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終:某市・繁華街 ―2002年6月某日―

「かんぱーい!」


 僕達三人の声が重なり合い、次いでグラスのぶつかる音が響く。

 ここは某市の繁華街にあるファミリーレストラン。事情聴取の為に来ていた警察署で偶然再会した僕と堀さんと池中さんは、意気投合して警察署近くにあったこの有名なチェーン店のファミレスにやって来たという訳だ。

 周囲の客が、訝しげな視線を投げかけているのが分かる。確かに時間はまだ午後に入ったばかりで、もうすぐ夏が来るのだと実感させる日差しが燦々と降り注いでいる。真っ昼間からファミレスで酒を酌み交わすダメ人間とでも思われているのかもしれない。誤解しないでほしい。グラスの中身は、全員ドリンクバーで入れてきたソフトドリンクなのだ。そもそも池中さん以外、僕は車、堀さんはバイクで来ている。お酒なんて飲める訳が無い。じゃ、なんで乾杯をしているのかって? 当然、再会の雰囲気を楽しむ為だ。


 思えば初対面の間柄で、あんな夜の廃校の真っ只中で、ペットボトルの飲み物でさえ乾杯をしていた僕達三人だ。妙に打ち解けてしまったと言うか、元々馬が合うのか、あるいは生来のノリの良さが関係しているのだろう。僕が名刺を渡した以外にはお互いの連絡先さえも知らない仲だと言うのに、おそらく端から見れば親友同士のような和気藹々っぷりに見えることだろう。


「あの長ぇ事情聴取から、ようやく解放されたよ」

「本当、長かったよねぇ。長いし、怖いし、自分が悪い訳じゃ無いのに、なんか責められている気がしちゃってさぁ」

「そうそう、あんな雰囲気じゃ、やってない犯罪でも自分がやりましたって言っちまいそうだ」


 堀さんと池中さんは、警察による事情聴取から解放された喜びか、ファミレスの椅子にだらりと身を投げ出していた。あれから半月が経過し、もう六月も終わる頃だ。事件当夜は寒さを感じていたくらいなのに、今は三人とも半袖を着ている。


「いいなぁ、僕はまだもう少しかかりそうです。いや、呼び出されるのはもう無さそうだけど、ひょっとしたら向こうから来るかもって」

「え? まだ調べることがあんのか?」

「ほら、十五年前のことと、今回のことと、記事にしようと思っているって言うので……警察としては、止めさせたいみたいなんですよねぇ」

「あー、大変そうだな」


 僕の隣で、堀さんが同情的な視線を投げかけている。六人掛けのテーブル席は、三人掛けのソファーが向かい合った形だ。片側に僕と堀さん、その向かい側に池中さんが一人で陣取っている。


「でも、警察から検閲やチェックなんて、出来ないものなんでしょう?」


 カランカランと、コーラの中に浮いている氷をストローでかき混ぜながら、池中さんが言う。


「そう、強制は出来ない。だからあくまで〝お願い〟という言い方なんですよ」

「なんだそりゃ、面倒くせぇ」


 ストローは使わず、氷の入ったアイスコーヒーをそのまま口元に運びながら、堀さんが苦々しい表情で言った。アイスコーヒーが苦い訳では無く、僕の大変さを思ってのことだろう、多分。


「しっかしまぁ、あの日あんたがあの学校に来てくれて、助かったよ。あんたが来たのが他の日だったらと思うと、ゾッとする」

「僕は何もしていませんけどね」

「それでもさ。あんたが居たから、あの調査ノートだって見られた訳だし。それに、あんただけは犯人じゃないって、信じられたしな」

「え、僕は?」


 堀さんの言葉にショックを受けたように、池中さんが自分を指さす。


「てめぇはあちこちウロウロしたりと、十分怪しかったじゃねぇか」

「そんなぁ」


 確かに池中さんもカメラを持ってあちこちウロウロしていたり、トイレに行ったりしていたが、堀さんが僕を信頼してくれていたのって、僕の人格がどうこうでは無く、単に僕が犯行を行えるほどの単独行動をしていなかったというだけな理由な気がする。

 そう言ってもらえて嬉しいような、喜んで良いのか悩むような、複雑な心境だ。


「僕としても、皆さんから話が聞けて、助かりました。そりゃ、大変なことも有りましたけど……」


 二人もの犠牲者を出したあの夜の出来事を、良かったとはとても言えない。それでも、僕は確かに、少しだけ前を向くことが出来るようになったのだ。


「今度、三人でまたあの学校に行きたいんですけど……ダメですか?」

「え。何しに行くの?」


 僕の誘いに、池中さんはちょっと怯えた様子で答える。


「屋上に、花を手向けに行きたいんです」

「それくらいなら、良いんじゃねぇか?」

「あ、うん。僕も、それだけなら……」


 さらりと頷く堀さんと、怯えながらも了承する池中さん。堀さんは勿論のこと、まだ怖いだろうに一緒に行くと言ってくれる池中さんも、優しい人だ。


「でも、事件のあった現場だしな。立ち入り禁止になっていたりするんじゃねぇか?」

「あ。もしそうだとすると、警察に許可を貰わないといけないのかなぁ。はー、警察に行くの、面倒くさいな」

「はは、頑張れ。いつでも声をかけてくれていいからよ」


 堀さんがテーブルに置かれた紙ナプキンに手を伸ばし、キョロキョロと周囲を見回した後、僕に声をかけてくる。


「ペン持ってねぇか?」

「ペンなら、はい」


 鞄からボールペンを取り出して堀さんに手渡したら、彼は二枚の紙ナプキンにそれぞれ同じ番号を書き記した。


「ほら。これ、俺の携帯番号だ」

「わ、いいなぁ。僕も携帯電話、買おうかな」


 紙ナプキンを受け取った池中さんが、羨ましそうに言う。


「僕も欲しいんですけどね。デジタルカメラを買う時に、デジタルカメラを買うか、携帯電話を買うかで悩んだんですよ」

「両方買えばいいだろう」

「そこまで余裕は有りません」


 肩を竦める僕に、二人の笑い声が重なる。ファミレスの一番奥、窓側の席。午後の陽が差し込む、穏やかな一時だ。


「僕の連絡先も、書いちゃうね」


 池中さんは堀さんが使っていたペンを取り、同じように紙ナプキンに、こちらは自宅の電話番号を書いて手渡してくれた。


「僕は、前に名刺渡していますよね、確か」

「貰ったっけ」

「一番初めに貰ったよぉ」


 はてと首を傾げる堀さんに、池中さんが答える。


「ポケットに突っ込んで、どうしたかな……」

「まぁ、そんなもんですよね。もう一枚、渡しておきます」


 鞄から名刺を取り出しては、裏面に自宅の電話番号を書き添える。これで良し、と。


「表にあるのは、出版社の番号なんで。何かあれば、裏にある番号に電話してください」

「凄い、出版社の番号だって。本物みたい」

「本物って何だよ」


 池中さんの感想に、堀さんが笑う。


「しっかし、奇妙な縁だよな。呼び出された俺達二人はともかく、神尾さんまで取材であの学校に、しかもあの日あの時間にやってくるなんて」

「凄い確率だよねぇ」

「まぁ、あの学校にはずっと行きたいとは思っていたんですけどね」

「そうなのか?」


 二人の視線を受けて、苦笑い混じりに頷く。


「僕も、実はあそこの生徒だったんですよ。ほんの半年くらいの期間ですけど」

「えっ」

「マジか」


 二人の驚いたような視線が集中する。


「しかも僕、七不思議の一つになっていますからね」

「はあ?」

「え? どういうこと?」


 二人が意外そうに目を見開くのがおかしくて、僕は思わず声を上げて笑った。


「調査ノートに、有ったでしょう。あの姿見の近くをウロウロしている男子生徒」

「あ、ああ。新聞部の部長が言っていた……」

「あれが、僕ですよ。高校一年の秋、転校することを言い出せずに新聞部の近くをずっとウロウロしていた、意気地無しの生徒。行方不明になったって噂まで流れた男子生徒が、僕です」

「ってことは、神尾さん……」


 ハッと、堀さんが息を飲む。


「ええ。あのノートを書いた安藤さんとは、仲が良かったんです。彼女がどうして、自殺なんてすることになったのか……その真実を明らかにしたくて、調べていたんです。勿論、雑誌の記事にもするんですけどね」


 僕の言葉を受けて、堀さんの表情が暗く沈む。きっと、荒木さんと上田さんがしていたことを野放しにしていたこと、彼等を止められなかったことへの後悔と申し訳なさが彼を苛んでいるのだろう。


「二人のおかげで、真実が分かりましたし……ここからは、僕の仕事です」


 だから、笑顔で告げる。


「彼女が書き上げられなかった七不思議の記事を、真実を交えて、全て明らかにする。それが僕に出来る唯一のことだと思うんです」

「……そっか。じゃ、警察の邪魔になんて負けてらんねぇな」

「そうなんですよ。あれ本当にうるさいんで、もう勘弁してください」


 茶化すように言えば、堀さんの顔にも笑顔が戻る。


「しっかしまぁ、今回でつくづく感じたことがある」

「あー、うん。僕も」

「二人もですか。奇遇ですね」


 昼間の繁華街、窓の外は大勢の人達が行き交っている。

 学校帰りの学生、会社に戻るのだろう、営業帰りのサラリーマン。腕を組んだ若い男女。老若男女様々な人が歩いている訳だが。


「女は怖い」

「女性は怖い」

「女の人は怖い」


 三人それぞれ言葉は違えど同じような事を口にした僕達は、互いに顔を見合わせ、声を上げて笑った。

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