「貴方が、神尾さん? ごめんなさいね、なかなか手紙のお返事が出来なくって。主人の葬儀が終わって、ようやく人心地ついたところよ。
あら、ご丁寧に、有難うございます。ごめんなさいね、ずっと断り続けていたものね。長く伏せっていたものだから、結局貴方とお話出来るタイミングも無かったわ。
話が話だけに、きっと主人は興奮してしまうだろうと思ってねぇ。私は、主人を貴方と会わせるのが怖かったのよ。
そちらも、色々と大変だったんでしょう? 怖いわね、またあの学校で事件が起きてしまうだなんて。ええ、主人も校長先生も亡くなった今、私が隠しておくべきことは何も有りません。全てをお話します。
常夜野高校での騒動は、主人が定年間近の時に起きた事でした。主人は廃校を待たずして、定年退職となったのだけど……きっと、教師を辞めてからも、一日たりともあの高校のことを忘れたことは無かったのでしょうね。ずっと後悔をしていたと、そう言っていたもの。
主人がね、亡くなる間際に私に教えてくれたの。谷本先生と言ったかしら、自殺した先生。彼が出勤してこないと分かった時に、様子を見に行ったのは、主人と校長先生だったのよ。彼の自宅マンションまで行って、鍵が掛かっていて応答も無いからと、管理会社に連絡して鍵を借りて、そうして彼が自殺したことを知ったの。そう、第一発見者は主人と校長先生だったの。
主人は慌てて、警察に連絡を入れたそうよ。当時は携帯電話も持っていなかったから、谷本先生の部屋にある固定電話を使って。それから寝室に戻って、校長先生が懐に何かを隠すのを見たの。
最初に谷本先生を発見した時には、ロープで首を吊っていて、台にしたのであろうテーブルの上には遺書らしき物が置かれていたと、主人は言っていたわ。でも、警察に電話を掛けて戻ってきたら、テーブルの上の遺書は消えていた。
主人は校長先生を問い詰めたそうよ。でも、知らぬ存ぜぬ。お前の見間違いだろうって。最終的には、脅迫まがいのことまで言われたと言うの。あの温和な校長先生がねぇ……主人から聞いた時は、とても信じられなかったわ。でも、主人は定年退職してから、ずっと思い悩んだ様子だったもの。そのことを胸に抱えていたのでしょうね……。
その遺書に何が書いてあったか、主人は見ても居ないそうよ。ええ、全ては校長先生の胸一つ。警察にも知られてはいないわ。主人も悩んだそうよ。谷本先生の遺志が伝えられないままで良いのかって。でも、定年を控えた身で校長先生とのトラブルを起こしたくは無かったのでしょう。悪く言えば事なかれ主義だけど、とにかく、平和で穏やかな日常を願っていた人だから。私が主人の定年を待ち望んで、時間が出来たら何をしようかと楽しみにしていたのもあったのでしょうね。
ええ、私からお話出来るのはここまでです。ごめんなさいね、あまり詳しいお話も出来なくて。いえ、とんでもない。
良ければ、お線香を上げていっていただけませんか? 主人もきっと、喜ぶと思います。はい。本が出来上がるの、楽しみにしていますね」