色のシャツに青色のパンツと言う、子供っぽい服だ。

 普段着として使ってほしい。

 可愛らしい服は、少し買うのを躊躇ってしまった。


 なぜって?

 俺がそうゆうのをそうゆうお店で買うって、周りの目が怖かったからな。


「あとこれ、これで髪の毛を切りな。それ邪魔だろ」

「あ、ありがとうございます!」


 俺がいつも使っている髪切り用のハサミでもいいのだが。

 まぁこの際、自分用のも買ってしまおうと言う魂胆だ。

 勿論最安値で抑えたぞ?

 無駄遣いではないからな。

 必要出費だ。


「それを着ている間に俺がここ片付けとくから」


 リビングに指をさしながらそう言う。

 まずは机をどうにかして、割れた皿の回収、そしてほこりの掃除だな。

 やることはいっぱいある。

 出だしにしては最悪だったが、まだまだ立て直しが出来る段階だ。


 と俺はやる気を出した時、


「あ、あの……」

「ん?」


 小さな力で服を引っ張られた。

 振り返ると、白が目に入った。あ、白髪か。


「ボクの事……売りますかね?」


 ……やはり怖がらせ過ぎたな。


「売らないよ。俺は一度言ったことは曲げない男だからな」


 何格好つけてんだこいつ。

 あぁ、俺か。


 今日は空回りになってしまったが。

 何だか不思議と、気分は悪くなかった。



――――。



 とりあえず買い揃えてきた野菜を買ったばかりの包丁で切り。

 簡単な味付けをし、それを今日の夜ご飯にした。

 サラダだけって言うのは満腹度的には最悪かもしれないが。

 まぁ、何も食べないよりはいいだろう。

 肉料理は焦がす自信しかないからな。


「さて、改めて聞くけど」

「はい……」

「サヤカは自分が何を得意としているか言える?」


 人にも得意不得意があると思う。

 例えば、読み書きが得意とか。

 例えば、植物の世話が得意とか。

 何なら魔法が得意でもありがたい。

 魔法の中には、植物を成長させるものもあるそうだ。

 それを使えば、うちでも野菜を育てられるかもしれない。


「え、えっと……」


 サヤカは戸惑ったような声を出しながら。


「ボクの良いところって、どこにあるんでしょう」

「…………」


 あぁ、これあれか。

 サヤカの親って、子供を金としか思っていなかった。

 だから、普通と言えるほど、まともな教育をしていなかったりするのか。

 俺の理解が足りなかったな。

 反省点だ。


「良いところは最初からあるわけじゃない。自分で獲得するものだ。

 だからお前には、色んな事をこれからして。得意なことと不得意な事を見つけてほしいな」

「……わかりました」


 子の才能を見つけるのも、親の仕事だと聞いたことがある。

 サヤカは俺の子供ではないが、相手は子供なのだから子供扱いくらいは良いだろ。

 まず読み書きの才能があるかを見て。

 それがダメなら植物。

 魔法は、まだ魔力開花をしていないだろうから後回しで良い。

 とりあえず、これらは追々やっていくとして。


「じゃあ聞くね。今君に出来ることって、何かな?」

「……わかりません」


 そりゃな。

 あんなにやる気満々だった自分がここまで失敗をしたんだ。

 自分に自信がなくなるのも分かる。

 と言うかあのやる気満々は一体何だったのだろうか。


「じゃあとりあえず、合うものを探してみよう」

「合うものですか……」


 そういうと、不安そうに白髪のショートヘアを指でいじりだした。

 これが癖ってやつか。

 俺が親だったら大金払ってこの癖を絵にしてもらうところだ。


 さて、話のついでだ。

 サヤカはあの長い髪を切った。

 切って気がついたのだが、サヤカの目は美しい碧眼だった。

 白髪に碧眼って、どこの王族だよって話だ。

 これで男とか……世界ってすげぇってレベルだぜ。


「今、現段階ではとりあえず家事をやってもらいたい」

「……ボクには……できません」

「いいや、今回はきちんと俺が教える。教えなかった俺が悪いんだ、俺の責任だ」


 前回の失敗は、サヤカの理解が足りなかったことだ。

 サヤカは不器用で、家事なんてしたことが無いのだろう。

 それを理解した上で、出来ないことを出来るようにしてやればいい。

 これは少々骨が折れるが、やるしか無いのだ。

 この子にためにもな。


「わ、わかりました。とりあえずボクは、ご主人さまの言う通りやってみます」


 本人がやる気になってくれた。

 まだ勝算はあるぞ。


 安心した俺は今日買ってきたばかりのティーカップに継がれていた紅茶を一気飲みした。

 初めての紅茶だ。

 俺が下手だなこれはまずい。

 多分だが、水の量でもミスったのだろう。


「おう、とりあえず今日は寝るぞ。明後日に備えておけ」

「え? 明後日ですか」

「あぁ、明日は休んどけ。俺は少し用事がある」


 ということで、俺とサヤカのドタバタ生活劇二日目は終了となったわけだ。



――――。



「頼む!!」


 オデコに地面の感覚があるぅ。わあぁ。

 全身全霊で情けない声を出すのも久しぶりだ。


「……そう言われても困るぜ?」


 俺はとある家の玄関前に居た。


 さて、初っ端から俺はあることをしている。

 それは太古の昔、大きな戦争があった時に使われた技だ。

 それをすると、敵国の怒りが呆れに変わり、戦争が終わったと言われている。

 その名は、土下座だ。


 で、俺は何をしているのか。

 この金髪男の家に来て、俺は何を土下座しているのか。

 また数日前の様に格好つけて親父に金を借りようとしたように家の前に籠城し。

 どうして全身を使って言葉を紡いでいるのか。


 その真意は、こうだ。


「頼むモールス、俺に家事を教えてくれ」

「いやだから困るって!! いや、別に教える事自体は困らねぇけどいきなりすぎて困ってるって!!」


 そう必死な訴えを無視し、俺は頭を地面につけ続ける。

 悪いなモールス。俺に常識は通用しないのさ。


「……確かに俺とお前の仲なら考えてはやるがぁ、今は俺は家事をしてねぇんだ」


 鼻を鳴らし金髪の男モールスはそう申し訳なさそうに言った。


「ん? でもお前って一人暮らしだよな」

「まぁそうだな。でも最近は、メイドってやつを雇ってんだよ」


 めいど? めいどって、あのめいどか?

 ………。


 なんと! あの金持ちの家にしか居ないメイドを雇っているだと!


「お前が!? 金はどうしたんだよ」


 土下座解除、すぐさま直立。


 そうだ、こいつはあまり金を持っていなかった気がするが。

 思えば俺はこいつの財布事情を詳しく知っている訳じゃない。

 ……待てよ。少し前もこいつに奢ってもらった事がある。


 もし俺の勝手な偏見で金もない軽いやつって決めつけていたなら。

 つまり、こいつは。


「俺も一応仕事してんだよ。お前と一緒にするなどんくさ男」


 そうかなるほど。こいつも仕事をしていたのか。

 酒を飲む場ではこいつあまり口を割らないから分からなかったぜ。

 まさか、あの酔っぱらいが仕事とは……。

 いや、今はそんな事を気にしている場合じゃない!!

 俺がすべきなのは一つだ!


「じゃ、じゃあ!そのメイドに会わせてはくれないか!」

「アァ!? 無理を通すなら理由を言え、理由も説明できねぇなら俺も頷けるわけねぇだろ!」


 ……確かに、その通りだ。

 これは一度俺が落ち着かなければ行けないな。

 42のおっさんが土下座とか、恥ずかしいな。


 しぶしぶと話そうとしたところ、その前にモールスは「とりま家に入れよ」と言ってくれた。

 ああ、優しいなぁ。



――――。



 家の中は、一言で表すなら綺麗だった。

 決して大きい家ではない。

 だが、その細部に至るまで掃除が行き届いており。

 思わず息を忘れる。

 最近はホコリ臭い家に居たせいか、感覚が狂っているようだ。


 冷静に考えると綺麗すぎて息を忘れるって、狂いすぎているな。




 リビングにあったソファーに座ると。

 「少し待っておけ」とモールスは言い残し、部屋の奥へ足を運んだ。


 数分後、モールスは戻ってきた。

 その後ろに、綺麗な女性を連れて。


「こちらが、俺の家に住み込みで働いてくれる使用人。『サーラ』だ」


 と言うモールスの紹介に、メイドのサーラは一歩前に出た。


「我が主人、モールス・ダリック様の使用人。サーラと言います。以後、お見知りおきを」


 綺麗な人だった。

 正装を着こなし、綺麗な茶髪を揺らしながら、礼儀よく挨拶をする。


「あ、あぁ。俺はケニー。ただのケニーだ」


 俺は一応貴族の出だが、礼儀作法とかそうゆうのを学んだのは幼少期だけだ。

 今の俺は礼儀作法のれの字すら出来ない。

 だが、誠意は伝わっただろう。


「ケニー様ですね。今後とも宜しくお願いします」


 そう笑顔で返した後、サーラはモールスの背後に回った。

 そして、モールスが切り出す。


「で、だ。ケニー、お前はいきなりどうしたってんだ?」


 ……正直に助けを求めてもいいのだろうか。

 こいつは少しだけ感じの悪いやつだ。

 そんなやつに、全て正直に、奴隷市場の事も話していいのだろうか。


「――――」


 ……いいや、話そう。

 俺が死んだ後、こいつにサヤカの面倒を見てもらう可能性もある。

 事情を知っているやつは、沢山いたほうがいい。

 サヤカ以外に沢山いた方がいい。


「へぇ、お前が奴隷を買ったのか」


 案外、普通の反応だった。

 どうやら、俺の勝手な偏見でモールスを悪者にしていたのかもしれない。

 反省だな。

 反省することが多すぎるぜ。


 真剣に人生ってのを歩き始めると今までの愚行が目に見えるようになる。

 それが成長何だろうけど、中々にくるものがあるな。


「まぁ別に、お前が家事を教えてやりたいってなら協力してやるか」

「……あぁ、助かる」


 改めて思う。

 いい友達を持ったと。

 俺はモールスに対して、非常に身勝手なお願いをしている。

 それをなんの報酬もなしに、引き受けてくれる彼の懐の大きさには感謝をしなければいけない。

 思えば今まで何度も奢られたりしていた。

 それすらありがたいことだと気づかなかった俺は、やっぱクソ野郎だ。


「だが、お前がやる必要はねぇんじゃねぇか?」

「とは、どう云う意味だ?」

「別にうちの使用人が、お前ん所のガキに直接教育してやるのはどうなんだよ。

 それのほうが手間が省けるし」


 あぁ確かに、その手があったか。

 そう言われてみればそうだ。

 事実、俺がわざわざ教わる必要なんて無いんだ。


「いいや、俺に教えてくれ」


 だけど、多分、それだと意味がないと思う。


「俺が教えてやらなきゃ、筋が通らないだろ?」


 俺の身の回りの事をしてもらうんだ。

 俺が楽してどうする。

 あいつには経験を積ませたい。

 俺が死んだ時、生きていけるようにしてやりたいんだ。


 そしてそれは、俺がやらなきゃいけないんだ。


 親じゃねぇけど、ただの欲に弱いジジぃでいい。

 せめて子供くらいは、守ってやりてぇ。

 格好つけでもいいんだ。

 不細工でも、俺は構わない。


 俺に芽生えた感情は俺に突き刺さる。

 その呼吸が止まるまで、きっと、永遠にだ。


「……ほんと、変わりやがったな」


 そうモールスは息をついた。

 そしてモールスはそのまま紅茶を啜ると。


「サーラ、お前の掃除スキルを今教えてやれ。

 時間を掛けても良い、全ての家事スキルをこいつに身に付けさせてあげてくれ」

「構わないのですか?」

「あぁ、俺の親友の頼みだ。断る理由はねぇだろ」



 こうして俺は、モールスと親友になった。





 ちなみに、別にサーラがサヤカに家事を教えたことによって。

 サーラが尊敬されるのを嫌がってるわけじゃないぞ。

 別に俺が尊敬されたいとか無いからな。








 無いからな。




 余命まで【残り360日】


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