「私の話ですか? ええ、いいですよ。いくらでも協力しますとも。
ふふ、私は善良な一市民ですからね。そんな怖い顔をしないでください。本当に、嘘を吐くつもりも、誤魔化すつもりも無いんです。有りのままをお話させていただきます。
全ての始まりは、十五年前のあの日でした。友人が呼んでいるからと、三階のあの教室に行くように声をかけられたんです。思えば、友人が知らない人に伝言を頼む訳が無かったんですよね。そこから疑うべきでした。でも、当時の私は何も疑うこともせずに、空き教室に入ってしまったんです。ええ、それからは地獄の日々でした。
私は荒木のお気に入りでしたから、他の人と比べて、待遇はそれなりに良かったんでしょう。でも、根本的な部分は変わりません。あいつらは、あの空き教室に連れ込んだ女生徒達との性交の様子をビデオに撮影し、売り捌いていました。ええ、勿論私もです。お前のは一番高く売れたなんて、褒められたくらいですから。それで女が喜ぶと思っているんだから、本当に浅はかな男ですよね。
それでも、あの頃の私に抗う術は有りませんでした。当然でしょう、娘が出演したアダルトビデオが売られているなんて知ったら、親はどう思いますか? 相談出来るはずも無い。金の一部は、ちゃんと私の所にも入ってきました。あいつらは、金払いだけは良かったですし。だからこそ、あんなろくでもないことをしておきながら、周りに人が居たのでしょうね。なまじ金を持っているところを見られてしまったら、もう終わりですよ。強引に犯られたんだなんて言ったところで、信じてもらえるかどうか。私の手元には、女子高生が本来持ち得ないほどの大金が有りましたから。自ら望んで身体を売ったのだと、そう思われても仕方が無い状況です。
分かっていますか? 貴方達警察と、学校とが握り潰そうとした行為は、それほどに下劣な物だったんです。私だけでは無い、運命を狂わせた女は大勢居るでしょう。まぁ、最初っから頭のネジが外れていた連中も居ますけどね。
それがあの女二人ですよ。鴨志田舞子、今は東條舞子と言うんでしたっけ? 彼女の父親はこの地方では有力者でしたから。荒木と上田も、彼女とその周りには手を出そうとはしませんでした。ただ、その分上手く取り入っていたようですね。鴨志田舞子と小清水菜摘――今の大坪菜摘は、荒木と上田に女を斡旋していたんです。最初は、良い女が居たら教えろくらいに言われていたのかもしれませんね。人を使って、私をあの部屋に呼び出したのも、あの二人でした。本人達は、覚えては居ないんでしょうね。大勢紹介した、女の内の一人。その程度の認識でしょう。そのせいで、人生を狂わされた女がどれほど居るかも知らずに。
教師なんて当てにもなりませんよ。先生も近寄らないような、一番端にある空き教室でしたし。あそこで何が行われていたか、誰かがチクりでもしなければ漏れることも無い。ああ、一人だけ知っている先生が居ましたね。でも、あの男は教師とも呼べないような奴です。あいつらに金を渡され、女をあてがわれたら、便宜を図るまでになっていました。私達を助けてくれるような先生なんて、居なかったんです。
ある時、あの空き教室に女生徒が紛れ込んできたんです。眼鏡をかけた、地味な子でした。きっと、磨けば光るタイプなんでしょうね。黒縁眼鏡と野暮ったい真っ黒な髪のせいで大分損はしていたけど、顔立ち自体は物凄く整った子でしたから。でも、あいつらの好みには合わなかったんでしょう。制服もデフォルトのままというか、改造もしていなくて、長いスカート丈そのままで履いているような子でしたから。
商品にならないと思った相手は、金か暴力で黙らせる。それがあいつらのやり口でした。でも、その子は違う。物凄く頑固な子でした。しかも、たちの悪いことに、自分は新聞部だと言うんです。衝撃的な光景を目の前にして、その子も興奮していたのでしょうね。正義感のままに、あいつらに正論をぶつけていました。そんなことを言えば、どうなるか――考えれば分かるでしょうに。
それでも、私はあいつらがそこまでするなんて、当時はまだ思っていなかったんです。髪を掴まれ、引き摺られるようにして空き教室を出て行った女生徒。可哀想にって思いながらも、私はただ見ているだけで、何もしなかった。この時点で、きっと私も奴等と同類なんでしょうね。ええ、自分でも分かっているんです。
その直後に、彼女は屋上から飛び降りて、自殺しました。そう、自殺ということになりました。何も言える訳が有りません。言えば、自分のことも全て明るみに出てしまう。私が彼女を見殺しにしたのも、また事実です。あいつらに逆らえば、どうなるのか……それを見せつけられたような気がしました。
同時に、理解したんです。あの二人は、本当に危険な奴等だと。私も邪魔と判断されれば、容赦なく消されるんだろうなと。いつかは、自分も殺される……そんな恐怖に、支配されるようになりました。だから――。
チャンスはいくらでも有りましたよ。あいつら、酒にもクスリにも、目が無かったから。酒と数種類のクスリを混ぜたら、簡単に意識が飛ぶんですね。笑ってしまうくらいに簡単でした。呆気ない。
危険? だって、あいつらがいつも女達にしていたことですよ。自業自得でしょう。それに、あいつらを野放しにしていたら、もっと犠牲者が出る。屋上に連れて行かれた、あの子みたいに。だから、私がやるしか無かったんです。
荒木の時は、人目を避けて運ぶのが大変でした。学校の倉庫脇にあった台車を使って、眠っている荒木を運んだんです。確実に殺す為に、わざわざ曲がり角の先に寝かせてね。運転手の方には、申し訳ないことをしたと思っています。酒とクスリのせいであいつが前後不覚になっていたんだろうと判断されたようで、安心しました。
上田の時は、もっと簡単でした。確実な方法を考える為に、酒とクスリだけでなく、当時私が使っていた睡眠薬も混ぜたんです。そうしたら、勝手に苦しみ始めたんですよ。え? 当然、量なんて計っていません。多めに入れておけば間違いないだろうなってくらいです。どうして私があいつらに気を遣う必要が有るんですか? 刑事さんも、おかしなことを聞きますね。
……警察を頼るべきだったと、口にするのは簡単ですけどね。十五年前、警察が何をしたと言うんですか? あの子が屋上から突き落とされた時も、学校の話を簡単に信用して、自殺と処理していたじゃないですか。荒木と上田の時だって、日常的にアルコールと合法ドラッグを摂取していたというだけで、死んで当然と思われていそう。実際に死因は薬物の過剰摂取だった訳ですし、あながち間違いでは無いですが。
ああ、谷本先生は本当に自殺ですよ。上田が死んで上田の部屋に警察が入ったと聞いて、やばいと思ったのでしょう。気の小さい男。
七不思議の噂なんて、全然意識している訳が無いじゃないですか。そもそも、当時はその内容を全然知らなかったんですから。ああ、でも七不思議の呪いだと噂になって怖がっている人も多かったから、皆を驚かせるのには使わせてもらいましたね。あれは、皆が起きた事件を勝手に七不思議に当て嵌めて怖がっていただけなんですけどね。ふふ、滑稽な話。でも、その影響で学校を怖がる人が増えて、あの学校は閉校に追い込まれた。全て、七不思議のおかげです。
あの夜? そうね、最初は全員殺すつもりでした。あいつらに女を斡旋していた二人と、校内での不祥事を揉み消そうとした校長と、あの二人の舎弟をしていた男と、あの二人に機材を貸していた映画研究会の会長と。でもね、最初は自信が無かったんです。あいつらがどの程度、荒木と上田に絡んでいたのか。どこからどこまでが、殺すに足る人物なのか。だから、女二人が「二人きりで話したい事が有るから」って言い出した時、これはチャンスだと思いました。あいつらが制裁に足る人物かどうか、見極めてやろうと思って、盗聴器を貼り付けた毛布を持たせたんです。
結果は勿論、クロもクロ、見事に真っ黒。自分達で女を斡旋していたって自覚もあったし、その女達が出演したアダルトビデオを売り捌いていたことも、知っていた。だから、あの二人と校長だけは絶対に殺してやろうって思っていたけど……結局は、私が手を汚すまでも無かったのよね。
一人だけ、全然関係の無い人が混じっていて……彼だけは、どうにか生かして返してあげられないかって思っていたんですけど。誰も殺す流れにならなくて、良かったわ。
え? だって、そうでしょう。殺してないですよ。私は、誰も。
ねぇ、刑事さん。これ、私は何の罪に問われるんですか? 土砂崩れを起こしたこと? 今回みたいなケースでも、拉致監禁になるのかしら。
殺人教唆なんて、していません。あいつらが勝手にやり始めたんだもの。自分の罪を人になすりつける為に、首まで切り落とすなんて、本当、人間って怖いですよね。何をしでかすか、分かったものじゃない。
そんなにしみじみと頷かないで、刑事さん。全て正直に話しているじゃないですか。何でそんなに頭を抱えているのでしょう。面白い人ですね。
ええ、おかげ様で、今はとても楽しいですよ。長年気掛かりだったことが、ようやく解決したんですもの。それはもう、スッキリしていますとも。
そういえば、神尾さんが取材した本っていつ出るのでしょう。刑事さん、知っていますか? 私、とても楽しみにしているんですよね。あら、そんな顔をしないでください。いいじゃないですか、真実が世に出るのなら。
世界中の人達に、知ってもらいたいんです。ろくでもない奴等と、それに懸命に抗った、七不思議の話を」