「本当に、その記事を発表するつもりなんですか」
「ええ、勿論です」
このやりとりも、もう何度目だろう。
あの恐ろしい夜を越えて、僕は無事に旧常夜野村集落から帰ってきた。
最初はただの土砂崩れと報道されていたが、蓋を開けてみれば残虐な殺人事件が起きていたと、僕達がまだ病院で精密検査を受けていた時にはもうマスコミが嗅ぎつけて、病院の周辺を張り込んでいたものだ。
マスコミはこぞって『七不思議の恐怖、再び』『十五年前のあの悪夢が蘇る』『閉ざされた廃校で起きた、惨劇の一夜』と、事件をセンセーショナルに掻き立てていた。日頃記事にすることはあっても、記事にされることに慣れていない僕は、なんとも落ち着かない日々を送っている。
当然、警察は箝口令を敷いている。表向きは、既に時効になった事件が絡むからという理由だ。だが、本当のところは違う。学校と遺族の根回しによって、捜査を早期に打ち切った十五年前の不始末を、明るみに出したくは無い。そのことが、ありありと見えていた。この事件の担当でもある捜査一課の長嶺悠平警部補は、僕の顔を見る度に記事にしないようにと再三訴えかけている。
「貴方だって、煩わしいでしょう。自分が七不思議にされたとか、かつての恋人が事件に巻き込まれたとか、そんなのも全部知られてしまうんですよ」
「別に構いませんよ。僕の願いは、真実を明らかにすることですから」
「いや、だからそれが困ると――」
長嶺警部補が声を荒らげかけた、その時だった。
「おい、長嶺。そんな態度じゃダメだと、いつも言っているだろう」
取調室の扉が開いて、のんびりとした声がかかる。長嶺警部補よりも一回り以上もベテランの刑事、加賀見輝夫警部補だ。階級は同じ警部補だが、僕とそう変わらない年齢だろう長嶺警部補と、苦み走った年頃の加賀見警部補とでは、年季が違う。
「加賀見さん……しかし、全然聞いてくれなくてですねぇ」
長嶺警部補がお手上げと言った様子で、加賀見警部補に肩を竦めた。
「神尾さん……でしたっけ」
「はい」
「我々には、記者さん達に何かを強制するような力は無くってですねぇ。ええ、時代が時代ならばそういうことも平気で行ったんでしょうけど、今は違う。ですから、こちらからは〝お願い〟するしか無いんですよ」
「はぁ」
そう言われても、こちらにお願いを聞くつもりが一切無いのだから、何も意味は無いんだけどなぁ。
「貴方も記者として仕事を続けて行くなら、我々と良好な関係を築いていった方が良いと思うんですがねぇ。どうですか」
「どうと言われても」
新聞やゴシップ誌の記者ならば、それも有りかもしれない。だが、僕の専門はオカルト雑誌なのだ。警察とパイプが出来たところで、役に立つ場面は少ないだろう。
「何度も言うように、僕はずっとあの事件の真実を明らかにすることを目標に、生きてきたんです。それが十五年前に亡くなった彼女に僕が出来る、唯一のことですから」
「その心意気は立派ですがねぇ。こう言っちゃ何だが、死んだ人間よりも生きた人間のことを優先するべきでしょう」
加賀見警部補の言葉に、ついムッとしてしまう。
「公表して欲しくないのは、そちらの都合でしょう。僕には関係ありません」
「貴様、加賀見さんが下手に出ているというのに……」
「だから、長嶺お前は黙っていろ!」
加賀見警部補に叱責されて、長嶺警部補が小さくなっている。
「神尾さん、こっちの立場も分かっちゃいただけませんかね。いくら弱小出版社とはいえ、事件の当事者である貴方が書いた記事となれば、どうしたって注目を集めるでしょう。その上に、この詳細な調査だ。騒動が大きくなることは、目に見えている」
「僕は別に、騒ぎを大きくするつもりは有りません。ただ、長年明るみに出ていなかった事実を、全て公表したい。ただそれだけなんです。なにせ、彼女は十五年もずっと〝自殺〟ということにされてきたんですから」
「それが、結果的に騒ぎになると……!」
警部補二人とのやりとりは、いつもこうだ。お互い引かないものだから、ぶつかってばかり。
「僕、実は知っているんですよ。当時の担当者って、今のお偉いさんなんでしょう?」
僕の言葉に加賀見警部補は顔色一つ変えなかったが、長嶺警部補はあちゃーという風に、片手で頭を押さえていた。
「ああ、やっぱりそうなんですね」
その仕草だけで、今の言葉が事実だと確信する。
「そこまで書くつもりは有りませんから、安心してくださいね。ただ、あまりにしつこいのは、ちょっと困ります」
僕がそうお願いすると、加賀見警部補が引き攣った顔で、隣に居る長嶺警部補に視線を向けた。
「長嶺ええぇぇぇ」
「すみません!」
本当、騒がしいのは堀さん池中さんのコンビだけにしてほしいな。